13716 「え?飛行機に乗ったことがない?」
晴天の青空に、白い飛行機雲をたなびかせてジェット機は行く。それを二人で見送っていた時だった。
未来から来たという訪問者は、過去にあるものに色々な興味を示しては、あれこれと質問してくることも多かったが、大概のことは経験済みだと思っていたのだが。
「ああ。だってオレは空が飛べるし、乗る必要がないからさ」
「まあ確かに」
それもそうかとソニックは納得するような返事をする。思えば、いつも空を切って飛んでくるシルバーは、さながらジェット機のようでもあった。
「人間とかは不便だよな。移動するのに乗り物に乗らないといけないんだから。飛行機には乗ってみたいなあとは思うけど、空からの景色は見慣れてるしさ。人間達からしたら、飛行機から景色を眺めるっていうのは珍しいんだろうし」
その言葉をソニックは黙って聞いている。
二人で見上げていたジェット機は、もう遥か彼方に飛び去ってしまっていた。
「ソニックも飛べないから、飛行機に乗るんだろ?」
飛べない人は可愛そうだな といったニュアンスの言葉を吐く。もちろん、悪気があって言っているのでは無いことはわかっていた。
それを聞いたソニックの耳が、ピョコンとはねた。みるみる表情が変わり、憮然とした態度に変化していく。
「ちょっと来い」
「え?」
ソニックは急にシルバーの腕をとったと思うと、全速力で走り始める。風に煽られた草花が散った。
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「テイルス!」
シルバーの腕を全力で引っ張りながら、ソニックはテイルスのラボの扉を思い切り開いた。あまりの勢いに、作業をしていたテイルスが飛び上がって返事をする。
「ん?!なに?ソニックどうしたの?」
「ちょっとトルネード借りるぞ」
テイルスの作業机の横、キーラックのところから、トルネードの鍵をさらっと奪い、ソニックは颯爽と飛行機のある格納庫へと向かう。
作業を中断し、テイルスはすぐにフライト準備にかかった。ソニックはいつも突然だ。いつでもフライトはできるようにはしてあるが、滑走路を準備しなければならない。
「あ、シルバー久しぶり!ソニック!今日はシルバーと一緒なの?」
問いかけながらも、テイルスは慣れた手付きで滑走路の準備を完了させていく。
ドゥルン…!と、トルネードに火が入る音がする。今日も愛機は絶好調だ。
「come on!!シルバー!乗れよ!」
ソニックは操縦輪を握りしめ、シルバーに声をかける。エンジン音にかき消されまいと、必死に声を出して呼んでいた。
「ええ?!」
一人乗りに見える飛行機に、どうやって乗れというのか、シルバーが考えあぐねていると、テイルスが「ソニックはいつも翼か運転席の後ろにのるよ」と耳打ちしてくれる。
「せっかくの機会だ。空でランデブーと洒落込もうぜ!」
いつものニヤリ顔を見せながら、ソニックはそれはそれは楽しそうだ。
まさか人生初のフライトが、運転席の後ろに立て、とは。なかなかハードな要求である。ESPが使えるシルバーは落ちるということは無いのだろうが、それでも少し尻込みしてしまう。
テイルスはシルバーの背中をぐっと押し、ソニックの運転は上手だから大丈夫だよと応援までしてくれる始末だ。しぶしぶシルバーはソニックの乗る運転席の後ろへと立った。
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「いってらっしゃーい」
トルネードは軽快なエンジン音を響かせて飛び立った。翼が風を切る音と、エンジンの音が混ざり、耳が痛くなってくるようだ。
近くの木々が飛ぶように過ぎ、山を飛び越え、それでもソニックはトルネードのスピードを落とそうとはしなかった。
「ちょっと寒いかもしれないが、捕まってろよ!」
どこまでいくつもりなのか、トルネードの全速力を出し切って、ソニックは操縦輪を思い切り引く。とてもではないがランデブーしようという飛び方ではない。
「ちょ ちょっとソニック!」
「あまり口を開くなよ!雹が飛び込んでくるぞ」
垂直角とまではいかないが、上に上にとトルネードは航行する。目の前には分厚い雲。躊躇なくソニックはトルネードを突貫させた。
真っ白な視界、身を刺すような冷気。氷の粒が身体にあたり、ピチピチと音を立てる。
「な 何も見えない、なんだこれ」
「雲の中だ!ちゃんと捕まってないと落ちるぜ!あ、でも空飛べるんだったなぁ?」
空は飛べるとは言ったが、雲に突っ込むような無茶はしたことがない。ソニックの言葉の端に嫌味が感じられたが、返事をする余裕はなかった。
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「息が…あ…できない…!!」
あまりのスピードと寒気に、シルバーはソニックの乗る運転席のシートにしがみつきながら、しっかりと目を閉じた。
「もう少し耐えろよ!抜けるぞ!!」
コックピットには風よけのフードがあるとはいえ、ソニックも直に風にあたっている。操縦輪を持つ手がかじかんでしまう前に雲を抜ける。
薄暗かった視界が、ぱっと開け、太陽の明るい光が差し込んできた。厚い雲海を抜けたのだ。ソニックはトルネードの速度は弱めず、まだぐんぐんと空へ登っていく。このまま、天国までいくつもりなのだろうか?と、舵を握るソニックにシルバーが声をかけようとしたその時だ。
少しづつトルネードの機体の角度が緩やかになり、水平に戻っていく。やっとソニックが上昇をやめたようだ。
ヒュー♪とソニックが口笛を吹く。
「見ろよシルバー」
シルバーがゆっくりと目をあける。金色の大きな目を見開くと、シルバーはそのまま目を閉じることができなくなった。
息を飲み、目の前の光景を信じられないといった表情で見る。
その顔を見ては、ソニックはとても満足そうに笑っていた。
そこには。
ただただ、青い地平線が広がっていた。地球という星の形。大地の果て。
高度4万5千フィート 13716メートル上空。ジェット機の航行ルートのはるか上。
トルネードが特別なエンジンを積んでいることで可能になる、通常のエアプレーンでは飛び上がることのできない、不可能な高度。
真っ青な大地と海。雲海は遥か下に広がり、光る稲光が星のようにチカチカと光っている。
上空を見上げれば、吸い込まれそうな漆黒が近づき、手を伸ばせば触れられそうな暗い色が広がっている。
地上では上にあるはずの太陽は、目線の先に浮かび、同じ景色を見下ろしていた。
「テイルスとはたまに来るけど なかなか他のやつらには見せない光景なんだ 地上じゃ絶対見られないだろ?」
シルバーからは返事がない。景色に魅了されているのか、それとも風が強すぎて聞こえていないのかもしれない。
ここまでの高さになると、酸素も少ない。重力圏から多少離れると、エンジンへのエネルギー供給を減らし、安定航行に入る。
ソニックはエンジンの出力を少しだけ落とした。酸素が多少少なくても、ハリネズミの種族は戦闘に特化しているからか、それほど生存に問題もない。
「流石に寒いけどなあ」
肩をさすりながら、運転席から後ろに立つシルバーを見ると、シルバーはグスグスと鼻をこすっていた。
「……きれいだろ?」
「泣けてきた…。ああ、世界は本当に…本当にきれいだ」
人間が鳥に憧れ、空を飛ぶ夢を叶えてきた気持ちが、今、シルバーにも手にとるようにわかった。
「ソニック…飛行機って…いいな!」
眼下に望む地球を眺めながら、ソニックもつぶやく。
「ああ!オレもそう思うぜ」
原作・ネタ提供 @HedgehoG__blue 小説・挿絵 popoco