スイートオレンジ 午後の日差しは少し和らぎを見せ、夏の終りの残暑も、それほど厳しくはなくなってきた頃。
都会からそれほど遠くなく、けれど人はあまり立ち寄らないような森の廃墟に、彼は一人で住んでいた。
特に身を寄せるような身内もおらず、かといって都会では住みにくい彼には、その場所は誰からの視線も受けず、誰とも関わらなくて済む、秘密基地のような場所だった。
真っ黒なその身体に、赤い血のような色の朱線が交じる針鼠の男は、その日の当たりにくい廃墟に、申し訳程度の生活用品と少しばかりの食料を持ち込み、一人静かな午後を過ごしていた。
はずだった。
ふとした途端に、近くの茂みが騒がしくなったかと思うと、二人の人影が突然現れた。
一人は、真っ白な身体に大きな二本のトゲを持つ、古くからの教え子だった。
そしてもうひとり…
「いたいた!シャドウ!!元気だったか!」
小さくて喧しい青い針鼠の子供が一緒だった。ブラストと呼ばれるその少年は、シャドウに向かって、ひらひらと手を振る。
シャドウはあからさまに迷惑そうな表情を見せた。
「悪い、シャドウ。ブラストのやつ、駐屯地にまで駆けつけてきて、オレを探してたもんだから」
「だって!シャドウが探しても探しても居ないんだもん!隠れてたろシャドウ!」
当たり前である。見つかってたまるものかと、声が聞こえようが気配を殺して見つかるまいと逃げていたものを、カオスコントロールで気配を探られて空間を渡ってこられては、隠れる意味がない。
シルバーの頭の上に乗っかるようにして肩車をされているブラストが、頭を抱えるような仕草をしているシャドウに向かってケラケラと笑っていた。
「今日はさー いいものもってきたんだ。シルバーとシャドウと一緒に食べようと思って」
ブラストは手に持っているトートバッグを抱え、シルバーの肩から降りる。
「今日は、ソニックの話聞かせろって、言わないからさ。ちょっと一緒にいてもいいだろ?」
おずおずと前にでてくるブラストの表情が、珍しく真剣なものとなる。その眼差しがシャドウを見つめていた。
いつも騒がしくしてくるので邪険にしてはいるが、大人しく真摯な顔をしていると、なるほど、ヤツの面影も見えないわけでもない。
本当にブラストは、あの針鼠にそっくりだとは……思う。思うのだが、認めるわけにはいかなかった。
「オレンジもってきたんだ。近所のオバサンがやってる農園でさ。美味しいんだここのオレンジ。たまに手伝いすんだけど、カゴいっぱいくれるんだよ。いつも食べきれなくて友達とかにあげるんだけど」
小さな手のひらから溢れるような大きなオレンジの実を、ブラストは手に取ると、シャドウへと投げる。不意に投げられたオレンジをうっかりシャドウは受け止めた。
「へー!いいなオレンジ。良かったなシャドウ、友達だって言ってもらえて」
シルバーから嫌味のような言葉が漏れるのを聞き漏らさず、ギロリと睨んで返した。見なかったふりをして、シルバーはブラストからオレンジの実を受け取ると、皮を剥いて食べ始めた。
オレンジの皮から立ち上る、爽やかな芳香が周囲を満たしていく。兄弟のようにして並んで座り、談笑しながらオレンジを齧る、シルバーとブラストを横目で見ながら、シャドウは一人、ため息をついていた。