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    僕が感情に拘るワケ ――無表情で何を考えているのかわからない。

     周囲の大人は決まって僕をそう評した。自分では笑っているつもりでもそれが人に伝わらない。これは単に表情筋が堅かっただけの話なのかもしれないが、周囲の大人からすれば可愛くない子供だったのだろう。

     しかし僕の両親はそんな大人たちとは全く違った。僕の笑顔に気付いてくれたし、母なんて僕が食べたいものを食べたいときに作るなんて特技を持っていた。あの頃は本当に超能力者かなにかなんじゃないかと思ったものだ。
     父は僕とよく遊んでくれた。僕がそれほど運動が好きじゃないこともあって外で遊ぶことは滅多になかったけど、一緒にパズルをしたり、図鑑を見たり。仕事から帰ってきて疲れているはずなのに僕に構ってくれた。今思えばそうそうできることではないだろう。
     そんなふうに僕の両親はとても立派で、理想的すぎる素晴らしい両親だった。
     ありふれた、けれども今だからこそ断言できる幸せだった時間。永遠を疑わず、ずっと二人はいるのだと子供心に思っていた時間。

     しかし、何の運命か。幸せがそう長く続くことはなかった。

     僕はその日、二人の帰りを待っていた。
     その日は結婚記念日で、僕のことはいいからと大人びた見栄を張って二人を見送ったのだ。レストランで夕食を取って早く帰ってくるね、と最後まで心配そうに僕を見ていたことは今でも覚えている。
     最初はいつものようにパズルを解いたり、図鑑を読んだりして時間を潰した。でもだんだん暇になって、二人はまだ帰ってこないのかと玄関の前で図鑑を持って二人の帰りを待っていた。

     日は傾いてオレンジが部屋を染める頃になっても二人は帰ってこなかった。
     太陽が完全に地平線の向こう側に沈み、部屋を暗闇が包み込んでも二人は帰ってこなかった。

     さすがにお腹が減って、冷蔵庫から魚肉ソーセージか何かを見つけてきて玄関でかじったのは覚えている。もしかしたらバナナだったかもしれない。
     そしてずっと待っていた。ずっとずっと。ずっとずっとずっと。
     それでも二人は帰ってこなかった。

     さすがに眠くなってウトウトし始めた頃、玄関のインターホンが鳴った。
     僕は「やっと帰ってきた!」と大急ぎでチェーンを開けた。今思えば、二人は鍵をもっていったのだからインターホンなんて押すわけないのに。ついでに言えば不用心すぎる。でもそんな不用心にすら気を使えないほど、二人を待っていた。寂しかったのかもしれない。

     僕は「おかえり」と言いながら扉を開けた。
     しかし帰ってきたのは「ただいま」という二人のあたたかい声ではなく、そこに立っているのも笑顔を浮かべた二人ではなかった。

    「久門くん、だよね?」

     初めて見た警官の姿に僕は狼狽えた。警官は悪いことをした人のところに来ることを知っていたから。もしかして何か悪い事でもしてしまったか、と。
     警官は怖がらせないように、加えて義務だから警察手帳を僕に向かって提示した。その後、しゃがみこんで僕との視線を近くすると、どこか辛そうに言った。

    「落ち着いて聞いてね、僕。僕のパパとママは――」

     そう言って、何を思ったか警官が僕を抱きしめた。力が強くて少し苦しかったけれど、もがくことはしなかった。できなかった。彼の口から放たれた言葉を僕は理解できず、いや、したくなくて何も考えられなかった。
     だけども、現実というのは無情なものでジワリジワリと自分の置かれた状況を理解してしまった。僕はそれなりに頭がよかったから。

     ――慈島久門、9歳、秋。僕はその日、天涯孤独の身となった。

     そこからは怒涛の日々でよく覚えていない。知らないうちに二人の葬儀の打ち合わせが進み、あっという間に葬儀が執り行われた。二人とも一人っ子で、なおかつ両親も一人っ子。加えて早くに亡くなっており親戚はいない。
     後から聞いた話だと父の同僚の人が葬儀を取り仕切ってくれたらしいが、僕自身はその人と面識はなかった。

     葬儀では知らない人が僕に一言声をかけていく。両親を失って『可哀そうな』僕に。
     実を言うとその人たちが何を言っていたかはあまり覚えていない。多分僕にとってどうでもいい事だったのだと思う。

     葬儀が終われば僕は施設に預けられた。親戚がいないので当然だ。あっという間にそれまで家族で暮らしていた家を追い出され、荷物も勝手に纏められ、慣れない環境に放り込まれた。

     施設には僕と年の近い子もいた。しかし、僕は馴染めなかった。僕は外で遊ぶよりも本を読んでいたかったし、折り紙をするよりも本を読んでいたかったから。どこまで行ってもマイペース。自分がしたい事しかせず、他人に合わせることをしなかった。
     これはひとえに共感性の低さからくるものだけど、子供にそんなことが分かるわけがない。
     最初は気を使って遊びに誘ってくれていた子供たちも僕のことを遠巻きにするようになった。当たり前と言えば当たり前だ。どれだけ誘っても頷きは返ってこないのだから。

     そんな僕を大人たちは心配した。馴染めていないから、と。僕は別に馴染む必要を感じていなかったし、自分のしたいことをしたいようにしていただけだったのだけど、どうやらそれが問題に見えたらしい。ニコリともしなかったのが悪かったのかもしれない。
     加えて両親を一度に失うという境遇。これが大人たちの勘違いに拍車をかけた。
     すなわち、「両親を失ってまだ現状を理解できていない可哀そうな子供」という自分勝手な勘違いもうそうを持つに至ったのだ。

     子供というのは案外聡いもので、大人たちの話を聞いて回りの子供たちは僕のことを『可哀そうな奴』扱いするようになった。僕自身はそんな自覚がなかったから「僕は可哀そうに見えるのか」と思っているだけだったけど、今思えばとても煩わしい。

     そして、僕の現在の方針を決定づける一言が放たれたのは、両親が死んでから三カ月と経っていない年明け前の寒い日だった。

    「お前、親のそうぎの時泣けなかったんだって?」
    「かわいそー」

     どこから聞いたのかは知らないが、僕のことを気に食わないとして敵視していた少し年上の子供たち三人衆がそう言った。
     ただ、僕が興味を持ったのは一つだけ。

    「親が死んだら泣かないといけないの?」

     確かに僕は葬儀で泣かなかったけれど、葬儀の場で泣いている人は一人としていなかったからその時はそれが普通だと思っていた。本にも書かれていなければ、二人に教えてもらったこともないから。
     まぁ、仕事の同僚が死んだくらいで泣くのはよほど付き合いのよかった人だけだろうし、泣くとしたら仲の良かった友人とかだろう。二人の友人があの場に居たのかすら僕にはわからないけれど。 

    「普通泣くだろ!」

     何言ってんだ、と言わんばかりの顔に再び疑問をぶつける。

    「泣かないと、『かわいそう』なの?」

     ただ聞いただけ。なのに三人はまるでお化けでも見たかのように後ずさりをして逃げて行ってしまった。変な奴らだと思っていたけど、ずっと後に朔弥に訊いたら「お前はそういう質問の時、瞳孔が開いていて怖く見える」と言われた。興味をもって質問しているから仕方のないことだと思うんだけど、どうにもそれと僕の雰囲気のせいで怖くなるらしい。
     ちなみに朔弥に怖くないのかって聞いたら「慣れた」って言われた。大概だよね、君も。

     閑話休題。
     それ以来僕の中に「両親の葬儀で泣けなかった」という事がしこりの様に残っている。子供の戯言にすぎないと思ってみても、どうにも解消されない。のどに刺さって煩わしい小骨ってこういうことを言うんだろうと知識が増えるくらいに。
     そして困ったことに、幼い僕はそれが僕に感情がないせいじゃないかなんて考えた。そして感情について学んでいけばいつか泣けるんじゃないかなんて考えた。実際は僕には確かに感情はあって、ないのは共感性という結果に落ち着いたけれど。でもそれに気づいたのは大学に入ってからだ。

     最初は感情について調べるため精神科医を目指していたけれど、共感性が低いことを自覚してからは人に寄り添わなければならない精神科医は向いていないという事で諦めた。代わりに犯罪者の――特に殺人を犯す人の強い感情に興味を持った。
     人を殺すに至る強い感情。一概に憎悪だけとは言い切れない複雑性のあるそれは僕にとっては淑女のように魅力的で、多面性を持っており非常に興味深い。まぁ、全てがそう魅力的というわけではないけど、何事も例外をわざわざ語るのはナンセンスってものだろう。

     というわけで僕は感情に拘っている。特に殺人犯の感情に。そして感情から発生する行動に興味を持っている。同じ状況に置かれたとしても同じ判断を下すとは限らない人間の多様性が面白い。複雑であればあるほど興味深い。僕にとってそれは難しいパズルを解くのと同じことだから。

     でももしかしたら、僕は両親の死を泣きたかったのかもしれない。そうすることで死者を悼み、けじめをつけたかったのかもしれない。ズレた自分が嫌だったのかもしれないし、子供にそう言われたことがショックだったのかもしれない。
     もう僕自身にもわからないけれど。
    芝街 Link Message Mute
    2020/06/04 13:35:08

    僕が感情に拘るワケ

    慈島久門という男の起源。
    あるいはどうして心理学を修めたか。

    ##事件簿

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      ##事件簿
      芝街
    • 或る子供の冒険思いやれる家族が居ることは、きっと幸せな事だろう。

      ##RPG
      芝街
    • 贈り物バレンタイン絵を受けてシュヴァルツSS。

      ##RPG
      芝街
    • 冷冷たる弾丸※注意※
      『馬鹿唸』のネタバレを若干含みます。

      シナリオ通った1週間後くらいには描きあがってたんですけど、寝かせてました。熟成ともいえるんじゃないですかね。しらんけど。

      ##furfante
      芝街
    • ありがとうを貴方へ誕生日を迎える桐志さんへ、阿僧祇がプレゼントを見繕う話。

      ##furfante
      芝街
    • I'll die here 阿僧祇編※死ネタにつき注意※

      これはソロジャーナルTRPGの『I'll die here』のプレイログとなります。
      このソロジャーナルの性質上、阿僧祇は確定で死亡します。また後味は悪くなる可能性が高いです。閲覧注意してください。

      『I'll die here』
      未知のウイルスが蔓延し、ゾンビたちで溢れてしまった世界。
      ある日、不運にもゾンビに噛まれ感染してしまった " あなた " は、完全に人間でなくなるまでの 5 日間、記録を遺すことにした。

      ##furfante
      芝街
    • 切り捨てた感情チキチキ桐志さん新居チャレンジ関連の小説。
      阿僧祇一人だと喋らないので大抵の場合事務員ちゃんが出しゃばります。これからもそうです。
      対戦よろしくお願いします。


      ##furfante
      芝街
    • One nightmare, one cup of tea阿僧祇とレイナちゃんと時々虚淵さん。って感じに仕上がりました。
      話してる内容は虚淵さんに関してなのにほとんど出てきません。ごめんね。


      ##furfante
      芝街
    • 魚目燕石貴方の目の前にいるはずのない人と全く同じ見た目の人がいたら、どうする?

      ※注意※
      これはX(旧Twitter)に # 芝家怪談 のタグをつけて投稿した話をSSに直したものになります。
      詳細な描写により恐怖感が薄れたり、事態の解決により不気味さが半減するなどの可能性がありますことをご了承ください。

      ##芝家怪談 ##RPG
      芝街
    • 後悔噬臍ベッターで出してたのをこっちにも。

      (※弓嗣さん死ネタ注意)

      ##くくばく
      芝街
    • 実験記録 ◇/▼【魔術師の調合机】ソロジャーナル【魔術師の調合机】の記録。


      ##RPG
      芝街
    • 還り路「あの人、本当に死んでるのか……?」


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      夏だしホラー書きたいな、と思って書き始めたのにTRPGリプレイみたいになってしまったヤツ。
      着地も失敗してしまいました。

      ##RPG
      芝街
    • β国捕虜観察記録001短めに。雰囲気小説。

      ##宇宙大戦
      芝街
    • 目をつけられた研究者の末路ルカおじさんと、ターゲットになってしまった哀れな(?)研究者の話。

      ##宇宙大戦
      芝街
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