実験記録 ◇/▼【魔術師の調合机】■薬の調合実験《No.1》
【材料】♠9 寒色系 or 暗い色・角ばっている・硬い 皮・樹皮 11g
♣6 寒色系 or 暗い色・丸みがある・柔らかい 果実・ナッツ 11g
〈生成判定〉魔力 2.1 判定値:2
【形状】1 飲み薬・ポーション
〈耐毒判定〉2.6 判定値:6
【効果】2 傷・かゆみに関する効果
【味】2 苦味がある・苦味が強い
【香り】5 目が覚めるような香り・刺激的な香り
【毒性】4 強い毒性。薬草魔術師が数時間寝込む程度。
【薬効】5 強い薬効。風邪のような症状に効く程度。
◇/▼ 天気:雨
【材料】
・乾燥させた硬いオービックの樹皮 11g
・柔らかいメルマの果実 11g
【目的と考察】
〈メルマの果実〉にある鎮痛効果を〈オービックの樹皮〉により強められないかの実験。
〈オービックの樹皮〉は熱すると結合した成分の効力を強める性質が知られているためこれを利用。〈オービックの樹皮〉は乾燥させたものを使用する。未乾燥の方が効力は強いが、えぐみがひどく飲み薬には適さない点と保存が難しい点を考慮した結果。
生成には水の魔力を用いて、二つの成分の結合を促す。液体状になることを想定。
【生成工程】
十分な量の魔力を注ぐのに手間取り、必要以上の魔力を消費したが10分ほど混ぜると粘り気が出てきた。〈オービックの樹皮〉の成分が結合を始めた予兆だ。混ぜるのをやめ、中身を火にかけながら〈清流から汲んだ水〉を少量ずつ加え、成分を水へ抽出する。この時元の素材が焦げ付かないよう適度に混ぜる事。5分ほどで水の色に変化がなくなったことを確認した後、火を止め綺麗な布で濾す。最終的に薄青紫の液体が完成。
【検証】
香りは鼻を刺すような刺激臭。〈オービックの樹皮〉特有のものだ。加熱時間が少々長かったせいか。加熱時間の調整、または別材料の使用を考慮する必要がある。改良の余地あり。
指先をナイフで切った後、小さじ一杯分を試飲。味は苦味が強い。材料自体に特筆するべき苦味はないため、反応により引き出されたものと仮定。飲み薬、ポーションには向いていないため改良の必要あり。原因特定を急ぐべき。
加えて即効性の毒性はなし。毒性検査と経過観察を行う。
薬効として多少の鎮痛効果を確認。試飲量を鑑みて大人一人に対する適正量は小瓶一本程度と想定。十分な薬効があると言えるが、既存のものと比べると多少作用が強い程度。わざわざ調合するほどではない。
毒性の検査により強い毒性を確認。私には抗体があり効かなかったようだが、一般的な成人男性が使用すればしばらく寝込む程度だ。抗体を持っている人間でも常飲すれば体調を崩す可能性あり。検証が十分でないため確証はないが、おそらく〈メルマの果実〉にある弱毒が〈オービックの樹皮〉の効果で強められた可能性がある。この組み合わせを行う場合は〈メルマの果実〉の弱毒を無効化してからでなければならないかもしれない。
【結論】
おおむね当初の目的であった薬効の強化には成功したが、課題も多い。いっそのこと錠剤にしてしまうという手もあるが、その場合成分の抽出と圧縮を行わなければならないので工程が増えることは否めない。
販売することを考えると飲み薬の方が需要と実用性が見込まれるため、実験を続けていく。
〈オービックの樹皮〉で〈メルマの果実〉の弱毒も強化されてしまうのは盲点だった。この特性を逆手に取れば厄介な特性を持つ弱毒も強力な毒に昇華することが可能になるかもしれない。研究の優先順位としては高くないので後で別ページに詳細に予定を記しておく。
生成の手順にやや無駄があるため、様々なパターンで回数をこなし適切な生成方法を見つける必要がある。そのためには材料が少々足りないので、調達に行かなければならない。〈メルマの果実〉も〈オービックの樹皮〉も近場で手に入らないのが面倒だ。行商に話をしておくか。
■薬の調合実験《No.2》
【材料】♠Q 寒色系 or 暗い色・角ばっている・硬い 蜜・樹液・糖液 17g
♥3 暖色系 or 明るい色・丸みがある・柔らかい 茎・蔓 5g
〈生成判定〉知識 1,4,5 判定値:5
【形状】2 吸入薬・液剤
〈耐毒判定〉6,3 判定値:6
【効果】5 気分の沈静や高揚に関する効果
【香り】2 華やかな香り・上品な香り
【毒性】2 弱い毒性。短い間だけ少し調子が悪くなる程度。
【薬効】2 弱い薬効。短い間だけ少し調子が良くなる程度。
◇/▼ 天気:雨
【材料】
・モルメル蜜 17g
・明るい色のアサビソウの茎 5g
【目的と考察】
〈アサビソウの茎〉にある鎮静作用のみを抽出する実験。この成分は液体などに留めるのが難しいため、吸入薬として生成する。〈アサビソウの茎〉には幻覚作用があるため、〈モルメル蜜〉による中和を試みる。この時使用する〈アサビソウの茎〉は色が明るいものにする。暗い色のものは特に幻覚作用が強いため、今回の趣旨には合わない。また、〈モルメル蜜〉は低温時に最も薬効が高まることが確認されているため、それを試してみる。
【生成工程】
〈アサビソウの茎〉を粉末状にすりつぶした後、〈雨雲の雫〉と混ぜ蒸留を行う。3回ほど繰り返し、液体が薄い赤色になったのを確認。〈モルメル蜜〉を少量ずつ加え、液の色が黄金色になるまで混ぜ合わせる。出来た液体を再び蒸留。完成した液体を入れた容器ごと氷水につけ、30分程度放置する。最終的に濃い黄金色の液体が完成。
【検証】
原液の香りは〈モルメル蜜〉が強く出ているのか、フローラル且つ多少の甘さを含んだもの。少しくどいが実際に吸入する時はもう少しマシになるだろう。
実際に吸入器を使用し、検証。想定通り煙になると香りは幾分かマシ。しかし花独特の甘みが強くなったと感じる。第三者の感想も必要だな。
一呼吸分摂取。接種後数秒にわたり軽いめまいのような症状を確認。幻覚作用は現れなかった。多量接種により症状が変わるかの検証も必要。もし多量接種で幻覚作用が出る、あるいは長時間めまいが続くようであればアプローチの仕方を変える必要性あり。
めまいと同時に薬効確認。微々たるものであったため、現状生成されている薬より有効とはいえない。
【結論】
端的に言って失敗だ。大した薬効もないのに同じだけの副作用がある。ただ〈モルメル蜜〉の香りは吸入薬として問題ない程度だと思われるので、他の生成方法を探してもいいだろう。
一番の課題はやはり〈アサビソウの茎〉に含まれる幻覚作用をどうやって取り除くか、だ。方法がないわけではないが、従来の方法では作業効率が悪いし、何より必要素材が多くコストがかさむ。その点を改良するためにはやはり今回のような実験が必要だ。
とはいえ、具体的に思いついた方法はそれほど多くない。一つ一つ検証しても新しい生成方法が見つかるかどうか……。締め切りがあるわけではない。気長にやろう。
■薬の調合実験《No.3》
【材料】♦J 暖色系 or 明るい色・角ばっている・硬い エキス・植物油脂 15g
♠K 暖色系 or 明るい色・丸みがある・柔らかい 炭・炭粉末 16g
〈生成判定〉知識 2,3,5 判定値:5
【形状】4 塗り薬・軟膏
〈耐毒判定〉3,3 判定値:3
【効果】2 傷・やけどに関する効果
【香り】4 力強い香り・エスニックな香り
【毒性】1 毒性なし。
【薬効】2 弱い薬効。短い間だけ少し調子が良くなる程度。
◇/▼ 天気:雨
【材料】
・オレンジベールのエキス 15g
・モイロスハルベの炭粉末 16g
【目的と考察】
〈オレンジベールのエキス〉に含まれる鎮静効果と〈モイロスハルベの炭端末〉に含まれる回復力上昇効果を用いてやけどの治りを早くする塗り薬の生成実験。
簡単な方法を用いることに加え、材料自体がさほど薬効が高いものではないため、薬効が高いものができるかは不明。
【生成工程】
〈モイロスハルベの炭粉末〉を精製水に混ぜ、できた液体に〈オレンジベールのエキス〉を混ぜる。十分に混ぜられたのを確認して濾過し、〈ビークイーンのミツロウ〉と〈エバオイル〉を混ぜ合わせる。
【検証】
肌に直接塗って検証。やけどを作ると怒られるため、後日方法を考えて確認する。
塗った直後はスッと冷えるような感覚がするが、少しすると消失。効果時間は想定よりも短いと思われる。
香りは〈オレンジベールのエキス〉のものが強く出ているのか、香草のようなスパイシーな香り。人によっては好き嫌いが分かれるタイプの香りだ。出来れば無香がいいため、匂い消しの方法を考えてもいい。
少し時間をおいて経過観察したが、かぶれやひりつきなどの症状は確認されなかった。また、毒性の検査も行ったが、完全に毒性はないようだ。
【結論】
時間が余ったため簡単な実験を行ったが、思ったより成果は芳しくない。もとよりそれほど期待していなかったとはいえ、徒労に終わると疲れる。
失敗、というわけではないがそれに近い。似たような薬効を持つ材料はあるが、この二つは口にしても害がないうえ、アレルギー等に引っかからない点でも優秀だ。この材料で薬が作れれば乳幼児などの治療にも使用できる。そういう点では研究する価値があるが、難しいか。
また詳しく生成方法を考えてから実験を行うことにする。
実験終了後
最後の実験の結果を描き終え、ノートを閉じる。
夕食後に始めた実験は日付を超えてやっと終わり、片付けと記録が終わった頃には酔っ払いすら外を歩いていないだろう時間になっていた。
さすがに興が乗ったからと気になっていた実験を連続して3つはやりすぎたな、とシュヴァルツは後悔しつつ防護服を脱いでハンガーへとかけ、髪を緩く紐で縛った。
「そういえば足りない素材があるな……」
在庫確認で近々必要になりそうな素材が足りていなかったことを思い出し、溜息を吐く。簡単な素材ならいいが、難しいものになると自分で取りに行ったり、行商に話を通す必要がある。
自分で取りに行くのはいいとして、行商などと話をする手間が面倒で、シュヴァルツは好きではなかった。しかし、グレゴリーやアルスに任せるわけにはいかないので仕方がない。
いや、アルスがもう少し成長すれば任せることもできるかもしれない、と考えるがそれも大分先の話だろう。
「……」
必要だ、と考えると気になりだすのがシュヴァルツの悪い癖だった。一度寝て、明日の朝にでも確認すればいい事なのに一度気になり始めると眠れなくなる。
自分のどうしようもない性格を呪いながら再び溜息を吐いて、シュヴァルツは素材を置いてある部屋へと向かった。
素材の部屋は常に換気されているため、薬草独特の青臭さなどはない。薬草そのものに強い香りがついているものもあるうえ、それらが混ざったらどうしようもなく気分が悪くなる匂いになるからだ。
これはシュヴァルツの経験談であり、その経験があるからこそ、素材の管理には人一倍神経質に取り掛かっていた。
「足りないのは……〈メルマの果実〉、〈オービックの樹皮〉の他に……。あぁ、〈アモミスの葉〉もないのか。これはまだなんとかなるか」
最近使った素材の棚を開けて中身を確認していく。薬草園や自分で見つけられるものはともかく、行商に頼まなければならないものや遠出が必要なものを優先的にリストアップする。
贔屓にしている行商とは付き合いも長いし、優先的に回復ポーションを卸していることもあってある程度の融通は効く。それでも時間がかかるのには変わりがないため、明日にでも話を通すか、と決めてペンを置いた。
「こう見るとかなり多いな。……そうだ、アルスにも使いやすい道具を揃えてやらないと」
この前、グレゴリーと行っていた調合授業の時、アルスの体には器具が少々大きく、やりにくそうにしていたのを思い出してそれも行商に頼んでみようと考える。一般に流通していないだろうから特注になるかもしれないが、それなりの蓄えはあるし、さほど問題にもならないだろう。
となると古くなった器具を一緒に買い替えてもいいな。話をしにいくついでに骨董店を見に行くのもいい。たまに珍しい機材が売られているときがあるから。
「そうだ、本も買うか」
前からほしいと思っていた図鑑があったことも思い出して明日の予定を組み立てる。と、そこまで考えたあと、はっとして慌てて時計を探した。時間を見てみれば日が出てもおかしくない時間帯だ。
睡眠をとるとしても、立てた予定の通りに動くなら仮眠程度にしかならないだろう。
まぁ、でもそれも自分の時間管理が甘いせい、と何度目かの溜息を吐いて自室へと戻る。
昔と今では目の下のクマが消えない理由が変わったことに、感慨深さを感じつつ、シュヴァルツはベッドの中で目を閉じた。
「カラスさん! 朝ですよ!!」
とアルスが起こしに来たのは3時間後の事だった。