幻肢 目が覚めると、中華風の天井。
神威の妹に叩きのめされた阿伏兎は、春雨第七師団の戦艦に運ばれてベッドの上で休んでいた。少し眠っただけだが、大分打ち身やらの怪我の痛みは引いていた。考えてみれば、鳳仙にやられた腕の方が重症だったのだ。
阿伏兎が首をぐるりと回して起き上がろうとすると、突然引き戸が開いた。足で開けただろう神威は、両手に白い物体を山ほど載せた皿を持っていた。足しか使えないのだろう。
「あれ、目、覚めてたんだ?」
山のような白い物体の間から、笑顔が見え隠れする。
「オイオイ、何だその白い山は?」
阿伏兎が呆れた声を出すが、神威はそれに答えず阿伏兎の目の前に座り、床頭台の上に白い山を置く。
「握り飯って言うんだって。これが結構旨いし腹にたまるんだ」
神威はすっかり地球の食事が気に入ったようだ。阿伏兎に握り飯を一つ手渡し、物凄い速さで自分も食べ始めた。阿伏兎に…怪我人に全部譲る気はないらしい。
「有難くて涙が出るよ、団長自ら食事を運んで下さるとは…」
「そりゃ、阿伏兎には早く復帰してもらわないと。色々と決めなきゃならない事がある」
飯が口いっぱいだというのによく喋れるな、と思いながら、阿伏兎も飯を口に運ぶ。元来夜兎は大食いだ。阿伏兎も例外ではない。
「義手の手配を先にしてぇんだがな」
ボソリと阿伏兎が言った言葉が耳に入ったのか、入らないのか、神威があっという間に飯を消していく。そして最後は手に付いた米粒を名残惜しそうに舐めとる。
「阿伏兎、あんまり食べてないね。身体動かしてないから腹へらないんじゃないの?」
何かの含みを感じるような発言。
「あんたの妹に、めちゃんこボコボコにされたからねぇ。おじさんは今傷心なんだよ」
神威はふふふっと笑った。
「阿伏兎の性癖だもんねぇ」
さらっと聞き捨てならない事を言われて、阿伏兎はムっとした表情をした。神威は阿伏兎の膝にヒョイと横座りして、顔を近付ける。
「共食いは嫌いとか言って一方的にやられっぱなしって。ねぇ? 痛いの好き?」
嘲りも、興味本位でも何でもなく、サラリとこういう事を言ってのける事が出来るのはこの男位だろう。
「そりゃこっちの科白だ、バカ団長。」
神威の闘い方を見ていていつも阿伏兎が思っていた事だ。いや、多分鳳仙だってそうだった筈だ。戦う事に苦痛でなく、快楽しか感じないという「性癖」。
闘いと強いかどうかが神威の価値観の全てだ。闘えるなら親でも兄妹でも師匠でも誰でもいい。他の事には一切興味無いのだろう。飯を食うのは闘うためのエネルギー補給だ。それ以上の意味は無い。
「お前、幻肢痛って知ってる?失った筈の部分が痛んだりする症状」
神威の口から、そんな言葉を聞くとは思わなかった阿伏兎は多少戸惑いつつ答えた。
「一応・・・な」
阿伏兎にその症状が現れるかどうかは判らないが。夜兎族からしたらよくある怪我なので、そのような症状に対応する脳回路になっているのではないか。その症状を発症した者を阿伏兎はあまり知らない。
神威が、阿伏兎の腕の切断面に触れた。包帯で傷口は覆われているが、直に触られているような感覚がした。神威は笑う。男相手にこういう表現はどうかと思うが、艶然とした笑みだった。
「包帯が取れるのが楽しみだね」
などと、意味不明な事を神威が言う。
なにその「ご飯の用意が出来るの楽しみだね」みたいな感じは?
阿伏兎は心の中で滑稽につっこむ。神威は阿伏兎の膝にのった時と同じようにヒョイと降りた。
「欠損した奴とちゃんとヤってみたいんだけどなぁ」
ググッと伸びをしながら神威はそう言って、アッサリ出て行った。皿を置きっぱなしで。
だから、一体貴方は何を仰っているのですか?あの人片腕の父親に半殺しにされたんじゃなかったっけ?
神威の意図は読めない。傷が治ってからの夜のお誘いのつもりだったのかもしれない。暫く戦もなさそうだから、あのすっとこどっこいも退屈で仕方ないらしい。
阿伏兎は立ち上がり、服を着た。実はまだ片腕が無い事に慣れておらず、多少もたつく。しかし、おそらく直ぐ慣れるだろうと阿伏兎は思った。
俺達はそういう種族。その血を誇りにする種族。
例えそれが流れる筈の部位が失われていても、幻肢まで流れる血を感じ始めていた。
[了]