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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    春と群青【駅】

     四月に入っても山に囲まれた町はまだ肌寒い日があるようで、道行く人々の服装はまだどこか冬を引き摺っているような暗いトーンのものがほとんどだ。ちらほらと見かける桜の木も、まだほんの少ししか花が咲いていない。自分が住んでいたところは既に満開を迎えていたから、大分ズレがある。同じ日本国内でこんなにも咲く時期が違うものだということを、はじめて認識したかもしれない。父親の運転する車の助手席に座って夕日に染まる町をぼんやりと眺めた。今日からこの町で日常生活を送ることになる。
     父親が車を替えたばかりということもあるが、道路自体も悪くないようで揺れが少なく長時間乗っていてもそれほど疲れは感じていない。車窓を流れて行く銀行やら郵便局、全国でチェーン展開しているコンビニ、電気店やドラッグストアなどを見ると、生活するのに不便はなさそうな町だという印象だ。ここに来る前は父親からかなりの田舎だと聞いていたが、それ程でもないと感じる。
     運転席の父親は「あっちより寒そうだ」とか二言三言助手席に座る自分に話しかけてくる。しかしこちらが適当に返事をしているうちに父親は黙り込んでしまった。手ごたえがない会話を続けても、喉が乾くばかりだと気が付いたのだろう。父はホルダーの缶コーヒーで喉を湿らせつつ、運転に集中する。自分のせいで引っ越しをすることになったというのもあるが、以前からそんなに仲が良い親子関係ではなかったというのもあってますます会話がなくなった。
     転校の理由については高校に入ってから原因不明で視力が弱くなった左目の治療のため、ということになっている。しかし本当は一つ上の先輩の堀田と殴り合いの喧嘩(実際にはこっちが一方的に殴り倒した)をしてしまったことが原因だ。堀田は父親が勤める会社の重役の息子で、それで父親が所謂左遷の憂き目にあってしまった。表に出して責めることはしないが、それでもちょっとした態度から息子に対して不満を募らせているのは分かる。しかし今はまだ、自分が全面的に悪いと謝罪する気にはなれなかった。堀田は入学当初から何かにつけて因縁をつけてきており、一年間耐えてきて単純に我慢の限界を超えてしまったのだ。我ながらよく我慢した方だと思う。
     父親が隣で溜息をついた。欠伸はうつると言うが、溜息もそうなのかもしれない。自分も息を吐きたくなったが飲み込んだ。車内は重い空気のまま、駅らしき場所の前を通り過ぎる。薄いグリーンと白の二色に塗り分けられた壁の駅で、目立つとも目立たないとも言えない。そこから帰宅途中の会社員や学生たちがわらわらと出て来る。その中で白髪頭の男が目に入った。丁度車が駅前の横断歩道の赤信号で止まったため、身をフロントガラスに近付けてよく見てみる。頭は染めているのか真っ白だが、顔を見るとどう見ても若い、二十代くらいの男。眠そうな表情をしており、両手にスーパーの袋らしきものを下げて目の前の横断歩道をゆったり渡って行く。生成りのジャケットを着ているせいか全身白く見えて周りの景色から浮いている。
    「晋助、知り合いでもいたか」
     わざわざ身を乗り出してまで前を見たものだから、父親が掠れた声でそう訊ねてきた。
    「いや、別に」
     白髪頭の男は横断歩道を渡りきると、アーケード商店街の方に向かって行ってしまう。何故か追いかけたい衝動に駆られるが、父親の前では平静を装った。再びシートに体を沈みこませ、幾分日が長くなった春の夕焼け空が群青色の夜に包まれていくのを、ただ黙って見つめ続けた。
     



    【官能小説家と青年】

     数年間住んで慣れたことだが、田舎町の桜は暦よりも遅い。テレビで桜が満開だというニュース映像が流れる時期とはかなりの誤差がある。

     四月が終わりに近付くが、肌寒い日が続いていた。春の雨が連日芽吹き出した草花を濡らす。本来であれば濡れて参ろうというしっとりしたイメージかもしれないが、今はただただ寒い。
     昔から住む人ばかりの住宅地は普段から静か過ぎるほど静かだが、今日は雨のせいか更にひっそりとしている。傘を打つ控えめな雨音を聞きながらブロック塀に沿って歩くと、やがてそこだけ時代を感じさせる石を積んで作ったような塀に変わる。古い石塀は昔はぐるりと家を囲んでいたようだが今は一部だけ残されており、目指す家の門柱に繋がっている。門柱の上には握りこぶしよりも小さい、緑青が浮きあがっている鳥が二羽仲睦まじそうな姿で並んでいる。古い石塀部分は低く、庭や玄関までもが容易に覗けてしまうのは防犯上気になるが、家主はこの石塀と鳥が気に入っていて新しくするつもりはないようだった。
     門柱から玄関までの二メートル強程には石畳が敷かれおり、石畳の隙間からちょこんと雑草がのぞいていた。玄関は格子状の引き戸で、立て付けが悪く開けるのにコツがいる。何年か前に地震があったそうで、その時からだとか。塀は直さなくてもいいけれど、こっちの方は直してくれることを期待している。
     傘を閉じて水滴を払い、戸の横にかけておく。傘立てがこの家にはないからだ。赤い郵便受けには郵便物と地方の広報誌が詰め込まれているので引き抜き、中も覗いてハガキ等を回収する。
     玄関を開けるとどこからかボソボソと話し声のようなものが聞こえた。ラジオかテレビなのだろうと予想し、静かに上がって足音をたてないよう廊下を歩く。戦前に建てられた家だという話で、古いせいかそっと歩いても廊下の板は軋んだ。家主がいる筈の部屋の襖を静かに開けた。その部屋は畳敷きの八畳間で、掃き出し窓に向かうように文机がある。その文机に並んで横になった家主の白髪頭の男は、顔に雑誌をのせたまま寝入っているようだった。文机の上にはアンテナが立っている銀色のラジカセとぶ厚い大きな封筒が置かれていた。ラジカセからはパーソナリティが明るくローカルなネタを話す声がする。やはりラジオを聞きながら寝入っていたようだ。ふっと溜息が出た。なんの溜息かは自分でも分からなかった。だらしない男の姿を見て呆れたのか、想像した通りに家主がいた事に安堵したのか。

     全く起きる様子もない男に声をかけずに、台所を覗くために部屋を出た。この家の台所は戦後に何度か直されている。一応現代人が使いやすいようにはなっているが、流しはタイルが貼ってあって古めかしい雰囲気を際立たせている。四人用のダイニングテーブルにさっき回収した郵便物や広報を置いた。
     水を入れたヤカンをコンロにかけている間に流しの中にたまっている食器と魔法瓶を洗っておく。桶に布巾をつけおきしたりして大体普段家主がやっていることを終えて振り返る。するといつからいたのか台所の入り口に女が立っていた。サラリとしたロングヘアの女は、赤いフレームの眼鏡の奥から勝気そうな大きな目でこちらを足元から頭まで舐めるように見ている。全く気配がしなかったので驚いたがそれを表情に出さないようにして会釈した。女は猿飛あやめという、官能小説やSM・緊縛などを特集している雑誌を発行している出版社の編集者だ。猿飛はふふと笑う。
    「アナタ随分慣れた手つきじゃないの。通い妻って感じ。今度エプロンでもプレゼントする?」
    「……」
     ここの家主はほとんど食器をためることもないし、来客が来る日であれば自分で湯を沸かして用意しているだろうが、多分奴は締め切り明けで暫くは起きないだろう。たまたまそういう日に来てしまったからやっているだけだ。ここには通いつめてるわけではなく、顔を出したのは半月ぶりだった。沢山言いたいことは頭にあったが、否定しても無駄な気がして軽く睨むだけで済ますことにした。
    「銀さんは書斎よね」
     睨む俺のことなどお構いなしといった様子で言いたい事だけ言って猿飛は踵を返して廊下に消えていった。書斎というか、あそこは書斎兼居間兼寝室らしい。
     暫くするとギャーギャーと騒がしい声がここまで聞こえてきた。来客には違いないのだからと茶を出す用意をすることにして来客用の茶器を出そうとすると、ドタドタと猿飛が戻ってきた。
    「あなたいつ卒業なの? 就職活動はいいわけ?」
     猿飛は文机の上にあったぶ厚い封筒を抱き締めるように持っている。突然すぎる質問だし、何故俺にそんなことを訊くのかわからなかったので首を捻る。
    「あと一年あるんで」
     玄関の方から車のクラクションが聞こえた。タクシーのようだ。そちらをチラチラ気にしながら猿飛は呆れたように溜息をついた。
    「ノンビリしてるのね、まぁもし良かったらウチに来なさいよ。全蔵にも言っておくから」
     封筒を見せつけるようにして、こちらに向けてウィンクすると、行ってしまった。あまり足音をたてない不思議な歩き方だと思った。あの軋む廊下をどうやって音を立てず歩いているのか理解出来ない。猿飛が帰ると家の中は急激に静かになった気がした。
     シュンシュンとヤカンから音がする。ガスを止めて沸いた湯をポットに移していると、ギシギシと重い音が廊下から聞こえた。
    「……高杉くん、さっちゃんより先に来てたんだって? なんで起こしてくんないの」
     明らかに不機嫌なここの家主、坂田銀時が頭を掻き掻き大欠伸しながら台所に入ってくる。何日か髭を剃っていないようで、顔の下半分は白い粉を吹いたようになっている。
    「コーヒー飲むか」
     編集部からもらったちょっと高いドリップコーヒーは甘い物のお伴にと普段から言っているから、今はこれでいい筈だと棚からインスタントコーヒーの瓶を出す。
    「うん……。ったくあの女、上に乗りやがって……。俺はてっきり……」
    「てっきり?」
    「……いや、なんでもない」
     そう言うと銀時は台所にある四人掛けのテーブルの椅子を引いて、どっかり座る。再び欠伸をして頬杖をついた。流しやコンロがある側に小さい木枠の窓があるだけなので、天気の悪い日は台所はやたら暗かった。壁も床も食器棚もタイルもいつもよりもずっと沈んだ色をしているが、沈んだ色の奥には元々の色が静かに息づいている。今はまるで眠りから覚める前のように静かだ。
     シュガーポットから角砂糖を四つ取り、いつも銀時が使っている群青色の大きいマグカップに入れた。この群青色は銀時の色だといつも感じる。湯を注ぐとふわりとコーヒーの香りが部屋に充満した。自分は何かのおまけについてきた黄色いマグカップに湯を注ぐ。砂糖は入れなかった。スプーンを突っ込んで銀時の目の前にマグカップを置くと、
    「こっちの色の方が高杉に似合ってるよね」
     とボソリと言った。銀時はぼーっとした眼差しで自分のマグカップを見つめているから、まだ少し寝ぼけているのかもしれない。ずっとそれを使っているのに今更何を言うのかとふっと俺は少し吹き出してしまった。銀時の向かいの椅子を引いて座り、黄色いマグカップを自分の元に引き寄せた。銀時は眠そうな目で熱いだろう群青色のマグカップを口元に運ぶ。あまり血色がいいとは言えない白い顔が一瞬熱さに歪む。唇を少し窄めて数回息を吹きかける。黙って銀時のその様子を見ていると、嬉しいような苦しいような気持ちがこみ上げてくる。幸福感を覚えると同時に、それを否定する自分がいる。

     俺が銀時の色だと感じた色。銀時が俺に似合うと言った色。銀時が口付ける色。

    「春の群青」
     銀時の言葉にハッとした。いつの間にかぼうっとしていたようだ。
    「何が」
     コーヒーをすすりながら、銀時に話の続きをするよう促す。
    「タイトルなんだよね、今回の小説の」
     大きな手でカップを撫でながら銀時がそう言った。
    「まさか、官能小説じゃないのか……?」
     そんな抽象的なタイトルの作品を今まで書いていただろうかと思い出してみる。大体すぐに内容がわかるようなタイトルをつけていた気がする。『電撃お仕置き棒』とか『爆尻見参』とか次々に思い出していると銀時は少し顔を赤らめてこちらを睨む。
    「いや、そんな真剣に俺の書いたもの思い出さなくていいから。つーかテメーは読むなと言ったよね? 読んでないよね?」
    「読むかよ『爆尻』なんて。で? 何書いたんだ」
    「テメッ、なんでよりによってそれが出て来るんだよ! 本当に読んでねーんだろうな? 信じていいんだよな⁉ 残念だけどいつものやつよ、だからお前は読んじゃダメですぅ~」
     結局そうなるのかと脱力して背もたれに体重を預けた。ミシと古い椅子は乾いた音をたてる。別にもう未成年でもないのだから禁止される謂れはない。だが奴が恥ずかしいから嫌だというのなら、読んでいないということにしておこうと思った。しかしいつも自分の小説の話しなどあまりしない男が、タイトルだけでも漏らしてしまうというのは何かあるんじゃないかと考えるのは深読みしすぎだろうか。
    「雑誌の発売日楽しみにしてるよ。春発売じゃないのに春がタイトルにつくのっていいのかよ」
     銀時は身を乗り出して下から覗き込むようにすると口を尖らせた。十も年上の男だが、こんな表情を見ているとまるで同じ位の年のような錯覚がする。
    「やめてって言ってんのに。顔知ってる奴にさ、えっちな話し読まれたら恥ずかしいじゃん? タイトルは……いいんだよ深い意味ないし」
     あの女編集者に自分の所へ就職しないかと誘われたことは黙っていることにした。銀時は全力で阻止するだろう。

     春の雨が台所の薄いガラス窓を叩く音がする。屋根瓦を叩いてる雨も雨樋を伝い、テンテンと流れる音がする。
    「郵便物取ってきてくれたんだ。桜、咲いてる?」
     銀時がテーブルの上の郵便物から窓に視線を向けてそう言った。暫く外すらまともに見ていなかったようだ。この地方では桜の満開時期はいつも他の地域よりずっと遅い。
    「庭のヤツはちょっとだけ咲いてたよ。今年は特に遅れてるみたいだな。丘の上の方は五月の連休頃満開じゃねェか」
     雑誌を顔にのせて寝ていたせいか、銀時の前髪は真ん中で分かれていて額には雑誌がのっていた痕が薄く残っている。腕をのばしてその痕を指でこすってみる。銀時は「アトついてる?」と苦笑いした。
    「晴れたらさー、連休前に一回弁当作って丘の上の展望台に行かね? あ、暇ならだけどさ。学生サンは勉学と友達優先だからな」
     銀時が俺の手首を右手で軽く掴む。コーヒーで体が温まったのか、銀時の掌は熱かった。
    「てめェ、それってどうせ公民館の掃除の手伝い込みだろ。まぁいいや、行くよ。晴れたらな」
     どちらからともなく、手を握る。二人きりの時はこうやって触れ合うけれど、別に俺達は恋人関係ではない。恋人でもないのにこんな風に触れ合うのは普通ではないかもしれない。家族や友人とだってこんな風に体に触れるスキンシップをとろうと思ったことはない。だったら何故銀時にだけは触れたいと、触れられてもいいと思ったのか。この町に来た時にたまたま目についた男だったというだけ。たまたま気が付いたら近くにいただけ。銀時のいるこの家が居心地が良いだけ。俺が触れても銀時が嫌がらないだけ。銀時に触れられても、嫌じゃないだけ。銀時と関わる理由が頭に巡る。
    「晴れても、雨が降ってもさ。行こう」
     銀時が目を細めて笑い、手に力を込めた。繋がった部分には互いの熱が籠る。じんわりと掌を温める。銀時の熱が、銀時の約束の言葉が。

     そう、俺達は約束をするからまた会う。会う理由を作る。こうやって触れたくなる理由も見つかる時がくるのだろうか。
     

     まだ燃え盛ることを知らない春はゆっくりと、静かに侵食する。目から鼻から耳から。甘く苦く肌をほんの少しだけ刺していく。この侵食に畏怖の念を抱きながらもずっとこのままであればいいとも思う。このまま何も気付かず、知らないままに。


    【エロトピアとsmart】

     公民館と地元の者は呼んでいる、正式には地域交流センターという名称の建物がある。数年前に新しく建て直したとかで、壁も屋根も身障者用にスロープや手すりがついた出入り口もまだ真新しい。トイレなんかは立て直す前は水洗トイレではなかったそうだ。このセンターの前の坂を上ると展望台と国指定文化財の旧H家住宅がある。
     今日はセンターの周りの桜も、坂の桜並木も美事に満開だった。今が一番見頃なのだが、連休前ということで近所の住人らしき老人や幼い子供を連れた母親たちのグループの姿しか見当たらない。
     銀時は(官能)小説家という仕事以外にこの地域ではなんでも屋のようなことをしていた。しかし連休前の交流センターの周りの清掃はボランティアだ。おまけに今日は近くでラーメン店を営む夫婦の子供二人の子守りも同時にこなしていた。こっちはラーメンサービス券と引き換えに引き受けたんだそうだ。
     面倒を見ることになった神威と神楽という幼い兄妹は元気過ぎるほど元気で、走り回ったり何が理由かはわからないが突然兄妹喧嘩を始めたり、気が向いたら草取りとゴミ拾いを手伝ってくれたり、一時もじっとしていない。道路へ飛び出さないように見張っているだけでも一苦労だった。

     一通り掃除が終わると、丘の上の展望台にある東屋で銀時が作ってきた弁当を広げて四人で食べる。運動会や花見で使うようなデカイ弁当箱に、唐揚げや卵焼きや肉巻きのジャガイモやアスパラ、稲荷寿司に具が沢山入った太巻がぎゅうぎゅうに詰まっていた。銀時が色んな形にした赤いウィンナーが特に人気(主に兄妹に)だった。銀時が「なんの形だ」とクイズを出し、兄妹が答える。「ピンポーン」と正解しても「ブブー」と不正解でも兄妹はキャッキャと笑っている。あまりにも楽しそうで、こちらもメシを食っているのについ笑ってしまった。子供がいる家族はいつもこんなに賑やかに食事をするものなんだろうか。少なくとも自分は家族とこんなに笑いながら食事をした記憶はない。それが俺の日常で普通のことだった。
     兄妹は昼飯を食べると眠くなったのか、木陰に敷いたブルーシートの上で並んで昼寝をする。あれだけ動き回っていたのだから疲れたのだろう。ブルーシートの下は芝生でまだ緑緑していないが柔らかそうだった。今日はこの間までのどんよりとした天気と違い、快晴で風も穏やかだ。自分も兄妹と並んで昼寝をしたくなる程に気持ちがいい。
    「今日はお疲れさん」
     そう言って銀時が水筒をこちらに向けるので、携帯用のプラコップを差し出した。その中に麦茶が注がれる。
    「弁当、美味かったよ」
     そう言うと銀時は苦笑いする。
    「半分くらい冷凍食品だけどな。もっとちゃんと作りたかったけど、寝坊した」
     銀時は水筒の蓋に注いだ麦茶をいっきに飲み干し、ふうと息をついた。
    「高杉がここに来てもう三年になる?」
    「あぁ、そんくらいになるんだな。ここに来た時はまだ桜が咲き始めたばかりの頃だった」
     この展望台は自分達が普段生活している場所が一望出来る。この地域は山や森の中に住宅地や商業地域がまばらに点在しているように見える。二人で並んで町を見ながら、ここへ自分が来た時の思い出をポツリポツリと語りあうが。父親の車で初めてこの町に来た次の日に早速記憶を辿って駅を探した。銀時がいるかもと思って駅近くの商店街をウロウロしてみた……なんてことは話すつもりはない。恥ずかしいというのもあるが、例え銀時絡みだとしても本人には話せない自分だけの大切な想いというものがあるということだ。あんな風に何かを期待して町を歩いたことがあっただろうか。
     ここへ来て一週間経った時に偶然商店街の小さな本屋で出会ったこと、銀時が成人向けのコーナーに立ってパラパラと本をめくっていたこと、まるで忍んでいるように全身真っ黒で黒縁眼鏡までかけていたことを話すと、銀時は瞠目している。
    「そうだったっけ。よく覚えてんな、服装まで。そう言えば高杉も真っ黒だった記憶があるな。小さいヤツが可愛いスタジャン着ちゃってさ。中学生がイキってsmartでも買いにきたのかと思った」
    「なんだと……てめっ。俺ァ普通の身長だ」
     そっちこそよく覚えているじゃないかと言おうとしたが、中学生というワードの方に引っかかってしまった。そんなにガキに見えるとは自分では思わないが、よく考えてみれば銀時から見たら中高生なんて皆同じなのかもしれない。銀時とは少なくとも一回り離れている。
    「あれって今思えば……本当は自分が載ってる本探してたんだな」
    「いや~、部数少ない本とはいえ全然見かけないな~と思って。あの後暫くしたら誰か定期的に買うようになったのか、一応それなりの冊数入るようになったよね、あそこ」
    「へエ……。知らなかった」
     実は自分がずっとあそこで銀時の小説が載る雑誌を買っていた。勿論銀時が小説を書いていると知った後だが。成人向けを買うためにあの商店街を高校在学中に制服で通ったことはなかったけれど、実は本屋の婆さんは気付いていたのかもしれないと思う。角刈りパンチパーマみたいな髪型の怖そうな婆さんで、今も健在でレジに居続けている。
     銀時と話すきっかけになったのはその書店で出会った時に俺が万引き犯と揉めたからだった。若い男がコミック本を何冊か鞄に入れるのを見てしまい、そのまま店を出ようとしたところを止めたら店内は騒ぎになった。商品を戻せば黙っておくつもりだったのに、その青年が「ハメられた」と勝手に騒ぎ出したのだ。
    『ギャーギャーギャーギャーと、発情期ですか』
     揉めているところにこの銀時が入ってきてあっという間に事はおさまった。青年は銀時が間に入ってきた途端に萎縮してしまったらしく、店員に連れて行かれた書店の二階では終始静かだった。これは後程理由を知ったが、この青年は暴走族に所属していたことがあり、暴走族から抜けると言い出した少年に皆で制裁を加えていたという。その暴走族は少年を助けに入った白髪の男に壊滅状態にされたそうだ。その時の白髪頭の男が目の前に現れたため、すっかり大人しくなったとのことだった。余程恐ろしかったのだろう。
     書店二階のダンボールでいっぱいになっている小部屋で万引き犯と店員、万引きを目撃した者と万引き犯を捕まえた者が揃う中銀時が最初に口を開く。
    『あの、もしかして漫画エロトピアって売り切れですか』
     人に向かって発情期かと言った口で、今店員にそんなこと訊くか? とその場の空気も読まず吹き出してしまった。
    『うちにも結構本あるけど、見に来る?』
     何度か本屋で顔を合わせ気軽に会話をするようになった時、銀時にそう誘われた。銀時がどんな本を好むのか興味があったから次の日曜日に会う約束をした。その次はメシを食う約束を。約束して会うことが増えていく。そうでもしないと高校生だった自分と、大人の銀時ではすれ違うばかりだ。
     銀時の家に初めて入った時は古さに驚いた。戦前の建物ときいて更に驚いたが、あの住宅地付近には百年以上前から建っているという民家や店もあるらしい。上には上がいる。今まで家に対してそんなに執着をしたことはなかったが、銀時がいるあの家は好きだと思う。あの玄関扉はそろそろ直して欲しいけれど。

     銀時と思い出話をしている間に神威と神楽が目を覚ましたので、弁当を片付け桜並木の下を四人で時間をかけて歩く。銀時が髪に触れてきて「桜の花びらいっぱいついちゃってる」とぷぷぷっと笑うが、多分銀時の髪の方が沢山ついている筈だ。今日風呂にでも入った時に驚くといいと思って黙ってることにした。

     坂を下りきって、掃除をしたセンターの前を通る。そこから右に折れて交通量の多い大きな道路に沿って歩道を銀時、手を繋ぐ兄妹、俺という順番で歩く。暫く行くと石で出来た鳥居が見えて来る。鳥居の側には呑み横丁と大人たちが呼ぶ場所がある。ここは昔から飲み屋が並んでいたそうだが近年閉店する店が増えたという。バブルが崩壊してから経営状態が悪化した上、店主の高齢化で開けていられなくなったということだ。この町だけではなく、全国的にそうなっていくような気がする。良い意味で変わらないでいるということは難しい。こういうことは都会の方が変化が緩やかだったりするのかもしれない。
     神威と神楽の両親が営む「究極至高ラーメン夜兎」という店は通りの一番奥にある。昔から日本で店をやりたかったからと、海外からやってきて空き店舗を借り、夫婦でラーメン屋を始めたのだという。
     レンガで出来た狭い通りを挟んで古い佇まいの店が並ぶ。そこを通ればとっくに昼飯時は過ぎているにも関わらず食べ物の良い匂いがしてくる。奥まったところにあるラーメン屋の前まで来ると、昼時の忙しい時間が終わったのか、店のアルバイトの阿伏兎という名の青年が丁度引き戸をガラリと開けて出てきたところだった。
    「あぶと、ただいま!」
     そう言いながら神威が青年に向かって駆け出す。その神威の後ろを神楽はつまずきながら追いかけていく。
    「おかえり……っつーか呼び捨てすんなと母ちゃん言われてるだろ、すっとこどっこい。あぶとお兄さんだろ。良いタイミングだな、今休憩に入ったところだ」
     そう言って阿伏兎は神威を抱き上げた。神楽がそれを見て自分も自分もとばかりに両手を阿伏兎に向かって伸ばす。阿伏兎が見た目を裏切らない力強さで二人目を軽々抱き上げると神楽はキャッキャとはしゃぐ。
    「いつもはそんなのいわないくせに~」
     神楽とは対照的に神威が頬を膨らませている。どうやら呼び捨てするなと言われたことが不満なようだ。阿伏兎は子供二人を抱えたまま銀時と俺に向かって
    「今日は悪かったな、二人も見てるの大変だったろ。星海坊主と江華さんは中にいるぜ」
     銀時は「じゃ、遠慮なくお邪魔します」と店の引き戸をガラガラと開けて入って行く。兄妹の母親は何か持病があり、通院を繰り返していると聞いた。この町にやって来たのは療養という目的もあるのだろうか。
     少しして銀時が夫婦二人と一緒に出てきた。店主は黒髪を三つ編みにした屈強な男で、隣に立つ女性は夫と同じように長い髪を三つ編みにしていた。色白で線が細く、顔が神威と神楽に似ている。
    「今日は有難うございました」
     兄妹の母親は俺に封筒を渡してくる。銀時の方を見ると頷くので、頭を下げて受け取った。
    「また頼むことがあるかもしれんから、その時はよろしくな」
     本名は違うだろうが、皆から星海坊主と呼ばれているこの店の主が立派な髭を生やした口角をニッと上げる。なんだか凄みのある男だ。なんで星海坊主なのかと銀時に後で訊いたら、額が広いからだそうだ。
    「シンスケ! バイバーイ」
     帰り際神威からそう声をかけられたので振り向いて手を振った。阿伏兎には「また呼び捨てして」と叱られていたが、神威は全く気にする様子もなく腕を振る。

     今度は銀時と二人だけで、レンガの通りを歩く。銀時が持つ大きなバッグの中からはカタカタと空の弁当の音がする。それがちょっとした疲労と満足感と寂寥感を覚えさせる。
     渡された封筒を見つめていると「これが例のラーメン券ね」と銀時が封筒を指差した。
    「セットでも単品でも、どれでも無料なんだとさ。それが二人にそれぞれ二枚ずつ」
     銀時はさっき星海坊主がしたように口角をニッと上げた。銀時の場合は少し悪さみたいなものが混じる。
    「一番高いラーメンセット、今度食いに来ような。炒飯は作るの大変らしいから、それのセットにしとくか」
     銀時とラーメンを食べに来る約束をした。約束をしたら、約束を果たす。そうやって繰り返す。銀時との日常を積み重ねていく。
    「ラーメン炒飯セットか、いいな」
     自分もニヤリと銀時の頭の桜の花びらに視線を向けながら笑い返す。

     その夜、銀時が風呂に入った時には大量の桜の花びらが頭から出てきて大変だったそうだ。俺の視線が頭ばっかりに向いていたから疑問に思ってたらしいから、答えが分かって良かったじゃないかと言った。湯船に桜の花びらを浮かせて入るなんて中々の風流人だなと言ったら、さすがに軽く小突かれた。
     あの古いけれど広い風呂にそんな風に入れるなんて良いじゃないかと本気で言っただけだったのだが、銀時には嫌みに聞こえたのかと思うと残念だ。一度しか覗いたことがないけれど、ブルーのタイルを中心にして所々白のタイルがランダムに貼りつけてある床や壁は夜空、宇宙のようだった。



    【こんな晩】

     黄色、赤、緑。様々な派手な色に塗られた建物を見上げていた。こんな光景はいくら夢とはいえ現実離れしすぎではないだろうか。
     幼い頃からたまに見ているこの夢の中では、仰向けに寝転んでいるだろう自分の体は一切動かない。指一本自分の意思で動かすことが出来ないのはもどかしいが、この悪夢ともつかない夢が実は少し気に入っていた。体が沈み込んでいく感覚は気持ちが良かった。
     その気持ち良さに夢の中とはいえ陶酔していると、足側の方から誰かがやってくる。その人物は真っ白で、顔形は判然としない。体格だけをみると男のようだ。この人物はいつも側まで来るとただこちらを見下ろし続けるのだった。
     その男が現れると体がどんどん冷えていくような感覚に襲われる。胸が苦しい。苦しいのは寂しいからだ。寂しいと思ってはいけないのに、そう感じてしまったことで胸が痛む。それでも男が誰なのか分からないうちは、その痛みが自分だけの物だったから良かった。自分だけ一人で勝手に苦しんでいたい。苦しみを享受出来るのはこのことで誰か救われる者がいると信じているからだ。
     しかし、この町に来て銀時に出会ってからはそのいつもの夢はいつもと少し変わった。
     自分の元へやってくる真っ白な人物の顔が、銀時の顔と同じになった。夢の中の銀時はおかしな格好をしていた。真っ白な着物を片脱ぎしていて、アンダーには黒い半袖の服を着ている。腰に木刀を差しているのはなんのつもりだろう。
     よく見ると顔の作りは同じなのに、違和感があった。銀時であって銀時ではない気がする。銀時のこんな青ざめた表情は見たことがない。
     長い間謎だった人物が知っている人物の顔になったというのに相変わらず胸の痛みは変わらない。そればかりか白い人物が銀時の顔をしていることで別の感情も湧き出してきた。なんでわざわざ夢にまで出てくるんだと理不尽だが、腹が立つ。何故そんな苦しそうな顔でこちらを見るんだという怒りで、目が覚める。


    「高杉くん? あの、聞いてる?」
     突然話しをふられて我にかえった。目の前でオレンジ色の液体の入ったグラスを持った女が不思議そうにこちらを見つめていた。
     自分が所属している研究室ではフィールドワークという現地調査を行っている。その帰りの電車の中でウトウトしている時にまであの不思議な夢を見てしまった。いつもは布団の中で見る夢だから、一瞬自分がどこにいるのか忘れて混乱した。寝惚けたのは初めての経験だったものだから、それで場所も考えずに夢について考え込んでいたのだった。まるでまだ夢の余韻の中にいるように。
     今は合コンの席だったとアルミの灰皿を引き寄せて、とっくにフィルターまで焦がしそうになっていた煙草を押し付けた。集中していたため無音に感じていたけれど、急にザワザワという人の声や食器がぶつかる音が耳に飛び込んできた。
     狭い居酒屋の座敷席を陣取って男女十人で合コンの真っ最中だ。政治経済課程の者が殆どで、お互いよく顔を知っているといった雰囲気の中、坂本に人数合わせの為と誘われた自分はここでは明らかに浮いていた。
     自分は人文科学課程だが、政治経済の方を父親にすすめられていたし、自分もそちらの方が向いてると思ってはいる。しかし変わっていて面白い学生や教授が多いから人間関係では当たりだと満足していた。父親とは大喧嘩した上に月単位でしか口をきかなくなってしまったが。
    「悪い。なんの話しをしてたんだ」
     そう言うと俺の隣に座っていた坂本がすかさずフォローを入れてくる。
    「すまん、こいつ今日吉田研究室のフィールドワークから帰ってきたところなんじゃー。疲れてるところ無理に誘ったから」
    「つーかフィールドワークって何やってんの? あんまり聞かないけど」
    「民俗学って社会の役に立つんですかー?」
     皆喋りたいことをいっきに話し始める。こうやってなんの話しをしていたのか誰も分からなくなって、次々と話題が切り替わっていくのかと納得した。俺に話かけてきた女も困った顔をしていたが、やがて隣の男子学生と喋りはじめたので、俺は目の前のウーロンハイを飲み干す事に集中する。
     うちの大学の民俗学研究室は実際には学部生は文献の講読が主で、頻繁にフィールドワークはしない。吉田教授自身は龍穴と信仰について調べるため、朧という助手とよくフィールドワークに出る。しかしそれは自腹で行くことが殆どらしい。時々地学の教授とも調査に行くことがあるようで、研究熱心なのはいいが体と金がもつか心配だ。こんなに忙しい人だが学生に教える時も手は全く抜かない。

    「おまんらなぁ、この世の中に使えんものはない。使えないのは使わないからじゃ。考えないからじゃ」
    「はいはい、また坂本の御高説が始まった」
    「坂本、ええ加減にせい。きさん飲み過ぎじゃ」
    「ねぇ、もう頼まなくていいのー?」
     学生だけではなく、仕事帰りの会社員やらでいっぱいになっている店内は騒々しい。酔っているからか皆余計に声が大きくなってくる。しかも喫煙者が多く煙草の煙で視界がぼやける。それとも、もう自分は酔いが回っているのだろうか。この場の空気に酔ってしまったんだろうか。
    「なんか面白い話ししてくれよ、民俗学ってなんか役に立つの?」
     向かいに座っている女の横でずっと面白くなさそうにしていた男が突然話しかけてきた。目はすわっていて、呂律もあやしい。
     さっき坂本が言ってたように役立てられるかどうかはそれを修めた人間次第だろう。それに面白い話と言われても人それぞれ面白いと感じるものは違うのだから、こんな風にリクエストされるのが一番困る。仕方がないので昨年吉田教授にボロクソな批評を戴いたレポートの内容を話すことにした。没をくらったものだが、この場の空気に酔っておこう。
    「……『こんな晩』という形態の昔話がある」
    「『こんな晩』?」
     話しかけてきた男ではなく、向かいの女が身を乗り出してきた。男がチッと舌打ちする。
    「例えば……一人目の子供が醜かったため崖から落として殺した夫婦がいる。その夫婦がまた再び子供を授かる。今度は可愛い子供が産まれたために育てることにした。ある日、親子は以前最初の子供を殺した崖へと向かう。子供が小便をしたいと言ったからだ。崖から小便をしようとした子供が突然『そういえばあの時もこんな晩だったね』と言って振り返った。その顔は殺した筈の最初の子供の顔になっていた……」
    「げっっ、怪談かよ⁉ 怖い話を研究するわけ? そんなのマジで就職には使えねぇだろ」
    「怪談じゃねェよ、これはあくまで『こんな晩』というパターンの話しの一つだっていうだけだ。これには他にも六部と呼ばれる、六十六巻の法華経を六十六の寺に納めるために全国を旅して歩く者が殺された、という話でもよく聞く形態なんだよ。この場合はさっきの話しに当てはめると、殺されたのは六部で、殺した者の子供が『あの時もこんな晩だった』と言って振り返ると、殺された六部の顔になっているという感じになる」
    「へ~、なるほど。そう言えばどっちもどこかで聞いたような記憶があるの~」
     いつの間にか坂本もこちらの会話に入ってきてグラス片手に相槌を入れ始める。
    「怪談じゃないの? それのどこが民族と関係あるの?」
     向かいの女の目は妙にキラキラしていた。酔って目が潤んでいるというより、こういう話に興味深々という様子だ。
    「民俗学って言ってもこうだって決まりはないな。この昔話がどこの地域が起源か調べるという者もいるし、話の伝播、拡散について調べる者もいるし……。話が流行した際の当時の情勢や信仰との関係を調べる者もいるだろう。共通するのは分からないから調べるってことだろ。研究ってそういうもんじゃねェか?」
    「そんなことあんまり考えたことないかも。面白そう、選択科目そっちにすれば良かったかな。高杉くんは何に興味持ったの?」
     おっとりしてそうに見える女が、こちらの核心にそっと触れてくる。当然自分にも興味と好奇心がある。何も高尚な理由などない。ただ、知りたいことは一つだった。
    「輪廻転生」
    「えっ」
     女が目を見開いた。大袈裟だなとは思ったが、反応がある方が話す側は気分が良いかもしれない。
    「えーと……。生まれ変わりってことよね? ないとは言い切れないと思うけど、深く考えたことはないなぁ」
    「それってついこの間ブームになった漫画のヤツだろ。ほら、前世の戦士募集とかいうやつとか、流行ったじゃねーか。まさかアンタもそういうのに影響されたクチか?」
     ビールを呷りながら聞いていた男も泡を口につけながら突っ込んでくる。そういうブームは確かにあって、輪廻転生のことを調べようとすると、そっちの方の情報ばかりが出てきてしまう。
    「俺が調べたいのはもっと古いものだな。その概念自体は仏教とかヒンドゥー教とか宗教が由来だろう?」
    「宗教的・文化的観念から考えた転生か……。遺伝とは違うがか? 遺伝子っていうものに記憶が刻まれてるかもしれんぜよ。わしゃあ、そっちの方が面白そうだと思うがなぁ」
     坂本が頬杖をついて覗き込んで来た。坂本の目も充血していて酔っていることは一目で分かるが、喋りはしっかりしている。
     坂本に対して軽く首を振ってみせた。その方面から調べるということも少しは考えたが、感覚がそれではないと言っているような気がした。もっと精神的で形がなく、目に見えないもの。知りようがないことなのに知りたいと思わせるもの。こんな曖昧なことは言葉にし難い。
    「遺伝的に受け継がれるものは情報だろ? それよりもっと踏み込んだ……その人物自身が再び生を受けるということがあるのかどうか」
     そもそも『こんな晩』の話しは生まれ変わりともとれるが、何かの憑依というものに近い。しかもその憑依は子供に起こったことなのか、親自身への憑依が見せたものなのかもわからない曖昧なもので、読み手によっていかようにも取れる話しの一つだ。
     昔話や御伽話、伝説の類というのは強者や権力者への反感や根強い差別、排他的思想から生まれたものと見るのが大勢だ。昔は権力者への不満や事件そのものを直接表現出来る自由がなかったという目で見れば、それが合っているのだろう。それで時には主客転倒させて考えることもある。俺が吉田教授に言われたことは「自分自身が納得する答えを探す」ということだった。しかし今の俺には他人の説に影響を受けないというのは難しい。
    「研究するったって、俺ら学生よ? センセイ達の仰る通りにしといた方がいいんじゃね。俺達もう三年で、就活始める奴もいるんだしさぁ。随分ノンビリしてんだな、アンタ」
     どこかで聞いたようなことを言われた。面白い話しをしろと言った男本人はやはり全く興味がわかなかったようだ。元々好意を抱いていない相手の言葉や話しは響かないものだと思うし、面白がらせようともしなかったから仕方がない。
    「就職出来ないリスクか……、それを含めて研究したい者だけがすれば良いってことだ。俺はただ俺が興味持ったことを知りたいだけなんだよ。何の参考にもならない話しを聞かせちまって悪かったな」
     フンと男は鼻で荒い息をすると、自分のグラスを手に向こうの盛り上がっている席へと行ってしまった。

    「ごめんね、村西くん普段はすごく明るいんだけど、お酒飲むとなんか怒りっぽくなっちゃうの。あんな態度とったりしてたけど、高杉くんの話し楽しかったんだって」
     初夏の爽やかさを思わせる薄緑色のカーディガンを羽織って、向かいに座っていた女が店の入り口で話しかけてきた。こんなフォローを入れてくるということは、二人はそれなりに仲が良いのだろう。俺が「分かった」というと、女は明らかにほっとした様子だった。

     次の店へ行くと言っている者達もいるが、二次会への参加は断った。幹事である坂本は陸奥という友人とともに皆と行くという。坂本たちと別れ、一人で電車で帰ることにする。中心街から三十分以上かかる所にある駅で降りた。家まで歩いて二十分程かかるから、駅までは自転車に乗って通っている。
     駅の出入り口の二つ並んでいる電話ボックスの所へ行くと、一つは同じ年くらいの男が使っていた。空いているもう一つに入る。腕時計を見て時刻を確認しながら家に電話をして帰宅時間を伝えた。ピピーピピーという音とともに吐き出されたテレカをとる。
     駐輪場にとめていた自転車を押しながら、駅前の銀時を最初に見つけた横断歩道に向かう。夜遅い時間ではあるが、まだ駅周辺にはそれなりに人の姿がある。その中に見覚えのある白髪頭の男の姿を見つけた。駅の横にあるロータリーのところをブラブラと歩いていて、こちらに気がつくと軽く手を上げて駆け寄ってくる。カラコロと下駄の音が響く。
    「良かった、今電車ついたとこだったんだ」
     銀時は回覧板を隣の家へ届けに行く時のような軽装だった。白っぽいトレーナーに横にラインの入った黒いジャージ。黒い鼻緒の下駄。少し配色が夢の中で見た銀時に似ている。
    「こんな時間にそんな格好でこんなとこブラついて、どうしたんだ?」
    「今日飲み会あるって親父さんにきいたから。ちゃんとそういうの報告してんだ、偉いな」
     誰かが父に、銀時をなんでも屋として紹介したらしい。それで時々うちの庭の草むしりをしに来たり、家政夫として訪れることがあった。俺と父親二人暮らしのため、手があまり回っていないことがあるからだ。自分のプライベートな空間に銀時がいると何か不思議な気がする。
     そういうわけで、銀時はうちの父親とも顔見知りになったのだが、それ以前に近所で銀時を知らない者はいない。小説家というのはもっと近所付き合いはしないイメージがあったが、この男はなんでも屋みたいな事をしているということで、知り合いがとても多い。文筆業とどちらが本業かは分からなくなってくるが、やたら器用だし、付き合いのいい男だということだけは分かる。
    「なんでわざわざ……?」
     ごく自然な疑問だと思う。本気で銀時が何しにここまで来たのか分からなかったからだ。銀時の家は俺の家よりもここからもっと遠い。用があれば俺の家で待っていればいいのだから。
    「ほら」
     銀時が空を指差した。群青色の空に眩しく感じる程に明るくて丸い月が浮いていた。
    「マジでわかんねェ。どういうことだ。月が出てるって教えようと思ったのかよ」
    「うん、月でも見ながら帰ろうや」
     銀時は笑った。まるで子供を見つめるようなやさしい目で見下ろしてくる。そんな理由でわざわざ駅まで来たのかと思うと、あの夢を見た時と同じように胸苦しくなってしまった。いくら付き合いのいい男だとしてもそんな理由でこの距離を往復したいと考えるものだろうか。夢の中とはいえ、いつも銀時に理不尽に腹を立ててたことを少しだけ悪いと思う。勝手に夢に出演させているのは自分自身なんだと分かっているのに。
    「月夜にお迎えか」
     月を見上げながら自転車を押して銀時と並ぶ。雨の日のお迎えはよく聞くけれど、満月の日のお迎えなんて聞いたことがない。文筆業の人間だから深い意味でもあるんだろうか。
     まだ営業している店があるのに薄暗く感じる商店街を抜ける。夜中とはいえすれ違う人は少ない。銀時とよく顔を合わせる書店はとっくに営業時間を終えていた。シャッターが下りている店は営業時間外だからというだけではない。既に商店街の三分の一の店は閉店している。そんな寂しいアーケードを出て、建物や街路樹の間に見え隠れする月を追いかける。
     住宅地に入る頃には月は少し背後の方に出る形になったため、見ながら歩くことは出来なくなってしまった。住宅地ではほとんど車も人影もない。ポツリポツリと街灯が並んでいるのが見えるだけで、自転車のカラカラという音と二人の足音がやけに耳に入ってくる。
    「合コン、楽しかった?」
    「あぁ、まぁな」
     銀時は吹き出した。「まぁなって何」と笑った。
    「旅行はどうだった? 先生と一緒に行ったんだろ。吉田松陽教授……だったっけ」
    「旅行じゃねェよ、現地調査だ。先生が資料忘れたって新幹線が発車する直前に言い出して……」
     銀時は俺の話しを、相槌を打ちながら静かに聞いている。こういう時だけは同級の者とは違うと年齢差を感じる。教師か何かのような眼差しで俺の話しに耳を傾ける銀時。子供を見つめるような優しい目。
     何かが違う、こうじゃないと感じた。本当はいつでも友人のように兄弟のように、もっともっと身近な位置にいて欲しい。あの家で二人だけになった時のように。十歳以上も年が離れているのだから、銀時も自分もある程度距離があるのは当たり前のことだと頭では理解しているが、気持ちは全くついてこない。
     学生たちの中にいる間は、年ごろの自分らしい自分になっていると思う。今日の合コンのようにあんな風に少し合わない者がいる場でも、それほど居心地が悪いとは感じない。イヤイヤああいう場に出てるわけではなく、自分なりに馴染んで楽しんでいる。
     銀時といる時はなんだか自分が自分ではないような、自分が何人もいるように複雑な感情が次々と湧いてくる。一体どの気持ちが正直な気持ちなのか分からなくなる。こうやって誰でも沢山の顔を持つものなのだろうか。もしこの分離したような感覚が、今の人格と過去の人格だとしたら。輪廻転生というものに興味を持ったのはそのせいだ。頻繁に起こる既視感と、体験したことがないことを思い出すこと。全て銀時の周りにいる時に起こっている。
     自分の身にこんなことが起きない限り、転生という現象を信じることが出来ただろうか。大多数の人間と同じように、信じないかよく分からないけれどあるかもしれないと思うだけだろう。
    「自転車がなければ、手ェ繋いで帰れるのにな」
     銀時がおかしなことを言い出した。どんな顔をして言っているのか興味があったけど、見ることが出来ない。足は家に向かって歩いているが、頭が働いていないような妙な感じ。
    「バァカ、ガキじゃねェんだぞ。手なんか繋ぐかよ」
     やっといつも通りの言葉が出てきた。銀時のフッと笑う声が耳に入ってきた。「だよな~」と言って笑った。
    「そう言えば、あの時もこんな晩だったな、高杉」
     合コンの場にいなかった銀時の口から『こんな晩』という言葉が出てきて、驚いて思わず足が止まった。カラカラと無機質にずっと聞こえていた音も止まった。
    「あの日、船の上で見たような月じゃねーか?」
     銀時は、背後を振り返って上を見上げたようだった。そこにはさっき見た丸い月が浮かんでいるのだろう。
     船の上。夢の中の男の顔が銀時になっていた時のように、静かに胸がふるえた。船に乗った覚えはあった。記憶の中の船は古い木造船だった。小中学生の時にはフェリーや観光船に乗ったことはあるが、それとは全く違う記憶だ。
    「船……」
     音にならない呟きをこぼし、銀時の方をゆっくりと見た。
     白髪に青白い肌、瞳が赤く見える。月が映ったように銀時の赤い瞳が妖しく光を帯びた。銀時の顔は夢の中で見たあの顔そのものだった。



    【ブレンド】

     沖縄の梅雨入りが先日発表された。それとともに……というわけでもないだろうが、こちらの地域も毎日すっきりしない天気が続いている。晴れるか、雨が降るかどっちかにすればいいのに。

     最後に銀時に会ったのは連休明けの合コンの後に、一緒に帰った夜だ。それ以来、顔を合わせるどころか連絡もとっていない。あの後、銀時が「こんな晩」と言った後の記憶が曖昧で、よく覚えていない。気が付いたら家まで銀時に送り届けられていた。
     それからなんとなく距離を置くように互いに連絡を入れていない。こういう事が今まで一度もなかったわけではないが、電話くらいはしていた。だからこんなに長い間銀時の声を聞いていないというのは出会ってから初めてかもしれない。自分から連絡をしてもいいが、何故か躊躇いがある。自分は何か、大きな間違いをしでかしたかもしれないと不安になっていたのも事実だ。

     とっていた講義が休講になった日。大学近くの喫茶店にでも行くかと出てきたが、ついにポツポツとアスファルトに水玉が描かれはじめた。降り出した雨から逃げるように書店の軒下へと逃げ込む。ジメジメとした蒸し暑さに汗がジワリと出てくる。雨はそれ程激しいものではないが、止む気配もなさそうだ。
     ふと書店の外観に目がいった。書店に限らずよく見る店のディスプレイウィンドウには今月発売の雑誌や単行本、コミックのポスターが雑然と貼られていた。その何枚か貼られているポスターの中の一枚が気になって、ガラスに顔を近づける。それは季刊発行の文芸誌の広告だった。小さく書かれている「春の群青」という覚えのあるタイトルに釘づけになった。本の表紙は明らかに夏を意識した青空なのに、春というタイトルの違和感。こんな話しを大型連休前にした記憶がある。作者の名前は銀時が普段使っているものではなかった。それでも。

     自動ドアではない重い硝子の扉を引いて中に入る。クーラーの効きがイマイチな店内を周り、文芸誌のあるコーナーを舐めるように探す。よく目にする有名な文芸誌が並ぶ中に、ひっそりとその雑誌はあった。平台に出ている数はそれ程多くない。他の多くの文芸誌と同じA5サイズの本の表紙は、確かにあのポスターと同じだ。それを手に取りレジへ向かった。
     店を出ると店名の入った紙袋を鞄にしまう。鞄は普通のナイロンのバッグだが濡れることはない筈と、抱え込んで雨の中元々行くつもりだった喫茶店へと走る。店の前に着くと小降り程度で助かったと、バッグのポケットからタオル地のハンカチを出した。水滴を軽く払い、店へ入った。馴染みのカウベルの音に迎え入れられる。
     店の中は無音で余計な音は殆どしない。すっかり顔見知りになった、黒目がちのやたら目力が威圧的な店長は軽く会釈をしてきた。相変わらず愛想のない接客ではあるが、慣れれば全く気にならない。奥の二人掛けの席へと向かい、座った。
    「ご注文は」
     おひやを持って来た店長に「今日のオススメで」と答えると、店長はササっとカウンターの向こうへ行く。
     鞄の中からさっきの紙袋を出しセロテープを剥がして本を取り出す。パラパラとめくると新しい本の匂いがぷんとした。偶然ではあるが、巻末の方に載っている「春の群青」の最初のページで指が止まる。タイトル文字の下には二つ並んだマグカップのイラストが描いてあった。

    [春の群青 極彩色の無彩色]
     散々走り回って探し、やっと見つけたS。そのSは白い花の褥の中に横たわっていた。周りには派手に塗りたくられた極彩色の彫像や建物が並んでいて、その中で私とSだけは無彩色なのである。華美な世界の中で私とSだけが。
     厭な汗を掻きながら目を覚ました。隣を見るとSは白い裸身を横たえて静かに寝息を繰り返していた。
     同じ夢を何度も何度も見ている。探し回って探し回ってやっと見つけても、Sは動かない。大抵周りの景色は派手な色で、大勢の人間が行きかっていることもあるが、人々が私やSに注意を払う様子は全くない。誰も私達を知らないのか、見えていないのか。夢の中という環境が生み出す不条理さか。
     夢の続きを見ようと何度も試みたが、寝直せばまた探すところから始まったり、全く無関係の夢を見てしまう。あれが、あの夢の結末だというのだろうか。
     私は横にいるSの頬をそっと撫でた。現実のSの血の気のある顔、あたたかい肌。夢の中の動かないSとは全く違う。

     これは願望というものなのか。誰もSに触れさせたくないという、暗い独占欲がこんな夢を見させるのだろうか。


     小説の夢の描写の部分では息を飲んだ。この風景は自分が見ている夢とほぼ同じだった。極彩色の奇妙な建造物、音も声も無い夢。しかし視点は全く違う。自分はこの小説で描かれている夢の中では「S」の立場だ。極彩色の風景の中で自分は横になっている。そこへ真っ白な、無彩色の人物が現れる。その人物は長い間誰だか判別出来なかったが、銀時に出会ってからはその人物の顔は銀時の顔になった。
     銀時は怒っているような、泣いているような顔でこちらを見下ろしていた。何かを話しているようにも見えたが、自分の夢の中では音がなく例え何か喋っていたとしても聞こえない。
     自分の見続けているこの夢について、何かわかるかもしれないと夢中になって読んでいると、店長が本日のおすすめのブレンドコーヒーとサービスのクッキーを静かに置いて行く。店長の背中に軽く頭を下げ、コーヒーを口に運び一息入れる。コーヒーには詳しくないし強い拘りがあるわけではないけれど、香りに心が落ち着いてくる。
     その後はずっと同じ姿勢のまま、いっきにこの「春の群青」を読んだ。読み終わり、すっかり氷が小さくなったおひやをあおる。気が付くと店が混みはじめていたため、慌ててテーブルの上の会計票を持ってレジへ向かった。
     いつも昼から出勤してくるらしい金髪少女がレジにいた。この娘ともすっかり顔見知りで、もう昼を回ったのかと時計で確認するまでもなく時間を自覚する。
    「いつも有難うございます! 今さっき、ちょうど雨が止んだとこみたいっスよ」
     という元気な声に送られて店を出た。少女が言うように、雨はすっかり止んでいた。雲間からは太陽がのぞいている。
     学校ではなくて駅に向かう。駅に行くと丁度自宅方面に向かう電車が入ってきた所で、それに飛び乗る。昼間の電車はガラガラに空いていて容易にドア付近のシートに座ることが出来た。降りる駅に着くまでの三十分強、そこでさっき読んだ小説について考えた。

     この小説は以前聞いたタイトルと一致しているし、奴の書いた話をこっそり読んでいたから、書き方の癖もなんとなく分かる。しかし、いつも書いてる作品と違い過ぎて本当に銀時が書いたものか決めつけていいものか迷っていた。今まで奴が書いてきたものは、どちらかと言えばコメディタッチでアクの強い登場人物が滅茶苦茶な行動をとるものが多い。キャラクターを描くということに寄っているため、大まかなストーリーは分かりやすくなっている。監獄ものを書いた時だって、モチーフに反して暗い内容ではなかったし、説教臭いところは一つもなかった。
     それに比べて日常を描いているだけのこの「春の群青」はずっと通して不安感があるし、特に起伏がなく、ストーリーがあると言っていいものか分からない。相手に対しての気持ち、好意があるのかどうかをお互い言わないままで付き合いを続けているのだから、当然と言えば当然のことだと思う。そんなハッキリしない登場人物なんて今までいなかった気がする。
     春とは季節のことではなく、平坦で穏やかな日常のことなんだろう。男女の付き合っている期間が長くなかなか結婚に至らないことを長すぎた春と形容することもある。幼馴染みで大人になっても付き合いを続けている二人の話しなのだからそれはもう長い長い春だ。
     そして話しの終わり。何かのメッセージのように感じるのは穿ち過ぎだろうか。どうとでも取れる最後。二人は別れたともとれるし、都合よくとれば永遠に離れないともとれる。

     電車の中に、次の停車駅を知らせる特徴的な声のアナウンスが流れる。ガラスが湿度で所々くもり始めている車窓の向こう。そこには雨に濡れた濃い緑に囲まれている、見慣れた町が見えた。



    【三色アイス】

     駅に着いたので電車を降りる。途中から電車の窓を雨が叩き出していたから気になっていたが、やはりこの辺はまだ強めに降っていた。少しだけ晴れた気分になっていたけれど、また再び気分が沈んだ。こんな小さなことでもまるで何かに行動を阻まれているような気がする。
     バッグをトレーナーの下に突っ込んで、抱え込むようにして自転車に乗って只管漕いだ。

     自分の家よりはやや遠い銀時の家には十五分程で着く。見慣れたブロック塀沿いに自転車を走らせ、見覚えのある石塀の前で降りた。門柱の上に座っている二羽の鳥は雨でしっとりと濡れている。トレーナーの下に入れたバッグも濡れていそうで気になった。
     四月の終わりにここに立った時にはもっと冬の名残があった庭は、すっかり緑色の庭になっていた。花が落ちるとなんの木だったか分からなくなるものだが、この庭にある木だけは少しだけ覚えた。
     冬になると銀時がむしろを巻いていた沈丁花やすっかり緑の葉になった桜。小手毬、楓。ナナカマドと銀杏はこの辺では街路樹や公園で見かけるから馴染がある。
     今年も変わらず銀時とこの庭で花火をするんだろうか。秋になったら紅葉を楽しんで、冬になれば雪兎を作ってあの緑青が浮かぶ二羽の鳥の横に並べるのだろうか。
     そんななんでもない日々を過ごすことを、まだ許されているのだろうか。

     玄関の引き戸は少し上に押し付けるように持ち上げてスライドさせると開く。鍵がかかっていないから銀時はいるようだ。
     トレーナーの下からバッグを取り出し、中身を確認した。紙袋はなんともなっていないように見えた。テキストやノートも少ししんなりした感じになっているだけだ。中から紙類を取り出してバッグとは別々に玄関に置いたまま、靴を脱いで家に上がる。靴下が濡れているので脱いだ。
     裸足で歩く廊下は冷たく、体の芯から冷えていき身震いする。いつもより家の中がしんとしていた。物音一つしない。誰もいないのではないかと不安になり、急ぎ足でいつも銀時のいる居間兼書斎へ向かう。
     そこには誰もいなかった。文机と、書きかけらしい原稿やボールペンがある。文机の横には辞書や紙資料らしきものが散らばっていた。掃き出し窓は障子窓との二重サッシで、内側の障子窓が半分開いている。窓から外を覗くが、そこには雨に濡れたブロック塀と、物干し台があるだけだ。外窓のクレセント錠は閉まっている。押入れも一応開けてみるが当然そこには布団が入っているだけ。
     台所、風呂、トイレ、仏間、使っていない部屋も全てのぞいたが、人がいる様子はない。
     もう一度廊下に出ると、玄関に人影があった。その人影はポカンとした表情の銀時だった。
    「寺田商店でアイス……」
     銀時がヘラっと笑って白いレジ袋を顔の横に持ち上げて見せた。それと同時に廊下を走り抜けた俺の拳が一発、銀時の腹に入る。グホッと銀時は呻いてよろめいた。同時に両手で俺の肩を掴むので、二人してよろけて玄関の引き戸に体当たりする。家自体がドドン……と揺れた。白いレジ袋が三和土に落ちて、中から三色アイスが二つ出てきた。それが目に入ると、目頭が何故だか熱くなる。
    「てめェ……。鍵開けっ放しで出掛けるなと、いつもいつもいつも言ってんだろうが」
     銀時の腕の中にいる状態で、銀時の首筋に文句を吐き出す。
    「だってすぐそこよ⁉ 五分もかかんねェんだからちょっとぐらいだったらいいかなってなるじゃん……っていうか高杉くん、こんな激しくて乱暴な子でしたか⁉ 一瞬刺されたと思った、ビビった!」
    「へぇ、刺されるような覚えがあンのか?」
    「いやいや、例えじゃん。それくらい痛かったし驚いたってことよ……」
     銀時が背中を擦ると、濡れた服が肌について冷たい。ブルっと体が震えた。
    「うわ、結構濡れてる」
     銀時は少し体を離し、俺の前髪を払う。水滴がポタっと落ちた。銀時の、よく見ると小さいドットがプリントされているシャツに顔を擦りつけて水気を拭いた。
    「自転車あったからいるとは思ってたけど、やっぱズブ濡れンなったか」
     俺は顎で落ちている二つのアイスを指した。
    「二つも食うのか」
    「いや、高杉が来るかもしんないって思って……」
    「なんであれから電話してこなかった?」
    「えっ? した方が良かった?」
    「……」
     銀時の肩口に頭を預けながら、いつものとぼけた顔を頭に思い浮かべた。あの調子でこう言ってるんだろうと思うと疲れがドっと押し寄せてくる。俺は深く溜息をついた。俺達はどうも意志疎通がなっていない。
     小説の二人は相手のことをよく分かっているからこそ、駆け引きめいたことをしているのだろうが。やはりあれは物語、作り物だ。自分たちはなんだか分かっているようでまるで分かっていない。だから激しくすれ違う。
     唇をぎゅっと結んで銀時を至近距離で睨んだ。俺の表情を見て銀時は薄く笑う。そして少し顔を傾けたと思ったら。
    「⁈」
     銀時の唇が、俺の唇に触れた。
    「テメ……っ」
     何か言おうとしたが言葉が出てこない。憂鬱な天気もズブ濡れの不快さも、いると思い込んでいた銀時が見つからなかった不安も、今のキス一つで吹っ飛んでしまった。そのことがあまりにも恥ずかしく、銀時の胸に手を当てて突っぱって距離をとると、銀時の顔がよく見えた。ムスっと唇を尖らせているのはいつも見るような表情だったが、今まで見た事がない程に顔全体が真っ赤になっていた。
     変態エロ小説を書いたりしている男が、これくらいでなんで顔を真っ赤にしているのかは分からない。そう言えばあまりキスシーンは書いていなかったようだが。それにしたって三十を過ぎた男がする顔だろうか。
     銀時は俺の背中に回していた手をふっと外すと、三和土に落ちているレジ袋を拾う。
    「アイス、風呂の後に食うか」
    「風呂?」
    「だってそんなに濡れてたら寒いだろ。着替え貸すから、ついでに入っていけば」
    「あぁ……」
     風呂。さっきものぞいたし、ここの風呂はよく知っている。宇宙のような色のタイルの風呂だ。見た事はあるけれど、使ったことはない。
     ふと三和土に裸足で立っていることに気が付いた。慌てて上がり框に座って、脱いで放っていた靴下で足の裏を拭いた。
    「脱いだ服全部、洗濯機に放り込んでおいて」
     銀時はそう言いながらまず台所へ向かう。冷蔵庫を開け閉めする音がしたあと、もう一度廊下へ出てきて、風呂場へと入る。
     銀時が風呂の準備をしている間に、散らばっている自分のバッグやテキスト、そしてあの銀時の小説が載っていた本を片付ける。これは、いつも通り買った事も読んだ事も秘密にしておく。

     小説を読んでいることは秘密だけど、お前のことが「好き」だという気持ちは言おう。もし自分が沢山の命の成れの果てで、何処かの誰かの生まれ変わりでも。その魂がソイツは違うから止めておけと言ったとしても。「好き」だと伝えるくらい、許して欲しい。また似たような平凡な、幸福な日常を送ることを許して欲しい。


     高杉が風呂に入っている間に、洗濯機を回して何か飲むものでも用意しようと台所にいると、高杉が風呂場で呼んでいる声がした。そう言えば着替えを持っていってなかった、と適当に自分の部屋から取ってきた着替えを持って脱衣所へ向かう。
     脱衣所には洗面台と洗濯機や洗濯籠がある。洗濯機が回る音が脱衣所に響いていた。籠に着替えを放り込むと風呂場のアルミサッシの戸に手をかけ
    「呼んだよな?」
     と声をかける。すると浴室で低い声が響く。
    「ちょっと来い」
    「背中でも流せってか?」
     返事はない。一瞬躊躇うが、ジャージのズボンの裾を巻くって上げてから、ノブを回して扉を引いた。
     タイル貼りの浴室に入ると少し湯気に咽そうになった。この家の浴槽はステンレス製で大きめの作りだ。俺でも足を伸ばせる。そのステンレスの浴槽の縁に高杉がぐったりとしなだれかかっていた。慌てて駆け寄って覗き込む。白い体が湯の中でゆらめく。
    「高杉、どうした?」
     高杉は、浴槽にかけている俺の手に手を重ね、爪を立てた。猫がそうするように、傷をつけるという自覚がまるでないように。高杉の伏せられた目がどこを見つめているか、はっきりとは分からないが、じっと自分が爪を立てている様を見つめているようだった。上気した手指と目元口元は湯でぬらりとして艶がある。
     ゆっくり高杉が顔を上げた。高杉の目は平凡な男子大学生の目とは違う、ギラリと光る刀身のようだった。あの月の夜に一瞬現れた、高杉晋助自身だ。
     高杉は突然左手で俺の後頭部の髪の毛を掴み、自分に向けて引き寄せた。唇と唇が当たる。少し勢いがついていたために痛みを感じ、僅かにうめき声が漏れた。よろけて膝をタイルに打ってしまって、それも痛い。高杉はお構いなしにガブリと俺の唇に噛みついて食む。こちらも誘うように唇を薄く開けて「は」と呼吸をする。さっきの軽く触れるだけのキスとは全く違う、荒々しさ。
     ぐらりと視界が揺れる。眩暈がする。抑えきれない情欲というものが体を駆け巡った。
    「もういいだろう、楽になれ」
     高杉が低い声で言った。
    「いいのかよ」
     俺がそう言うと高杉は首をわずかに捻る。少し迷ったようにも、何故そんなことを訊くのか分からないと言いたいようにも見える。
    「いいさ」
     高杉が動くと湯が光を抱えながら揺らめく。浴室は薄暗いが風呂場の窓は明るい。雨の日だから光は弱いが、それでも家の中よりは明るく、淡い光を落とす。俺は湯船に右手を突っ込んで、掻きまわす。湯の中に横たわっている高杉の体に触れる。当然だけれど、昔触れた体よりも全然痩せていると思った。今時の青年の体はこういうものだろう。
    「昔のテメーみたいだなと思って見てた」
     俺のその言葉に、高杉が眉根を寄せる。
    「……だから、厭なんだよ」
    「せめてあのアイス食ってからにしようぜ、……なぁ?」
     高杉は、あの学生の高杉がするように、唇をぎゅっと噛んだ。



    【眩惑を】

     いつも銀時が仕事をしたり眠ったりしている、物の少ない八畳の畳の部屋。文机の上には原稿用紙やペン、銀色のラジカセが置いてある。今はラジカセはスイッチが入れられておらず、静かだ。雨垂れの音以外は、二人の息遣いと衣擦れの音だけ。
     
     掃き出し窓は先程この部屋をのぞいた時と変わらず、内窓の障子が半分開いて、雨に濡れたブロック塀と物干し台が見えていた。相当高い身長でなければあのブロック塀の上から覗かれることはない筈だし、そもそもこの住宅地は昼間通る者は少ない。帰宅ラッシュは午後六時頃だろう。まだ少し時間がある。壁に掛かる八角形の時計を見上げてそんなことを考えていた。
     誰かに見られるかもしれないなんてこと、もう気にする必要もないのに。

     雨のせいで部屋の湿度が上がり、畳や布団まで湿っている気がした。そんな布団の上で銀時と裸で絡み合う。銀時は俺の足の間に体を入れたまま「学校、サボったのか」等と訊いてくる。声はいつもと違って濡れた色を感じさせるものだ。そんな声で学校の話しをされるのは違和感がある。
    「……あぁ」
     サボるという言葉を聞いて、銀時と初めて出会った時のことを思い出す。確か銀時が木の上から降りてきた時に言っていた。
    「サボる時は、思いっきりサボることにした」
     極力普段通りの話し方をしたつもりだが、銀時のように声に多少色がのるのは仕方ない。銀時のモノが体に入ったままなので、銀時が笑う振動が伝わってくる。こんな時によく世間話をするものだとも思う。しかし自分だってこんなことをしながら昔の思い出を引っ張り出せるんだから、銀時とそれほど変わらない。
     銀時が書く小説は、雑誌の主題に合わせたもので加虐性が強いものが多い。しかし本人は自分をサドだと主張する割には、今閨でやってる行為はやたら丁寧で慎重だ。
     時間をかけて慣らしてから、やっと挿入に至った。それともこれは、ただ焦らして相手の様子を見ているだけかもしれない。こういう時の銀時が何を考えているかは以前からそうだが、分からない。この時代の高杉晋助に気を遣っているのだろうか。
     別にあの船の上でした時みたいに、無理矢理でも構わないのに。俺自身に対しては、犯した時のことを思い出させるような事を言い出すくらいには、加虐性が出るようだ。
    「そろそろ……」
     銀時が覆い被さってくると、自分の膝が顔に近付く。
    「ん……っ」
     二つに体を折られて苦しいのと、銀時との繋がりが深まったことで起きる快楽と、銀時の匂いと。
     思わず自分の腹に両手を置く。銀時の硬いものが、中にいて動いている。夢ではなく、現実に確かに繋がっている。
     この体はこの世界の高杉晋助のものだが、自分が自分であった時に銀時と抱き合った時とそれ程感覚は変わらない。銀時の体も、以前抱かれた時の体と変わらないように感じる。見た目は少しすっきりした体になっているように見えるのに、行為に耽っていると違いは全く感じない。
    「……どうだ……?」
     無意識にそんな言葉が出ていた。銀時が動く振動で声はぶれて掠れてもいたし、自分で何を訊きたくて出た言葉なのか判然としない。
    「……」
     銀時は指先で、俺の心臓のある辺りにそっと触れる。この体にはあの時ついた傷は一つも残っていない。しかし銀時は、そこにあっただろう痕をなぞる。銀時の表情は一瞬苦しむように歪む。あの船の上でもそうだった。あの時と違ってこの体は全くの健康体で、拍動も普通だというのに。弱っていくだけの、朽ちていく体ではないのだから
    「どうした、てめェが好きなように、したらいいだろ。船の上で、ヤった時みてェに」
     俺がそう嫌みをこめて誘うと、銀時は一瞬だけ瞠目し、笑う。
    「もうとっくに、好きなようにしてる」
     赤い眸に、刀身の鈍い光りを宿してそう言った。



    【屍の上】

     二人は心地よく疲れ、ほぼ同時に静かに眠りに落ちた。自然な眠りというよりは、次の世界へと移行するための準備のために暗転したかのようだった。

     その日見た『夢』は坂田銀時と高杉晋助がいつも見ていたあの夢と、少しだけ違っていた。

     極彩色に塗りたくられた建物や彫像ではなく、大昔の……江戸時代やらに建っていそうな古めかしい建物があれば、現代的な建物群も混ざって林立している風景へと変わった。しかしそれらには全く色はない。漫画の線画だけのような、未完成の漫画の風景とも言える光景が広がっていた。銀時が見上げているのは、自分達の時代を象徴する建造物、ターミナルだった。
    「銀時ィ」
     背後から聞き覚えのある低い声がし、銀時は振り返った。そこには女物の赤い着物に唐草模様の羽織を着た隻眼の男が立っていた。銀時が腕を伸ばせば抱き締められる程近くで、微笑んでいるのだった。
    「俺が背後に近付いたのに気が付かなかったんだろ」
     隻眼の男は勝ち誇ったようにニヤリと口角を上げた。やがて右手の甲を自らの口元にあてて、クククっと体を揺らして笑う。笑う男の肌は血色が悪いが血が通っている証の色がある。無彩色ではない。なにより銀時が見続けていた夢と違い、こうやって立ち上がり話しをしながら笑っている。隻眼の男高杉晋助は銀時の目の前で生きている。そのことに安堵した。それと同時にこれまで構築してきた世界がまた終わるということを実感した。
     この世界に未練がないと言えば嘘になる。高杉の左目は完全に視力を失っていないし、吉田松陽は虚が現れることもなく、朧と共に好きな事を好きなようにやれている。神楽は母親を失っていない。平和を絵に描いたようなこの世界が銀時は気に入っていた。

     この場にこうやって二人で立ったのはこれが初めてではない。二人はこれまで何度かここに立っている。何度も転生を繰り返しては、こんな最後を迎えていた。
     アルタナ、龍脈には謎が多い。ただの星の命のようなものではないのか、虚との戦いの後からこの世界に異変を起こし始めていた。地球という命を気が遠くなる程の時間支えてきたからバグでも起きたのかもしれないし、虚との戦いのせいかもしれない。正確には何が起こっているかは説明しにくいが、地球にいる生物は何度も何度も転生という生を繰り返していた。
     一体何がスイッチになって世界のリセットが起こるのかは正確には分からないし、この現象に気が付いている者に銀時と高杉は出会ったことがなかった。過去江戸で仲間だった者達と、再び出会うことから何度始めただろうか。中にはその時代では会えない者もいるし、そのままの姿ではない者もいた。特に山崎なんかはその傾向が強い。

     原因が本当にアルタナだと言い切ってもいいものかどうかすら曖昧だった。何故かいつも銀時と高杉がこのターミナルの所へ行きつくことしか共通点がない。ターミナルと言えばアルタナという連想から、二人はそう予想しただけのことだった。
     高杉はこの現象が起こるのが、自分の体に流れている不死の残骸のせいだと思い込んでいた。実際にいつも高杉が過去のこと、自分達が住んでいた江戸で起こったことを完全に思い出すと、世界のリセット現象が始まる。そう見える。

    「なんてツラしてんだ」
     高杉は笑うのを止めて、銀時を見上げた。その顔にはまだ笑みの余韻が残っている。対して銀時の表情は暗かった。高杉の表情は銀時の悲壮とは対極に見える。この状況を楽しむような、何でもない事だとでも言うような、そんな表情に銀時には見えた。
     銀時は両手を伸ばして高杉の体を抱き寄せる。
    「おいおい」
     高杉が笑う振動は銀時にも伝わった。
    「もう少しだけ、付き合ってやるよ。俺ン中からアルタナの波動が完全に消えるまではな。……いや」
     一瞬の沈黙の後、高杉は顔を銀時の首元に埋めた。高杉の笑みは既に消えていた。
    「付き合わせてんのは俺か。情けねぇ。潔く地獄に行けりゃあよかったんだがな」
     今度は銀時が笑う。高杉を抱き締める腕に更に力を込めた。
    「少しなんてケチくせェこた言わねェよ、なんなら地球のアルタナが尽きるまで付き合ってやるからよ」
     高杉が何かを呟いて、そっと目を閉じた。銀時も目を閉じて高杉の匂いと体温を辿る。

     銀時には高杉に秘密にしていることがあった。まるで最近になって偶然過去を思い出したように見せているが、本当は高杉と出会う前から江戸の記憶があること、高杉を待っていたことを黙っている。高杉はいつも、どんなに離れたところにいても、必ず銀時の目の前に現れた。再び出会うという約束を守るように、必ず銀時の側に。
     それはまるで銀時に高杉が引き寄せられているかのようで、銀時に暗い悦びを覚えさせた。いつの時代でも高杉だけは、銀時を一人にはしない。
     もしかして銀時自身が高杉にとっての地獄というものになってしまっているのかもしれない。だからこそ高杉は必ず自分の前に現れるんじゃないかと銀時は考えていた。銀時と出会うだめではなく、地獄に落ちるために銀時の元に来る。
     それでもまぁ、いいかと思った途端に、銀時の意識は遠くなった。

     ゆらゆら
     ゆらゆらゆらと二人の意識は揺れて奮えて交わり、渦になった。


     約束をし約束を果たす、その積み重ねの為に。守れなかった約束という屍の上に。



    [了]
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    2020/05/18 15:15:11

    春と群青

    #銀高 ##現パロ銀高

     銀高という現象は息遣いや温もりを想像させ、幸福と有痛性をも同時に引き起こすものです。この話しはそのような思いを銀高に抱く者の心象スケッチです。

     この物語は独自のアルタナ観によって書かれている転生銀高現パロです。アルタナの影響で銀魂世界の人物達は色々な時代に転生しているという設定になっています。今回の話の年代は一九九〇年代で、作品内に出てくる固有名詞などはほぼ創作です。

    ※こちらは同人誌化しています。加筆は少しだけです。
    フロマージュ通販→https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=683617

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    愛も花もない
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    • 今はもう誰も(10/19追記) #銀高

      坂田銀時×蛟(高杉晋助)です。流血、グロに近い表現あり。
      調教中
    • 光源 ##現パロ銀高  #銀高

      医者パロ銀高。小児科医坂田銀時×脳神経外科医高杉晋助。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【医者パロ】から。
      調教中
    • 幻肢 #あぶかむ

      阿伏兎×神威
      調教中
    • 座る男 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。虚との戦いから何年かたってます。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題「座椅子」から。
      調教中
    • 誑惑七度 #銀高 
      ##九尾×高杉

       原作ベースですが、特殊な創作設定・創作キャラあり。グッズの妖怪シーリズの九尾(銀時)が出てきます。

      ※男の妊娠ネタ・性描写があります。
      調教中
    • 唇譜 ##白晋(銀高)  #銀高

      逆魂設定(銀時と高杉の立場が逆転する設定)で白夜叉(坂田銀時)×万事屋晋ちゃん(高杉晋助)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【白夜叉×万事屋晋ちゃん】から。
      調教中
    • 外科室の鈴 ##夜叉督(銀高)  #銀高

       特殊設定で、同じように傷を負うという話です。逆魂という銀時と高杉の立場が逆転する話に更に創作設定を加えています。
      調教中
    • 骨泣き夜 ##夜叉督(銀高)  #銀高

      攘夷時代の坂田銀時×高杉晋助。
      落語の「骨釣り(のざらし)」を参考にしています。
      調教中
    • 桜襲 ##九蛟(銀高)  #銀高

      ※性描写あり

      グッズの妖怪シリーズから。九尾狐(坂田銀時)×蛟(高杉晋助)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)さん」のお題【「触って」】から。
      調教中
    • 爪紅 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。
      調教中
    • ほとり ##九蛟(銀高)  #銀高

      グッズの妖怪シリーズの九尾狐(坂田銀時)×蛟(高杉晋助)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【祈り】から。
      調教中
    • 瓶詰のざわめき ##八高(銀高)  #銀高

      3Z坂田銀八(国語教師)×高杉晋助(生徒)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【初めての夜】から。

      性描写あり。
      調教中
    • 眩暈屋 ##白高(銀高)  #銀高

      逆魂設定に近いけれど少し違う、白夜叉×高杉。テロリストカップルです。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【めまい】から。
      調教中
    • 迎え火 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。虚との戦いから何年かたってます。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題「迎え火」から。
      調教中
    • 黄泉津比良坂 ##夜叉督(銀高)  #銀高

       松陽を斬ったあとの白夜叉と高杉の話。性描写少々あり。
      調教中
    • 水琴窟 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。

      性描写あり。
      調教中
    • ヒトリジメ ##夜叉督(銀高)  #銀高

      攘夷時代の銀高。
      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【素面】より。
      調教中
    • 十九時の音楽浴 ##同級生銀高  #銀高

       中学生設定のgntmの銀時×高杉。
      調教中
    • 西瓜 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。
      調教中
    • 雨宿り #あぶかむ

      阿伏兎×神威
      調教中
    • 心臓の囚人「奇焔 陰翳クロニクル <忘却の河を渡るプラトーン>」という本の小説です。3Z八高本です。

      同じテーマに沿って作品を描くというコンセプトで出していた本で、今回は八高で「銀八に結婚の噂がたつ」というものと、「古い歌・歌謡曲」が課題です。というわけであてうまみたいな描写もあるので苦手な方はご注意を…。

      ##八高(銀高) #銀高
      調教中
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