骨泣き夜 肌が切れるように寒い夜。先程までは酒が入っていい気分だったというのに、今は骨の髄まで冷え切って、宿として借りている農家への道をトボトボと歩いている。
天人軍の動きはここ数週間静かで、何を企んでいるのか不気味ではあったが、こちらもこれ幸いと英気を養っていた。こんなご時世ではあるが、侍に酒や女を提供しようと賑やかな街はあるもので、銀時達もおおいに利用させてもらっていた。勿論タダというわけではないが。
今回はなんと坂本が何かの祝いか、気まぐれか、大分酔っぱらっていたせいだと思うが、奢ってやると言い出したので、それに乗っかったわけだが…。
銀時は面白くなかった。
今頃好みの娘と暖かい布団の中…だった筈なのに。あろうことか、高杉と指名した女が被ってしまった。しかも、女は高杉を選んだ。面白くない面白くないという言葉ばかりが湧いてくる。
今頃高杉とあの娘が…と考える。何故か女の顔はもう思い出せないが、あの高杉がどんな面をして女と布団に入り込むのかと考えると、得体のしれない黒いモヤモヤしたものが這い上がってくる。
気が付くと、月は雲に隠れ、辺りは良く見えない程闇に沈んでいた。
提灯借りりゃ良かった…
そんな考えが頭に浮かぶ。そして、何かの物音が耳についた。気のせいかと銀時は思ったが、矢張り小さい音が聞こえる。急激に血の気が引く。
そう言えば、銀時が帰る直前、何故か坂本が「骨釣り」の話をしたのを思い出す。落語で釣った骨を供養したら美人の幽霊が現れてお礼をするという話。オチまで話を聞けば間違いなく滑稽噺で怖い要素はないように感じるが、銀時にとっては唯の怪談にしか聞こえなかった。
例え美人でも、幽霊になってまで礼なんぞ伝えにこなくてもいいと思う。…怖いじゃないか。礼を伝えに来たのか、それとも脅かしにきたのか。
一人夜道で幽霊の話なんて思い出してしまったと我にかえり、銀時は頭を振った。相変わらず何か音がする。無風のこんな夜に、一体何の音かと思いながら、自然と早歩きになる。
「・・・っ」
背後から、呼ばれた気がした。
まさか。
まさか。
銀時は振り返ることなく、ほぼ走っていた。
「…時!」
チラリと横目で見ると、後ろから火の玉が追ってくる。ナニコレ、マジ⁉と半ば混乱した頭に、聞き覚えのある声が届く。
「銀時‼」
やけに通る聞き覚えのある声を伴って、火の玉…じゃなく、提灯が近付いてきた。墨で店の名前が書かれた提灯。
「そんなに急いでどうした、厠にでも行きてぇのか」
提灯の光に照らされ、見覚えのある顔が呆れた様子でそう言った。
「たた、高杉か、お前こそ…っ。早くね?あの、あのコはどうした?今頃お楽しみタイムだと思ってたゼ」
なんだか余計な事までベラベラ喋っていると、訝しむ顔で高杉は銀時の横に並び、顔を覗き込む。距離が近付くと、甘い香りがした。
女の香り。
「まぁな」
高杉はそれだけ言って、歩き出す。
なんとなく、少し後ろを銀時は無言で付いて行く。相変わらず得体のしれない音が追いかけてくるような気がして、無意識に高杉との距離が近くなる。
「…っ」
銀時はうっかり高杉の踵を蹴っ飛ばしてしまう。
「…なんだよ」
少し低い位置から高杉が睨みつける。
「な、なんか…聞こえねぇ?」
銀時は努めて冷静に言ったつもりだったのだが、それを聞いた高杉は一瞬クっと唇の端を持ち上げる。
「カンカンって骨が当たる音みてぇだな」
「骨⁉え、ナニ言ってんの⁉ こんな所にそんなもん…」
あれ?高杉って坂本が「骨釣り」の話してた時いたっけ?と銀時は逡巡する。
「野ざらしの骨が泣いてるのかもなぁ…」
ビビりまくって動揺が隠しきれていない銀時を尻目に、優雅に歩き出す高杉。それを茫然と見つめる銀時。
「どうした、帰るんだろ? 早く行こうや、寒くてかなわねぇ」
立ち止まって顎で暗い道の先を指す。いつもと違う香りを纏っているせいか、まるでいつもと違う男に見える…気がした。
「お前、高杉?」
そんな言葉が零れた。
「安心しろよ」
高杉の声は、静かに響いた。
「俺は死んだとしても、幽霊になってテメェの前には現れねぇから」
首だけこちらに向けた高杉の横顔は白かったが、頬は寒さのせいか赤かった。血色が良い事に安堵し、高杉が高杉であると、認識する。そして、高杉の言葉を反芻した。銀時を思いやっての言葉なのか、それとも別の意味があるのか。
「死んでまでテメェの面ァ見たくねェしな。間違っても俺の骨なんか拾うなよ」
…ああ、やっぱりそういう事?っていうかお前、それって…。
「閨中の御伽を…とか言って出てきちゃう?」
銀時がそう言うと高杉が、ハッと声を出して笑う。銀時から高杉の顔は見えないが、滅多に見られない笑顔であることは確かだと、銀時は少し嬉しかった。
[了]