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    西瓜 蜩の声がうっすらと聞こえて目が覚める。

     じっとりと汗ばんで身体は重い。季節外れの風邪をひいて昼間から横になっていたのだが、体調はすぐれないままだ。左腕が欠けたのも動き辛い原因で、ゆっくりと身体に芯が通っていることを意識しながら起きた。寝間着ははだけてしまって、随分とだらしのない姿だと自嘲する。

     カタ

     庭先から物音がした。雨戸は全開で夕日の色が障子に滲む。人影が、動いた。見覚えのある影。人影は、ごそごそと縁側に座って靴を脱ぐ動作をする。そして裸足らしい足音を立てて、無遠慮に上がってきた。この部屋の前に一旦立ち止まる人影。

     それは、首を持っていた。

     首を持った影はあの日の匂いを運んできた。鉄錆びと火薬と、汗の匂い。

     障子は、ほとんど音を立てずに横に滑る。見覚えのある影は見覚えのある男だ。

     「よお」

     低い声をかけながら、風呂敷に入った首を少しだけ上げる。

     「スイカ、食うよな?」

     男は返事を待たずに、また障子を閉めて何処かへ消えた。台所しかないかと、起こした体をまた湿った布団の上に横たえた。

     あれが首なんて我ながら馬鹿な錯覚を。

     目を閉じれば、瞼には夕日の赤なのか瞼の中を流れる血液なのか、赤が広がる。


     少しだけウトウトとしてきたところにまた静かに男は入ってきた。この男は大雑把に見えるがこういう時は一応気を遣うらしい。
     薄らと目を開けると、今度は別の赤が飛び込んできた。西瓜の断面は瑞々しく光って鮮やかな色だった。咽喉が渇いていた事を思い出す。ゴクリと咽喉が鳴った。西瓜を載せた盆を片手に持ちながら、男は自分の側に胡坐をかいて座った。

    「この家、スプーンなかったんだな」

    「…木の匙ならあったろ」

    「え?そうだっけ」

     盆を畳の上に置き、自分の背に左手を差し込んで起こそうとする。自分で起きられると手を払うと、男は溜息をついて西瓜を一切れ手にとった。
     再びゆっくりと起き上ってだらしなく開いた寝間着の襟を整える。緩慢な動きが体調の悪さを表してると思うと、舌打ちしたくなる。男が手渡してきた西瓜を受け取る。口元まで運ぶと、西瓜の青くて甘い匂いがした。あの日の匂いとは似ても似つかない。
     男に見られたままなのが気に入らないが、喉の渇きが限界だった。まず一口、西瓜をかじる。薄赤の果汁がじわりと断面から滲みだしてきて腕を伝う。そのまま二口三口と齧ると、西瓜の体液とも言える果汁がほとばしり、着物の袖やら腿までを濡らしていく。まだ少し赤い部分が残った西瓜を男に手渡す。

    「なんで」

    「なんでそんな顔して食ってんの」

     男は唇の端を歪めてそう言いながら、残ってる西瓜の赤い部分に齧りついた。

     そんな顔と言われても。自分の顔は鏡でもないと見れない。
     部屋の隅に、本の山に埋もれるように鏡台がある。元々は芸者が住んでいたらしい家なので、女物の道具が部屋に当たり前のように置いてある。その鏡台の、少し曇った鏡を見つめる。鏡は闇を映している。

     ああ、こんな顔か。

     なんとなく想像がついた。鏡に映った自分の顔を想像する。少し長くなった髪。黒い目。潰れた左目。唇の端を歪めて。

     笑ってるのか、泣きそうなのか。

     今のお前と同じ顔じゃないか。銀時。




     銀時はあっという間に西瓜を一切れ食べつくし、自分の右の掌に黒い物を数粒吐き出した。西瓜の種。その掌をそのまま、こちらの顎のあたりまでもってきて

    「ん」

     と言った。出せという事らしいが、飲んでしまっている。種があったことすら気が付かなかった。銀時の眠そうな目を見つめながら、ゆるりと首を振る。  

    「飲んだ?」

     そう言いながらまだ西瓜の載ってる盆に無造作に種を捨て、濡らしてきたらしい手拭いをとる。やけに、銀時の声が艶っぽい声に聴こえた。耳まで病んでるようだ。
     手拭いで自分の手を拭くのかと思いきや、こちらの顔に冷たい手拭いを当ててきた。丁寧ではないが、乱暴でもない動きで顔を拭かれた。

     手、首筋、胸。

     始めは冷たかった手拭いだが、徐々に体温が移って何も感じない。白地に藍で水玉が描かれている手拭いはほんのり薄赤に染まっていた。身体を拭く時に添えられた銀時の左手は、冷たい。少しは自分の体温が移るかと思ったが、冷たいままだった。
     これは現実ではないのではないかと疑った。風邪で臥せっている間に見ている夢なのではないか。あれだけ鳴いていた蜩の声も遠い。

     自分達が今食べたのは、なんだ?

     本当に西瓜だったのだろうか。

     自分達は先生の首を食べて、生きながらえたのではないのか。

     お前の大切な人の首を、お前は、俺達に。

    「銀時…」

     思った以上に、声は掠れていた。先程西瓜で喉を潤したというのに。

    「銀時、聴こえるか」

     いや、聞こえる筈がない。これは現ではない。今お前とこうして過ごしている事がその証左だ。そう思っても問わずにはいられない。
     銀時は相変わらず眠そうな目でこちらを見つめている。

    「聴こえる」

     先程口にした果肉の色が、そう答える。
     
    「なにが」

     自分で聴こえるかと問うたくせに、こんな事を言ってしまう。完全に、病だ。

    「なんだろうな」
     
     ゆらりと体を揺すって銀時は、笑った。
     
     自分の中の黒い何かも笑った。苦しい憎いという恨みの呻きではなく。心底嬉しそうに笑うこれの正体は。

    「今風呂に湯入れてるから入れ。ちょっと熱あっても入っていいんだってさ、風呂」

     銀時が、手首を掴む。

     熱。

     熱があるから銀時の体温を低く感じているのか。熱があるからこんなおかしな夢を見るのか。

     まるで世界中に二人しかいないような夢を。


    [了]
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    2018/08/19 13:25:06

    西瓜

    #銀高

    虚との死闘後の、if話です。
    瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。

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    • 今はもう誰も(10/19追記) #銀高

      坂田銀時×蛟(高杉晋助)です。流血、グロに近い表現あり。
      調教中
    • 光源 ##現パロ銀高  #銀高

      医者パロ銀高。小児科医坂田銀時×脳神経外科医高杉晋助。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【医者パロ】から。
      調教中
    • 幻肢 #あぶかむ

      阿伏兎×神威
      調教中
    • 座る男 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。虚との戦いから何年かたってます。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題「座椅子」から。
      調教中
    • 誑惑七度 #銀高 
      ##九尾×高杉

       原作ベースですが、特殊な創作設定・創作キャラあり。グッズの妖怪シーリズの九尾(銀時)が出てきます。

      ※男の妊娠ネタ・性描写があります。
      調教中
    • 唇譜 ##白晋(銀高)  #銀高

      逆魂設定(銀時と高杉の立場が逆転する設定)で白夜叉(坂田銀時)×万事屋晋ちゃん(高杉晋助)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【白夜叉×万事屋晋ちゃん】から。
      調教中
    • 外科室の鈴 ##夜叉督(銀高)  #銀高

       特殊設定で、同じように傷を負うという話です。逆魂という銀時と高杉の立場が逆転する話に更に創作設定を加えています。
      調教中
    • 骨泣き夜 ##夜叉督(銀高)  #銀高

      攘夷時代の坂田銀時×高杉晋助。
      落語の「骨釣り(のざらし)」を参考にしています。
      調教中
    • 桜襲 ##九蛟(銀高)  #銀高

      ※性描写あり

      グッズの妖怪シリーズから。九尾狐(坂田銀時)×蛟(高杉晋助)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)さん」のお題【「触って」】から。
      調教中
    • 爪紅 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。
      調教中
    • ほとり ##九蛟(銀高)  #銀高

      グッズの妖怪シリーズの九尾狐(坂田銀時)×蛟(高杉晋助)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【祈り】から。
      調教中
    • 瓶詰のざわめき ##八高(銀高)  #銀高

      3Z坂田銀八(国語教師)×高杉晋助(生徒)。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【初めての夜】から。

      性描写あり。
      調教中
    • 眩暈屋 ##白高(銀高)  #銀高

      逆魂設定に近いけれど少し違う、白夜叉×高杉。テロリストカップルです。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【めまい】から。
      調教中
    • 迎え火 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。虚との戦いから何年かたってます。

      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題「迎え火」から。
      調教中
    • 黄泉津比良坂 ##夜叉督(銀高)  #銀高

       松陽を斬ったあとの白夜叉と高杉の話。性描写少々あり。
      調教中
    • 水琴窟 #銀高

      虚との死闘後の、if話です。
      瀕死の大怪我を負って左腕が欠けた高杉を、徐々に復興を進める江戸の外れの片田舎に閉じ込める銀時の話。

      性描写あり。
      調教中
    • ヒトリジメ ##夜叉督(銀高)  #銀高

      攘夷時代の銀高。
      ツイッターの「週刊銀高(@gntk1w)」さんのお題【素面】より。
      調教中
    • 十九時の音楽浴 ##同級生銀高  #銀高

       中学生設定のgntmの銀時×高杉。
      調教中
    • 雨宿り #あぶかむ

      阿伏兎×神威
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    • 春と群青 #銀高 ##現パロ銀高

       銀高という現象は息遣いや温もりを想像させ、幸福と有痛性をも同時に引き起こすものです。この話しはそのような思いを銀高に抱く者の心象スケッチです。

       この物語は独自のアルタナ観によって書かれている転生銀高現パロです。アルタナの影響で銀魂世界の人物達は色々な時代に転生しているという設定になっています。今回の話の年代は一九九〇年代で、作品内に出てくる固有名詞などはほぼ創作です。

      ※こちらは同人誌化しています。加筆は少しだけです。
      フロマージュ通販→https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=683617
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    • 心臓の囚人「奇焔 陰翳クロニクル <忘却の河を渡るプラトーン>」という本の小説です。3Z八高本です。

      同じテーマに沿って作品を描くというコンセプトで出していた本で、今回は八高で「銀八に結婚の噂がたつ」というものと、「古い歌・歌謡曲」が課題です。というわけであてうまみたいな描写もあるので苦手な方はご注意を…。

      ##八高(銀高) #銀高
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