Powder Snow◆ お話 一覧 ◆
◆雪花(ピタバキ)
一秒足らずの出来事だった。
◆雪化粧(サムバキ)
心の中を踏み荒らしてほしい。
◆雪合戦(ステバキ)
怪我人が出る雪合戦の始まりだ。
雪花
ピタバキ
実際は一秒足らずの出来事だった。ただし、少々特殊なピーターの眼にとって、その光景は、時間が長く引き伸ばされた状態で流れていった。
白い輝きを放ち、透明な六つの花びらをもつ、小さな小さな雪の花。僅かな空気の流れに躍りながら、ふさりとバッキーの黒い前髪に降り立った。完璧とまでは言わないまでも、整った形の結晶だ。それはバッキーの美しさを際立てる道具としてそこに存在しているように思えた。
ピーターはバッキーの濡れた前髪に手を伸ばす。が、指先が届こうとした瞬間、花はしゅわりと溶けて消えてしまう。自分の体温のせいで溶けてしまったのだとピーターは気付いた。償いのつもりで、バッキーの唇に触れた。
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雪化粧
サムバキ
心の中を踏み荒らしてほしい。これを叶える乱暴さをサムが持たないことをジェームズは知っていた。それでも、今朝のように悪い夢を見て起きた朝はそんな欲望が胸の内に宿る。サムの、何の汚れも知らないような微笑みは、実は世の中や人間の暗い部分をよく理解した上でのものだ。包容力と諦めが入り交じった、ドライとも呼べる彼の振る舞いをジェームズは気に入っている。時に、自分に対してもそうであればいいのにと。
サムは早起きするのを諦めていた。ランニングを控えて散歩に切り替えるらしい。理由は窓の外を見れば明らかだ。昨晩遅くからしんしんと降り続けた雪が、住宅街のアスファルトや芝を白に染め上げていた。交通機関に影響の出るような大荒れの吹雪を人々は嫌うが、これくらいの雪であれば歓迎する。
しかし、寒いことには変わりない。せっかくの休日なのだ。ジェームズは家でホットミルクでも飲んで二度寝をするつもりだった。今度は良い夢を見られるように。なのに、サムに誘われて、ジェームズもコートを着込んで散歩に行くことになった。
「こういう、真っ白の絨毯みたいなのっていいよな」
野球帽をかぶりながらサムが言う。もう少し雪の日に似合う帽子を持っていれば良かったのだが、サムはこれしか持っていない。手袋はかろうじて持っている。ドアを開けると一気に冷えた空気にさらされた。ジェームズは目を細め、顎をマフラーに埋める。家の鍵をサムがかけるのを待つ。
「最初に足跡つけるのって、何だかもったいないけど」
そう良いながらサムは、厚さ一インチほどの雪の層にブーツの底を重ねた。さくりと心地よい音が鳴る。そのままサムは数歩進んでいく。ジェームズは、二つ三つと残りゆく足跡から目を離せなくなった。コートの下の、胸の表面を、淡く爪で引っ掛かれたような感覚。まさか雪を羨ましく思う日が来るだなんて。口内にじわりと唾液がにじむ。
五歩目でサムはこちらを振り向く。どつした、と吊り上げられた眉の根に問いかけられる。慎重に地面を踏みながらサムに歩み寄った。自分でつけたジェームズの胸の傷のことなど何も知らないサム。頭の中にふと、ベッドに戻ろうと誘おうか、なんて考えが浮かんだ、その時だった。
「お前の手袋でも買いに行くか。買うタイミングを逃してた」
さすがに寒いだろ、と笑いながら、サムはジェームズの両手を包み、あたたかい息をかけてくれた。爪の先から、じんわりと体温が分け与えられていく。
うん、さすがに寒い、という返答はマフラーに呑み込まれた。手はまだ冷たくとも、頬は熱かった。
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雪合戦
ステバキ
誰かが本気を出せば怪我人が出る雪合戦の始まりだ。だが、始まりの合図はいつまで経っても告げられないでいる。
「案外、子どもよりも大人の方が原始的な遊びを好むのかも」
スティーブはそう語る。その言葉を裏切るように、スタークはピーターにアイアンスパイダースーツを着せた。その数多の脚を駆使して雪玉を投げ続けろと。スティーブは異議を唱えたが、盾での防御を許可されると黙った。
「ヴィジョン。もしかして、分子の密度を変えてしまえば、君には玉が当たらないんじゃないか」
「ご安心を、キャプテン。私とワンダは審判役です」
チームリーダーのスティーブが、敵味方関係なく能力をどこまで使うのかいちいち確認するのを、バッキーはあくびしながら隣で聞いていた。そろそろ始めないだろうか、とみんな呆れているだろうなあ、なんてことを思う。
「まぁ、こういう細かいところ、嫌いじゃないけど」
「……バッキー、何か言ったか?」
「何でもない」
「……」
どうせ聞こえていたのだろうが、スティーブはスタークのパワードスーツ着用について話し合わねば気が済まないようだ。
ウィングスーツ着用のサムが溜め息をつき、無防備なクリントがくしゃみした。「お前がとめなきゃ誰がとめるんだ、あれ」という視線をいくつか感じたが、バッキーはひたすら無視した。とは言え暇なので、眠気覚ましの意味も込めて、先に雪玉を大量に作っておくことにする。数分後、それすらもゲーム開始直前にスティーブからとがめられると、今は誰も知らない。
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