白いカメリア/「僕は、親友を、殺しました」 鮮やかなドレスの衣擦れ、輝く宝石、馥郁たる香水とおしろいの匂いの中でさんざめく貴婦人たち。僕はぐるりと周囲を見回して頬を緩めた。
パーティは佳境というところ、あちらこちらで酒精が漂い嬌声が沸く。始まりのよそよそしさも終わりの自堕落もなく、ちょうど良いときに来た。特に僕のこの堅物の友人にとっては。
僕は傍らのヘンリーの横顔をうかがった。物慣れない、けれど大して面白くもなさそうに周りを眺めている。まったく、この堅物ときたら!
ちらちらとこちらを窺う娘たちを見てみろよと言いたいのをぐっと堪え、彼に酒をすすめる。見てくれは良いのにとんだ宝の持ち腐れだ。
やもすると研究室にこもりきりで一カ月も二か月も音沙汰のない彼をたまには連れ出してみたかったのだが、結果は芳しくなさそうだ。
それならそれで良い、と気を取り直す。確かこのパーティには学生時代に一緒だったあいつもこいつも来ているはずだし、せっかくだからヘンリーと共に旧交を温めるのも悪くないだろう。一杯目のグラスをあけた彼をつついて、二杯目のグラスを手に取った時だった。
「……ジョン?」
たおやかで、しかし凛と芯の通った声が僕を呼ばう。振り返ると白いカメリアが微笑んでいた。
「やっぱり。あなたが誰かと一緒なんて珍しいわ」
エマはするりと父親の手を解き、僕の前に駆け寄った。また美しくなった。
「僕にも友達はいるさ。ま、多少のくせ者ではあるけどね」
「まあ」
くすくすと笑うエマの顔は幼いときから変わらない。それに安心し、隣のヘンリーを彼女に紹介しようとした。瞬間、僕は目を疑った。
ヘンリーは顔を真っ赤にして、石のように硬直していた。瞳孔は開きっぱなし、視線はエマから決して離れない。空のグラスを持った左手を震え、ああ、彼の右手に握られたグラスには並々とワインが注がれているのに、今にも零れそうだ。
僕はダンヴァース卿の様子を窺い、これから起こるであろう騒動に心ひそかに頭を抱え天を仰いだ。
──ひとが恋に落ちる瞬間の、なんと運命的なことか!
彼女の視線が周囲を睥睨し、そして僕の上に止まるのを感じていた。僕は彼女を見つめ返すことができなかった。おこりのように震える自分の右手には、拳銃。
自衛のための──決して使われることなどないと思って持っていた──それの撃鉄を引いた瞬間の反動をまだ体が覚えている。
「ああジョン!あなただけよ、味方でいてくれるのは!」
あれは数ヶ月前、婚約したばかりの彼らはなんと美しく、初々しく、幸せに溢れていたことか。
目の前が涙で滲んで見えなくなる。
僕は彼らの幸せを祈っていた。彼らをよく知るがゆえに、彼らの前途は必ずや明るからんと。
僕の親友はヘンリー・ジキルだ。エドワード・ハイドなんて知らない。
「エマにだけは知らせないで!」
ヘンリーはエマに危害が及ぶことを何より恐れた。だから僕は彼女を守らなければならなかった。
だって僕は。僕がやらなければ、彼女は。
これだけ多くの証人がいる。法律上、僕は罪に問われない。ヘンリーは気が触れた。不幸にも自分の結婚式で。そういうことになるのだろう。言い訳めいた思考がいくつも脳内に溢れては消える。
そういう浅ましい僕の上を、彼女の視線が刺し貫いた。
エマは僕を許すまい。もう決して、一生。そうして僕は、彼女の目に晒されるたびに自分の罪を思い出すのだろう。
僕は、親友、ヘンリー・ジキルを殺した。