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    お前にしか頼めぬ 切り立った断崖が迫る山峡、唐突に拓けた場所にその集落はあった。
     かつては先の里廬に向かうため、旅人が休むための宿があり廛舗があり、人が暮らしていたが、里廬が誅伐により焼かれ、街道が潰えて集落も無人となった。往時は色とりどりの甍を重ねた廛舗が、雪によって押し潰され軒先から崩れるのもそのままに、道に連なる廃墟となっている。
     道は凍り薄く雪が積もっていたが、踏み固められ人の気配を感じさせた。
     廃墟に人影はないが、兵卒であれば感じ取れるはずだ。そこここに同じく兵卒が潜み、こちらの様子を伺っている。
     元より集落に門はない。身を隠す木々の狭間で友尚は麾下に指示を出した。戦闘になればやむを得まいが、出来るだけ殺さず捕虜にせよ。麾下は神妙な顔で頷いた。同じ王師、それも同じ主公を戴いた士卒だから顔見知りも多い。士卒である限り、命令を下されれば否やはないし、友尚がそうしろといえば彼らは同輩であろうと殺すだろう。だがこれは殲滅戦ではない。友尚は掃討を命じられた訳ではない。
     十月、驍宗は鴻基に戻った。しかし王宮に踏み込んだとき、阿選は既に討たれた後だった。阿選の首のない骸が内殿で驍宗を迎えた。
     これは本当に阿選なのか。阿選であるなら、その首はどこへ消えたのか。前者は友尚ら元の阿選麾下によって証明された。友尚は確かにその骸を阿選であると思った。以前は喜びと共に従った主公だと。
     首の行方はすぐに知れた。元は友尚と同じ阿選軍の師帥だった、阿選に任じられて禁軍左軍将軍となった成行が、密かに鴻基を脱出していた。連れているのは僅かに一旅、再起を計るには到底足りない。
     勝敗は決した。今更残党を追って何になるとも思えない。それでも執拗に阿選の首級を挙げよと主張する勢力がいて、友尚が追撃に名乗りを上げた。
     阿選麾下の立場は複雑だった。士卒は武器だ。武器に意志はない。将がそうせよと命じたなら兵卒はその命を拒むことは出来ない。軍人にはそれが分かるから、阿選に従って非道に手を貸した友尚や友尚の麾下には概ね同情的だった。だが文官にはこの機微が分からない。だから友尚や品堅らを胡乱げに見るし、蛇蝎の如く目を逸らす者もいる。
     友尚らが朝において一定の立場にあれるのは、王である驍宗が元々軍人なのに加え、危険を承知で慶国に助けを求め泰麒に帰還を願うなど、乱の平定に大きな功のある李斎が友尚に好意的だからというのもある。
     友尚は、自分にとって追撃は義務だと思った。阿選に従った自分の責任だとも。
     成行を追ううち、霜が下り、雪が降った。成行は人目につかないように行動しているだろうと思ったから、主に誅伐を加えられた廃村を中心に探した。
     ──そうして、ここで追いついた。
     三か月が経ち、戴が硬く雪に閉ざされる季節が来たが、彷徨う荒民の数が目に見えて減っていた。各地の義倉は開けられ、荒れた里に民が戻ってきている。白圭宮に入った驍宗が王宮の修理もそこそこに民の救済を優先した結果だ。貧しさは如何ともしがたいが、暗く虚ろな瞳で街路に凍える民はもういない。口伝えで、どこに行けば救済を受けられるかが伝わり、それぞれに目的地を目指している。
     この変化を、成行はどのように見ているだろう。かつての同輩を思いながら、友尚は集落に足を踏み入れた。

     自身も少数の兵卒を連れ、麾下にも廃墟を探索させていると呼子が響く。戦闘状態に入った。それを合図に潜んでいた士卒が次々に物影から姿を現した。友尚のいる廃屋は暗かった。外は雪の照り返しで明るいが、漏窓には布が掛けられて敵の輪郭が仄かに見える程度だった。
     多くはない。せいぜい三。
     この堂室では忍べるのは三人で限界だろう。おそらく他の廃屋も似たり寄ったりだ。屋内での戦闘を想定し、味方は全員短刀を抜いている。向こうも同じように短刀を構えているのが分かった。違いといえば、こちらは長剣を下げたままのことだろう。敵はおそらく、どこかに剣を隠しこの場では下げていない。友尚も長剣が邪魔になることは分かっていたが、山野に置いてくるわけにもいかない。
     普通、暗中での戦闘は軍隊では行われない。視界が利かない中での戦闘は疑心暗鬼を生み、同士討ちは避けられない。だから夜間の軍事行動は避けられるのだが、ここでは敢えて漏窓に布を渡し暗がりを作っている。友尚らの撹乱を誘い、混乱を誘っている。
     敵が動いたのを切欠に斬り合いが始まった。先頭の士卒が振りかぶってきたのを腕を狙って斬り払った。血飛沫が飛び、怒号が飛ぶ。腕が落ちて蹲って崩れ落ちる士卒を跨ぎ、次の敵が来る。これは味方が斬り捨てた。
     最初の廃屋を制圧し、二人を捕虜にする。捕虜のうち一人は友尚の見知った顔だった。外に待機していた兵に捕虜を任せて、再び廃墟の群れに向き合った。晴天の底にこびりついたような黒い廃墟、悲鳴や怒号、建物を打ち壊し斬り合う音が聞こえている。
    「行くぞ」
     部下に呼びかけて、友尚は手近な廃屋に突っ込んだ。入るなり斬りかかられ、短刀の柄ぎりぎりのところで受け止める。その隙に部下がその敵を切り伏せた。少し広くなっていて、敵の数も四人だった。
     こちらも制圧したが、味方が一人死んだ。捕虜はいない。全員が死に物狂いで戦った。外に出て士卒に遺骸を収容するように指示し、また違う廃屋に向かう。
     次の廃屋は先程よりも更に広かった。戦闘の中で漏窓に掛けられていた布が割かれる。明かりが差し込み、堂室の全容が見える。味方が斬り伏せた士卒が床に転がっている。残りは三人、うち一人は成行の麾下だった。彼らの向こうには戸があり、歩廊が見える。あちらに成行がいると考えるのが妥当だろう。
     斬り合い、制圧する。成行の麾下は手強かった。互いのことはそれなりに知っているし、剣の癖も分かっている。じりじりと押しながら、最後には腹を一突きにして薙いだ。
     ──捕虜にはならない。
     例え自分が死んだとしても、主の命には忠実であろうとする。それが麾下というものだと友尚は諒解している。
     味方の一人に外の兵を呼ばせ、友尚は歩廊を急いだ。歩廊は隣家とその隣家を介して、奥の軒に繋がっている。廃墟の一部が裏手から行き来が出来るようになっているらしかったが、隣家の戸は打ち付けられている。歩廊には歩哨がいて、ここでも戦闘になる。斬り合ううちに敵が沸いて出た。どこからか見ていたのか。
     成行らは寡兵だが、この廃墟を熟知している。戦闘時に合わせて改修も加えた痕跡がある。内懐に入るほど危険は増える。
     その時、隣家の戸を打ち破って、士卒が転がり出る。弦雄らの隊だった。弦雄は状況を見て取るなり、友尚らを囲む敵を外側から切り崩しにかかる。
    「友尚様は、奥へ!」
     弦雄の言葉に友尚は頷いた。歩廊の先へ走った。再び歩哨がいて、これも斬り捨てた。
     奥の戸に取り着くと、一息に開けた。

     成行は一人だった。剣こそ下げていたが、入ってきた友尚を見て「お前か」と言った。
    「……捕虜になってくれるか」
     訊いたが、そんなわけはないことを友尚も承知していた。
    「まさか」
     成行は鼻で笑い、剣を鞘に収めた。
     元は舎館の一室らしい、四方を壁に囲まれた広い廂殿だった。廃屋のように漏窓に布を渡すこともしていない。最低限の生活の痕跡と、戈剣の手入れをする油の匂い。
    「お前を追手に寄越すとはな」
    「主上の指示じゃない。俺が志願した」
    「主上、か」
     成行は乾いた笑いを浮かべ、友尚に背を向けた。漏窓のほうに視線をやる。遠く、戦闘の怒号が聞こえている。
    「……阿選様の首の行方を教えてくれ」
     友尚が言うと、即座に返答があった。
    「嫌だ」
    「成行。……」
     それでは捕虜にするしかない。斬り合いの末、殺さない程度の傷で確保するしかない。友尚と成行は剣の腕ではほぼ互角、ゆえに阿選に禁軍の左右将軍を任じられたのだと思う。だが阿選の麾下になったのは成行のほうがはやかった。阿選の簒奪後六年で残った麾下の中で、成行は最も古株と言っていい。
    「お前にだけは教えぬ」
     成行は漏窓を見たままで言った。
    「お前はいつでも好きに振る舞った。時に阿選様に皮肉げな様子さえ隠さなかった。にも関わらず、阿選様はお前を重用した。お前の我儘を笑って許した」
     友尚は目を見開いた。成行がこのように考えているなど、思ってもみなかった。
     我儘を言った記憶はない。反駁し、時に異を唱えたことはあったが、それら全てを意見として考慮し、取り入れる主だった。──そういう主公だと、ずっと思ってきた。だから長い間従ってきたのだ。
    「離れてなお、お前は阿選様に気に掛けられた。文州でお前が姿を消した後も、阿選様はお前を信じていた。お前が戻らないなら窮寇は余程の勢力だろうとさえ仰っていた。だがお前は、その阿選様の期待をひとつ残らず裏切った」
    「……俺が嫌いか」
     友尚が訊くと、成行は振り返った。
    「嫌いではない。お前が憎いのだ」
     成行はすらりと鞘を払う。
    「聞きたくないことを教えてやろうか? 阿選様の首を落としたのは私だ。あのころ漕溝に飛竜旗が立ち、王師からも脱走や離脱が相次いだ。私は──私だけは、阿選様のお傍に残ると決めていた。それをあの方は分かって下さった」
     成行は口元に酷薄な笑みを載せた。
    「最期に私の手を握り、微笑んでこう仰った。……お前にしか頼めぬ、と」
     それは、友尚がついに主公にかけてもらえなかった言葉だった。
     瘧のように体が震えた。友尚は右手で長剣を掴む。鞘から抜いた切先が揺れる。それを自分でも夢のように眺めた。成行を捕虜にする必要があることも、自分の麾下のことも頭から消えていた。
     明るい漏窓からの日射を背に、成行は床を蹴った。白刃が一閃してぶつかる瞬間、友尚はもういない主公を思った。

     ──阿選様。
    ユバ Link Message Mute
    2020/04/15 18:10:13

    お前にしか頼めぬ

    阿選の首を持って逃げた成行を、友尚が追う話。 #十二国記 #白銀の墟_玄の月 #友尚 #成行

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