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    第二章「熱血街頭 ― HIGH & LOW ―」玉置レナ (1)玉置レナ (2)高木 瀾(らん) (1)関口 陽(ひなた) (1)高木 瀾(らん) (2)玉置レナ (3)関口 陽(ひなた) (2)関口 陽(ひなた) (3)関口 陽(ひなた) (4)関口 陽(ひなた) (5)高木 瀾(らん) (3)関口 陽(ひなた) (6)秋光清二&久米銀河久米銀河高木 瀾(らん) (4)玉置レナ (3)百瀬 キヅナ (1)百瀬 キヅナ (2)関口 陽(ひなた) (7)玉置レナ (4)関口 陽(ひなた) (8)関口 陽(ひなた) (9)護国軍鬼・零号鬼:戦後混乱期「私の人生を無茶苦茶にしに来た……私の救世主」
    パク・チャヌク監督「お嬢さん」より玉置レナ (1)「あの……救急車呼びましょうか?」
     通りすがりの人に、同じ事を聞かれたのは、この2時間で8回目。
    「えっと……大丈夫です。もうすぐ家族が迎えに来る筈なんで」
     残念ながら、本当は「家族」なんて居ない。
     両親と弟は十年前の富士の噴火の時に死んだ。……「富士の噴火で死んだ」のではなく、あくまで、その直前。クソったれな排外主義団体が、日本がまだ景気が良かった頃に、日本に働きに来た日系ブラジル人が住んでいた団地を襲撃し……その結果、家族および隣近所の中で、生き残ったのは、あたしだけだったのだ。
     あたしの育ての親だった勇気の父さんも5年前に死亡。
     勇気の妹の仁愛にあちゃんと弟の正義君は……8月に死んだ。2人を殺したのは、よりにもよって……。
     あたしは、フェリー乗り場の待合室で、高熱で意識が朦朧となっている女の子2人に挟まれて、助けが来るのを待っていた。
    「とんだ『両手に花』状態だな」
     声の主は「本土」の友達の高木 らん
    「助かったよ……って、その格好、何?」
     彼女が着ているのは……黒いプロテクター付のライダースジャケットに、迷彩模様の厚手の生地のカーゴパンツに……やたらとごっつい黒のブーツ……多分、安全靴だ。手にはバイク用らしいフルヘルメットを持っている。顔には眼鏡……多分、眼鏡っ娘氏が愛用してるのと同じ「眼鏡型携帯電話ケータイ」だ。
    「面倒に巻き込まれてるんだろ。用心に越した事は無い」
    「でも、明らかに目立つよ、その格好」
     瀾は、あたしより1つ年下の筈だけど……でも、その齢の女の子としても小柄な方だ。そんな子がバイク乗りみたいな格好をしてる。
    「じゃあ、あいつらは何だ」
    「あいつら?」
    「気付かれないように……でも、良く注意して見ろ……待合室でヘルメットを付けたままのヤツが何人も居るぞ」
    「えっ?」
     言われてみて、ようやく気付いた。
    「誰に狙われてるんだ、一体?」
     ごめん……わかんない……。いや……でも……。
    「とりあえず、この2人が意識を取り戻してくれないと判らない……」
    「仲間の車に運ぶぞ……。一応、医者も来てくれた」
    「医者? どこから医者を連れて来たの?」
    「『本土』の『御当地ヒーロー』の医療チームの人だ」
     い……医療チームって……この「島」の「自警団」だと……そんなモノが有るのは、「靖国神社」ぐらいだ……。
    「ねぇ……もし、『本土』の『御当地ヒーロー』と、こっちの『自警団』が喧嘩する事になったら……」
    「今のところ、そんな予定は無い筈だ」
     でも、これから起きるんじゃないのか? どうしても、そんな不安を消せなかった。
    玉置レナ (2) 瀾は眼鏡っ娘氏の、あたしは「恐竜パーカー」の女の子の肩を持って、何とか歩かせる。
    「待合室の近くまで車を移動してくれ……あと……兄貴、私と代ってくれ」
     瀾はどこかに連絡している。
    「何のつもりだ?」
     すぐ近くから聞き覚えが有る若い男の声。
     声の主は、夏の事件の時に助けてくれた「本土」の「御当地」ヒーローの1人。コードネームは「猿神ハヌマン」。本名は知らない。
    「兄貴は、医者の助手も兼ねてるだろ。万が一、怪我をするなら、私の方がいい」
    「やれやれ」
     どこからともなく現われた「猿神ハヌマン」さんは、瀾と同じような格好をしていた。
     すぐに「猿神ハヌマン」さんは瀾と交代して眼鏡っ娘氏の肩を持って歩かせる。
    「後に3人」
     瀾はそう言った。
    「前に2人」
     続けて「猿神ハヌマン」さん。
    「何とかなるの?」
    「多分、素人に毛が生えたくらいかな?」
    「でも、問題が大有り。あっちは、ここで騷ぎを起す気満々みたいだけど……こっちは、うかつに騷ぎを起こす訳にはいかない」
    「『あれ』が到着するのは、更に2時間半後だってさ」
    「『あれ』? おい……まさか……」
    「あくまで用心の為だ……。まぁ、最悪の場合は……『あれ』が有っても……無事で済むか判んないけどさ……」
    「あの……何の話? 何が起きてるの?」
    「私達がここに来る途中、あるとんでもないモノを積んだ船が、関門海峡を太平洋側から日本海側に抜けた。『本土』や韓国や中国の沿岸部なら、主要な港の近辺に出動可能な『御当地ヒーロー』が居るけど……この『島』の自警団では……多分、対抗出来ない」
    「何?」
    「旧・特務憲兵隊の軍用パワーローダー『国防戦機』の試作機だ」
    「えっ? でも、暴れられたら厄介だけど……この『島』の自警団だと『靖国神社』が結構な数の『国防戦機』を持ってた筈だから、対抗出来ないって訳じゃ……」
     そう……「九段」地区では、「国防戦機」同士の戦いが「見世物」になっている。わざと操縦者に十代の女の子を使い、もちろん、操縦者には死の危険が有ると言う……昔の「オタク文化」の定番パターンの吐き気がするようなパロディだ。それが、外国から来たセレブ客には好評ってんだから、世も末ってのは、こう云う事態の事だろう。
    「『九段』の『国防戦機』の武装は、『九段』内の警備や悪趣味なショーに使うヤツだろ?『国防戦機』用の銃器の中でも、そこそこ程度の威力しか無いモノの筈だ」
    「……じゃあ、今、海の上に居るヤツは違うの?」
    「鉄筋コンクリート製の建物を数秒で穴だらけに出来るほどの威力の機関砲を、もし万が一、ここみたいな『人工の浮島』で地面に向けて撃たれたりしたら……何が起きる?」
    「……えっと……想像したくない……」
    「あと、もう1つ問題が問題が有る……あれは……『九段』みたいな至る所に『死霊』が居る場所でこそ力を発揮する」
    「えっ?」
    「『国防戦機』の中でも『特号機』と言われてる試作機の『燃料』は……死霊だ」
    高木 瀾(らん) (1)背後うしろから来てる3人は……あんたの能力ちからで爆音を響かせて注意を引き付けてくれ」
     私はヘルメットを被りながら、レナにそう言った。
    「え……っと……了解Affirm
    「振り返るな」
     続いて、私は携帯電話Nフォンの画面をレナに見せる。画面には、携帯電話Nフォンのカメラが捉えた映像がそのまま映し出されていた。
    能力ちからを使う時は……人が居ない場所を狙って、驚いたフリをした後に逃げ出すフリ」
    了解Confirm
     今年の夏に、レナは私の仲間と一緒に行動した事が有ったけど、その時と同じく「指示に従う」のニュアンスの「了解Yes」は「Affirm」、「言ってる事を理解した」のニュアンスの「了解Yes」は「Confirm」と云う言葉を使った。筋はいいが、私達の仲間にすべきかについては、他に考えるべき問題が色々と有る。
     もっとも私達の仲間の中にも、「たまたま『御当地ヒーロー』『正義の味方』に協力したのが切っ掛けで、その内、ズルズルと自分も『御当地ヒーロー』『正義の味方』稼業を始めた」と云う人が多いらしいが……。
    「じゃ……今から言うカウントがゼロになったらやるから準備して……5、4、3、2、1……」
    了解Affirm
    了解Affirm
     私と「兄貴」は、そう返事する。
     そして、私はヘルメットを被る。
     ……筋が良い……いや、筋が良すぎて……私と同じ位の齢の女の子が、いつの間にか、この「稼業」を始めてた……なんて事になりかねない。
    ゼロっ‼」
     レナの「熱や炎を操る能力ちから」を使った空気の熱膨張による爆音。
     一瞬だけ振り返る。監視カメラには私達の映像が映ってる筈だが……わざとらしく見えたかも知れ……やり過ぎだ。他の人達には、ほぼ、被害は無いのに、私達を追ってるらしい謎の3人だけが吹き飛ばされている。
     私は、レナ、「兄貴」、病人2人を護るように前に出る。
     前から、ライダースジャケットにフルヘルメットの2人。
     私はすれ違いざまに1人目が放ったパンチを払う。
     多少は打撃系の格闘技をやっているようだが……私の方が遥かに腕は上だった。私は「払った」だけなのに、相手はよろめく。そこに足を引っ掛け倒す。
     続いて2人目。もう隠す気もないらしい。高い廻し蹴り。
     私は、身を屈め、なるべく素人臭く見えるように装って頭を両腕で防御。
    「ん……ぎゃあああ……」
     蹴りを受けて吹き飛んだフリ。しかし、既に、私は、隠し持っていた鎌型短剣カランビットを抜いていた。
     その刃は……相手の脛を抉っていた。……太い血管が有る箇所は避けた……筈だが……相手の流血の量は予想以上だった。
    「おっと、ごめん」
     「兄貴」が逃げる最中にぶつかったフリをして、2人目の水月に前蹴り。
     そのまま逃げる途中で、振り返る。
     私達を襲撃した2人は……爆音をテロか何かと勘違いして、その場から逃げ出そうとした人達に次々と踏み付けられていた。
     何とか私達は待合室から外に出る。
    「車は?」
    「あそこだ」
     5mほど先に、救急車より更に二回りは大きいバン。
    「えっ?」
     その時、道の反対側に異様な……私より1つか2つ年上らしい女の子。
     スカジャンに、ホットパンツ。左右が色違いの太股まであるソックスと、これまた左右が色違いのスニーカー。毛糸の帽子。
     だが、異様なのは、そこじゃない。
     その両手には……大型のハンマが握られていた。
    「て……敵か……?」
    「あ……あの子……喧嘩の場所に居た……」
    「えっ?」
    「『入谷七福神』と『寛永寺僧伽』の決闘の場所に居た……『入谷七福神』の子だよ」
    「先に行ってくれ」
     私は「兄貴」とレナにそう言った。
    「判った。『第4出張所』で落ち合おう。合言葉は事前に決めた通りだ。1時間以上経過した後に、お前が来なくて、連絡も無ければ……何かマズい事が有ったと判断する。そっちも、もし、1時間後に『第4出張所』に僕達が居なければ……サポート・メンバーに連絡して指示を仰げ」
     それに対して「兄貴」は、そう言った。
    関口 陽(ひなた) (1)『おい。他の連中は、俺の仲間が追う。あのチビからやれ』
     奴らは無線でそう連絡してきた。
    「待て、本当に判ってるのか? ここは全『自警団』にとって『中立地帯』だ。ここで騷ぎを起こせば……この『島』だけじゃなくて、4つの『島』全ての『自警団』を敵に回す事になるぞ」
    『そりゃ大変だな。でも、大変になるのは、俺達じゃなくてお前ら「入谷七福神」だ。俺達の事は心配無用だ。むしろ、自分の仲間の心配をしろ』
    「ふざけるな……」
     とは言え、ヤツの言う事にも、たった一箇所だけは妥当な点が有る。
     私は、奴らに捕まって、薬で眠らされている仲間の心配をする必要が有る。
     私達の仲間と……あと「決闘」相手だった「寛永寺僧伽」の連中も、「決闘」の場に撒き散らされた催涙ガスのせいで、あっさり、奴らの捕虜になった。
     「力」を使うのに必要な精神集中が出来なくなった「呪術者」など、案外、モロい。
    『さっさとやれ』
     仮にも「自警団」のメンバーが……明らかに自分より体格で劣る相手を攻撃する。しかも、バイク乗りのような格好をしているが……あの体格だと、実は中身が中学生の可能性も有る。
     この辺りには街頭監視カメラがいくつも有り、しかもカメラの映像はWEBで公開している。私が今からやる真似は全世界に生中継されるだろう。
     下手したら、数分後には、私は、自分より明らかに体格が劣る相手を誰に見られてるか知れたもんじゃない場所で叩きのめした「自警団」員になってるだろう。
     あのチビを叩きのめした瞬間、私は「弱きを助け、強きを挫く」と云う最後の建前さえも、このハンマーで粉砕する事になるだろう。そうなったら、私達は「自警団を名乗る事実上のヤクザ」じゃない。単なる「ヤクザ」だ。
     くそ、明日から、どんな顔して生きていけばいいんだ? たまたま「視聴者」が居ない事を祈るしか無い。
    「オン・バキリュウ・ソワカっ‼」
     私は真言を唱え、「気弾」を放つ為の「気」を溜める。
     ヤツは道を車が通って来るにも関わらず走り出し……そして飛び上がる。
     驚いて急停止した車の屋根に飛び乗り、更に、別の車の屋根に飛び移り……こちらに向って来た。
     どうなってる? 何者なんだ?
     だが、身体能力だけでは、私の「気弾」を躱せない。私の「気弾」は、昔のマンガや格闘ゲームのように、一直線に飛ぶのではなく、一度定めた目標を狙い軌道を変える。呪力の塊を相手に当てると言うよりも、むしろ「呪詛」の一種に近い。
     しかし、ヤツがある程度近付いた時に気付いた。ヤツは……かなり強力な「護符」を持っている。おそらく……あの防具付のジャケットそのものが「護符」だ。
    「吽っ‼」
     「護符」に阻まれる可能性が高いが、一か八かだ。私は溜めた「気」を「気弾」に変え放った。
     私の「気弾」がヤツに着弾した時、「気弾」は砕け散り、ヤツの着ている防具付のジャケットに「田」「九」「厶」を合せた漢字が浮かび上がった。
     日蓮宗で使われる「鬼」の異体字で……その意味は「鬼子母神」。
     ヤツのジャケットに「護法」をかけた「誰か」の流派だけは判ったが……それが判ったとしても、この状況では大した意味は無い。
    「何者だ?」
     ヤツは、私の目の前に飛び降りると、そう言った。
    「悪いな。事情は言えん。すまんが覚悟してくれ」
     と言うより、奴らは「鉄砲玉にして操り人形」となった私に細かい事情を教えてはくれない。
     私は、呪術の焦点具を兼ねたハンマーを振り上げ……。
     何をされたのかは判らない。
     呪力のたぐいは感じなかった。
     振り降した瞬間、私の体は宙を舞っていた……。マズい……受け身が……。
     精神を集中し、頭の中に、私の守護尊である「金剛蔵王権現」を表わす梵字を思い浮かべる。
     「火事場の馬鹿力」を無理矢理引き出す術をかけ……左手を地面に付けて受け身の代りにする。
     しまった……力は一時的に強くなっているが……体が丈夫になった訳でも、骨や筋肉の構造が変った訳でもない。
     骨こそ折れていないようだが、私の左手・左肘・左肩は、あっさり脱臼した。
     更にマズい事に、痛みのせいで、呪術を使うのに必要な精神集中が出来なくなった。
    「おい……何なら手当しようか?」
     私の相手は、呑気にそう言った。
    「ふざけるなぁっ‼」
     私は、右手1つで大型ハンマーを振り回した。
    高木 瀾(らん) (2) マズい。理由は判らないが本調子じゃない……。
     さっき、相手がハンマを振り降した時、そのハンマを払い除けつつ、相手の力を利用して、相手を投げ飛ばし……。
     ここまでは問題無かった。
     投げ飛ばした後、相手が宙を舞う軌道が、想定したものと……わずかに……しかし致命的に違っていた。
     わざと相手が受け身を取れるように投げたつもりが……相手は頭から落ちている。
     ほんのわずかの間に「数息観」と呼ばれる呼吸法で心を落ち着ける。
     続いて、私が、自分が投げ飛ばした相手を助けようとした次の瞬間……馬鹿野郎。
     相手は、よりにもよって、頭が地面に激突する直前、地面に片手を付け……骨は折れてないようだが、手首・肘・肩の関節は外れたようだ。
    「おい……何なら手当しようか?」
    「ふざけるなぁっ‼」
     私の提案に対する答は颶風だった。
     私は距離を取る。
    「不自惜身命」
     相手は、「火事場の馬鹿力」を引き出す自己暗示か呪術を使っているようだ。
     なら……私も同じ手を使うとしよう。
    「うおおおっ‼」
     相手の更なる攻撃。だが、私は相手の懐に入り込む。
     相手の攻撃が命中……ただし柄だ。ダメージは防具で防げる。
     私は両手を交差させ、相手の横襟を取り……。
    「ん?」
    「てめぇぇぇぇぇっ‼」
     私の両手には……千切れた相手のスカジャンの襟が握られていた。
     しまった。私も相手も「火事場の馬鹿力」を引き出している状態だ……。絞め落そうとする私の力と、反射的に、それから逃げようとする相手の力が、相手のスカジャンの強度を上回ってしまったようだ。
     仕方ない。私は、相手の水月に膝蹴りを入れる。
    「うげっ‼」
     倒れない。
     だが、一瞬の隙は出来た。
     私は、その隙を突いて、相手の背後に回り込み裸絞。
     数秒後……相手は落ちた。
    玉置レナ (3)「とりあえず、抗生物質と点滴で様子を見ましょう」
     バンの中に居たお医者さんらしい人は、そう言った。
    「……そ……それでいいんですか?」
    「多分、これの原因は『飯綱』とか『くだぎつね』って呼ばれてる小動物を『使い魔』にした呪法。僕も良く知らないけど……なるべく『力』を使わずに『使い魔』を操るノウハウと、『使い魔』の口の中で、なるべく色んな病原菌を繁殖させる方法が極意キモみたいだ」
     続いて「猿神ハヌマン」さんが、そう説明した。
    「で……でも……それだったら……」
    「魔法使い同士の『戦い』だと、相手も『魔法』で攻撃してくると思う筈だ。その盲点を突いた『魔法』だよ。霊体じゃなくて、実体のある自然の動物を『使い魔』にして、『呪い』じゃない単なる細菌による病気……まぁ、毒性を強めた養殖モノだけど……に感染させる。『魔法使い』からすれば詐欺みたいな手だけど、腕は、そこそこでも、この術の存在を知らない魔法使いは……面白いように引掛るらしい」
    「えっと……つ……つまり?」
    「『魔法使い』は、この術にやられた誰かが『呪いの気配を感じない謎の呪い』を受けたと思って、見当外れの対処法を次々と試み……その内に被害者は、どんどん衰弱していく……。実は、医者に行って抗生物質を一本注射してもらえば、解決する話だと思いもしないでね。要は『魔法使いやその身の回りの人間』を狙うのに特化した暗殺術だ」
    「この2人の症状が違うのは?」
    「『くだぎつね』は、通常、口の中に複数の病原菌を飼ってる。噛まれた時に、たまたま、どの病原菌が感染したかなんかで、症状が違ってくる」
     そう言いながら「猿神ハヌマン」さんは誘導棒みたいな何かを2人の女の子の体に近付ける。
     時折、その誘導棒もどきから「ピピッ」と云う音がする。
     そして、まず「猿神ハヌマン」さんは眼鏡っ娘氏のコートのポケットから眼鏡型携帯電話ケータイの「本体」を取り出し電源をOFFにした。
     続いて恐竜パーカーの女の子の半ズボンのポケットから携帯電話Nフォンを取り出し、同じく電源OFF。
     ただ、この時、別のモノも取り出されていた。
    「それ……ひょっとして……」
    「そう、GPS付の発信機。多分、『くだぎつね』が、この子を噛んだ時にポケットに忍ばせたんだろ」
    「じゃあ、ひょっとして、こっちの子にも……」
    「うん、どうも、そのダブダブの靴下の中みたい」
     あたしは眼鏡っ娘氏の靴とガーターベルトで吊り下げるタイプのダブダブめの靴下を外して、逆さにして振る。
    「あ……出て来た」
    「じゃ……これを取り付けたヤツには、見当違いの所に行ってもらいますか……」
     そう行って、「猿神ハヌマン」さんは、小型ドローンを用意。
     2つの発信機を乗せて、窓を開けて、外に飛ばす。
    「後からドローンが2つ。片方は、こっちのドローンを追い掛けていった。もう1個を何とか出来る」
    「任せて」
     あたしは、「熱や炎を操る能力」を使って、この車を付けてくるドローンを破壊した。
    関口 陽(ひなた) (2)「あいたたた……」
     激痛が私の意識を現実に呼び戻した。
    「ああ、気が付いたか?」
    「気が付いたか、だと? 私が気絶したのは、お前のせいだろうが‼」
     このチビに、あっさり絞め落された私は近くまで運ばれたらしい。
     表通りに比べれば、細い道……。私は、片側一車線で、自転車用のレーンすら無い狭い道路の言い訳程度の幅の歩行者用スペースに横たえられていた。
     道の両側には大きなビルが並んでいるが、私達が居る道路の側に有るのは、正面玄関ではなく、裏口・勝手口・従業員用の出入口ばかりだ。
    「ああ、そうだ、これを患部に貼っとけ」
     そう言って、チビは使い捨てカイロみたいな外見のモノを、身を起した私に寄越した。
    「何だ、これ?」
    「応急治療用の冷却材だ。一応、関節は元に戻したが、筋肉や靭帯が炎症を起してるみたいだ」
    「一応、礼は言っとく」
    「あ、そうだ、鎮痛剤と水も要るか」
    「あ、どうも……」
    「それと、はい、自白剤」
    「はい、ありがとう。お前、案外、優しい……待て、今、何て言った?」
    「あんたは、案外、人がいいんだな。さて、残念なお報せだ。即効性なんで、そろそろ効き始めるぞ。まず、お前は誰だ?」
    関口 陽(ひなた) (3)「もしもし……ああ、兄貴の元彼女カノなら私が寝取った」
     私に事情を自白ゲロさせたチビは、どこかに連絡し始めた。
    「何の話をしてる?」
    「気にするな。『誰かに捕まったりして、嘘を言わされてたりしない』『こっちが言う事は信用していい』と知らせる為の意味の無い合言葉だ」
     チビは、そう説明したが……どう言う合言葉だ?
    「で、事情は聞いた通りだ。そう、……どうする? 判った……じゃあ、そっちに着いてから話し合おう」
    「お……お前……今、何て言った?」
    「良く知らないんだが……『魔法』の産物だと、そう云うモノが有ったりするのか? 経口摂取で、胃の中で溶けてない内から効き出して、相手に飲ませたが最後、他人を取調べる訓練を受けてないヤツでも正確な情報を聞き出せるような『自白剤』が……。それとも、お前は、私が思ってたより頭が良くて、全部、芝居で、あれは嘘の情報だったのか?」
    「こ……この野郎ッ‼」
    「後で、お前の組織の上司に『自白剤を飲まされてベラベラしゃべりました』とか報告したら、ややこしい事になってたぞ。その上司が『自白剤』がどんなモノかちゃんと知ってた場合は特にな。有益な情報を教えてやったんだから、感謝してもらいたいモノだな」
    「ふ……ふざけんなッ‼」
     私はチビに殴りかかったが……次の瞬間、あっさり脇固めをかけられた挙句、道路とキスをする羽目になった。
    「気に食わない真似をやった相手には、まだ無事な方の腕も脱臼する危険を承知の上で、反撃するか……」
    「うるせぇ……」
    「仲間が同意してくれるかは、ともかく……個人的には気に入った」
    「えっ?」
    「人質になってる仲間が十二人。同じヤツに捕われてるのが十三人か……」
    「そ……それがどうした?」
    「意識の無いヤツを二十人以上運べる車。その運転手。二十人以上の人間を車まで運べるだけの人員。この『島』で調達出来る心当りは有るか?」
     何をやってくれる気かは判るが……困った事に、そんな心当りなど無い。
    関口 陽(ひなた) (4)「ガジくん……私の位置を把握。すぐに来てくれ」
     チビは、どこかにそう連絡した。
    「『ガジくん』? 一〇年ぐらい前の子供向けアニメに出て来た恐竜か?」
    「ああ、仲間のコードネームだ」
    「あのさぁ……お前らって、昔のアメコミ・ヒーローみたいに、変なコードネームで呼び合ってるのか?」
    「あんた達『魔法使い』だって、変な渾名を名乗ってるだろ」
    「ああ……ウチの流派は例外だ」
    「へっ?」
    「『真の名の掟』ぐらいは聞いた事有るだろ。他の流派では『一般人としての名前』を『真の名』と見做して秘密にしてる所が有るみたいだけど……ウチの流派では『呪術者としての名前』を『真の名』として秘密にする事になってる」
    「本当に『真の名前』とやらに何かの意味や効果は有るのか?」
    「え……っと……まぁ、その……」
    「何だ、無いのか? なら、どう考えても、『一般人の名前』の方を隠すのが合理的だろ。身元がバレにくくなる」
    「まぁ……その……そうかな?……言われてみれば……」
    「大体、その『真の名の掟』とやらも『身元を隠す』目的で始まった事が、形骸化したり迷信になっただけじゃないのか?」
     何となく判った。こいつらは合理性が第二の本能になってるような連中で、中でも、このチビは更に極端に「合理的」なヤツらしい。
     その時、目の前に青い三輪バイクトライクが止まった……までは良いが……いや待て……。
    「あのアニメの主人公とは色が違うが『ガジくん』だ」
    「何故、そこがツッコミ所だと思った?」
    「がじっ?」
    「何だ今の声は?」
    「『ガジくん』の鳴声だ」
    「何で、そんな機能が有る?」
    「こう云うモノにも遊び心は必要だろ。何だかんだ言って殺伐とした稼業なんでな。少しは心の安らぎが必要だろ」
     チビは、トライクの荷台の箱から、交通整理なんかで使われる誘導棒みたいなモノを取り出した。
    「何だ、そりゃ?」
    「何かの電波源が無いかを調べる」
     そう言って、その誘導棒もどきを私の体の近くで振る。そうすると、時々「ピピッ」と云う音がして……。
    関口 陽(ひなた) (5) 私は、本当の関東の事は……あまり良く覚えていない。
     まぁ、せいぜい、小学校1年の頃までしか居なかった訳だし。
     だが、大人の話では……この九州北部日本海側に有る2つの「紛いものの東京」では、季節にも依るが、日の出・日の入りの時刻は、「本物の東京」よりも三〇分〜一時間ほど遅いらしい。
     とは言え、もう辺りはすっかり暗くなっていた。
    「ああ、発信機が埋め込まれてた……。首だ……それも頚動脈のすぐそば
     チビはヘルメットを付けたまま、またどこかに連絡していたが……顔は見えなくても、声からして動揺してるらしい事が判った。
    「つまり、この発信機を下手に取り出したら、頚動脈から血がドバ〜か……」
     私は自分の首を指差して、そう言った。
    「ああ、それは何とかなりそうだ。こっちには医者が居る」
    「じゃあ、何が……問題……あっ……てっ……てめぇっっ‼」
    「そう云う事だ……。知らなかったとは言え、私は……どうも……あんたを殺しかけたらしい」
     そうだ……こいつは……頚動脈のすぐ側に変なモノを埋め込まれたばかりの私に裸絞をかけやがったのだ……。
     もし、その裸絞で、首に埋め込まれた発信機が少しズレたりしてたら……。
    「おい、チビ。私の腕が治ったら、再戦だ。ただし、こっちが先に一発ブン殴るって、ルールでな」
    「判った……。日時と場所は申し込まれた方が決めるのが果たし合いの作法だったっけな?」
    「ああ、その条件でいい」
    「ところで……こっちの『自警団』では、その手の小型発信機を頚動脈ギリギリの場所に埋め込める機械みたいなのは良く使われてるのか?」
    「何だそりゃ? ウチでは、そんなモノは使ってないぞ」
    「じゃあ、『神保町』の『自警団』の『薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ』と『秋葉原』の『自警団』の『Armored Geeks』は、どう云う関係なんだ?」
    「何の話だ?」
    「何故か、『神保町』の『自警団』のメンバーが『Armored Geeks』と一緒に行動していた。……そして、小型発信機を頚動脈ギリギリの場所に埋め込む、って手は……『神保町』の『自警団』も使ってたらしい」
    「お……おい……じゃあ、『Armored Geeks』は……本当は『神保町』の連中の操り人形って事か?」
    「さて……当事者に聞いてみるか? 丁度、それっぽいのがやって来たようだしな」
     チビは、そう言いながら、トライクの荷物入れから、あるモノを取り出していた。
    「お……おい、それ、何だよ?」
    「何って……拳銃だが……」
     次の瞬間、その拳銃が火を吹き……。
    「ぐえっ⁉」
    「ああ、拳銃って言っても……散弾銃用の弾を撃てる単発の特殊銃だ……。もっとも、今、撃ったのは非致死性のゴム弾だけどな」
    「人が来たら、どうすんだよっ⁉」
    「安心しろ……私達が港で起こした騒ぎのせいで……外出制限がかかってるようだ」
    「何を安心すりゃいいんだよっ⁉」
    高木 瀾(らん) (3)「ほ〜ら、リラックス、リラックス」
     「入谷七福神」のメンバーの女の子……自白剤を飲まされたと思い込んでベラベラしゃべった話によると「関口ひなた」と云う名前らしい……は、私達に近付いてきた男の頭に手を当てていた。
     格好は、私達を港で襲った連中に似ている。
     今は、何発ものゴム弾を食らって意識が朦朧としている状態だ。
    「何をやってるんだ?」
    「自白しやすくする為に脳をちょっとね……」
    「ちょっと……って?」
    「脳の一部を一時的に麻痺させるだけだ」
    「あんた、そんなのが専門なのか?」
    「いや、全然。そこそこは使える程度だ」
    「やめてくれ。嫌な予感しかしない。2〜3ヶ月前に、精神操作が専門じゃない『魔法使い』が、その手の魔法を使って大惨事を引き起し……あっ……」
     言い終えない内に、男は獣のような叫びを上げ……。
    「あいたたた……何だ、こりゃあっ」
     男は関口に抱き付いていた。と言ってもセクハラじゃない。要はベアハッグと言うか鯖折りと言うか……。
    「やれやれ……言わんこっちゃない……」
     私は、「ガジくん」の荷物入れから、警棒型スタンガンを取り出し、先端を男のうなじに当てる。
     次の瞬間、男は、これまでと微妙に違う絶叫を上げて……やがて動かなくなった。
    「な……なんだ、こりゃ? 何が起きた?」
    「こんな『魔法』は無いか? 誰かに精神操作をされようとした場合に……こいつみたいに、突然、暴れ出して自分を『精神操作』しようとした相手を殺傷してしまうような『仕掛け』を脳に仕込んどく、ってのは?」
    「いや、そりゃ……理屈の上では有るけど……かなりの腕前のヤツが、ヤバい薬物を併用した上じゃないと……多分、無理だ……。あと……そんな術は言ってみりゃ『精神操作』の『上書き』を防ぐ為のものだろ……? なら、こいつらは……って事なのか?」
    「なぁ……こっちの『自警団』の事は良く知らないんだが……新参の『自警団』が、たった2〜3ヶ月で、あんだけデカくなる事は有り得るのか?」
    「そう言う事か……私らと『寛永寺僧伽』は、まだ勢力は小さいが……何しでかすか判んない……かなりヤクい連中の所場ショバで呑気に喧嘩してた訳か……」
     私も甘く見ていた……。馬鹿が暴走すると何が起きるかを……。
    「なぁ、ところで、さっき言ってた、専門じゃないのに精神操作の魔法を使った馬鹿な『魔法使い』は何をやったんだ?」
    「ああ、そいつに『精神操作』をされたヤツが、『精神操作』の『魔法』を使ったマヌケすら慌てふためくような酷い真似をしでかしたんだ」
    「一体、どう云う事だ?」
    「『秋葉原』の新しい『英雄』になれ、と云う暗示をかけられた結果、何を、どう勘違いしたのか判らんが……自分の妹と弟を殺した」
    「待て……『秋葉原の新しい英雄』だと……? おい、まさか……」
    「ああ、その自分の弟と妹を殺した馬鹿こそが『Armored Geeks』のリーダーだ。……ちなみに、その馬鹿野郎は、自分の意志で……『精神操作』の魔法にかかったままになってるらしい」
    関口 陽(ひなた) (6)「とりあえずは、私の仲間と合流して、どうするかを考えるか……。後部うしろに乗れ」
     チビはそう言って青いトライクに乗った。
     だが、その時、2つの音が同時に聞こえた。
    「ちょっと見て来る」
     そう言って、チビは大通りの方にトライクで走り出した。そちらから聞こえるのはパトカーのサイレンの音。
     私は、通知音がした携帯電話Nフォンを取り出して画面を見る。
     災害通知アプリが起動していた。
    『Neo Tokyo Site01・銀座港で犯罪組織によるものと見られる乱闘騷ぎが発生中』
     私や、あのチビが起したモノか? にしては、時間が経ち過ぎてる……。
     そこで「有楽町」の自治会が公開してる街頭監視カメラの映像を調べてみると……。
    「厄介な事になったな……。地元警察だけじゃなくて、広域警察の車も走っていた。『レコンキスタ』のレンジャー隊まで出動してるみたいだ」
     戻って来たチビはそう言った。
    「な……なぁ……。こいつって、その……『秋葉原』の『Armored Geeks』が上げたらしい動画に映ってた……」
     私は、そう言って「白い狼男」と「河童のような姿の何か」が「銀座」の港で大暴れしてる映像をチビに見せた。
    「あぁ、あの動画に映ってた狼男とは別人だ」
    「ちょっと待て? 何で断言出来る?」
    「両方とも良く知ってるからだ。あの獣化能力は遺伝するタイプのもので、血縁者の場合は、獣化後の姿は似たものになる可能性が高い」
    「はぁ?」
    「片方の身元は明かせないが、夏に『九段』でパワードスーツと戦ったのと、今日、ここの『港』で暴れてるのは、血縁関係が有って、遺伝するタイプの同じ異能力を持ってるが別人だ。そして、私は両方と知り合いだ」
    「おい、まさか……お前、夏に『九段』で起きた件にも……」
    「ああ、関わってる。あっちの方は、私の友達だ」
    「友達⁉」
    「友達と言っても、私の元彼女カノを奪ったヤツだけど……友達なんで、一応は許してる」
    「何がどうなってる?」
    「友達が、たまたま、福岡の久留米のヤクザの異能力持ちの若頭の親類だった。……と言っても、かなり前に親類付き合いはしなくなってるがな」
    「訳が判らん」
    「今の御時世、友達がたまたま異能力者だったなんて良く有る事だろ」
    「本土は、そんな無茶苦茶な場所になってしまったのか?」
    「いや、こっちだって、隣に住んでる気の良い御老人や、向いの家の幼稚園児が異能力者だって事は十分有り得るだろ。隠してるから知らないケースも含めて」
    「ま……まぁ、言われてみれば……」
    「で、あの動画は、予想が付くだろうが編集されてる。誘拐された子供達を救出しようとしてたのは、パワードスーツを着てるヤツの仲間じゃなくて狼男の仲間。パワードスーツのヤツは、狼男とその仲間の手柄を横からかっ攫おうとしたクズ野郎だ」
    「おい……じゃあ、この港で暴れてる方は……?」
     その時、チビは溜息を付いた。
    「いつかは、こうなると思ってたが……まさか、このタイミングとは……」
    「えっ?」
    「だから……あの動画をUPした馬鹿は……気付かない内に福岡県有数の武闘派の暴力団に喧嘩を売ってしまってたんだ……。その暴力団の若頭に瓜二つの親類を児童誘拐犯に仕立て上げてしまってな……」
    「じゃぁ……そのヤクザからしたら……とんだ風評被害を受けた訳か……。で、どこだ……その暴力団って……?」
    「表向きは久留米の安徳ホールディングスの子会社の安徳セキュリティだ……。おい、どうした、面白い顔をして?」
     マズい……。名前ぐらいは知ってる団体だ……。多分、秋葉原の2つの自警団「Armored Geeks」と「サラマンダーズ」の両方を1日で潰せるだろう……。いや……4つの「紛物の東京」の一〇以上の「自警団」の中でも対抗出来るのは「九段」の「英霊顕彰会」……通称「靖国神社」……ぐらいだろう。
     お世辞にも治安が良いとは呼べなかった、日本各地に有る4つの「紛物の東京」で、それでも一〇年近くの間、守られてきた「最後の一線」が、あっさり破られようとしている。
    「なぁ……あの……あいつらが『秋葉原』を制圧するのを防ぐ方法って有るか?」
    「制圧?」
     多分、月が変る頃には4つの「Neo Tokyo」で最初の「自警団」を作った伝説の英雄・石川智志さとしが最も恐れていた事態が起きるだろう……。
     「秋葉原」は……4つの「島」で初めて、地元警察でも地元の「自警団」でもなく、「本土」のヤクザによって治安が維持される町と化す。
    「久留米の安徳なら『秋葉原』の2つの『自警団』をあっさりブッ潰して、代りに『秋葉原』の支配者になってしまう。そうなってしまったら……次は『靖国神社』と安徳の喧嘩が始まる。『自警団』同士の喧嘩とは違うルール無用の大喧嘩がな……。そして、その喧嘩は……多分、他の『島』にも飛び火する」
    「要は、あの連中に、この『島』から一刻も早くお引き取りいただがないと、その後は、事態がどんどん酷くなるのは確かだが、どこまで酷い事になるかは想像も付かないって事か」
    「ああ、そう言う事だ」
    秋光清二&久米銀河「てめぇ、何で、ここに居る?」
     博多から「贋物の東京」の内の1つに向うフェリーの中で、俺は、そいつと出会でくわした。
    「『大オジキ』こそ、何で、ここに居るんですか?」
     白い高価たかそうなスーツに、ポニーテール風に束ねたオールバックのロン毛。一八〇㎝台後半の身長に格闘家と見紛う筋肉量。
     久米銀河……それが、俺と大して変らない齢だが、俺よりも女にモてそうな外見の大男の名前だ。
    「ヤー公が刑事を『大オジキ』なんて呼ぶんじゃねぇ。人聞きが悪い」
    「ウチの社長の叔父貴でしょ。俺にとっちゃ『大オジキ』も同然ですよ。あと、俺達はヤクザなんかじゃないですよ。人聞きが悪いのは、どっちですか?」
     ふざけんな。俺の「親父」と呼ぶもおぞましい「生物学上の片親」を、こっちから勘当して何年経ってると思ってんだ?
     そう……俺の「生物学上の片親」は……一代で自分の「組」を福岡有数の暴力団に育て上げたヤクザの親分だった。
     だが、ヤクザなだけでも問題なのに、更なる問題が2つ。
     1つは今で言う「異能力者」の家系の出身だった事。
     もう1つは……ある妄執を持っていた事。
     奴は俺のお袋の家系を、同じ祖先から数百年前に分かれた別の家系だと思い込み……その「妄執」を叶える為の「実験」の一貫として、俺のお袋を誘拐し……そして、俺をこさえた。
     だが、どうも、その「実験」は失敗したらしく、残されたのは、跡目争いの種に成りそうな……何人ものそれぞれに母親が違う奴の子供達と……そして、もっとおぞましく哀れなモノ達。
     やがて、大人と呼べる齢になった頃、俺は、ヤツの一族と縁を切り……ヤツとは逆の仕事を選んだ。
     「異能力」さえ有れば、親類にヤクザが居ようと刑事としての資格を与えられる……「異能力者を狩る異能力者」……汚れ仕事要員ゾンダーコマンドに……。
     それから二十年以上経った今年の4月、よりにもよって俺は、「故郷」とさえ呼びたくない場所に「転勤」させられ……そして、今日、転勤先の近く……と言っても片道2時間ほどかかる「贋物の東京」の1つにある勤め先カイシャの支局の応援に向う事になった。
     「あるモノ」が、この近海をどこかに向かっているが……その「どこか」は不明。
     俺達「レコンキスタ」は、レンジャー隊・ゾンダーコマンド・一般隊員まとめて、九州北部日本海側の港と言う港の警備に駆り出される事になった。
     その途中で、こいつに、ばったり会う羽目になった。
     幸先が悪いったら、ありゃしねぇ。

    「てめぇ、何で、ここに居る?」
     博多から「『東京』を名乗る田舎者どもの収容所」の内の1つに向うフェリーの中で、俺と出会でくわした途端、そいつは、そう言った。
    「『大オジキ』こそ、何で、ここに居るんですか?」
     安物の背広。履き古されているが、走り易そうな靴。顔を良く見ると、薄くなりつつ有る髪には寝癖が付き、顎や口元には無精髭。しかも、その無精髭は場所によって微妙に長さが違う。何日前に髭を剃ったか不明だが、その時にも、それほど丁寧に剃った訳ではなさそうだ。
     秋光清二……それが、この風采の上がらぬ、俺と同じ位の齢の中年男の名前だ。
    「ヤー公が刑事を『大オジキ』なんて呼ぶんじゃねぇ。人聞きが悪い」
    「ウチの社長の叔父貴でしょ。俺にとっちゃ『大オジキ』も同然ですよ。あと、俺達はヤクザなんかじゃないですよ。人聞きが悪いのは、どっちですか?」
     そうだ……こいつは、異能力犯罪を専門に扱う広域警察「レコンキスタ」の中でも、更にエリート部隊「ゾンダーコマンド」の一員だ。
     ちなみに、ゾンダーコマンドってのは、ドイツ語で「特殊部隊員」の意味だが、実は悪趣味な別の意味も有る。
     ナチの時代の強制収容所で「他の囚人の死体の始末」などの汚れ仕事を押し付けられていた囚人も、そう呼ばれていたらしい。
     そう、こいつは「レコンキスタ」の中でも「異能力者を狩る異能力者」だ。
     ヤクザにして異能力持ちの俺にとっては、ブッ殺したくなる相手だ。
     だが、同時に、ウチの親会社の先代会長の息子にして、ウチの会社の社長の実の叔父でもある。
     縦社会・体育会系の典型である俺達の稼業では、内心でどう思っていようと「このボケ、ブッ殺すぞ‼」なんて怒鳴りつけるなど、もっての他だ。
     そして……俺は、ある連中に「御礼参り」をやる為に……ついでに奴らの縄張りシマをいただく為に、名前だけは「東京」だが住んでるのは田舎者ばかりの「島」に行く途中で、こいつに、ばったり会う羽目になった。
     幸先が悪いったら、ありゃしねぇ。

    『銀座港で暴力事件が発生しました。念の為、銀座港に入港後、お客様には手荷物検査を受けていただく事になりました。御了承下さい』
     船内放送が、そう告げていた。
    「はぁっ? 事件起こしたヤツは島ん中に居るんだろ? 何で、これから島に入る俺達が手荷物検査を受けなきゃいけねぇんだよっ⁉」
     大男が、そう言いながらブチ切れていた。
     まぁ、どう見ても観光旅行じゃなさそうだから、拳銃チャカの3つや4つ持ってるに違いあるまい。
     ざまぁ見ろ。面白くなるのは、これからだ。
     ……だが、ヤツが、あそこまで、無茶苦茶な真似をするとは思いもしなかった……。
     そうだ……俺は、この時、肝心な事を忘れていた……。ヤツは、1人で「レンジャー隊」1チームを全滅させる事が出来る化物だと言う事を……。

    『銀座港で暴力事件が発生しました。念の為、銀座港に入港後、お客様には手荷物検査を受けていただく事になりました。御了承下さい』
     船内放送が、そう告げていた。
    「はぁっ? 事件起こしたヤツは島ん中に居るんだろ? 何で、これから島に入る俺達が手荷物検査を受けなきゃいけねぇんだよっ⁉」
     俺は、そう言いながらブチ切れた。
     もちろん、一緒に来た部下達が乗ってる車には、拳銃ハジキどころか自動小銃に散弾銃……念の為、グレネードランチャーとロケットランチャーと重機関銃に迫撃砲まで積んでいる。
     横では、クソ刑事デカが、笑いを噛み殺している。
     今に見てろよ。面白くなるのは、これからだ。
     どうやら、この馬鹿は、肝心の事を忘れているらしい。俺1人でも、向こうの広域警察の支隊と地元警察を壊滅させるのも不可能じゃないと云う事を……。
    久米銀河「すいません。トラックの荷物の中身を確認させて……えっ⁉」
     フェリーから「島」に上陸した時に、俺が乗っているトラックにやって来た警備員は、既にだった俺達の姿を見て、唖然とした表情になった。
    「おい、姐さん。俺は正当防衛以外では女は殺さない主義なんで、とっとと逃げな」
    「んぎゃっ♥」
     運転席に居る「組員」は、おどけた鳴声を出す。こいつも既に「河童」形態に変身済みだ。
     熊本の連中みたいな虎縞も無ければ、広島の連中みたいに手足を伸ばす能力も無い、オーソドックスな、子供向けの「妖怪図鑑」にでも出て来そうな「河童」だ。
    「本部、応援をお願いしますっ‼」
     警備員の姐さんは運転席に拳銃を向ける。この「島」で最も「平和」な地区のヤツにしては、中々、腹が座ってるようだ。
    「みぎゃ〜っ」
     運転席の「組員」が、またしても、ふざけ半分に怯えたフリをする。
    「えっ?」
     警備員の姐さんは運転手の予想外の様子に一瞬戸惑ったようだ。だが、警備員の姐さんの表情が厳しいものに変った瞬間……。
     次々と、自動小銃や散弾銃を手にした「組員」がトラックのコンテナの中から出て来る。もちろん、変身能力持ちは、変身済みだ。
     だが、応援の警備員も次々と駆け付ける。一応は防弾用のボディアーマーを着装つけてはいるが……。
     俺は、トラックの助手席から飛び降りる。
    「抵抗するなら撃つっ‼」
     警備員のリーダー格らしいのが、そう叫ぶ。
     1秒経たない内に、俺が抵抗したと判断したようだ。その判断は正しい。銃弾が飛んで来る。
     とは言え、奴らは、決定的な判断ミスを犯している。
     並の人間なら一瞬で穴だらけになる銃弾も、俺には通じない。俺を殺したければ、対物ライフルかバスーカ砲か……さもなくば化学兵器でも使用すべきだった。
     俺は変身した時の体毛の特性を一時的に変える事が出来る。
     相手が殴ってきた時は打撃のダメージを防ぐのに適したものに。相手が刃物を持ってる時は……斬り付ける構えなら斬撃を防ぐのに、突いてくる構えなら刺突を防ぐのに適したものに……。そして、銃を持ってる時には、銃撃を防ぐのに適したものに。
     既に、俺は、体毛の特性を「銃弾用」に変えていた。
     俺の爪や牙は、易々と奴らのボディアーマーを貫き斬り割いていく。
     わざと、防御力が弱い部分は
     最終的には、この「島」を、ウチの「組」が仕切らせてもらう以上、こいつらの死に様こそが良いデモンストレーションになる。
    「おい、堅気の皆さんの避難誘導を頼むぜ」
    「了解」
     これも将来の為のデモンストレーションだ。警察や……「自警団」を称する事実上の同業者よりも、俺達の方が遥かに頼りになる上に「堅気」の事を気にかけてる、と云う事の。
     気付いた時にはサイレンの音。
     地元警察、対組織犯罪広域警察、対異能力犯罪広域警察レコンキスタの特殊部隊。
     次々と雑魚の皆さんがご到着だ。
     対異能力犯罪広域警察レコンキスタのレンジャー隊の中には、グレネードランチャー付きの自動小銃を持ってるヤツも居るが……流石に弾種は判らない。
     堅気の皆さんが逃げてる最中に催涙弾をブッ放つなんて真似をしてくれたら、こっちの宣伝になるんだが……まぁ、いくらなんでも、奴らも、そこまで阿呆じゃあるまい。
    「堅気の皆さんの避難が大体終ったら、狙撃手が居そうな所との間に煙幕を張れ」
    「了解」
     さて、宣伝の続きだ。俺は、対異能力犯罪広域警察レコンキスタの黄色……パワー型に突撃する。
     黄色いのは、背中に有る機械仕掛けの腕を展開。
     俺の両手と、黄色いのの機械仕掛けの腕が組み合う……。言わゆる「手四つ」の状態だ。
    「ええっ?」
     次の瞬間、機械仕掛けの腕が両方とも折れる。もちろん、純粋な力なら、機械仕掛けの腕の方が上だろう。しかし、残念ながら、デカ過ぎる。要は梃子の原理を利用した手品だが、これも、俺達が、この「島」を仕切るようになった後を見越した宣伝だ。
    「恨むなら……安物の装備しか支給しなかった、あんたらの『上』を恨みな」
     俺は木偶の坊どもに死刑宣告を行なった。
     罪状が何かって?
     遥か太古から、多くの悲劇の原因となりながら、良識ある堅気の皆さんが何故か処罰の対象から外してきたものだ。
     何で、とっとと逃げねぇんだ?「馬鹿」だった事を死をもって償え。
    高木 瀾(らん) (4)「な……なぁ……これ、何?」
     関口は、私が飛ばした小型ドローンの映像と携帯電話Nフォンに映っている臨時ニュースを見ながらそう言った。
     港湾施設は、物理的には無事なようだ。しかし、そこで働いている人員……特に警備員や警官は、それどころの騷ぎじゃなかった。
     マズい……確実にマズい。
     「港」の人員が、ほぼ壊滅している、と言う事は、裏を返せば、港から通常の方法で上陸するのは不可能に近いが、無理矢理上陸するのなら逆にやり易くなった、と言う事だ。
     「あれ」が、この「島」に無理矢理上陸する気なら、それを阻める……いや阻むのは無理だろうが、上陸を多少なりとも遅らせる事が出来る……公的な武装集団は今は居ない。
     どの道、この「島」で唯一、警察がマトモに機能していた地区は……一転して治安を維持する組織が機能不全に陥いった地域と化した。
     たった1つのヤクザの組……いや……たった1人の狼男のせいで……。
     あの狼男に対抗出来るモノは……この「島」に向かっている途中だが……。
     この「島」最大の港……残りの3つは漁港みたいなモノらしい……が使えなくなった以上、どうやって、私の手元に……待てよ……。
     丁度いいのが居た。それも、私の家に。
    「あのさぁ……そのトラック用のって、どこかで調達出来る?」
     私は「護国軍鬼・4号鬼」を運んでいるトラックに連絡を入れる。
    『おい、今度は、どんなとんでもない手を思い付いたっ?』
    「もし、冬用タイヤが手に入ったら……途中で、久留米チームと合流して唐津に向かって」
    『……だから、何をさせる気だっ⁉』
    玉置レナ (3)「まずいね、これ……」
     瀾が送って来た映像を見て「猿神ハヌマン」さんは、そう言った。
     「銀座」港の施設は……端的に言えば壊滅していた。
     臨時ニュースと瀾から送られた映像を見る限りじゃ、港そのものは物理的には無事だけど、港湾施設……待合室や管制施設、警備施設は完全に機能してないみたいだ。
     ついでに、壊滅したのは港だけじゃない。
     「港」の施設の警備員。
     地元警察と対組織犯罪広域警察の「有楽町」支部の特殊部隊。
     対異能力犯罪広域警察レコンキスタの「有楽町」支部のレンジャー隊。
     そう言った人達が、次々と救急車で運ばれている。
    「困ったね……。あれが必要になると同時に、あれをこの「島」に届けるのは……かなり難しくなった訳か……」
    「『あれ』って?」
    「この惨劇を引き起こした狼男に対抗出来るパワードスーツ」
    『それなら、手は打った……かなり危険な手だけど……』
    「ちょっと待て、お前……何を……?」
     口では、そう言ってるが、体は正直だ。「猿神ハヌマン」さんは何かに気付いたらしく、手元のPCを操作して「本土」の地図を表示。その地図上には光点がいくつか表示されている。
    「唐津からもフェリーは出てるけど……到着場所は『有楽町』だぞ」
    『ああ、多分「有楽町」に上陸するけど、上陸場所は「銀座」港じゃない』
    「はぁ?……おい、まさか……久留米支部の車も動いてるけど、誰が乗ってる?」
    『は〜い、ど〜も』
     通信アプリに割り込み表示。瀾の双子の妹だ。どうやら、あたしと似た能力ちから……あたしが炎を操るのに対して、水を操る能力ちからを持ってるらしい。
    『あ……どうも』
    『お久し振りです……』
    『私は……初めてですよね?』
     続いて、同じ画面に、夏の事件に関った今村君、望月君、初めて見る大人しそうな眼鏡の女の子。
    「おい、こいつら巻き込んだのかっ?」
    『私も知らん。何で、望月達まで居る?』
    『後方支援が1人でも多く要りそうなんで』
    「えっ?」
    『えっ?』
    『例の船の予想進路からすると……そっちの「島」に向かう可能性が高くなった。最悪は、そっちの「島」で迎え撃つしか無い』
     今度は知らない……中年ぐらいの男の人の声だった。
    『判った……。あと、途中のどこかの支部で「水城みずき・改」が余ってたら、借りてきてくれ。着装者は……身長一六〇㎝前後で、体重はせいぜい六〇㎏未満って所かな?』
    「何をする気だ?」
    「あと……有楽町の港が壊滅してるのに……どうやって、この『島』に入るの?」
     あたしは、そもそもの疑問を「猿神ハヌマン」さんにぶつける。
    「多分だけど……『御神渡おみわたり』だ……」
    百瀬 キヅナ (1) 「秋葉原」の第2の「自警団」は、どうも、かなりタチの悪い狂犬ばかりらしい。
     「九段」地区をうろついていた変な格好……ハロウィンのイベントなら1日早い……の同業者らしき女の子と、更に、地下鉄の中で、その女の子を助けようとした2人の女の子……1人は、これまた同業者で、もう1人は「秋葉原」地区に有る高専のロゴが入った作業着を着ていた……の服に忍ばせておいたGPSは、何故か「島」のほぼ中央に有る公園に移動していた。
     女の子が移動したのでは無い。GPSだけが移動したのだ。
     2つのGPSは、ほぼ同じ位置で動きが止まり……±プラマイ一〇m以内の位置まで近付くと……そこには、プロテクター付きのライダースーツにフルヘルメットの男が数人。
     ある者は携帯電話Nフォンで誰かと話しており、別の者は半壊したドローンを手に首を傾げている。
    「本部……あいつらが何者か判りますか?」
     私は雇い主である「九段」地区の自警団「英霊顕彰会」……通称「靖国神社」……の警備本部に映像を送って問い合わせる。
    『多分、「秋葉原」の2つ目の「自警団」だ』
     困った事に、私の術は、同業……魔法使いとか呪術師とか言われてる連中……を騙し討ちに近い方法で倒す事に特化しており、純粋に物理的な防御力が高い相手は苦手だ。
     肌の露出がほとんどない厚手の服、それだけで、私の術をかける事は困難になる。
     ついでに、私の術は、同業者の多くが抱いている、ある思い込みを利用するモノなので、その思い込みを持っていない一般人に使っても意味は無い。
     使ってから効き出すまでにタイムラグが有る上に、術で病気になった相手が普通の医者に担ぎ込まれれば、あっさりタネが割れる。
     「人工の島」に有る数少ない緑豊かな場所。
     私は、公園内の樹の1つに隠れ、様子を窺う。
    「追跡は打ち切りますか? それとも応援を……」
     その時、大声がした。
    「おい、誰だ、そこに居るのは⁉」
     ……仕方ない、あの手を使うか……。
    「出て来い。出て来ないと撃つぞ」
     呪文がまだ途中なのに、とんでもない事を言い出した。
    「十数える内に出て来い。一、二……」
     それまでには何とか……。
    「七、八……」
     終った。
    「な……」
    「う……うわぁ……」
     セコい術だ。物理的ダメージは皆無だろう。だが、逃げる暇ぐらいは稼げた筈だ。
     私が召喚したのは……ゴキブリの大群だった。
     ここは、この「島」の人間の憩いの場。当然、ゴキブリの餌となるもの……例えば弁当やスナック菓子の食べ残しなども結構な量が有る。
     つまり、ゴキブリやネズミなどにとっては、そこそこ程度の楽園だ。
     そして、公園のそこかしこから現われた黒い虫達は、ライダースーツの男達の体にたかっていった。
    「ま……待て……」
     逃げ出す私の姿を見て、男達の1人がそう言った。
    「うわああああっ‼」
    「おい、山内、やめろ‼」
    「でも、これなら、ゴキブリどもにも効く筈……」
    「えっ?」
    「そうなの?」
     馬鹿どもが何を騒いで……な……何を考えてるんだ? ここで……こんな場所で……この「島」の4つの地区のどこにも属していない場所……ある意味で、この「島」の「自警団」にとっての中立地帯……ついでに関係ない堅気一般人も居ておかしくない場所で……銃器は銃器でも、そんな代物を……。
     奴らの一人は、グレネードランチャー付の自動小銃を私に向けていた。
     そして……閃光と……。
     本物の銃撃の音とは、こんなにも頼り無い感じがするモノなのか?
     その時、私が抱いたマヌケな感想その1が、それだった。
     続いて、マヌケな感想その2が脳裏に浮かんだ。
     この状況で、あれをに撃つ意味は有るのか?
     弾頭の種類までは判らないが……から発射された弾丸は、飛んで行った。
    百瀬 キヅナ (2) 目と鼻と喉に痛みが走る。
     涙と鼻水が止まらなくなる。
     どうやら、弾頭は催涙弾だったらしい。
     目が霞む……いや……待て、何が起きている?
     グレネードランチャーをブッ放ったヤツが、そいつの背後から現われた……バイクらしき乗り物に跳ね飛ばされる。
     かなりの速度なのに、ほぼ無音……おそらくは電動式だろう。
     そのバイクに乗っていた小柄な人物……もし男なら中学生ぐらい、女だとしても、かなり小柄な方だろう……が「秋葉原」のヤツの1人を棒のようなモノで突く。
     スタンロッドか……さもなくば、「魔法」の効果を持つモノらしい。あっさりと、棒を当てられたヤツは倒れる。
     次のヤツは、そのチビに殴りかかるが……攻撃を片手で捌かれると同時にバランスを崩し、更に足払いを食らって転倒。
     多分……「秋葉原」の連中が全員倒されるまで、2分かからなかっただろう。
     そいつは、次に私の所にやって来て……。
    「目は大丈夫か?」
     気付いた時には、どうやら、その何者かが、私の手当をしてくれたらしい。
    「あ……えっと、ありがとう……」
     声からすると若い女。おそらく、まだ十代。
     プロテクター付のライダースジャケットにカーゴパンツに妙にゴツいブーツにフルヘルメット。「秋葉原」の連中が着ているモノと似ているが、色やデザインが違う。
    「ちくしょう……まさか……1日で2回も催涙ガスを食らう羽目になるとは……」
     別の女の声。このライダースーツの女……と云うより少女より少し齢上のようだ。
    「よかったな……。あと何ヶ月かは、馬鹿話のネタに使える」
    「おい……ところで、お前、何で平気なんだよ?」
     そう言われた少女はヘルメットを取った。
    「これで疑問は解決したか?」
    「お……お前、そんなモノが有るなら、私にも寄越せ」
     その少女は、ヘルメットの下に、更に、簡易式とは言え、防毒マスクと防御ゴーグルを付けていた。
    「悪いな。予備が有る場所が『秋葉原』の連中にバレるとややこしくなる。あんたの体の中のGPSを摘出するのが先だ」
    「えっ?」
    「ところで……このゴキブリは何だ?」
    「その女……私の同業だ。多分、そいつが呪術で操ったんだろ」
     ようやく私も気付いた。
     小柄な方は、鍛えてはいるが「魔法使い」「呪術師」ではない。
     私達は、人間が持つ「気」「霊力」「呪力」と呼ばれる力の「量」だけではなく「質」や「パターン」も検知出来る。
     かなりの自制心の持ち主で、何かの身体操作術を身に付けている上に、魔法・呪術に対する抵抗力は常人以上であろう事は「気」から判るが……「気」を武器として使う者特有の「質」や「パターン」からは大きく外れている。
     だが、もう1人は……明らかに同業だ。
     梵字が描かれた襟元の破れたスカジャンに、ニット帽。靴は丈夫さと走り易さ重視のスニーカー。手には呪具らしい大型ハンマ。
     おそらくは、「台東区Site04」の自警団「入谷七福神」のメンバーだろう。
     そう言えば、今日、「台東区Site04」の2つの自警団が、「秋葉原」地区で「果たし合い」の予定だったらしいが……。
    「『英霊顕彰会嘱託・百瀬キヅナ』さんか……。名刺はもらってていいかな?」
    「えっ……あ……いつの間に?」
     ふと、服のポケットを探る……。無い……。財布、携帯電話Nフォン、呪具、そして……。
    「可愛いお友達は……今の所無事だ……。ちょっと、獣医を探して診せた方が良さそうだが……」
     そう言って、そのチビは、私の「相棒」が入っているポーチを見せた。
    「ま……待て……」
    「ああ、応急治療として、抗生物質を飲ませたんだが……問題無いかな?」
    「おい、何で、抗生物質なんだ? あれ?」
     どうやら、私は唖然とした表情になっているらしい。だが、「入谷七福神」のヤツは、何故、私が泡を食っているか判らないようだ……。
     どう云う事だ? このチビは……私の得意な術の正体を知っているのか?
    「ふ……ふ……ふざけ……」
    「クレームの前に、答えて欲しい事が有る。あのゴキブリより大きい動物を操る事は出来るか? そうだな……二〜三〇〇gぐらいのモノを百個ぐらい、ある場所に仕掛けたいんだが出来るか?」
    「はぁ?」
     次の瞬間、銃声。
     チビの方が……おそらくは、私を脅す為に……地面に向けて拳銃を撃った。
    「正直に答えてくれ。出来る。出来ない。出来るがやりたくない。答は三択だ」
     どうやら、「秋葉原」の狂犬どもを退治したのは……もっとタチの悪い狂犬だったようだ。
    「ちょっと待て、何も聞いてないけど……どうなってる?」
     そう聞いたのは、私ではなく、チビの連れ。
    「この『島』に、ある兵器を運んでいる船が近付きつつある。その船を占拠しないと、マズい事になる」
    「な……何の話だ?」
    「その船は、単なる兵器の輸送船じゃない。本土の警察も『御当地ヒーロー』も、その船を沈められない理由が有ったんだ。……その船自体が……有害物質爆弾ダーティーボムだ。下手に沈めれば、日本海で国際問題級の放射能汚染が発生する。当分、美味い魚は食えなくなる」
    「い……いや、ちょっと待て……まさか……」
    「何となく判ったようだな。この『島』で、その船を制圧出来そうな連中は……ついさっき、一気に数を減らした」
    「ちょっと待って……何が起きたの?『有楽町』の警察には特殊部隊が居るんじゃないの?」
     話に付いていけなくなった私は、そう質問した。
    「もう『有楽町』の警察組織全てには、殴り込み専門部隊は居ない。地元警察も広域警察も全部ひっくるめて」
    「そ……そんな馬鹿な……。何が起きたの?」
    「知らないのか? まぁ、大した事じゃない……。狼男が暴れただけだ……たった1人の狼男がな……。そいつが、警察の特殊部隊をまとめて病院送りにした」
    関口 陽(ひなた) (7)「おい、何でこうなるっ⁉」
    「あんたの首に埋め込まれたGPSのせいだ」
     チビがそう解説する。
     銃撃音。そして時折響く罵声。
    「出て来やがれっ‼」
    「フザけやがってッ‼ そのクソチビをブッ殺せと言っただろッ‼ 何、仲良くつるんでやがるッ⁉ 仲間の命が惜しく無いのかっ⁉ それとも、お前ら、レズか何かかッ⁉」
    「否定はしないが『レズ』は差別用語だ」
    「おい、チビ、そんな事言ってる場合かッ⁉ つか、お前も銃を持ってるなら、反撃しろッ‼」
    「あ……あぁ……そうだな……気が進まんが……」
    「あのさぁ……まさか、人殺した事無いの?」
    「そっちこそ有るのか?」
    「あなたは有るんですか?」
     チビと「靖国神社」に雇われてる同業が同時に質問。
    「……無い……」
     突然現われたのは、強化服を着たヤツ1人に、「秋葉原」の自警団の下っ端が十数名。
     全員、銃器を持ってる。
    「お得意の魔法で何とか出来るか?」
    「残念ながら、そこそこの護符を持ってるみたいだ。効き目は薄れる」
    「私のは……」
    「予想は付く。相棒の小動物が居ないと使えない上に、対『魔法使い』特化型。一般人には逆に効き目が薄い。そんな所だろ」
    「どう云う術なんだ?」
    「何で知ってるんですか?」
    「『本土』の『御当地ヒーロー』の間では、かなり知られてる手だ」
    「……そ……そんな……」
     だが、次の瞬間、明らかに銃声とは違う轟音。
     更に轟音。
     音のした方向を見ると……木が大きく揺れている。
    「えっ? うわぁっ?」
     「秋葉原」の自警団員の1人が悲鳴を上げる。
     そいつの体は宙を舞い……そして……。
    「うぎゃぁっ⁉」
     別のヤツの右の二の腕から、血が吹き出る。
     おい……あそこは……たしか太い動脈が走ってる箇所の筈。
     どうやら、その2人を攻撃したらしい……黒いコートに黒いフルヘルメット、右手に山刀を持ち、腰に矢筒を背負った何者かの姿は、一瞬にして消え去った。
    「クソチビ‼ 味方を呼ぶなんて卑怯だぞ‼ 大人しく殺され……えっ?」
     「秋葉原」のリーダー格の強化装甲服の男の支離滅裂な罵声は途中で止まった。
    玉置レナ (4)「ねえ……『御神渡おみわたり』って……昔、長野県の……だったっけ……諏訪湖で起きてたヤツでしょ?」
     あたしは、双眼鏡を覗きながら、そう聞いた。
     ちなみに、その諏訪湖は、十年前の富士山の噴火で……かなりとんでもない状態になっているらしい。
    「ああ……」
    「あれ、絶対に『御神渡おみわたり』とは違うと思う」
    「かもね……」
     たしか『御神渡おみわたり』は冬に諏訪湖の氷が割れる現象で、絶対に、秋の玄界灘で氷で出来た道が出来る現象じゃないと思う。
    「瀾の妹って、一体、何者なの?」
    「君の同類だよ。望んでもないのに『神』を名乗る化物に一方的に選ばれ、とんでもない力を授かった人間。……まぁ、その中でも更に桁外れだけど」
     なるほど。だから、瀾は、自分の妹を、この「島」で起きた事件に関わらせようとしなかったのか……。
     たしかに、あんな力の持ち主が、ちょっとポカしたら、この「島」が丸ごと沈む。
    「あのさ……まさかと思うけど、今年の3月に、久留米で起きた……」
    「ああ、あいつと同じ力の持ち主がやらかした」
    「えっ? 他にも居るの?」
    「5人……」
    「へっ?」
    「水を司る『神』の中でも最上位の5体……世界中の他の『水の神』を自由に支配出来る『神』の巫女が……あいつと3月に久留米で騒ぎを起こしたヤツを含めて5人、日本列島に居る……らしい」
     そうか……私と……あと、それ以外の全人類の九十ウン%ぐらいが知らなかっただけで……地球は、遥か大昔から……無数の傍迷惑な自称「神様」が好き勝手に遊んでる地獄のような惑星ほしで、人間の大半は、その神様が面白半分にやってるいたずらや神様同士の喧嘩のとばっちりを「天災ではあっても科学的に説明可能な現象」だと思い込んでたのか……。
     そして、氷の道を走って来たトラックは次々と、この島に上陸した。
     内2つには工事用のブルドーザー兼バックホーに見えるモノが載っている。……だけど良く見ると違う。
     窓は小さい代りにあっちこっちにカメラが搭載されている。
     前面のブレードは、やたらブ厚い。
     ショベルの代りに付いているのは、頑丈そうなマジックハンド。
     良く見ると「腕」も油圧式じゃなくて、電動式の人口筋肉が使われてるらしい。
     そして、結構大きい機関銃まで取り付けられている。
    「な……なに……あれ……」
    「もうすぐ、この『島』に到着するヤツの相手には……あれでも不安だけどね……」
    「おい、エテ公。チビ介の応援に行くぞ」
     トラックの1つの運転手がそう言った。
    「君は残ってくれ……。あの『魔法使い』2人が目を覚ました時に、君が居た方がいい」
     そう言うと猿神ハヌマンさんはトラックの方に乗り込んだ。
    関口 陽(ひなた) (8) 強化服「水城みずき」。
     民生用強化服の中でも、かなりの高級モデル。
     名前の由来は、福岡県内……たしか太宰府あたり……の地名
     設計したのは、北九州の門司もじに本社が有る会社だが、韓国や東南アジアでのライセンス生産が大半らしい。
     そのせいで「基本的に国内生産」と云う条件が付く、対異能力者広域警察「レコンキスタ」の中でもエリート部隊「レンジャー隊」の制式装備には選ばれなかったって話だが、性能だけなら、レンジャー隊用の強化装甲服を上回る。……ただし、値段も、それ相応。
     ここまでは「本土」の連中でも知ってる話だ。
     けど、この強化服は、日本各地に点在する4つの「紛物まがいものの東京」では、ある男のシンボルだった。
     警察に代って、「紛物まがいものの東京」の治安を維持している「自警団」の中で最初に出来た……千代田区Site01「秋葉原」地区の「サラマンダーズ」の初代リーダー……石川智志さとしが愛用していたのが、この「水城みずき」だ。
     「秋葉原」の2つ目の自警団「Armored Geeks」のリーダーの目の前に、1台の4輪バギーが停止した。
     それに乗っていたのも……。
    水城みずきが2つ?」
    「でも……何か、外見が微妙に違うような……」
    「ああ、あっちはアンチNBCモデルだ」
    「えっ?……NBC?」
    「ああ、放射能・有害微生物・有害化学物質に汚染された場所で使用する為のタイプで……単純な馬力は、あっちのヤツが着てる通常型の3割増しだ」
     言われてみれば、顔に有る防毒・防塵マスクらしい部品は大きく、表面の金属装甲は多め、背中のバックパックもデカい。
     ともかく、私達の目の前には……他の自警団からさえ一目置かれてた男の……と云うか、古臭い言い方だが、漢字の漢と書く方の「英雄おとこ」の象徴を着装まとったヤツが2人対峙していた。
    「てめぇ……誰だ? 誰に断わって、その格好をしてやがる?」
    「話は聞いてる……。こいつを使ってた……この『島』では英雄扱いされてる男の出来の悪いドラ息子だそうだな」
     二十代か……三十代前半ぐらいの女の声。
    「『誰に断わって』か……面白い事を言うな。この『島』のローカル・ルールでは英雄の象徴かも知れないが、外の世界では、どこにでも有る量産品だ」
    「ふ……ふざけ……」
     「秋葉原」のヤツが自動小銃を、もう一人の「水城みずき」に向けた瞬間、突如、横から吹いてきた銀色の突風がヤツを吹き飛した。
    「おい、お前らのリーダーの命が惜しければ……全員、武器を捨てて、両手は頭のうしろ、そしてひざまずけ」
     気付いた時には、「秋葉原」のリーダーは地面に倒れ、3人の……「にん」でいいのかは不明だが、一応は3人に取り囲まれていた。
     「水城みずき」を着装まとった女の手には、「秋葉原」の連中が使ってた自動小銃より遥かにデカい銃が、黒いコートに中国の京劇の孫悟空風のペイントがされたフルヘルメットのヤツの手には、強化服でも貫けそうなゴツい弓矢が握られていた。
     そして3人目は……そうだ……「有楽町」で警察の特殊部隊を壊滅させたヤツに良くにた……けど……どこか微妙に違う銀色の狼男だった。
    「おい……チビ……あの『水城みずき』の女……お前の親類か何かか?」
    「ノーコメントだ。だが、何故、そう思った?」
    「人をイラツかせる物言いがクリソツだ……」
    関口 陽(ひなた) (9) 「秋葉原」の連中を拘束し終るのと、ほぼ同時に、携帯電話Nフォンから通知音。災害通知アプリのものだった。
    『Neo Tokyo Site01 秋葉原地区で複数名の異能力者と自警団の武力衝突が発生』
    「始まったようだな……」
     チビがそう言った。
     WEB配信されている「秋葉原」の街頭監視カメラの映像には、改造された土木工事車両と、何人と言うべきか、何匹と言うべきかは判らないが……ともかく、銃器を手にしている……これは……本当に起きてる事なのか?
     河童……少なくとも、そうとしか呼べない外見の奴らが、ある者は自動小銃で工事用重機を撃ち……また、ある者は……。
     バズーカ砲を担いでるヤツに、迫撃砲を設置しようとしてるヤツ。
     くどいようだが、それをやってるのは、信じ難い事に河童どもだ。
     更には……「気」や「使い魔」はカメラに写らないので確かな事は言えないが……「焦点具」らしき武器を手に、呪文を唱えているらしい……おそらくは「魔法使い」達。
     「秋葉原」の1つ目の自警団「サラマンダーズ」と本土からやって来たヤクザ達が戦っていて……更には、「秋葉原」のもう1つの自警団「Armored Geeks」を裏から操っていたらしい「神保町」の自警団「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」までもが、形振なりふりり構わず抗争に介入しようとしている。
     九段の自警団「英霊顕彰会」に雇われている同業の女も携帯電話Nフォンで誰かと……多分、雇い主と連絡を取っている。
    「仲間を助けに行く気か?」
     チビが、私に声をかけた。
    「ああ……」
    「だが、左腕は本調子じゃないだろ、? いいモノを持って来てもらった。来い」
    「何だ? いいものって?」
     チビの仲間のモノらしいトラックの中には……。
    「お……おい、これ、使わせてくれるのか?」
    「ああ、ただ、銀色の方は、私用に調整されてる上に、あんたじゃサイズが合わないだろ……。しかし……聞いてないぞ……こんな……」
    「そりゃいい。こっちの方が好みだ」
    「誰だ? この阿呆っぽいファイアーパターンのペイントをやったのは? アメリカあたりのマッチョ気取りのバカ男どもが乗ってる時代遅れの車か?」
    「えっ? 私……好みだけど……」
    「はぁっ?」
    「『はぁっ?』って、何が『はぁっ?』だよ?」
     そこに有ったのは、銀色で、のっぺりした顔の強化装甲服と、派手なファイアーパターンのペイントがされた水城みずき
     そして、チビが「ガジくん」と呼んでたヤツと同型の同じくファイアーパターンのペイントがされた三輪バイクトライク
    「ところで……私が貴方達に協力したとして……報酬は出るんですか?」
     そう言って来たのは、「英霊顕彰会」に雇われてる同業。
    「あんたの今の雇い主からは、どう云う指示が出てるんだ?」
    「『秋葉原』の騒動がどうなるか判らないので、雇い主の本部に、すぐに、駆け付けられる場所で待機」
    「なら、今の雇い主の指示に従うなり、私達に協力するなり、好きにしてくれ。報酬については、あっちで作業してる眼鏡に水色の作業着の中年男が責任者だ。あの人と自分で交渉してくれ」
    「なるほど……こっちの方が面白そうなので……報酬の折合いが付けば協力するのも悪くないでしょうね」
     そう言いながら、チビは、ライダースーツを脱いで、強化装甲服のインナーらしき服に着替える。
     羞恥心は無いのか? と言いたい所だが、下着は、下着だと云う先入観が無ければスポーツウェアか何かと勘違いしそうな迷彩模様のスポーツブラとショーツ。
     ついでに、周囲に居るチビの仲間らしい連中は、男も女も、チビが下着姿になっても、別に何とも思ってないらしい。どうなってんだ一体?
    「そこに有るのが、水城みずきのインナーだ」
    「ああ」
     その後、チビの仲間らしい連中が水城みずきの装着を手伝ってくれた。
     両眼立体視型のヘッドマウント・ディスプレイを付け、ボクシングなんかで使うマウスピースみたいなのを咥え、防毒・防塵マスクを付け、宇宙飛行士がヘルメットの下に付けるような「帽子」を被り……その間に、水城みずきの装甲が着装され……。
    「制御AIを起動します。起動完了……カメラからの映像は見えてますか?」
     着装を手伝ってくれていた眼鏡の……私とそう変らない齢の女の子が、ノートPCを操作しながらそう聞いてきた。
    「ああ……」
    「ええっと、Yes/Noが判るように言って下さい」
    「Yes」
    「無線の音声のテストします。聞こえたら、聞こえたって言って下さい」
    『無線音声テスト、聞こえますか?』
     今度は若い男の声。
    「えっと……聞こえます」
    「外部の音も問題なく聞こえてますか?」
    「え……はい」
     一方、チビの方の強化装甲服の着装も終っていた。
    「護国軍鬼4号鬼、制御AI起動……」
     チビはそう言っていた。
    「着装者……ニルリティ……」
     数秒後……待て……何だ……この「鎧」は?
     霊力・呪力……そんなモノを感じたが……何かが違う……「魔法」「呪術」と呼ばれている、私達が使っている「術」とは……何かが……言いようのない違和感が有る。
     そして、その霊力みたいな力も変だ……。光と闇、清と濁、暖さと冷たさ。2つの相反する力が入り交じっている……ような気がする。
     何なんだ? この「鎧」は……。
    「えっと……『本土』の『御当地ヒーロー』は……コードネームで呼び合ってるみたいだけど……それが、お前のコードネーム?」
     何を聞くべきか判んないまま……私がやったのは……自分では、大した意味が有るとは思えない質問だ。
    「ああ……。今後は『チビ』じゃなくて、この名前で呼んでくれ」
    「な……なんて言うか……『正義の味方』らしくないコードネームだな……」
     ニルリティ……その意味は……たしか……サンスクリット語で「羅刹」の別名だった。
    「どう云う意味か判るのか?」
    「一応は、密教系の呪術師なんでな」
    「二十数年前、日本で最初に『御当地ヒーロー』を始めた人のコードネームが……『ラーヴァナ』……羅刹の王だ。そして、その人こそが、私の師匠の1人だ」
    護国軍鬼・零号鬼:戦後混乱期 ここまで笑えない冗談も、そうそう無い。
     何故、日本を憎んでいる俺が、日本人に間違われたのだ?
     俺は、満洲に進撃してきたソ連兵に追われていた。
     正面から立ち向かえば、何十人・何百人だろうと敵では無い。
     これだけは、高木美憲よりのりに感謝すべきかも知れない。
     だが、いくら異能の力の中でも更に桁外れの力を使えるようになってはいても、肉体は普通の人間である事に変わりは無い。
     遠方から狙撃されれば死ぬ。
     毒ガスでも死ぬ。
     地雷でも死ぬ。
     俺が得た普通でない力は、その力を知られていない場合こそ有効に使える。
     逆に、俺が普通でない力を持っていると知った相手は……その「力」の正体までは推測出来なくとも、遠くから俺を殺す手を考えるか……さもなくば、俺が居る町や村ごと滅ぼす方法を考えればいい。
     それが、この数年で学んだ事だった。
     とは言え、高木美憲よりのりに与えられた力など無くとも、ソ連兵だろうが日本兵だろうが、俺から見れば、とんだノロマ揃いだと云う事に違いは無かった。

     ある者は狙撃で。ある者は暗闇から近付いて喉笛をかっ切り、ある者は高木美憲よりのりから与えられた異能の力で。
     ソ連兵は次々と俺に殺される仲間を見捨て、撤退した。
     幸か不幸か、自分の仲間がたった1人に殺されたと気付かれてはいないようだ。
     異能の力を得たとは言え、腹は減るし、喉は乾く。たまには酒も飲みたくなる。
     俺は、ソ連軍の部隊が徴用し、本部代りに使っていたこの町の役所に入った。
     もし、食料を残していれば、頂戴しようと思ったのだ……。
     そして、そこで日本人の母娘に出会った。

     役所の建物の一室に、その母娘は監禁されていた。
     母は三十半ば。娘は……十五より下だろう。
     マトモに話しが出来るまで、数日かかった。
     どうやら、この2人は、満洲に入植した農民で、母親の亭主、娘の父親は、敗戦時の混乱で命を落し……そして、一緒に逃げていた他の日本人達は、自分達が助かる為に、この母娘をソ連兵に差し出したらしい……。
     日本人は好きになれんが……もっと好きになれん日本人が更に増えた。

     成行きで、俺は、この母娘を護って、日本に行く事にした。
     そう言えば……俺は日本を憎み続けながら、一度も、日本がどんな所か見た事も無かった。
     一度ぐらい見ておくのも悪くない。
     旅を始めた時は、呑気にもそう思っていた。
     あんな最悪な結末が待っているなどと夢にも思わず。

     大連の港に到着する頃には……この母娘の顔に時折、笑顔が浮かぶようになっていた。
     ようやく、この母娘を日本に届けて間も無く……娘の方がソ連兵の子供を孕んでいる事が判った。
     そして、月足らずで、娘と、その腹の中の子供の両方が死んでしまった。
     母親と共に俺も泣いた。成行きで共に旅をする事になっただけの娘の死に、何故、俺が泣くのか、俺自身も判らぬままに。
     故郷でのあの戦いの時の、数多の同胞達の死にも涙を流さなかった俺が……。
     虹の彼方に住まう我が祖先の霊達よ……この娘は我が同胞ではありませんが……どうか、この娘の魂を受け入れ……安らぎを与えて下さい。
     この娘は……生きている間は苦しみと哀しみの中に有りました。せめて、死後だけは……。
     そう祈り続けた。

     たった一人の肉親を失なった母親を放っておく訳にも行かず……俺と娘を失なった母親は日本各地を彷徨い……。
     母親は、東京に近い成田とか言う場所で、新しい生活を始めた。
     満洲に入植した者達に、国が、その辺りを農地として与える事になったらしい。
     母親の新しい生活が軌道に乗った頃、俺は再び日本を気儘に彷徨う事にした。
     いつしか、この女を大事には思うようになっていたが……その気持ちは、おそらく色恋ではない。
     そんな気がしていたのだ。
     この女とは、成行きではあるが戦友となったのだ……そうだ、この女に対して感じていたのは、故郷で共に戦った同胞や、身を寄せていた朝鮮人のゲリラに対して感じていたのと同じ想いだ。娘の死から立ち直るまで、この女は、俺が経験したどんな戦いよりも厳しい戦いを続けねばならなかった。そして、俺は、戦いを強いられる事になる女に……偶然では有るが寄り添う事になった……。
     役目を終えた俺は戦友の元を離れた。俺は、平和な世界に戻った者の側に居るべき人間では無い。その自覚だけは有った。
     ただ、日本で生きていく為の名前だけは……亡くなった娘の名を使わせてもらった。
     わたりみのる。それが、俺が日本で生きていく為に使う偽名だった。
    便所のドア Link Message Mute
    2021/08/28 23:42:47

    第二章「熱血街頭 ― HIGH & LOW ―」

    日本各地の4箇所に存在する「紛物の東京」の1つ、壱岐諸島と佐賀県唐津市の間の海上に作られた人工島「Neo Tokyo Site01」……通称「千代田区」。
    その「島」を構成する4つの地区の1つ通称「秋葉原」の新興自警団「Armored Geeks」と「本土」の御当地ヒーロー、そして「千代田区」を縄張りにしようと目論む「本土」のヤクザの3つ巴の抗争が始まろうとしていた。
    だが……「Armored Geeks」も、更にある者達により、裏から操られているらしく……?
    他のサイトに投稿したものの転載です。

    #オリジナル #伝奇 #異能力バトル #ヒーロー #ディストピア #魔法少女 #パワードスーツ

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