イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    第三章「全面開戦 ― Parabellum ―」The Creature玉置レナ (1)高木 瀾(らん) (1)関口 陽(ひなた) (1)緋桜 (1)高木 瀾(らん) (2)関口 陽(ひなた) (2)関口 陽(ひなた) (3)高木 瀾(らん) (3)関口 陽(ひなた) (4)関口 陽(ひなた) (5)関口 陽(ひなた) (6)高木 瀾(らん) (4)高木 瀾(らん) (5)関口 陽(ひなた) (7)緋桜 (2)緋桜 (3)眼鏡っ子 (1)高木 苹采(ほつみ)眼鏡っ子 (2)護国軍鬼・零号鬼:二〇世紀末まで秋光清二 その時に羅刹女達が姿を現わした。
     一人目の名は藍婆絆を束縛に変える者。二人目の名は毘藍婆絆を断ち切る者。三人目の名は曲歯。
     四人目の名は華歯。五人目の名は黒歯。六人目の名は多髪。
     七人目の名は無厭足。八人目の名は持瓔珞。九人目の名は皋諦天地を自由に駆ける者
     十人目の名は奪一切衆生精気。
     この十羅刹女は鬼子母神とその子供達・眷属らと共に仏の元に詣でた。

     私達の呪文にしたがわ
     説法者を悩ませ続ける者が居たならば
     その者の頭は破れ、阿梨樹の枝のように
     七つに割れる事でしょう。
     私達に助けを求めた僧侶に危害を加える者は
     肉親を殺した者や
     他人を騙して利益を得た者や
     仏を裏切った提婆達多のように
     然るべき報いを受けるでしょう。

     法華経・陀羅尼品よりThe Creature どうなっている?
     ヤツか? 「本物の関東」で俺を追っていたヤツが、ここまで来たのか?
     それとも……俺のような存在を作り出せる者達は……あの「賢者ワイズマン」を名乗っている狂人が考えているよりも、沢山居るのか?
     この「島」に居る……3人……。内1人は……俺と同じ……光と闇の両方の力を持つ者……。
     どうするのが正解だ?
     俺の命を握っている、あの狂人を出し抜いて自由になるには……。
     どうすれば……。
     もし……あの狂人の予想が外れて……この鋼の巨人を操れる者が、この島にも居るとしたら……。
     冗談じゃない。俺が、俺と同等の力を持つ者と戦う……あの狂人が吠え面をかくのは大歓迎だが、その代償が、俺の身の安全となれば話は別だ。
     いや……待て……まだ居る……。
     距離と方向からして……九州本土に……2人。……またしても内1人は……。
     そして……空から俺を追って来ている……俺と同じ……光と闇の両方の力を持つ者が……。
     ふざけるな……。
     何が無敵の力だ?
     アイツは俺を騙していたのか? それともアイツも知らなかったのか?
     落ち着け……そして考えろ……。
     アイツは何を知っていて、何を知らない? そして……どうすれば……俺に力を与えてくれたモノと共に俺の体に埋め込まれた爆弾を解除出来る?
    玉置レナ (1) この感じは……初めて、あたしと同じ「力」を持った人と会った時と同じ……でも……。
    「ま……まさか……」
     あたしと同じ「力」を持ってる瀾の妹も、その「何か」を感じたようだ。
     「神」を名乗る化物の力を得てしまった「誰か」。それが、この近くに新たに2人も現われた。
     1人は……どこからともなく、方向と距離からして、島のほぼ中央に突然出現し……。そうだ……瀾が、今、居る辺りに……。
     もう1人は……この島に、今、近付きつつある。
    「聞いた時は……冗談だと思ったけど……」
    「何か知ってんの?」
    「1人は瀾ちゃん……。もう1人は……『国防戦機・特号機』とかのパイロット……みたい」
    「どう云う事なの?」
    「あたしの先祖が……あたし達みたいな『神の力』を普通の人間に移植する方法を見付けたらしいの……第二次世界大戦の少し前にね……」
    「ど……どうやって?」
    「わかんない……」
    『あの……「お姫様」……そんな事って……?』
    『可能かどうかさえ判りません。少なくとも……可能だとすれば……それは……人間が言う所の「魔法」でも「科学」でも無い方法である可能性が高いとしか……』
     あたしに取り憑いてる「神様」から返って来たのは答にならない答。
    「あたしの先祖は……『神の力』を移植した改造人間を作り……そして、二一世紀になって、あたしの親類が、その方法を改良して……改造人間じゃなくても、一時的に『神の力』を使えるようになる『鎧』を作った……」
     そうか……そう言う事か……。
     今年の夏のあの事件の時に見た、本土の御当地ヒーロー「護国軍鬼」の写真……バッテリーその他のエネルギー源らしきものが見当らない強化装甲服パワード・スーツ……あれは「神の力」で動いているモノだったのか……。
    「な……何が起きるんだよ、これから、この『島』で……」
    「まぁ、良く有る事かな? あたしと瀾ちゃんは初体験じゃないし」
    「はぁっ?」
    「クサい言い方だけど……『神々の戦いラグナロク』の始まりかな?」
     一つ言える事が有る。瀾の妹は、瀾以上の変人だ。
     さもなくば……瀾の妹だけじゃなくて、あたしも含めて、「『神様』に取り憑かれた」と云う異常な状況に順応すると……必然的に変人になってしまうだけなのかも知れない。
    高木 瀾(らん) (1)「ここ何ヶ月か、何やってたの?」
     「護国軍鬼」を作った「工房」のスタッフの1人がそう聞いてきた。
     表の顔は、苹采ほつみ姉さんの会社の部下。よりにもよって、苹采ほつみ姉さんが理学部ヘイターと化した原因であるQ大理学部の研究者と同じ研究室の出身らしい。
    「判ります?」
    「マズいよ。先読みの成功率が八〇%台にまで落ちてる」
     言われてみれば、そうだ。
     この「鎧」を使うのは数ヶ月ぶり……。
     そして、「鎧」の制御AIには、私の動きを事前に予測する機能が有るが、そのAIからすれば、私の技量うでが上がるのも落ちるのも、私の動きのパターンが変ったと云う点では違いなど無い。
     「鎧」のAIの学習データと、今の私の動きの間に相違が生じてきている。
    「ちょっと……新しい技を……まだ、成功率は5発3中ぐらいですが……」
    「その『新しい技』を身に付ける為の訓練のせいで、君の動きのパターンが変った可能性が高い、って事?」
    「ええ……」
    「『先読み』は切っておく? 多分、一番シビアな状態の時こそ、先読み失敗で事態が大きく悪化するよ」
    「このまま行きます。マズいと思ったら、そっちの判断で切って下さい」
     数ヶ月ぶりに着装した私の「分身」は、最早、「今の私の分身」ではなく「過去の私の分身」と化していた。
     私は、一緒に「秋葉原」に殴り込みをかける他の4人の元に歩いていった。
     私の兄貴分で先天的超身体能力の持ち主であるコードネーム「猿神ハヌマン」。
     私の同級生で身体能力だけなら「猿神ハヌマン」を上回る変身能力者・コードネーム「早太郎」。
     そして……。
    「ところで、何て呼べばいいんだ?」
     私は「水城みずき」を着装まとった2人……関口と苹采ほつみ姉さんにそう聞いた。
    関口 陽(ひなた) (1) 着てみて、ある事に気付いた。
     この強化服そのものが一種の「護符」になっている。
     しかし……。
    「これって、防御用の魔法か呪術がかけられてますよね? でも、何か、おかしいつ〜か、面白いつ〜か……」
     私は、もう1人の「水城みずき」にそう聞いた。
    「いや……その手の事は良く知らないけど……どうやら、『魔法とかを防ぐ』よりも『気配を隠す』方を重視した防御魔法がかけられてる、って聞いてる」
     いや、確かにその通りだ。しかし……。
    「それって、その……」
     どう考えても、「並の防御魔法では防げない霊的攻撃をしてくる相手」と遭遇する可能性が高い、と……少なくとも、こいつらの指揮官は考えているらしい。
    理由わけは、こっちが心配してる事態が本当に起きたら説明する……。けど、もし……万が一……『九段』だっけ、あそこの『死霊使い』達が飼ってる『死霊』が飼い主の手を離れて暴走しても、気配を隠す魔法でやり過ごせ……って話だ」
    「えっ?」
     お……おい、何が起きようとしてるんだ、一体?
    「ところで、何て呼べばいいんだ?」
     その時、「チビ」改め「ニルリティ」が、そう声をかけた。
    「『何』って何?」
    「私がお前を本名で呼んでる所を、誰かに見られてマズい事になってもかまわないなら、本名で呼ぶけど、その後の面倒までは見る事は出来ないし、見る気もない」
    「……あぁ、そう云う事か」
    「まさか、私もか?」
     もう1人の「水城みずき」も「ニルリティ」にそう聞いた。
    「そもそも、何で、『工房』のメンバーが強化服パワードスーツ着て殴り合いをしようとしてるんだ?」
    「悪いか?」
    「そっちのコードネームは『工房』のメンバーとしてのモノだろ」
    「急ぎだ。コードネームはいつものを使う」
    「じゃあ、コードネームを確認する。『羅刹女ニルリティ』」
    「早太郎」
     そう言ったのは銀色の狼男。
    猿神ハヌマン
     黒いコートに京劇の孫悟空風のペイントのフルヘルメットの男。
    「北の港のカフェの副店長」
     もう1人の「水城みずき」。
    「へっ?」
     どうやら、その「北の港のカフェ」ってのが「工房」とやらのコードネームで、そこの№2って事なんだろう。
    「残るはお前だ。早くコードネームを決めないと本名で呼ぶぞ」
     どうも、インド神話系のコードネームが多いらしい……なら……。
    「えっと……火神アグニ……」
    「却下」
    「何でだ?」
    「残念だが、仏教の護世八天の名前は、ほぼ全部、こっちの中でも大物クラスのコードネームとして使われてる。一時的な呼び名でもまぎらわしい」
     一応、私の守護尊は金剛蔵王権現だけど……日本でデッチ上げられた神様なんで、サンスクリット語の名前が無い。
    「なら、大元帥明王アータヴァカで」
    「よし、じゃあ、呼び名も決ったんで、行くぞ。あと、何か言われた時の返事は『ああ』『うん』とかじゃなくて、Yes/Noが判るような返事をしてくれ」
    「わかった……」
    「どうした? 気になる事でも有るみたいだが……」
    「いや……私のコードネームについて、何か嫌味を言われるかと思ったんでな……」
    「言って欲しかったのか? コードネームと実力が釣り合ってない、とか」
    緋桜 (1)「レナさ〜ん、病人の片方が目を覚ましたよ〜」
     意識を取り戻して、最初に耳に入ったのは、その一言。
    「……ここ……どこ? あと、誰?」
     それほど大きくない部屋に仮眠ベッドが2つ。
     1つにはボクが……もう1つには、ボクを助けようとしてくれた2人組の女の子の片方。
     声の主は知らない女の子。
     革ジャン。男物のシャツ。厚手のズボン。見た目より頑丈さ重視っぽい革のブーツ。
     何とも独特の感じの太めの眉にショートカットの髪。
     声で女の子だと判ったけど、美少女と云うより美少年風の顔。
    「あ……あれ? 今……何時?……えええええっ⁉」
     もう1人の女の子も目を覚ました。
    「あ……あの……それと、あたしの眼鏡はどこに?」
    「無くても大丈夫でしょ」
    「い……いえ、その……そんな事は……」
    「まぁ、は返してもいいかもね。はともかく」
    「知ってたんですか……?」
    「まぁ、どっちみち『秋葉原』には戻れないけどね」
    「えっ?」
     そう言いながら入って来たのはボクを助けてくれたもう1人の女の子。
    「あんた達が意識を失なってる間に起きた事を説明すると……『銀座』港は壊滅。普通の方法じゃ『島』の外には出られない」
    「あ……あの……じゃあ、ボク、当分、帰れないの?」
    「そもそも、どこから来たの?」
    「……台湾」
     ボクを助けてくれたおね〜さんと、知らない女の子は顔を見合せる。
    「あ……あの……じゃあ、『秋葉原』は?」
     そう聞いたのは、ボクの隣のベッドに居た女の子。
    「『本土』のヤクザと、同じく『本土』御当地ヒーローと、複数の『自警団』がドツキ合い中」
    「ええええっ?……あの勇気さんと……」
    「ねぇ、所でさ、『Armored Geeks』のメンバーって、何人ぐらい?」
    「部外秘で……熱っ⁉」
     何が起きたんだ?
     「気」や「霊力」は全然感じなかったのに、隣りで寝てた女の子の首筋から薄く煙が上がり火傷が出来る。
    「正直に言ってもらえるよね?」
    「あと、あたし、人の心が読めるんで、嘘言ったらすぐ判るよ」
     どうなってんだろ?
     ボクを助けてくれた2人は仲間同士じゃないのか?
    「えっと……前線メンバーが三〇人弱でぇ、後方支援要員が十五名ほどぉ……」
     さっきよりカン高い声で、目を泳がせながら答える隣のベッドの女の子。
    「聞こえた? 『Armored Geeks』の本部に居るのは、最大でも戦闘員が十名そこそこプラス非戦闘員」
     ボクを助けてくれたおね〜さんが、どこかに連絡。良く見ると片方の耳には、マイク付きの小型イヤフォン。
    「あの……ボク、その……『九段』で探し物が有るんだけど……」
    「何?」
    「ええっと……第2次世界大戦前に、台湾から日本に持ち込まれたモノが有って、それの本当の持ち主は、ボクの先祖で……」
    「それが、今、『九段』に有るので、取り戻しに行こうとしてた、と」
    「1人で?」
    「……う……うん……。それを取り戻すのが、少し前に死んだ、お祖父ちゃんの夢だったんだ……」
    「えっ? 音声をスピーカーに切り替え」
     その時、何かの連絡が入ったらしい。
    『台湾? ひょっとして、直径一五㎝ぐらいのほぼ球形の翡翠の玉か? たしか、大地の「気」を集める効果が有るとか云う、台湾先住民のセデック族の……』
     二〜三十代の女の人の声。
    「な……何で知ってるの?」
    『それは……日本に持ち込まれた後、更に、旧満洲国に渡り……あるモノを作る実験の為に魔改造されて……不要になった後、旧・靖国神社の宝物庫に納められた』
    「だから……何で知ってるの? あと……魔改造って何?」
    『大地の「気」を集める力を「死霊」を集める力に変えられた……を作り出す為に……。しかし、その兵器の動力源は全く別の方法で開発され……その玉を含めて、日本・朝鮮半島・台湾の各地から集められ死霊を呼び出す呪具に魔改造された複数の呪具は、旧・靖国神社が引き取る事になった』
    「ま……まさか……その……」
    『そうだ……。「九段」の自警団が「死霊」を呼び出すのに使っているのは……旧・大日本帝国陸軍の特務機関「大連高木機関」「哈爾浜高木機関」の実験の産物だ』
    「高木?」
    「あと……死霊って……まさか……」
    「何が……どうなってんだよっ?」
    『「九段」に有る大量の「死霊を呼び出す呪具」の完成品を使った「兵器」が……既にこの島に1つ有る。そして、もう1つが、間も無く、この「島」に上陸する』
    「また……怪獣大戦争か……。ところで、3つ目は何者なの?」
    『3つ目……待て、何だ、そりゃ?』
    「空から、この『島』に近付いて来てるよ……『護国軍鬼』と……あと『国防戦機・特号機』とか云う名前のヤツに良く似た……『死霊』と『太陽』の2つの力を持った『神様モドキ』が……もう1つ」
    高木 瀾(らん) (2) 自動小銃を持った河童は、私を見た途端に唖然とした表情になった。
    「……か……若頭カシラっ⁉」
     どこかに無線で連絡を入れようとしていたようだが……次の瞬間、私の手は、そいつの頭を掴み……そして、「鎧」のてのひらの端子から、そいつの体に電流が流れる。
    「わ……我が……前方にラファエル……。我が後方にガブリエル」
     横の方に何かの呪文を唱えている「魔法使い」。
     私は拳銃を抜くと威嚇射撃。
    「うわあああっ‼」
    「まさか『呪文を唱えてる最中に卑怯だぞ』なんて言わないよな?」
    「うわあああっ⁉ 何でだっ⁉ ぎゃぁっ‼」
    「おい、どうなってる?」
     一緒に行動してる大元帥明王アータヴァカがそう言った。
    「えっ?……ああ、こいつが何かやったのか?」
     私は、電撃で……意識は有るが呪文を唱えるのは多分無理な状態になってる「魔法使い」の首根っこを掴んで持ち上げながら、そう言った。
    「み……見えなかったのか?」
    「この『鎧』は……大概の霊的攻撃を防げる……代りに、着装してる間は、大概の霊的存在を認識出来なくなる……らしい」
    「どう云う『鎧』だ?」
    「説明は後だ。この手のモノを使った事は?」
     そう言って私は、河童が持っていた自動小銃を大元帥明王アータヴァカに差し出す。
    「ごめん……無い……えっ?」
    「また……てめえか……」
     怒りと呆れが混った中年男の声。
    「元気そうで何よりだ」
     そこに居たのは……白銀の狼男だった。
    「こ……こいつ……まさか……」
    「そうだ。味方じゃない方だ」
     次の瞬間、大元帥明王アータヴァカは何か呪文を唱え……。
    関口 陽(ひなた) (2) 銃弾と魔法が飛び交う混乱状態。
     それが、今の「秋葉原」だ。
     早速、自動小銃を乱射している河童と、それに何かの魔法をかけようとしていた「神保町」の「魔法使い」の戦いの場に遭遇した。
    「ちょっと行って来る」
     「羅刹女ニルリティ」は乗っていた青い三輪バイクトライクから降りると……。
     轟音。
     「羅刹女ニルリティ」の「鎧」の背中と脹脛から……何か……炎のようなモノが吹き出る……。
     いや……炎じゃない……。何だ、アレは……?
     霊的なモノらしいので、他の人間も同じに見えるとは限らないが、私には、それが炎に焼かれる無数の死霊に見えた。
     もの凄いスピードで、自分達に接近している「羅刹女ニルリティ」に気付いた河童は……唖然とした……いや、河童の表情が人間と同じかは判らないが、少なくとも唖然としているように見える表情になり、どこかに無線で連絡。
     しかし、それが終らない内に、「羅刹女ニルリティ」の手が河童の頭を掴み……微かな光……そして、河童の体から力が抜け、自動小銃は地面に落ちる。
    「わ……我が……前方にラファエル……。我が後方にガブリエル」
     それを見た「神保町」の「魔法使い」は呪文を唱える。動き易くラフな格好の三十前後の男だが、ダークグレイのフード付のブルゾンには防御魔法が、手に持ってる実用性皆無のデザインのナイフは明らかに「魔法武器」「焦点具」、そして、そいつの「気」も、そこそこの「量」で、しかも「気」を武器として操れる者に特有の「パターン」が有った。
     「羅刹女ニルリティ」は「魔法使い」に威嚇射撃。
    「まさか『呪文を唱えてる最中に卑怯だぞ』なんて言わないよな?」
     おい、何、呑気な事を言ってる?
     ヤツの「使い魔」……オレンジ色の巨大なコブラに見えるモノは既に召喚が終って……。
    「うわあああっ‼」
     とは言え「魔法使い」も、どこの誰か判んないヤツが、いきなり現われた挙句に銃撃してきて、流石に慌てているようだった。
     オレンジ色のコブラは口を開け、かなり強力な「気」を「羅刹女ニルリティ」に吹き掛け……。
     何も起きなかった。
     そして、一瞬の後、「神保町」の「魔法使い」の方も、を理解したようだった。
    「うわあああっ⁉ 何でだっ⁉ ぎゃぁっ‼」
     「羅刹女ニルリティ」は悠々と「魔法使い」の元まで歩いて行って、軽く掌底突き。河童の時と同じく、わずかな発光……おそらくは電撃だ。
    「おい、どうなってる?」
     顔は見えないが、一瞬、キョトンとした事だけは推測出来た。
    「えっ?……ああ、こいつが何かやったのか?」
    「み……見えなかったのか?」
     おかしい……。あの使い魔は、そこそこ程度のヤツで、しかも、気配を隠すような真似はやっていなかった。霊感ゼロのヤツでも気配ぐらいは感じる筈だ。
    「この『鎧』は……大概の霊的攻撃を防げる……代りに、着装してる間は、大概の霊的存在を認識出来なくなる……らしい」
    「どう云う『鎧』だ?」
     妙な「鎧」だ……。まるで、チート能力を与える代りに、「何か」を奪ってしまうような……。
     「科学」の産物では無いのは確かだ。同時に「魔法」の産物でも無い。こんな「鎧」を作る「魔法」など聞いた事は無い……。
     まさか……与太話だと思っていた、あれは、本当だったのか?
     「魔法」に似て非なる……そして「科学」とも異なる「何か」……「魔法使い」にとっての「魔法使い」……「超能力者」にとっての「超能力者」……そうとしか呼べない「何か」が存在している、と云う……。
    「説明は後だ。この手のモノを使った事は?」
     「羅刹女ニルリティ」は、河童から奪った自動小銃を私に渡そうとする。
    「ごめん……無い……えっ?」
    「また……てめえか……」
     「羅刹女ニルリティ」の背後に、そいつが居た。
    「元気そうで何よりだ」
    「こ……こいつ……まさか……」
    「そうだ。味方じゃない方だ」
     呼吸を整え、平常心に戻るまで、何秒かかっただろう。
     心の中で、私の守護尊・金剛蔵王権現の「種子」を描く。
    「オン・バキリュウ・ソワカっ‼」
     下腹部に「気」を溜める。
    「吽っ‼」
     気弾は、その「狼男」に命中した。
     続いて、「羅刹女ニルリティ」が、狼男を攻撃。
     私に見えたのは3つ。
     まず、銃撃。続いて蹴り。更にフックのように狼男の首を殴り付け……いや違う……「羅刹女ニルリティ」の手首に刃が出現していた。殴ると見せ掛けて、その刃による斬撃。
     轟ッ‼
     もの凄い風切り音と共に狼男の蹴り。
     「羅刹女ニルリティ」は吹き飛ばされ……。
    関口 陽(ひなた) (3) いや、吹き飛ばされたのでは無い。
     「羅刹女ニルリティ」は宙返りをすると着地。何事も無かったかのように立ち上がる。
     私は、狼男を。「見る」ではなく「」。
     狼男も、私にて、「何か」を感じだようだ。怪訝そうな表情……狼男の「怪訝そうな表情」が、どんなモノかは説明しづらいが、ともかく怪訝そうに見える表情だ……になる。
     「」とは、要は、相手の「気」を探る事。「」事で、ほんの誤差程度だが、相手の「気」に影響を与える。「魔法」の訓練をしていなくても、何かを感付くヤツは居る。
     とんでもない「気」の量だ……。「魔法」の訓練は受けていない……。しかし……喩えるなら、私が、魔法でこいつを攻撃するのは……軽量級の格闘家が、体重百㎏オーバーの格闘家ではないが一流アスリートに喧嘩を売るようなモノ。
     パンチが当たっても効く筈が無い。相手が格闘の素人でも投げ飛ばせる訳は無い。寝技・関節技は力づくで破られる。
     こいつらの同族が、もし、私と同じ稼業を志し、十年か二十年、真面目に修行したなら……技術はともかく、私が所属している「自警団」の幹部「七福神」3〜4人分の「気」量を持つ化物が誕生するだろう。
    「魔法は効かんようだな……」
    「みたいだ……そっちの攻撃も……」
    「ああ、あいつは相手の攻撃に合わせて、体毛の物理特性を変えられる。相手が打撃を使おうとしているなら、打撃を防ぐのに向いたモノに、斬撃を加えようとしているなら、斬撃を防ぐのに向いたモノにな」
    「つ……つまり……いや、それって、まさか……」
    「おい、チビ介。新顔のお友達に教えてやれ。俺は、一度食らった技は二度と効かない、ってな」
     狼男は、そう言いながら突撃。
     後退しながら、その攻撃を捌き続ける「羅刹女ニルリティ」。
     いや、攻撃が当っているのは「羅刹女ニルリティ」の方だ。しかし、効いていない。
     私は2人を追う。しかし、追ったとして、私に、何が出来るんだ?
    『プラン「バーベキュー」』
     無線通信で謎の一言。えっ? どう云う意味だ?
     ヘッドマウント式のモニタの隅に「羅刹天」を意味する梵字と、その下に「Nirrti」の文字が表示される。どうやら「羅刹女ニルリティ」からの通信だ、と云う意味らしい。
     次の瞬間、「羅刹女ニルリティ」の「鎧」から、あの「炎に焼かれる死霊」が吹き出る。
    大元帥明王アータヴァカ‼ 横に飛んで伏せろ‼』
     訳も判らぬまま言われる通りにすると……。
     私が、さっきまで居た場所を爆炎が吹き抜けていった。
    高木 瀾(らん) (3) 私は、狼男……久米銀河を苹采ほつみ姉さんが居る場所まで誘い出した。
     苹采ほつみ姉さんが乗っている4輪バギーATV「チタニウム・タイガー」がウイリー走行しながら、こちらに近付く。
    「余剰エネルギー放出準備。出力最大。胸部・脚部前面。放出」
     「鎧」の制御AIに命令。
    「うげっ⁉」
     私は放出された余剰エネルギーを利用して久米と距離を取る。
    大元帥明王アータヴァカ‼ 横に飛んで伏せろ‼」
     私は関口に音声無線で連絡。
     続いて……「チタニウム・タイガー」の底部から炎が吹き出る。
     本来は、障害物を飛び越えたり、急加速をする為のロケット燃料だ。
     底部と後部に各3回分。ただし、今回は、底部の3回分を1度で使い切った。
     「チタニウム・タイガー」は宙に浮き後退。
    「『ガジくん』来てくれ」
     私は、制御AI搭載の三輪バイクトライクを呼びながら、久米に突撃。
    「て……てめぇ……」
     体毛は焼け落ちてはいたが……まだ……死んではいない……。
     私は、久米の鳩尾に蹴りを入れる。
    「ぐへっ……」
     「防御特性を自在に変えられる鎧」と言うべきヤツの体毛は失われている……。
     だが、蹴り一発では倒れてくれない。
     ヤツの右手の爪が延びる。
     その右手が振り降され……。
     私は久米の右手に飛び付き、全身の力を使って肘関節をめる。
    「うがあああっ‼」
     だが、ヤツは、私の体ごと自分の右手を近くの建物に叩き付ける。
     プレハブの建物の安物らしい壁は、あっさり陥没。
     と同時に、ヤツの右腕の肘関節を外す事に成功。
     再び久米の絶叫。
     しかし、それは、肘関節が外れた苦痛によるものでは無かった。
     久米の胸から……何本もの矢が生えていた。
     そのやじりは……ダムダム弾のように変形していた。
    関口 陽(ひなた) (4)「な……なんて真似を……」
     炎の奔流は狼男を包み……。
    「う……うそ……」
     あの爆炎でも、狼男を倒せてない。
     毛皮も皮膚も焼けているが……。
     狼男の「気」を。まだ、ピンピンしている。
     「羅刹女ニルリティ」が狼男を攻撃。今度は効いてる……そうか、毛皮こそが鎧なら、毛皮が無い今こそ……えっ?
    「再生してる……のか……あれ?」
    「そう云う事。あいつには高速治癒能力も有る。毛が生え変わる前に倒さないと……」
     声の主は「猿神ハヌマン」を名乗る黒いコートの男。
     そいつは、ゴツい弓矢を構える。
     「羅刹女ニルリティ」は、狼男の片腕にしがみ付いている。
     しかし、近くの民家……と言っても十年モノのプレハブ造りだが……の壁に叩き付けられ……あれ?
     苦しんでるのは、狼男だ……。
     そして次の瞬間、「猿神ハヌマン」が次々と矢を放つ。
     とんでもない絶叫。近くの建物の安物の壁が震える。
     ようやく狼男は倒れ込んだ。
     そして……狼男の最後の絶叫を聞き付けて、次々と現われて来る者達が居た。
     河童。
     「神保町」の魔法使い。
     改造された工事用重機。
     四足歩行型の戦闘用ヴィークル。
     「Armored Geeks」のメンバー。
     ……そして……。
    「あれ? 何で若頭カシラが2人……?」
     あまりに馬鹿な一言を言った河童が宙を舞う。
    「悪い。良く似た別人だ」
     そして、もう1人……味方の方の狼男。
    「何が……起きてる?」
     不機嫌そうな女の声。
     そして……身長5〜6mのエメラルド・グリーンの異形の怪物。
     雄獅子の顔。
     人間の女の胴体。
     蛇の下半身。
     天使の翼。
    「『本土』のヤツらに、私達の『島』で勝手な真似をされてたまるか」
     危なかった。かなり強力な「言霊」だ。
     魔力を感じた瞬間に、とっさに自分自身の「心」を防御するのが、一瞬の更に何分の一か遅れていたなら……。
    「何だ……ありゃ?」
    「俺は……見た事有ります」
     私は……噂で聞いた事が有るだけだ。
     それは、「神保町」の自警団「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」の「総帥グランドマスター」の使い魔だった。
    「おい、何が起きた?」
     どうやら、霊的存在を認識出来ない状態になってるらしい「羅刹女ニルリティ」も異変を感じたようだ。
    「ど……どうやら……この辺りに居る『自警団』のヤツほぼ全員に『精神操作』の魔法をかけやがったようだ」
     四足歩行型のヴィークルが河童どもを踏み潰し出す。
     「Armored Geeks」のヤツらが銃を乱射し始める。
    「なるほど……その『精神操作』とやらのお蔭で、仲間内の喧嘩よりも……『本土』の人間……少なくとも、そう認識した相手への攻撃を優先するようになった訳か」
     「副店長」が、その言葉と共に銃撃。
     しかし……。
     銃弾の先……そして、巨大な「使い魔」の足下……いや、正確には足は無いが……に居たのは1人の男物の白いマオカラーのスーツに黒いシャツに白に近いピンクのアスコットタイ……お洒落に思うヤツも居るだろうが、私としては「男のヤクザかお前は?」とツッコミを入れたくなる感じの……に、如何にも「ハリー・ポッター」世代がイメージする「魔法使い」と云う感じデザインの表は黒で裏地は鮮かな赤のフード付のコートと云う珍妙な格好の女。
     だが、その女を身を挺して守ったのは……「Armored Geeks」の兵隊だった。
    「誰かは知らんが……御名答だ」
    関口 陽(ひなた) (5)「しかし……気に食わんな……。『本土』の田舎者どもは御存知無いらしいが……その強化服パワードスーツでは『英雄』の象徴だ」
     どうやら……私と「副店長」の「水城みずき」の事を言っているらしい。
    「この『島』の『英雄』のコスプレをした阿呆な他所者よそものが2人か……。しかも……片方は……何だ、その馬鹿っぽい塗装は?」
     少しづつ、「神保町」の「総帥グランドマスター」の「気」が高まっていく……。一見、しょ〜もない事をボヤいてるように見えるが、多分、何かの術を使おうとしている。
     この手の空気を読めない……または、わざと読もうとしてないらしい「羅刹女ニルリティ」「猿神ハヌマン」「早太郎」「副店長」が「神保町」の「総帥グランドマスター」を攻撃。
     しかし、「Armored Geeks」の兵隊が次々と「肉の盾」になり、銃弾や矢を防ぎ、「羅刹女ニルリティ」と「早太郎」の前に立ちはだかる。
     そうか……。「Armored Geeks」の兵隊の1人は……「精神操作」の「上書き」を阻害する「魔法」がかけられていた。おそらくは、「Armored Geeks」のメンバーの大半は、「精神操作」で「作られた」使い捨ての「兵隊」。
     それこそが、「Armored Geeks」が短期間で勢力を拡大出来た秘密なのだろう。
     その「精神操作」の「魔法」をかけたのは……多分……。
     「科学オタクGeeks」を名乗ってる連中が「魔法使い」無しには組織を維持出来ないとは、皮肉としては中の上ぐらいの出来だ。
    「やりにくいな」
    「全くだ……」
     この4人……「有楽町」の警察の特殊部隊をたった1人で壊滅させた化物を更に鎮圧した連中なら、「Armored Geeks」や「サラマンダーズ」のチンピラなど、一瞬で皆殺しに出来るだろう。
     だが、あいつらは、あくまで「正義の味方」「御当地ヒーロー」。チンピラや人間のクズでも、あまりに弱い相手を一方的に虐殺するのは、気が進まないらしい。
     しかし……ヤツ……「神保町」の「総帥グランドマスター」は、私と「副店長」が、この「島」では「英雄の象徴」である「水城みずき」を着装してる事をとやかく言ってるが、そもそも、その「英雄」を殺したのは……。
     そうだ……一か八か……やってみるか。
    「『偽物の英雄』を殺せ‼」
    「この『』の『英雄』石川智志さとしを殺したのは、そいつだ‼」
     私と「神保町」の「総帥グランドマスター」が、ほぼ同時に、「言霊」を込めた「命令」を叫ぶ。
     もちろん……力や技術は向こうが上だ。
     普通の「魔法」勝負なら、私は瞬殺されるだろう。
     しかし、「精神操作」……それも、時間をかけ薬物なんかを併用する「職人芸」ならともかく、今みたいな状況では、単純な力や技術が上のヤツが「勝つ」とは限らない。
     自分を舐めてるヤツの心に恐怖を呼び起こそうとしても、怖がってくれるとは限らない。
     自分を忌み嫌ってるか眼中に無い相手に「俺に惚れろ」と云う「精神操作」をやっても成功率は著しく下る。
     生命の危険が有る状況から逃げたがってるヤツに「逃げるな」と云う「精神操作」を行なうのは困難……少なくとも、何かの一工夫が必要だ。
     そして、この強化服パワードスーツが「英雄の象徴」だと云う強い思い込みが有るヤツらに「あの強化服パワードスーツのヤツらを殺せ」と云う「精神操作」を行なったとしても……。
    「……あんた……思ったよりやるな……」
     「羅刹女ニルリティ」の口調は、呆れてるのか誉めてくれてんのか、よく判んないモノだった。
     周囲に居た「秋葉原」の2つの「自警団」の連中は、呆然とした表情で立ちすくんでいた。2つの矛盾する「精神操作」をほぼ同時にかけられた結果だ。
    「『思ったより』って何だ?」
    関口 陽(ひなた) (6) 自分で、そう言った瞬間、「羅刹女ニルリティ」が言った軽口の言外の意味に気付いた。
     「羅刹女ニルリティ」の顔が向いている方向に居るのは……。
    「おい、お前、私に何をさせる気だっ⁈」
    「いや、お前があいつの術を破ったように見えたんだが……お前、実は、あいつより強かったんじゃないのか?」
    「無理‼ 無理‼ 無理‼ 無理‼ 絶対無理‼」
    「何でだ? 自分に自信を持て」
    「あいつが油断してくれてたから、何とか成ったのッ‼ あいつが本気になったら、私なんか瞬殺される……」
    「判ってるようだな……」
     「神保町」の「総帥グランドマスター」の「気」が段々と強くなっていく。
     格下に、まんまと出し抜かれた怒り……それが向けられてるのは……多分……。
    「なら、他の3人と逃げて、お前の仲間を助け出す事を優先しろ。ここは私が何とかする」
    「何とか出来ると思っているのかッ⁈」
    「余剰エネルギー放出準備……背部・脚部背面……出力最大……放出」
     「羅刹女ニルリティ」は「神保町」の「総帥グランドマスター」の方に飛んでいく。
     「神保町」の「総帥グランドマスター」の使い魔が「羅刹女ニルリティ」に呪力の矢を放つ……。
     効いていない。
     だが、次の瞬間、獣の如き咆哮……。
    「私の回りに集まれっ‼ 早く‼」
     私は「猿神ハヌマン」「早太郎」「副店長」に向って、そう叫ぶ。
     3人も、何かヤバい「気配」を感じたようで、すぐに私の回りを取り囲む。
    「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
     私は、自分と3人の周囲に結界を張る。
     防御重視ではなく……隠形……気配を隠す方を重視した結界を……。
     聞いた事は有る……近代西洋オカルティズム系の「魔法」の剣呑ヤバい「霊」を呼び出す際の呪文の中には……まるで「獣の咆哮」のように聞こえるモノが有ると……。
    「な……なんだよ……これ……?」
     とんでもない数の……「悪霊」が呼び出された。
     だが……どうやら、「魔法」が一切通じないらしい「羅刹女ニルリティ」の「鎧」に、単純な力押しで対抗するつもりなのか……?
     「神保町」の「総帥グランドマスター」ともあろうヤツにしては……「魔法が効かない」相手だと理解してないのか? それとも、力押しで何とかなる防御魔法だと考えたのか? いや、「魔法が効かない」相手を「魔法」で何とかするとしたら……?
     超一流の「魔法使い」でも、戦闘用の強化装甲服パワード・スーツの防御力を打ち破れるほどの物理攻撃が可能な「魔法」など、ほぼ不可能だ……もし、有るとすれば……。
     しまった……。
     そこら中に居た。
     私が……ついさっき、大量生産してしまった。
     悪霊どもは、2つの矛盾する「精神操作」を同時にくらって、心が空白になっている「秋葉原」の2つの自警団の連中に取り憑き始めた。
    高木 瀾(らん) (4)「何が起きてるか判るか?」
     自ら「肉の盾」となって重症を負った連中が立ち上がり、私にしがみ付き始めた。
    『お前が攻撃しようとしたヤツが……大量の悪霊を呼び出した。その悪霊に取り憑かれたんだ』
     「大元帥明王アータヴァカ」から返事。
    「その悪霊を何とかする方法は?」
    『無い。今の私じゃ……無理だ』
    「悪霊を呼び出したヤツを倒せば、何とか成るのか?」
    『ああ、多分な……けど……』
    「けど……何だ?」
    『かなり凶悪な悪霊だ……。除霊出来ても……取り憑かれた奴らは無事じゃ……』
    「行けっ‼ 早く‼ 行って、お前の仲間の無事を確認しろっ‼」
    『えっ⁈』
    「その悪霊とやらが、お前の仲間にも取り憑いてる可能性が有るだろっ‼」
    『わ……判った……』
    「腕も装備も中々だが……所詮は、お行儀のいい『本土』の『正義の味方』か……」
     目の前に居る「神保町」の自警団のリーダー……多分……が嘲るようにそう言った。
    「この程度で、私を何とか出来ると本気で思っているのか?」
     そう言ったモノの、マズいのは確かだ。
     「鎧」のてのひらの端子から電流を流しても、「悪霊」に取り憑かれたヤツは動き続けている。
    「あの……総帥グランドマスター……これ……流石に……」
     「神保町」の「自警団」員らしきヤツが、躊躇ためらいがちな口調でそう言う。
    「街頭防犯カメラは、まだ動いてるのか?」
    「えっ?」
    「聞かれた事に答えろ」
    「ええ……ええっと……」
     自分達のリーダーに、そう言われた「神保町」の「自警団」員は、携帯電話Nフォンを操作する。
    「この辺りのヤツは……壊れてるみたいです」
    「なら、問題ない。その『鎧』が電池切れになるか……『鎧』の中のヤツが疲れ果てるのを、ゆっくり見物しよう」
    いずいきは入るいきを待つ事なし。風の前の露、なおたとえにあらず」
    「何のまじないだ?『魔法』の専門家として忠告させてもらうが……何の霊力ちからも感じなかったぞ……。つまり……」
     私が、その言葉を唱えると、「神保町」の自警団のリーダーは、出来の悪い生徒へ教えるように告げる。
     次の瞬間、銃声と血飛沫と絶叫。
     私の手には拳銃が握られていた。
     「鎧」の両手首には隠し武器であるブレードが出現。
     私の動きを封じようとしたゾンビもどき達は、ある者は片腕が千切れ、ある者は片足を失ない……戦闘能力を半減させていた。
     私が唱えたのは、もちろん呪文などでは無い。
     効力が有るのは、私だけだ。
    『5分後に、私のを解除するキーワードを無線で連絡してくれ』
     私は、仲間に、そう無線連絡した。
    了解Affirm
     苹采ほつみ姉さんより返事。
     かなり危険な手だが……これしか無いだろう……。
     あと5分間……私は……大半の人間が持っている「殺人に対する本能的な禁忌感情」が抑制された状態に有る。
     言うなれば、状態だ。
     そうだ……「英雄」になる為に、自分の妹と弟を殺した、あの底が抜けまくった阿呆と同じ……一時的・擬似的なサイコパス。
     私とヤツの違いは……嫌でも正気に戻れる手を打ったか、あえて心を凍り付かせたままでいるかぐらいだ。
    「撤退か……降伏を勧告する」
    「ふざけるな‼」
     「神保町」の自警団のリーダーの回答と同時に……次々とゾンビもどきが押し寄せてきた。
    「訂正。自己暗示の解除は……3分後で十分だ」
     次の瞬間……ゾンビもどきの頭が3つ宙を舞った。
    高木 瀾(らん) (5)「があああっ‼」
     なるほど……この「悪霊」とやらは意識が無かったり……有っても普通じゃない状態になってるヤツに取り憑くらしい。
     なら……当然、こいつもそうなるか……。
     背後うしろから襲ってきたのは、久米銀河だった。
     とは言え、胸に矢が刺さったまま……つまり高速治癒能力の鍵である心肺機能が低下しているので、まだ表皮の火傷は治りきっていない。
     もちろん、私が外した右肘の関節もそのままだ。
    「こいつでも何とかなると思ったのか?」
     ヤツの勢いを逆用して投げ飛ばす。
     「神保町」の自警団のリーダーの真横にヤツの体が落下。
     受け身は取れていない……。やはり……そうか……。
    「馬鹿な……」
     「神保町」の自警団のリーダーの呆然とした声。
     しかし、その一言が終らぬ内に、久米は立ち上がる。
    「そうだ……まだ、いける筈だ……やれっ‼」
     残念なお報せだが……「神保町」の自警団のリーダーは、肝心な事に気付いていない。
     何故、久米が「有楽町」の警察の特殊部隊を壊滅させるほどの戦力を持っていたのかを……。
     久米の持つ高速治癒能力、超身体能力、鋼鉄さえ穿ち斬り裂く爪や牙……そして、「防御特性を自由に変えられる鎧」である体毛……。そんな……持って生まれた能力や武器だけでは、久米はここまでの……警察の特殊部隊をたった1人で易々と壊滅させる事が出来るような……化物にはなっていない。
     再び、久米が飛びかかろうとする直前……私の蹴りが久米の右の太股に入る。
     それと同時に、「鎧」の足に有るパイルを射出。
     久米の大腿骨が砕け、太股の動脈が有る辺りに穴が開く。
    「来てくれたか……」
    「がじっ♥」
     制御AI搭載の三輪バイクトライクが到着。
     搭載されていた軍刀を取り出し……抜刀。
     反りの外側は通常の刃……内側はノコギリ刃の両刃の刀。
     内側の刃で左肩に斬撃。
     ヤツの鎖骨が砕け……文字通り……ノコギリで挽いたようなズタボロの傷口が開く。この傷口なら……高速治癒能力持ちでも、塞がるまでに綺麗な切り口よりも数倍……場合によっては十倍以上の時間がかかる。
     こいつの能力は、こいつの知恵・経験・直感・技が有ってこそ活きる……。それらを失なった状態では、こいつの戦力は半減する。
     ましてや、この重傷……。
    「まだ……やるか……?」
     「神保町」の自警団のリーダーは……再び……あの「獣の咆哮」のような呪文を唱え……しかし……。
    関口 陽(ひなた) (7)「な……何……あれ?」
     「猿神ハヌマン」が呆然とした口調でそう言った。
     私達が、さっきまで居た辺りから、無数の悪霊が溢れ出ていた。
    「どうやら……『神保町』の『自警団』のリーダーが呼び出した悪霊達が暴走してるみたいだ……」
    「何とか出来るか?」
     そう聞いたのは「副店長」。
    「無理……無理……無理……絶対無理……」
     多分、「秋葉原」全体とは行かないまでも、この辺りの区画は、立ち入り禁止にした方がいいレベルのヤバい心霊スポットと化すだろう。
     その時……。
    「あれ……まさか……。おい‼ 何で、そいつ助けたのっ⁉」
     「早太郎」が悪霊のむれの中から現われた「羅刹女ニルリティ」にそう言った。
    「敵とは言え、知らない仲じゃないし……そもそも……お前の身内だろ」
    「捨ててくりゃ良かったのに。そいつが、俺の家族に、どんだけ迷惑かけたか知ってるだろ⁉」
    「前向きに考えろ。こいつを一度ブチのめしたいと思ってるのは、お前だけじゃないだろ。易々と死なせてやるのも考えモノだ」
     「羅刹女ニルリティ」が乗っている三輪バイクトライクは……全身に大火傷を負い、縄で縛られた狼男を引き摺っていた。
    「で、何が起きてる?」
     こいつは、どうやら、魔法的・霊的なモノから一切害を受けない代りに、魔法的・霊的なモノを何1つ認識出来なくなっているらしい。
     つまり、この大騒動も、こいつには見えていない。
    「端的に言えば……かなりマズい事。とんでもない数の悪霊が暴れ回ってる……。今はこの辺りだけだが……放っておくと更に広がる……。下手したら……悪霊達が居る世界への『門』が開いてる可能性が有る」
    「何とか出来……」
    「ない。出来ない。少なくとも私じゃ無理」
    「時間稼ぎも無理なのか?」
    「えっ?」
    「捕まってるお前の仲間が……二十人以上居るだろ。そいつらを助け出して、クスリが抜けて正気に戻ったら、これを何とかするのを手伝わせる。可能か?」
    「ま……まぁ、私より腕が上なのが何人か居るんで……いや……確実とは言えんが……」
    「追い祓ったり、半永久的な封じ込めまではしなくていい。お前の仲間を助け出して、回復させるまでの間だけ、一時的に封じ込めるのも無理か?」
    「ああ……まぁ……やってみる……。それも確実とは言えないけどな……」
    「判った……。この捕虜を頼む。私は戻って、逃げ遅れた一般住民が居ないか確認してくる。『副店長』、この『島』に来てる後方支援要員で、避難誘導に長けた人は?」
    「安心しろ、とっくにこっちに向かってる……。十分な人数かは別にしてな……」
    「なぁ……所で……、この悪霊を呼び出したヤツは……どうなった?」
     悪霊が暴走してるって事は……制御してるヤツが居なくなった、って事だ……。だとすれば……答は2つに1つ。
    「……説明しにくい……。更に悪霊を呼び出そうとしたみたいだが……その直後に、いきなり全身から血飛沫をあげて……何か見えないモノに食われるような感じで……肉片の1つも残さず、どっかに消えた」
     どうやら……『神保町』の『自警団』のリーダーは……悪霊の制御に失敗して自滅したようだ。当然、それまで呼び出してた悪霊も、新たに呼び出そうとした悪霊も制御を失ない暴れ回る事になる。
     何て事だ……たった1日……いや半日足らずの内に、この「島」では……。広域警察の支局と地元警察の両方の荒事専門のエリート部隊は壊滅。その事態をたった1人で引き起こした「本土」のチート級の化物ヤクザも……全身大火傷で戦闘不能……。4つ有る「自警団」は、最強の1つを残して、残り3つは事実上の崩壊。そして、「秋葉原」の一画には立ち入り禁止級の心霊スポットが出現する可能性大。
     だが、この時、私は、まだ知らなかった。
     この「島」の最も長い夜は……そして、気障ダサい言い方だが、この「島」を含めた日本各地に点在する4つの「まがい物の東京」全てにとっての歴史の変わり目は……始まったばかりだと云う事を。
    緋桜 (2)「多分……みんなが居るのは……この辺り」
     ボクは、地下鉄で助けてくれたおね〜さんと眼鏡の女の子、そして、誰だか知らないもう1人の女の子と共に電動バイクで「秋葉原」までやって来た。
     もちろん、本当の「秋葉原」じゃなくて、この人工の島に作られた「かつての秋葉原」に似せて作られた町。
    「ねぇ……あれ……何?」
     そこに居たのは……。
    「そ……そんな……。あれは……」
     多分、ボク以上に真っ青な顔になってる眼鏡の女の子が、そう言った……。どうやら、あれが何か知ってるらしい。
    「何?」
    「何?」
     おね〜さんと知らない女の子が、ほぼ同時に怪訝そうな顔をする。
     ちょっと待って……あれが見えてないのか?
     変だよ。絶対に変。
     「見え」なくても明らかにマズい「気配」ぐらいは感じる筈なのに……。
    「おい、何しに来た?」
     そう声をかけたのは……その場に居た、白い狼男が1人に、作業用強化服パワードスーツが2人に、京劇の孫悟空みたいなペイントをしたフルヘルメットを被ったのが1人と云う……何が何だか良く判んない集団の中の、作業用強化服パワードスーツの片方。
     声からすると二〇代か三〇代の女の人。
    「いや……この眼鏡っ子ちゃんが、仲間が心配だって……」
    「あたしは、家がこの辺りなんで……」
    「連れて来た2人は病み上がりじゃなかったっけ……? 何考えてる?」
    「いや、ちょっと待て、その眼鏡の奴と変なパーカーの奴、私の同業みたいだ……」
     今度は作業用強化服パワードスーツのもう1人。声からすると……ボクより少し齢上ぐらいの女の子。
     強化服パワードスーツには馬鹿っぽいファイアーペイントがされていて、片手には……大型ハンマー……あれ?
     強化服パワードスーツ自体が「気配を隠す」効果が有るっぽい呪具。
     ハンマーも「気」を集めたり貯めたりする効果が有るみたいだ……。
    「何で判る?」
    「え〜っと……『気』で……」
    「『気』?」
    「何って説明すればいいか……私の同業は『気』の量だけじゃなくて……感じも違う……」
    「格闘技マニアの中には、選手の筋肉の付き方見れば、組み技系か打撃系か判るヤツが居るみたいなモノ?」
    「……ええっと……多分、そう云う感じっす」
    「手伝ってもらうか?」
    「まぁ、私1人じゃ無理だから……」
    「あの……手伝うって、あれを封じ込めたりとか、追い返したりとか……」
     ボクは、少し先で暴れまくってる悪霊のむれを指差した。
    「そう」
    「無理、無理、無理、無理、無理……」
    「そうです、あれは……『野蛮なるモノ』と言われてる……」
     眼鏡の子がそう言った。
    「何か、知ってるのか?」
     そう聞いたのは、大人の方の作業用強化服パワードスーツの人。
     その時、何だか良く判らない悪霊のむれの中から……。
     ど……どうなってるんだよ、一体?
    「中には、生きた人間は見当たらなかった……。念の為、小型ドローンをいくつか置いて来たけど……」
     青い三輪バイクトライクに乗って、妙に金属装甲部分が多い……その上に、肘や膝や手首には格闘用らしい棘まで有る……多分、戦闘用らしい強化服パワードスーツを着た誰かは、そう言った。
    「やっぱりか……」
     いや、当り前だよ。あんな状況じゃ……って言うか、この子、何で、無事なの?
     そう……戦闘用強化服パワードスーツの「人」と言うより、「子」だ。
     身長は一六〇㎝未満……多分、一五〇㎝台前半。
     声も……下手したら、ボクより年下の女の子……。
    「丁度いい。おい、自白剤有るか?」
     今度は阿呆っぽいペイントの作業用強化服パワードスーツ
    「お前が引っかかったのと同じ手が通じるマヌケがそうそう居ると思うのか?」
    「うるせぇ」
    緋桜 (3)「で、その……『野蛮なるモノ』とやらは、どう云うモノなんだ、一体全体?」
     リーダーらしい作業用強化服パワードスーツの2人の内の齢上らしい女の人は、眼鏡の女の子にそう聞いた。
    「えっと……それは……その……あたしは……その……新参入者ニオファイトなので……」
    「はぁ?」
    「私達の流派だと、新参入者ニオファイトでも、あれの存在だけは知ってますが……詳細を知る事が出来るのは……内陣インナーに参入してからで……」
    「あの……何が言いたい……?」
    「あれを呼び出す術を完全に知る事が出来るのは、大達人アデプタス・メジャー以上で……」
    「だから……その……」
    「心身の状態や魔力が万全じゃないと、被免達人アデプタス・イグセンプタスでも……」
    「ごめん……説明してくれる気が有るなら……変なネット・スラングやオタ用語抜きでやってもらえる?」
     ……数分後……。
     いや、もっと長かったかも知れないし、もっと短かかったかも知れないけど……とりあえず、あの悪霊達の数が五〇%ほど増える位の時間だ。
    「ええっと、つまり、こう云う事か? あんた達の流派では、技量うでまえで7階級か、8階級に分かれてて、あんたは、一番下っ端、と」
    「はい」
    「で、一番下っ端のあんたでも、あれの存在だけは知ってると……」
    「ええ」
    「しかし、その7階級か8階級だかの内、上の3階級しか、あれの正体は知らなくて、召喚方法を完全に知る事を許されてるのは、一番上とその次の階級のヤツだけ」
    「ええっと……あたしの流派では……一般的に召喚と言われてる術は『召喚』と『喚起』に分けられてて……」
    「その説明は、今起きてる件で重要なの?」
    「いいえ……」
    「ああ、そう。で、あんたが、あれの正体を良く知らないのは……頭が良かったり、才能だけは有ったりするけど、技量うでまえや精神力はイマイチだったりするヤツが、間違って、独自にあいつを呼び出す術を編み出すのを防ぐ為に、相応の階級にならないと、そもそも、あれが何なのか教えてもらえないから。何故なら、あいつは、あんたの流派の一番凄いヤツでも、一歩間違うと制御出来なくなる可能性が有るほど危険な代物らだから、と」
    「はい、その通りです」
    「初めから、そう言えよ……」
    「ああ、時間を無駄にした……」
    「これだから『魔法』オタク上がりの『魔法使い』は……。大体、ぽっと出の怪しい流派だから、しょ〜もない事を変な横文字使って胡麻化したり、あんな危険な術を安易に……」
    「おい、私は……あれが見えないんだが……ただでさえ時間を無駄にしたんなら、この上、ウダウダ苦情を言ってる余裕は有るのか?」
    「よし……じゃあ、魔法を使えるヤツ、手伝ってくれ……。一時凌ぎでいい、あれを封じ込める結界を張る」
    「でも……困ったな……ボクは……ここでは……」
     ボクは、「魔法使い」らしいのに、何故か、阿呆っぽいペイントの作業用強化服パワードスーツを着てる女の子に言った。
    「どうしたんだ……ええっと……?」
    緋桜フェイイェンって呼んで……本名じゃないけど」
    「魔法使いとしての名前とか、ヒーローのコードネームとか、そう言うの?」
    「いや……本当の名前を漢字に翻訳したの」
    「へっ?」
    「台湾出身だけど……中国人が台湾に来る前から住んでた民族の出身だって……」
     おね〜さんが、そう説明してくれる。
    「で、何かマズい事でも有るのか?」
    「ここ、人工の島でしょ? ボクの術は、漢人の云う『龍脈』から力を取り入れるモノなんで『龍脈』がほとんど無いここだと……」
    「ああ……でも、『気』の量は……私と大して変らないみたいだから……」
    「でも、普段の何分の一かの力しか出来ない」
    「全くの役立たずって訳じゃないだろ」
    「うん……まぁ、そうだけど……」
    「あのさぁ、ちょっとネットで調べたんだけど、海流も龍脈の一種……」
     名前を知らないショートカットの眉の太い女の子が携帯電話Nフォンの画面を見ながらそう言った。
    「却下だ」
     全部言い終る前に反応したのは、戦闘用強化服パワードスーツの女の子。
    「何をやる気か想像は付くが、この『島』ごと沈んでも仕方ないようなもっと酷い事態にならない限りやるな」
     続いて、リーダー格っぽい作業用強化服パワードスーツの人も似たような事を言う。
     って、何をやる気だったんだ?
    「とりあえず、ここに居る『魔法使い』3人でも何とかなる手を思い付いた」
     今度は、馬鹿っぽいペイントの作業用強化服パワードスーツの女の子。
    「ええ? そんなの有るの」
    「そ……そうですよ……。だって……」
     続いて、眼鏡の女の子。
    「質問が有るなら、手短かつ意味不明な魔法オタク用語無しで頼む」
    「えっと……」
    「とりあえず、この強化服パワードスーツにかかってる『防御魔法』を参考にする。ただし、内側と外側を逆にする」
    「えっ?」
    「どう云う事ですか?」
    「隠すんだよ……これから張る『結界』の外の全世界を……あの悪霊どもから」
    眼鏡っ子 (1)「あの……いつか……勇気さんの弟さんと妹さんのお墓で会った事が有る……」
     あたしは……強化装甲服パワードスーツを着た人にそう言った。
     「護国軍鬼」……そう呼ばれる本土の「御当地ヒーロー」の内、今年になって、突然現われた3人目。
    「ノーコメントだ。だが、あいつの事は知ってる」
    「あの……勇気さんは……?」
    「拘束した……。場合によっては警察に引き渡す。もし……あいつの身が心配なら……あいつが『精神操作』の『魔法』をかけられていた証拠は有るか?」
    「ええっと……」
    「万が一の場合の為に、準備しておけ。警察も検察も裁判所も、自分で『精神操作』の『魔法』をかけられる事を望む阿呆が居るとは想像もしないだろう。『精神操作』されていた証拠さえ有るなら……保釈か情状酌量だろう。とは言え……この『島』の警察が、今後どうなるか知れたモノじゃないがな」
    「は……はい……」
    「私からも聞きたい事が有る。今、暴走している『魔法』を恐怖心に囚われた者が使うと、どうなる?」
    「えっ?……それは、当然、心身ともに万全の状態でないと危険なモノなので、強い恐怖心に支配された状態で使うと……」
    「こうなる訳か……と言っても、今の私は、その手のモノは一切見えないんで、どれだけ酷い事になってるか判らないけどな」
     えっ? どう云う事?
    「どうやら……私は、この『魔法』を使ったヤツを……強い恐怖に支配された状態に追い込んでしまったらしい。……私も……自分が思っていたより……遥かに未熟だ……」

     多分……あたしの叔母、あたしの育ての親、あたしの「魔法」の師……そして「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」の「総帥グランドマスター」だった人は、もう、この世には居ない。
     悪い人じゃなかったと思う。むしろ、あたしからすると優しい人だった。
     でも……。確かにレナさんの言う通り、傍から見れば、問題だけらの保護者かも知れない。
     そして……夏のあの事件以来……何もかもが狂い始めた。誰が悪いかは判らないけど……。歯車が噛み合っていないのに、動きだけは止まらないまま暴走し続ける壊れた機械。
     誰もが、そんな状態に陥ってしまった。
     その結果が……これだ。何人の人達が……あたしや叔母さんや勇気さんの暴走に巻き込まれたのだろう?
     身寄りも仲間も失なったあたしは……この「東京」を離れ、「本土」で暮す事になるだろう。
     そして……魔導師の修行や自警団活動じゃなく……普通に高校にでも行って、普通の大人になるだろう。
     でも、そんな事は今、考えても仕方ない。
     乱れた心を落ち着ける為に、あたしは「魔導師」としての「誓言」を唱えた。
    「Si vis pacem……para bellum‼ Si vis bellum……para pacem‼」
     もし平和を望むなら戦いの勃発に備え……戦いを望むなら平和の到来に備えよ。
     その言葉と共に、あたしの「使い魔」である紫色のサーベルタイガーが姿を現わし……そして……「野蛮なるモノ」たちが満ち溢れている区画の周囲を円を描くように走った。
     「野蛮なるモノ」たちを封じ込める為の三重の「結界」。「内」に居る者を「外」に居る悪霊から隠すのではなく、「内」に居る悪霊から「外」の世界を隠す為の言わば「逆隠形」結界。
     肉体を持たない悪霊は、物理的な感覚を持たない、ならば……外の世界の気配を隠す「結界」を張れば、一時凌ぎかも知れないけど、悪霊達は外の世界を認識出来なくなる筈と云う逆転の発想を元にした結界が、今、作られつつ有った。
    高木 苹采(ほつみ)「え……と、終ったのか?」
     瀾は、そう聞いた。
    「ま、一時的な封じ込めには成功してるみたいだ……」
     三重に張られた結界の中の悪霊のむれは……どうやら本当に「外」を認識出来なくなってるようで、結界内を飛び回りながら、お互いに食い合ったり、時には1つの個体が複数個体に分裂している……ように見える。
     護国軍鬼を着装している者は……魔法的・霊的な存在は……「神」そのものか、「神」の支配下に有るモノしか認識出来なくなる。
     そのせいで、瀾には、この一大スペクタクルが見えないようだ。
    『あれを乗せた船が「有楽町」の港に到着』
     その時、後方支援要員から連絡。
    「あいつの仲間の救出が終ったら……久米達が持ち込んだ武器を回収する。あれと戦うのに使えるモノが有るだろう」
    「判ってると思うが、『島』の底をブチ抜いたりすんなよ」
    「ああ……ところで……3つ目って一体?」
    「大体、想像は付いてるだろ」
     この「島」に「護国軍鬼」と同じテクノロジーで作られた何かが、更にもう1つ、空から近付きつつ有るらしい。
     「国防戦機・特号機」のパイロットは、既に、この「島」に到着している。
     護国軍鬼の試作機である一号鬼は厳重に保管されている。万が一、持ち出されていても……心臓部である「幽明核」はともかく、機関部は二十年以上前のモノ……マトモには動かない。
     護国軍鬼・二号鬼は、こちらに陸路で向っているが……到着には、まだ、時間がかかる……。
     行方不明中の三号鬼は……一度、除装したが最後、制御AIの再起動は不可能な上に、万が一、この半年以上、ずっと着装し続けていても、そろそろ、部品にガタが来る頃だ。
     だとすれば……。
     百年近く前に作られた改造人間……。
     私の先祖が生み出した「対神人間兵鬼」と、私が設計した「対神鬼動外殻」。
     ……それが、今夜、出会う可能性も有る訳か……。
    「まさか、最初の護国軍鬼と最新の護国軍鬼が戦う所を見たいなんて思ってないよな?」
    「馬鹿言え、そっちそこ、どうなんだ?」
    「私は戦闘狂でも、昔の格闘マンガの主人公でもない。戦わずに問題が解決出来るなら、それに越した事が無い事ぐらい判ってるよ」
     瀾は、やれやれと言った感じで、そう答えた。
    「それに……少し不安だしな……」
    「お前が? 不安?」
    「おっちゃんが死ぬ前に言ってた事が……今度こそ……裏目に出るかも知れない……」
    「えっ? 何の事だ?」
    「ずっと……感じた事が無いんだ……。最後に感じたのは、小学校低学年の頃……いや、それも記憶違いで……私は、一度も、そんな感情を抱いた事が無かったのかも知れない」
    「だから、何を言ってる?」
    「何年も感じた事が無いんだ……。恐怖を……怪我をする事……苦痛を感じる事……そして死ぬ事に対する恐怖を……」
    「おい……待て……それは……」
    「G・K・チェスタトンだっけ? 昔の推理作家が言ってただろ。『命を捨てる者は、却って命を拾い、命を惜しむ者は、却って命を失なう』と云う聖書の一節は英雄や聖者の為の教えでは無い、生命の危険が有る仕事をする者の為の教科書の冒頭に載せるべき言葉だ……みたいな事を……」
     瀾の口調は異様に淡々としたものだった。
    「それが、体格も経験も劣る私が、危険に身を晒しながら、今まで死なずに済んだ秘訣かも知れないけど……今度は、どうなるか……」
     この夜、この「島」で起きた戦いは……前哨戦がやっと終ったばかりだった。
    眼鏡っ子 (2)「なぁ……こいつ……誰だ?」
     「秋葉原」の表通りの雑居ビル。
     あたしが「出向」中の自警団「Armored Geeks」は、「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」のいわゆる「フロント企業」の名義で、そのビルを丸ごと借り切って本部に使っていた。
     そのビルの中で、倉庫代りに使われている地下室。
     そこには、「入谷七福神」のメンバーが十二人と「寛永寺僧伽」のメンバーが十三人、監禁されている筈だった。
     だが、二十六人目が居た。
     ボウボウに延びた髪と髭。
     長い期間、お風呂に入っていないらしい垢だらけの肌。
     痩せ細った体。
     この時期に、何故か、ボロボロの夏物の服。
     腕には無数の注射の跡。
     薬物依存症らしき虚ろな目。
     足には、拘束に使われていたらしい頑丈そうな鎖。
    「おい……『Armored Geeks』は、何やってたんだ一体?」
    「いえ……知り……えっと……?」
    「どうした?」
     どこかで見た事が有る。……しかし……いや……まさか……そんな……。
     あまりにも姿が変っていたのと、こんな所に居ると云う発想さえ浮かばなかったせいで、その男の人が誰か気付くのに時間がかかった。
     何故、この人が、ここに居るの?
     夏の事件で……勇気さんに「精神操作」の魔法をかけた……「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」の先輩……ただし、あの事件以降は……行方不明中の……。
    「ええっと……その眼鏡の人、この男が誰かは知ってるけど……何で、ここに居るかは判んないみたい」
     本土から来た女の子が、そう言った。
     そ……そう……その通り……。あたしは……何も聞いていなかった。
     判るのは、ただ1つ。「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」は「Armored Geeks」を完全に操っている訳では無かったらしい事だけ……。
     多分……最早、主要メンバーが生き残っていないであろう「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」。数少ない生き残りであろうあたしを含めて、あたしが所属していた「自警団」は夏の事件から重大な教訓を学び損ねていたのかも知れない。
     「精神操作」系の「魔法」にかかった相手は……その「魔法」をかけた者の思う通りに動いてくれるとは限らない……。
     それどころか、大昔のSFか何かの「作られた通りに動いているのに、作った者からすると暴走しているようにしか見えないロボットやコンピューター・システム」のように、「精神操作」の「魔法」をかけた者が想像もしていなかった暴走をしてしまう事が有る、と云う事を……。
    護国軍鬼・零号鬼:二〇世紀末まで「まだ、日本は好きにはなれませんか?」
     十年ぶりに成田を訪れた時、彼女は、そう言った。
    「この国や、この国の人間の全てを好きになれる訳じゃない……」
     季節は春だった。
    「そう言えば、貴方の故郷にも桜は有るんですか?」
    「ああ……有るが……日本の桜より……もっと赤い……」
     彼女の顔には皺が目立つようになり、肌は艶を失ないつつあり、髪には白いものが混り始めていた。
     この戦友の元を離れたのは、結果的に正解だったのかも知れない。
     俺は、何故か、若いままだった。おそらくは、高木美憲よりのりが俺に与えた力のせいだろう。
     この国の数少ない友が老いて死んでいくのを、俺は若いまま見続ける……。
     多分、俺には、それに耐えられる強さなど無い。
    「貴方は、日本が嫌いだと言っているのに、私と娘は助けてくれました……」
    「弱い者や傷付いた者には手を差し延べる。……人として当然だ……」
    「では……この国の弱い人や傷付いた人を助けてもらう事は出来ませんか? 貴方の、その不思議な力で……」

     彼女が住んでいた辺りには、巨大な空港が造られる事になった。
     次に、成田をを訪れた時には、彼女の家や田畑が有った辺りでは工事が行なわれており……彼女の行方は判らなくなっていた。
     どうやら……俺は……友が苦しんでいた時に側に居てやれなかったらしい……。

     俺は、若い体のまま、この国を彷徨い、時に、この国の弱い者や傷付いた者を助ける事が有った。
     時には、俺に似た異能の力を持つ者と出会い……場合によっては戦う事も有った。
     だが、高木美憲よりのりが俺に与えた力は、異能の力の中でも、桁外れのモノらしく……他の異能の者と戦いとなっても苦戦した事は、ほとんど無かった。
     数少ない例外は……どうやら、俺の異能の元になったらしい者達と戦った時だった。
     奴らは、俺を自分達の紛物まがいものと見做しているらしかった。
     しかも、俺と奴らは、互いの居場所がある程度は知る事が出来た。
     俺は、面倒な戦いを避ける為、更に日本を転々とし続けた。

     やがて……日本は空前の好景気となり、日本の王は代替わりして、そこから一転して日本は没落し……その間も、俺は若いままで、日本を彷徨い続けた。
     この国の人間の中で、数少ない友であった女に、最後に会った時に言われた「この国の弱い者・傷付いた者を助ける」……それをやり続けてはいたが……どんなに強大であっても、命を終らせる事は容易くとも、命を救う事には不向きな力を持つ1人の人間に、出来る事は限られていた。
    秋光清二 「有楽町」……と言っても、かつて本物の東京に有った有楽町ではなく、それを模した贋物の町。
     その一画の、複数の広域警察の支局と地元警察の本部が入っているビルの屋上のヘリポート。
     そこに俺は居た。
     この町……いや、この島の警察には、捜査能力はともかく、ある程度以上の規模の暴力犯罪や異能力犯罪を鎮圧出来る実働部隊は……最早、無い。
     あえて……居るとすれば……「手足を伸ばす」ぐらいの「異能力」しかねぇ俺と……そして……。
     たった今、到着したヘリから降りたそいつは……二〇世紀のTVの子供向けヒーロー番組に出て来てもおかしくねぇ姿だった。
     それも、俺が子供だった頃より、更に一昔以上前の……。
     くすんだ色の金属装甲。
     妙に大きな「目」。
     何の役に立つか判らないマフラー。
     胸には、俺達「対異能力犯罪広域警察レコンキスタ」のシンボルである「菊水」のマーク。
     左手には、鞘に入ったままの日本刀を持っている。……もっともこしらえは、戦前の軍刀に近い……みたいだ……良く知らねぇけど。
    「状況は聞いている。これからの任務は……この『島』に上陸した『あれ』の鎮圧だ」
     三十前と言われれば、そう思え、五十より上と言われれば、これまたそう思えるような……妙な感じの男の声だった。
    「『あれ』の鎮圧だけですか? えっと……『あれ』を運んだ船に有る……」
    「『あれ』の鎮圧が最優先だ。船にある放射性廃棄物が日本海を汚染しようと、この『島』が沈もうと、『あれ』の鎮圧に成功したならば、今回の我らの任務は成功で、お前には、それ相応の額の臨時賞与が出る。殉職や大きな失敗をしなければの話だがな。逆に、日本海の汚染を防げても、この『島』の住人が無事だろうと、『あれ』の鎮圧に失敗したなら……お前がもし生き延びたとしても……懲戒免職だ」
     何だ、こりゃ? 安いドラマかアニメの悪役の台詞か?
    「えっと……」
    「もっとも、お前が今回やるべき事は、せいぜい、車の運転その他の雑務や後方支援だけだがな」
    「あの……えっと……何と……貴方……でいいのかな? それとも貴官でしょうか? ともかく……何て呼べばいいんでしょうか?」
    「俺の正式な氏名や所属は明かせん事は聞いている筈だ。ただ、この任務中は、俺をお前の上官として扱え。そして……俺の事は……こう呼べ……『護国軍鬼・ゼロ号鬼』と」
    「えっ?」
     護国軍鬼だと? 待て……その名前は……確か……。
    「どうやら……この『島』に……俺の紛物まがいものが1匹居るようだな……。ついでに挨拶ぐらいはしておくか……」
    便所のドア Link Message Mute
    2021/08/29 0:04:53

    第三章「全面開戦 ― Parabellum ―」

    現実に似て非なる無数の「異能力者」が存在する平行世界の日本各地の4箇所に存点在する「紛物の東京」。
    その1つ「千代田区」の通称で呼ばれる「島」の「秋葉原」地区でついに始まる3つ巴・4つ巴の激戦。
    しかし、それすらも、「『紛物の東京』の最も長い夜」の始まりに過ぎなかった。

    他のサイトに投稿したものの転載です。

    #オリジナル #伝奇 #異能力バトル #ヒーロー #ディストピア #魔法少女 #パワードスーツ

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    OK
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    OK
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品