その名は独占欲 私は月に一度、留学生活の報告のためRADの帰りに魔王城に寄る。
報告といっても形式ばったものではなく、お茶とお菓子を食べながらの雑談のようなものだ。魔界生活に慣れた今となっては様子を聞きたいというより、労いなのだろう。それともう一つ。
「今日はこのくらいにしようか。バルバトス、あとは頼んだよ」
「かしこまりました」
という会話の後、ディアボロは私に目配せをし、笑顔で出て行った。
そう、なかなか二人きりで会うことのできない私たちへの気遣いなのだ。
バルバトスさんと手を繋いで城門までの長い長い廊下を歩いて行く。その気になれば一瞬で着けるのに、一緒に歩いてくれることが嬉しくなる。
道中の会話は主に近況報告。テストで初めてクラスで一番いい点を取ったこと、そのご褒美にルシファーにリストランテ・シックスに連れて行ってもらったこと、朝食のレパートリーが少なくて料理当番のときに苦労していること、マダムスクリームの数量限定マカロン購入権の抽選に毎週兄弟総出で応募していること。
「限定といえば、地獄亭の期間限定デザートは召し上がりましたか?」
「ううん、まだだよ。どうしたの?」
「今回の期間限定デザートはご縁があって私がお手伝いしたものなんです。よろしければ召し上がってみてください」
「そうなんだ。それならきっと美味しいよね。この後、ルシファーと地獄亭行くから頼んでみるね。楽しみだな」
一瞬繋いだ手に力が入った気がしたけど、聞く暇もなく話題は次へ次へと移っていく。最終的に、次のデートでは朝食のレシピをいくつか教えてもらって一緒に作ることになった。
廊下の端、人気のない通用口のドアの前。いつも通り軽くハグをした後にドアを開けようとしたところ、腕を引かれて次の瞬間には抱きしめられていた。こんな所で急にどうしたんだろう。
「…………キスをしても?」
小さな小さな今まで聞いたことがない声。本当にどうしたんだろう。心配になって顔を上げると目が合った。瞳の奥に見えたのは、嫉妬、焦燥、愛情、執着、渇望。どれかのようでどれも違う気がした。
「は――」
途中まで言いかけた返事は唇で塞がれた。最初は触れるように。段々と深く、深く。キスに夢中になっていると頬にぬめっとした何かが触れた。一瞬身構えたけど、この場所この悪魔の前でそんなことできる生物がいるわけない。これはきっとバルバトスさんの尻尾。安心したのが伝わったのか、微笑んでいるような気配がした。今、目を開けたら悪魔姿が見られるのかな、なんてことを頭の片隅で考えながらキスをし続けた。
待ち合わせ場所の城門の前では既にルシファーが待っていた。遅れた理由が理由だけに少し後ろめたい。
「遅くなってごめんなさい……」
「いや、今来たばかりだ。気にするな」
眉間に皺が寄っていないので、嫌味でなく本当のことなのだろう。よかった。
「じゃ、行こっか。今日はもう何食べるか決めてあるんだ」
と、歩き出そうとした私を呼び止めると、私の顔の前で煙を払うような仕草をする。続いて、頬の横でも同じ仕草をする。何をされているのかさっぱりわからず、「?」という顔をしていると、
「バルバトスの魔力が残っている。そんなもの纏わりつかせたまま街中を歩いたら大騒ぎだ。それと、牽制の必要もそういう心配もないと伝えておけ」
ものすごい勢いで顔が赤くなるのが自分でもわかった。おそらく、というか確実に遅れた理由がわかっている。わかった上で遅刻を見逃してくれている。
「は、早く行こ! すごくお腹すいちゃった!」
「さっきまで菓子を食べてたんじゃないのか?」
恥ずかしさをごまかすように早足で地獄亭へ向けて歩き出した私の後を苦笑いしながら面白そうについてくるルシファー。
限定のデザートはとてもとても甘くて、ときどきスパイシーだった。
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後日、夕刻のRAD魔法薬学実験室。人影が二つ。
実験の手伝いとしてソロモンに召喚されたバルバトスは「忙しい時間に呼び出されて私は機嫌が悪いです。」と今にも言い出しそうな表情をしていた。
召喚されたからには何もしないで帰るわけにもいかず、黙々と実験を続けていたところにソロモンがふと思い出したように話を始める。
「そうそう、俺の愛弟子のことなんだけど、最近、変なことを言うんだよね。触れた所に魔力を残す方法を教えてほしいって。普通は痕跡を残さないようにするものだし、変な癖がついたら困るからダメだって言ったんだけど、どうしても教えてほしいって。何か知ってる?」
少しの沈黙の後、返ってきた返事は
「いいえ、知りません」
と、そっけないものだったが、その表情はこれまでと違ってどこか楽しそうだった。