比翼連理の兎たち 私は今「もう当分ニンジンは食べたくない……」と思いながらバックヤードで椅子に座っている。
事の始まりはいつものクラブのお手伝い。今や恒例となったバニー企画。ここらでちょっと変わった趣向がほしいとのことで抜擢されたのは魔王城で働くリトルDたち。彼らと店員だけでは不安だったのか、監督役としてバルバトスさんとなぜか私が指名された。ちなみに一日だけということもあって、執事の仕事は嘆きの館の兄弟たちが代わりに務めている。
ウサ耳、かと思いきや兎の着ぐるみを着たリトルDたちは体のサイズも相まってマスコットみたいで、それはもう可愛かった。バルバトスさんも「可愛らしいですね」と褒めていた。当然、可愛さから頻繁にお呼びがかかるし、それに伴って監督役の私も同行することになる。彼らは小さくても悪魔だ。ニンジンを差し出されても、今は食べたくない気分というだけで「私、食べたくないですゥ、食べてくださいよォ」とこちらの満腹具合も考えず容赦なく振ってくる。まさに悪魔だ。お客様の気分を害するわけにもいかないので私はそれを食べるしかない。お客様としても人間に餌を与えるようで楽しいのか、今度は私自身にお呼びがかかるようになる。
そんなことが繰り返された結果、満腹を通り越して吐き気を催すまでになってしまった。営業終了時間までは何とか耐えたけど、閉店作業はパスさせてもらってご覧の通りバックヤードで休んでいる。
なんとか回復してきた頃、閉店作業が終わったバルバトスさんが入ってきた。
「お疲れ様です……。お任せしてしまってすみません」
「お疲れ様です。体調はいかがですか? まだ休んでいても大丈夫ですよ」
「だいぶ休んだので平気です。着替えて帰らないと」
急に勢いよく立ち上がったせいか、よろけてしまったところを抱き留められた。咄嗟にしがみついたバルバトスさんの服からかすかに香る女性向け香水の香り。その途端、店で女性客に寄りかかられたり、ニンジンを食べさせてもらっていた姿を見かけたことを思い出してしまった。仕事だから仕方ない。仕方ないけど。仕方ないけど嫌だ。
「ありがとうございます。支度してきますね」
これ以上香水の香りをかぎたくなくて、突き放すようにして体を離してしまった、つもりだったけれど抱きしめられたまま離してもらえなかった。
「仕事とはいえ、申し訳ありません」
気づかれてた。
「わかってます。わかってるんですけど、こんなことで嫉妬してしまって恥ずかしいです……」
「私も」
?
「手ずからお食事を食べさせたり、髪を撫でたりは私だけの特権と思っておりましたので」
お客様にされたことを見られていた。でも、あれは完全に小動物に対する扱いだったから心配いらないと思う。
「す、すみません……」
「このままでは帰ってからの仕事に支障を来すかもしれません」
と意味ありげな表情でこちらを見る。恐らく支障なんて来すことはないのだろうけど
「休ませてもらったお礼です。目閉じてください」
唇に触れるだけの軽いキスをすると、ようやく望むものを手に入れた、という嬉しそうな顔で倍以上の熱を持ったキスを返された。静かな室内に漏れた吐息が響く。私の息が続かなくなって唇を離したとき、糸を引くのが見えた。
「お礼、これくらいでどうですか……?」
「残念ながら、足りませんね」
「ふふっ、実は私もです」
理性では帰らないといけないとわかっているのに、お互いの感情がそれを許さない。薄暗いバックヤードの片隅で私たち二羽の兎はニンジンではなく愛を貪り続けた。