ワードパレット練習 まとめワードパレット - 44.深夜 寝息・裸足・夜風 隣から寝息が聞こえ始めたことを確認し、バルバトスさんを起こさないようベッドから出る。裸足で触れた魔王城客室の床は暖房が効いたこの部屋でも少し冷えていて、足の裏がひやりとした。
窓際に置いておいた私のバッグを音が出ないよう慎重に漁る。もっと取り出しやすい場所にしまっておけばよかったと少し後悔した。引っ張り出したものは綺麗にラッピングされた箱。クリスマスプレゼント。
窓を少しだけ開けて外の様子を伺う。少し湿気を含んだ夜風が暖房と体温と布団で十分すぎるほどに温まっていた体に心地良い。見上げた空は曇っていて星は見えない。
静かに窓を閉め、ベッドに戻る前にバルバトスさんの頬にキスを落として枕元にそっとプレゼントを置いた。
この天気なら明日は予報通り雪だろう。さっそくプレゼント使ってもらえるといいな、と思いながらベッドに潜り込んだ。
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かすかな夜風を感じて目を覚ましたバルバトスは隣から寝息が聞こえ始めたことを確認すると、留学生を起こさないよう、枕元に置かれていた箱を潰さないよう、慎重にベッドから出た。
二つ並んだ室内履きの片方を履くと、静かにドアを開けて部屋を出ていく。後に残されたのは一人で眠る留学生。先ほど裸足で歩いていた足がすっかり温まった頃、再び静かにドアが開けられ、バルバトスが戻ってくる。その手にはラッピングされた小さな箱。
自分とは反対側の枕元にプレゼントを置くと、そっとベッドに潜り込み、いい夢を見ているのか、心なしか楽しそうに眠る留学生を抱き寄せ、自身も眠りについた。
ワードパレット - 4.金柑 ごろごろ・スタート・押し込む 今年最後の二人のお茶会で出されたおやつはいつもとは趣向の異なるものだった。鮮やかな橙色をし、濡れたような艶を纏った丸い小ぶりな果実がお皿に二つ並んでいる。
「これは?」
「金柑の甘露煮です。今年はおせちを作ろうと人間界から材料を取り寄せたのですが、2番が桁を間違えまして」
バルバトスさんはやれやれといった表情をしていたけれど、ここ魔界では金柑なんてまず口にすることはない。たまには間違うのも悪くないと思う。
今回の年末年始、折悪しくディアボロは魔界の次期王子としての予定がぎっしり詰まっているらしい。となると必然的にその執事であるバルバトスさんの予定も埋まってしまう。
しばらく会えなくなる埋め合わせに、といつもより早い時間にスタートしたお茶会は気づけば終わりの時間。
「沢山あるので、皆様でお召し上がりください」
笑顔でお土産として持たせてくれたのは先ほどの甘露煮が入った大きな瓶詰め。
長いこと会えないと思ったとたんに湧いてくる、またすぐ会いたいという気持ちを押し込めて、いつも通りの笑顔だったことを少し寂しく思いながら帰路についた。
年末年始は無理を言って部屋に設置してもらった炬燵でごろごろしながらこれを摘まんで過ごそう。皆様で、と言っていたけれど独り占めして大事に食べよう。
帰宅後、瓶詰めに添えられていたメモを見た私の手により、嘆きの館のデザートは毎日固定されることとなる。
『なくなりましたら補充いたします。いつでも、ご自由に、お越しください』
ワードパレット - 13.杏 小さな声・聞き逃した・ラジオ「こちらをお願いします」
バルバトスさんと二人並んでボウルに盛られた杏の水気を拭き取って並べていく。後ろの棚には去年、一昨年、さらにその前に漬けたであろう果実酒の瓶が並んでいて、今手にしているこの杏もいずれ同じように並ぶのだろう。単純作業の眠気覚ましにつけてもらったラジオは古いものらしく、たまに音が途切れる。
「あ、この曲聞いたことあります」
「魔界では定番の曲ですからね」
知ってる曲、知らない曲を背景に黙々と杏を拭き続ける。
「あれ? 人間界の曲も流れるんですか?」
「人間を誘惑するためには、何を心地良く思うのか知っておく必要がありますから」
「……みなさん勉強熱心なんですね」
「もっとも単純に好きだから聞くという者も多いようです」
流れているのは恋の歌。懐かしくなって、ラジオからの曲にあわせて小さな声で歌を口ずさむ。
「好きです」
狙いすましたかのように曲が途切れ、部屋にぽつんと私の歌った言葉だけが落とされた。
「えっと、これは、その、あの、あのですね」
何か言いたげにするバルバトスさんを前に慌てた私の手がボウルにひっかかり、鈍い音を立てて大量の杏が床に転がった。
「ああ……ごめんなさいごめんなさい」
「落ち着いてください。洗えば問題ありません」
そこら中に散らばった杏を拾い集め、洗って拭き直す作業に追われたおかげで、さっきの発言には何も言及されずに済んだ。……時々意味ありげな視線を感じた気はするけど。
聞き逃した返事を知るのは、今日漬けた果実酒が飲み頃になってからのこと。
ワードパレット - 31.空腹 消毒・誘い・一人ここにあります
ワードパレット - 26.準備 挨拶・水滴・砂糖「お待ちしておりました」
挨拶と共に魔王城のキッチンに足を踏み入れると、バルバトスさんは洗い物の手を止めて水滴を拭くと笑顔でこちらに向き直った。
少し早めの二人きりのクリスマスパーティー。クリスマス当日はお互い魔王城と嘆きの館、それぞれで予定があるため、本日開催の運びとなった。
準備の最後となるケーキの飾りつけは一緒に。砂糖で出来たリトルDや小さなクッキーの家をのせて、粉砂糖で雪を降らせたら完成。
「乾杯」
「かんぱーい」
始まりの乾杯はデモナスと人間界から取り寄せてくれたらしいシャンパン。ささやかだけれど、とても幸せな時間が始まった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの。古今東西誰もがそう思っている。ここ魔界でも例外はなく、夜も更け、パーティーはお開きに。新年もお互い予定が入っているので、次に会えるのはだいぶ先になる。嘆きの館まで送ってもらう途中、今にも雪が降りそうな冷たい空気の中、無音の時間がないくらいに喋り続けた。
「今日はすごく楽しかったです。ありがとうございました」
思う存分話したと思ったのに、それでもやっぱり寂しくなって言葉が継げずに俯いてしまう。
「来週は」
会えないですよね。わかってます。
「新年に向けての料理を作ろうと思っているのですが、もしよろしければ、ご一緒にいかがですか?」
……! 予想外に訪れた嬉しさに、外なのにもかかわらず思い切り抱き着く。私を抱きとめる温かい腕の中で、この先も一緒に次の季節の準備を重ねていけたらいいな、と思った。
ワードパレット - 11.柚子 お風呂・癒し・君に 窓の外では雪が降っていた。バルバトスさんは窓際に立つ私の肩越しに外の様子を覗き込んだ。
「積もってきましたね。今夜はこちらへ泊まっていかれては?」
うっすらと道に積もり始めた雪は全く止む気配がない。
「そうですね……無理に帰るのも危険そうなので、お言葉に甘えて泊まらせてもらいます」
「かしこまりました」
バルバトスさんお手製の美味しい夕食も済んで、客室のベッドでごろごろしていると部屋のドアがノックされた。
「こちらをどうぞ」
と柑橘が盛られた籠を渡される。夜食にしては多すぎる、と思ったところで鼻先に漂う覚えのある香り。これは。
「今日は人間界では冬至ですので。よろしければお使いください」
「もうそんな季節なんですね。ありがとうございます。使わせてもらいます」
常闇の魔界では日の長さによる季節感がないのですっかり忘れていた。
「お風呂は今すぐお入りに?」
「そうですね。せっかくなので、すぐ入ります」
「お一人で?」
「一人で大丈夫ですよ?」
いくら魔界のお風呂でもさすがに一人で入れる。
「……失礼いたしました。どうぞごゆっくり」
去っていったバルバトスさんの後ろ姿がちょっと残念そうに見えたのはなぜだろう。
お湯を張って、貰った柚子を投入。ぷかぷかと浮かぶ柚子は見ているだけで懐かしくて楽しい。順番や時間を気にしないお風呂は香りも相まっていつも以上の癒しがある。
何も考えずにぼうっとお湯に浸かっていて思い浮かんだのは、去り際のバルバトスさん。何か変なこと言ったかな……と、さっきの会話を反芻していくうちに気付いた。あれはいわゆる「お誘い」だったのではなかろうか。それならあの様子も納得がいく。
「あぁー…………」
後悔でぶくぶくと沈んだお風呂のお湯は、ほろ苦い香りがした。
ワードパレット - 32.再開 キーボード・交渉・約束 議場に響くのは雨音とタイプ音。カタカタという音の出所はRAD新聞部に渡す資料を必死で作成中の私。他には誰もいない。
「お疲れ様です。調子はいかがですか」
いつの間に入ってきたのか、キーボードの隣に紅茶が置かれた。
「バルバトスさん。ありがとうございます。大変ですけど、今日中の約束なので、なんとか」
返事はするものの、視線は正面に固定し手も止めない。
「もしかしてこれ、締め切り伸ばしてもらうことって出来ます?」
「あなたが新聞部と交渉して、許可が出れば構いませんよ」
自分の交渉スキルでは作業を進めた方が早い。そのまま手を動かし続ける。
「……キスでもしてもらえたら頑張れるのに」
思わず漏らした呟きはしっかり聞かれていたようで、一瞬の後、雨音だけが議場に響き続けた。
「それでは失礼いたします。頑張ってくださいね」
ドアの閉まる音と共に、再び雨音に先程より少し元気なタイプ音が混じり始めるのだった。