体は正直 エレベーターのドアが開くのが待ちきれなくて体を斜めにしてドアをすり抜け、マンションの廊下に降り立つ。私が急ぐ足音だけが夜の廊下に微かに響いた。
「ただいま!」
勢いよくドアを開けて、きれいに揃えられた靴の横に窮屈な靴を脱ぎ捨てた。
「おかえりなさいませ」
足音を聞きつけたのかバルバトスさんが出迎えてくれた。私がこちらで暮らしている間、茶葉の仕入れだのディアボロの用事だので人間界を訪れる度にこうして我が家に立ち寄ってくれる。
「ただいまー」
抱きつこうとする私を手で制して洗面所の方に目をやる。はいはい、うがい手洗いですね、と蛇口をひねると冷たい水が手を濡らした。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。お疲れ様でした」
冷たくなった手が、私より少しだけ温かい手で包まれる。三回目にしてようやくバルバトスさんの腕の中におさまり、ただいまのキスを交わした。
「あれ? 何かいい匂いしますね」
「お食事がまだだと伺っておりましたので」
そういえばチャットにそんなことを書いたっけ。一人用の小さなテーブルを埋め尽くすように夕食が用意されていた。まな板すらろくに置けない小さなキッチンでこんなに作れるものなのかと感心してしまう。
「お食事になさいますか? お風呂になさいますか?」
あ、もしかしてこれは昔ながらのあれではなかろうか。
「それとも私に?」
きっと私がどう答えるか知っているのだろう。それはもちろん――と答えるより先に私のお腹が返事をした。してしまった。
仕方のない方ですね、とばかりにバルバトスさんがくすりと笑う。
「かしこまりました」
体は正直である。悲しいほどに。
体は正直である。好きなひとの前では特に。
食事を済ませ、お風呂に入り、二人でベッドに潜り込み、部屋の電気も消して、明日も仕事だから寝ないといけないと頭ではわかっているのに、手が触れるのを、唇を求めるのを、体が熱くなるのを、そして応えてくれることに悦ぶのを止めることができないのだから。