美人(腐*ノクプロ) イグニスの監視付きでデスクワークを始めて半日が過ぎた。
昨日逃げ出して息子と釣りに行ったのが災いしたか、今日の見張りは一段と厳重で少しでも手が止まると静かに名前を呼ばれる。
こんなんじゃ捗るもんも捗らねぇわ、なんて言い訳をかましてテレビをつけたのが数分前。
苦言を呈しつつも消せとは言わなかったのは、ちょうど先日の式典の様子が流れてきたからかもしれない。
礼服を着た俺がレガリアの窓越しに手を振っているのが見える。
イグニスはそれを一瞥して、「ようやく様になってきたな」と余計な一言を添えた。
まぁ確かに最近はカメラに向ける笑顔も自然になってきたと思うし、手の振り方からぎこちなさも抜けてきているように思う。
それは俺の隣で同じように手を振るプロンプトも同じだ。
正式に式を挙げて晴れて俺の伴侶となったプロンプトは、こういう時には護衛としてではなく王の伴侶として俺の隣に寄り添う。
初めは本気で嫌がっていたプロンプトだが、イグニスの強制花嫁修行で王家の立ち居振る舞いを一通り叩き込まれてからは渋々ながらもこうして俺の隣で手を振っている。
けれど俺以上にそういうのが性に合わないらしいプロンプトは、すぐに気力が尽き果てて笑顔が陰ってくる。
見えないところで手を抜こうとしたらしい。カメラが自分から逸れたと思ったのか、プロンプトは手を下ろしてふっと笑顔を消した。
ツンとすました、なんて悪いお姫様を形容するようだけど、まさにそんな横顔が画面に映っている。
いつもはくりっとした愛嬌のある目は、気を抜いている間は少し鋭く、その瞳の色も相まってなかなかに冷たく見える。
その眼と、一向に輝きを失わない金髪。それから真っ白な肌。
表情を消したプロンプトは絵画か彫刻か、なんにせよ美を表すために拵えた芸術品のようだ。
「俺の嫁さん、すげぇ綺麗だなぁ」
俺の前ではあんまり見せない表情をまじまじと眺めるうちに、つい口をついて出ていた。
幸いここにはイグニスしかいないので、まぁいいやと特に放った言葉を回収することはせずに依然としてテレビに意識を向ける。
「何を今更」
横から聞こえてきた声は幻聴かと思った。即座に移した視線の先、声の主と思われる男は相変わらずのクールな表情でペンを走らせているのだからなおさらだ。
けどすぐに10年以上前のことを思い出して、あながち幻聴でもないなと思い直した。
プロンプトと付き合うことになったと高校生の俺が告げた時、この男は一度ゆっくり瞬いてからこのクールな表情でそうかと短く答えた。
そしてそののち、「あんな綺麗な子が恋人になってくれて良かったな」と続けて小さく笑ったのだ。
「……だな」
そんなことを思い出しながら一つ呟けば、案の定「なにがだ」なんてことは言わず、イグニスは「あぁ」とこれまた短く返して一枚紙をめくったのだった。
テレビの向こうではようやくカメラが自分を捉えていることに気付いたらしいプロンプトが、恥ずかしそうにまた手を振り始めて、それから笑う。
多少ぎこちなくはあるが、俺にも見せる明るく朗らかな可愛らしい笑顔だった。