バレンタイン2019(腐*ノクプロ)「はいじゃあ、これ持って真っすぐ歩いてね」
朝、校門の前で珍しくプロンプトに会わないまま、校舎に入った。
早く顔が見たいと、いつもより足早に廊下に出た瞬間、クラスで委員長をしている女子に腕を取られ、挨拶もそこそこにえらくでかい紙袋を渡された。
厚めの素材のそれは結構な耐荷重量がありそうだけど、どういうわけか中身は空っぽだ。
「……なんも入ってねーじゃん」
率直に思ったことを口にすれば、返ってきたのは「すぐに入るから」という答えになってるようななってないような、よくわからないものだった。
それでも委員長の気迫に押されて一歩足を踏み出したところで気がつく。
廊下の端には人が綺麗に整列していた。よく見ればみんな女子だ。
男子はみんないつもどおり廊下を歩いているけど、空の紙袋を持たされてる俺が不思議なのかチラチラ振り返っては隣の友達となにかをコソコソと喋っている。
なんだこれ。つーか、プロンプトどこ。
急に不安になって一番の親友の存在を思わず探す。
キョロキョロと辺りをうかがう俺に、委員長が改めて最初と同じような言葉を口にする。
ただし今度は「良いから黙って歩いて」と、少し強めの口調だった。
またしてもその気迫の押されて、止めていた足を再び前に出す。
すると一番近くにいた女子が一歩前に出て、俺の持ってる紙袋になにかを放り込んだ。小さくて、キレイな包装がされている箱。
「……あぁ、バレンタイン」
「そうそう。みんな王子にチョコ渡したがってたから、これじゃ今日うちのクラスが大変だってことでこうすることにしたの。ゴールはうちの教室ね」
彼女は委員長に選ばれるだけあって快活で友達も多く、おまけに人をまとめるのが得意だ。
列の中には上級生を示す色のリボンをしている女子もいる。それらまとめて言うこと聞かせたってんだから、その手腕は思ってた以上みたいだ。
それにしたって面倒なことに巻き込まれた。
いや、巻き込まれてるのはクラスメイトのほうなのかもしれないけど……と、中学のときの惨状を思い出して眉根が寄る。
休憩時間ごとに押し寄せる女子。チャイムが鳴ってもみんな帰らないから、教師もイライラしてた。俺が悪いわけじゃないのに、男子たちは俺を迷惑そうに見ていたのを覚えている。
そんなのが三年続いたもんで、バレンタインには良い思い出がない。
それを考えれば、彼女が同じクラスだったことに俺は感謝すべきなのかもしれない。
「そんな嫌そうな顔しないで、ゴールまで行ったらご褒美があるから」
「ご褒美? ……期待しとくわ」
「そんな顔しちゃって、ぜーったい喜ぶと思うけどなぁ」
どんな顔をしてたか知らないけど、委員長はそう告げて軽く肩をすくめた。
委員長を伴って歩き続けること数分。いつもの倍以上の時間をかけて、どうにか教室まではもう半分というところまで来た。
プロンプトは教室に居んのかな。俺も、プロンプトからチョコを貰えるってんなら喜ぶけど……あいつは友達だし、男だし、俺の片想いだから望みはない。
プロンプトからのチョコ以外がご褒美で、委員長の期待通り喜べるかな。
なんてことを心配しながら、ようやく教室の前に辿り着く。既に紙袋は一杯で、あと一つくらいしか収まる場所はない。
「お疲れ様! ではでは、ご褒美として最後の一つをお受取りくださーい」
ガラガラっと委員長の手によって開けられた扉の向こう。
女子二人に両腕を拘束されたプロンプトが居た。
「あ、ノ、ノクト……えっと……おはよ~」
「はよ……っつーか、それ、なに」
「わ、わかんない。なんか登校して早々に拘束された」
プロンプトは女子にがっちり腕をホールドされて、いつもなら喜びそうなところ、何故か泣きそうな顔をしている。
離してやれよ、なんて至極真っ当な言葉がこぼれる。それには「離したら逃げるからダメ」ときっぱりとした答えが返ってきた。
わけがわからずとりあえず黙って様子を見ていると、右側の短髪の女子がプロンプトの腕を強引に持ち上げた。その手には、黒い小さな箱。丁寧にリボンまで掛けられていて、散々似たような箱をもらってきたから中身は大体予想がついた。
「ほら、さっさと渡せって!」
「やだー! 絶対やだ!」
「往生際悪いよ! 王子にあげるために持ってきたんでしょ!?」
「こっそりカバンに入れるつもりだったのー!」
女子相手に頑張って口答えするプロンプトと俺の前に、委員長が割って入る。
そうしてプロンプトを正面に据えて、毅然とした態度で告げた。
「ダメだよアージェンタムくん、今年は始業前に全員並んで渡すってルールなの。例外はなし。貴方で最後よ。ちゃんと、今、ここで、自分の手で渡しなさい」
あまりの気迫に、俺まで姿勢を正してしまう。
つーか……やっぱこれ、プロンプトから俺に、チョコを……。
「はい、それじゃあどうぞ!」
期待に胸を膨らませる俺のことなんか微塵も気にしてない様子で、委員長はきびきびとした動作で横にずれると、俺に向かって腕を伸ばす。それを合図にするように、プロンプトを拘束していた二人も手を離し、同じく一歩横にずれた。
解放されてよろっと一歩俺の前に出てきたプロンプトが、顔を真っ赤にして俺を見る。
もうほとんど確定みたいなもんだけど、本人からその決定的な言葉を聞きたくて俺はなにも言わずにただ息を呑んだ。
「あ、あの……俺……」
「……うん」
「俺、俺……のっ、ノクトのことが」
一瞬、朝の学校ではありえないほどの静寂が広がる。誰かが唾液を飲み込む音が聞こえた気がした。
その次の瞬間、プロンプトがもう一歩俺に歩み寄ってきて、告げる。
「好きです」
パタパタと、カーテンが風に揺れる音だけが響く教室で、クラスメイト全員が見守る中で、プロンプトは俺がずっと夢見ていた言葉を口にした。
差し出されたチョコの箱。
紙袋が手から滑り落ちるのも気に留めず、俺はそれを手にとった。
それだけで答えとしては充分なのかもしれないけど、俺もまたクラスメイトが見守る中、一度深呼吸してから答える。
「俺も……俺も、好き」
ものすごく恥ずかしいことをしてるはずだけど、直後にわっと上がった歓声にその感情はかき消される。
今まで静かにしていた連中が途端にプロンプトの周りに集まって背中や肩を叩き始めた。あんまベタベタ触んなと視線を送るも、やたらとテンションが上っている人間にはあまりに無意味な行為だ。
照れくさそうにはにかみながら男どもにもみくちゃにされるプロンプトを眺めていると、委員長が近付いてきてさっき落とした紙袋を渡してくる。
「二年目に突入する前に片がついて良かった」
「え?」
「一年近く両片思いの青春を見せつけられて、私たちももう限界だったから」
「……え?」
「隠してたつもりかもしれないけど、バレバレだったよ。二人とも、お互いが好きだってこと」
「はぁ!?」
「はいみんな、一年間の見守りお疲れ様でした! 無事くっついたので解散!」
クラスメイトの「はーい」という元気の良い、統率の取れた返事がカーテンの揺れる音をかき消す。
そこに疑問や戸惑いを抱く人間はいなかった。顔を見合わせる、俺とプロンプトを除いては。