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    赤い羊よ眠れ 総てはいずれ時に押し流される。ナイトシティでは伝説となって酒に名を遺すことはできる、友人はそれこそが永遠であると言っていた。伝説となって永遠の存在になるという野心を抱く者はこの街に多い。ここに流れ着く者は大方名を上げるためにくるのだ、それは当然のことではある。
     ヴィクターが仮眠用に使っている毛布にくるまりながら、いつもと違う香りを薄く纏ったVはぼんやりとコーヒーの黒い水面を眺めていた。Vがとどまらせてくれといったのではない、ヴィクターから少しここで休んでいけといったのだ。顔色は悪いなんてものではなく、思い詰めているとも何かを放棄している最中ともつかない、けれど確かに追い詰められた顔をしていた彼をヴィクターはソファに座らせ、薄い毛布で包んだ。抵抗も、露骨な子ども扱いともとられかねない行為に何の言葉も発さず、Vはただ途方に暮れた顔で、珈琲をすすり様子を見に来たミスティが用意したチョコレートをかじっている。Vの様子に、彼はまだ年若い、輝ける未来につながる可能性をいくつも持った青年であったのだ。のだと過去形で表現できてしまうことに、ヴィクターはその心に根を張り続けている悔恨がその根をさらに深部へ張り巡らせるのを感じ取った。けれど、ヴィクターの悔恨など彼の状況に何か変化を起こせるようなものではない。少しだけ口を付けたチョコレートの包み紙を眺めているVに、どのような言葉をかければいいのか。そもそもかける言葉などヴィクターが持っているのか。思考の迷宮に立ち入りかけた時Vが「このチョコ、懐かしいな」と言葉を発した。
    「まだクランにいた時、それもガキの頃だ。大人相手にはケチなのに子供相手にはかなり面倒見がいいおばさんが一人いたんだ。彼女が襲撃に加わると、あの人、必ずお菓子を持って帰ってきたんだ。お菓子は平等に分けてたけど、俺が一番年が下だったからだろうな。俺にはこっそり、他のやつはマシュマロ一袋ずつなのに、チョコレートとビスケットをくれたんだ。まぁ俺が多くもらってる、ってのは他のやつらも知ってて、年上にスモアを作ってもらう代わりに、他のやつらと分けてたんだけどさ。きっと、それも知ってたんだろうな、あの人」
    「……良い人だな、お前さんのお人よしの源泉か?」
    「かもな? まあ、おれが車に乗れる前に死んじまったんだけど。……そうだ、俺のクランでは、遺体を処理する前に、死者に煙草を吸わせるんだ」
     Vがノーマッドのクランにいた時の話について、ヴィクターが詳しいかといえばそうでもない。Vはジャッキーが相手でもクラン時代の物事を語りたがらなかったのをヴィクターは知っている。捨てたものだからだと、といつだかここで酒盛りをしたときにジャッキーがさみしそうな口調でぼやいたのをよく覚えている。無言で続きを促すと、Vはチョコレートを割って口に放り込むと、銀紙で丁寧に残ったチョコを包んで、テーブルに置きコーヒーを飲んだ。いまVの目に映っているは過去なのだろう、失うことが定めとされた青年の言葉にヴィクターはただ耳を傾け、相槌を打つ。Vは言葉を必要としていない、それは確信としてヴィクターの中に存在した。
    「彼女に一番可愛がられてたから、俺が煙草に火を付ける役になった。少し成長したとはいえ、まだガキだった。火を付ければ、煙草嫌いの彼女が煙たいんだよって悪態付きながら起きてくれるんじゃないかって、馬鹿なこと考えてた。けど、起きなかった。タバコの火はすぐに消えて、遺体はクランが本拠地にしてた場所に埋葬されて。それで、彼女が煙草嫌いだった理由も、なんとなくわかったんだ」
    「そいつは、どうしてだ?」
     ヴィクターの疑問に、Vは中身を飲み干したカップをテーブルに置いて、指を祈るようにせわしなく組んでは別の形に組み直す。彼らしくはない仕草だ、ヴィクターはそう感じた。
    「俺達には、煙草は死と近すぎるんだ。その風習の始まりが死者への敬意だったとしても、生きてるやつと死んだやつをわけてるってことだ。つけてすぐに消えた煙草の火をみて、そのにおいをかいで、俺もすぐに煙草が嫌いになった。それで、吸ってなかった。今までは。今は吸ってるんだ、嫌いな理由は覚えているのに、嫌った理由は確かに覚えているのに、今じゃ抵抗がなくなってる」
     Vは絞りだすような哀切がまとわりつく声を発して、顔を覆った。ヴィクターはその肩に手を伸ばす。青年の首に、死神の鎌がいつ振り下ろされるのか。それは誰にもわからない。それでも生きようと藻掻くいのちに、ヴィクターがしてやれるのはもはやこの程度だ。名医が聞いてあきれる、とヴィクターは思考する。死にかけたいのち、死にたくないと喚くいのち。生につないでやることは、ヴィクターには叶わない。
    「なあヴィク、隣に座ってくれないか? ガキの時、寒い夜はガキ連中が集まって、大人もたまに混ざって焚火で暖を取ってたんだ。こんな風に、毛布にくるまって焚火に当たってた」
    「……もちろん、よけりゃお前さんのそういう話を、もっと聞かせてくれ」
     二人分の体重に軋んで不満を漏らしているソファの言いたいことを無視して、ヴィクターはVの隣に座った。青年が荒野に戻ることはできない、バッドランズという地にいくことはできるがもはや彼の故郷となる集団は存在しない。荒野にあった彼の故郷は消え失せている。彼の戻れる場所は、もうここしかない。ここに戻れない道をたどったとしたら、Vは何処へ消えるのだろうか。
     Vの名は、彼が生きようと藻掻き続けるたびに高まっていく。その過程で信じられない無茶をしているのも、ヴィクターの耳に否応なく入ってくる。けれど、ヴィクターは何も言わずにいた。今は優しかった記憶をたぐっている青年に、ヴィクターは変わらず耳を傾け、時折ではあるが相槌を打つ。チョコレート、マシュマロ、ビスケット。子供たちが焚火を囲んで、与えるものが去ってからは滅多に食べられなかったという思い出をVはヴィクターに語る。
     残らない思い出に、残れない記憶に本当に価値はないのだろうか。彼が町の伝説となっても、残らず消えてしまう思い出をヴィクターの中に留めるように、Vの語る思い出にそっと手を当てて、ヴィクターは彼の言葉を受け止めていた。

    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/17 12:04:30

    赤い羊よ眠れ

    ノーマッド男Vとヴィクターの、Vがノーマッド時代の思い出を語るしんみりした夜の話。ノーマッド関連の話とvがタバコ吸わなかった理由は捏造です。

    #サイバーパンク2077
    #ヴィクター
    #男性V
    #cyberpunk2077

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