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    コヨーテエンゴースト 運転中、急に調子が悪くなった車の様子を丁寧に見ているVをジャッキーとともに見つめながら、ヴィクターは車に発生した問題を解決するためにオイルで濡れてなお滑らかに動く彼の手に、彼のルーツを、ナイトシティの外を詳しく知らないヴィクターにとっては想像上のものでしかない、乗るものとっては半身といって過言でもない愛車とともに駆け回る、荒野の放浪者たちを思い描く。ボンネットを開けて色々と車を弄繰り回しているVの難しい顔から察するに、エンジン内部で何かのパーツがイカレていたらしく、Vはもう少しだけ時間をくれといってトランクに向かった。

    「よくやるもんだな。俺は乗るのはいいが、修理はさっぱりだ」
    「へえ、名医にもわからねえもんがあるとはなぁ。おおいブロダー! まだかかるか? 喉が渇いちまったんだ、お前の分のニコーラ飲んでいいか!」
    「まだかかる! 確実に最初の試合には間に合わないから飲んでてくれ! その代わり、それ飲んだら全部の試合が終わる前に修理が終わらなくても文句言うなよ!」

     トランクから部品と一緒に引っ張り出した洗ってはいるらしいが大きな汚れが落ちていないタオルを首にかけて汗を拭きながらジャッキーの言葉に大きく声を張り上げて返答し、その後は黙々とエンジンと格闘するVを見ながらジャッキーはニコーラを二本、クーラーボックスから取り出して一本は自分、もう一本はヴィクターに缶の蓋を開けてから差し出した。頭が空っぽの粗暴な乱暴者に見られがちだが、実際は面倒見がよくその風貌に反してなかなか気の利く大男は、ヴィクターが手にしていた飲み物がなくなっていることにとっくに気がついていたらしい。今はVが使っているが元はジャッキーのものだったという小さなクーラーボックスのおかげで、まだ冷えているニコーラを飲みながら、ここまでクリニックがある場所から遠くへ出かけたのも、喉を刺激する炭酸を飲んだことも久々だとヴィクターは気がつく。
     なにかと出不精なヴィクターとそんな彼の性質をよく知っているジャッキーとVがなぜ連れ立って車で外出したかといえば、ミスティがたまには外出しなよ、理由は食事でも何でもいいから。とにかくたまには空気や陽に当たるために外に出たほうがいいとヴィクターに苦言を呈して、そこにたまたまその時限りの契約で終わったらしいちゃちで酷くけちなフィクサーから仕事のボーナスとしてもらったボクシング試合のチケットが一枚余っていた若者二人が訪れたことによる。いってきたらいいよ、この日は予約が入ってないし、それにたまに休みにしたって誰も文句言わないから。ねえダーリン、V、ヴィクターもその試合に連れてったげて。そして当日、それ以前からVの車の調子がおかしい事はジャッキーにV本人、それにミスティ、つまり全員から聞いていたが、車が沈黙した場所は会場めがけて歩くにはなかなか遠いが車ではあっという間という、非常にどっちつかずな位置だ。そんな場所で立ち往生するとは思いもよらなかったが、誰にも思いもよらなかったこととはいえ、ガードレールに寄りかかって手馴れた修理を見つめる時間は物珍しささえあり、手際のよさを見つめているだけの時間だが、ジャッキーもヴィクターも、口出しをせずにニコーラを飲んでいるだけの時間を思ったより退屈をしないですごしていた。

    「手馴れたもんだな」
    「あんただって調整したりパーツを変えるのは慣れてるだろ?」
    「いくら結局両方機械だって前提があるといえ、俺が慣れてるのは人体の治療と人体に積まれたサイバーウェアの調整や修理やらであって車は完全に門外漢だ。ジャッキー、お前さん車いじりと人体の手術を同じ調子でして欲しいのか?」
    「いや、そいつはごめんだ。お、終わったみてえだな」
     パーツを交換し終えると外したパーツと修理道具をトランクに放り込んで、Vは車に乗り込んでエンジンをかけた。先ほど沈黙したエンジンは息を吹き返して高らかにさあ俺は走れるぞとがなる。生き返ったエンジンがずっとこの調子なら、二戦目が駄目でも三戦目までには余裕で間に合いそうだ。
    「よっし直った! ほら、二人とも乗ってくれ」
    「お疲れさん。ほらよ、お前の分のニコーラだ」
    「おい、待てよ。これもともと用意したの俺だぜ? 俺の分も何も、ぜんぶ俺のだろ! ……まあ、いいけどさ。こいつは俺の分。そう納得してやるよ、ジャッキー」

     言葉とは裏腹にちっとも納得していない事をいささかも隠さずに、Vはジャッキーの差し出した缶を受け取って飲む。作業に集中していた間よほど喉が渇いていたのだろう、一気に飲み干し缶を放り投げると手についていたオイルをすべて拭いて、運転席に乗った。彼が気に入っているらしいラジオが流れる車内で、Vとジャッキーは三回戦の選手の話しをしていた。一戦目は一回戦ノックアウトで速攻終わっている。次の試合は現チャンピオンの試合だ、こっちは三回戦で相手がギブアップだろとVが予想したためだ。三戦目の選手に若者達はそれぞれどちらが勝つか賭けをはじめる。ヴィクターはどう思うと話を振られたため、三戦目は元チャンプの判定勝ちだと元チャンプとその相手と戦歴から予想を立てる。

     先ほど急に沈黙したのが嘘のように調子よく道路を滑るタイヤと、息を吹き返して俺はやれる、やれると叫ぶエンジンのやる気に満ちた駆動音。ヴィクターはあまり知らない、Vの説明曰くアイドルの曲であるらしいどこか曖昧でやわらかい女性の日本語が不可思議な感覚をもたらす曲を流すラジオと、ラジオから流れる曲よりやや騒がしくそもそも賭けなら何を賭けると討論を重ねる若者達の声に、彼らに聞こえないようにヴィクターは声を忍ばせ、笑った。ヴィクターから見た彼らはいつだって未知につながる未来だった、未来という未知数の可能性を持った、けれどもどこにでもいる、その身の丈にあってないように感じるその胸に抱く青臭い野心へ、ほどほどにしておけよと時折老婆心で口出しをしてしまうほど、大事な友人だった。
     あの日見に行った試合はほとんどVの予想通りで、すべての予想が当たらず賭けに負けたジャッキーにVは、賭けの賞品は飯と酒だ、俺とヴィクに奢れと主張し、どこで何を食べるとか俺が出せるのは精精この店の商品までだぞとかジャッキーがいい、それから色々あったが結局懐に寒風が吹いている事のほうが多い若者達がはちきれかけるほどヴィクターが食事を奢った。お前さんたちの懐に隙間風が吹かなくなったらその時は普段飲んでるやつよりもっといい酒を俺に奢ってくれよといって、それに二人は笑って上等だと普段から燃え続ける闘志と野心をさらに燃やした。

     けれどそれらはもう過去なのだ。すべて、そうすべて。ジャッキーはもういない。Vは、Vのことはなんと称すればいいのだろう。あの日パーツを変えたエンジンのように、彼の中で何かが変わっていく。変わるのは当たり前だ、人であるのだから。けれど、自我が削られ新しい何かが彼の中に存在した何かにすげ変わる。今のVは、まるでテセウスの船だ。ヴィクターはクリニックの中、もはや意味をなさないただの雑音と化した試合の音が耳に入らないほど、追い詰められていた。
     その胸中で燃え盛っていた野心によって無残な姿となって帰ってきたジャッキー、もはや野心や向上心という問題でなくなり、ただ生き残るために動くごとに皮肉にもその名が高まっていくV。もうとっくに遠ざかって戻れないあの日の、ごくささやかだが確かに幸福が存在した日常を記憶にとどめているのはもうヴィクターだけなのかもしれない。
     ヴィクターの手が、生きる者の手など届かない場所までその航路を進みゆくテセウスの船は、その竜骨も別の何かへ変わるのだろうか。そして、そのとき彼は一体どうなるのだろう。自分らしくないのは分かっている。けれどヴィクターは指を組み祈ってしまうのだ、その時に至っても、VがVのままであることを。Vがその苦しみから解放されることを望むと同時に、どうか「V」がこの世にあってくれとヴィクターの胸中にまるで視界をさえぎる霧のように烟る悔恨が、どこまでも弱弱しくどこにも届きやしない願いを捨てさせてくれない。

     あの時彼を生かすために手を尽くすヴィクターを突き動かしていたのは、リパードクとしての使命感や年の離れた大切な友人を死なせたくない気持ちだけではなかった。あの行動の何割かは、他でもなく自分のためだったと、いつの間にか静寂しか存在しないクリニックの中にでヴィクターはその自覚を深める。
     持ちうるすべての方法を試してでも誰かを生かし、治すということが必ずしもその者の痛みを消すことに繋がらないことなど痛みを覚えるほど知っていた。肉体が治ったとしても、精神が立ち直らないこともざらだ。そんな当たり前を目の当たりにするたびにヴィクターの中でわだかまるその痛みはいつになっても鈍化してはくれない。どのようなものであれ。いやちがう、どうやったって、ヴィクターの手では目の前の患者をすくい上げられなかったのだという痛みは、無力だという証明の痛みはいつだって軽くも少なくもなってはくれないのだ。すまない、とその口から滑り出した言葉は一体誰の何に向けられた言葉だろうか。複雑に絡まった誰かの思惑で染まり水底なんて見えないほど黒々と濁りきった水面を切るテセウスの船は、一体どのような結末にたどり着くのか。また、すまない、すまないと口から言葉が流れ出す。顔を覆って、流れ出た言葉を阻もうとしても無駄だった。塞ぎ、止めようとしても唇から零れ放たれた側から乾いては、大きな亀裂が走ってひび割れる言葉が、この部屋にいくつ転がっているかももうわからない言葉。所在無く転がった言葉達をゆるして彼に救いの水を与えられる唯一の存在は、今ここには、この空間には存在しなかった。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/17 12:14:02

    コヨーテエンゴースト

    もういないものと去るかもしれないものとの在りし日と過去と現在を見つめて苦悩する名医のはなし
    #サイバーパンク2077
    #ヴィクター
    #男性V
    #ジャッキー・ウェルズ
    #cyberpunk2077

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