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    ソシアルクロック 肺を満たす紫煙に不快を感じていたのはいつまでで、長らくただ不快しか感じない気体だと思っていたはずの紫煙を許容したのはいつだったか。Vは煙を吸っては吐きながら、ヴィクターのクリニックに繋がる通路で短くなっていく煙草を言い訳に、仕事中に発見したチップに入っていた、今よりずっと過去に行われた昆虫実験のレポートを暇つぶしにしてただ出血し続けている時間をぼんやり浪費していた。こんなものは吸えればいいのだと銘柄を特に気にして買っているわけではないが、気づけばいつも同じ柄の箱をVは買っていた。唇に挟んでいる乾燥させた草を燃やした煙の味を感じるたび、脳に何か感傷的な、押し寄せては消えるさざなみめいたノイズが走る。その感傷がV側から発されるものではないとはとっくに気づいている。気づいているが、横で同じように紫煙をくゆらすジョニーにそれを指摘しようとは今のところVは思っていない。

     いつも通り煙草が指を焦がすほどに短くなると、Vは煙草の吸殻を地面に落して靴先で踏みにじり火を消した。少しだけヴィクターの店の方角を見て、結局今日もまたVは彼の元を訪ねないことにした。数少ない、心から己をVを心配してくれている彼の苦悩を無意味に膨らませるのはVとて本意ではない。引き返そうとするなか、職業病といえばいいのか今請け負っている依頼やその他の小さな頼まれ事で近場かでこなせる物事を探して脳内をひっくり返すと、そういえばイメージのタロットを集め終わっていることに気づいた。ミスティのところには寄っていって、ミスティからVの現状をそれとなく伝えてもらってもいいかもしれない。
     ジャッキーの葬儀以来、Vはヴィクターに会っていない。それは彼の涙を悲しみを見て、Vが下した判断だった。けれど判断したはいいが決心が容易く揺らぐのは人の性だ。脳内をひっくり返しているうちに地面に根付きかけていた足を動かして、ミスティの店に行くために足を進める。タロットの解読が終われば、Vがミスティの元を訪ねることもなくなるだろう。Vの感じる自己が失われていく感覚から生じる苦しみは誰にも共有できない、それはVだけが知覚できるものであり、一番近くにある存在だとしても、失わせる側のジョニーではもっと共有できないものだ。

    「V、か? ここで何をしてるんだ」
    「…………ヴィク、」

     意識をとばしていたさなか、屋台が並ぶ街路のほうからヴィクターの声がかかった。ミスティの店に向けていた足を止め、Vはヴィクターを見つめる。彼が何も変わらないことが、今のVにはなぜだか異様に眩しく映る。ここがいくらナイトシティとはいえ、短期間でそう劇的に変わるはずもない。Vは短く「よう」とだけ言葉を返す。ヴィクターはVの短い返答に対して何か言いたげだったが、結局彼は言葉を飲み込んだ。

    「V……お前さん、大丈夫か」
    「もちろん、知ってのとおり完璧な健康体ってわけじゃないが」
    「四方八方で無茶をしてるって噂は聞いてる。それで、俺に何か用があったのか?」
    「……いや、近くを通りかかっただけだ。元気にしてるかと思ってさ」
    『よく言うぜ、ここ三日この通路でぼんやりして時間を無駄にしてるだけだったろうが』

     Vはいつの間にか屋台に寄りかかっていたジョニーを少し睨んでから「元気そうでよかった、葬儀の後は、ほら、俺のほうが忙しかったからな。それじゃあ、会えてよかった」と言葉を発して、その場から去ろうとした。けれどそれを阻んだのはヴィクターだった、腕を捕らえて「V、無理をしてるだろ」と言葉を放つ。

    「サイバーウェアやクロームの調子はどうだ? 時間があれば、見てやれる」
    「ヴィク、俺は」
    「V、俺達はお互いに遠慮をするような仲じゃあないだろう」
     ヴィクターにしては珍しい押しと発した言葉が持つらしくない懇願の響きに、Vは降参の意志をこめて両手を軽く上げて彼についてくことにした。
    『おい、こんなことしてる場合かよ? お前、時限爆弾がいつ爆発するかわからねえ身分だってこと忘れたのか?』
    『時限爆弾本人がいうと他の誰かが言うよりもずっと説得力あるな。診て貰うのもきっとこれで最後なんだ、それくらいいいだろ』
    『…………そうかよ』
     舌打ちとともにジョニーが消えるのを見届けてからヴィクターとともにVは階段を下りて、Vが見慣れた診察台に座ると診察が始まる。診察の間ヴィクターの顔に走り続ける痛みの波紋を、Vは見ないふりをする。いまさらVが何か言葉を発したとして、彼の傷を深めることにしかならない。無言がもたらす重苦しい沈黙はVはともかく、ヴィクターにはよいものではない。

    「ヴィク」
    「…………どうした」
    「いや、わる――いや、違うな。ありがとう」
    「なんだ、ずいぶん素直だな。……あれだけ煙草を嫌ってたと思えば、ずいぶん古臭い銘柄の煙草を吸い始めたとおもったが、ひょっとしてそれのおかげか?」
    「ははっ、そうかもな」
     ヴィクターがかつてのVから聞いたという煙草が嫌いだった理由をいくつか上げたが、自分がその言葉を放った実感がなく、そうだったかなとはぐらかすことしか出来ない。紫煙を嫌っていた理由が思い出せなくなっていくと同時に、過去のVが死んでいく。記憶は記録に、足跡はただの痕跡に。生きた証はそういう風に記号になっていくのだと、今更ながらVは思い知った。

    『おいV、煙草吸ってくれ』
    『ここはクリニックだろ』
    『全席禁煙ってわけでもないだろ、頼むよ』
    『…………はぁ、わかった。けど、ヴィクターが駄目だっていえば吸わないからな』
     壁に揺れる身体を打ち付けているジョニーの言葉に、Vはため息を吐いて脳内の亡霊の求めにしたがって煙草の紙箱を取り出すとヴィクターの前で振って、吸っていいかと問う。てっきり駄目だといわれると思ったが、ほんの少しの沈黙の末に許可が下りて、Vはもうすっかりこなれた仕草で煙草に火をつけ、煙を肺に満たす。
    「………………V、」
    「ヴィク? なぁ、どうしたんだ」
    「いいや、なんでもない。なんでも、ないんだ」

     こんなにも、ヴィクターの肩は背は頼りなかっただろうか。Vにとって、ヴィクターはこの街で一番頼れる存在だったはずだ。ジャッキーがいた時去った時、紺碧以前と以後ではすべてが一変してもう何が最初からそのままで、何が別の何かに変貌してしまったのかもVにはわからない。
    『おいV、診察が終わったんならさっさと出ようぜ。こんな辛気臭い空気にずっといるのはごめんだ』
     なんとか診察をしていたヴィクターの手はもうとっくに止まっている。ジョニーのいうとおり、このクリニックから去るべきだろう。Vのためではなく、ヴィクターのために。けれど、つけたばかりの煙草はまだ長い。そして消えていく最中の過去のVがまだここにいたいと泣き叫んでいる。
     蛹と羽化の中間にいるどちらでもあるのにどちらでもない何かは、自我の求めとジョニーの求めが発した言葉に答えていいものかわからないでいる。

     羽化を待つ蛹の中、変貌する直前の液体めいた自我はどちらにも強い感慨をもてなかった。ヴィクターに会うまで読んでいた大昔の昆虫実験のレポートを、Vは思い出す。死の羽ばたきとタイトルのついたレポートのなか、実験体となった四つの蛹の内、現在のVはどれにあたるのだろう。Vの脳裏で胴体をプラスティック管でつながれた一匹の蛾が飛翔し、切り分けられて断面がプラスチックの蓋で覆われ頭だけが成虫へ変態した蛾がテーブルの上に転がっている幻がみえる。脆いプラスチックの管は割れて中空へ飛翔しようとした蛾は落ち、蛹から変化できなかった、切り離された下半分は蛹から羽化することもなくテーブルで沈黙している。どの末路をたどってもどんな羽化を果しても「V」という存在はきっとなくなる。その上で、過去はただの記録になる、それだけだから悲しまないでくれというのは簡単だった、けれどその言葉を吐くきっかけがどこにも見当たらない。
     そしていったい誰に悲しんで欲しくないというのだろう、一体何を悲しんで欲しくないのだろう。肩を落す名医か、Vの結末を唯一見届けることの出来る亡霊か。ふと吐いた白く儚い煙が静寂と一緒に天井へ上っていくのを見つめながら、運命がまだ蛹の中にある青年はほんの少しだけしか煙草が短くなっていないことを言い訳に、煙草が指を焦がすほど短くなるまでそこから動かないでいた。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/22 12:44:56

    ソシアルクロック

    蛹から別の何かになる途中の青年と青年に何も言えない名医と青年に言葉を告げれる脳内の亡霊のはなし。死への羽ばたきという実験は実際に存在します。
    本編act2以降で英雄たちのサブクエ終了後です。ネタバレといえばネタバレか程度の空気感。
    #cyberpunk2077
    #サイバーパンク2077
    #ヴィクター
    #男性V

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