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    鯨工場 ヴィクターのもとを訪れた見知らぬ――服装からしてノーマッドであろう女性の瞳は痛ましい色を湛えていた。感情があふれかえるのを力づくでせき止めている目、目に光を滲ませている大事なものをいくつも失った傷はどう取り繕おうと、そもそもの傷の大きさのせいで隠しがたい。彼女は治療を受けに来たわけではなさそうだ、とヴィクターは事情が分からないなりに推察した。ヴィクターが言葉を探しているうちに、女性のほうで何か決心がついたらしく「その……あんた、じゃなくてあなたがヴィクター・ヴェクター?」と言葉を発した。
    「そうだが、あんたは?」
    「あたしは……その、パナム。Vから――預かってるものがあって、」
    「Vから?」
    「そう、Vから。Vに……これを他の誰かに読ませる気があったかはわからない。けど、これは今となってはあんたが読むべきだ」
     そういって、ヴィクターの手にパナムと名乗った女性はチップを置いた。何の変哲もない、ウィルスの有無は外見からは無論わからないが、ヴィクターはややためらいながらチップを自身に挿した。結果として、ウィルスの類は一切入っていない。ただの文章の羅列――手紙、そうとしか形容できない文字の塊。拝啓親愛なる、から始まるずいぶんらしくない言葉は、間違いようもなく遺書だ。

    【遮断剤を飲んだ今しか書くチャンスがないと思って、これを書いている。場合によっては遺書になるんだろうな、これ。正直気恥しいし、戻ったら一番にこのチップを破棄するのは間違いない。ボイスメッセージを選ばなくてよかった。文字でこれじゃあな。
     でも、ヴィクがこれを読んでいるってことは、多分俺はもういない。そして、ジョニーが俺の体の持ち主になっているのだと思う。俺と音信不通になってないか? もしそうだったら、多分今そこにいる俺は俺じゃなくて、ジョニーなんだと思う。納得してそうなったのは今の俺にはわかりようがない。俺が納得してたか知りたかったらジョニーに聞いてくれ。まああいつ、進んで行方不明者になりそうだけどさ。でも、どう転がったってその時の俺を知っているのはジョニーしかいないんだ。だから、あいつに聞いてくれ。
     あいつの事、やたら態度がデカくて自分本位でしかも不運しか運ばないくそったれの疫病神だとは今でも思ってる。けど、なんでだろうな。絆されたのかもしれないけど、俺はあいつにも生きてほしいと思ってる。ジョニーも含めて全員が、ハッピーエンドで終わってくれたらって思う。馬鹿馬鹿しいよな、本当に。ほだされるって、こういうことだ。ほんとに馬鹿馬鹿しいけどな。
     ヴィクター、あの時俺を助けてくれてありがとう。昔から俺はあんたのおかげで生き永らえれた、あんたには――助けられてばっかりだ。文面で言葉にするのって、なんでこうも恥ずかしいんだろうな。ヴィクター、あんたは良いやつだ。元気で、そしてそのままでいてくれ。あんたの腕と、あんた自身がいないと困る連中はいっぱいいる。俺みたいなやつが運び込まれることは……まあそんなにないと思うけど。もしそうなっても俺のことを思い出したりしないでくれよ、あんたは確かに俺を救ってくれた。あの瞬間俺を救えなかった、なんて思わないでくれよ。
     追伸:たまにはミスティの言うとおりに外に出ろよ。彼女はあんたのことを心配して言ってんだから。医者の不摂生ほど笑えないもんないからな? それじゃあ。】

     あっという間に読み切れる程度の長さ、遺書と呼ぶには、その手紙には努めて明るい言葉が選ばれている。ヴィクターはチップを挿したままアイウェアを外して生身の手で顔を覆った。先日いれた定期点検についての苦言を述べた留守電の存在を、ヴィクターは思い出す。苦言を述べていた青年は、もうとっくに、この世にいなかった。
    「パナム、お前さん……なんでこれを」
    「家族の、多分最後の心残りだったものだから。他にも何人か、渡さないといけないひとがいるんだ」
    「……家族? あいつはアラサカの人間だったはずだが」
    「Vは、アルデカルドスの一員なんだ。もちろん、元からじゃない。あいつ、こっちが頼んだっていうのもあるけど、自分とは関係なんてないクランの厄介ごとに頭突っ込んで、色々助けてくれてね。私たちのクランは、Vに返しきれない恩があったの。まあ、アラサカタワーに突っ込んだ時に借りは返し終わったけど、家族の未練を放ってはおけないし」
     そういって、パナムは視線を彷徨わせた。それは死者について語るとき、どれを口に出すべきなのか、迷っている人間の仕草だ。友人が必死に足掻いて足掻いて、その先にあったのは死であったという事実が、わかり切っていた事象はヴィクターを散々に打ちのめす。
    「ねえ、ママ・ウェルズって人何処にいるかわかる?」
    「……ああ、知っている。座標を送ってやるか?」
    「助かる、バイクとキーをその人に返してくれって書いてあってさ。じゃあ、あたしはこれで。あたしがこういう義理なんてなんだけど…………ありがとうね、ヴィクター。Vは、たまにあんたの話してた。名医で、この街で誰よりもいいやつだ、って」
     そういって、パナムは出ていった。ママ・ウェルズのもとに向かうのだろう。ヴィクターのもとにはジャッキーの誕生日にごちそうを作る、食べに来てくれないかと彼女から連絡が来ていた。ひとはあっけなく消え去る。その事実に心を切り刻まれながら、ヴィクターはホロを起動していたVの番号に掛けると、留守電に設定された文言が再生される。
    『Vだ、今は手が離せない。また後で掛けてくれ』
     この声の主と、ヴィクターが会うことはもう二度とないのだろう。もう中身はとっくに違う誰かなのだから。留守電に移行したホロを切ったヴィクターは、遺書にまだスクロールできる部分がある事に気が付いた。

    【さようなら、ヴィク。俺はあんたと出会えてよかった、あんたもそう思ってくれているとうれしい。俺は多分あんたが思っている以上に、あんたのことが好きだよ。今、俺はあんたの事ちっとも呪ってないからな。それだけはちゃんと覚えててくれ。そしてこれも多分だけど、俺はあんたの前に化けて出て恨みつらみを吐いてはやれないと思うから】

     顔から手を離したヴィクターはチップを抜いて、別のチップが入っていたケースに、元あったものを捨てて遺書のチップをケースに収め、しばらくそのケースを眺め続けた。ママ・ウェルズからホロがきて、ヴィクターは動揺する彼女を落ち着かせるために、一つ一つ言葉を選んで話をする。さようなら、の言葉が心を刺し貫く。もういないことを突き付けられる、ママ・ウェルズにも、彼は言葉でさよならをしたのだろう。
     Vの肉体を得たジョニーはどうしているのだろうか。案外、Vは彼にも遺書を残しているのかもしれない。さよなら、という言葉はたった四文字のくせに深い深い悲しみを持ってくる。さよならなんだな、V。そう思考は結べても思考は、心は、容易く納得できはしない。V、お前さんの帰りを待っていた人間はこんなにもいたよとヴィクターはこころの中でつぶやいた。チップを納めたケースが、やけに光を照り返している。
     そういえばジョニーは、まだこの街にいるのだろうか。Vは自分の結末のことはジョニーに聞いてくれと言っていたが、誰かに容易く彼の選択を話すとは思えないし、クリニックを訪れたVが語ったジョニーを鑑みるとそもそも彼はおそらくこの街――ナイトシティを好いていない。想像力というものを全力で働かせてもジョニーという男がVという人間の人生があった場所から離れることは、容易に想像がつく。けれど、とヴィクターは思考する。生きていれば、生きてあればいい。生きてさえいてくれれば、生きてさえいれば、また会うこともあるかもしれない。
     生きてあえたその時は、ヴィクターはジョニーに手元にあるVの心の断片を見せようと思った。彼が感じ取れなかったかもしれない心を、ヴィクターはジョニーにこそ知ってほしいと思う。先ほど考えたようにジョニーにも言葉が遺されていたとしたら、彼に当てられた言葉と、ヴィクターに宛てられた言葉を隣に並べてみたい。そうなったらジョニーがどう思うかどんな表情を浮かべるかは想像がつかないが、手向けの酒を一緒に飲んだっていい。いや、ヴィクター自身の意思で、そうしたい。そう思う。
     さよならから始まる簡潔な別れ、そして追伸からこぼれたことのはに宿る感情を確かめるように、触れた感情の輪郭をあらわにさせるような手つきで、ヴィクターは絞った照明の光を照り返すケースに手を当てた。

    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/17 12:16:20

    鯨工場

    星ルート経由の節制エンド後、性質上エンディングのネタバレを含みますのでクリアしてから読むことを推奨します。クリアした勢いで突貫で書いたので短いうえに誤字脱字ひどいかも。
    Vの遺書とそれを受けとったヴィクターの話。遺された優しい言葉は時として醜い痛い言葉より心を貫くことがありますよねみたいな話。

    #サイバーパンク2077
    #ヴィクター
    #男性V
    #cyberpunk2077

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