お茶の香りで、おやすみなさい ホーカスポーカスで買い物したときにおまけとしてもらった飲む香水と銘打たれている魔法薬、古くなっていたのか、人間に対しては想定外の効果が発現したのか、どうやら私が最後に口にした物が香水のように香り続けるらしい。
カップラを食べればカップラの香りに、デモナスを飲めばデモナスの香りに、といった具合に。ちなみにハチミツを舐めただけでも香ったので量は関係ないらしい。
口にする物に気を付けてさえいれば迷惑にはならないけれど、ベールにとって酷な環境すぎるし、私自身も危険ということでしばらく魔王城に避難させてもらうことにした。
ルシファーに渋い顔をされることなくお泊りできるのでちょっと嬉しいと思ったのは黙っておく。
「お休みの前にお茶をどうぞ」
寝支度を終えたバルバトスさんが、金色のお茶の入った湯気が立ち上る透明なティーカップを目の前に置いてくれる。
「安眠を促すハーブティーです」
「いい香りですね」
「私のとっておきです。あなたが泊まりに来られるので張り切ってしまいました」
「ありがとうございます」
寝る前に二人きりのお茶会なんて豪華なことが出来るのなら、今のこの体質も悪くない。
「ごちそうさまでした……はいどうぞ」
バルバトスさんに向かって迎え入れるよう両手を広げる。
「そのようなつもりではなかったのですが」
「でもいい香りしますよ? せっかくのチャンスですよ? いいんですか?」
「……そこまで仰るのでしたら、お言葉に甘えて」
と私の腕の中に収まったバルバトスさんは目を閉じてお気に入りのお茶の香りを堪能しているようだった。いつもあれこれしてもらっているのだから、こんな時くらい私が何かする方になりたい。
電気を消し、二人でベッドに潜り込む。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい……あっ、ダメです」
重なろうとする唇を手で遮る。
「お茶の香りが消えるので」
「ですが……」
「戻ったときに今日の分もしてください」
キスできないよう胸元に顔を埋めた。
「……おやすみなさい」
不満そうな気配がしたけど、譲る気はないと悟ったのか大人しく眠りについたようだった。
「本日のお茶はこちらです」
琥珀色のお茶が出される。きっとこれも安眠効果があるのだろう。
味わいながらゆっくり飲み終え、今日も二人でお茶の香りに包まれて眠りにつく。
「おやすみなさい」
昨日とは違って私の額にキスが落とされる。
「おやすみなさい」
キスできない私はせめてもと抱き着く腕に力を籠めた。
今日もまた昨日と違う香りのお茶が出される。今日のお茶は薄い緑色。飲み終え、ベッドに入る。
おやすみなさいの挨拶をすると額にキスが落とされ、寝る。寝るはずだった。
「あの、何してるんですか」
額に触れた唇は離れることなく、こめかみに。こめかみから耳へ。耳から頬へ伝い、リップ音を残して離れた。
「唇には触れていませんが、何か問題でも?」
「……何も問題ないです」
「それではおやすみなさい」
「……おやすみなさい」
今日もお茶が出される。この前と同じ琥珀色をしているけれど香りは違う。安眠効果のあるお茶だけで何種類あるんだろう。
おやすみなさい、と挨拶をするとやっぱり今日も額にキスをされる。
昨日はちょっと動揺したけど、この後どうなるかわかっていればなんてことはない。
それなのに。それなのにどうして。
唇は昨日の続きとばかりに頬から首筋に這っていく。
抗議したくても変な声が出そうで何も言えない。
「昨晩、唇に触れなければ問題ないと仰ったので」
ぐうの音も出ない。パジャマの胸元、ぎりぎりボタンを外さないあたりで唇は離れた。
「おやすみなさい」
初日のように求めてくれれば今度は絶対断りはしないのに。
「……おやすみなさい」
その夜は私だけがなかなか寝付けなかった。
今日もお茶が出されたけれど、私の頭の中はそれどころではなかった。恐らくこだわったであろうお茶の味も香りも全然わからなかった。
額へのキス、そこから耳朶を伝って首筋へ。次は……。
警戒を裏切るように、ぬめっとした何かが突然脇腹のあたりに触れた。そのまま這い上がり、唇の代わりとばかりに胸に触れる。
ずるい。本当にずるい。普段だってこんなことはしないのに。
思わず逃げようとしたけど両腕でしっかりと抱え込まれていて動けない。
縋るようにバルバトスさんを見る。目が合う。そのまま唇を重ね――ようとすると、手のひらで遮られた。
「お茶の香りが消えてしまうのはよろしいのですか?」
なんて手の込んだ復讐。
「…………キスして」
囁くような小さな小さなおねだりの声はお茶の香りだけが支配するこの室内で充分すぎるほどよく響き、焦らして焦らされた果てのキスは、それはもう、この上なく私を蕩かしていった。
「おはようございます」
挨拶をしてディアボロが招待してくれた朝食の席に着く。
「おはよう。バルバトス、今日は……おや、今バルバトスがいた気がしたんだが。おかしいな」
首をかしげるディアボロを横目に、いただきますの挨拶もそこそこに目の前にある焼き立てのパンを急いで頬張った。