プレゼント
ロナルド退治人事務所の玄関には、ハロウィンの時期になるとハロウィンリースが、クリスマスの時期が来るとクリスマスリースが飾られる。さらにクリスマスを過ぎ年末が近づく頃には正月用の洒落たしめ縄リースまでもが登場する。それら円形のかわいい飾りのすべては、新横浜に居を移して以来一日も欠かさず街のアイドルとしてチャームをふりまき続けるアルマジロのジョンの手(前足)になるものだ。
しめ縄に花や実や水引をあしらい正月飾りとしてデザインされたリースをはじめて目にしたとき、ロナルドは感動のあまり「なにこれオシャレ!」「すげーオシャレ!」「なんかオシャレですごくね?」等の発言を重ねた結果、クソザコ吸血鬼から「オシャレ以外の言葉を知らんボキャ貧サル」との暴言を浴びた。もちろん殺した。床に築いた砂山に念を入れて左右の手形もしっかり押してやった。ジョンは泣いた。完成披露の場で小さなアーティストを泣かせた己の所業にロナルドもちょっと泣いた。けれども悪いのは砂野郎だから仕方なかった。
毎年更新されるジョンによる季節の作品を、ロナルドは全部箱に入れて取っておいている。年が変わったら捨てていいヌ、と当人ならぬ当マジロは言うのだが、飾っているあいだにひとつひとつへの思い入れが膨らんでしまうロナルドにとって処分するのは至難の業だ。気持ちはわからんでもないが区切りをつけなさいよ、と誰よりもマジロの愛を受ける砂カスからもたびたび苦言が寄越された。だがロナルドは耳を貸さずに宝物をしまい続けてきた。だってこれは俺がもらったものなんだから。手に取って確かめられる俺たちの季節を刻んだ生活の記録なんだから。
にっぴき暮らしが確立した頃に、アルマジロのジョンがロナルドへ最初にくれたものがクリスマスリースだった。新横浜ご町内クリスマスリース教室で愛らしいひと玉が作って持ち帰ってきた、赤と緑で彩られたまるい贈り物。クリスマスイブの夜、反クリスマス勢力を自称して愚かな思い込みを叫び自分自身を追い込んでいた夜。バカだった。あまりにもガキだった。ふり返ると笑える。本当にどうしようもなくめちゃくちゃ笑えるが、「ノー消費税の時代を知らん分際でバブルのクリスマス観に惑わされ醜態さらしたハイパーエクストリーム馬鹿」などと暴言を浴びせてくる吸血鬼のことは即座に殺した。結果が分かり切っているのに学習せず何年たっても一貫して煽りスタイルをやめない吸血鬼はどうしようもないアホだった。
年を追うごとにジョンのリース作りの腕は上がり、それを聞きつけた栃木在住のアポなし訪問吸血鬼が材料を 積極的に供給するようになったため、ますます見ごたえのある作品が仕上がるようになった。クソデカ段ボール箱にも収まりきらなくなったリースたちを見下ろしながら、こんなにたくさん、とロナルドはリビングで感慨にふけった。俺がもらったものが目に見える形でこんなにたくさん積み上がってる、と。その隣では、すぐ死ぬ吸血鬼が、「虫を湧かせたらぶっ殺したい気分になるぞ」、と皮肉を口にしながら直近に出版されたロナルドウォー戦記の新刊を読んでいた。相も変わらず締め切り前には余裕をなくして完成前後の記憶を飛ばしたりしていたが、ロナルドが上梓したシリーズの巻数は二桁目に突入していた。
「仕方あるまい。いつかお父様の城辺りに運んでどんど焼きみたいに盛大に燃やして灰にしよう。お爺様に頼めば二酸化炭素の発生もなんとかなるだろ」
たびたび廃棄を促しても涙目で抵抗する人間と堂々巡りのやり取りを繰り返した末に吸血鬼は匙を投げていた。愛の化身のジョン・O・ガーディアンは、「すべて天然素材でドライだからきっとよく燃えるヌ」とキュートな角度で親指を立てながらロナルドの執着をまるく包み込んでくれた。
「まったくさあ……殺風景なウサギ小屋に暮らしてたくせに無駄に物持ちになっちゃって」
クソザコは本のページから目を離して、意味ありげな視線をロナルドへ投げかけた。ロナルドは反射的にこぶしを作ったが、腕は上がらず体の脇に垂れたままだった。
「悪いかよ……殺すぞ」
「どうぞ。やりたまえよ」
予想外の平然とした顔と口調で即答され、ロナルドはとっさに返す言葉が見つからず口をへの字にした。
「どういう心境の変化か知らないが、最近の君ったら人目があるときでないと私を殺さないんだもの」
図星だったので、ロナルドの目は見慣れた室内を映してふよふよと泳いだ。確かにギャラリーを意識すれば弾みがつく。逆に言えば、いなければ死なせるほどの勢いがつかない。殺し殺される関係は、だんだんと第三者へのアピールに限られるようになってきている。
「オンでは殺してオフでは殺さないみたいな? 営業スマイルって俗に言うが君のは営業殺しってやつかね」
「物騒すぎんだろそんな言い回し」
「私は存在自体が物騒なのだよ」
すぐ死ぬからな、とガリガリの胸を張って吸血鬼は断言した。まったく威張る場面ではないだろうに、呆れたやつである。いくつになってもつける薬もないほど尊大で見境なくてマイペースで人を食った言動をする古き血の吸血鬼。ちょうどハロウィンとクリスマスのあいだにある日に生まれ、二世紀と少しを生きたあと勝手にここにやってきて住みついてしまった。
季節の行事や友人たちの誕生日や新しくこしらえた記念日に、吸血鬼はザコの身で手間暇かけてたくさんの料理を作りテーブルの上を埋め尽くす。飾りつけのセンスは良いらしいのに絵心は死んでる。自分は食わないのに熱心にみんなに食わせたがる。自分は食わないのに食材を無駄にするのを許せない。自分は食わないのにレシピの更新に余念がない。全部やりたいことを好き放題にやっているだけだ。自分が楽しいから以外の理由がすぐ死ぬ吸血鬼にはない。だからロナルドも受け入れることができた。たぶん、わずかでも利他的な気配があったら気持ちが怯んで拒絶していた。
食事は残らない。食べればすべて跡かたなく消える。鍋は空になる。皿は空になる。箸もスプーンも洗われて元の位置へしまわれる。ところ狭しと料理が並んでいたテーブルは、きれいに片づけられて布巾で拭かれて元どおりになる。
あの日、あの最低最悪だと信じていた一日目の日。成り行きで居座らせる羽目になった高等吸血鬼は、使い魔を伴なって室内をじっくり見て回ったあと、欠片の気遣いも窺えない軽薄な調子で、「君、ほんとにここで暮らしてる?」と言い放った。そして、フリーズしかけているロナルドの様子など意に介さず、つまんな~いとほざいてマントをバサッとやった。
つまんなくてやりがいがあるなあ。
無礼極まりないクソザコは、マジロの頭を撫でながら陽気に言葉を続けて笑ったのだった。
「おまえの作ったもんを全部取っておいたらこんなもんじゃねえぞ」
気づくとロナルドは、衝動の導くまま、同居吸血鬼へあてつけのように事実を告げていた。唸るような低い声で。
「俺は、俺はな、おまえとジョンからもらってばかりだけど」
「はいストップ」
藪から棒に制止の声をかけられて、ロナルドは中途半端に口を開いたまま目を瞬いた。
「わざわざ言われなくてもそんなこと知っとるに決まってるだろ。私を誰だと心得る? 真祖にして無敵の吸血鬼ドラルクだぞ」
この野郎、とロナルドは思った。そんなことはわかっている。ドラルクは真祖でも無敵でもないとんでもなく弱い吸血鬼で、でも同時にロナルドにとっては真祖にして無敵の恐るべき相手なのだ。
同居生活が始まった翌年、ロナルドはジョンと話していて押しかけ野郎の誕生日の日付を知った。知ってしまったのが当日だったものだから、いささか焦って「なんかほしいもんあるかよ」とつっけんどんに質問した。すると「朴念仁ゴリラが用意するトンチキなプレゼントを指さして嘲笑いたいからあえて教えない」などというクズオブクズな答えが返ってきた。むろん殺した。ろくでもない野郎だと本気で腹が立ったし、すでに自分の誕生日は祝われてしまっていたので解消できない不公平を前に負い目を感じた。
「なあ、今年こそ聞かせろよ。おまえ、もし俺がなんでもやるって言ったらなにがほしい?」
建前の一切をかなぐり捨てるようにしてロナルドは問いを投げつけた。ドラルクは、人間が吸血鬼にそんな提案しちゃいかんな、と分別くさい面持ちで言葉を返した。
「うるせーよ。教えろ。あるんなら言え」
ちょうどハロウィンとクリスマスのあいだにある日。「感謝祭なしでブラックフライデーもないだろうにイミフでウケる」とドラルクが街にあふれるセール情報をおもしろがる時期になると訪れる日。
「……新刊」
「へ?」
新刊、とドラルクは淡々と繰り返した。それから、表情を隠そうとするかのように、手にしたロナルドウォー戦記の最新刊を目の高さに掲げた。ヌンヌン、とジョンが加勢するみたいに足元で言うのが聞こえた。
「百年後に出る君の新刊」
ロナルドはゆっくり大きくひとつうなずいてから、いいぜ、と言った。胸に落ちてきて急速に広がっていく感情に驚きながら、まかせとけと受け合った。
「その代わり、おまえも百年後の締切りにつき合えよ」