【クロノス×パーシー】With you【腐向け】登場人物
《パーシー・ジャクソン》
海の神ポセイドンの息子。
水を操ることができる。
髪は黒色で目は緑色。
一人称:おれ
《クロノス》
タイタン族の王。
本来は農耕の神であったが時間の神であるクロノスと混同されており最終的に時間も操れるようになった。
髪は黒色で目は金色。
自分の子供たちを憎んではいるが孫にあたるパーシーは意外と気に入っている。
一人称:わし
ルークの一人称:ぼく
本作は原作のパーシー・ジャクソンとオリンポスの神々を捏造しまくり最終的にはルークやイーサン、クロノスも幸せになってしまえよというよくわからない考えのもとに突発的に行動に移したものなのでクロノスの一人称とかいろいろおかしな点はありますがそこはスルーしてくださいな。あと一応キャラ崩壊注意です。
それは小さかった。まだ6歳にも満たないその子供がわしの目に留まった。
ふらりと立ち寄った海辺に、偶然佇んでいた女と子供。
特にこれと言って目に留まる理由となるような特徴は見つからなかったが、意味もなく、ただ気になった。
その時わしはバラバラにされていてほとんど塵のような状態だったが、その子供はわしに気が付いたのかじっとこちらを見ていた。
子供は「ようせいさん?」と言って(おそらく子供から見たら光っていたのかもしれない)わしを指差した。
女は子供の指差したほうを見ると少し眉を寄せたが知らないふりをしているようだった。
子供の頭を優しくなでながら「パーシー、あれはただのほこり。さ、今日はもう帰りましょう」というと、子供の手を引いて歩いて行った。
わしはずっと離れていく子供の姿を見ていた。
これが孫、パーシー・ジャクソンとの初めての出会いだった。
それから未だタルタロスの底に眠る我が体は戻る事も無く、暇つぶしに幾度となく子の様子を見に行った。
子供は見に行くたびに背が伸びていく――人間の成長とは早いものだ。
そのうちに子供の名と家庭環境を知った。
パーシー・ジャクソンという子供は母子家庭だった。
しかし、八つか九つほどになると酷く醜く悪臭を漂わせている男が女と子供の家庭に入り浸っていた。
どうやら結婚したらしい。
あんな存在と共になるなどと悪趣味な、となぜか苛立ちを覚えたが気にせず生活を覗き続ける。
女は献身的な振る舞いをしていたが時々反抗的でもあった。
子を守る為、そして自分達の尊厳をその醜悪な男から守るために。
けれど女が反抗した夜は必ずと言ってもいいほど女は暴力を振るわれていた。
目につく所には付けず、隠れる様にと腹部を狙って。
女も子供に心配をかけないためか、なんでもない素振りをしていた。
しかし女の思いとはうらはらに子供も被害にあっていたのだ。
それも“男同士の秘密”などと言って母親に言ったりしないように脅しかけて。
次第に女が何かを隠すためにこの醜悪な男と結婚したのだと気付いた。
ある時二人がモントークのコテージへ旅行に行った時だった。
見えるのだ。子供も、女も。
パーシー・ジャクソンは海の中にいたネレイスに向かって手を振りかえしていた。
女もそこにあるものが何かをわかっているようだった。
そして何より、女が子供に語る父親の話は実に奇妙で、違和感を覚える。
女は死んだのではなく、海に消えたといったのだ。
もしやパーシー・ジャクソンは我が血縁に当たるのではないか。
ふとその考えへ至り、次第にそれは確信へと変わっていった。
子供が行く先々の学校で何かしらの問題が起きる。
そしてそれは、どれも下手をしたら命にかかわるものだったろう。
九の頃にはつばの大きな帽子をかぶりトレンチコートを着たキュクロプスが子へ近づいていた。
十の頃は水族館で他の子ども共々サメの水槽を泳ぐ羽目になっていた。
十一の頃には戦場跡で大砲をスクールバスに向けて撃っていたのだ、意図もせずに。
大砲の件も水槽の件もただのへまだといえばそうなるだろうが、キュクロプスがあの子供へ近づいたことは明らかにおかしな事だった。
普通の子ならば奴らは手を出さないはずだ。
普通の子でないのならば――ある者から目を付けられていたのならば――あの女が醜悪な男と結婚した理由が分かった。
匂いを隠しているのだ。怪物や神々の遣いから。
その事が解ってからはわしは作戦を練り始めた。
まずは後にこの子供が行くであろう英雄たちの拠り所で我が僕を得なければ。
内部の情報を得ながら、機をみて争いの火種を撒くのが良いだろう。
ならば手始めに親へ強い不信感を抱いているヘルメスのもっとも自慢の子供を唆すとしよう。
そう決断してからは自身が親に愛されていないと引け目を感じている子供たちに的を絞っては甘言を弄し、我が手駒とした。
しばらくすると手駒にして比較的忠実な僕であるルークから知らせがきた。
パーシー・ジャクソンという子供が来て、ポセイドンの息子だということが判明したと。
その日の晩、パーシーに夢を見せた――ゼウスとポセイドンが争っている夢を。
パーシーは止めに入ることができずに〈やめろ! けんかをやめるんだ!〉と、その場で叫んでいた。
わしは笑ってしまった。なんとも可愛らしい。
それからやさしくささやいてやった。
〈おいで、小さな英雄〉パーシーの顔が青ざめていくが気にせず続ける。〈さあ、早く!〉
次の瞬間パーシーは足元にできた割れ目に飲み込まれていった。
そうだ、堕ちてくればいい。わしの所まで。
そしたら一緒にあのくだらないことばかりをしている息子たちをオリンポスから追放し、わしの傍で一緒に新しい世界を作ることができる。
知らない間にパーシーに対して異様な執着心を持っていたことに気付きはしたが、別にそれがどう影響するわけでもないだろうと判断したことが大きな過ちだと、後に気づくはめになった。
数年間、パーシーをこちら側に引き込もうと試みたが、その度に失敗をした。
あの子供が手に入ればわしの勝利は確実なものとなるはずだったのに。
心の隙を探るために、そのままの夢を眺めてみることにした。
夢は真っ白な何もない空間の中にただ一人、パーシーだけが座り込んでいるというものだった。
子供のすすり泣くような声がこだまし、パーシーの背中が息を吸い込む度に揺れ動くだけの世界。
パーシーは一人ずっと泣き続けていた。
その容姿はちょうど初めてパーシーと夢の中であったときの姿だった。
〈どうした、そんなに泣いて〉気まぐれにやさしい言葉をかける。〈何か言われたのか?〉
顔を上げたパーシーの目は恐怖で大きく開かれた。
〈あ、く、クロノス……?〉
しりもちをついて後ずさるパーシーの前にかがみ込み、顔を見つめる。
いつもの威勢が嘘のようにただただ震えている。
海のような青みがかった緑色の瞳は涙で潤んでいた。
頬を伝う涙を指で拭ってやり、もう一度聞く。
〈なぜ泣いている?わしに言ってみろ〉
するとパーシーはしばらく警戒した様子でこちらをにらみ絶対に言わない、と言いたげに目を伏せた。
しかしどれだけ経っても目が覚めることはなく、わしが夢から出ていかないとわかると諦めてしぶしぶと答えた。
〈……いつも、おれの目の前で大切な人が死んでいくんだ。夢の中で〉
〈ほう?〉
〈大予言で死ぬのはおれ……みたいな事が言われてたはずなんだ。なのに、夢の中ではいつもおれ以外のみんなが殺されていく、あんたたちに。怪物たちに〉
〈なるほどな〉
わしが夢に干渉したことも何度かあるが今回は別の神が手を回していた可能性がありそうだ。
恐らくモルペウス辺りだろう。
〈なんでおれたちまで巻き込むんだよ。ルークや、イーサンも、そっちにいった他のハーフたちも皆、あんたにとっては必要じゃないだろ〉
パーシーは一度口を開くと堰を切ったようにため込んでいた、わしへの怒りを静かな声でもらした。
〈いいや? 必要さ。英雄たちは皆神々の手先であり、常に奴らの情報を得る資格を持っている。内情を知るにはもってこいだ。まぁ、大概の真実については黙秘されているがな〉
わしの言葉にパーシーは唇を噛みしめ、ぐっと堪えている。
<逆に問うが、なぜお前はわしの言葉に耳を傾け楽になろうと思わない? 人間どもの持ち前の正義感か?>
<おれはただの悪ガキなんでね、そんなもの持ち合わせてない。ただ、あんたの創ろうとしている世界はルークやイーサン達に語ったような優しいものじゃないだろ。おれはおれの大切な人達が普通に暮らしてるこの世界が大事だから、それを壊そうとしてるあんたが気に食わないんだよ>
先程までのしおらしさはどこへやら、いつもの睨みつける目つきでこちらを見ていた。
ギラついて今にも噛み付いてきそうな視線に思わず笑みが溢れる。
そうだ、この目がたまらない。
絶対的な存在に怯え、震えるだけだった子供はここまで反抗できるようになったのだ。
成長を喜んでやるべきだろう。
しかしその牙を剥くべき相手はわしではなく、別の者に向けるべきだったな。
子犬がどれだけ威嚇しようと敵う相手は限られているのだから。
黙り込んだわしを訝しみながら距離を取ろうとするパーシーを引き寄せ抱きしめる。
<は?!>
流石に予想外だったのか、素っ頓狂な声を上げる子供を気にせず頭を撫でる。
手を退けようとするパーシーの動きを遅くし、そのまま耳元で囁いた。
<大人しくわしに降伏すればもうお前は苦しい思いなどしなくて済むんだぞ? わしもそこまで酷い神ではない。お前は結構気に入っているから優遇してやってもいい>
そう、気に入っているのだ。
この先の読めない子供は我が計画の危険因子であるにも関わらず、執拗に引き込もうとしてしまうほどには。
ゆっくりとしか動けないパーシーをさらに抱きしめ、もう一度頭を撫でた。
あちこちが跳ねた癖のある黒髪はシルクのように触り心地がいい。
ふと気になり、首元に顔を埋めるとふわりと潮の香りと一緒に蜂蜜のような甘い香りがした。
バニラだろうか?
感覚を存分に堪能し、子供にかけていた魔法を解くと一気に距離を取られてしまった。
<あっ、あんた何がしたいんだよ! 抱きしめるだけじゃなくて匂いまで嗅ぐなんて……っ! 変態!>
生娘のように慌てふためきながら顔を赤くしているパーシーは中々に愛らしい。
<そんな反応をされてはこちらとしても嗜虐心が疼いてしまうなぁ。あまり相手を煽るのは勧めないぞ?>
一瞬言葉の意味を理解しかねたのか無垢な赤子のようなつぶらな瞳をしていたが、理解してからは更に頬を紅潮させて睨みつけてきた。
その態度が煽っているのだと指摘してやっているというのに。
<ペルセウス・ジャクソン。お前も男ならわかるだろう? どういう態度をされたら興奮するのか>
距離を縮め、何もないはずの空間に壁を作り追い詰める。
押し返そうとする腕を無視して耳を軽く食むと、びくりと体を硬直させたのがわかった。
笑いを堪えて顔を覗き込めば、パーシーは目尻に涙を浮かべている。
齢15の子供がするには色香のある表情だ。
まあ、古代ギリシャでは15で成人だったので大人の仲間入りして間もない子供か。
触れるか触れないか程度で首筋をそっと愛撫すれば、力一杯目を瞑って震える声でパーシーが呟いた。
<やだっ……! やめて、おじいちゃんっ……!>
……。
おじいちゃん。
今パーシーはわしのことをおじいちゃんと呼んだか??
突然の祖父呼びに時間が止まった。
いや、わしの能力は使ってないんだが。
ようやく思考回路が正常に動き出す頃には、パーシーが赤い顔のまま自分の言葉が信じられないといった風に口をパクパクさせていた。
言っておくがわしは何も言わせてないぞ。
<……普通、仲間を殺されたり道具として扱っている者に対して『おじいちゃん』なんて呼ぶか?>
<うっ、うるさいっ!! おれだってそんなつもりじゃ……!>
<わしは何もおじいちゃんと呼べなんて言った覚えはないが?>
<そうだけど! くそっ、こんな……ただ、自分にもおじいちゃんに当たる奴がいるんだなって考えてたら呼んじゃっただけで……!>
正直なところ、今までの己の行動ゆえにわしをおじいちゃん、なんて呼ぶ存在がこの世にいるとは思っていなかったためショックが大きかった。
先程まで漂っていた色めいた雰囲気は霧散し、今心を満たしているのはパーシーへの庇護欲だった。
この子供をわしが守らなければならないと言う使命感すら芽生えている。
この世に存在を授かって以来初めての感情に、情け無い話混乱してしまっているが嫌な気はしなかった。
感慨深い気持ちに浸っていると気付けばパーシーは誰かに起こされたのか、夢から覚めてしまっていた。
それからと言うもの、夢の中に現れてはパーシーを愛でる日々が続いた。
パーシーはその度にひどく反抗してきたが最近ではもう慣れてしまったのか少し好きなようにさせてくれる。
存外、嫌ではなさそうだ。
正直息子達を引き摺り下ろすことさえどうでも良くなってきていたが、流石にそれでは格好がつかない。
それに力を取り戻す為にもやはり玉座がなくては。
戯れに話しかけたことがきっかけでパーシーとの関係が思いのほか良好なことで、部下達にも少し甘くなってしまったのか不審がられてしまった。
しかし、時は来てしまった。
パーシー・ジャクソンを手中に収めればわしがこの気に入らない世界を好きにできると思っていたが、関わりすぎてしまったらしい。
あの子供がわし以外のものに傷つけられる姿を見るのが嫌で仕方なくなってしまったせいで、計画の進行に支障をきたしてしまっている。
体を奪い取ったルーク・キャステランにさえ、時々こちらの考えが分かってしまったのか抵抗されるようになってきた。
やはり己の肉体でないと色々と不便だ。
パーシー・ジャクソンはついに預言で言われていた誕生日を迎えた。
めでたい、実にめでたいことだ。
祝いの品を持っていかなければ。
何を好むだろうか?
青色や海に関わるものは好きだろう。
しかしそうなるとパーシーの父でありわしの息子の一人であるポセイドンが何かしら渡していそうだな……。
ここは無難に花だろうか。
しかし花を愛でるよりも何か美味いものを食べさせた方が喜びそうだが……。
「閣下、いかがなさいましたか?」
呼び出されたイーサン・ナカムラは少し困惑しながらも姿勢を正してわしの言葉を待っている。
「実は今日ついにパーシー・ジャクソンが誕生日を迎えて一六歳になった訳だが、何か美味いものを贈りたいと思っている。いい案はないか?」
「は? ……あ、あぁ、いえ、失礼いたしました。あの、良ければ理由をお伺いしても……?」
「今しがた理由は伝えたが?」
「その、パーシー・ジャクソンに贈り物をする理由です。誕生日以外で、敵にプレゼントをするというのはどういうことなのかを……」
「わしの孫だからだが?」
当然のことを告げるがナカムラは尚も理解できないといった態度がありありと滲み出ている。
しかし忠誠心に置いてはキャステランと同じくらいなのですぐに頷いた。
納得はしていない様子だが。
「かしこまりました。今からパーシーの好むものが何かを調べさせます」
「ちなみにパーシーが母親の作る青い料理や菓子などを好んでいることは知っているのでそれ以外で、だ。肉、魚、野菜、どういった味付けの方が好きなのか細かく知りたい。」
「はい」
おい、ナカムラ。
頭の上に疑問符が浮いて見えてるぞ。
露骨にこんな奴だったか? みたいな態度をするんじゃ無い。
わしとてこんなに興味を惹かれるとは思わなかったんだ。
気になった以上は手中に収めたいだろう?
それから戻ってきたナカムラはパーシーが魚よりも肉を好み、コッテリ系も好きだが塩のようにさっぱりした味付けも好むという情報を持ってきた。
年相応の好みで安堵し、良さげなレストランを調べさせて予約した。
パーシーを迎えに行こうじゃないか。
パーシーの家の前に飛び、ドアをノックする。
中から出てきたのは目的の人物だった。
「はい。ぁ……」
「やあ、夢以外で逢うのは初めてだな、パーシー」
「おじいちゃん……」
「どうだ、これからお前の誕生日祝いに食べに行かないか?」
「え、その……さっき父さんが行くなって……」
ああ、やはりきていたのか。
通りで潮の香りが漂っているわけだ。
「ポセイドンの言葉の方が信じられるのか? お前を苦しい戦いに送り出すような父親だぞ?」
わしの言葉に少し眉尻を下げ、言葉を詰まらせるパーシー。
しょうがない、あまりしたくなかったがするしかなさそうだな。
ため息をついて一つ尋ねた。
「パーシー、ポセイドンを呼び出すことはできるか?」
パーシーはイリスメッセージを使ってポセイドンに連絡をしていた。
映像が映し出された時、わしの顔を見ると嫌な顔をして「すぐに向かう」と言い、目の前に現れるなりパーシーとわしの間に立ちはだかった。
「よくものこのこと顔を出せたものだな」
「愛しの息子よ、久しいな。今回は相談があって来てもらったわけだがーー」
「白々しい。お前の頼みなど聞く気はない」
「まあ、話を聞けポセイドン。単純な話さ、パーシーと食事に行きたいだけだ。少しこの子を借りたいんだ」
「息子の誕生すら望まなかったお前がわしの息子と食事に行きたいだと? ふざけたことをいうな」
ポセイドンはトライデントをわしの喉元に突きつけたまま早く帰れと威嚇してくる。
確かに予言のこともあるからな、ピリピリするのも致し方あるまい。
こうなることは想定内だったのでもちろん対策も取ってある。
「お前ならそういうと思ったぞ、ポセイドン。だから席は三人分予約してある」
「は?」
「きっとパーシーだけなら不安で仕方ないはずだからな。お前も一緒に来ていいぞ」
「父さんと一緒にご飯食べれるの?」
「えっいや、待て、……」
パーシーの瞳が輝いているのを見てたじろぐポセイドンに内心ほくそ笑んだ。
そうだろうそうだろう、この可愛い息子に期待の眼差しで見つめられればお前なら断り辛いだろう。
一緒の時間を過ごせるならパーシーも喜ぶしポセイドンも無碍には出来まい。
ふははは、我ながらいい案だ。
結局ポセイドンはしばし考え込んだのち、同席ならばと許可をだした。
本当ならば二人きりで祝いたかったのだが、パーシーと食事が出来る状況なだけマシだろう。
予約していたレストランにつき、それぞれが席に座る。
ドレスコードのある店のため二人とも着替えさせた。
ポセイドンは薄水色のシャツにグレーのウエストベスト、濃紺のテーラードジャケット、それに黒のスラックスを身につけている。
革靴はロングノーズストレートチップタイプだ。
身長が高くすらりとした脚がより際立つのが腹立たしいな。
我が息子ながら容姿だけはいいからな、わしに似て。
パーシーの服の趣味はわしの好みで決めたが中々似合っている。
グレーのシャツとディープグリーンの紐に明るく輝くペリドットをあしらったロープタイ、ダークブラウンのブレザー、アイボリーのパンツという可愛さを引き立てる仕立てだ。
ターコイズから青へのグラデーションが美しいウイングチップはパーシーにピッタリだろう。
本人は思ったよりも堅苦しい格好で無かったことに安堵していた。
パーシーに確認をとり記念写真を撮ってここに来たわけだが、ポセイドンが先程の写真を欲しいのかずっと落ち着きがない(キャステランが携帯電話の扱い方を知っていたので自撮りの仕方も覚えたのだ。知っていて良かったことの一つだな)。
あとでそこらの写真屋で現像してやろう。
料理が来るのを待ちながらパーシーは少し落ち着きなく辺りを見回している。
あまりこういったしっかりとしたレストランへ来る機会が無かったからだろう。
もっと幼い頃に肉体を手に入れていられたら連れてきてやることができたのにと悔やむのみだ。
「パーシー、大丈夫だ。母に教わっていただろう?」
「確かに母さんに教えてもらってたけど、おれ食べ方そんなに綺麗じゃないから大丈夫かな……」
「ふふ、もし口についてたら拭いてやるから気にせず食べるといい」
わしの言葉にキッと睨みを効かせてくるポセイドンを無視し、パーシーを祝うためのプレゼントを渡す。
「開けていいの?」
頷いて開封を促す。
パーシーはぎこちないながらも丁寧に包装を開け、中のものを取り出すと満面の笑みを浮かべた。
「これ……俺が欲しかったスニーカー!」
「本当は車でも贈ってやりたかったんだが、まだ乗れる年齢では無かったみたいだからな。すぐに使えるものとなると靴や服などの日用品だろう?」
「ありがとう、おじいちゃん!」
この子の笑顔を見ることができたし、やはりわしの選択は間違っていなかったようだ。
ポセイドンが悔しそうに睨みつけてくるのも愉悦に浸れて良い。
パーシーはそんなポセイドンに気付いたのか、父さんからのプレゼントも嬉しかったですよ、と宥めている。
なんてみっともないことだろう!
「昔お前がルークからもらった靴のように、タルタロスに引きずられていく呪文がかけてあるかもしれないぞ」
「あぁ、そのことなら心配ない。昔とは状況が違うからな。前までのわしならパーシーをこちらへ引きずり込むか殺すの二択だったろうが、今はパーシーに好かれるためにどうすればいいかしか考えてないからな」
キョトンとしたパーシーと間抜けな顔をしているポセイドンに笑いが溢れる。
特にポセイドンのあの変な顔ときたらおかしいものだ!
「……今お前にオリンポスを乗っ取る気はないと言うことか?」
「いいや、もちろんもらう。もらった上で、パーシーに好かれて一緒に暮らす方法がないかを考えている」
「やはりもう一度バラしてタルタロスに落とす必要があるようだな」
敵意をむき出しにして睨み付けるポセイドンを鼻で笑う。
料理が運ばれてきた為パーシーに食べるよう促す。
ぎこちないながらもしっかり教わった通りに食べ進めるパーシーを褒め、自分も食事に手をつけた。
ポセイドンは腑に落ちない、と言いたげだがパーシーが嬉しそうにしているのを見て一時休戦を選んだようだ。
レストランでの食事を終え、外に出るとパーシーが手を握ってきた。
驚いた、この子から何かをしてくるのは初めてだ。
「今日はおれの誕生日祝ってくれてありがとう、おじいちゃん」
「礼には及ばん。わしの意思でお前を祝いたいと思ったからしたまでだ」
普段よりも一層幸せそうに笑うのでつられて頬が緩む。
耐えきれないと言わんばかりにポセイドンが割って入ってきた。
「パーシー、帰るぞ。わしが家まで送ろう」
「あっ……うん……」
名残惜しげに手を離すパーシーに満たされた気持ちになり、そっと手の甲に口付けを落とし別れを告げる。
ポセイドンは獣のように目をギラギラと輝かせて睨みつけてくるがなんの抑制にもなりはしないことは承知しているのだろう。
渋るパーシーを急かしてさっさと家に連れ帰ってしまった。
これはわしの方が有利な立場ということだろうか?
ともあれ、パーシーの祝いも済んだことだしこの場にはもう用はない。
わしも帰ってオリンポス奪還の為の準備をしなければ。
来たる侵略日、テュポンを放ち神々の注意を引きつけオリンポスへあと少しという所でハデスの邪魔が入った。
この息子も父に協力すればあんな奴らとの縁も切れると言うのに、パーシーがいとこにハデスを説得するように言ったのだろう。
わしに心を開いてくれたと思っていたが、さすがにオリンポスを奪うのは許してくれなかったようだ。
パーシーを傷つける訳には行かないため、エンパイア・ステートビルにバリアを張るついでにパーシーにも分かりづらいバリアをかけておいた。
万が一、巨人達と戦って怪我をしてもかすり傷程度だろう。
この体と同じ祝福を持っているから大丈夫だと思うが念には念を、だ。
部下たちをハデス達にけしかけ、わしはイーサン・ナカムラを連れてオリンポスへと続く道をゆっくりと進んだ。
パーシーから多少失望した様な視線が飛んできたのが辛かったが、今は我慢だ……。
全てを片付けたら迎えに行こう。
オリンポスは様変わりしていたものの、道はさして変わっていなかったので迷うことなく玉座の間へ辿り着き、中へ入る。
道中にあったオリンポスのやつらの石像は腹が立ったので大鎌で切りつけながら来たが、作り物はいくらでも直せるから壊し甲斐はなかったがな。
しかし息子たちにバラバラにされてからここを支配出来るようにするまで本当に長かった。
早急に力の源を絶たねばならん。
宮殿の扉はしっかり閉ざされていたが蝶番から引きちぎり、粉々にする。
今の今までそうでもなかったが、懐かしき場所にかつての自身が王として勤めていた頃を思い出し感慨深い気分になった。
「とうとうここに来た! オリンポスの神々の会議ーー誇り高く、権威ある会議の場。どの玉座から破壊してやろうか」
吟味しているとナカムラから声がかかる。
「閣下」
振り返りパーシーの無事な姿を見てつい微笑んでしまった。
「パーシー・ジャクソン、よく来たな」
「おじいちゃん……、どうしても力が必要なんだ?」
「おじいちゃん!?」
「あっ」
これまで友人達にわしとの交流があったことを一切話してこなかったのだろう。
そこにいたサテュロスとアテナの娘が同時にパーシーの方を見た。
パーシーはと言うと、耳まで真っ赤にしてどう言えばいいのか返答に困り果てている。
困り顔は普段よりも威勢がなくて子犬のようでたまらない。
「ああ、かわいい孫よ! わしは神々から王の座を取り戻し我が手に治めなければお前を可愛がってやることも出来ないからな。これは仕方の無い事だ」
わしの言い方に何を察したのかアテナの娘がパーシーを守るように前に出てくる。
「可愛がるってそういう……!? ダメよ、パーシー! あんな孫に手を出そうとしてるおじさんの話なんかに耳を貸しちゃダメ!」
「おい、誤解するんじゃない小娘。わしはただパーシーに美味しいものをたらふく食べさせて寝たい時には眠らせて頭を撫でてやりたいだけだ」
「本当の意味でおじいちゃんとして可愛がろうとしてるじゃんこの人……。それ、力必要なくない?」
サテュロスがボソリと呟いたが聞かなかったことにしてやろう。
「ちなみに、だ。今までのわしの軍との戦いで出た死者達はすでにこちらで確保している」
「どういうことだ?」
この話題を出せばパーシーは必ず食いついてくることなど分かっていた。
本当に他人思いの子だが、そのせいで自分を責めているのは頂けない。
おまえが悪い訳では無いと言うのにな。
「わしの力ですでにタイタン族の眷属ーーとでも言おうか。神々のような不死の者になってもらっている。今回の戦いで死んだサイリナとベッケンドルフ、それにマイケルだったか? あの子供たちもクルーズ船の中で寛いでもらっている」
「それって……」
アテナの娘は不審そうにこちらを見てくる。
「安心しろ。ちゃんと三食昼寝付きで完全個室をそれぞれに手配し、週休二日制でしっかり祝日も休みだ」
「すごく好待遇だ……給料も払われてたりするのかな……」
「もちろん、タダ働きなどさせられないからな。労働基準法に引っかかるだろう」
「なんで変な所真面目なのよ」
「パーシーに嫌われたくないからさ」
この言葉に二人がパーシーを見た。
パーシーは周りと視線を合わせられず、俯いてしまった。
「パーシー、本当にわしの元へ来ないか? お前も知っているだろう、神々がハーフたちを使い捨ての駒のように扱っていることを」
「でも……」
「あいつらは一向に考え方が変わっていないのだ。時代はとうに使い捨ての英雄よりも子を大切にするという価値観に変わったというのに、未だに戦って死ねば英雄として称えられ自身の栄誉として語ることが出来ると思っている。お前たちの人生があるのにそんなことは一切気にかけず自分たちの保身ばかり。あんな奴らのために戦ったところで何になる?」
「それは……」
パーシーは何とか言い返そうと言葉を探しているがわしの言い分の方がハーフたちにとっていい事だと分かっている。
その様は迷子になった子供のようで、誰しもが手を差し伸べたくなるだろう。
本人は無自覚だろうが、その無垢な魂に惹かれる者は人、怪物、神を問わず彼の友となり盾となることを躊躇わなくなるーーそんな魅力をパーシーは持っている。
自覚をすれば自分の好きなように全てを扱えるだろうに、きっとこの子は自分のためにはその魅力を生かすことは無いんだろう。
正義感が強いからな……実にもったいないことだ。
だからこそここまでわしの勧誘に応じなかったわけだが。
……仕方ない、こうなれば力は諦めるしかないのか。
「パーシー、これが最後の交渉だ。わしと共に居てくれるならわしは神々の力を奪うことを諦めよう」
「閣下!」
それまでじっと行く末を見据えていたナカムラが動揺し口を挟んできた。
約束を違えるのか? と言いたげな眼差しに黙っているように合図し、パーシーを見やる。
「どうだ、パーシー」
「……もしおれがおじいちゃんと一緒に行ったらアナベスたちにも手を出さない?」
「もちろん」
「母さんたちにも?」
「ステュクスの川に誓って」
「じゃあ、ルークは? 今のおじいちゃんはルークの体を奪って動いてるけどどうするんだ?」
「それは……」
しまった。
わしがキャステランの体から出ようとすれば、その瞬間に本来の姿に耐えられずこの体は灰になってしまうだろう。
無傷のまま返してやる手段など、あるにはあるが当然リスクを伴う。
息子たちの方へ向かわせたテュポンの様子を見るために炉から出ている煙を使い映像を映した。
テュポンの足元に川の水がせり上がってきているがあの巨体には大した圧でも無いだろうーーそう思った途端、ほら貝の音が映像越しか、それとも実際に聞こえているのか分からないが耳に届いた。
こうなるのを防ぐためにオケアノスに言ってポセイドンを海に隔離しておくように仕向けたのにもう来てしまうとは!
テュポンはあっという間にキュクロプスの部隊に鎖で巻かれ水の中へ、タルタロスへ繋がる穴へと飲み込まれてしまった。
早く決断をしなければ。
ルーク・キャステランの声に耳を傾け問う。
〈おい、お前は自身の体でなければ父へ復讐出来ないか?〉
〈いいえ、ぼくは……ヘルメスにこの辛さを分からせられるならどんな状況だって……〉
〈ならば問題あるまい〉
今の自身の姿を模した人型を作り出しルークの魂をそちらへ移す。
おまけとして顔の傷は消しておいてやった。
今までしたことが無い方法だから魂を体から引き離すことによって発生する問題があるかもしれないが、背に腹はかえられない。
元の体を奪っておいて灰にされるのは嫌だろうが、成功した場合キャステランにも好都合だろう。
突然現れたルーク・キャステランそっくりの人型に驚くパーシーたちをよそに、自身の中に共存していた魂を取り出す。
ジリジリと焦げ付くような感覚はあるものの、魂は傷つくことなく綺麗な状態で取り出すことが出来た。
魂を入れ物に移し、イコルを注ぎ言葉を唱えると息を吹き返したようにキャステランは目を覚ました。
目の前に本来の自身の体があることに驚きを隠せず動揺しているようだが、以前と違い血色はよく瞳も輝きを取り戻しているように感じる。
「あ、の……これは……?」
「喜ぶといい。これでお前は晴れて不死なる者となったのだ。父に復讐するもよし、父など忘れて楽しく新しい人生を送るもよし、だ」
いきなり自由を手に入れたかつての同居人は困惑した顔でアテナの娘たちを見渡し、わしにもう一度視線を戻した。
「では、あなたは……?」
「パーシーを連れてこの場を去るとするかな」
「ふざけるな!」
ナカムラが我慢ならず掴みかかってきた。
こんな子供に掴まれないようにするのは容易いが、パーシーの手前約束を反故にするというのは信用を失う恐れがある。
どう落ち着かせるか……。
「そんなの自分勝手だ! ネメシスのーー玉座のない神々のための玉座を作らせるという約束はどうなったんだ!」
「ナカムラ、落ち着け」
「お前に着いてきたハーフたちはどうなる? お前の言葉に耳を傾け、希望を託してきた者たちはどうなる!」
「イーサン・ナカムラ」
「自分だけ幸せになろうなんて許さない……!」
激昂しこちらの言葉に耳を貸さないナカムラにどうしたものかと思っていると、パーシーが口を開いた。
「絶対にできるって約束は出来ないけど、交渉してみようか?」
ナカムラは出来るものか、と言いたげな表情でパーシーを睨みつけている。
「本当にできるって断言できないから確実に叶う訳じゃないとは思うんだけど……たぶん、これ以上被害を出さないためには交渉っていう妥協案でもいいんじゃないか?」
「被害を恐れて何かを変えられるものか。犠牲は付き物だと皆わかっているはずだ。ただでさえハーフとして生まれてきた者たちは生きているだけで無惨に殺されることだってあるんだぞ? 確実に変えられること以外は……」
「今お前がしようとしてることをできたとして、ネメシスの扱いが良くなると本気で思ってるのか? 無名の神々の玉座は作られるのか? 子供たちのためのコテージは作られるのかよ? あの短気で人の話を全く聞こうとしない偏屈で気難しいゼウスがたった一人のハーフごときのする脅しでそうか大変だったな、今すぐ変えよう。って話を聞き入れてくれるわけないだろ」
おお、パーシーがわしの末息子の愚痴を言っている。
貴重な言葉だな……。
「それに無名の神々の子供たちのコテージがあって欲しいと思う気持ちはおれもわかるよ。おれが初めて訓練所に来て過ごした部屋はヘルメスのコテージだったけど、ヘルメスの子供じゃない子達までいっぱいいて、自分の親が分からないことで不安がってたし。それに……ハデスの子供のためのコテージもない。ハーフの子供がいないヘラやアルテミスのコテージはあるのに、父さんーーポセイドンやゼウスの兄であるハデスの子供が過ごせるコテージがないなんてあんまりだ。ここにだってハデスの玉座はない」
「……」
「正直、おれは自分のコテージがあって、父さんもおれのことを気にかけてくれてて、神々のおれ達ハーフへの扱いには腹を立ててたけどそこまで訓練所での生活も嫌いじゃなかった……っていうか好きだよ。でも、イーサンやルークたちと同じように思ってるハーフが少なくはないことも今ならわかる。だから、おれからゼウスに交渉してみる」
ナカムラはしばらく考え込み胸ぐらを掴んでいた手を放すと、パーシーをまじまじと見た。
「クロノスを倒した訳でもないのにあの神々が聞くと思うのか?」
「それに関してなんだけど、絶対聞いてくれない気はするんだよな」
「は?」
「だから、おれとおじいちゃん……じゃなくて、クロノスがこのアメリカから消えるから無名の神々の件とか聞いて貰えないかな、とか」
「は?」
待てパーシー、それは初耳だぞ。
「父さんと少しの神々以外はおれのこと、迷惑に思ってるみたいだし目の前から脅威になりかねないものが消えるなら、向こうも一石二鳥だと思うけど」
「……お前はそれでいいのか?」
ナカムラの問いに一瞬きょとんとした顔をするものの、すぐに困ったような笑顔を見せるパーシー。
「うーん、母さんやアナベスたちに会えなくなるのは悲しいけど、そうすることでイーサンたちの不満が少しでもマシになる可能性があるならしてみるべきじゃないか?」
「……」
パーシーが本気でそうしようとしている事が分かったナカムラはどうするか決めかねている。
「ねえ、ヘスティアおばさん、どう思います?」
ついさっきまでは一切姿を表さなかった長女が炉の前に立っていた。
久しぶりに見るが変わらず争いごとを好まない、穏やかな表情をしている。
「あなたたちの懸念しているように、ゼウスはそう簡単に聞き入れはしないでしょう。ですが……それが最も平和的な解決方法だと私も思います」
ヘスティアはパーシーを難解なものでも見るような目で見つめ、頷いたかと思えば手を握った。
「ペルセウス、私も微力ですが手伝ってあげましょう」
「え?」
「本来、これは私たち親子の問題です。ゼウスは納得しないかもしれませんが、平和的解決が出来るのならそれは望ましいことだと私は思います」
本当に、ゼウスだけでなくポセイドンもハデスもデメテルもヘラも納得はしないだろう。
むしろヘスティアが平和的解決を望んでいることの方が不思議だ。
「父上、誤解しないでください。怒っていないという訳ではありません。ただこれ以上避けられる被害は避けた方が懸命だと判断した。それだけです」
やはり優しい娘でも腹を立てないわけではないらしい。
黙ってパーシーを見る。
パーシーがなにか言おうとしたその時、廊下の方からガチャガチャと金属がぶつかる音が響いてくる。
ゼウスを初めとする我が子孫たちの勢揃いだ。
会議の間に立っているわしとパーシー、アテナの娘、サテュロス、ナカムラ、そしてキャステランとヘスティアに多少の動揺を見せた神もいた。
ゼウスはわしを見るなりふん、と鼻で笑い目の前まで近づいてきたかと思うと迷わず雷撃を槍に変え、攻撃してきた。
突き出された槍をかわしてパーシーの側へ移動する。
「久しいな父よ。またわしに切り刻まれに来たのか?」
「残念だが、今回はお前のために来た訳じゃない」
怪訝な顔で隣のパーシーを見るなり、ゼウスはポセイドンに怒鳴り始めた。
「兄さん、どういうことだ? あの子供はクロノスを始末していないではないか。こんな事ならやはりあの時殺しておくべきだったんだ!」
ポセイドンはゼウスを見ずにパーシーを見つめたまま問いかける。
「パーシー、一体何が起きた? なぜルークがもう一人いるんだ?」
パーシーは経緯を話し終えると、まずはキャステラン、次にナカムラを見て交渉をする決心をしたようだ。
「ゼウス王、提案があります。おそらくあなたが喜ぶだろう提案が」
自身が喜ぶ、という言葉に興味を惹かれたのか、それまで苛つきを露わにしていたゼウスの表情が少し和らぐ。
「聞いてやろう」
「実はおれとクロノスをこの国から追放して貰って、その代わりにハーフ訓練所にハデスや無名の神々の子供たちのコテージを作って貰えないかなっていう話なんですけど」
事情を知っている者以外は皆メドゥーサと目を合わせたかのように固まってしまった。
「もうちょっと真面目に伝えないとダメだよ、パーシー」
サテュロスが小さな声で囁きかける。
そういうことではないと思うが、しばらく様子見するとしよう。
「今回クロノスに手を貸していたハーフたちは親の神からの扱いに不満を持っている者、自分の親が分からないこと、無名の神々の子供たちは居場所がなくヘルメスのコテージに皆押し込まれてることなどに不満を持っている者が多くいるようです。あなた方にとってハーフが脅威になるかどうかは知りませんが、少なくとも訓練所に無名の神々のコテージを作ることでハーフたちの反感が無くなって少しは厄介じゃなくなると思います」
「ちょっと待てパーシー。それはーー」
ポセイドンが止めようとするがパーシーは構わず話し続ける。
「あと十二歳以上のハーフは全ての神々が自分の子を認知するべきだと思います。自分が誰の子か分からないまま過ごすことが不安でクロノスの甘言に流されてしまった子もいるはずです。そうだよね、おじいちゃん?」
「そうだな。そういう子供は扱いやすく引き抜きやすかった」
「おじいちゃん?」
ポセイドンと同じようにゼウスも呼び方に食いついている。こんなやつを親族だと思うなんて正気か? といいたげだ。
失礼だな、お前の実の父親だぞ。
「そういうことで、これからは無駄に敵に回る子を増やさないためにもしっかりと認知していって頂けるとあなたたちにも意外と有利になるはずです。もちろん、ハーフが敵に回ろうが対した邪魔にはならないでしょうが、細々とした雑務が減るかと思いますよ。ミスターDの苦労は増えそうですけど」
言い終えたパーシーはゼウスの目をじっと見つめて答えを待つ。
しばし呆気に取られたものの、他の神々を見回して尋ねている。
「……どう思う?」
「まったく、わしの苦労を増やすのはやめてもらいたい」
「今はそういう話じゃないでしょう」
ぼやくディオニュソスをデメテルが窘めている。
「少なくとも、その子供が言っていることは確かだと思います。多少手間かもしれませんが、長期的に見れば得られるものがありそうです。ただ、クロノスを生かしたまま追放という形にするのは不安要素でしかないですね。最悪今度はペルセウス・ジャクソンの身体を乗っ取ってオリンポスを滅ぼしに来かねない」
「ああ、それに関してなら心配はいらない。少なくともパーシーをわしが手にかけることは出来ないからな」
訝しげにこちらを睨んでくる子孫たちには理解できないんだろう。
「わかりやすく言えば心底惚れてるという事さ。まあ、もう少し複雑ではあるが。永遠の乙女であることを誓ったお前に分かるかな?」
「馬鹿にしないで。私とて愛した者くらいいるので分かります」
「つまりはそういう事だ、賢い孫娘よ」
侮辱されたことが気に食わないのか恐ろしい形相で睨みつけてくるアテナ。
この孫娘にアイギスの盾なんていうものは必要ないのではないか?
盾に頼らずとも、自身の睨みだけで怪物でも神でも道を開きそうだ。
「そもそも、そこのガキが死んだらその後はどうするつもりなんだ? ただ時間を先延ばししてるだけだろうが」
アレスが吐き捨てるように言う。
手元からおもちゃを取り上げられるのを嫌がる子供のようだ。
「わしが人間になるかパーシーが神になるかするしかないな」
「ええ……」
パーシーは自分が神になるのをあまり好ましく思ってない所があるのは何となく分かってはいたが、そう露骨に嫌がられると少し悲しいな……。
「パーシーが嫌がっているのでわしが人間になるしかなさそうだ」
「どちらも変わらず、って選択肢はないんですか?」
どちらも変わらない、となると選択肢としてあるにはあるが……個人的にあまり好ましくない方法だ。
まあ、人間になるのと大して変わらないからいいか。
それにあの長女ならば、扱うべき時をしっかりと理解できるだろう。
「ヘスティア」
突然呼ばれ、息子達がざわつきながらもヘスティアの方を見る。
ヘスティアはすでに覚悟を決めた顔でわしを見つめていた。
「わしのこの時間を操る能力を、お前に受け渡すことにする。聡明で善良な心を持つお前ならば、悪用などしないからゼウスたちも安心だろう」
予想もしていなかったのか、ゼウスたちは豆鉄砲を食らった鳩のような顔で言葉を詰まらせている。
愚息どもの気取った表情を剥ぎ取るのはなんとも愉快なものだ。
ヘスティアは頷くとわしの前まで歩いてきた。
「姉さん! 罠ではーー」
「ゼウス、心配せずともクロノスの言葉に偽りはありません。そうよね、アポロン?」
ゼウスをなだめ、アポロンの方を見るヘスティア。
さすが長女、いざと言う時はしっかりしている。
アポロンは困惑してはいるが、わしの言葉が真実であると頷いて肯定した。
「いいの? おじいちゃん」
パーシーが後ろから声をかけてきた。
可愛い孫に必要以上に心配を掛けるのも忍びない。
さっさと終わらせてこの場を立ち去ろう。
「ヘスティア、手をこちらへ」
「はい」
前に立つヘスティアの手を取り、誓いをたてる。
「我、クロノスはヘスティアに時を操る力を譲り、二度とオリンポスに近づかないことをステュクスに誓う」
言い終わると同時に雷鳴が鳴り響いた。
ずるりと自身を築いていたものが抜き取られた感覚と、それまで軽かった体にずしりと重しが乗せられたような疲労感が一気にくる。
これで二度とオリンポスの連中を引きずり落とすことも出来なくなってしまったわけだ。
我ながらなんとも呆気ない最後だったな。
自嘲しながらヘスティアの向こうを見ると、信じられないと言いたげなゼウスたちの表情に笑いが抑えきれなかった。
「ははははっ! もっと喜んだらどうだ。お前たちの脅威が少なくとも一つは減ったんだぞ?」
「クロノス……本気か……?」
「そうだとも、息子よ! ついに決着が着いてしまったわけだ。もっと盛大にしたかった気もしないでは無いが、あまり時間を無駄にはしたくない」
振り返り、アテナの娘の方を見やる。
「アナベス・チェイス、お前のその腰に差している剣を寄越せ」
不審に思いながらも、アテナの娘は恐る恐るこちらへ短剣を手渡す。
「これで予言は役目を終える。わしは本来の姿を晒すことになるだろう。お前たちは目を逸らしておくんだな」
「おじいちゃん、何するの?」
パーシーが腕を掴み、わしを見つめた。
怯えが滲む声と、潤んだ瞳が必死にやめてと伝えてくる。
掴んできた手をそっと解き、パーシーに目を塞ぐようにジェスチャーする。
「心配しなくてもいい、ただ呪われた剣でこの身を滅ぼすだけだ」
短剣を鎖骨の所に突き立てると、身体中にヒビが入っていく。
パキパキ、とガラスが割れていくように体が砕ける。
閃光が一瞬辺りをつつみ、出力を下げて人間でも見れるレベルにした。
自身の放つ光はこんなに眩かっただろうか?
久しぶりの自分自身の体に慣れるために手を動かしてみたがーー問題は無さそうだ。
顔を逸らしていたパーシーがわしの方を見て目を丸くした。
「おじいちゃんって、黒髪だったんだ」
興味深げにわしの髪や瞳を覗き込み、顔をじっと見つめたと思ったら笑顔になった。
「こうしてみると、確かに父さんやおじさん達とそっくりですね」
「どこがだ!」
パーシーの言葉に息子たちが声を揃えて否定するが、わしは胸を張って頷いた。
「わしの子だからな。どいつもわしに似て顔はいいだろう?」
「そうですね」
パーシーの笑い声が心地よく耳に響く。
穏やかな気分だ。
こんなに穏やかな気分になったのはレアや子供たちと一緒に過ごしていた、まだ予言がなかった頃以来だろうか?
母によって父の玉座を奪うよう仕向けられ、タイタン族の王として務めてから殺伐とした日々が続いていたため、この感覚が少しこそばゆい。
「パーシー、行こう」
「うん……あっ、ちょっと待って」
どうしたのかと振り返ると、アテナの娘たちとの別れを告げて回っていた。
「アナベス、今までありがとう。もし可能ならアナベスがハーフ訓練所の新しいコテージを作ってくれたらきっと素敵になるだろうな」
「パーシー、本当に行くの? 何も追放って言うほどのことはしてないでしょ」
「うーん、これも一種の裏切りみたいなものだろうし。追放ならだいぶ優しいと思うんだよな」
「そう……せめて、新しくどこかに住み始めたら手紙をくれる? 元気かどうか知りたいし、パーシーが約束したことを神々がちゃんとしてくれてるか連絡したいし」
「確かに離れてると約束したとしても実際してるかどうかなんてわかんないしな。教えてくれると助かる」
「もちろん。……元気でね、パーシー」
「アナベスも元気で」
ハグをして別れを惜しむパーシーの姿に、多少の罪悪感で苛まれる。
この子まで巻き込む必要はなかっただろうが……、わしにはこの子が必要だったから、どうしてもそこは譲れなかった。
後で謝らなければ。
サテュロス、キャステラン、ナカムラにまで別れの挨拶をし、最後にポセイドンの前へと向かうパーシー。
「父さん」
「……パーシー、本当に行くのか」
「うん。おれのこと、信じてくれたのにこんな結末にしてごめんなさい」
「いや、それはいい。ただ……わしにも連絡をくれないか」
「連絡、してもいいの?」
本気で驚いているパーシーに苦笑するポセイドン。
この子はポセイドンがどれだけ自分を気にかけているのか、本当に理解していないんだろう。
初めてのことだが、息子が少し哀れに感じないでもない。
「祈りを捧げるだけだ。片手間にできるし簡単だろう?」
「そうですけど、うーん……どのタイミングでしていいのか分からないから会議とかのときだったら迷惑になりません?」
「会議の内容よりもお前の話を聞きたい。大抵たいしたことは話していないからな」
「おい!」
ゼウスが何か言いたげに声をあげたが、周りの者たちは同意するように頷いていた。
ポセイドンは離したくないと言わんばかりの抱擁をしていたが、パーシーの決意が揺らがないことを知っているのか、諦めた顔で離れた。
パーシーがポセイドンの両頬にキスし、手を握り笑顔で言う。
「ごめんなさい、ありがとう父さん。もし新しい場所に落ち着けたら、機会があれば会いに来てもらえたら嬉しいです。神様にこんなこと言うのもおかしいかもしれないけど……お元気で」
「必ずその時は会いに行く。パーシーも元気でな。もしクロノスのせいで困ったら呼んでくれ、すぐに向かおう」
ポセイドンはパーシーの額に加護を与えるような神聖な面持ちでキスをして一歩下がった。
パーシーがわしの方に振り返り、手を差し出した。
「行こう、おじいちゃん」
「そうだな」
手を取り最後にオリンポスの中を見渡し、エンパイアステートビルの外に出た。
先程の戦いの中で見かけたサリー・ジャクソンとその再婚相手のポールだったか? 二人のもとへ向かう。
パーシーの姿を見るや、すぐさま駆け寄り抱きしめるサリー・ジャクソンにパーシーは照れながらも嬉しそうに抱きしめ返していた。
事情をパーシーから聞いた二人はショックを受けていたものの、パーシーが傷ついているわけでもなく、自身で選択したことだと理解したのか渋りながらも最終的には成り行きを受け入れていた。
「それじゃあ、こうして会えるのは最後なのね……」
「死ににいく訳じゃないから、もし母さんたちが時間を取れる時があったら会いに来てよ。頑張って旅費くらい稼いで仕送りするからさ」
「ふふ、大丈夫よ。稼いだお金は自分のために使って。私たちの分は私たちで用意するわ」
しっかりした女性だとパーシーが言っていたが、あまりしっかりしすぎていてはパーシーも心配するわけだ。
本人はこう言っているが、住居が決まったらパーシーに黙って旅費と土産代を余分につけて送り付けるか。
パーシーに頼まれてでは無く、パーシーのために来て欲しいと言えばさすがに断りはしないだろう。
使えるものを使えば楽だろうに、真面目過ぎるのも損だな。
別れを惜しむ二人に挨拶を済ませ、最後にパーシーの部屋へ行く。
「何か持っていきたいものはあるか? わしが持っていこう」
「本当? 引っ越し代浮くの助かる〜! 色々あるんだよな、ちょっと待ってて」
部屋のあちこちを見回しながら、パーシーの様子を見る。
……後悔、しないだろうか?
自身の選択に迷いはないが、パーシーはわしと一緒にいるために犠牲にしたものを悔やみやしないだろうか?
きっとパーシーは人と関わらなければ寂しく思うタイプだろう。
わしだけとの接触で寂しくならないだろうか?
「どうしたんだ?」
黙り込んでしまったわしを不思議に思ったのかパーシーが首を傾げる。
「いや、パーシーはこれで良かったのかと疑問に思っていただけだ」
「良いも悪いも判断するのはおれだし、そんなの後になってみなきゃ分かるわけないじゃん?」
「……そうだな」
本人はさっぱりとした考えで、むしろこちらを気遣うように笑っている。
「不安?」
「不安ではないが、パーシーが気にしないのなら問題ない事だ。せいぜい二人で楽しく暮らせるように励むだけだ」
「へへへ、よろしくね、おじいちゃん!」
少なくともこの子の笑顔がこれ以上曇ることがないように、出来ることからしていきたい。
人間の一生なんて、不死のものにとってはあっという間だろう。
わしと生きることを選んでくれた彼の幸せを取りこぼさないように、共に笑っていられるように。
そして、今際に「あなたといられてよかった」と心から思ってもらえるように。
「こちらこそ末永くよろしく頼む、パーシー」
【あとがき】
いえーーーようやく完成しました!
ここまで読んでくださってる方がいらっしゃいましたらありがとうございます!!
クロノスがおじいちゃんしてる話が読みたいという願望の元、本当はもっとイチャイチャしてるつもりだったんですけど気付けば孫とおじいちゃんみが強くてカップリングとしては微妙な温さになりました。
書きたいと思ってる後日談的には完璧なクロパシになる予定の作品です。
書いてから言えよっていうね。
この話も書き始めたの、2012年の12月4日なんですよ。
ふふ、まじで書き始めの方のクロノスはそれなりに威厳を持ってたのに続きからはそんなもの砕け散ってたよね。
露骨にわかりやすいと思う。
昔書いてた頃の私の方がIQ高かった説ある(ある)。
まあまたひとつ作品をちゃんと完成させたということでね!
いいんですよこれで。
毎回オチが迷子になるのまじでどうにかならんかって感じはするんですけど、どうせ二次創作なんて自分が見たいものを見たい所だけ作り出すようなもんだと思ってるんでちゃんとした起承転結なぞしらん!
そんなもの上手い人に任せるわ。
まだまだこれからも書きたい話や書きかけだった話とかもちゃんと完成させていくつもりなんでね。
頑張れよ自分……。止まるんじゃねえぞ……。