クリスマスの夜は賑やかに【孤児院パロ】 十二月二十四日、世間はクリスマスでにぎわっている。
ここ、『オリンピア』も例外ではない。
「ねぇっ、パーシー! これどうかな?」
長く赤い髪の毛を高い位置で結い上げた女の子が目を輝かせて俺を見上げてきた。
「うん! 上手いじゃん、アルテミス!」
女の子――アルテミスの手の上にはチラシや新聞、色紙を細く切って輪をつなげて作られた飾りがあった。
褒めた後に頭を撫でてあげるとアルテミスは満面の笑みを浮かべた。
そう、おれたちは現在、クリスマスパーティのためにクリスマスツリーの飾り付けをしている。
「アルテミスばっかりずるーい! おれも撫でてー!」
そういって飛びついて来たのはアルテミスの双子の弟、アポロン。
ふわふわの明るい金色の髪はゆるく波打っている。
「はいはい、二人ともいい子いい子」
「えへへー」
撫でられ満足したのかアポロンは俺の腹へ頭をぐりぐりと押し付けてくる。
二人とも普段から似ている所があるけど、笑うともっとそっくりだ。
「パーァーシィー! ちょっと手伝ってぇーー!」
隣の部屋から呼び声が聞こえたので一時的に飾り付けを中断して手伝いに行くことにした。
おれの後ろからアルテミスとアポロンもついてくる。
「ちょっ……と、これもっていってー!」
顔よりも上まで出ている箱のせいでおぼつかない足取りのその子の手から荷物を受け取る。
「大丈夫か? ヘルメス」
「うん、大丈夫ー。ありがと!」
この子は愛嬌のあるいたずらっ子な笑顔とくるくるとしたくせっ毛がチャームポイントのヘルメス。
歳はアルテミス、アポロンより一つ下の五歳だ。
アポロンとは実の兄弟のように仲が良く時には手を組んで悪戯を仕掛けてくることもある。
そんなことをしているとおれたちの後ろから一人の子が近付いてきた。
「こっちの荷物はこれくらいでいい?」
うなじよりも少し下の位置で髪の毛を一つにまとめているこの子はアテナ。
ここの年長者で八歳。しっかりしていてみんなのお姉さん的存在だ。
ヘルメスとアテナ、あともう一人ディオニュソスという子にこの部屋で準備をしてもらっていたんだけど……。
「なあ、アテナ。ディオニュソスはどこに行ったんだ?」
「さあ。またふらふらーっとどこかでお昼寝してるかも」
またか……そう思いつつもここの準備はもうすでにアテナとヘルメスのおかげでほとんど終わっていてあとはおれがこの手に持っている荷物をリビングまで運ぶだけだ。
「そっか……わかった、ありがとう。それじゃあ、みんなでこっちに来て飾り付け手伝ってくれる?」
おれの言葉に皆が声をそろえてはーい、と元気よく返事をした。
「ただいまー」
「父さんたちおかえりなさい! もう準備は終わってるよ」
外へ出ていた父さん(と他四名)を出迎え中へと迎え入れる。
父さんはありがとうと言うとおれの頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「他の子たちは?」
「はい、皆リビングに集まってますよ」
おれたちは子供たちの待っているリビングへと移動した。
扉を開くと皆が目を輝かせ一斉にこちらを見た。
「おかえりなさぁい!」
父さんたちの帰りを楽しみにしていたのかわっと立ち上がり走り寄っていく子供たち。
「ただいま! みんな、パーシーの言うことを聞いていい子にしてたかー?」
「うん!」
「よーし、いい子には御馳走があるぞー」
その言葉に子供たちは歓声をあげ喜んでいる。
「さあ、ご飯の準備するからみんなで手分けしてするぞ」
「はーい!」
おれは父さんたちと一緒に出掛けていたアレスとヘパイストスの手伝いをした。
「二人とも、街の方はどうだった?」
「キラキラしててきれいだった! パーシーも一緒に来ればよかったのに!」
いつもは素直じゃないアレスも今日はほかの子たちのようにはしゃいでいる。
ヘパイストスはいつも通りアレスの後ろにいるが手にはケーンキャンディのたくさん入った袋を持ってにこにこしている。
「それ、どうしたんだ?」
おれが尋ねるとヘパイストスは少し照れてうつむいたあと、顔をあげて言った。
「ハデスおじさんが、みんなで食べるといいって……買ってくれた」
「へぇ、ハデスが……そっか。よかったなぁ、ヘパイストス」
うん、とうなずくヘパイストスと一緒に嬉しそうにしていたアレスの頭をなでる。
食器をテーブルの上に並べ、コップを人数分用意し終わるとあとは父さんたちがてきぱきと済ませていった。
その間俺は少し離れたところにいたハデスの隣へ歩いた。
ハデスはいつも通り無愛想な表情でただその様子を見ていた。
「ヘパイストスにキャンディを買ってあげるなんて、珍しいですね。子供が嫌いって言ってたのに」
「ふん、ただの気まぐれにすぎん。あれが欲しがっていたから買い与えただけだ」
おれが小さく笑うとハデスは顔をしかめたがそれ以上は何も言わなかった。
「おい、準備は済んだ。夕食にするぞ」
ゼウスがおれたちの方へ歩いてくる。
そういえば、と思い出したように尋ねた。
「二人とも、子供たちの面倒を一緒に見てくれるのはすごく助かるんですけど……よかったんですか?」
「何がだ?」
眉間にしわを寄せたままゼウスはおれを見下ろした。
「いや、ほら……ゼウスもハデスも、彼女さんと一緒に過ごしたかったんじゃないかなって……」
おれの言葉を聞いて「ああ」と思い出したかのようなそぶりでゼウスが言った。
「別に問題ないだろう。ヘラはここへ一緒に来たがっていたが……なんでも急用だとかで実家へ帰って行ったからな」
「……ペルセポネも、アフロディテと用があるから無理だと言っていた」
そう呟いたハデスの表情は捨てられた子犬のようだった。
「な、なんかごめんなさい……」
聞いたことにちょっぴり申し訳なくなりながらおれ達は席へとついた。
おれがここへ来て初めてのクリスマスは楽しく過ぎていった。
皆が孤児で本来だったらこんな風に騒いだり、御馳走を食べることもできなかったかもしれないと考えると心底、ここがあってよかった、と思った。
皆には「いい子にして早く寝てたらサンタさんからプレゼントがあるからねー」と言って寝かしつけた。
夜の十一時現在、起きているのはおれと父さんとゼウスとハデスの四人だけ。
「ふぁ……それにしても今日はいつにもまして元気でしたねー、あの子たち」
「そうだなぁ。一つはパーシーと一緒にいられたからだろうけど」
そうですかね、と聞き返すと父さんは笑っておれの頭を撫でた。
「さ、そろそろ子供たちへのプレゼントでもおいてこようか。もちろん、サンタさんになって」
「わー、父さんてば子供の夢を守るいい大人ですねー」
ほぁ、とまたあくびをするとおれは父さんたちが買ってきていたものを取り出した。
「えーっと……これはアポロンとアルテミス用で、こっちはアテナとヘルメスで、これはアレスとヘパイストスとディオニュソスの……」
「なにー?」
「えっ」
驚いて声のする方に向くと扉の前に毛布を体に巻きつけ引きずった状態で歩いて来たであろうディオニュソスがいた。
目をこすりながらむにゃむにゃと口を動かしている。
「どっ、どうしたんだディオニュソス。まだ朝じゃないぞ?」
周りがしっかり見えているのかわからないがおれの方へとふらふらと歩み寄ってきた。
「んー……、といれ、いこうと思ったら……でんき、ついてたから……」
ぎゅ、とおれの服の裾をつかむとディオニュソスは大きな欠伸をした。
「そっか、それじゃあトイレ行ったらまたおねんねしようね」
「ん」
ディオニュソスの手を引いて部屋を出ようとすると、父さんに引き留められた。
「ディオニュソス、ちょっとこっちへおいで」
寝ぼけ眼で言われるがまま父さんの方へ歩いていくディオニュソス。
「実はさっきサンタさんが来てな、プレゼントを持ってきてくれたんだ。お前の分もあるぞぉー」
プレゼント、と聞いたディオニュソスはさっきまでの眠そうな表情はどこへやら。
途端に飛び跳ね父さんへタックルしていくディオニュソス。
「プレゼント! なに? ぼくのプレゼント、なに?」
「しーっ! ほかの子にはまだあげてないから明日まで皆には内緒だぞ?」
「はーいっ」
ディオニュソスは小さな声ながらも元気よく返事をする。
父さんはディオニュソスに大きなヒョウのぬいぐるみを渡した。
「わぁっ……! ヒョウだー!」
最近ディオニュソスはヒョウが好きでよく写真を集めていた。
それで父さんたちはヒョウのぬいぐるみを買ってきた、ということだ。
「ありがとー、ポセイドン!」
満面の笑みを浮かべぎゅっとぬいぐるみを抱きしめるとディオニュソスはおれへ向き直った。
「それじゃあ、トイレ行ってまたおやすみしようか?」
「うんっ! おやすみなさいー」
そういって父さんたちへ手を振るデュオニュソス。
父さんたちも手を振りかえした。
「おやすみ、ディオニュソス」
手をつないで部屋を出て、用を足したディオニュソスを寝かせるとまた部屋へ戻ってきた。
父さんたちはそれぞれのプレゼントを袋に入れ終えていた。
「……父さん、その恰好は?」
おれの言葉ににかっと笑うと、軽く服をぽんぽん、と叩いてみせた。
「ああ、これか? 見ての通り、サンタだぞー」
「青いのに?」
「青いサンタ、いいと思わないか?」
確かに青はきれいな色だしいいとは思うけど。
というか、それ以前によくその色の服があったなと感心してしまった。
「パーシーの分もあるぞ!」
そういって父さんが差し出してきた物を受け取ると確かにおれのサイズにピッタリなサンタ服だった。
子供たちの為としぶしぶ服を着ると父さんは記念写真を何枚か撮っていた。
ゼウスとハデスはその間、眠そうにあくびをしたりケーキを黙々と食べている。
「それじゃあ二人とも、今回は後片付け頼むぞ」
父さんがそういうと二人は面倒そうにしながらもうなずいた。
「……はぁ。仕方ないな……今回だけだぞ」
「さっさと用を済ませてこちらを手伝いにこい」
相変わらず片付けなどはしたくなさそうな二人に内心「普段から何もしてないじゃん」と毒づいたのは仕方のないことだろう。
おれ達はうなずくと部屋を出た。
「……みんなちゃんと寝てるみたいだな」
「そうですね」
そっと物音を立てないように細心の注意を払いながら扉を開く。
子供たちはそれぞれのベッドですやすやと寝息を立てている。
おれと父さんはそれぞれわかりやすくラッピングされたプレゼントを静かに枕元へ置いた。
翌朝プレゼントを目にした彼らのはしゃぐ姿が思い浮かび、頬が緩む。
明日が楽しみだ。
部屋を出ておじさんたちの元へ戻ると、ちゃんと食器も壁の飾りなども片付けられていて一安心した。
「ハデス、ゼウス、任せてすまないな。おかげで子供たちのプレゼントも置いてこれた」
「ありがとうございます、ゼウスおじさんもハデスおじさんも遅くまですみません」
こういっておけば二人も気を悪くしないことを知っているおれと父さんは図らずもなだめる様な言い方になってしまったが、思いのほか二人とも機嫌は悪くなかった。
「いい。こうやって集まることも最近はあまりないからな」
「そうだな。まだ結婚もできてないし子供もいないから、その予行練習だと思えば多少は許せる」
確かにこの二人はまだ子供がいない。
今のうちに慣れておけば多少は彼女さんへの負担が軽減されるだろう。
ていうか相変わらず上から目線だなこの二人。
今に始まったことじゃないからいいけどさ。
ちょっぴり呆れながらおれもそろそろ寝る準備をするか、と着ていたサンタ服を脱ごうとしたが、不意に手首を掴まれた。
「……? どうしたんですか、ゼウスおじさん」
「わしとハデスはまだプレゼントを貰ってなかったようだが」
「そういえばそうですね。すみません、子供たちのことしか考えてなくて何も準備できてなくて……」
「いいさ。ただ、代わりに可愛い甥と可愛い兄弟から頬にキスくらいしてもらわないと今回の頑張りに見合う報酬にならないな」
にやにやと笑いながらそう告げるゼウスに便乗するようにハデスが「そうだな」と頷いた。
これ絶対酔っ払ってるじゃん……。
「はぁ……、兄弟よ、お前達は変な時だけ仲良くなるのやめてくれないか」
「本当ですよ。普段からもっと仲良くしてください」
酔っ払いに関わるとろくなことがないのはおれの人生経験上わかっていたので、さっさと離れるために大人しく提案に乗ってあげることにした。
どうせ身内の頬にキスするくらい挨拶だからそんなに身構えるほどの物でもないし。
身を屈め、ソファに座るハデスとゼウスの頬にキスをした。
父さんもおれがいるせいか少し気恥ずかしそうにしていたが割り切ったのだろう。
おれとは反対側の頬にちゅ、と軽い音を立ててキスをしていた。
あんな風に音を立てるとちょっといかがわしい雰囲気になるな、と少し思ったが両方とも親族であることを思い出しその考えを放り投げた。
おれは押し付けるようなキスしかしなかったが仕方ないだろう。
身内だし男だし母さんと父さんにしかキスしたことないような奴だし?
いいんだよ今は童貞の劣等感なんて感じなくても。
何が悲しくてクリスマスの夜にこんな気持ちにならなきゃいけないんだ……。
げんなりしながらサンタ服を脱いでるおれをよそにゼウスとハデスは上機嫌で父さんを間に挟み三人で話し込んでいる。
いつも以上に二人とも父さんに甘えてるなぁ……まあ、彼女さんたちと離れて過ごさなきゃいけないから少し寂しいのかな?
ていうかこの二人、隠してるつもりなんだろうけどかなり重度のブラコンだよな。
命が惜しいから言わないけどさ。
恐らくこのまま夜遅くまで飲み続けるんだろうな。
「それじゃあ、おれも寝ますね。あんまり夜遅くまで飲みすぎちゃだめですよ~。おやすみなさい」
「ああ、おやすみパーシー」
「良い眠りを」
「寒くないようにしっかり毛布を被るんだぞ」
「はーい」
もともと着ていた服に着替え、リビングを後にしおれ用に割り当てられた部屋へ行き冷たい毛布の中へもぐりこんだ。
冬は毛布が温まるまでじっとしていなければいけないので眠りに落ちるまでが長く感じる。
カイロか湯たんぽでも持ってくればよかったと後悔しながら気付けば意識は沈んでいた。
朝の清々しくも身を縮こまらせる寒さに毛布の中に頭まで潜り込もうと引き上げたとき、腕に何かがぶつかった。
昨晩眠りに就いたときには無かった位置にある物を不審に思い、しぶしぶ目を覚ます。
そこには水色と白のグラデーションの袋が濃紺のリボンで飾られたものが置いてあった。
もしかして、と開封し一番上に乗っていたメッセージカードを読む。
『メリークリスマス、パーシー。お前の分のプレゼントが無いなんて平等じゃないからな、喜んでくれることを願っている。 ポセイドンより』
やっぱり父さんからだった。
おれが眠った後に置いてくれたのかな。
まさかこの歳でクリスマスプレゼントをもらえると思っていなかったが、やっぱりこういうものはいくつになっても貰えると心が躍るらしい。
袋の中のプレゼントを取り出すと、数日前に店で見かけていいなと思って見ていたダウンジャケットが入っていた。
着心地がよくて暖かいしデザインも好み、こういうジャケット一つあるとかなり助かるんだよな。
先ほどまでの眠気はどこかへ消え、身軽な気持ちでリビングへと向かった。
まだ誰もリビングにはいないようで、今のうちに朝食の準備をする。
おじさん達は朝食を取っていくかどうかわからなかったが、作っておいて食べないようだったら昼におれ達が食べればいいだろう。
昨夜はご馳走だったから朝は少し簡単なものでもいいかな?
既にレンジで温めるだけの状態にしていた豚バラ肉のミートローフを温め、グラタン、サンドイッチを有り合わせの具材を詰めて作る。
見事に子供たちの好物ばかりの朝食だ。
どうせなら、と母さん直伝の青いチョコチップクッキーと青いホットケーキ、スモアまで作って子供たちを起こしに行く。
「おはよう、アテナ、アルテミス。朝ごはん出来てるよ」
支度に時間がかかるだろう女の子たちを先に起こしに来たわけだけど……わざわざ起こしに来る必要はなかったようだ。
「おはよう、パーシー! みて、プレゼント!!」
「おはよう、中身なんだと思う?」
他の部屋の子達を起こさないように二人とも小声で、だけど本当に嬉しそうにプレゼントを抱えている。
まだ中身は確認していないようだ。
「開けてみないのか?」
「どうしようか迷ってるの。アポロンたちと開けるかどうか」
「私たちだけで開けてもいいと思うんだけど、アルテミスはアポロンが拗ねるかもしれないから迷ってるみたい」
なるほど、確かにアポロンはアルテミスが一人で何かしてるとすぐ拗ねたりふて寝したりするもんな。
「じゃあ、ちょっと待っててごらん。今からアポロンたちを起こしてくるよ」
部屋を出てアポロンとヘルメス、ディオニュソスが寝ている部屋へ向かう。
こちらは思った通り、ぐっすり熟睡しているようだ。
「おーい、おはよー。朝ごはんできてるから起きておいで」
「おはよーパーシー!」
アポロンはだいたい目覚めがいいのか朝に強いのか、このくらいですぐ起きてくれる。
「うーん……パーシーおはよぉ……」
ヘルメスもまだ眠そうに目を擦りながらもちゃんと起きてくれたようだ。
問題はディオニュソスだ。
彼はだいたい子供たちの中でも目を覚ますのに時間がかかるから、その間にアレスとヘパイストスを起こしに行った方がいいだろうな。
「えっ、ディオニュソスなにそれー!?」
どうしようかと思っているとアポロンの大声が響いた。
ディオニュソスは不満そうに唸り、寝ぼけ眼でアポロンを睨みつけている。
「……なに?」
「それ! 枕にしてるの!」
言われて見てみると、昨日父さんから先に貰っていたであろうヒョウのぬいぐるみが枕として使われていた。
あのディオニュソスがすぐに使っていたあたり、相当気に入ってくれていたようだ。
大切に抱き込むようにして使っている姿に思わず胸が暖かくなる。
「アポロン、きみの枕元にもなんかあるよ」
言いながらヘルメスは自分の分のプレゼントをさっそく開けようとしていた。
「アポロン、アルテミスが一緒に開けようって言ってたから行って見ておいで」
ヘルメスのプレゼントが何か気になるようだがアルテミスが待っていると聞いて、アポロンはプレゼントを持つとアルテミスのいる部屋へ走っていった。
ヘルメスはと言うと取り出したものを見て、さっきまでのぽや〜っとした様子はどこへやら、目をキラキラ輝かせてプレゼントを掲げた。
「パーシー! みて! すごくカッコイイ靴だ!」
緑色の子供用ハイカットスニーカーを手に、ベッドの上で飛び跳ねるまヘルメス。
隣の振動のせいで起きざるを得なくなったディオニュソスは、ヘルメスの手に持っているものを見て彼のヒョウのぬいぐるみのことを思い出したようだ。
ぬいぐるみの頭を撫で、満面の笑みをうかべた。
「おはよ、パーシー。あれヘルメスの分?」
「おはようディオニュソス。そう、ヘルメスも欲しかった物が貰えたみたい」
「サンタさんておれたちの欲しい物全部知ってるんだね」
「いい子かどうか見てくれてるから、きっと何が好きかも知ってるんだね」
「パーシーたちみたいだ」
「えっ」
思わぬ言葉に体を強ばらせる。
えっ、まさか買ってきたのがおれたちだってバレてない、よな?
買っておいたプレゼントはハデスおじさんのところに置かせてもらってたから見られてないはずだし……。
きっといつかは真実を知るかもしれないが、今は早過ぎないか?
ディオニュソスの察しの良さに冷や汗が背筋を伝う。
「ぼくたちのことを見守ってくれてるの、パーシーたちみたい」
「……そうだな」
あぶなーい! 墓穴掘るところだったー!! 余計なこと言わなくてよかったー!!!
無事に危険(?)を回避したおれは、ディオニュソスの頭を撫で次の部屋へ向かった。
あまり遅くなると朝食が冷めてしまう。
アレスとヘパイストスの部屋に来たが二人とも先程のアポロンの声で目が覚めていたようだ。
既にプレゼントを開け、二人で楽しそうに眺めている。
アレスの分はどうやらバイクや自転車のカタログとラジコンカー、ヘパイストスは様々な工具と組み立てキットを手に入れて満足げだ。
「おはよう、自分たちで起きられるなんて偉いぞ二人とも」
「おはよ。自分で起きるのなんてヨユーだし! それより見ろよこれ! カッコイイバイクたくさんついてるしこのラジコン、めちゃくちゃイケてるだろ!」
「おおー、めっちゃいいじゃん! アレスいいのもらったな」
「だろー! サンタさんがくれたんだって! ヘパイストスのも見ろよ、これできっとすげぇもの作れるようになるぜ!」
ヘパイストスはアレスに自慢げに肩を叩かれ、少し恥ずかしがりながらも嬉しそうに工具類を抱きしめた。
「いいね。もしそうなったら、ヘパイストスにこの家に色んなもの作って貰えるように依頼しちゃおうかな」
「……うん、いいよ。ぼくたちのことを見捨てないでいてくれたこの家のために出来ることがあるなら、何かしたい」
ヘパイストスの言葉に胸が締め付けられる。
こんな幼い子が言うべき言葉ではない。
まだほんの八歳にも満たない子供がなぜこんな苦労をしなければならないのか。
ヘパイストスを抱きしめ、頭を撫でる。
普段はなかなかスキンシップを取られるのが苦手なヘパイストスだが、今日は素直に撫でさせてくれてほっとした。
顔を上げるとアレスが少し羨ましそうにこちらへ向けている視線とかち合う。
「ハグ、する?」
腕を広げると、アレスはヘパイストスと俺を抱きしめるように腕を伸ばしてきた。
二人を抱きしめ、背中を撫でる。
「ご飯できてるからな。冷める前に食べに行こう」
トントンと背中を叩き、リビングに行くように促すと二人は笑顔で部屋を出ていった。
さてと、あとは父さんたちだけだな。
父さんの部屋を見ると、三人まとまってベッドの上でぎゅうぎゅうに寄って眠っていた。
やっぱり仲良いじゃん。
面白くて思わず携帯を取り出し、写真を撮る。
後で三人に画像を送ってあげよう。
せっかく気持ちよさそうに寝ているところ悪いが、子供たちが待っているので構わず起こす。
「父さんゼウスおじさんハデスおじさんおはようございまーす朝ですよー起きてくださーい」
おそらくあれからまたしばらくお酒を飲んでいたんだろう。
二日酔いで声が響いたのか、三人とも呻き声を上げて布団の中に入り込んでしまった。
こうなると面倒だからなるべくお酒控えて欲しいんだよなぁ。
デスクの上にいくつかストックしてあるミネラルウォーターを一本取り出し、予備のマグカップに注いでハデスの眠っている隣に腰を下ろす。
「ハデスおじさん、起きてください。せっかく作った朝ごはん、冷めちゃいますよ。起きて」
頭痛がしないように耳元に囁くと、いつもより顔を顰めながらもうっすらと目を開けた。
「……まだ眠い……」
「眠いかもしれないですが起きてください。はい、お水飲んで」
観念したように上体を起こし、受け取った水を飲み始めた。
少しむせたようで、背中をさする。
「……すまない」
「気にしないでください。子供たちはもうみんなリビングにいると思うので良ければ先に行ってみんなのこと見ててくれませんか? 二人を起こしたらすぐ来ます」
「分かった」
子供たちのことを頼んだらもう少し渋るかとも思ったが問題なかったようだ。
ソファの上に投げ出されていたカーディガンを羽織り、静かな足取りで部屋を出ていくハデス。
とりあえずこれでハデスは大丈夫だろう。
次はゼウスだけど、厄介なんだよなぁ。
同じくミネラルウォーターを注いだマグカップを近くのチェストの上に置いて、ゼウスの潜り込んでいる布団の上から軽く叩く。
「ゼウスおじさん、起きてください。ご飯食べましょう?」
「……」
「おーい、ゼウスおじさんー、起きて〜」
返事がないから強行手段かなぁ。
布団をめくろうと手をかけた瞬間、腕を掴まれ引きずり込まれた。
「うわっ、ちょっと!」
「まだ寝る」
うーん、確かに布団の中は温かくて魅力的だな……出たくなくなってしまう……。
思わず流されそうになるが何とか正気を保つ。
「寝るならなんでおれまで引っ張り込んでんですか!」
「うるさいから」
「意味わからないんですけど?!」
「いいからお前も寝ろ」
腕ひとつでゼウスおじさんに抱え込まれる形にされてしまったのは屈辱だ。
ゼウスの腕は腹の前で固定されており、おれの腕も抜かりなく抑え込まれている。
くそ、女遊びが酷かったと聞いてはいたけどこんな無駄なスキルがあるなんて……!
「もー、寝てないで起きてくださいよ! 子供たちを待たせてるんですよ?」
「ハデス兄さんを向かわせたんだろう? なら構わんだろう。わしらはここで楽しもうじゃないか」
「もしかしてまだ酔ってます? それとも寝ぼけてるんですか? どっちにしてもさっさと……っ、離してくださいよ……うぎぎぃ!」
マジで力入れてるのにビクともしないの何?
腕力ゴリラなの?
「お前本当に色気がないな……」
「親戚で彼女持ちのやつ相手に色気もクソもあるかーーーー!」
呆れたように言われ、頭に来たおれは思いっきりすねをかかとで蹴りつけた。
さすがに痛かったのか悶えてすねを抱え込んでいる。
今のうちに逃げなければ。
布団の外に出ると冷たい空気が余計に身に染みて、布団の中に戻りたくなる気持ちに抗うのが大変だった。
腹立ちついでにゼウスのいた場所の布団をめくり強制的に外気に晒してやると、隣に寝ていた父さんに引っ付いて暖を取ろうとするゼウス。
「さっさと起きろよ、寝汚いぞゼウス!」
「兄さんはまだ寝てるじゃないか! 起こすなら兄さんの方が先だろう、わしは末子なんだぞ!?」
「今から起こすんですよその歳で末子アピールやめろ! このぶりっ子おじさん! いいからこの水飲んではよリビングに行けよ!」
おれたちがぎゃあぎゃあ騒がしかったせいかゼウスが抱きついてきたせいか、父さんは寝起き最悪の顔をしていた。
本当だったら最後に静かに起こしてあげたかったけど仕方がない。
父さんのマグカップを取り出し水を渡す。
「おはよう、父さん。朝からうるさくしてごめん。もうご飯できてるから一緒に食べよう?」
「……ん。ありがとうパーシー。おいゼウス、起きろ」
水を一口飲んで少し気分が良くなったのか、思ったよりも荒れてなくてひと安心ーー
「さっきはよくもわしの可愛い息子に手を出そうとしてくれたな。なあ? おい」
「痛たたた! に、兄さんちょっとそれはいたっ、痛いな!?」
前言撤回、荒れてるわ。
父さんはガッツリゼウスの顔面を手で覆ったまま指に懇親の力を込めているのか、普段は余裕ぶるゼウスが痛がるのなら相当だろう。
起こす順番失敗したなぁ。
そっと足音を消して廊下まで避難する。
「それじゃ二人とも、早く準備してリビングに来てくださいね。先に行ってますよ」
「分かった」
「おっ、おいパーシー、待ってくれ兄さんを止めて痛い痛い痛だだぁっ!!」
自業自得なので放置しよう。
どうせ父さんもそこまで本気でしないだろうし。
時間を取られたからもうご飯冷めてしまってるだろうな……。
少し悲しくなりながらおれも皆の所へと向かった。
ハデスおじさんは先程の頼み通りに、しかめっ面ではあるものの、子供たちの面倒を見てくれていた。
すでに料理はそれぞれのお皿に盛られ、机に並べられている。
「ありがとうございます、ハデスおじさん」
「遅い。待ちくたびれた」
「すみません、ゼウスおじさんにベッドの中に引きずり込まれて逃げ出すのに時間かかりました……」
「……愚弟が迷惑をかけた」
心無しか申し訳なさそうな表情を浮かべるハデス。
兄弟のやった事で気苦労が多そうなハデスは少し遠い目をしていた。
「もう先に食べちゃいましょうか?」
「そうだな。どうせあいつらもすぐ来るだろう」
「皆待たせてごめんな! ご飯食べるよー!」
「はーい!」
先にクリスマスプレゼントが何だったかの話で盛り上がっていた子供たちは、みんな不機嫌になることなく席に着いた。
「いただきます」
食事前の挨拶をして皆思い思いに食べ始める。
いつもより賑やかな食事風景に自然と頬が緩む。
遅れて父さんとゼウスもやって来て自分の席に着くなり料理を味わいながらまた言い争いを始めてしまった。
ハデスは二人にうんざりした様子だけど、普段よりも視線は柔らかい。
子供たちの本当の親では無いけれど、父さんが彼らを大人になるまで支えると決めたのだからおれも手伝えることはしたかった。
だから幸せそうな子供たちを見れたことが凄く嬉しい。
彼らが笑える日が沢山あることを願うばかりだ。
こうしておれがオリンピアで初めて過ごすクリスマスは、あっという間に過ぎていった。
来年も皆と一緒に楽しいクリスマスを過ごせますように。
母さんに子供たちがどれほど可愛かったかの話をしていたら、途中から母さんによるおれの小さい時もこんなに可愛かったのよ談義になってしまったのはここだけの話。