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  • 戦国の舌切り雀

    #創作 #オリジナル #小説 #忍者



    風が木の葉を揺らす音の中、かすかに震える音がする。
    ヒュっ、シュっという限りなく小さな音。
    その音を使い、|矢羽《やばね》(忍者の会話手段の一つ)を行うのは通称『|梟《ふくろう》』と呼ばれる|癸国《みずのとこく》の忍びたち。
    先ほど、敵の忍びによる襲撃に合い、その際に極秘文書を奪われてしまったのだ。
    自分たちの存続にもかかわってくる、とても大事な巻物だ。

    「どこへ逃げた?!」

    「この闇深き森ではもう見つからないだろう
    あいつらめ、絶対に見つけ出して息の根止めてくれるわ…」

    梟の|頭《かしら》である|木月《きづき》は月も見えない森の中でじっと目を凝らすが、やはり見えない。

    「おい、たしかにあいつらだったんだな?」

    「はい、木月様
    あの黒く塗られた爪はたしかに『|雀《すずめ》』のものでした」

    「やつらめ、滅亡間近の弱小隠れ里のくせに我等に歯向かうつもりなのでしょうか」

    「いやいや、木月様率いる我ら梟は、この戦国の世でも最強と言われているのだぞ?
    その我らに戦いを挑もうなど、片腹痛いわ」

    「|蟒蛇《うわばみ》、そうではない
    雀は取り戻そうとしているのだ
    かつての癸国で最大の力を持っていた一族、『|小鳥遊《たかなし》』一族をな」

    「しかし、小鳥遊一族は50年以上前に滅んだはずでは?」

    「ふふ、|猿巻《さるまき》はまだ若いから知らないのも当然だ
    癸国はな、およそ50年前にわれらが王族、|禿鷹《はげたか》一族が小鳥遊一族に謀反を起こし、乗っ取り作り替えた国なのだ」

    「えっ…」

    「以前はこう呼ばれていた
    『|巽国《たつみこく》』と
    そして記念すべき|癸国《みずのとこく》建国の日、小鳥遊一族は全員打ち首に処された
    しかし、その一月後、妙な噂が流れたのだ
    小鳥遊一族の数人を山の民がかくまっている、と」

    「その話ならデマだったではありませんか
    この蟒蛇の父、|三蛇《みへび》が三か月間探し回りましたが、何もみつからなかったのですよ」

    「ああ、そうだったな…
    くっくっく…」

    「木月様…?」

    「面白くなってきたではないか…」

    生い茂る草木の前では、闇はますます深まるばかり。
    梟たちは被害の確認と、体制を立て直すために一旦国へと戻っていった。
    どこかでサラサラと流れる小川が、滴る血の匂いを消していた。


    ★☆★☆★


    木漏れ日が美しく降り注ぐ朝、おじいさんは山に山菜と薬草取りに来ていた。
    数日前からおばあさんの体調が優れないため、薬草を探す手にも自然と力が入る。
    一心不乱に探していると、手元に雫が落ちてきた。

    「ん?雨じゃろうか」

    ふと見上げてみると、木の枝に何かが引っ掛かっているのが見えた。

    「あれは…、なんと!
    子供じゃ!大変じゃ!」

    おじいさんは急いで背中の籠をおろすと、器用に木に登っていった。

    「おい、大丈夫かい?
    いかん、全身びしょびしょで冷え切っておる
    こりゃ気を失ってるな
    とりあえず、うちまで連れて帰ろう」

    おじいさんは着物の袖を捲っていた紐をほどくと、すばやく子供を背中に背負い、自分と結んだ。
    木を降りると籠は前で抱え、急いで家へと向かった。

    「もうすぐじゃからな
    しっかりせいよ」

    おじいさんはなるべく話しかけながら走っていた。



    「ばあさん!ばあさんや!
    帰ったぞ!急ですまんが、今すぐ湯をわかしてくれんか!」

    「はいはい、どうしました…
    ありゃま!この子びしょ濡れじゃありませんか
    すぐ沸かしますからね」

    息を切らして叫ぶおじいさんの様子にただ事ではないと感じたおばあさんはすぐにお湯の準備に取り掛かった。

    「じいさんや、とりあえず、濡れた服を着替えてお茶でも飲んで落ち着いてください
    子供の扱いならわたしのほうがいっとう上手ですから」

    おばあさんは優しく微笑みながらおじいさんに日向であたたまっていた服を渡した。

    「すまん、体調はどうだい?
    そうだ、薬草があるからそれを…」

    「大丈夫ですよ、自分で出来ますから
    とりあえず、この子に合う丈の着物を息子のお古から探してきてくださいな」

    「お、おう、そうだな!
    すぐに持ってくる」

    「ふふふ、まったくあわてんぼうなんですから」

    おじいさんが着物を探しているうちにおばあさんはテキパキと沐浴の準備を進めていた。

    「よし、とりあえず脱がしてあげないとね…
    きゃあ!」

    家の中で甲高いおばあさんの叫び声が響き渡る。

    「ばあさんどうした?!」

    おばあさんの悲鳴におじいさんは着物をつかんだまますぐに飛んできた。

    「おじいさん、この子、ひどい傷で…」

    「な、なんなんだこれは…」

    その子供の身体には、治った傷、ついたばかりだと思われる傷、大小さまざまな傷が無数にあり、特にひどい背中の傷には綿が詰められており、血を吸いつくしているかのようだった。

    「これはひどい…
    子供になんてことをするんだ
    ばあさんや、わしは急いで薬師を呼んでくる!」

    「お願いします
    わたしはその間に少しでも清めておきます」

    おばあさんは止まらない涙を振り切るように自分の頬をパチンと叩き、すぐにお湯で身体を拭き始めた。
    ゆっくりと汚れた綿を取り除くと、幸い、血はとまっているようだった。
    おばあさんは自分の着物の裾が濡れているのも気づかないほど、真剣に傷を拭っていた。



    「ばあさん、連れてきたぞ!」

    おじいさんは足を洗うのも忘れて居間に飛び込んだ。

    「どれどれ、新吉さんが慌ててるなんて珍しいから僕はビックリしちゃいました…
    こ、これはひどい」

    「どうかお願いします
    この子を助けてあげてください」

    「もちろんです、最善をつくしますよ
    とみ子さん、あなたも身体をこわしているのだから、あとは僕と新吉さんにまかせて寝ていてください」

    「で、でも、心配で…」

    「お願いします
    とみ子さんまで倒れてしまったら、新吉さんが病気になっちゃいますよ」

    「では、お言葉に甘えて…
    よろしくお願いいたします」

    「おまかせください」

    新吉はお湯の残りを居間まで運び、台所でとみ子の薬湯を準備し、薬師の手伝いをしながらめまぐるしく午後を過ごした。
    子供の体温が戻り、薬師から「もう安心です」と言われたときには、陽は傾き始めていた。

    「本当にありがとうございました
    まだまだ都もお忙しいでしょうに…」

    「いやぁ、新吉さんにはいつも山菜などいただいて助かってますし、これくらいお安い御用ですよ
    とみ子さんの顔色も良くなって安心しました
    都は…、そうですね
    まだまだ飢饉による病の蔓延が続いております
    圧政がなにも改善されないのです
    貧富の差は日に日に増していくばかりです
    新吉さん、山からは出ない方がいいです
    また何かありましたらいつでも呼んでください」

    薬師はそういうと、悲しい瞳を隠すように爽やかに手を振りながら帰路に就いた。
    新吉は薬師が見えなくなるまで手を振り続けた。



    「う、うう…」

    「おお、目を覚ましたか!」

    「ここは…、痛っ!」

    「こりゃこりゃ、まだ動いちゃいかんぞ
    傷がふさがっておらんのじゃ」

    「す、すみません…
    わたしはいったい…」

    「森でびちゃびちゃのまま木にひっかかっておったのじゃ
    びっくりしたぞい
    この辺の子ではなさそうだし、近くに親のような者も見当たらないし…
    大丈夫かい?何かあったのかい?
    お茶でも飲んで落ち着いたら話でも聞かせておくれ」

    子供はゆっくりと瞬きしながら新吉から受け取ったお茶をすすった。
    そのあたたかさといい香りで、少しずつ頭が明瞭になってゆく。

    「おいしいお茶とふかふかの寝床をありがとうございます
    着物まで貸していただいて…、なんとお礼を申し上げたらよいか…」

    「いいんじゃいいんじゃ
    子供は皆等しく宝物じゃ」

    「ありがとうございます
    しかし、わたしは子供ではないのです」

    「子供ではない?」

    「小さい身体なのは重々承知しておりますが、実はもう元服しており、16歳なのです
    名は|雀蓮《じゃくれん》と申します
    三つほど山を越えた場所にある|鳳雛寺《ほうすうじ》の僧でございます」

    「なんと!すまんすまん!
    まだ12歳かそこらかと…
    まぁ、でも、まだまだ成長期!
    これから大男に大変身するかもしれんぞ!」

    新吉は自分の膝を叩きながら優しい笑顔で雀蓮の頭を撫でた。
    雀蓮は気恥ずかしそうにしながらも、どこかほっとしたように微笑んだ。
    その様子をひっそりと陰から見ている者がいた。
    その者は着物の裾を持ち上げ、静かに廊下を進み、勝手口へと向かった。
    音がしないように気を付けながら戸を開け、藪に向かって小石を4つ投げた。
    すると藪からひとりの黒装束の男が出てきた。

    「先代様、いかがされましたでしょうか」

    「ふん!先代なんて呼ぶんじゃないよ
    まるで死んだか、ババァになったみたいじゃないか」

    「失礼いたしました
    |兎弥呼《とみこ》様、いかがなさいましたか」

    「ふふふ、みつけたよ
    あんたたち、探してるんだろう?
    雀の者を、さ
    気付いた時はあまりにも驚いちまってさ
    笑いをこらえるので必死だったよ!」

    「すぐにお頭を呼んでまいります」

    「そんな焦るのはやめとくれな
    あたしは今最愛の男と穏やかに人生を謳歌してるんだよ
    この家が惨劇の場になんてなったら夫婦仲が冷えちまう
    そうだねぇ、4日後の深夜に来るように伝えとくれ
    あたしがバッチリ狩場を用意してやるよ」

    「御意に」

    黒装束の男は素早く身を後ろへ投げ出すと、次の瞬間には何の気配も感じなくなった。

    「くっくっく
    まさかあちらさんから飛び込んでくるとはねぇ…
    あたしがせっかく滅ぼしてあげたのに、また殺されたいのかい
    まぁ、あとは若い衆にまかせるかね
    あたしは高みの見物だ」

    兎弥呼はかつて小鳥遊一族を滅亡へと追い込んだ戦で、梟の頭として暗躍していた。
    侍女に変装して城内へ潜り込み、小鳥遊の姫君たちを一網打尽にしたのだ。
    しかし、その際にたったひとりどうしても見つけることが出来なかった女がいた。
    城主、|小鳥遊燕庭《たかなしえんてい》の末の妹君である鈴子姫だ。

    「あの小娘、ちょこまかちょこまかと逃げおって…
    まぁ、どこかで野垂れ死んでいるとは思うが…
    まさか、ね」

    兎弥呼はしばし外の空気を堪能すると、そっと戸を閉め、何気ない顔をしてふたりがいる部屋へ向かった。
    障子を開け、微笑むと新吉はぱぁっと顔をほころばせて兎弥呼を部屋へと迎え入れた。

    「ばあさんや、体調はどうだい?」

    「えぇ、おかげさまでよくなってまいりました
    まぁ、目が覚めたんですね
    もし食べれるようだったら、お粥などどうでしょうか」

    「おお!そりゃぁいい!
    わしが作ってこよう」

    「あら、そんなのダメですよ
    台所は女の城です
    男子はここでお茶でも飲んでお待ちくださいな」

    「こりゃ、すまんすまん」

    新吉は頬を桜色に染めながら頭をペチっと叩いた。
    その様子を雀蓮は悟られないように微笑みながら注意深く観察していた。
    雀蓮はかすかに漂う自分への殺気の出所を辿っていた。
    そして対面し、確信した。

    「(鈴子様がおっしゃっていたのは、この|女人《にょにん》のことだな)」

    雀蓮はすぐに奥歯を強く噛んだ。

    「(解毒剤は一粒で大丈夫だろう
    きっと数日かけて弱らされてしまう
    明日、隙を見て兄者たちに連絡しなければ…)」

    「おじいさん、おばあさん、もしよろしければ明日、何かお手伝いをさせていただけませんでしょうか
    まだ重いものは難しいですが、山菜やきのこ狩りなどでしたらお役にたてるかと思います」

    「いいんじゃいいんじゃ
    まだ寝ていなさい
    明日、わしが飛脚さんに頼んで|鳳雛寺《ほうすうじ》まで手紙を出しておくから安心して寝ていなさい」

    「でも、僧としてこのままでは…」

    「うーん、じゃぁ、散歩がてら山菜とりに出かけるかの
    そのかわり、痛くなったり、気分が悪くなったらすぐに言うんじゃぞ
    背負い籠を持っていくから辛くなったら大人しく乗るんじゃぞ」

    「まことにありがたく存じます」

    「そんな固くならんでいいんじゃ
    自分のじいさんやばあさんだと思って元気になるまで甘えなさい」

    「ふふふ、わたしのおじい様は大僧正でとてもおっかないのです
    こんなに優しく接してもらえるのは十年程覚えがありません」

    「はっはっは!
    こんなに立派な孫をお育てになるとはきっと素晴らしいお坊様なんだろうなぁ
    ぜひ、お会いしてみたい」

    「では、精進料理をご用意していつでもお待ちしております
    いつでも寺までご案内いたします」

    「ふふふ、嬉しいのう
    わしゃ幸せ者じゃ」

    「(この人は絶対に巻き込みたくない
    兄者たちに保護してもらおう)」

    雀蓮は頭をフル回転させて最善の方法を模索した。
    梟は手強い。
    嘘ではない仲の良さがうかがえるこの老夫婦をどう引き離して戦闘に持ち込むか。
    そして、あの場所へ隠した巻物を、どうやって守り抜き、朝廷へと届けるか。
    少しずつ策を繋げてゆく。


    ★☆★☆★


    翌朝、雀蓮と新吉は山中のゆるやかな上り坂へと来ていた。

    「おじい様が呼んでくださった薬師の方はとても腕がよいのですね
    なにやら増血したような快活な気分です」

    「そうじゃろうそうじゃろう
    あのひとはほんに腕がいいんじゃ
    わしなんて薬師さんに出会ってからもう30年くらい経つが、風邪ひとつひいとらんぞ」

    「それはまた素晴らしいですね」

    「昔聞いた話じゃと、もともと山の民だったそうじゃ
    戦働きしていたときに偶然助けたのが小鳥遊様のご子息で、そこからずっと親交を深めて城で働くようになったらしい
    でも、あの悲しい戦のせいで…
    それからは個人で薬師を営んでおるんじゃよ」

    「へぇ、小鳥遊様の…」

    「おお?雀蓮の生まれるずっと前のことじゃが、知っておるのかい?」

    「はい、そのお話はお寺でも長く語られております」

    「そうかそうか…
    今となってはなかなか大声では言えんが、燕庭様は本当に素晴らしいお方じゃった…」

    「ええ、まことに…
    おじい様、すこし冷えてまいりましたね
    焚火でもしましょうか」

    「おお、良い考えじゃ
    さっきとったシイタケも焼いてしまおうか」

    「いいですね」

    いたずらっぽく笑う新吉に|雀蓮《じゃくれん》はとても嬉しい気持ちと切ない気持ちでつい顔を伏せてしまった。
    いまから燃やす物の中には忍びの中でも雀にしかわからないものが混じっている。
    一種の狼煙のようなものだ。
    これをあげれば雀蓮の居場所とともに、敵の存在を知らせることになる。
    おじいさんは強制的におばあさんから引き離されるのだ。
    新吉は兎弥呼が大罪人だということは知らない。
    きっと動揺し、心に大きな傷をつけてしまうことになるかもしれない。
    それでも、やらなければならないことなのだ。
    今日の風向きと強さならば一刻もすれば一番近くにいる雀に気付いてもらえるだろう。
    雀蓮はこっそりと火にそれをくべた。



    |鳳雛寺《ほうすうじ》がある山の頂上付近、大木の上からあたりを見渡している者がいた。

    「雀蓮から狼煙があがったぞ」

    「よかった!やっぱり生きてましたね」

    「さすがおじきの可愛い末っ子っすね」

    「おじきはまだ雀蓮さんのこと幼い子供とでも思ってるんでしょうか」

    「そりゃ思ってるでしょ
    だってちっさいもん」

    「それ言ったらまた雀蓮に|苦無《くない》で|箪笥《たんす》ボコボコにされるぞ」

    「ちっさいくせに強いんだから…」

    「では、わたしがおじきに知らせてまいります」

    「おう、頼んだ」

    三つの影のうち、ひとつが鳳雛寺へと向かった。
    二つの影は狼煙の方角へと走り出す。
    ほどなくして、音もなく気配を消した。



    新吉と雀蓮は楽しく散歩終え、ゆっくりと家路に着くと、縁側でまったりとお茶をすすっている薬師と目が合った。

    「おじゃましています」

    「おお、こんにちは薬師さん
    ばあさんを診に来てくださったんですか?」

    「ええ、それと、その子の傷の具合も気になりまして
    薬草取りのついでに寄ってみたのです
    そしてなんとなんと、今日は僕の可愛い甥、兼、弟子をつれてまいりました」

    「おお!お噂には聞いておりましたが、うちにも連れてきてくれたんですね」

    「はい!今とみ子さんのお手伝いをさせております
    もうそろそろ戻ってくるかと…、おお!
    |惹奉《じゃくほう》!こっちじゃこっちじゃ!」

    惹奉と呼ばれた青年はニコニコしながらこちらへと近づいてきた。

    「はじめまして新吉さん
    僕は|三日月《みかづき》おじさんの甥であり弟子の惹奉と申します
    先月からお得意様の引継ぎをさせていただいております」

    「これまた、なんと、褒め方が間違っていたら大変申し訳ないが、女子のように美しいのお」

    「はっはっは!
    また言われてしまったな惹奉!」

    「おじさん…、母に似てしまったのだからしょうがないのです
    僕としては武士のような強さとほとばしる汗の似合う男になりたいのですが…」

    「最近の若い男子はみな可愛く生まれてくる傾向にあるんですかね」

    「そうじゃな!雀蓮もほんに可愛い顔立ちをしておるし」

    新吉と薬師の三日月はふたりの若い男子の可愛らしさがツボに入ったようで、しきりに笑っていた。
    雀蓮と惹奉は困り顔をしつつも微笑みながら二人の様子を見ていた。
    惹奉は一定のリズムで首から下げた木笛を爪で小さくはじき、それに呼応するように雀蓮は右手の数珠をクルクルと回した。

    〈|雀蓬《じゃくほう》兄者、お早いお着きで〉
    〈雀蓮、怪我はどうだ、すぐ動けるか〉
    〈あと一日もすれば問題なく動けます〉
    〈よし〉

    「今日はすぐ裏にある山の川沿いに|草庵《そうあん》(山の民が使う油紙と植物で作るテントのようなもの)を個別でたてて、惹奉に山中での寝泊まりを一人でさせてみようと思っているのです」

    「なんと、うちにお泊りになればいいのに」

    「いえいえ、これも修行のうちですから
    すぐ裏の山におりますので、もしとみ子さんや雀蓮くんの具合が悪くなったらいつでも呼んでくださいね」

    「かたじけない
    では、夕飯はご一緒にいかがですかな?
    雀蓮がきのこを見つける才能があるらしく、大量に探すことが出来たのです」

    「おお、では、そこはお言葉にあまえさせていただきましょうかな」

    「ぜひぜひ!」

    〈解毒作用のあるきのこも混ぜてあります〉
    〈一応、薬酒も配る故、ひとくち飲んでおきなさい〉
    〈承知しました〉
    〈先ほど台所にて確認したが、兎弥呼はどうやら胃腸を破壊する毒が得意なようだ〉
    〈気を付けます〉

    「そういえば昨日か一昨日か、禿鷹様の屋敷で何かあったみたいですよ」

    「あれま、そりゃ大変じゃ」

    「なんでも、大事な証書が盗まれた上に、奥方様のお着物が数点どこかへ運び出されてしまったとかで」

    「はぁ、都が荒れている波がついに城主様にも及んだんですかなぁ」

    「悲しいのかどうなのかわかりませんが、城下町は義賊が出たと大騒ぎですよ」

    「義賊、ということは、みな喜んでいるのでしょうか?」

    「まぁ、徴税も徴兵も重くなる一方ですから」

    〈山には|雀香《じゃくこう》も控えている〉
    〈武器バカ兄者がいれば安心ですね〉
    〈おい、今笑いそうになったぞ〉
    〈ごめんなさい〉

    「では、ちょいと薬草とりに行ってまいります
    お米が炊き上がる香りがしたら戻ってまいりますね」

    「ええ、いっぱいご用意してお待ちしておりますぞ!」

    「惹奉、行くぞー」

    「新吉さん、雀蓮くん、また夕方頃お邪魔します
    お仕事に行ってまいります」

    「はい!行ってらっしゃいませ!」

    「山中気ぃつけてな~」

    新吉と雀蓮はふたりが見えなくなるまで手を振り続けた。

    「では今度はわたしがおばあさんを手伝ってまいります」

    「ゆっくりしていていいんだぞ?」

    「いえいえ、働きたいのです」

    「じゃぁ、わしも何か一緒にしようかのお」

    そこへ兎弥呼がパタパタと駆け寄ってきた。

    「あらあら、男子二人でいたずらのご相談かしら?」

    「い、いえとんでもない!」

    「そうじゃよ、ちがうちがう
    ばあさんのお手伝いをしたいと話しておったところじゃ」

    「まぁ、嬉しい
    では、さっそく…、雀蓮くんはお魚さばけるかしら?」

    「はい!」

    「じゃぁ、お魚係ね
    おじいさんは、えーと、|牛蒡《ごぼう》の処理をお願いできますかしら?
    わたし、お醤油切らしてるの忘れてたからちょっとお隣にお借りしてくるわ」

    「そのまま井戸端会議もゆっくりしておいで」

    「あら、おじいさんはお見通しね
    お腹がすいたらおにぎりとたくあんがありますからつまんでいてくださいね」

    「ありがとうございます!」

    「さすが出来る嫁さんじゃ」

    兎弥呼は一升瓶を抱えながらウキウキした様子でお隣さんのおうちまで歩いて行った。



    お隣さんまでの道中で兎弥呼は突如足元に投げられた4つの小石を見て立ち止まり、周りを確認してから山中へと入っていった。

    「おい!木月!いるんだろ!
    ちょいと来るのが早いんじゃないかい?!」

    兎弥呼の怒声に驚いたのか、木の上からふたつの影が急いで降りてきた。

    「おっと、兎弥呼様、そんなに怒らなくても…」

    「なんだい!あと三日もあるじゃないか!
    しかも、ここは家から近すぎる!」

    「と、兎弥呼様…」

    「|蟒蛇《うわばみ》は黙ってな!」

    「ひいい!」

    「兎弥呼様、説明させてください」

    木月は挑むような眼で兎弥呼を睨み、静かに微笑んで見せた。

    「ふん!納得できるような話なんだろうね?!」

    「ええ、とてもご満足いただけるかと思います」

    「じゃぁ、さっさと話しな」

    「御意に
    では、さっそく…、鈴子姫を見つけました」

    「…ほう?」

    先ほどまで烈火のごとく苛ついていた兎弥呼の表情が一瞬でゆるみ、口角があがった。

    「始末したのかい?」

    「いえ、それはもちろんわたくし共が処理してもよかったのですが、やはり鈴子姫の最期を飾るのは兎弥呼様の御役目かと思いまして
    きっちり見張りをつけております」

    「ふうん、気が利いてるじゃないか
    でも、鈴子姫が生きていて、さらにあの巻物が盗られてるとなっちゃぁ、禿鷹の坊ちゃんからしたら今は最悪の状況なんだろうねぇ?」

    「左様でございます
    鈴子姫のまわりは雀たちによって完全に守られており、わたくしでも容易に近づくことはできません
    やっとのことで所在を確認したときにも雀の襲撃に合い、若衆の中でも腕の良かった猿巻がやられてしまいました」

    「なんだと?
    猿巻はおまえの後釜候補だった奴じゃないのかい?
    それがやられたのか…」

    「はい、雀は梟から見ても、もともと優秀ではありましたが、わたくしたちが知らぬ間に大きく力をつけていたようです
    兎弥呼様、雀の若造の始末は早めになされたほうがいいかと思われます
    先ほど山で旦那様といるところを見かけましたが、うかつに近づくことは出来ませんでした
    見た目は小僧ですが、あやつ、誘い込み型だと思われます」

    「…なるほどね、誘い込み型か
    隙と空気の調節が出来るなんて、やつは余程の手練れか、それとも…」

    「はい、おそらくは雀の頭、|雀剛《じゃくごう》の近親者でしょう」

    「くそう、あたしの旦那はえらいもん拾っちまったみたいだねぇ
    あの戦火の中で当時12歳かそこらだった雀剛はあたしに左腕を切らした代わりにあたしの側近だった三人の手練れを全員始末したんだ
    一瞬の出来事だった
    雀剛め、あのクソガキが!
    雀剛の親父も本当にムカつくやつだった
    最後まで抵抗しやがって!
    あたしの部下を半分以下にまで減らしやがった!
    立て直すのに何十年かかったと思ってるんだ!
    くそ!くそ!くそ!
    そのせいで今の旦那には妻が出来ちまって、その女をゆっくり病にして、この世から消し、ほとぼりが冷めたころに取り入るのは本当に苦労したんだ!
    もっとはやく結婚出来ていたはずなのに!」

    「兎弥呼様、明日、もうやってしまいませんか?
    明日ならば国境に警備に出ていたわたしの部下たちも戻ってまいりますので、体制は万全を期すでしょう」

    「…くっくっく
    そうだね、そうしようじゃないか
    明日の丑三つ時、決行だ」

    「御意に」

    そういうと木月と蟒蛇は木の葉の揺れる音だけを残して木の上へ消えていった。
    静かな森。
    山中には小鳥のさえずりがこだましている。
    兎弥呼はゆっくりと外行き用の妻の顔へと気持ちを持ち直すと、しずしずと森を出て行った。
    しかし、固く握りしめた手のひらからは、|幾何《いくばく》かの血が滴っていた。


    ★☆★☆★


    爽やかな早朝、廊下を芋虫のように這ってくるふたつの大きな人間。

    「うう、う、お、おはようございます…」

    「お、おおう、おはよう…」

    「もう、これだから男子は!
    ふたりとも飲みすぎですよ!
    仲の良い友人が来たからと言って、あんなに飲むなんて!
    今お水持ってきますから、おとなしくしていらっしゃい!」

    「ご、ごめんなさい…」

    「す、すまん…」

    新吉と雀蓮は二日酔いだった、と言っても、雀蓮のは演技だが、昨日はものすごく楽しい夜だった。
    新吉と三日月は出会った時のことや当時の思い出でずっとしゃべり続け飲み続け笑い続けていた。
    雀蓬が解毒のために持ってきていた薬酒まで全部飲んでしまった。
    昨夜はほんのり酔っていた兎弥呼も、朝のふたりの惨状を見て妻としてしっかり怒っている。

    「すまん、雀蓮くん…
    楽しくてつい飲ませすぎてしまった…」

    「だ、大丈夫です、慣れています
    アホな兄者にもっと強い酒を夜通し飲まされたこともありますので…」

    「ははは…はは…」

    ふたりとも板間の冷たさで酔いを醒まそうとぺったりしている。
    兎弥呼は机にお水の入った湯飲みをふたつ置くとふたりのお尻をペシっと叩いた。

    「今日は本当に良いお天気ですから、お散歩でもして酔いをさましていらっしゃい」

    「う、そうじゃな、行ってこようかな」

    「そうします…」

    グズグズと水を飲み、フラフラと身支度をし、ふたりで腕を組みながら散歩へと向かった。
    玄関では兎弥呼が睨みながら「酔いがさめるまで帰ってきてはなりません」と言ってこちらに手を振っていた。
    新吉は青い顔で「酔っ払いには厳しいのう…」と肩を落としながら雀蓮とトボトボと山へ向かった。



    〈雀蓮が来ました〉
    〈雀香、|雀千《じゃくせん》、行くぞ〉
    〈よっしゃ〉
    〈はい!〉



    「雀蓮、ちと座らんか…、わぁっ!」

    「兄者!」

    新吉と雀蓮が立ち止まったとき、上空から三つの影が舞い降りてきた。

    「雀蓮、つけられてはいないな?」

    「はい、大丈夫です」

    「しっかし、お前よく生きてたなー」

    「いやぁ、身体の出来が違いますから」

    「ほほう?」

    「雀蓮さん、ご無事で何よりです!」

    「相変わらずお優しい雀千兄者の爪の垢でも飲んだらどうですか雀香兄者」

    「ほら、再会の挨拶はそれくらいにしなさい」

    突然現れた青年と少年たちに新吉は酔いもさめないままポカンとしていた。

    「えっと、雀蓮の知り合い…、あれ?
    君はたしか…」

    「はい、新吉さん
    わたしは惹奉とご紹介いただきましたが、正しくは雀に蓬と書いて雀蓬と申します」

    「いったい、これは…?」

    新吉はますます混乱した様子で近くにあった切り株にゆっくりと腰を下ろしつつおろおろしていた。
    そこへ、さらなる来訪者が登場し、新吉はもう頭から湯気を出しそうな勢いだった。

    「み、三日月さん!」

    「いやぁ、新吉さんおはようございます
    みんなと相談しまして、新吉さんは全面的に守ろうということになったのです」

    「わ、わしを守る?」

    「そうです!
    実は、これから小鳥遊一族復興のため、禿鷹一族へ戦いを挑むのですが、その際にこちらも戦場になる可能性がありまして…
    なので、村の皆様を男女にわけて少しずつ安全な場所へお連れしているのです」

    半分本当で半分嘘だ。
    しかし、こうするしか新吉と兎弥呼を引き離せないのだ。

    「で、でも…、うん?
    ということは、三日月さんは、いったいどちらのどんな方で…?」

    「ああ、すいません、余計に混乱させてしまって
    実はわたくし、小鳥遊一族の唯一の生き残りである鈴子姫の婿で小鳥遊三日月と申します」

    「は、え、ええ?!」

    「ああ!新吉さん!」

    「大変だ!新吉さんが倒れた!」

    二日酔いと様々な混乱により、新吉はスウっと後ろに倒れてしまった。

    「まぁ、命に別状はなさそうだし、この方が運びやすいからいいんじゃね?」

    「雀香兄者は人に対する情が足りませんよ」

    「えーひどーい」

    「新吉さんはわたしが担ぎます」

    「おう、雀蓬頼んだ」

    「三日月様と新吉さんとわたしは先に寺に戻るから雀千は|殿《しんがり》を頼む
    雀香は新吉さんに変化し、雀蓮とともに家に行きなさい」

    「はーい」

    「かしこまりました」

    「はい!雀香兄者、雀蓮さん、お気をつけて!」

    「三日月様も兄者たちも、お気をつけて」



    新吉に変装した雀香と雀蓮はまるで酔いがさめたかのような顔で家へと戻った。
    兎弥呼は引退したとはいえ、もとは梟の頭だったくノ一だ。
    わずかな違和感も無いように、体臭をごまかすためにあらかじめ作っておいた酒の香料を服と髪の毛にふりまいてある。
    「ばあさん、戻ったぞ」

    「ただいま帰りました」

    奥からパタパタと笑顔でこちらへやってくる兎弥呼はふたりの手前で一瞬顔をしかめた。

    「おじいさん…、ではないのかしら?」

    「あぁ、やっぱすげぇなくノ一
    鼻の良さは勝てねぇな」

    「のん気なこと言ってる場合じゃないですよ」

    「でも大丈夫なんだろ?」

    「まぁ、そうですけど」

    兎弥呼は身構えようとするが、急に足元がおぼつかなくなってきた。

    「な、何をしたんだい…
    あ、あたし…、お、おじい…、さん…」

    そのまま前のめりに倒れてきたところを雀蓮が腕で支えるように受け止めた。

    「雀蓬兄者の毒、本当に怖えぇのな
    飲ませたのは昨日の夜だろ?」

    「いや、毒ではないですよ
    ただの麻酔薬ですし、お香に混ぜてあったので正確には今日の未明に吸わせたんです」

    「あー、そういうのはちょっとよくわかりませーん」

    「兄者…、本当に体力バカ武器バカ馬鹿バカ」

    「お前ひどくない?
    ふん、貸せよそのババァ
    体力バカのお兄様が運んでやるよ
    おちびちゃん」

    「あ、今ので兄者の忍び装束が一着真っ黄色になる刑が確定しましたから」

    「え、ちょ、それは無いだろ!」

    「はい、もう行きますよー」

    「可愛くないやつー」

    ふたりは素早く忍び装束に着替えると、頭から炭をかぶり、服や顔、身体に刷り込んで匂いを消した。
    そしてわざと炭の跡も着ていた着物も変装の抜け殻もすべて玄関先に放りだして行った。
    森と山中で雀蓮を監視していた梟三人の遺体と一緒に。



    規則正しい寝息が急に止まり、飛び上がるように起き上がったのは先ほど攫ってきた兎弥呼だ。
    あたりを見回しながら、兎弥呼はある一点で動きを止めた。
    瞳も頭も身体も何も動かなくなり、冷や汗が背中をつたう。

    「お久しぶりですね、富江さん
    あ、違ったわ
    それは侍女だったときの偽名よね
    本名は兎弥呼さんでしたわね
    わたしの今日の着付けはいかがでしょう?
    あなたに教えてもらったんだものね、完璧よね?」

    「す、鈴子、姫…」

    兎弥呼はあまりの恐ろしさに身体が震えてくるのが分かった。
    兎弥呼が寝かされていたのは|鳳雛寺《ほうすうじ》の中にある鈴子姫の部屋だったのだ。
    敵地に連れ込まれたことが恐ろしいのではない。
    鈴子姫が生きていたことが怖いのではない。
    美しいのだ、化け物のように。
    兎弥呼とは四つほどしか歳は離れていないはずなのに、鈴子姫はまるで三十代の淑女のようだ。
    咲き誇る白百合の花のように可憐で、透き通るような白い肌に朱く血色の良い唇、桜色に染まる頬は幻想のようであった。

    「お前、ほ、本当に、生きて、いるの、か?」

    「ええ、おかげさまで
    あなたと同じ、60代のおばあちゃんよ」

    「ひいい!」

    兎弥呼は本能的に逃げようとして思わず後ずさった。
    すると誰かに背中を支えられる感覚がしたため、振り返ると、そこには三日月と雀蓮がいた。

    「お、お前は薬師の…?」

    「あぁ、やっとこの日を迎えることが出来た
    僕はねぇ、ずーっとずーっと君を見張っていたんだよ
    うちの嫁にひどいことしたやつが他の土地に逃げないように監視してたんだ
    僕はね、鈴子の夫で、小鳥遊三日月って言います
    これからはそっちの名前で覚えていてね」

    「な、お、お前…」

    「三日月様、説明が少なすぎますし、肝心のお話もちゃんとしてください」

    「おっと、ごめんごめん」

    「あー、兎弥呼さん、三日月様のことを監視だと見抜けなかったのはしょうがないと思いますよ
    だって三日月様は忍びではなく元は山の民ですから
    幼き日の|小鳥遊燕庭《たかなしえんてい》様、つまり鈴子姫のお父様を助けた山の民の息子さんです」

    「つ、ついてゆけぬ…」

    兎弥呼は着物の袖口で何度も汗をぬぐうが、震えは一向に止まる気配がない。
    雀蓮は兎弥呼の様子など全く気にせず話し続ける。

    「話はまだ終わってませんからね
    えっと、兎弥呼さんには命を救う代わりに、梟の情報を流してほしいんです
    それぞれの本当に得意な武器とか使う毒の種類とか隠れ里の通行証とか」

    「な、そんなの出来るわけない…」

    「え?じゃぁ、死にます?
    新吉さんには病をこじらせて亡くなったことにしておきますから別に良いですよ」

    「そ、それは…!」

    「言っておきますけど、今更あなたに選択肢なんてありませんからね」

    「そうそう!そう伝えたかったんだ!」

    「三日月様…」

    「もう、あなたったら
    雀蓮の邪魔しちゃいけませんよ」

    「はーい」

    雀蓮は困った顔を三日月に向けながらため息をついた。
    目の前のやりとりに兎弥呼はまったくついていけない。

    「し、しかし、あたしはもう引退した身、木月にバレたら殺されちまう!」

    「だから、そこを利用してくださいってば
    どうせ、利用しようと思ってるんでしょう?
    わたしのことを売っていただいてかまいませんから
    あなた、本当にわたしの父上の腕を切り落とした伝説のくノ一ですか?
    慌てちゃってみっともない
    三日月様のことも、鳳雛寺のことも、全部しゃべっちゃっていいですよ
    それでもわたしたちは勝てますので
    さぁ、身体に適度な傷をつけましょう
    大丈夫です、死にはしません
    それと、森に雀の忍び装束を着せて、顔と手をズタズタにした梟の誰かの死体をおいておいたので、そこに佇みながら木月さんでも蟒蛇さんでもどっちでもいいので呼んでください
    戦って攫われなかったことにしましょうね
    じゃぁ、雀千兄者、あとをお願いいたします」

    「はい!
    では、おばさん、ここでは鈴子姫のお部屋が汚れてしまいますから外で準備しましょうね」

    「おい、お、おい!
    父上の腕だと?!
    お前、まさか、雀剛の息子か!
    やめろ!やめろー!」



    山中にはまったく似つかわしくない光景が広がっていた。
    一面の血、身元が判別不可能な死体、血まみれの老婆、燃え盛る炎、細く上る真っ黒な煙。

    「…い、…おい、おいこら出て来い木月ぃいい!
    お前はいったい何やってんだよ!
    何もうまくいってないじゃないか!
    早く来い木月!
    木月ぃいいい!」

    一瞬、木立が揺れたと思ったら、狼煙のそばには木月と蟒蛇、その他数人の梟が降り立っていた。

    「と、兎弥呼様…?」

    「うるせぇんだよ蟒蛇!
    木月ぃ、お前は何をやってたんだよ!
    新吉が攫われちまったじゃないか!
    あたしもこのザマさ!」

    「申し訳ありません
    兎弥呼様ほどの実力者が…」

    「ああ?お前、あたしを馬鹿にしてんのか?
    馬鹿にしてんだろ!
    こんな屈辱うけたのは初めてだ!」

    取り乱す老婆の様子に、こらえきれなくなった木月は声を出して笑い始めてしまった。

    「木月様…?」

    「な、なんだい…、何がそんなにおかしいんだい!」

    「いやいや、申し訳ありません
    はぁ、やっと終わったんだなぁと思いまして」

    「何がだい!」

    「あなたがたの時代ですよ」

    「あたしらの時代、だと?」

    「そうです
    あなたたちは口を開けば|簒奪《さんだつ》の栄光を語りたいだけ語り、その当時の自分たちと比べて我々後続の者を馬鹿にする
    国境警備なんてぬるい仕事だの、忍びは暗殺こそ華だの
    我等は国を一つ盗ったというのに最近の若造は、と
    はっきり申し上げます
    だからなんですか?
    それがどうしたというのです?
    わたしたちの実力とあなたたちの歴史、何の関係もないですよね?
    迷惑なんですよ、過去の栄光にすがられるのは
    こちらの士気も下がりますし、何よりも、相槌が面倒くさいんです
    あなたには忍術のいろはを教わった恩がありますから適度に梟の情報を持たせてあげます
    さっさと雀のもとへお戻りください
    そこで煮るなり焼くなりどうとでもされればいい
    今回の戦はわたしたち新しい世代の戦です
    あなたがたはひっこんでいてください
    目ざわりです」

    兎弥呼はもう声すら出なかった。
    呆然と立ち尽くすその手に数個の巻物が入った風呂敷堤を握らされ、置いて行かれた。
    もう周りには誰もいない。
    鳥の声すら聞こえない、静寂。
    兎弥呼は歩き出した。
    足を左右交互に出す、というその単純な行為すら、もはや悲しかった。



    「あ、兄者、戻ってきたみたいです」

    「よし、では鈴子姫のところへ行くぞ」

    「はい」

    雀蓮と雀蓬は抜け殻のような兎弥呼を伴って鈴子姫が待つお堂へと向かった。

    「はやかったですね」

    「ふんっ、ほら、情報だよ…
    これでいいんだろ」

    雀蓬が受け取り、中を確認する

    「ええ、たしかに
    少し古いもののようですが、おおむねいまの状況と同じですね」

    「なんだい、もう知っていたのかい」

    「はい、これは鈴子姫様からあなたへの慈悲ですよ」

    「慈悲…?」

    「そうです
    小鳥遊へ尽くすことで、過去の罪を許してくださろうという慈悲の心です」

    「…なにが慈悲だい
    戦なんぞ始めやがって!
    そんなに人が死ぬのが見たいのかい!
    こっちはもう、全部ズタズタにされたんだ!
    過去の栄光だのなんだの、目障りだと言われたんだ!
    慈悲の心があるならもっとよこせ!
    お前のその綺麗なべべでもなんでもよこしやがれえええ!
    ぐあ!」

    兎弥呼が叫んだ刹那、黒い影がその顔を横切った。
    次の瞬間には、兎弥呼の口の中は真っ赤に血にまみれていた。

    「ごぼっ、ごほっ」

    「雀蓮、止血までちゃんとしてあげなさい」

    「はい、兄者」

    雀蓮だった。
    雀蓮は誰の瞳にも残像しか残さず、兎弥呼の舌を切り取ったのだ。
    鈴子姫は静かに立ち上がると、兎弥呼を見据え、よく通る強く清らかな声で話し始めた。

    「よく聞け、梟の先代頭よ
    お前たち梟は禿鷹一族の手足となり、ひとりひとりが歩むはずだった幸福な日々を、ひとつの国を、時代そのものを滅ぼしたのだ
    わが先祖たちが丁寧に築いてきた歴史、日々の営み、夕陽を美しいと思い、明日を楽しみに生きることのできる安寧を、お前たちはすべて奪っていったのだ
    先代の国主たちが紡いできた限りある命を、お前たちは、お前たちは、たった一度の欲ですべて壊してしまったのだ!
    現状を見て見よ!
    民は飢え、子供が物乞いをしているではないか!
    なぜすべての大人が字を書けぬ?!
    なぜ川に死体が流れている?!
    なぜ生まれたばかりの赤子を埋めなければならぬのだ!
    誰がそんな国にした!
    民が貧困にあえぐ一方で、禿鷹どもは慶(言語も文化も違う外国)からあらゆるものを買いあさっているという
    そんな落とせば簡単に割れるようなものに金を使い、どうして民に米蔵すら解放しないのだ!
    どうして…
    わたしは国を奪うために戦をするのではない
    民を救いに行くのだ
    この命をかけて
    わたし自らも馬に乗り、戦火をくぐろうぞ!」

    兎弥呼はもはや見つめることすらできなかった。
    鈴子姫は美しく、輝き煌き、その身にうけた不幸を強さに変える力が全身にみなぎっているのだ。
    雀蓮は止血を済ませ、鈴子姫の瞳と光をかわし、自らも話し始めた。

    「わたしは父上が今生きていてくれたならばどんなに良いだろうと常々思っています
    命を懸けて国を守り、そして困難に立ち向かい、どんな状況であっても光のさす方向を間違えなかった父や祖父を誇りに思う
    もう、誰も殺してはいけないし、殺させてもいけない
    この手は幼い子のために何か素晴らしいおもちゃを作り出すためにある
    この腕は困っているおばあちゃんの重い荷物を代わりに運んであげるためにある
    この身体はおじいちゃんたちが教えてくれた楽しい遊びをするためにある
    この耳はお母さんがはなしてくれるおとぎ話を聞くためにある
    この口はお父さんと未来の話をするためにある
    この目は愛しい人を見つめるためにある
    そう思う、そう思っているからこそ、この戦には勝たなければならないし、勝つことしか考えていない
    それが最大の親孝行だと思うから
    あなたがしてしまった罪は消えないけれど、新吉さんと育んできた大事な日常も消えないでしょ」

    雀蓮が話し終わったその時、お堂の扉があき、多くの光が入ってきた。
    眩しさに目を瞑った兎弥呼の肩を、優しく抱き寄せるのは、光の中から走ってきた確かなもの。
    新吉はすべての事情を知ったうえで、ふたりで生きていくことを諦めなかった。

    「この夫婦は、もう永遠に大丈夫でしょうね」

    「雀蓮、お前も甘いやつだな」

    「いいじゃないですか、信じても
    雀香兄者は信じないんですか」

    「別にー、どっちでもいいかな」

    「さぁ、雀香、雀蓮、時間だぞ」

    「はい」

    「はーい」

    雀蓮は父が叶えることが出来なかった夢をその両翼に背負い、戦場へと羽ばたいてゆく。
    死ぬ間際、雀剛は雀蓮を床に呼び、その気持ちを話していた。

    「(戦を残してしまうことを本当に申し訳なく思う
    しかし、雀蓮、お前はわれら|孔雀《くじゃく》一族始まって以来の逸材だ
    きっとその羽は平和へと届くだろう
    まかせたぞ、次の未来を…)」

    雀蓮は深緑と紺碧に染まった美しい組紐を左腕に固く結ぶ。
    代々、孔雀の頭領に託されてきたものだ。
    まだ継げるような自信は無いけれど、その存在を求めてもらえるならば腹をくくろう。
    雀蓮は頭領として先頭に立った。
    その身にうける風は、冷たくもやわらかな香りがした。


    ☆★☆★☆


    静かな湖畔。
    波一つ立たない穏やかな月夜。
    夜行性の鳥たちは歌うように囁く。
    一瞬の時の切れ間。
    黒く塗られた爪だけが方向を示し、木の葉が落ちるよりもはやく、始まった。

    キン!
    キン!

    金属がぶつかる音、時々混ざる低いうめき声。

    「雀蓮様、後続が戦闘に入りました」

    「雀蓮様!
    先発隊が城門につきました!」

    「雀香兄者は第二、第七班とともに鈴子姫と三日月様の護衛と援護を続けてください
    雀千兄者は引き続き第三、第四班を率いて梟の足止めを
    第五、第六、第九班は引き続き梟を殲滅、蟒蛇は生きたまま捕らえてください
    先発の第八班に作戦開始を伝えてください
    第一班はわたしとともにお願いします」

    雀蓮はまるで木の枝の場所をすべて把握しているかのように木の中を駆け抜けた。
    率いている第一班はベテランの精鋭ぞろいだ。

    「雀蓮の後ろは走りやすいよな」

    「さすが、我らの次期頭領」

    「今日からこのまま頭領になってくれりゃぁいいのにな」

    「そうだよなぁ」

    「さっきから俺ら手裏剣しかはじいてないよな」

    「雀蓮が全員落としちまうんだもん」

    「まぁ、本格的な戦闘に体力とっておけるってことで」

    「雀剛兄者の忘れ形見に花道歩かせてやりたいもんな」

    「あぁ、その通りだ」

    雀蓮は次々と向かってくる梟を片っ端から地上へ叩き落していた。
    飛びついてくる相手よりも少しだけ高く飛び、首筋を思いっきり踏みつけて叩き落しつつ、自分は次の枝か梟の頭の上に飛び移るという離れ業をしながらずっとスピードを落とさずに城までの道を駆けているのだ。

    「あぁ、今の奴は背骨いったな」

    「あぁ、いったな」

    「雀蓮とは戦いたくないわー」

    「俺もー」

    ベテランたちはまるで芝居でも見ているかのように後方から雀蓮の動きを楽しんでいた。

    「あ、やっと|苦無《くない》だしたぞ」

    「おお、雑魚が終わったか」

    「いや、ありゃ蹴り落とすのに飽きただけだな」

    「あぁ、ありうる」

    「あらあら、力量の差って怖いねぇ」

    「雀蓮に苦無で勝てるわけないのに」

    「ほら、身ぐるみ切り裂かれてらぁ」

    「あぁあぁ、足の腱いったな」

    「もう忍者は無理だろうなぁ」

    「おお!出た!雀蓮の|宵闇渡り《よいやみわたり》!」

    「ふーっ!
    あれ実際何回切ってるんだろうな
    俺じゃぁ見えないわ」

    「俺も」

    「なんであんなに縦にも横にもクルクル回転しながら二刀流でいけるんかねぇ」

    「雀蓮は出来が違うのよ、出来が」

    「かぁ、自慢の次期頭領だわぁ」

    「父上たち、盛り上がりすぎですよ!
    わたしたちだって見たいんですから!」

    「あ、ごめーん」

    「息子と同じ班になる日がくるとは…」

    「俺の息子は今日は鈴子姫んとこだわ」

    「俺たちも年とったねぇ」

    「そりゃなぁ」

    ベテランたちは息子世代の班員に注意され、おとなしく任務をこなすことにした。



    かがり火が|煌々《こうこう》と照らすのは現城主である|禿鷹成松《はげたかなりまつ》だ。

    「くそ!くそ!くそ!
    絶対に手放さぬぞ!
    この国はわたしのものだ!」

    右手に持った漆塗りの豪華な盃をわなわなと震わせながら激高している。
    そこへ、木月がふわりと現れた。

    「禿鷹様、おまかせください
    わたくしめが雀も小鳥遊もすべて捕らえてその首を城前に並べて見せまする」

    「木月、しくじるでないぞ
    全員殺せ」

    「御意に」

    木月は不敵な笑みをたたえながら川を挟んで向かいに陣を張る小鳥遊の家紋を睨みつけた。

    「小鳥はぴぃぴぃうるさいな
    首をへし折ってやらねば…
    ふふふふふ…」



    小鳥遊の陣では先についていた第八班がすべての準備を整えて雀蓮たちの到着を待っていた。
    途中、前方にいる梟をすべて雀蓮が倒してしまったため、第一班は後方に散っている梟の残党狩りに出た。
    その間に雀蓮と鈴子姫の一団は陣へと入っていった。

    「向こうの様子は?」

    「成松はめっちゃ怒ってるみたいですよ
    顔真っ赤だし、おっさんだし」

    「おっさん関係ないですからね、雀香兄者」

    「むこうがおっさんならば、わたしはおばあちゃんじゃな」

    「鈴子姫は鈴子姫であって鈴子姫以外の何者でもないですよ!」

    「はっはっは!
    雀香は愉快じゃな」

    「こら、お前たち
    鈴子姫を困らせるんじゃない」

    「あ、じゃくほ…、付き合ってください」

    そこに立っていたのは若き日の鈴子姫によく似た清らかな美しさを湛えた絶世の姫君だった。

    「バカか雀香
    お前もさっさと女装してこい」

    「いやぁ、雀蓬よ、わが息子
    こんなに美しく育ってくれるとは…」

    「鈴子姫、今は孔雀の雀蓬です
    息子の|蓬《ほう》は休業中です」

    「相変わらずつれないのう」

    「はぁ…、母上、絶対に陣から出ないでくださいね
    戦場に出ると言って本当に馬に乗ったときは血の気が引きましたよ
    あなたはこれから国を作り直してゆく人なんですから
    別の戦い方をしてください
    いいですね?」

    「う、うむ…」

    「おいおい、雀蓬兄者よ
    姫をしょぼんとさせんなよなー」

    「うるさい、お前はさっさと着替えて来い」

    「へいへーい」

    ぶつくさ言いながらも雀香は侍女たちのところへ向かった。

    「雀香兄者はまた胸を盛りますよ
    監視しなくていいんですか?」

    「いい、もうあきらめたよわたしは…」

    困っている顔も美しい、と思ったが雀蓮は心の中にとめておいた。

    「では頭領代理雀蓮、最後の作戦会議をしよう」

    「はい、よろしくお願いいたします」

    雀蓮は左腕に触れると、意を決したように卓についた。
    すべての班が配置に付き、今ここにいるのは班長である大ベテランのおじきたちを含む歴代の猛者たち。
    そのすべての命が雀蓮にかかっている。

    「では、最後の作戦を伝えます」



    風が止んだ。
    鳥たちは自力で飛ぶことを余儀なくされる。
    一頭の美しい白馬に乗った桜色の姫が、禿鷹の城の前へと進んでいった。
    静寂の中、一分の弓矢が白馬の足元へ放たれる。
    しかし、白馬は動じない。
    なぜならば、自らに身をゆだねるこの姫のことを信じ、大切に思っているからだ。
    姫がひかぬのならば、馬もひかない。

    「禿鷹の城主、成松よ!
    我が名は|小鳥遊鈴蘭子《たかなしすずらんし》である!
    簡潔に申し上げる
    わたしの家を返しなさい!
    わたしの家族を返しなさい!
    さもなくば、血をもって解決の道とする!
    臆病者が!
    その手でわたしを倒しに降りて来い!」

    老齢の女子に馬鹿にされた成松は木月たちの静止をふりきり城門の上から顔を出し叫びだした。

    「馬鹿め鈴子姫が
    お前もろとも喰ろうてやるわ!
    その衰えぬ美しさには興味がある
    わしの妾にしてやってもよいぞ!
    あっはっはっはっは!」

    小鳥遊陣営がにわかに殺気立つが、鈴子姫はまったくひるまずに笑みを湛えながらそれに答えた。

    「禿鷹成松よ、知っているか?
    鈴蘭の花には毒があるんじゃ
    喰えるものなら喰うてみよ!」

    その刹那、鈴子姫から鋭い刃が放たれた。
    成松のそばに控えていた梟のひとりの肩を掠り、一呼吸分の余白のあとその忍者は口から泡を吹いて倒れ、そのまま息絶えた。

    「お、お前、鈴子姫ではないな?!
    何者だ!」

    鈴子姫は来ていた羽衣を勢いよく空中へ放り投げると、そこにいたのは雀蓬だった。

    「こんばんは
    わたしは|小鳥遊蓬《たかなしほう》、小鳥遊一族次期当主でございます
    さぁ、はじめましょうか」

    蓬がニコリと笑い、口紅を拭う動作を合図に城内から悲鳴が沸き起こり始めた。

    「うわぁああああああ!」

    「ど、どこから湧いて出やがった!」

    「ふ、梟たちは何をしておるのだ!」

    「あれ…?お前、梟ではない…、ぐあ!」

    「じょ、城門が、城門が!」

    潜入していた雀たちによって城門は中から開かれ、そこへ小鳥遊の兵がなだれ込むように突き進んでゆく。

    「き、木月は、何を、しているんだ!」

    「殿、こちらでございます」

    「おお、たすか…ふぁっ!」

    「はい、成松つかまえたー
    どうもー、爆乳の香ちゃんです!」

    「…、部下の恨み、晴らさせてもらうぞ!」

    「あ、やべ、こいつ蟒蛇だ」

    雀香は素早く女装と解くと、胸に入れてあった煙玉を蟒蛇に投げつけた。

    「ぶは!
    こんなもので逃げられると思うなよ!
    この小童共がっ…、はう!」

    蟒蛇は口を閉じる間もなく遅れてやってくる痛みに驚愕した。

    「ごばっ、ごぼぼぼ」

    雀蓮によって口を大きく割かれたのだ。

    「蟒蛇め、油断しおって…、おっと」

    木月の前を素早い人影が空を割く。

    「やはり、あなたはそう簡単には油断してくれないんですね」

    「はっはっは、雀剛の|倅《せがれ》か」

    「あなたのうわさは聞いてますよ
    先代禿鷹の隠し子でしょう?
    くノ一に手を出すなんて、禿鷹一族はつくづくゲスですねぇ」

    「ほう?どこでそれを知った?」

    「いただいた密書で
    あなたの御母上と他数人のくノ一は仲間であるはずの梟たちから騙されて先代禿鷹や貴族たちに手籠めにされながらも頑張ったんですね
    あなたがうまれて言葉がわかるようになったころ、先代禿鷹を心中にみせかけて殺したでしょう?
    それを梟はずっと隠してきたんですよね
    殺害時に城へ宿泊していた朝廷の書記官二人も殺して
    先代禿鷹が乱心したことにしましたよね?
    慶から渡ってきた薬の中毒のせいにして」

    「さすが孔雀一族
    やはり、地獄の果てまで追いかけて殺しておくんだった」

    「いや、あなたはこれを望んでいたのでしょう?
    自分の母親たちを傷つけ、まるで物のように扱った梟たちに復讐したかったのでしょう?
    あなたほどの実力者がわたしを探すことを諦めるなんておかしいと思ってたんです」

    「はぁ、ピーチクパーチク、雀はおしゃべりだな
    そうだよ、梟と成松と雀が良い感じに死んだら、そのあと密書の中身を利用して血筋を証明し、わたしがあたらしく禿鷹をひきいていこうと思ってたんだ
    成松はわたしの腹違いの兄さ。
    |簒奪者《さんだつしゃ》の息子はまた簒奪されるものだ
    くっくっく
    さぁ、おしゃべりはここまでだ
    殺し合いをしようじゃないか!」

    木月は背中に隠していた千枚通しに似た暗器を一斉に雀蓮めがけて放った。
    上下左右関係なく襲ってくる鋭い切っ先に、雀蓮は真っ黒な布を広げ、素早く左によけた。

    「ん?ほほう、わたしの|鋼針《はがねばり》が貫通しないとは
    よくできているな」

    「あぁ、これはただの黒染めの布です
    蟒蛇さんが吐きだした血がついたのを乾かしたんで変なにおいしますけど」

    「ふん、いちいちむかつく小僧だな」

    シュッ

    「小僧!」

    「あぁ、もうちょっとだったのに
    口開けてガアガアしゃべってると舌ぶった切りますから」

    「おしゃべりなのはお前の方だろうが!」

    キン!
    キン!

    ジャララララ!

    木月の鎖鎌が空を切る。

    ジャララララ!

    「お前の父親と同じ格好にしてやろうなぁ、雀蓮よ」

    「指すら切らせませんけどね」

    脇差で鎖鎌を器用に叩き落としてゆく。

    「おいおい、お得意の苦無はどうした?」

    「あんたの部下に全部ぶち込みましたよ」

    「飛び道具を使ってきてもいいんだぞ?
    ほら、死にたいのか?」

    キン!
    キン!

    「孔雀はそうそう飛んだりしないんですよ
    今日は特別です」

    シュッ!

    「馬鹿め!
    はずし…」

    ガキン!

    「な!鎖が!」

    「はー、疲れたー
    鎖の特定の輪っかの同じ部分に傷をつけ続けるのって意外と大変なんですよー
    あぁ、脇差も刃こぼれが激しいや」

    「同じ場所に、だと?!」

    雀蓮のあまりの離れ業に一瞬鎖の切れた部分に目を落とした木月の額に雀蓮は強烈な回し蹴りを加えた。

    「かはっ!」

    後ろに飛ばされ、塀に背中を強打した木月だが、すぐに苦無を構え、臨戦態勢を崩さなかった。

    「さすがです、禿鷹の御曹司」

    「そう呼ばれて喜ぶほどわたしは自分の血を受け入れてはいないぞ
    お前、どうやってそのような技を手に入れた?
    忍術では無いものもあるようだが」

    雀蓮はボロボロになった脇差を放り投げると、背中から大きな|鉈《なた》を取り出した。
    左腰に差してあった三節棍の内部にある細かい鎖をひっぱり一本の長い棍にすると、その先に鉈をはめて木の杭を通し、左腕の組紐で頑丈に括り付けた。
    その動作、わずか瞬きほどの間であった。

    「それはなんだ?」

    「山の民の生活から生まれた便利な道具であり、武器でもあります
    わたしはたくさんの父親たちに育ててもらいました
    山の民である三日月様もそのおひとりです
    わたしの使う技は、父たちが歩んできた人生そのものです」

    木月は初めて身震いした。
    長鉈を構えた雀蓮に、雀剛が重なって見えたからだ。
    その男は片腕を無くしても梟たちが敵わなかった唯一の存在。

    「ふふ、ふふふふ…
    ああ!なんとゾクゾクすることか!
    あの雀剛の息子を、この手で殺すことが出来ようとは!
    さぁ!もう一戦!
    殺し合おうぞ!」

    「簡単には死なせないですよ」

    キン!
    キン!
    プシュ!

    木月の真剣と雀蓮の長鉈に火花が走る。
    切っ先が容赦なく雀蓮の鼻先に迫るが、ギリギリのところでかわしてゆく。

    「はっはっは!
    わたしから逃げるので精一杯か?
    まるで曲芸師のようじゃないか!」

    雀蓮は小さな体で大きく手足を振り回しながら、まるで舞うようにかわしてゆく。

    「はぁ、はぁ、わたしもお前も、血まみれでなんと美しいことか
    この戦が終わったら飼ってやろう、幼き孔雀よ」

    「おっと、血ぃ流し過ぎておかしくなっちゃいました?
    僕の装束にかかっているのは
    あなたの返り血ですよ」

    「は?」

    ザクっ…

    ドスン

    「な、なんだこの小刀は…」

    木月の体には中心部分に五本もの小刀が刺さっていた。
    小刀は血液に反応して興奮剤が塗られた返しが開くように出来ており、抜けばその部分がえぐられる仕組みだ。

    「だれが長鉈だけで戦うと言いました?
    わたしは足袋の底と脚絆、両ひざに小刀を仕込んでます
    これは雀香兄者の得意技なんですよ
    あー、重かった
    あと一本あるんですけど、いります?」

    「く、クソガキ共、がっ…」

    雀蓮は脚絆に残っていた最後の一本を木月の額めがけて蹴り出した。
    木月は全身から血を吹きだし、跪いたまま絶命した。
    雀蓮は木月の未だ湯気が上がる死体を前に、生まれた場所が逆だったら自分もこうなっていたのだろうかと、静かに瞬きした。



    「おーい、雀蓮、終わったのか」

    「はい、不本意ながら雀香兄者の武器で勝利してしまいました」

    「おいおいおーい、褒めるとこやろがい」

    雀蓮は木月(死亡)、雀香は蟒蛇(瀕死)、その他梟幹部クラスは歴戦の猛者であるおじきたち、禿鷹の当主および妻、妾などは雀蓬と雀千の合同部隊によって全員捕らえられた。
    朝日が昇る頃には禿鷹現当主からの全面降伏により、城は開城、小鳥遊一族へとあけわたされた。



    「あぁ、母上、姉上たちの着物じゃ…
    よかった、すべて、すべて取り戻せた…
    あぁ、これは二番目の兄上の櫛
    美しい黒髪をずっと伸ばしておられたなぁ…
    やっと、やっと会えた気がする
    恋焦がれ、何度も夢に見た、愛おしい宝物じゃ…」

    鈴子姫は城中を歩き回り、まるでかくれんぼの鬼のように次々と思い出の品を見つけていった。
    三日月は城主におさまるつもりはサラサラないようで、さっさと雀蓬に国主になってほしいらしく、しつこく説得していた。

    「蓬くーん、いいじゃんいいじゃん、なっちゃおうよ、偉い人にさ!」

    「父上、わたしはまだまだ学びたいことが山ほどあるのです
    この国の土の状態や、季節で獲れる魚の違いなども調べたいのです
    絶対にまだ継ぎませんからね!」

    「えー、そんなー」

    「三日月様、あきらめたほうがよろしいかと
    兄者は好奇心の塊ゆえ、あと10年は無理ですよ」

    「雀蓮まで蓬の味方するのかぁ
    堅苦しい格好とか政治とかもうチンプンカンプンなのに…」

    「そこはほら、鈴子姫が支えてくださいますよ」

    「えっ、雀蓮は支えてくれないの?!」

    「わたしは孔雀の頭領の器にふさわしい男になるべく修行を続けませんと
    それに、禿鷹や梟の残党狩りも残ってますし、他国との国境線の警備も…
    あぁ、三日月様にかまう時間は一秒たりともありませんね」

    「わぁ…、子供たちの独立ってこんなに突然なの…?」


    ★☆★☆★


    なんだかんだと言いながらも三日月は城の改修、とりすぎていた年貢の返還、税率の改定、寺子屋の設置、土地や国民の正確な数字を一から数え直したり…。
    橋の工事や、下水の整備、街中に男女別の公衆便所の設置、ゴミの埋め立て場を新たに作ったりと、ここ50年禿鷹一族がまるでやってこなかった仕事をわずか3年で終わらせた。
    雇用もぐっと増え、この3年で飢え死にする国民はいなくなり、13歳以上のすべての国民が文字の読み書きから簡単な計算まで出来るようになっていた。
    今年の計画としては医師の育成を強化していくらしい。
    今まで民間療法のみに頼ってきた農村部にも正しい医療知識を持った医師を派遣できるようにしつつ、5年後までにはすべての町や村に療養所を建てる方針を打ち出している。
    毎年多くの移民も受け入れており、初年度の年貢と家賃の無償化によって誰もが人間らしい生活が出来るようにと配慮されている。
    不作の年には国庫が解放され、家族分の米と味噌が配られた。

    「父上、とても素晴らしい国になりましたね」

    「あんなに美人な嫁をもらったんだもの
    美しい人を美しく育んでくれた環境に恩返ししなくては、歴代の小鳥遊様たちに殺されてしまうよ」

    「はっはっは
    相変わらず、仲がよろしいことで」

    「いいぞぉ、結婚は
    お前もはやくしたらいい」

    「…そのことで、実は、お話が…」

    「…おい!赤飯だ!
    今すぐに厨房に行って赤飯炊くように言ってくれ!」

    「ちょ、父上!
    はやいはやい!」



    再建された孔雀の里では、昨年、大々的に頭領の就任式が行われた。
    大人たちは本当はもっとはやく就任させたかったのだが、雀蓮が何かと理由をつけてはのらりくらりとかわし、鍛錬や若手の育成に精を出してしまうので、ついに里全体での会議で決議に至ったのだ。
    雀蓮は背も伸び、多少幼さも抜け、清らかさが際立つ美しい青年へと成長していた。
    雀香と雀千はそれぞれ雀蓮の側近としてその力をいかんなく発揮し、それぞれが専門部隊を持つまでになっていた。
    雀香は忍具や毒の開発、雀千は医療部隊の育成、それぞれが得意な分野で成果をあげている。
    雀蓮はここ3年で3つの城の無血開城を成功させていた。
    もとは小鳥遊の臣下だった者たちが、禿鷹の欲にまみれた生活に共に溺れ、堕落しきっていたために粛清を行ったのだ。
    「おい、お前また求婚されたんだって?
    他里の…お、男に!
    ぶひゃひゃひゃひゃ!」

    「なんですかなんですか、わたしに筋肉がつかないのをまた笑いに来たんですか
    雀香兄者はそうやってわたしの心を削って次期頭領を狙ってるんですか」

    「ちっげーよ
    ただいじめにきただけ
    お前本当に…、ぷくくくく」

    「雀香兄者!
    雀蓮様はいいんです!
    気高く、美しく、心から男らしいすばらしい頭領になられたんですよ!」

    「雀千兄者…、嬉しいです
    しかし、兄者の筋骨隆々の雄々しい成長を目の当たりにしてきたわたしとしては何も響きません」

    「あああ、ううう…」

    「はぁ、次の任務も女装…
    この間も女装…
    きっとこの先も…」

    「だ、大丈夫ですよ!」

    「自分でもってきた仕事じゃねぇか」

    「ぐぬぬぬぬ
    あ、それはそうと、兄者たちはそろそろ分家として長になったほうがいいんじゃないですか?
    もうそのくらい孔雀も増えましたし」

    「あー、それなぁ…
    俺ってさ、自由な方が輝く男じゃん?
    なんか統率とかそんなん、これ以上は面倒くさいわ」

    「わたしもまだそんな自信は…」

    「…蓬様ー、こんなこと言ってまーす」

    「「えっ?」」

    次の瞬間、音もなく天井から現れたのはかつて孔雀で雀蓬と呼ばれていた次期小鳥遊家当主の小鳥遊蓬だった。

    「え、あ、え?」

    「聞かせてもらったぞ
    お前ら、わたしには散々はやく上に行けと言ったよな?
    うん?言ったよな?
    その通りにしてやろう
    まだ父上母上しか知らん大事な話をする
    わたしは来年嫁をとり、三年後、この国を継ぐことに決めた
    そのときにわたしにもっとも必要なのは金でも臣下でも名誉でも無い
    命を預けることのできる兄弟だ
    わたしに並べ
    わたしに意見できる立場となれ
    この国を共に守ってくれ」

    蓬は非公式な場とはいえ、自分よりも格段に身分の低いものたちに頭を下げている。
    蓬のお付きの家老たちに見られたら全員こっぴどく怒られるような行為だ。
    しかし、蓬はこれが当然のことだと思っていたし、自分に与えられてしまった身分がずっと歯がゆくあった。

    キン!

    頭を下げる蓬の足元に、美しく整えられた真剣が突き刺さった。

    「兄者はずりぃよ
    勝負しようぜ
    いつもそうやって俺のことねじ伏せて言うこと聞かせてたろ
    わがままな弟分にはそれ相応の命令方法があるだろ?」

    「ふーっ、わたしはおとなしく兄者に従いますよ
    だってそうしてきたもの
    自分の苗字考えなきゃなぁ
    雀蓮様、相談に乗ってください」

    「いいですよ」

    蓬と雀香の楽しそうな兄弟喧嘩を横目に見つつ、雀蓮と雀千はかっこいい苗字を考えるのに夢中になっていた。



    その年の瀬、孔雀の里に正式に三つの『本家』が確立された。
    雀蓮と三日月の意向により、より権力を高め、国としての強さを示すために分家ではなく独立した本家としてかまえることになったのだ。
    雀香改め、|花香《かこう》が当主を務める『|花咲里羽《かざりばね》家』。
    雀千改め、|登千《とうせん》が当主を務める『|登鞠木《とまりぎ》家』。
    そして、雀蓮改め|鳳蓮《ほうれん》が当主を務める孔雀の里筆頭『|鳳雛《ほうすう》家』。
    今まで雀剛が残した孔雀を命をかけて護ってきたおじきたちは、あまりの嬉しさに男泣きが止まらず、翌日30人を超す大人たちが二日酔いでつぶれるという事件が起きた。
    次々と交流のある里からの祝いを告げに来た訪問客に若衆だけで対応しなければならず、おじきたちはそれぞれの奥さんにものすごく怒られたらしいが、祝いの日々は一月の間続いた。
    おじきたちが自分たちの青春をすべて使って守ってきた大事な宝物が、自らの力で輝きだしたのだ。

    未来は着実に良い方向に向かっている。

    新しく訪れようとしている一年を、心から楽しみだと思える日々が始まったのだ。




    おわり

    一舞万葉 Link Message Mute
    2018/06/01 3:43:47

    戦国の舌切り雀

    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
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