第拾壱話 反乱 ファージの足は
膝と
踵が砕かれ、
額と両腕からは絶え間無く流血が続いている。
ホンロンは必死でギフトの前に傀儡で防御壁を張り続けている。
ルルーディアにはもはやファージの傷を治せるほどの魔力は残っていなかった。
呪いの進行を抑えることで精一杯だ。
少女は快感に打ち震えるような歪んだ笑顔を浮かべながらその瞳は常にギフトの全身を舐め回すように見つめている。
その手に握られているのは荊が巻きつきぐったりとしたメイルランスの左手首だ。
「あはははははははは!
さぁ、邪魔者も封じたことだし…
全部教えてあげるわ…
ああ、やっと会えたわね!
綿貫ひかりちゃん?」
「綿貫…ひかり…?
…ああ…、ああああああああ!
痛い、痛い…、頭が割れそう…
あああああああああ!」
まるで頭の中で巨大な
鐘楼が鳴り響いているようだった。
ギフトの瞳からは濾過の間に合わない涙が赤いまま流れ、血管は膨張し、神経を圧迫し続けた。
消えかけていた記憶が痛みを伴ってギフトの身体を
蝕み、鼻血となってその手を濡らしていく。
「やめて…
ギフトを傷つけないで…
お願い…、お願い…」
ファージの手はもはや持ち上げることすらできなかった…
☆★☆★☆
最悪の事態の数時間前…
最初の被害者が見つかってから1週間後、サフィル以外の誘拐された学生たちの遺体の一部が見つかり、裁判所命令によってついに貴族用ゲート以外の登下校は禁止となった。
学院内には常に300名を超える各家から選ばれた護衛部隊で厳戒態勢が敷かれている。
カノンですら自らのかつての仲間を招集し、3つの小隊を率いながらギフトを守っていた。
不審者は問答無用でモグルへと引き渡され、出入り禁止の呪いをかけられた。
「ママ…、大丈夫ですか?」
「え、ええ…
ちょっと職員会議がね…」
ギフトは少し動揺していた。
いつも綺麗にお化粧がされているファージの顔がどこからどう見ても青白く、コンシーラーでは隠しきれないほどの深い
隈ができていたからだ。
「ギフト、あなたに…
あなたに話しておかなければならないことがあるの」
「何?」
「あなたを…、あなたを本当に愛してるわ
わたしはあなたの両親を殺した
あなたの心が壊れかけてしまうほどに傷つけた
でも、でも、一生のお願いよ…
わたしがあなたを、ギフトのことを心から愛していることだけはわかっていて欲しいの…
理解できなくてもいい、受け入れてくれなくてもいい、ただ、知っていて欲しいの…」
ファージの声は掠れて消えてしまいそうだった。
ギフトはまっすぐとファージを見つめながらどこか様子がおかしい殺意の対象に、おかしな感情が自分の中で湧き上がるのを感じた。
「いいですよ、覚えておきます」
「ありがとう…
じゃぁ、わたしは先に行くわね」
大胆なスリットの入った黒い詰襟のマーメイドラインのワンピースをなびかせながらファージは先に学院へと向かった。
いつもはピンヒールを履いているのに、今日はどうやら黒いブーツを履くようだ。
それに、裾に行くに従って広がっている長袖からチラリと見えた腕に描かれた魔法陣は魔力増幅用と身代りの呪いだった。
明らかに何かを隠しているし、ファージは勝手にギフトを守ろうとしている。
「珍しくわたしの制服もファージに指定されたいつもと違う
旗袍だし…
これって背中に家紋入ってるから式典用のはず…
一体、なんなの?」
黒檀よりも深く深く光を吸収しそうなほど黒い旗袍に同じ色の黒いパンツ。
背中には大きく銀糸でリリーベル家の紋章が入っており、左胸に校章、袖口にも銀糸で家紋の一部が入っている。
今まで見た制服の中で本振袖を除いて一番豪華だ。
「髪までファージが結うなんて、やっぱりおかしい」
髪はファージの
呪いがかかった赤いリボンを一緒に編んだ一本の三つ編みにされている。
まるで三つ編みの縁を血が流れているように
艶やかだった。
「パパは朝からいないし…」
とにかく学校に行こう、と黒い編み上げブーツを履き、カノンの部隊の人に護衛されながらいつものゲートへ向かい、モグルに挨拶してから学院の玄関へと入っていった。
扉を閉め、2、3歩歩いた瞬間、目の前で、目の前でランタン全てが爆発し、その下にいた学生たちにガラス片が突き刺さった。
ギフトは爆風に煽られ、入ってきた扉に強く背中を打ち付けた。
「な、何…?
ゲホッ、ゲホッ
これは…、どういうことなの?!」
ギフトはすぐに振り返り、入ってきた扉からもう一度ゲートへ戻ろうと試みたが、扉はビクともしなかった。
「ギフト!」
「ホンロン!ルルー!
これは…なんなの?!」
「説明は後だ!」
「とにかく無事でよかったわ…
逃げましょう、先生たちが食い止めてるから、今の内に!」
「逃げるって…、ねぇ、何があったの?!」
「いいから箒に乗るんだ!
逃げながら話すから!」
ホンロンとルルーディアに急かされながら訳も分からず箒に乗り、2人の後に続いた。
急いで避難場所になっているらしい競技場へと急ぐ。
校舎を出て、下を見る。
先生たちが身体から取り出した色とりどりの魔法陣で応戦している。
まだ訳がわからない。
しかし、すぐにそれは説明なしでギフトの前に現れた。
「あ、あの子…」
「ギフト!早く!」
まるでスローモーションのようだった。
眼下に現れたのはあの子だった。
ギフトに入学式で花束を渡しにきた少女。
少女が、誘拐されて死んだと思われていた学生たちや数百人の兵隊を率いて先生や上級生達に攻撃している。
数人の先生達はすでに片腕だったり、校舎の壁に磔にされて泡を吹いている。
上級生は護衛隊のおかげで誰も死んではいないようだったが、折られた杖がそこら中に散らばっている。
「ま、ママ!」
ファージが学生達と少女の間に立ちはだかり、今まで見たこともないほどの大きな魔法陣で相手からの呪いを弾き返している。
「ギフト!行くな!」
「私達じゃ敵わない!」
「でも、でも!
ごめん、2人とも…
わたしはこのために強くなったのよ!!」
「ギフト!」
2人の制止も振り切ってギフトは混戦の中へと猛スピードで突っ込んでいった。
「あのバカ!俺も行く!」
「どうして…、もう!私も行く!」
ギフトは箒の上に立ち、アレキサンドライトから杖を取り出すと妖精達を召喚した。
「みんな、いい?
わたしに力を貸して!」
妖精達は顔を見合わせると笑顔で頷き、ギフトに祝福のキスをした。
その瞬間、ギフトの魔法は暴走を始め、限界値を超えて魔力の生成が始まった。
「ママ!防御壁を!」
ギフトは拡声魔法でありったけの大声を出す。
「ぎ、ギフト!」
ファージは目を見開き慌てたが、ギフトの真剣な瞳に負けて10m四方にいる味方を守れるほどの防御壁を張った。
ギフトは杖を両手の間に浮かべ、力を込める。
「凍結されし古代の姫よ、この身に流るる毒を持って槍と成せ!」
ギフトの頭上に出現した直径5mを超える巨大な青い魔法陣から具現化して現れた氷の刃にギフトの腕から立ち上る毒が絡み付いていく。
「対象を撃破せよ!」
一斉に放たれる毒槍。
前線の兵士達が次々と倒れて行く。
しかし、あの子、花束を渡してきた少女は降りかかる全ての刃を焼き払い、首だけを不自然な角度で曲げながら笑っている。
「みぃつけたぁ…」
「ギフト!逃げなさい!
ホンロン、ルルーディア!
ギフトを…」
遅かった。
少女は自分とギフトの間に入ろうとするルルーディアを旋風の魔法で切り裂き、ホンロンもろとも吹き飛ばしてしまったのだ。
「ルルー!ホンロン!」
「ギフトちゃんは、わたしのもの…」
一瞬の赤い閃光。
「あああああああああああ!」
少女の右手指の骨がグチャグチャに折れ曲がった。
「か、カノンさん!」
「ギフトさま!
お友達とともに早くこの場からお逃げください!」
もはやギフトに選択肢はなかった。
ルルーディアとホンロンを絨毯に乗せ、ホンロンの青い旗袍を着た少年のような傀儡に避難所までの誘導を頼んだ。
「まだ、戦える…」
「ダメだよホンロン、あの子の狙いはわたし
ルルーを連れて逃げて…」
「ギフト、こんなのかすり傷よ
ほら見て?
私の光魔法はあなたも知っているでしょ?」
ルルーディアの傷はすでに血が止まり、傷口も塞がり始めていた。
「友達をほっといて帰れっていうの?
あなたが同じ立場だったら帰る?」
「それは…」
「じゃぁ、行こう」
「どこに行くのぉ?」
振り向くと少女が笑いながらこちらめがけて魔法陣の照準を合わせていた。
カノンが放ったと思われる暗器が身体にも頬にも刺さっているのに、少女は血を流しながら笑っている。
「お前、カノンに何をした!!」
「あの赤肌のことね?
大丈夫よ、まだ、死んでないはずよ」
「なっ…、殺してやる!」
「あはははははははははは!
どこに逃げても捕まえてあげるわギフトちゃん
まずはあの子の、ミンシンの願いを叶える約束なの…
うふふ、ちょっと待っててね?」
「ふざけるな!」
少女が指をパチンとならすと、誘拐されていたはずの学生がこちらに攻撃をしてきた。
彼らは見つかった身体の一部があったはずの部位に別人の一部が付け替えられている。
「あれは!」
「ホンロン、どうしたの?」
「あれは、
接木の
呪いだ…」
「なんなのそれ?」
「子供の魔法使いに大人の魔法使いの一部を移植して使う禁忌の魔術さ…
処女から作った糸で患部をつなぎ、術者の血で塗り固めて作る死体のゴーレム…」
「そ、そんな…」
「とにかく、俺の傀儡の後ろに隠れるんだ!
デンデン、
満丹の術だ!」
ホンロンが数回手を組み替えて作る印によってデンデンと呼ばれた傀儡人形が10mほどの大きさへと肥大していった。
「す、すごい…」
「これで少しはしのげるはずだ
その間に2人とも何か攻撃魔法を…、言うまでもないか
最近の女子って本当に強いよな」
「こんなすごい魔法見せられたら負けてられないし」
「ギフトにいいとこ見せるチャンスだもの」
「こらこら」
ルルーディアの強烈な光の浄化魔法によって可哀想なゴーレム達の患部の繋ぎ目が焼きただれていく。
その間にギフトは硝子の釘でゴーレム達の四肢を地面へと縫い付けて行く。
「私たちって最高ね」
「女子が強すぎる」
「まぁね」
その時、校舎のてっぺんに1人の青年が大きな闇のうねりを背負って現れた。
「あ、あれって…」
「ミンシン…?」
「ああ!ミンシンの右腕と右足、色が違う!」
「まさか!」
ミンシン、のような、黒い泥のような、闇に堕ちた人間がそこに立ち、耳をざわつかせる様な声で喋り出した。
「王族の穢れた血を持つ者どもよ!よく聞け!
お前らが気まぐれでゲームの様に作り出した戦争で、オレの父親は死んだ
それも、戦犯として、相手国に売り渡されてな!
海軍少将だったオレの父さんを引き渡すことを条件に、独占的貿易権を手に入れやがったんだ!
父は拷問を受けた
死体はどうなっていたと思う…?
目玉も、唇も、耳も、鼻も!生きたまま削ぎ落とされていたんだ!
オレたちはまともな葬式すらできなかった
なのにお前ら王族はオレの父を祭り上げ、英雄として国葬にしやがったんだ!
義眼や偽物の顔を詰めてな!
王族のクズ達はその後どうしたと思う?!
その時の戦争で使用した武器を大量に販売しだしたんだ
バカみたいに売れてたよ
なんせ、オレの父がそれを使って敵の艦隊を撃破したんだからな!
それだけじゃない!
オレの兄貴まで英雄の息子だと祭り上げ、まだ新兵だったのに過酷な戦場でマスコットの様に軍の顔として使われた!
実績を積ませるために無属性の隊員がよく配属されるレンジャーに抜擢された兄は、王族からの命令でスナイパーとしてたくさんの人を殺させられた…
兄貴は…、兄貴は妊婦や幼い子供まで撃てと命令された!
腹のなかに爆弾を仕込んでる?子供が持っているボールが手榴弾になっている?
でも、実際は違ったんだ!
罪なき人々を兄貴に殺させ、経験と薄暗い心を作らせたんだ!
兄貴は壊れたよ…
もう、今じゃ猫の死骸を見ても涙すら流さない、いや、流せないんだ…
母さんは…、母さんは…、安定剤なしではまともに会話すらできない
でも家を潰すわけにはいかないと必死で頑張ってる…
オレの家族をめちゃくちゃにしやがって…、絶対にゆるさねぇ!
穢れた血はここで消しておく必要がある
死ね!王族のクソガキども!」
ミンシンは身体から血の様に赤黒い大きな魔法陣を取り出すと、王族の子供にだけ大量の
心壊の呪いをふりかけ始めた。
「わああああああああああああ!」
「きゃあああ、あああ、あああああ!」
「まずい!競技場の方まで散布されてる!」
ミンシンが放った呪いは王族の子供達の瞳を次々と溶かしていった。
護衛隊や貴族、平民の上級生達の光魔法によって必死で呪いを弾き返してはいるが、すでに数十人の王族の子供達は瞳を失った。
ミンシンが呪いを放っている間も、絶えず兵士達からの攻撃は止まない。
全員、ミンシンやミンシンの兄と同じ憎しみを抱いてこの場に集まった退役軍人達だった。
国からの満足な補償も受けることが出来ず、戦争に出られないほどの傷を負ったがために上からの命令で依願退職させられ、施設に放っておかれる様に収容された者達だった。
彼らの身体も色の違う部分がある。
「こんな…、こんなことって…」
「ルルー!俺の防御壁から出るな!
お前も王族だ、狙われる!」
「…あの子だ、あの子がけしかけたんだ!
許せない…、2人とも、ここでもう少し耐えていて
わたしはあの子をぶっ飛ばさないと気が済まない」
「ギフト!」
ギフトは光を司る妖精の力を借りて毒属性の溶解の魔法陣に光を纏わせると大剣に乗ってデンデンの後ろから飛び出した。
魔力過多になっているギフトの熱を帯びた杖は金属が焼きつきそうなほど内側から赤く光っている。
「あんたの狙いはわたしなんでしょ?!
正々堂々、殺しあおうじゃない」
「ギフトちゃん…、いえ、あなたの本当の名は…」
「やめて!」
ファージは2人の間に魔法陣を飛ばすと急いで大剣に乗って飛んできた。
「ギフト、下がりなさい」
「でも…」
「下がりなさい!」
ファージの怒りと懇願に満ちた悲しい顔に、ギフトは何も言えなかった。
「なんで本当のことを言っちゃいけないのぉ?」
「あんた、狂ってるわ…」
「誰のせいかなぁ?」
どういうことなの?とギフトが口を開こうとしたその時、高速で何かが目の前を横切り、ファージが膝から崩れ落ちた。
「ま…、ママ…?
ママ!ママ!」
「やっぱりねぇ
ギフトちゃんを狙ったのにぃ、身代わりの呪いを使って自分に傷を転移したのね?
さすが雹血の魔女なだけあるわね」
「ど、どういうことなの…?」
「ギフト…、に、逃げて…」
「やだ…、やだ!」
「ギフト…」
遠くから大きな爆撃音が聞こえる。
その音がなったすぐ後、敵を撃破したホンロンとルルーディアがギフトとファージを助けに飛んできた。
ルルーディアはすぐにファージの止血に取り掛かり、ホンロンはギフトと少女の間に2mに縮んでしまったデンデンを滑り込ませた。
「あらあら、ギフトちゃんは本当にいろんな人に守られているのねぇ…
前の世界とは違ってね」
「前の世界とは違う…?」
「ギフトちゃん!」
不穏な空気を切り裂く様にギフトが心から安心できる声が猛スピードでこちらに飛んできた。
「メイリー!
ママが、ママが…」
「大丈夫、僕が治療するから…」
ギフトの目の前をたくさんの棘がついた蔦の様なものが横切る。
「あああああ!」
「うああっ…」
「ママ!メイリー!」
「あらあら、ギフトちゃんを狙ったのに…
騎士くん、魔法がお上手なのねぇ?」
荊はメイルランスに巻きつき、その棘を肌深くまで突き刺している。
ギフトの服を掠めた傷は全てファージの腕に刻まれた。
「なんで…、なんでこんなことするのよ!」
「あはははははは!
本当に何も知らないのね?」
「やめて…、言わないで…」
「邪魔者は黙ってなさい」
「うあああっ…」
ファージの発言に気を害した少女は荊でメイルランスをより一層強い力で締め付けていく。
「やめて!お願い…、わたしのことを殺したいなら、そうしていいから…」
「ダメ…、ギフト…」
少女は恍惚とした笑みを浮かべると空間転移の魔法を使い、これ以上邪魔が入らないようにこの場にいるファージ、ギフト、ルルーディア、ホンロン、メイルランスを連れて薄暗く湿気が充満している石造りの地下室へと移動した。
「あはははははははは!
さぁ、邪魔者も封じたことだし…
全部教えてあげるわ…
ああ、やっと会えたわね!
綿貫ひかりちゃん?」
「綿貫…ひかり…?
…ああ…、ああああああああ!
痛い、痛い…、頭が割れそう…
あああああああああ!」
ギフトの頭は記憶の濁流と身体に残る感情がぶつかり合い、弾けてしまいそうだった。
耳鳴りがする。
血流がおかしくなってしまったように手足から熱と感覚が消えて行くのがわかる。
少女の声だけがこだましている。
「わたしの名前は
本橋ありか…
親友だったわよねぇ?そうよねぇ?でも違う…
あんたの家族に、父も母も兄も妹も殺された被害者よ!!!!」
「あ、ありか、ありか、なの?
わたし、の、家族が、殺し、た…?」
「あはははははは!
そうよ!あんたの家族はあんた以外、全員、連続殺人鬼、シリアルキラーだったのよ!」
「そ、そんな…」
ギフトの思考は硬直し、ありかの声だけが空白になった頭に響き渡った。
「あんたの父親と母親は【魂の置換】というこの世界の技術でわたし達の世界へ飛ばされた罪人だった
精神病質者、つまり、サイコパスよぉ…
彼らはこの世界の
理が残した魔力で導かれる様に出会い、互いの異常性を感じ取ったのよ
それで自分たちのコピーを作ろうと子供をもうけた
1人目、2人目はうまくいったようね
求めていた子供が生まれてきた
でも、その次に生まれてきたあんたは違った
『普通』だったのよ!
わたしたちの世界には
八百万の神がいる
だからその中の神の1人が気まぐれであんたの両親に祝福をしたの
そのせいでちゃんとした日本人が生まれてきたってわけ
当然、あんたの両親はそれを不満に思ってもう1人作った
それが最悪の悪魔の子、あんたの妹よ…」
「そ、ん、な…」
「『さんさん太陽、イチゴを照らす
兄さん駆けだす、芝生のお庭』
これ、なんのことかわかる…?」
「わ、から、ない…」
「あんたの家族が殺した人数よ!
父親33人、母親15人、長男23人、次男48人、妹28人
しかもいい?これはあんた達家族が家族として成立してからの数よ
あんたのクソみたいな両親はもっと殺しているでしょうねぇ?」
「あ、ああ、あ…」
ギフトの目は濾過しきれなかった涙で血に染まっていた。
今は自分が誰なのか、なんなのか、見失いかけている。
「あんたの両親はあんたを他のシリアルキラーに人質に取られても一切助けようとはしなかった
なぜなら普通の子なんて必要ないからよ
殺戮部隊が欲しかったんだから
でもどういうわけかあなたは毎回無傷で帰ってきた
何事もなかったかの様に
いつしかあんたの両親は気づいたのよ
あんたを家の顔として使えば、誰にも怪しまれずに殺し続けられるってね
だからあんたは生かされた
殺人を隠す盾として重宝されてただけなのよ!」
ギフトは両手が赤いことにようやく気づいた。
鼻血がとめどなく流れている。
すでに少し乾いている指先は黒く変色している。
「あんたの家族は『集団行動』の練習としてわたしの家に押し入り、わたしの家族を殺した
わたしはあんたと林間学校に行ってた時だった
わたしだけ、わたしだけ殺されなかった!
お父さんもお母さんもお兄ちゃんも妹も殺されたのに!
わたしだけ、わたしだけ死ねなかった!
…どうやってあんた達一家が犯人だって知ったか教えてあげるわ…
わたしのお気に入りのおもちゃが無くなってたのよ
…そう、あんたの妹とよく遊んでたあの人形がね!
あんたの妹は狂ってる!
手紙まであったのよ?!
『お人形、借りていくね』って!
わたしは警察に言えなかった…
言ったら、言ったらどんなことされるかわからなかったから!
あんたの妹はわたしの妹の腹を引き裂き、中から出した腸の上でおもちゃの電車を走らせて遊んでたのよ?!
その写真が送られてきたわたしの気持ちなんて、あんたにはわからない!絶対に!絶対に!」
ギフトは胃からこみ上げてくる鉄臭いにおいを感じ取った後、盛大に吐血した。
足元はいつの間にか赤い敷石しかなかった。
ここに飛ばされた時は違う色だったはずなのに、赤く濡れた敷石の上に
跪いていた。
その時だった。
ファージの胸元から紫色の輝く魔法陣が飛び出し、その中から1人の男性が現れた。
「ギフトちゃん、しっかりして
息をするんだ、思い出して
君が今、誰に愛されているのかを」
ギフトの瞳に少しづつ、少しづつ光が戻る。
「もう1人の
騎士登場ってわけ?」
「おいクソガキ、女だからって容赦しねぇぞ」
男性は左手から取り出した白い魔法陣をありかに向けると小さな針の雨を浴びせかけた。
「きゃああああああああ!」
ありかの肌が溶けていく。
「ギフトちゃん、ゆっくりでいい
今誰が君を守っているのか思い出して」
「…る、ルークさん?
わたし…、あ!ママ!」
「大丈夫、ファージは俺のためにあのクソガキが学院全体にかけていた
不可侵の呪いを内側から解くので疲れてるだけだから
すぐによくなるよ」
「わたし、わたし…」
「今少し時間がある
だから本当のことを話すからよく聞いてね
君は生まれてきてからずっと、ファージに守られてきたんだよ
ファージの一族、リリーベル家はこの世界の
理と他の世界の神々を繋ぎ、従って動く監視者の一族なんだ
処刑の際に最期の力を振り絞って魂の置換を行い、逃げ
果せた大罪人を命に干渉しないことを条件に監視するんだ
しかし、ファージは君を助け続けた
ファージはそのことがバレて任が解かれるその直前に、君を無理やりこちらの世界へ連れてきたんだよ
大罪人達が殺した命を全てこの世界の人間へと転生させていたのも思いっきり違法だったからね
まぁ、あの飛行機丸ごと無実の人々だけ魂の置換をしたのは大胆すぎて笑っちゃったけど
…大罪人の1人、エリドーラは、ファージの姉だ
ギフトの世界では綿貫えりかと名乗っていたけどね」
「お、お母さんが…、ママの、お姉さん…?」
ギフトははっきりと見え始めていた視界が再び歪むのを感じた。
頬を伝う涙は暖かく、透明だった。
「ママ…、ママ!」
ギフトはファージの元までよろける足を奮い立たせながら一生懸命走り、傷を押さないようにその身体を抱きしめた。
「ママ、ママはずっと、ずっとわたしを愛していたのね…
わたしの生きる理由を作るために、わたしに嘘をついたのね…
まだ混乱してるけど、正直、まだ受け入れることはできない事実で頭はいっぱいだけど、わたしは、わたしも、ママのことが大好きよ…」
ギフトは自分に残っている大きな魔力を少しづつファージに注いだ。
その光景はとても美しく、光が星々の輝きのように2人を包んで舞い踊った。
「ルルー、ママを見ていてくれてありがとう
あなたにもわたしの魔力を送るわ
それにホンロン、ずっと守っていてくれてありがとう
あなたにももらって欲しいの」
光は強さを増し、あたり一帯を照らす。
「ううううううああああああああ、殺す、殺す、殺しゅぅぅうううううううううううう」
ありかは溶けて筋肉が見え、頬ぼねが姿を現した顔でギフトを睨みつけている。
「ありか、わたしのメイリーを返して」
「殺す殺す殺す」
「わたしの家族があなたの家族にしたことはこの先何年かかったってわたしが償う
だから、メイリーを返して
じゃないと、今あなたを殺さなくてはならないわ」
「いいね、俺もそれに賛成だ」
「うあああああ、あああああああああ!」
ありかは潰れ始めた喉で力の限り叫ぶと、荊に
塗れたメイルランスをすごい力で投げてよこした。
それをルークが優しく抱きとめる。
右腕から取り出した3つの小さな魔法陣でメイルランスに絡みつく荊を解いていく。
「また、殺しに、くる、から、な」
「そんなこと、させないわ」
「な、あ、あ」
ギフトは素早く木属性の魔法陣と毒属性の魔法陣、そして闇の妖精の鱗粉を複合し、細い糸を紡いだ。
糸はまるで自我を持っているかのようにありかの身体に巻きつき、巨大な紫色の繭になった。
「だ、せ」
「ダメよ、あなたは可哀想な子だけど、あまりにわたしの大事なものを傷つけすぎた
この中で魂だけになってもらうわ」
「や、め、ろ…」
声は次第にただの音になり、消えていった。
ありかの身体はもうこの世界では使い物にならない状態へと溶けて行ったのだ。
「ギフト…、ギフト!」
「ママ!よかった…」
「ギフト、ごめんね、ごめんね…」
「いいの、いいから、今は喋らないで…」
「いえ、ちゃんと…、それに、ミンシンを止めなくちゃ…」
「あぁ、それならキール達の部隊が制圧したよ
ファージが作ってくれた穴をモグル一族が大きく開いてくれたから全員入れたんだよ
大丈夫、全部終わったよ
きっともうすぐ
玖寓と
燦沙も仲間を連れて来てくれる」
ファージはホッとしたように微笑むと、その身体をギフトに預けた。
ギフトは優しく抱きとめ、ファージを絨毯に乗せた。
メイルランスの傷は全てルルーディアが塞いでくれたため、ルークの無属性の魔法でありかがかけた呪いを無効化しつつ地下空間から地上へと転移した。
地上へ出るとすぐにこちらへと気付いて駆け寄ってくる人がいた。
「ファージ!ギフト!」
「パパ!」
「ギフトさま!奥様!みなさん!」
「カノンさん!」
地上は壮絶な光景だった。
しかし、一筋の光が暗闇を切り裂くように、ギフトの周りは安堵の涙と無事を喜ぶ笑顔であふれていた。
「パパ、ママをお願いね
わたしは上級生と合流して怪我人の輸送を手伝ってくるから」
「…ああ、本当にいつの間にこんなに立派になったんだ…」
「俺はデンデンで護衛部隊と一緒に
瓦礫の除去を手伝ってくる」
「私はギフトのお父様たちと一緒に治療班に回るわね」
「それじゃ、また後で玄関で!」
「ああ!玄関で!」
「先に帰らないでよね!またね!」
キールとルークは驚いたように顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
子供達のたくましさと勇気は、大人には計り知れないものだと、改めて感じたからだ。
ルークはキールの肩をポンと叩くと、モグル一族と協力してシステムを直すためにゲートへ向かった。
1人だけ身体の一部も遺体も見つかっていなかったサフィルは競技場の地下更衣室で見つかった。
右腕を切り落とされてはいたが、命に別状はなく、ただ、ミンシンの魔法に反応して競技場を呪いで満たす術がかけられており、いざという時の爆弾として用意されていたということがわかった。
ミンシンも一命をとりとめた。
しかし、接木に使った兄は病院のベッドで出血多量で死亡していた。
ミンシンは意識が戻り次第、裁判にかけられることになる。
しかし、事の発端は王族の不正行為だ。
このことは国中を揺るがす大事件として報道され、その熱は日ををうごとに増して行った。
抑えられない憎悪がまた同じような事件を起こすとも限らないと判断した世界種達によって審議が行われることになった。
その結果が出るのは数十年後だという。
☆★☆★☆
リンリン。
ファージの部屋の電話がなる。
「俺、ルーク」
「ルーク、今日は本当にありがとうね」
「いいんだ、俺ギフトちゃん好きだし」
「もー、ふざけちゃって」
一瞬の沈黙。
「ファージ、まだあのことが残ってる」
重い空気に変わる。
薔薇の香りが深く深く落ちて行く。
「ええ…、誰が『本橋ありか』をこの世界へ送り込んだかってことよね」
「用心しろよ」
「わかってるわ…」
本橋ありかをこの世界へと転移させ、魔力を与え、闇の属性を強化した者がいる。
なんの知識も持たない小娘に魔術を仕込み、ギフトと同じくらい幼い姿に人間を変形させることができる実力がある者。
「何が始まろうとしているの…?」
ルークは答えることができなかった。
ファージは自分に問いかけるように自らが発した言葉を噛み締めた。
世界は少しずつ覆われて行く。
得体の知れない、ナニカに。