第玖話 静狼の民 ここは王国の中にあって唯一その自治権が認められた太古の王族がすむ国、
静狼市国。
孤高の王族、ティエ家が治める静狼市国はあらゆる宝玉や金属の加工技術、そして傭兵業で成り立っている小さな国だ。
ティエ家にはある言い伝えとともにこの一族だけが使うことのできる呪術が存在する。
その呪術はティエ家の血が流れるものにしか会得することも扱うことも出来ない特別なもの。
そのため、ティエ家は代々女性のみ自由恋愛による他民族との婚姻を許されている。
ただし、ティエ家の女性との婚姻は女性婚のみ。
つまり、他民族の男性は必ず婿養子としてティエ家に入らなければならないのだ。
現在のティエ家の頂点に君臨しているのは女当主、ユウ=
屍姫=ティエだ。
黒いシルクの
旗袍に同じくシルクの白いパンツ、黒いペタンコな靴を履いた少年が緊張した面持ちで長い廊下を歩いている。
歩く速度に合わせて後ろで一本の三つ編みに束ねた美しい黒髪が揺れる。
板間の廊下はよく手入れがされており、チリひとつ落ちていない。
直線を組み合わせたティエ家伝統のデザインを施した赤い出窓には四季にあった生花が絶えず飾られている。
花瓶は美しい翡翠に似た色味を持つ青磁器だ。
少年は時々止まりそうになる足に苛立ちながらもこの屋敷で一番豪華な部屋を目指し歩いて行く。
この静狼で一番偉い人物が待つ部屋だ。
大きな黄金の頭と翡翠でできた頭を持つ双頭の龍が装飾された分厚い木製の扉はいつ見ても威圧感で鼓動がおかしくなる。
少年は扉の前に立ち、姿勢を正した。
「母上!父上!」
少年の声に合わせて従者が扉をゆっくりと開いて行く。
「入りなさい」
「はい」
入室を許された少年は自身の鼓動に惑わされないようにゆっくりと歩いて上座の前に立ち、右の拳を左手で包むように構え、頭を下げた。
「母上、父上、本日はわたくしの入学式にご参列くださり、誠にありがとうございました」
「我が息子、
赤龍、顔をあげなさい
入学試験は誠に残念でしたね
本来だったらあなたが壇上であいさつするはずでは無かったのですか?
次席とは情けない
しかし、リリーベル家のご息女の魔法は誠に見事でした
あれならばあなたが負けるのも無理はないでしょう
これからです、精進なさい」
「はい、母上
必ずや、母上の期待に応えることを誓います」
「よろしい
王からは何かありますか?」
「ホンロン、頑張るのも良いが、身体には十分気を使うんだぞ
無理せずとも、自分のペースで学べばお前ならすぐにでもトップに立てるだろう」
「はい、父上
わたくしを信じていただけていること、ありがたく存じます」
「では下がりなさい」
「はい」
ホンロンはまた右手拳を左手で包み頭を下げ、挨拶をするとゆっくりと退室した。
また長い廊下を歩いて行く。
「ギフト=リリーベルとか言ってたな…
噂ではどこかの世界からの転移者だとか
うちの一族と同じではないか
あの見事な魔法…
この俺と何が違うと言うのだ」
ホンロンはギフトに対して単純に興味があった。
太古の昔、禁忌の呪法を再現してしまったためにこの世界に一族ごと転移してきたと伝えられている自分たちの祖先。
その秘密の解明にギフトが役立つかもしれないからだ。
「明日早速話しかけてみよう」
ホンロンは先程までの緊張感はすっかり解け、明日着て行く制服をどうしようかと考え始めた。
「どうやら女の子との会話は初対面の印象が大事らしいからな」
☆★☆★☆
ゆっくりとカーテンが開かれ、美しい模様が入った窓から朝の陽射しが入ってくる。
「んぁああ…、ああ!
今日から学校かぁ…」
「おはようございますギフトさま」
「おはようございますカノンさん」
「さぁ、今日もシャワーで眠気を覚ましてしまいましょう
奥様からジャスミンの香油を預かっておりますよ」
「ジャスミン…、ああ、あれかぁ」
ファージ曰く、自分が学生時代に使っていた香油の中でジャスミンが一番教師受けがよかったのだそうだ。
あいつ、学校に何しに行ってたんだか。
「わたしもジャスミンの香りが大好きなのでよく奥様にいただいているんですよ
今日はわたしもつけておりますのでお揃いですね」
訂正する。
わたしジャスミンの香り大好き!
「カノンさんとお揃いならわたし確実にモテちゃいますね
どうしよう、彼氏よりどりみどりだ!」
「まあ!カノンはヤキモチで心がキュッとなってしまいます」
「す、好きぃ…」
今日も朝からカノンの可愛さに
眩暈がしそうなギフトはシャキッとするためにバスルームに向かった。
いつものようにシャワーを浴び、香油を塗り込み、下着を身につける…。
「か、カノンさん…」
「どうされましたか?」
「あの、えっと…」
「…!!すぐにご用意しますね!」
「はいぃ…」
一年間楽しんだ楽な生活とはお別れするときがついに、ついに来てしまった。
女性に生まれたからには避けて通れないもの、生理だ。
「あ〜、でも学校で慌てるよりマシかぁ…
めっちゃ楽だったのにぃ」
ギフトがめでたく初潮を迎えたため、今日の制服は急遽変更になった。
とにかくお腹を冷やさないために袴やスカート類はやめ、
旗袍型の制服を着ることになった。
もちろん色は暗めの色が選ばれた。
黒に近い濃い紫色のゆったりとした旗袍に黒いパンツ。
制服なので刺繍は左胸に銀糸で校章が付いているだけだが、地の色と同じシルクで首元と胸元、袖口にパイピングが施されているので何処と無く華やかな雰囲気だ。
カノンが持って来てくれた生理専用の下着に変え、其れ相応の装備をしてから制服に着替えた。
生理に伴う頭痛が起きないとも限らないため、今日は左右にゆるい三つ編みをしてもらった。
「ギフト〜?大丈夫?」
「あぁ、ママ
多分大丈夫だとは思うんですけど…
わたし、前の世界では『月経困難症』って言う、生理痛でのたうちまわるレベルだったんです…
それが顕著になるのが13歳の時だったから今の身体ではどうかわからないけど、でも前の世界の時よりちょっと初潮が早いから不安で不安で吐きそうです」
「あらぁ〜、そうよねぇ…
うちの屋敷にいる女の子たちはみんなどう言うわけかそういった辛い症状の子がいないからわたしもすっかり失念してたわ
よし!今日の放課後はわたしの親友のところに行きましょう
あの子ならそう言うの得意なはずだから」
「え…、ママの、親友…?」
「あぁ…、間違ってもルークみたいなやつじゃないから安心してちょうだい」
「うーん、わかりました
じゃぁ、放課後よろしくお願いします」
「オッケーよ
今日は痛くなりそうな予感がしたらすぐに連絡するのよ
一緒に早退してあげるから」
「ふぁあい」
様子を見にきてくれたファージとともにリビングまで行くとキールが顔面を真っ赤にしながらソワソワしていた。
「お、おおお、おひゃよう」
「お、おはようございますパパ…?」
「あ、えっと、お、おめでとう!
なんて言ったらいいか分からなくて…
診察ではなんともないのに、やっぱり自分の娘となると…、この感情は難しいなぁ」
「あはははは、大丈夫ですよ
パパはいつも通り素直でいてください」
「あはは…、ギフトは本当にしっかりしてるなぁ
あぁ…、なぜこんなに素晴らしいことが続いているのに今日から出張なんだろう…」
「パパのおかげでわたしのような子供の命がいっぱい救われてるんですから、とても素敵だと思います」
「ギフト…、パパがんばる!」
「ふふふ、キールったらかわいい!」
「今日の黒いロングワンピースが君の魅力を引き立てすぎていて僕の瞳は光で溢れて大変だよファージ」
「やん!」
「はい、いただきまーす」
ギフトは完璧なスルースキルを手に入れた!
「わぁ、なんだかこのスープ身体があったまります」
「ギフトさま、今日は根菜の鶏がらスープに生姜のすりおろし汁と柚子の皮を入れております
生姜は身体の中に残っている冷えの元になる不要な水を取り除き、血の巡りをよくする効果がございます
そこへ柚子の皮を入れてさらに温める効果を追加して香りも上品に仕上げました
ギフトさま、誠におめでとうございます
もしご体調が優れない時はおっしゃってくださいね
ギフトさまの身体に合わせて調味料などを選びますから安心してください」
「いつもありがとうございます
心まであったまります!」
いつも思うが、屋敷のお料理が美味しすぎてわざわざ外に食べに行く気にならない。
この世界の料理だけではなく、ファージがわたしがいた世界から持って帰って来たレシピ本のおかげで望む料理はなんでも作ってくれるし、その完成度が素人のわたしでもわかるくらい見た目も味も最高だ。
「ふぅ、お腹いっぱいです」
「さぁ、そろそろ学校に行く準備しなさいよ〜
わたしは先に行ってるからね」
「はぁい」
寂しがるキールを玄関まで見送り、自室に戻ったギフトはバングルのアレキサンドライトに色々入れると右手にピンキーリングをはめた。
玄関まで行き、柔らかめの皮の黒いペタンコ靴を履く。
甲の部分に入っている牡丹の刺繍はファージの趣味だ。
そしていよいよ昨日と同じようにピンキーリングをはめた方の手で扉を開く。
「おおお…、何度見てもかっこいい…」
小さく感動しながら煉瓦で出来た廊下を進む。
突き当たりを右に曲がるとすぐに現れる木の扉を開け、中に入ると爽やかな笑顔でモグルが待っていた。
「おはようございますリリーベル様」
「おはようございますモグルさん!」
「おや?少し顔色が優れないようですが、保健室に向かわれますか?」
「あ、大丈夫です!
ちょっと貧血気味なだけなので、身体はとても元気です
お気遣いありがとうございます」
「それは何よりでございます
しかし、あまり我慢はなさらないでくださいね
このゲートからなら学院が提携している病院へもすぐに行けますからね」
「わぁあ…、至れり尽くせり…」
「…おっと、ちょうど今リリーベル様に伝言が入りました
ティエ様からです、お聞きになりますか?」
「ティエ…?」
「はい、ティエ様は今年ご入学なされたリリーベル様と同じ新入生でございます
王国内にある唯一自治権が認められている王族のご子息です」
「お、おお、お、王族?!」
「ふふふ、リリーベル様は本当にお可愛いですね
今回の新入生において、リリーベル様に次いで次席として試験を突破された、大変優秀な方ですよ」
「うおおおお…、次席…」
「聞くだけ聞いてみますか?」
「ぬぅ…、はいぃ…」
「では、再生いたします」
モグルが受付の壁面にある機械のボタンを押すと百合の花のような形をした真鍮色のスピーカーから音声が流れ出した。
「[初めましてリリーベルさん
赤龍=ティエと申します
もしよろしければ一緒に教室まで行きませんか?
先ほどクラス分けを確認したところ、同じクラスのようなのでいかがでしょうか
僕はこの学院に兄と姉が通っていますので道案内ができます
10分ほど玄関のラウンジでお待ちしておりますので、是非ご一緒させてください]」
「以上です
ふふふ、お誘いですね」
「うう、こ、こういうのって普通の子はどうするんでしょうか…」
「そうですねぇ…
貴族の女性でしたら王族からのお誘いは特別な理由がない限りあまり断らないかと存じます
少しお話しするくらいならお応えして差し上げてもいいような気はします」
「そ、そうですか…
よし、うん、う〜ん…」
「あまり難しく考えずに、まだ新入生ですので友達第一号くらいの気軽さでいいと思いますよ」
「そ、そうですよね!
よし、行ってみます!」
「ふふふ、疲れたらいつでもこちらにご休憩に来てくださいね」
「はーい!」
ギフトはモグルに勇気をもらい、早速玄関に通じる扉を開けた。
「おおおおお、学生、こんなにいるの?!」
人、人、人の波。
あちらこちらで「久しぶりー!」などの会話が沸き起こっている。
目に入ってくる制服の統一感のなさにもあっけに取られながらあのソファが並べられているラウンジへと向かう。
「…そういえばわたしティエさんの顔知らないじゃん
探せな…」
「リリーベルさん!」
困ってキョロキョロしているギフトの気持ちを察したかのようなタイミングでラウンジの端っこにあるソファから名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
王族という前情報のおかげで恐る恐る近づいていく。
「あ、あの、ティエさんですか?」
「はい、ホンロンとお呼びください
わたしもギフトさんとお呼びしてもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ…
あ、えっと初めまして」
「ふふふ、良かったぁ
昨日の入学式での挨拶があまりに素晴らしかったのでもし厳しい方だったらどうしようかと思ってたんです」
「いえいえ、わたしは普通の子供ですよ、いたって普通の」
「あはははは
あ、すみませんついギフトさんが可愛いから顔が緩んでしまいます」
「…え」
え?なになに?この世界の男性はとりあえず目の前にいる射程範囲内の女性、または同性を口説かないと死ぬ呪いでもかかってんの?
え、何?なんなの?
「あ、えっと、ありがとうございます…?」
「いえいえ、つい本心が口から出てしまっただけですから」
うわぁ…、11歳、まだ誕生日がきてなければ10歳の男児でこのクオリティはなんなんだろう。
いちいち言葉を放つたびにはにかんだ笑顔で笑いかけてくるのって王族の
嗜みかなんかなの?
説得力のある綺麗な顔してるなぁ…。
「さぁ、一緒に行きましょう」
涼やかで切れ長の目に深く赤みを帯びた黒い瞳、目尻を囲うように入っている
紅、スーッと通った鼻筋、薄めの唇が美少年さを物語っている顔からやっと目を離すとギフトはあることに気づいた。
「ホンロンさんとわたし、今日の制服はお揃いですね」
「わあ…、本当ですね…」
「…」
人波から守るようにギフトの少し前を歩くホンロンはギフトに笑いかけると急に口をつぐんでしまった。
首から上が真っ赤になっている。
ホンロンは真紅の
旗袍に黒いパンツを合わせている。
長めの黒い髪は後ろで1つに三つ編みにされている。
「ホンロンさん…?」
「あ、ああ、すみません
ちょっと、その、想像してしまって…」
「想像?」
「…ふ、夫婦みたいだなって…
あ、いや、その、僕の両親が外出するときによく同じ刺繍が入っている色違いの旗袍を着ているので…」
「あ、ああ、ああ、あ、ああ、そ、そうなんですね」
「ふふふ、リリーベル先生に気に入られるように頑張らなきゃな
ギフトさんは王族からしても高嶺の花です」
「え、いや、そ、そんなこと…」
「困った顔も可愛いですね」
一刻も早く教室について欲しい。
そして出来ることならばこの恥ずかしいこと言ってくるホンロンとは離れた席を所望する。
王族コワイ。
「あ、着きましたよ
ここが僕たちの教室です」
焦げ茶色の格子状の枠組みに様々な色のガラスが嵌め込まれた教室のドアには大きく『エイマ』と書かれている。
真鍮色の金属で丸く縁取られた窓がランダムに配置された壁はまるで泡が踊る深海のように深い藍色の漆喰が塗られている。
「エイマ…?」
「そうです
エイマは各学年の中で魔力量が最上位の生徒だけが集まるクラスなんですよ」
「魔力量で分かれてるんですか?」
「そうです
魔力量が同じじゃないと授業時間の配分がおかしくなってしまうんです
例えば魔力量が30の人と100の人が同じ授業を受けてしまったら30の人は早々に魔力が尽きて授業の後半はただただ教科書を読むだけになってしまいます」
「ああ…、なるほど」
王立メガロスディゴス魔法学院は1学年を4つのクラスに分けている。
オストン、
エイマ、
カルディア、
リリス。
オストンは『闇』の属性を持つ子達が振り分けされる特別なクラスで、倫理観の授業が他のクラスよりも多く取られている。
オストンクラスはクラス内で【オストン=エイマ】、【オストン=カルディア】、【オストン=リリス】に分かれ、魔術の授業が行われる。
エイマ、カルディア、リリスはその順番通りに魔力量で振り分けられている。
ホンロンは引き戸になっている扉を開け、先に教室に入ってギフトを教室内へとエスコートした。
「あ、あの子…」
「おい、リリーベル家の子だよ…」
「ティエ家の子と一緒にいる…」
騒つく教室に少し居心地の悪さを感じながらも黒板に貼られた席次表にしたがってギフトは自分の席まで歩いていく。
ホンロンはどうやらギフトの前の席のようだ。
ギフトの祈りは塵と消え失せた。
「でもまぁ、一番後ろなんてちょっとラッキーかも…」
「一番後ろ、それに外廻廊側なんて君は本当に優秀なんだね?」
いきなり右側にいた少年から右手を握られ、手の甲にキスをされながら話しかけられたせいでギフトの思考は一時停止した。
「ごきげんようリリーベル家のご令嬢、ギフト姫
僕の名前はサフィル=カロイアレックス
王位継承権第12位のこの国の王子様ってとこかな」
「ん、あ、おおお…
ご、ごきげんよう…」
ギフトはやっとの事で声を絞り出し挨拶をした。
顔はきっと引きつっていたことだろう。
少年はくっきりとした
二重に高い鼻、厚めの唇はとても血色がいい。
焼けた肌にプラチナブロンドの髪がさらさらと流れている。
制服は左胸に校章が入った紺色のジャケットに白いシャツに銀色のネクタイ。
ロングボトムはグレーに近い茶色のツイード生地、靴はとても綺麗に磨かれた黒いローファーを履いている。
「やぁ、サフィル
女性の手にいきなりキスなんてちょっと失礼なんじゃなかな?」
「ティエ家のホンロンか
貴様には関係ないだろ」
「そうかな?
俺はギフトさんと校舎案内の約束をしているんだ」
「ほう?俺?
さすがティエ家だな
一人称が美しくないね」
「君のことは目上の人物だとは思えないからね
普段使っている一人称で十分だろ」
「…転移者の一族のくせに生意気だぞ!」
「この国で一番納税しているのは俺の一族だ」
教室に不穏な空気が流れる。
ギフトは間に挟まれてしまったストレスと生理によって崩れたホルモンバランスでものすごく頭が痛くなっていた。
どうやってこの場から逃げ出せばいいのかわからなくなっていると、そこへまるでお人形のようなふわふわした金髪をなびかせた碧眼の美少女がスキップしながらやってきた。
スキップで体が跳ねるたびに舞う青に近い灰色のプリーツスカートがとても女の子らしい雰囲気を醸し出している。
金の糸で左胸に校章が入っている黒いジャケットと白い柔らかな丸襟と胸元にフリルがついたブラウスが品の良さを表している。
少女は2人の少年の前に腕を組み、まっすぐ立つとそれぞれの顔を笑顔を浮かべたまま睨みつけた。
「ちょっとよろしくて?
ギフトちゃんが困ってるじゃない
それに気づかないの?
顔が教室に入ってきたときよりも青白いわ
男の子ってやっぱり野蛮ね
気になっている女の子の体調よりも、権力の誇示の方が大事だなんて愚かだわ
さぁギフトちゃん、保健室へ行きましょう?」
「あ、ありがとう」
サフィルとホンロンはバツの悪そうな顔をしていたが突然現れた少女の笑顔の圧力によってお互いの席におとなしく座った。
少女はギフトの手を取るとゆっくりと立たせて廊下へと向かった。
「あの、本当にありがとう」
「いいのよ
私、王族の権力主義みたいな態度って嫌いなのよね
私の名前はルルーディア=ザボド、きっとそのうちわかってしまうことだから先に言うけど、ザボド家の長女で王位継承権は第20位ってとこかな」
「わあ、お姫様なのね?
わたしはギフト=リリーベル」
「ええ、知ってる
私、あんまり隠し事できないから言っちゃうけど、あなたのこと大好きよ
一目惚れなの、入学式でびっくりしたわ
多分だけど、ホンロンとかあの馬鹿王子よりも私の方があなたのことを大事にできるわ
でも今すぐどうこうなりたいなんて思ってないからまずはお友達になりましょう?
さぁ、保健室はここよ
私は外で待ってるから薬をもらっておいで」
「おおぉ…、あ、ありがとう」
登校してからわずか30分足らずで人生最大のモテ期到来に喜びよりもどんどん気が重くなっているギフトだったが、保健室にいた女性の看護師さんが優しくていい匂いで可愛くて少しカノンに似ていたからなんとか気持ちを持ち直すことができた。
「お、お待たせ」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫
えっと、ありがとう、る、ルルーディアちゃん」
「まあ!ルルーでいいわよ!
嬉しいわ、録音して毎日聞きたいくらい」
「あ、そう…、あー、でも、ほら
今日からほぼ毎日学校で会えるから」
「そうね!うふふ、じゃぁ教室に戻りましょう」
ルルーディアは浮かれたようにスキップをしながらギフトの横を歩いている。
学院の近くにある城下町の美味しいお菓子屋さんやパン屋さんのことを話しながら時折ギフトの顔をニコニコしながら見つめているルルーディアは新しいおもちゃを喜ぶ子供のようだった。
2人で教室に戻るとちょうど各クラスの担任の教師たちが廊下を歩いてくるところだった。
「じゃぁ、私は廊下側の一番後ろの席だからちょっと離れちゃうけど、また後でいっぱいおしゃべりしましょうね」
「うん、またね」
ギフトは自分の席に着くと前に座っているホンロンが申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
「ギフトさん、さっきはごめんね」
「大丈夫ですよ
もう頭は痛くないですし、それに朝一人で教室に行くのは不安だったから伝言をくれて、話しかけてくれて嬉しかったです」
「よかった
あのさ、もっと仲良くなるために敬語をやめようと思うんだけど、どうかな?」
「もちろん!
よろしくね、ホンロンくん」
「あはは、よろしくギフトちゃん」
ギフトとホンロンが楽しく微笑み合う姿をサフィルは隣で憎悪がこもった目で見ていた。
「ギフト姫、僕も一言いいかな?」
「え、ああ、サフィル…王子?」
「どうもありがとう
ギフト姫、確かに君の前に座っているホンロンは次席入学かもしれないが、僕だって同点で次席だったんだ
それに僕は本物の王族であいつは転移者の王族
どっちが君にふさわしいかは簡単にわかるよね?
よく考えて友人を作るといい」
「…ああ、ご忠告どうもありがとう
あなたの言う通りに行動するならばわたしはホンロンと友達になるのは最善の選択と言えるわね」
「どう言うことかな?」
「わたしも転移者よ」
「…なっ!
で、でも君はこの国有数の貴族の子だ
だから…」
サフィルが慌てながらギフトに弁明を試みていると教室の扉がガラガラと開く音がした。
その音に全員が席に着き、前を向く。
青いシャツに白いゆったりとしたニット、灰色地に朱色の格子模様が入ったウールのロングボトムに茶色のショートブーツを履いた驚くほどカッコいい長身の男性が入ってきた。
「優秀なエイマクラスの皆さん、ごきげんよう!
僕はこのクラスの担任を務めることになったハッピーボーイ、エイブラハム=ゴードンです!
授業は低学年の錬金術を担当しています!
皆さんとはホームルームと錬金術の授業で仲を深めていけたらいいなぁと思っています
教師になって初めての担任なので僕も1年生です
一緒に楽しく学院生活を送っていきましょうね!
では早速みんなも自己紹介をしましょう!」
ゴードンはその眩しい笑顔を惜しげも無く教室中に振りまきながら進行した。
クラスにいる女生徒の何人かはもう虜になったようだ。
ゴードンを見つめる瞳が輝いている。
今年のエイマクラスは30人で、例年に比べて少ない。
カルディアクラスは80人、リリスクラスは50人、オストンクラスは70人。
ちなみに、どのくらいレベルが違うかというと、エイマクラスの首席入学者であるギフトとリリスクラスの補欠入学者が同時に同じ魔法を使うとギフトは丸一日魔法を出し続けられるのに対してリリスクラスの補欠入学者は20分で魔法が消えるくらいの差がある。
「えっと、初めまして
わたしの名前は…」
自己紹介が始まった。
エイマクラスの生徒は圧巻の家柄の子供達ばかりだった。
王立軍特務部の高級将官の子供、王族、貴族、国内総生産第3位や第5位の大商人の子供、他国の公家からの奨学生…、などなど。
自己紹介を聞いていてギフトが自分と金銭感覚が近そうだと思えるような子は一人もいなかった。
そしてギフトは不本意なことに自己紹介の時にゴードンの妙な取り計らいで魔法を披露しなければならなくなり、致し方なくクラスの全員にガラスで猫の置物をプレゼントする羽目になった。
錬金術ではないし簡単に作っただけだったために猫の置物は30分で綺麗に光となって消えていった。
全員の自己紹介が滞りなく終わり、今後の共通科目と選択授業の説明を受け、毎月行われる飛び級審査への参加方法の案内など諸々を受けた。
「では、以上で教室でのオリエンテーリングは終了です!
次は校内の施設案内です
他のクラスや留学生、転入生たちとの兼ね合いでまずは図書館から行きましょう!」
ギフトは校内を歩き始めてわずか10分で驚いた。
この世界に来てからなんだかんだ言ってどこに行くにもファージやカノン、たまにメイルランスが一緒だったために自分が方向音痴だということを忘れていたのだ。
「(半年くらいは地図がないとどこにも行けないかも…)」
ギフトは錬金術の実験室や魔法薬学の実験室などのもはや違う建物にある施設に関しては諦めることにした。
秋晴れで気持ちのいい気候の中、競技場へ向かう道すがら、箒や1人用の絨毯で上空を飛び交う上級生を薄目で眺めながらギフトはため息をついていた。
「ギフト、不安そうな顔ね?
大丈夫よ、私がいつでも望みの教室に連れて行ってあげるわ」
「えー…、でもお互い授業が全部一緒なわけじゃないからそんなの悪いよ…」
「どうして?いいじゃない」
「う〜ん」
「俺も案内できるよ」
「あぁ、ホンロンくんは詳しいんだよね
でもみんなの好意に甘えるのは気がひけるから自分で覚えるためにも地図を読むことにするよ」
「偉いわ
それに可愛い、はぁ、好きよギフト」
「おぉ…、あ、ありがとう」
「ルルーは相変わらずだなぁ」
「2人は知り合いなの?」
「そうだよ
俺とルルーは親同士が姉弟なんだ
ルルーのお父上が俺の母上の弟ってわけ」
「じゃぁ親戚で幼馴染なのね」
「そう、だからこそ今日の朝はムカついたの
ホンロンは良い子だけどちょっと火がつきやすいのよね
でも一番悪いのはあの馬鹿王子よ
サフィルは国王との謁見回数が多いからって他の王族の子に対して偉そうなのよ」
ホンロンはルルーディアの率直な意見を聞きながら苦笑しつつどこか楽しそうに歩いている。
その様子を恨めしそうに見ていたサフィルは先頭集団から突然ギフトの方へと歩いて来た。
恭しくギフトの手を取りながらまるで周りには他に人がいないかのようにわざと振る舞っている。
ギフトは手を握られるのが嫌すぎて背筋に冷や汗が走った。
「ギフト姫、もしよければ今日僕の家へ遊びに来ない?」
「あー…、今日はちょっとお母さんと用事があって…」
「リリーベル先生とのご用事なら仕方ないね
また今度にしよう、それも早いうちにね
僕の屋敷は王立公園の近くにあるんだけど、そこにある慰霊碑がとても美しいんだ
最高級の墓石で弔っているからまるで輝く愛国心が太陽の煌めきでより一層幻想的な…」
サフィルがギフトとのデートを想像しているのかトロンとした表情でギフトを見つめているとそこへ長身の少年がドスドスと音を立てながらすごい形相で近づいて来た。
「おい、カロイアレックス家の馬鹿息子
慰霊碑が美しいだと?
戦場がどんなものかも知らないくせに浮ついたこと言ってんじゃねぇ」
「…メイ家の子息か
確か貴様のお父上は名誉の死を遂げた優秀な将校だったな
この国の英雄じゃないか
何をそんなに怒っているのか僕にはわからないね
そうそう、兄上の心の病はいかがかな?」
「なんだとテメェ」
明星=メイ。
王立軍前海軍将官の息子であり貴族のメイ家の四男である。
燃えるような赤毛の短髪に透明に近い水色の瞳が特徴的で、真っ黒な旗袍に真っ黒なパンツに真っ黒な軍用ブーツを履いている。
同じ歳の少年の中ではかなり背が高い方だと言える。
「お前たち王族が馬鹿みたいに戦争をけしかけるせいでオレの家族は酷く傷ついてるんだ」
「は!何を言うかと思えば…
退役軍人でも立派に立ち直って生きている者がいると言うのに…
お前の兄上は残念だったなぁ
じゃぁ僕はこの辺で先頭に戻ることにするよ
馬鹿と話すと知性が下がるからな
ギフト姫もそいつには気をつけたほうがいい」
サフィルはミンシンを
嘲るように微笑むとギフトに対して笑顔で会釈して去って行った。
「殺してやる…
オレが戦場に出て最初に撃ち抜くのはお前の頭だサフィル=カロイアレックス…」
「お、おいミンシン」
「ホンロン、お前は王族だが転移者の一族だ
恨みはない、だからこそ邪魔しないでくれ
じゃぁな」
ミンシンはそう言うとゆっくりと集団の端っこへと歩いって行った。
ギフトとホンロン、ルルーディア3人は顔を見合わせて小さくため息をついた。
入学式の翌日からギスギスした雰囲気を漂わせるギフトのクラス。
果たして明日からどうなってしまうのだろうか。
「この世界に来て初めてファージに相談したいことができたわ…」
ギフトの小さな独り言は高く登った真昼の太陽に溶けて行った。