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    第弐拾伍話 仕える者 煌びやかに装飾が施された第二講堂。
     天井に燦然と輝くブラックダイヤモンドとアメジストがふんだんに使用されたシャンデリアはかつての四大貴族、アズリーア家からの寄贈品だ。
     特殊効果係の学生たちが次々と流星やフォの月を彩る夏の花々の幻影をクルクルと優雅に回転させながら空中で舞い散らせている。
     今日は卒業式とその記念ダンスパーティーが行われる日。
     一週間後に控えた学院全体の終業式に先立って行われ、6年生たちとの最後の思い出を作る日である。

     ギフトはこの日のためにファージと一緒に作りに行ったパンツドレスに身を包んだ。
     焦げ茶色の燕尾服から伸びるテールは金魚のように漂い、裏地から伸びる3枚の重なったミントグリーンのシフォンと絹の爽やかなテールはまるで夏風の妖精のよう。
     ボタンは全て最も美しく輝くようにカットされた薄荷色の水晶でできており、焦げ茶色のベストの下に着ている純白のフリルブラウスは鈴蘭の花のように可憐で繊細なレースで仕立てられている。
     靴は細身のセンタープレスパンツを可愛らしくまとめ上げるかのように丸みのある黒いエナメルの少しだけヒールのある紐革靴だ。
     通常の紐ではなくシルクの太めのミントグリーンのリボンで結ばれているところがファージのこだわりである。
     髪はいつものエメラルドグリーンだが、毛先だけをファージの瞳の色のような紫がかった深く濃い桃色に染めてあり、ポニーテールと根元に添えられた鈴蘭のオパールで出来たかんざしが揺れるたびにアルバイトに来ている学生たちから感嘆の声が上がる。

    「リリーベルさん可愛すぎだよ〜」

    「リリーベル先生のセンスとギフトちゃんの素材の良さが見事なマリアージュ…」

    「礼装の色は全体的に地味なのに、それが逆に華やかっていうか…」

    「こりゃ、王族からの求婚待った無しでしょ」

    「あれ?ギフトちゃんってメイリーと付き合ってるんじゃなかったっけ?」

    「いや、違うよ」

    「確かメイルランスくんがクソ真面目で『まだお互い子供だから』って手出してないらしいよ」

    「あいつそういうとこずるいよな〜」

    「そうそう、モテるんだよ」

    「今までフラれた奴らがこっそりファンクラブ作ってるの本人は知らないんだもんな」

    「おいおい、ティエ家の次男もギフトさん狙ってるんじゃなかったっけ?」

    「マジ?あのイケメンくんだろ?」

    「あの子将来有望だよね」

    「ザボド家の天使ちゃんが同性愛者って知ったときの俺の失恋状況聞く?」

    「いや、お前には興味ないから
    ってか、あの天使ちゃん男に興味ないの?!」

    「無い無い、全く無い」

    「え〜…、で、でも、見つめるのは自由だもんな!」

    「はいはい、負け犬どころか舞台にすら立てない男子諸君はご愁傷様〜」

    「あ、お前!この間一緒にいたあの子に言いつけるぞ!」

    「あたしは恋人っていう制度を利用してないだけで、あの天使ちゃんが手に入るなら速攻その制度ごと愛する自信があるわ!」

    「俺は断然イーゴス先生の弟くんだな〜」

    「ああ、あの子は色気やばい」

    「今年の一年生本当に黄金世代だよね、いろんな意味で」

    「来年度の一年生は先輩がキラキラしすぎてて可哀想〜」

    「まぁまぁ、ものすごい子が入ってくるかもしれないじゃん」

    「まぁね〜」

     ギフトもその他先輩方の話題に上っている友人たちも、今日は緊張していてそれどころではなかった。
     ギフトとホンロンは特殊効果のアルバイト。
     天使ちゃんことルルーディアは従兄弟の上級上流貴族の男子学生のダンスパートナー。
     パルトもどこかの王族の男子学生とダンス。
     サフィルとトニタルアは王族の女子学生のエスコート。
     そう、ギフトたちは1年生なのにみんな忙しいのだ。

     午前中に無事終了した卒業式では、卒業生総代として6年間主席を守り抜いたツァンリィェンが素晴らしい挨拶をし、ティエ家の魔法で会場全体がティエ家の紋章で埋め尽くされ、とても壮観だったらしい。
     送辞はもちろん5年間主席を守り抜いているツゥイラン。
     今年の卒業式はまさにティエ家がその強さと優秀さ、素晴らしい家柄だということを証明した歴史に残るものとなったという。
     この王国の王族たちはさぞ悔しかったことだろう。



     会場が暗転する。
     特殊効果係の学生たちが放つダイヤモンドダストのような細やかな煌めきだけがシャンデリアを輝かせ、灯の落ちた会場内を優しく揺らめいている。
     会場に、甘く深い男性の声が放送で響き渡る。

    「[これより、ヴェスミエルジェマ王国立メガロスディゴス魔法学院の卒業記念ダンスパーティーを開催いたします]」

    「(あ、ママの声だ)」

     ファージの声だということはわかったのに、いつもよりも男性的で低く深い声色にギフトはついクスッとしてしまった。

    「(ママ、かっこいい声も出せるんだなぁ。ふふふっ)」

     ギフトは深呼吸をした。
     コントラバスの地を揺るがす深い音色に重なるように歌い出す二台のグランドピアノの見事な連弾。
     風のように、波のように押し寄せるバイオリンとフルートの囁きからの森に吹く一陣の春風に似たさざめきを合図に、総勢200人ほどの特殊効果係が次々に物語を展開し始めた。

     銀灰色の狼が深い緑色の靄の中から飛び出し、赤い頭巾を被った女性の前で跪く。
     次の瞬間、狼は一陣の風に燃えるように巻きたつと、美しい銀灰色の髪をした女騎士へと姿を変える。
     それに呼応するように赤い頭巾の女性は足下から光り輝きその姿を高貴な身分へと変貌させていく。
     そう、彼女こそ、戦巫女と呼ばれた伝説の女王なのだ。
     純白に輝くブーツがのぞく幾重にも重なった白く豊かなスカートは緩やかな風にその裾を預けるほど柔らかく、しなやかに彼女を守っている。
     腰より少し下から始まる春の陽射しで色が透けた桜のように薄桃の甲冑は金色と薄荷色のパイピングが施されており、胸元の優しい丸みはまるで王国への愛で満たされた女王の心を守っているよう。
     肩から腕にかけても同じ仕様で作られた甲冑の一部が続いている。
     手甲に施された女王の紋章は蜜蜂。
     両腰についをなす長刀をさし、その一方を抜くと、目の前で跪く女騎士の肩へと乗せた。
     女王に対し、その後の妻である灰狼かいろうが忠誠を誓った瞬間である。

     なぜ現王の物語ではなく、戦巫女と灰狼の物語なのかというと、それは今年の主席がティエ家だからである。
     すなわち、灰狼はこの王国で初めての転移者なのだ。
     どこから来たのかは未だわかっていない。
     しかし、この会場にいた学生たちは皆思っただろう。

    「(リリーベルさんに似ている…)」と。

     物語がひと段落ついたところで、ギフトがオーケストラに向かって手をあげる。
     すると、一瞬静かになった場内に、銅鑼どらの音が響き渡る。
     それを合図に、古箏こそう二胡にこ月琴げっきん琵琶びわ龍笛りゅうてき神楽笛かぐらぶえ篳篥ひちりきが新たに加わった編成へと変わった。

     谷あいを駆け抜ける若い龍が、ふと桜に目を奪われ、その周りで舞うように音楽が流れる。
     ファージの声が、これから登場する2人の紹介を始めた。

    「[6年間無敗。常に努力を重ね、その精悍な姿はこの学院の指針であり、誇りです。未来を見据え、三手先まで思案し、己のみならず大切な人たちのために戦う美しい横顔は、涼やかにして大きな炎のように見るもの全てに勇気を灯してくれました。本年度主席にして静狼市国の王族、ティエ家の次期当主、蒼蓮ツァンリィェン=ティエ。そして、ともに歩み、この場に華を添えますのは鬼灯ホオズキ一族を立て直し、自らの才能と困難を乗り越える強さでこの世界に咲き誇る神々しいまでの才女、リリーベル家のメイド長補佐であるカノン=ホオズキ=リリーべリアリリーベル家の者です。]」

     美しかった。
     黒いシルクの生地に錦糸で雷雲を昇る力強い龍と大輪の百合の花が刺繍された旗袍チーパオに純白の揺れるパンツ。
     足元は黒くマットな質感のシンプルな革のカンフーシューズ。
     深い青で彩られた金の筒でまとめた長い一本の三つ編みと目尻に引いた紅が清涼な色気を引き立てている。
     ツァンリィェンは間違いなく素晴らしかった。
     そして隣を歩くカノンはとても、とても幸せそうに微笑んでいて、ギフトの心は不覚にもカノンにそういう顔をさせてくれたツァンリィェンへの感謝でいっぱいになったのだった。
     カノンは身体の線にそうように仕立てられた深い緑色のシルクの生地に銀色のきらめく糸で鶴と桜が刺繍された旗袍を着ている。
     ノースリーブのそれはカノンの鍛え抜かれた美しい腕と、胸元の一部レース生地になっている部分からのぞく薔薇のように赤い肌を惜しげも無く引き立てている。

     ギフトの涙腺は決壊し、ボタボタと涙をこぼしながら一生懸命魔法を放った。
     2人のために立候補し、主席を讃える魔法を行使する役を勝ち取ったのだ。

     ギフトは右腕から大きなダイヤモンドの魔法陣を出し、左腕からはサファイア、胸元からルビー、背中からエメラルドの魔法陣を展開する。
     そして涙に濡れる瞳をカッと開き、水の魔法陣から双龍を召喚し、それぞれの龍の体内にサファイアとルビーを埋め込んだ。
     ギフトは口から「ふぅっ」と薄紫色の魔法陣を吹き出すと、魔法陣はすぐに巨大化し、それが合図となったように双龍は魔法陣へとその長く美しい身体をくぐらせていく。
     次の瞬間、会場中が双龍がまとったジャスミンの爽やかで甘い香りに包まれていった。

     会場は感嘆のため息で包まれた。

     ツァンリィェンとカノンが手を取り合い、会場の中央で踊り始めた途端、ダイヤモンドの瞳を持った二体の龍が2人の周りを巡り、会場にはその龍から雫となって飛び出した宝石が舞う。
     晴れた冬の夜空すらも凌駕する大小の宝石の星々。
     流れ星に願いをかけずとも、心が繋がり、その赤い糸を照らし出すように鮮やかな光が舞い踊る。
     双龍は次第に身を寄せ合うように絡まりながら上昇し、互いの心臓部分にあった宝石を交換し合う。

     サファイアの龍にはルビーの心臓を。

     ルビーの龍にはサファイアの心臓を。

     そして強く、強く、輝きを増した龍は会場中を駆け巡り、その勢いのまま2人の真上で一つの大きな水泡となった後、内側から大きな羽衣はごろもが開き、エメラルドの心臓を持った天女が2人に祝福のキスを送り、輝きの中へとゆっくり消えていった。

     会場は盛大な拍手に包まれ、このために特別な演奏をしてくれたオーケストラの人たちからもギフトは拍手をもらった。

     ツァンリィェンとカノンと目があった。

    「(わたしから2人へ、贈り物です)」

    「(ありがとう、ギフトちゃん)」

    「(ギフトさま、愛しています)」

     ツァンリィェンからギフトの魔法への返答にリリーベル家の紋章の花火がギフトの頭上で咲き輝いた。
     それを見た会場中からはさらに大きな拍手が若い3人へと送られた。

     涙が止まらなかった。
     カノンと過ごした日々が鮮明に、豊かに、胸から溢れて止まらなかった。
     そして、今日に至るまでにホンロンから聞いていたツァンリィェンの気持ちも、疑いの余地なく嬉しく思っていた。

     彼は、ツァンリィェンは小国でありながら力のある王族の次期当主という、背負うには重すぎる使命を持って生きてきた。
     簡単に誰かを好いたり、静狼市国に住まう以外の女性に心を奪われることは許されなかった。
     特異な力を守り、伝えていかなければならない。
     そんな中で、家も、名誉も、命も、全てをかけても構わないと思う人に出会ったのだ。
     それがカノンだった。
     美しく、優しく、聡明で、何より、とても綺麗であたたかな夢を描ける人。
     ツァンリィェンは初めて両親へと嘆願した。
     今まで、期待に添えるようにと、家の名を途絶えさせぬようにと、まっすぐ母の意向に沿ってきた。
     長男だから。
     でも、これは初めての「譲れないこと」だった。
     このことでティエ家の現当主ユウはファージと何度も話をしていたことをギフトは知っている。
     もし、実るなら、実らせてあげたい、と、ファージが言っていたのを聞いた。
     王族でもない、魔女でもない、魔族でもない、それでも、若い2人が望むなら、叶う未来があってもいいのではないかと、ティエ家とリリーベル家は合意。
     そのため、2人についたの名称は『恋人』ではなく、『許嫁』となった。
     今回の卒業記念パーティーの後、正式に公表される。

     ティエ家には大昔、まだ転移する前に大型青肌鬼人族グゥェイに似た異種族との婚姻の記録もあったため、カノンのことは一族には割とすんなり受け入れられたらしい。
     もし、誰か1人でもカノンに文句をいう奴がいたら、たとえ仲良しのホンロンの一族であろうと容赦無く叩きのめしに行こうとギフトは思っていたが、そんな心配は無用だったようだ。

    「(とにかく、無事に成功してよかったぁ…)」

     ギフトは大役が終わり、あとは他の人の補助をするだけになったのでホッと胸をなでおろした。

    「(…でも、問題はこのあとだ。カノンさんとツァンリィェン先輩の婚約発表はママとホンロンのお母様がやってくれる。せっかくの素敵な発表ばかりになるはずのこのパーティーをぶち壊す四大貴族復活の発表が控えてる…。ママはちゃんと考えてあるって言ってたけど、どうなるんだろう…)」

     ギフトの不安をよそに、席、席…、と卒業する学生たちが素晴らしいパートナーを伴って会場へと入ってくる。
     拾席以下は名前とパートナーの紹介だけで特別に単独で踊ることはなく、挨拶だけして卒業生の列へと加わっていく。
     ちなみに、ルルーディアは爽やかなミントグリーンのパフスリーブのドレスで席と。
     パルトは向日葵のように華やかなクリームイエローのドレスで10席の学生と入ってきて会場中の視線を集めていた。
     やはり、あの2人は美しいのだ。
     それに、王族女性特有の高潔な雰囲気と実年齢よりも大人びた姿がまるで精巧に描かれた絵画のようである。

    「ああしてみると王族のお姫様って感じする」

    「あはは、確かに」

     それぞれの一番大きな仕事を終えたギフトとホンロンは2人で簡単な魔法を会場に放ちながら会場の雰囲気を楽しんでいた。

    「ホンロンも今日はティエ家の王子様って感じでかっこいいと思うよ」

    「え!あ、ほ、本当?
    えへへ、あはは」

     不意打ちで褒められたホンロンは顔を真っ赤にして微笑んだ。
     ホンロンもギフトを褒めようと楽しそうに微笑んでいるギフトの横顔を覗くのだが、いつもと違って少しお化粧をしている姿にドキドキしすぎてまともに言葉が組み立てられないでいた。

    「いつもよりもかなり深いロイヤルブルーだね
    紺よりは明るい?とっても素敵だよ!
    裾に入ってる銀色の桃の花の刺繍がかっこいい〜
    わたしも刺繍が入ったカッコイイ旗袍欲しいなぁ」

    「あ、じゃ、じゃぁ後で一緒に母上とリリーベル先生のとこ行こうよ」

    「うん!ホンロンと同じような刺繍が入ったの作ってもらおう」

    「わはぁ、…お揃いだね」

    「そうだね!双子みたいに見えるかな?」

    「…ふ、双子かぁ…」

    「どうしたの?」

    「う、ううん!さぁ、早く最前列行こう
    リリーベル先生のダンス見たいし!」

    「うん!」

     今のところはこういう感じでもいいかな、と、ホンロンは少しだけ複雑な気持ちを胸に押し込めてギフトと一緒に会場の学生用の席の前の方へと向かった。



     会場が再び暗転し、ギフトたちの担任のエイブラハム=ゴードンの声が響き渡る。
    「[学生に続きまして、本年度最高学年を担当いたしました教師を代表しまして、大貴族リリーベル家当主であり本校の複合魔法担当教師でありますファージ=リリーベルと、本校の卒業生でもあり、現在花釣で最高位の花魁についている…、え?…え?!…め、メイクェイ家現当主、玖寓くぐう=メイクェイによる、学生に贈る演目をお届けいたします]」

     一言で言うと、圧巻だった。

     会場後方の扉から暖かな薄い橙色の光をまとった幾千もの蝶々が羽ばたいてきたかと思ったら、その蝶々がサァッと二手に分かれた間から2人が姿を表した。
     銀灰色のマットな光沢をたたえた細身の燕尾服。
     腰のところから広がるミントグリーンの薄布はギフトとお揃いだ。
     胸元を飾るレースのフリルは珍しく男性的な化粧をしているファージの濃厚で妖しい色気を余計に増しているようだった。
     エメラルドグリーンに染められた長髪をシンプルな金色の筒で一つにまとめ、右肩に流している。
     右手に持った白い手袋、そして後ろに回された左腕の輪に絡む白魚のような玖寓の腕はただそれだけで彫刻のようであった。
     玖寓は上半身だけを見れば美しい黒檀の着物に金色で刺繍された鳳凰が胸元で輝く優雅なお人形のようだが、鳳凰の色鮮やかな尾羽が描かれた白地の帯から下は控えめなプリンセスラインの着物地のドレスになっていた。
     豊かに広がるその黒く滑らかなスカート部分は月夜の雫を集めて作ったように内側からボゥっと光っているような華やかさがあった。

     ダンスの背景にあるのは悲しくも愛の物語だった。
     戦巫女が妻への愛と、妻の家族への愛を貫くためにしたのは「子供を作らない」と言う決断だった。
     どの時代、どこの国でも、父親というのは本人が意図せずとも権力を喰らう者達から祭り上げられやすい対象となる。
     もし自分たちが子供を得ようとすれば、どこかの王族の男の種が必要となってしまう。
     いくら訴えようとも、きっと何世代後も血筋の主張が行われるだろう。
     妻である灰狼かいろうはこの世界に幼い頃に突然転移してきた転移者だ。
     妻の育ての両親や親族はそれを隠すように、守るように大切に彼女を育ててきた。
     権力に押しつぶされていい人々ではない。
     だから2人は子供の代わりに、自分たちに絶対の忠誠を誓ってくれた大事な我が子のような貴族に新たな地位と格を与えた。
     それが四大貴族だった。
     
     指揮者(軍配者)のメイクェイ家。
     提唱者(発明者)のアズリーア家。
     管理者(調停者)のナールトフィリ家。
     そして、仲介者(監視者)のリリーベル家。

     この四家はそれまでも互いに切磋琢磨して功績を挙げ続け、戦巫女の家系へ常に尽くしていた。
     すでに他の貴族とは一線を画す存在であったため、他家の貴族たちや王族までもが誰も異を唱えることはなかった。

     そして、ファージとギフト以外の全ての人々が驚き、言葉を失った。
     ここ数百年間、表舞台に立ってこなかったメイクェイ家の後継者が突如として現れたからだ。

    「ぎ、ギフト、どういうこと?!」

    「あぁ、そういえばホンロンにも内緒にしてたんだった
    ごめんね、わたしもつい最近知ったの
    八桂やけいさんの最初の旦那さん、つまり玖寓ちゃんのお父さんはメイクェイ家の当主になるはずだった人なの
    でもね、もともと身体が弱くて…、その後は誰もメイクェイ家を継ごうとしなくて、ずっと当主代理の人が頑張ってたみたい
    心から仕えたいと思うような王がいないのなら、大貴族でいる必要を感じないって言う理由で…
    でも、今回そうも言ってられない事情があるの
    この後正式に発表されると思う
    ママとパパとルークさん、八桂さん、玖寓ちゃんの奥さんのアルルさん、その夫のコイルさんみんなで何度も話し合って、先月、メイクェイ家の当主の座についたんだよ
    ホンロン、みんなにも言うつもりだけど…、この先、わたしと仲良くしていて良いことは何もないと思う
    それよりも、きっと不快な目に会うことが増えるともう
    だから…」

     ホンロンは身構えた。
     もし、ギフトが悲しいことを言うのなら、その時は断固として拒否しようと思ったからだ。
     息を飲む。
     ギフトの次の言葉が、怖い。

    「だから…、覚悟してほしい
    一緒に戦ってくれると嬉しい」

     ホンロンは目を見開き、言葉の意味を正確に理解して心底ホッとした。

    「…はぁ〜、びっくりした
    そんなことか!もちろんだよ!」

    「ふふふ、そう言ってくれると思った
    わたし、正直な話、もしみんながわたしよりも弱くて守りきれないと思ったら友達であることを辞退して、みんなを争いごとから遠ざけようとしたと思う
    でも、そうじゃない
    みんなわたしよりも優れたところがいくつも簡単に見つかった
    だから、わたしはみんなを失いたくない」

    「俺だって誰も欠けてほしくない
    それに、ギフトん家と俺ん家はもうすぐ親戚になるんだしさ
    遠慮なんか微塵も必要ない
    みんな味方だ」

    「ありがとう!」

     この後、見事物語を演じきったファージと玖寓は優雅に颯爽と舞台からはけると、すぐにティエ家の当主、ユウの元へと向かった。
     ギフトもホンロンと一緒にルルーディア、パルト、トニタルアを探し出し、集まった。

    「サフィル、連れ出せなかった…」

     ブルークラスとはいえ、格上の家であるイーゴス家のトニタルアでさえサフィルに話しかける暇すらなかったと言う。

    「カロイアレックス家の警備が厳重で…、わたしですらサフィルに会わせてもらえなかったわ
    でも安心しなさいみんな!
    こう言う時のためにみんなで作った連絡方法でつい今返事をもらったところよ!」

     パルトは瞳から水の魔法陣を取り出す。

    「うまくいってるわ!」

    「さすがだね」

    「えっと…、よし!
    サフィルも俺たちと同じ意見だ!」

    「卒業記念パーティーの後に必ず抜け出して合流するって書いてある…、ちょっと誤字があるところが心配だけど…」

    「サフィルも焦ってるみたいだね
    父親があっち側につくって決めたようだから」

    「トニーは大丈夫なの?」

    「うちは次期当主がめちゃくちゃ聖人だもん」

    「あはは!イーゴス先生さすがだね」

    「ボクが言うと薄情だけど、早く父上には死んでほしいね
    兄さんが当主になればイーゴス家はいくらだって立て直せる」

    「過激なことさらっと言いますわね〜」

    「パルトだって言ってたじゃん」

    「ええ、わたしは良いのよ」

    「とにかく、私たちはリリーベル家とメイクェイ家が呼ばれたときにあの印を出すの
    練習通り、みんないける?」

    「もちろん!」

    「簡単、簡単」

    「わたしはそれを見て同じ印を掲げる
    ママと玖寓さんは旗を召喚するって言ってたから、もしもの時は…」

    「任せてよ」

    「ええ、わたしたちを誰だと思ってるの?」

    「そうだよギフト、ギフトは次期当主として立派にその役目を果たせば良いのよ
    私たちはいつでもそばにいる」

    「…うん」

     ギフトは心強く、優しい仲間の顔を見渡し、サフィルが書き換えて伝言に使った魔法陣に手をかざし、ゆっくりと力を込めた。
     するとそれは小さなクリスタルの花弁へと姿を変え、空中へと舞って行った。
     ギフトは姿勢を正し、ファージの元へ急いだ。



     きた。
     予想通りだった。
     ファージはギフトと繋いだ手に優しく力を込めた。
     ギフトも握り返す。

     大柄で、プラチナブロンドの短髪をピッチリとオールバックに撫で付けた壮年の美しい顔をした男性が舞台へと上がっていく。
     金属のような艶を発する黒い燕尾服にはダイヤモンドのボタンが散りばめられ、深紅の蝶ネクタイには同じ色の糸で牡丹の刺繍が施されている。
     切れ長な目から光る碧眼が氷のように冷たい。

    「皆様、お久しぶりにお目にかかる方も、初めての方も、ごきげんよう
    ワタクシはカロイアレックス家当主、ヴィアスティレ=カロイアレックスと申します
    無事に卒業を迎えられましたご子息、ご息女様がたには心よりお祝い申し上げます
    優秀、かつ、お家柄も整った皆様方の顔ぶれを拝見し、この王国のさらなる繁栄と発展を予感することが出来、心踊る時間を過ごすことが出来ました
    さて、この度、我らが愛するこのヴェスミエルジェマ王国にかつて存在し、王家の栄華を支えてきた四大貴族を復活することとなりました!」

     騒めく。
     何も知らされていなかった王族や貴族たちの動揺が手に取るように伝わってくる。
     しかし、真意を知らぬ彼らは伝説として語り継がれているあの素晴らしい時代に思いを馳せ、次第に大きな拍手の波へと変わって行った。
     ギフトにはそれが恐ろしかった。
     これはただの復活ではない。
     残酷な時代への序章かもしれないからだ。

    「では、僭越ながらワタクシが王より賜ってきた書状を読ませていただきます
    まず、現存するリリーベル家とメイクェイ家にはかつて果たしていた役割を再びその権限とともに復活させる
    そして、新たにロブスカリーテ家とシャルドン家を加え、これを四大貴族とする
    名誉なるこの名を継ぐ大貴族の皆様にはここでその役割を宣言していただきましょう…
    皆様、盛大な拍手でお迎えください!」

     フルホノアと目が合った。
     現王を味方につけた余裕なのか、気持ち悪いほど穏やかに微笑んでいる。

    「では、新しく加わった二家からお願いいたします」

     真っ赤なマーメイドラインのドレスを身につけ、横に立つ黒い王立軍の軍服を纏った息子に腕を絡めているのはシャルドン家の現当主だ。

    「初めまして皆様
    この度、身にあまるほどの名誉に打ち震え、王への敬意で心があふれそうです
    私はシャルドン家の当主、エアリア=闇蛍あんけい=シャルドンでございます
    隣におりますのは次期当主であり、我が愛しの息子、リジュン=シャルドンです、お見知り置きくださいませ
    我が一族がいただきましたのは、かつてアズリーア家が与えられていた提唱者(発明者)の権限と役割でございます
    王の期待に添えるよう、三家と友好を保ちながら精進してまいります
    よろしくお願い申し上げます」

     盛大な拍手。
     ギフトの心は少しずつ冷えていく。

    「では次は私が…
    初めまして皆様
    私はポートマ=ロブスカリーテと申します
    隣におりますのは我が娘、フルホノアです
    この度我が一族が王よりご用命いただきましたのは管理者(調停者)としての役割ですね
    ナールトフィリ家のようなヘマは決していたしませんので、皆様、よろしくお願いいたします」

     ファージの手に力がこもる。
     あれは決してヘマではない、このことは今となってはリリーベル家とメイクェイ家のものしか知らない事実。

    「では次…」

     ファージはスッと手を挙げ、ヴィアスティレ=カロイアレックスの言葉を遮った。

    「皆様、御機嫌よう
    リリーベル家当主、ファージ=リリーベルでございます
    隣におりますのは一人娘のギフト=リリーベルです
    この度、花釣を長く統治し、秩序と格式を護ってきた玖寓がメイクェイ家の正統な後継者として名乗り出てくれました
    我がリリーベル家とメイクェイ家は遥か昔、戦巫女と呼ばれた美しく強い、善き女王に忠誠を誓い、その庇護を受ける御礼として全身全霊で尽くし、仕えてまいりました」

     ここでファージが言葉を切り、ゆっくりと、そして優雅に呼吸をする。

     合図だった。

     ギフトたちは一斉に右手の拳を甲を前にして掲げ、ファージと玖寓は目を合わせ、微笑み合うと身体の前方へと両手を突き出し、大きな白い魔法陣を展開した。

    「我らの忠誠は、昔も、今も、この先も、戦巫女様のものでございます」

     パァアア…

     ギフトたちが掲げた手の甲、そしてファージと玖寓が召喚した濃紺の大きな旗に金の糸で描かれていたのは『蜜蜂』の紋章だった。

    「ほう…、リリーベル家もメイクェイ家も何をしているのかわかっておられますかな?
    これは現王家への冒涜とも取れる行為…
    王家に仇なす気なのでしょうか」

     ヴィアスティレ=カロイアレックスは顔を青くしたり赤くしたり最終的に少し震えながら真っ白になった顔で極めて冷静に、そして静かに恫喝した。

    「あら、違いますわカロイアレックス様
    これはただ、忠誠を誓う先を示しただけのこと…
    王家に仇なすなんて、なんて野蛮なことをおっしゃるのかしら」

    「母、八桂やけいが命をかけて愛した父の家が誓ったものを守るだけです
    王家の邪魔など致しません
    しかし、我らの一族にもし何かあったときには…、ふふ、お気をつけあそばせ
    花釣は本日よりメイクェイ家の庇護下に入ります
    さて、どんな情報からお聞きになりたいかしら?」

     会場中の身に覚えのある人々が青ざめるのが音でわかるような気がするほど動揺が広がった。

    「ふふふ…、ん?サフィル!お前まで何をしている!
    それに…、トニタルア様にブーチェゴルデ家とザボド家の息女…(ティエ家のガキ共まで紋章を…)
    君か…、君の仕業か、ギフト=リリーベル」

     顔面はいたって澄ましているけれど、怒りで充血し、真っ赤な目に浮かぶ碧眼がなんとも恐ろしい形相だったが、ギフトは動じなかった。
     なぜなら、ギフトには仲間がいるから。

    「ええ、わたしの考えに賛同してくれたわたしの大事な仲間が掲げてくれています」

    「君のことは色々聞いているよ…
    転移者で、さらにあの極悪人、エリドーラの娘だろう?
    生まれた環境や場所で人格が決まるとはこのことだ」

    「ならばあなたも相当生まれに難があったのですね
    サフィルくんには是非良い環境をお与え下さい」

     ヴィアスティレ=カロイアレックスはほんの一瞬、顔を歪め、次の瞬間には大きな声で笑い出した。

    「あはははははは!
    ワタクシに言い返すとは…、その傲慢さは嫌いではない
    では、その態度がいつまでもつかよく観察させてもらうとしよう
    その可愛い顔が末長く続くと良いね」

     ヴィアスティレ=カロイアレックスはそう告げると一礼だけして舞台から降りていった。
     王族はかなり動揺しているようだったが、もともと貴族や平民の味方だったリリーベル家とメイクェイ家の宣言に貴族たちからは暖かな拍手が送られた。

    ドタドタドタ!
    コツコツコツ!

     フルホノアが顔を真っ赤にしてギフトへと近づいてきて手を挙げて頬を叩こうとした。
     しかし、ギフトはそれを手のひらから素早くスライドさせた魔法陣でパンッと防いだ。

    「な!あんたのせいで…、あんたのせいで台無しよ!
    せっかく地位と名誉を手に入れたのに!
    他の貴族たちとは違うって見せつけられたのに!
    絶対に許さない…、絶対に許さないから!」

    「いつでもかかてきてくださいね、先輩」

    「何よ!」

     フルホノアは瞳に涙を浮かべるほど悔しかったのか、ものすごい勢いでギフトから遠ざかっていった。

    「あらあら、ギフト〜、仲良くしてあげなさいよぉ」

    「後々ね」

    「まぁ、今は二家ともカロイアレックス家の周辺王族に取り込まれてるけど、きっと仲良くできる日がくると思うのよねぇ
    実際、人選というか、家の選び方はそんなに間違ってない気がするし」

    「そうだけど…」

    「あんたまだ姉さんのこと気にしてるの?」

    「…だって、ママは変な人だけどとても素敵な人だと思います
    でも、その…、わたしの母親のせいでずっとそういう目で見られるのは悔しい
    もうわたしはママの子だもん
    サフィルのお父さんが言ってたあんな生まれがどうのこうのなんて絶対に違う!
    環境も違う!
    育ててくれている人も周りにいる人もみんな素敵な人だもん!」

     ギフトは我慢していた雫がハタハタと瞳から落ちるのを感じた。
     ファージは微笑みながらぎゅうっとギフトを抱きしめ、優しく頭を撫でた。

    「ふふふ、育ちたいように育って良いからね
    どんな子になるのか毎日楽しみよ!
    ギフトは可能性がいっぱいあるから何も恐れることなくスクスク健康でいてね」

    「…うん!」

     イチャイチャキャッキャしている親子の元へと大輪の花束のような玖寓がニヤニヤしながらしゃなりしゃなりと近づいてきた。

    「あらあらギフトちゃん泣いちゃったのぉ?
    意地悪してくる人はヤァね!
    お化粧直してあげるからあたしの胸へ飛び込んでおいで〜」

    「玖寓ちゃん、ありがとうございます」

     ギフトはえへへ、と笑いながら会場の方へと振り向き、仲間達に手を振った。
     みんな「ギフトがリリーベル先生に甘えてる〜」とか「私も玖寓先生とギフトの間に挟まれたい!」とか言いながら手を振ってくれた。



     ギフトがファージや玖寓とキャッキャしながら舞台から降りている時、ホンロンはルルーディアやトニタルアに小突かれていた。

    「ホンロン、今からそんなに緊張してて大丈夫なの?」

    「ホンロンは真面目だからな〜、ちゃんとエスコートして身体近づけて固定して優しく手を取ってあわよくばちょっと抱きしめちゃう感じで良いんじゃないの?」

    「…トニー、余計なアドバイスはしないでくれる?」

    「わぁ、ルルーってば顔面の天使から悪魔への早変わりすご〜い」

    「うう、2人ともなんでそんなに呑気なんだよ…、うう、でも、俺、頑張る!」

    「そうよ、感謝しなさいよ
    心から私に感謝して敬い、そして崇めなさいよ」

    「ルルーディア様〜!」

    「わぁ、変な宗教」

    「あなたたち、早く整列しなきゃ!
    ルルーのパートナーの方があそこでアワアワしてるわよ」

    「あ、行かなきゃ」

    「ボクもエスコートしてくるね〜
    今度こそサフィルを連れ出すから任せてよ」

    「じゃぁまた後で!」

    「玄関集合!」

     四大貴族や王族がどうのこうのなど大人のみならず子供が動揺するには十分なことが起こったが、そんなものどうでもよくなる程の計画がホンロンたちにはあった。
     まずはツァンリィェンの婚約発表のお手伝い。
     そしてその後に行われる学生たちだけの送別パーティーでのダンスタイム!
     誰もが想いを寄せる人と家柄も性別も関係なくいつものように自由に手を取り合える思い出を作る時間と空間!

     頑張れホンロン!
     その手でギフトをダンスに誘うのだ!
    一舞万葉 Link Message Mute
    2018/08/21 7:30:00

    第弐拾伍話 仕える者

    #創作 #オリジナル #女の子 #小説 #ダークファンタジー #残酷表現有り #魔法 #魔女 #復讐 #和漢洋折衷 #魔法学校 #第3章 #the_blues_is_hard_to_lose.


    第3章 the blues is hard to lose.

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