第拾肆話 新しいともだち「わあああ!魔法が止まらないよぉおおおお!」
「せ、先生!助けてー!」
「ぎゃああああああああ!」
「あ、自分に呪いかけちゃった…」
「先生!相手の子達が立ったまま気絶してます!」
「せんせぇぇぇぇい!」
2試合ずつ行われている魔法実戦。
ほぼほぼ阿鼻叫喚の地獄絵図か、ほんわかかわいい絵本の出来事か、極端に結果が別れていた。
当然、といえば当然なのだが、まだ1年生である。
魔法実戦はその実、『攻撃魔法の発表会』の様相を呈していた。
いや、攻撃にもなっていないものも多い。
火属性の生徒は手に持った教科書を見ながら頭の中で考えた魔法陣をリケルの中で一生懸命練り上げ、炎を火球に調整し、それを球体を保ったまま放出するという動作をこれまた一生懸命行い、木属性の生徒は参考書通りに手に持っていた種に仕込んだ魔法陣を展開して地面からゆっくりと蔓を伸ばし自分たちを物理魔法から守るための壁を作るはずが暴走してジャングルに…。
闇属性の生徒の呪いは魔法陣を出すのが難しかったのか、とてもとても頑張って単独詠唱し、相手の声を変化させたり、強制的に足踏みさせる程度…。
本来ならば喉を潰したり足の関節を逆に折るくらいのことができるようになる呪いなのだが。
もう一度言う、彼らは1年生だ。
入学するまでただただ箒に乗って追いかけっこをしていたような可愛い子供なのだ。
それぞれのクラスに二、三人、まともな速度で魔法陣を作り出せる生徒もいるにはいるが、使うべき魔力と実際に使ってしまう魔力の差が大きすぎてすぐにガス欠のような状態になってしまっている。
何人かは実戦の途中でゴードンやストークに助け出されていた。
勝敗は魔力の枯渇、または『生まれて初めて魔法で攻撃された』ことによるショックでの棄権、ゴードンやストークからの強制退場…。
もう一度だけ、もう一度だけ言おう。
彼らは10歳〜11歳の子供が所属する1年生だ!
「ただいまの勝負、オストン=エイマクラスの勝ち!」
「次のチーム、前へ!」
それぞれの実戦試合の総評は明日の
HRで配られる予定になっている。
初めは観客席にいた生徒たちも、フィールド近くで
齧り付くように試合を見ている生徒たちに合流し、互いの魔法についての考察を始めた。
単属性魔法の教科書を出し、それぞれが使った魔法についての実戦に関する情報を書き込んでいく。
「炎を水流みたいにしてた子すごかったよね」
「石を飛ばすんじゃなくて相手の足元に出現させてたのカッコよかった!」
「風で防御壁作ってた子上手だったな〜」
「早くリリーベルさんの毒魔法見たいよね」
「使ってくれるかな?」
「ねぇねぇ、闇の強制タップダンスみたいなの面白くなかった?」
「あれは笑った!」
「光魔法はやぱり綺麗だよね〜」
「無属性の子が蝿を叩き落とすみたいに呪いを弾いてたのがもう相手の子が可哀想すぎて…」
「確かに!あんなに簡単に魔法を消されたら凹むよね」
「みんなこれだけはすごくうまかったよね、浮遊魔法」
「わかる!やっぱり飛びながら戦うって憧れちゃうよね」
「使い魔とか幻獣への指示はまだまだ難しいからただそばに立ってるって感じだったな」
「そうそう、だってまだ使い魔も幻獣もペットって感じだもん」
最後にもう一度言う。
彼らは1年生で、まだまだ子供だ。
本当ならまだまだ実践で止まるべき年齢だ。
適度に休憩をとりながら進んでいった魔法実戦は合計で20試合ほどを消化し、いよいよ最終試合、ギフトたちの番となった。
「ギフト、自分がどれだけレベル高いかわかった?」
「…だ、だって!ママとパパがさも常識のように『普通、属性魔法は一つにつき1ヶ月で覚えるんだよ』とか、『入学までに複合魔法をいくつか使えるようになっているのは当たり前』とか、『魔法実戦の授業で負けると単位から負けた分引かれる』とか、『錬金術が使えないと魔法を使える意味がない』とか…」
「…わぁ、すっごい嘘つかれてんじゃん」
「ギフト可哀想に…」
「でしょ…?
家で魔力暴走で血反吐はいたことある…?
1週間ごとに別の部分を骨折したことある…?
炎の中とか水泡の中でご飯食べたことある…?
飛んでくるナイフの中で本読んだことある…?」
「…お前は最強だよ、いろんな意味で」
「ええ、本当に最強よ
天才な部分ももちろんあるけど、努力しないと
天賦の才は使いこなせないわよね
ギフトはとっても偉いわ」
「なんかあまりにもクラスメイトたちが可愛いから、自分が魔法をガンガン使えるのが悲しくなって来た…」
ギフトは光を失ったように沈む瞳で魔法に失敗する可愛いクラスメイトたちを眺めていた。
「よしよし…」
「馬鹿王子をコテンパンにしような
そうしたら気分も晴れるよ、ね?」
「うん…」
「…ちなみに一番すごかった修行って何?」
ギフトは切ない瞳で2人を見つめながら遠い過去に思考を砂煙のごとく漂わせながら細々とした声で答えた。
「毒魔法をかけられるたびにそれがどんなウィルスなのか細菌なのかただの神経毒なのかを瞬時に判断して、その原因を打ち消す毒を魔法で作り出して自分に魔法陣を取り込むとか?」
ホンロンとルルーディアは苦笑いしながら心の中でそっとギフトに手を合わせた。
「(それってさ、魔法魔術高等呪術
疾病管理センターの採用試験内容と同じだよ…)」
「(リリーベル先生はギフトをどんな職業につかせるつもりなのかしら…、勇者…?)」
2人はギフトの努力の過酷さに少々引きつつ、ホンロンは右腕、ルルーディアは左腕と、ギフトに寄り添いながらフィールドへと向かった。
ギフトは2人にされるがまま同じ方向へと歩いて行った。
エイマクラスからの大歓声が身体にまで響き渡る。
「いよいよ最終組!前へ!」
ゴードンの指示に合わせて位置につく。
目の前にはサフィル、パルト、もう1人のチームメイトがいる。
「ごきげんよう、元クラスメイトたち」
「ごきげんよう王子
ずいぶん変わった色の瞳になったもんだな」
「父上と母上が僕のために買ってくださったんだ
30年程前にこの国に恐怖の嵐を吹き乱した闇属性の男の右眼だ」
サフィルの右の眼は本来白目であるはずの部分が黒く、瞳の色は明るい紫色をしていた。
「あんたの欠損部分って右腕じゃなかったっけ?」
「口の聞き方に気をつけなさいよ馬鹿女」
「あんたには話しかけてないわよパルト」
「パルトやめろ
女性には優しくせよと言われているからね
たとえそれが変人しかいないザボド家でもね…
ミンシンに切り取られて失った右腕は残念ながら僕に合うものがなかったんだ
だから人体錬成で作り出した僕の左腕の反転コピーだよ
右眼はあの事件で唯一生き残った被害者としてその勇気の証に父上が買ってくださったんだ」
「勇気って言っても、王子、何もしてないでしょ」
場が凍りついた。
王族同士の罵り合いを傍観し、静かに笑っていたギフトが大きくもないのに突然通る声で言い放ったからだった。
「なんだって?
ギフト姫、なんと言ったのかな?」
サフィルの額に青筋が走る。
サフィルのプラチナブロンドの髪が怒りの黒い火花でバチバチと音を立てた。
「だから、王子は何もしてないでしょって言ってるの
ホンロンは戦い、わたしや母、ルルーを守ってくれたし、そのあとの瓦礫の片付けもした
ルルーは絶えずわたしとホンロンの傷を治し続け、母にかけられた呪いの進行を遅らせ、傷ついた人々の治療を行なった
わたしは自分で言うのもなんだけど、必死で戦ったよ
王子は傲慢な態度でミンシンたちの心をえぐり、その復讐心に火をつけてただけでしょ?
わかる?わたしは今怒ってるの、すごくね」
サフィルの火花が身体に広がる。
しかし、それはどう頑張っても火花だった。
「みんな!僕とストーク先生のもっと後ろへ下がりなさい!」
ゴードンの慌てたような声が響く。
ギフトの髪についていた祝福のエクステンションがふわりと浮かぶ。
あの事件で失った髪の長さと対呪術の効力を補う目的でつけたものだ。
薄い緑色のベールのような魔力がギフトたちの周りを囲むようにぐるぐると揺らめき、巡る。
ゴードンの防御壁強化があと少し遅ければ、ゴードンたちは防御壁ごと吹っ飛ばされていただろう。
「り、り、リリーベル、さん、お、お、落ち着いて…
あ、あの、この、ふふ、2人のことは、ぼ、ぼくが、あ、謝る、から」
ギフトは少しびっくりした。
サフィルの向かって右隣にいる男の子はオドオドとした態度だが、ギフトの魔法を怖がっている様子はない。
それどころか、彼が自身に張っている薄い紫色の魔法陣の防御壁は1年生にしては完璧だった。
「は、初め、まして…
と、トニタルア=イーゴスと申します…
えっと、い、イーゴス先生は、ぼ、ぼくの、兄です」
「あ、そうなんですか!
なんだか、その〜…、一緒にいる2人とは感じが違いますね…?」
「あはは、そ、そうなんです
イーゴス家も、す、ストーク先生と、お、同じで、ぶぶ、ブルークラスなんです」
頬を赤らめてギフトに一生懸命話すトニタルアを遮るようにサフィルが一歩前へ出てきた。
「ギフト姫、ご歓談中失礼しますね
トニタルア様はイーゴス家がブルークラスを選択しなければ、本来なら我々が簡単に謁見できるような地位の方ではないんだよ
もし王位継承権を持っていたならば、イーゴス先生は6位、トニタルア様は8位だ」
「え…、え!」
通りで度胸があるわけだ、とギフトは納得した。
外見からは全く想像もつかないが。
地味な黒いジャケットに灰色のシャツ、黒い細身のスラックスに焦げ茶色のローファー。
ふわふわとした茶髪のショート、まん丸の金縁メガネに薄めのそばかす。
身長は年相応といったところだろうか。
トニタルアはギフトが想像していたような闇属性を持つ子供ではなかった。
兄であるイーゴスの影響なのかなんなのかはわからないが、とても優しそうだ。
「イーゴス家がブルークラスになるようにカロイアレックス家が説得したんじゃなかったかしら〜?」
「おやおや、ルルーディア姫、そのような歪んだお考えはよした方が良いのでは?」
「あんたは黙ってなさいよ負け犬王族のルルーディア」
「ふ、2人とも…」
ビィィィィィィィィイイイイイイイイ!
「うわ!」
「じ、ジンキー…」
ストークがものすごい形相でこちらを睨んでいる。
流石にサフィルたちの方にもその恐ろしい形相は向けられており、フィールド内の生徒たちは一気に言い争うのをやめた。
「さっさと陣形につきなさい
このまま初めても良いんだぞ?」
「先生ごめんなさーい!」
「申し訳ありません
すぐに準備しまーす!」
お互い少々慌てながら陣形を組む。
ギフトのチームは前列左にギフト、右にホンロン、後列にルルーディアと言う布陣だ。
サフィルのチームは前列左にサフィル、右にパルト、後列にトニタルアだ。
「姫の前じゃなくて残念です
男のお人形遊びに付き合わなくてはならないなんて最悪だな」
「デンデンはお前をぶちのめしたくてウズウズしてるけどな」
「女同士の戦いですわね、リリーベルさん」
「あぁ、そうですね〜」
ビィィィィッ
ビィィィィッ
ビィィィィィィィイイイイイイイイ!!
実戦が始まった。
ルルーディアは胸から取り出した光の魔法陣を展開し、3人分の対呪術防壁を設置。
ホンロンは右腕から炎の魔法陣を展開しデンデンに装填。
ギフトは手のひらから取り出した石の魔法陣を自陣の足元に展開。
左腕から取り出した雷の魔法陣を展開し、レイユィンに装填。
サフィルは右眼から闇の魔法陣を直接展開、炎の魔法陣を爪に装填。
パルトは足から水の魔法陣展開、水流の防御壁を3人分設置。
トニタルアは左眼から光の魔法陣を展開、右手に装填。
ドカーン!という低い轟音とともに魔法実戦が始まった。
本当に一年生か?!と思うほどの攻撃と防御の応酬が始まったのだった。
サフィルの右眼に展開された
必弾の呪いによって合わされた照準で爪から放たれる炎の銃弾は的確にルルーディアが張った防御壁を切り崩し、その後ろから放たれるトニタルアの光のバズーカ砲は魔法陣へと大きな負担を与えていく。
ドカーン!
バリバリバリ!
しかし、ギフトたちはまるで慌てる様子はない。
なんと、ルルーディアの防御壁にいつの間にか足元から毒の
防御網が展開され始めたのだった。
毒の防御網は相手が放つ魔法を次々と溶かすように防いでいる。
フィールドの外で観戦している生徒たちがざわつき始めた。
「すごい!ザボドさんって毒の魔法使えたんだっけ?!」
「いや、そんなはずないよ!」
「ゴードン先生、なんでなんでー?!」
「あぁ…、あれはかなりの高等魔法だよ
リリーベルさんがザボドさんの足元に魔法陣を敷き、それをザボドさんがタイミングを計って順番に展開してるんだよ
ザボドさんの魔力の質に合わせて魔法陣を作り変えているリリーベルさんもすごいけど、それを適切に展開できているザボドさんもすごい…
ああ!みんな見てごらん!
リリーベルさんが最初に敷いていた石の魔法陣からホンロンくんのデンデンがサファイアの剣を展開してるよ!
なんてことだ!あの子は、リリーベルさんは傀儡にも魔法陣を合わせることができるのか!」
デンデンはサファイアの剣、レイユィンはルビーの
錫杖を展開し、それぞれ炎と雷を纏ってサフィルたちに襲いかかる。
ドッカーン!
ザクザクザク!
キーン!
ピンッ!
「く!トニタルア様!防御壁の援護をお願いします!」
「う、うん!」
トニタルアは背中から巨大な闇の魔法陣を展開するとサフィルとパルトの前へと文字通り壁のように設置した。
その代わりにパルトが左手首から雷の魔法陣を展開し攻撃に転向する。
「ルルー!きたぞ!
カウンターの魔法陣だ!」
「あはははは!
そんなもので弾けるような魔法の訓練してないのよ!」
ルルーディアは待っていましたとばかりに足元に敷かれていたギフトの石の魔法陣を6分割して展開し、自身の光の防御壁の外側に設置した。
「な、なんだあれは…、ま、まずい!
パルト!攻撃をやめろ!」
「え?!なぜ…、きゃああああああ!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
パルトの雷撃が魔法陣に当たった途端、大量の土砂がサフィルたちに向かって流れ始めた。
「うわああああああああああああ!」
「み、みんな、ふふ、浮遊、浮遊魔法!」
「あ、足を取られた!」
「きゃあああああ!」
ギフトはホンロンとルルーディアに目配せすると、最後の魔法陣を展開した。
右腕から取り出した水の魔法陣。
左足から取り出した風の魔法陣。
そして自身の足元に展開してあった石の魔法陣。
「わたしの母の得意な魔法を見せてあげる!
複合魔法、氷の魔法だよー!」
土砂に絡まれ尻餅をついているパルト、膝をつき必死で防御壁を張り続けているサフィル、浮遊したはいいが途中で土砂に足を掴まれて逆さ吊りのようになっているトニタルア。
そこにとどめのようにの吹き荒れるギフトからの猛吹雪。
ヒュォォオオオオオオオオオ!!
「そこまで!」
ストークからストップがかかり、ギフトたち3人は一斉に魔法の展開をやめた。
あたりは騒然としていた。
ストークも防御壁を張ってはいたが、ところどころ土砂が入り込んでいる。
それに対し、ゴードンの防御壁は完璧だった。
地面から錬成した物理的な石壁に、魔力を吸収する無属性の魔法をかけてあり、そのため、最後の方の猛吹雪は後ろに避難している生徒にあまり見せてあげることはできなかったが、完璧に生徒を守り切ったのだ。
試合終了の号令の後、デンデンとレイユィンはホンロンとギフトの指示で可哀想な震えている3人組を土砂と雪にまみれたフィールドから助け出した。
「この勝負、エイマクラスの勝ち!」
エイマクラスの観衆からは割れんばかりの歓声が響き渡り、この勝負をいつの間にか授業を抜け出して空から眺めていた多数の上級生たちからは祝福の花びらが贈られた。
魔法実戦の終わりを告げる挨拶の後、一旦エイマクラスもオストン=エイマクラスも保健室へと強制的に連れていかれた。
ゴードンとストークはイーゴスから「い、いい、1年生に、ま、魔法実戦を、さ、させるなんて!」と、控えめのお叱りを受け、生徒たちの治療を手伝った。
そこまでひどい怪我や呪いにかかった生徒はいなかったため、保健室にいた保健委員の上級生たちの手伝いもあり、30分ほどで全員の手当が終わった。
「ザボドさんは保健委員になれるね!
ぜひ立候補してね」
「はい先輩!
ありがとうございます!」
ルルーディアが上級生たちから数回ほど熱烈な勧誘を受けるなどして元気な3人は先に保健室を後にした。
「今日の実戦上手くいったね」
「ギフトの調整がうまかったから魔法陣の展開楽チンだったわ
さすが私のギフトね」
「お、おお…、ありがとうルルー」
「それにしてもギフトがバージニア先輩と選んで買ってきてくれたマジックビブリオすごいな
デンデンが剣の錬成をできるようになるなんて最高だよ!」
「ね!かっこいいでしょ!」
「ますます傀儡が羨ましい〜
マジックビブリオって幻獣用のもあるのかしら?」
「あ、あったと思うよ!
今日一緒に見に行く?」
「行く!」
「行く行く行く!」
「ルルーディアの幻獣出すまでもなかったよね」
「ズロバは魔力の消費が多いからまだ温存だわね
でも今日の実戦で出してたらもっと面白い反応が見れたのかしらね…、ふふふ」
「悪い笑顔してますよお姫様」
「あら、ごめんあそばせ」
「あははははは」
夕方になり、下校時間の鐘の音が鳴り響く。
ここは図書館に併設されている一般の人にも解放されているカフェテリア。
端っこにある窓際の静かな席にギフト、ホンロン、ルルーディアが座っている。
その表情は驚きのあまりに固まっており、デンデンとレイユィンまでもがいつもの取っ組み合いをやめて床に座り込んでいる。
「あの…、え?」
「だから…、僕たちも君たちがやっている勉強会に混ぜて欲しいんだ」
頭を下げている。
腰を折り、丁寧に。
馬鹿王子が。
「(ど、どうする?)」
「(え、えぇ…)」
「お願いします
わたしも今までのこと、全部謝罪しますわ」
頭を下げている。
美しく優雅に。
パルトが。
「(ちょっとちょっと…)」
「(これはどうするべき?)」
「あ、あの、な、仲良く、し、したい、んだ…」
頭を下げる必要のない唯一の人物まで頭を下げている。
トニタルアは少し猫背気味でちょっと震えている。
3人は顔を寄せてヒソヒソと相談すると、頭を下げている3人に向き合い、苦笑交じりの笑顔を向けてこう言った。
「いいよ、一緒に強くなろう」
「またあんな事件が起きたって自分たちで立ち向かえるようにしないとね」
「魔法とか体術が強くなればきっと腐った王族根性も叩き直せるでしょうし」
「じゃ、じゃぁ…」
ギフトたちはサフィルたち3人に向かって手を差し出した。
「今日からよろしく!」
サフィルたち3人は断られる前提で来ていたのか、ギフトたちの手を握って握手した瞬間にあろうことか泣き出してしまった。
「うっ、うう、あんなに、酷い、こと、言ったのに、あ、ありがとうっ、うう」
「ルルーディアさん、ご、ごめん、な、なさい」
「ううううううううう」
ギフトたちは泣き出す3人に慌ててしまい、デンデンに芸をさせたりレイユィンに可愛いポーズをさせたり、パルトの頭をルルーディアが撫でてあげたりと、忙しかった。
「はぁ、やっぱり王族といえどまだ子供なんだねぇ」
「大貴族のお子様が何言ってるんだ」
「いやいや、なんか感慨深い」
「ギフトって超絶美少女なのにたまに言うことがお年を召したお婆様のようで面白いわ」
「あぁ、それママにもよく言われる」
「ほら〜、頼むから泣き止んでくれよ〜
これから本屋にマジックビブリオを見に行く予定だからさ、一緒に行こうぜ?」
ホンロンがサフィルの肩を抱くように困ったように笑いながら優しく声をかけた。
それが嬉しかったのか気恥ずかしそうにサフィルは涙をぬぐいながら頷いた。
「う、うん、い、行く」
その様子に感動したトニタルアはハンカチが意味をなさないほど号泣している。
ルルーディアが差し出した新しいハンカチを紳士的に断り、カフェテリアのナプキンで盛大に鼻をかんでいるのがルルーディアには面白く映り、しきりに笑ってた。
「可愛い男の子ね、うふふふふ」
「あはははは、面白いなぁ」
「ギフトもルルーも能天気だな〜」
「そんなところも可愛くて好きよ」
「お、おおう…」
ギフトの最初の目標であった平民の友達を作ることは全く叶ってはいないが、どうやら強力な仲間を得ることには成功しているようだ。
小さくをため息をつきながらも、なんだか心は嬉しさでほっと暖かくなるギフトであった。
☆★☆★☆
「兄さん、今日はとてもすごいものを見たんだよ」
裸電球が一つだけついた薄暗い室内で美しい銀髪を一つに括った書生姿の少年が銀のトレーに乗った何かに話しかけている。
まるで美術品のようにトレーは大理石の台に乗せられている。
「あの子たちは危険だね、子供のくせに強すぎる
まるであの時の兄さんみたいだ…」
少年はトレーの上にある何かの一つを手に取ると、愛おしそうにそれを撫でた。
電球の光がそれに当たる。
白い。
輝くわけでも、特別美しいわけでもないそれは、しかし、闇に映える艶をたたえていた。
それは白骨化した右手だった。
指骨などすべての骨を針金で綺麗につなぎ合わせてある。
「あぁ、掘り起こした甲斐があった
可哀想に…、本当は僕が土の中にいるはずだったのにね」
電球が銀のトレーにあたり、すべての骨があらわになった。
少年が「兄さん」と呼ぶ骨は腰から下が無かった。
「なんて綺麗なんだ
兄さんの骨は奇跡みたいにシミひとつない」
少年は初めての情事を迎える夜のように優しく指先を肋骨へ滑らせる。
「次は兄さんの胸骨を使おうと思ってるんだ
早く脳と頭蓋骨が合うからだを探してあげるからね…
もう少し、もう少しだよ兄さん…!」
少年は自分の身体抱きしめると、息荒く一枚ずつ服をはだけさせて行く。
徐々に下半身へと指先を這わせ、焦らすように欲望の的から狙いを外しながら快楽を高めるように攻めると、瞳は潤み、身体は熱く緩み始めた。
色欲に溺れるように目的を明確に
弄び出すと、少しづつ自身を快感へと導いて行く。
吐息が漏れる。
ブルブルと震え、その甘い痺れからくる喘ぎ声をこらえるように爪を噛み、上気する頬を楽しむように冷たい「兄さん」の骨に顔を押し付ける。
「ああ、兄さんっ、んんんっ…
僕たちは、あああっ、はああっ、いつも、いつまでも、んんっ、一緒だよぉ…、ぉああっ…」
☆★☆★☆
「うげぇ、なにこれ不味いぃ…」
「良薬口に苦しって言うでしょ〜?」
「それにしてもこれは土と生姜と草がまるで調和をなさない味…」
「ほら、それ全部飲んだら桃のジュースあげるから頑張んなさい」
「うげぇ…」
ギフトは食前に飲むタイプの薬を飲んでいた。
もうすぐまたあの嫌なものがやってくる。
女子ってなんでこんなに不便なんだと悪態をつきながらも
燦沙に出してもらった薬を毎日ちゃんと飲んでいる。
外ではカノンが子供達と追いかけっこをしている。
ギフトもファージも体力的には一般の人とあまり変わらないため、オーガの子供の相手はいつも途中で身体がついていかなくなるのだった。
「ママ痩せたね」
「ふふ…、そりゃ毎日なにかしらの遊びに付き合ってたらこうなるわよ」
「あのさぁ、ママ」
「なあに?」
「わたし…、胸がまだ膨らまないんだけど!!」
「…あはははははははははは!」
ファージはリビングの机をバンバン叩きながら椅子から転げ落ちそうになるくらい笑い出した。
「ちょ、笑い事じゃないから!
切実だから!そろそろスポーツブラ的なものが必要になるはずなのに!
ルルーディアなんてもう形がうっすら分かるくらいおっぱいあるのに!!」
「あーははははは、あー、面白い
あんたねぇ、成長には差があるの忘れちゃったの?
大丈夫よ〜、そのうち可愛いブラつけられるようになるって、ぷふふ」
「あ〜、酷い
わかってない、まるでわかってない
女児が一番最初に望む成長は高確率で胸ですよ!
おっぱい!
男の人にはわからないでしょうけど!」
「そうね〜、わたしからしたらあんな重そうなものよく2つもくっつけていられるなぁって感じかしら
でも女装するときは身体のラインを強調したいからちょっと欲しいなって思うことはあるけど」
「…ホンロンのお姉さん見たことあります?」
「ああ、もちろんあるわよ
複合魔法の成績一番だもの
教えがいのある良い子よね」
「…ああいう風になりたいです」
「…ギフト、体質とか遺伝って知ってる?」
「うわああああああああああああん!」
「残念だけどあなたの場合は身体の成長に関していうともとの身体に戻って行くって感じだからあれ以上に胸が大きくなることはないわね」
「…揉んでも?」
「揉んでも」
「…初体験を早めても?」
「早めても」
「うわぁぁぁぁああああああああん!」
「まぁまぁ、別にまな板ってわけじゃなかったし、良いじゃない
メイリーだったらどんな大きさでも興奮して息荒く襲いかかってくれるわよ」
「…おい!」
「てへ!」
ギフトは少し期待していたのだ。
前の世界の時より初潮も早かったし、育っている環境が違うし、何よりが魔法使えるし、ちょっとはホルモンとか色々刺激されているのかと思っていたのだ。
「じゃぁもう身体について楽しみなことは一切ないわぁ…」
「どんまいよ〜」
ギフトは脱力感に
苛まれながらも、次の日の朝から毎朝豆乳を出してもらえるように料理長のところへ頼みに行ったのはここだけの秘密だ。