第伍話 病の侵入「その首に手を回し
少しずつ力を込めるの
あなたがいくら苦しんでも、わたしは許してあげないわ
何度その命を落としても
幾度その身を引き裂かれようとも
あなたのことはずっと嫌いよ
ねぇ、お願い
あなたを殺すのはわたしにやらせて?
だってそれが一番良いと思うから
何故ならわたしがこの世界で誰よりもあなたを愛しているからよ
苦しむ顔が見たい
涙も全部、わたしのものよ」
殺意でしかこの世界に存在する理由を見つけられない少女が一人。
彼女は今日も花を手折る。
持って帰って飾るわけでも、この場で花冠を作るわけでもないのに、ただただその命を無意味に終わらせる。
花弁から滴る朝露は彼女の乾いた血をそっと撫でる。
今更それがなんだというのだろう。
足元に転がる燃えかす。
それがなんだったのかは、彼女しか知らない。
「あなたの絶望が欲しい…」
☆★☆★☆
修行を始めてから三ヶ月が経とうとしていた。
ギフトはファージのスパルタのおかげで全ての属性魔法を会得し、いくつかの複合魔法まで使えるようになっていた。
予想よりも早く成長してゆくギフトにファージは召喚術や魔法薬の調剤の指導も始めようとしていた。
「うはぁ、もう魔力すっからかんです」
「そうね、今日のところはこれで終わりにしましょう
それにしてもあんた教え甲斐のある子よね
よくもまぁこんなに早く…、おっと口が滑るところだったわ〜」
「はい?」
最近、ファージの様子がおかしい。
いや、おかしいのは出会ってからずっとなんだけども、なんというか、わたしに何か隠している。
いつもニヤついてるから多分悪いことではないんだろうけど、なんかムカつくし少し不安だ。
魔法を覚えたと言ってもまだファージの前でしか使ったことないし、キールに教えてもらっている戦闘訓練も果たしてどこで日の目をみることになるのか全くわからない。
まだわたしのことを売るつもりは無いようなのに、あの2人はわたしを強くして一体どうしようっていうんだろうか。
強くする割には自分の身は自分で守れなんて言われたことないし。
いつだって「わたしたちが守ってあげる」とか言うし。
一体、何を企んでいるんだ…?
「…様、ギフト様?」
「あ!カノンさん、すみません
ぼーっとしてました
なんですか?」
「うふふ
毎日お疲れ様です
もうすぐ紅茶の用意ができますのでお部屋着にお着替えくださいませ」
「あ、はい!」
カノンの笑顔に見送られながらギフトは妖精たちに三つ編みをグルングルンされつつ自室のバスルームへ向かった。
妖精たちがギフトの髪をほどき、ブラウスも脱がせてゆく。
「あああ、し、下着は自分で脱ぐから良いよ」
妖精たちはギフトの赤くなった頬にキャッキャしながらバスルームを出て行く。
「シャワー浴びるほど疲れてないから魔法で良いか…
すごいなぁ、この世界のわたしの身体
もう魔力が半分回復してる」
面倒臭がりのギフトが作った水と火と毒と木と石と風の複合魔法【全身瞬間洗浄乾燥魔法】だ。
「せーのっ!」
素っ裸のギフトの体がお湯で覆われたかと思うと、次の瞬間にはもう泡が弾けていて、流水のごとく体をお湯が駆け巡り、湯気がボワっと巻き起こった。
湯気がしゅるるるるとギフトの身体をなでるように上昇するともう髪の先まで乾いている。
「うひ〜、気持ちいい!」
洗面台の籠に用意されている下着を身につけ、バスルームを出ると妖精たちがギフトの服を持って待っていた。
「わぁ、ありがとう
おお、今日の部屋着はチャイナボタンの白シャツに黒いパンツ、そして安定のチャイナシューズ風ルームシューズか
ってことはファージはチャイナドレスかアオザイ着て待ってるんだろうなぁ
リアクションするのめんどくさい」
ファージは何かにつけてギフトにお揃いを強要してくるのだ。
昨日は浴衣、おとといはチマチョゴリ、その前はデール…。
どうやらギフトが前にいた世界を旅していたファージはアジア圏を主に巡っていたらしく、その頃に買ったり作った民族衣装が大量にあるのだと言う。
「あいつ、
鼈甲の
簪も持ってたよな…」
ファージは良いものには金に糸目をつけず買うと言うしっかりとした価値観を持っているはいるのだが、質と量の両方が桁違いなため、もはやギフトはファージが用意してくれる服について深く聞くことをやめていた。
「振袖の値段聞かなきゃよかったわ、ほんと」
今ギフトが来ているチャイナボタンの白シャツも明らかにシルクだし白い絹糸で施された曼珠沙華の刺繍も細かいしきっとお高いものなのだろう。
「くっ、このままでは本当にクソガキに育ってしまいそうだ…
誰か、庶民の価値観を共有できる同志が欲しい…」
ぶつくさ言いながらリビングへ向かう。
良い香りが廊下にまで漂っている。
ギフトの関心はすぐさま今日のおやつへと移っていった。
はずだったのだが…。
「え?」
リビングのドアを開けると、そこにはファージの他に4人の大人がソファに座っていた。
魔法使いと魔女の正装をしている。
ファージはギフトに気づくと満面の笑顔で手招きした。
「あ、あの…」
「おおお!この子がリリーベル家の跡取りなんですね!
なんと賢そうな聡明なお顔立ちをされておられる!」
「うふふふふ
お褒めに預かり光栄ですわ
ほら、ギフトこっちに来てご挨拶なさい」
なんのこっちゃわからないがおそらく位の高い大人たちだ。
ギフトは瞬時によそ行きの顔を作った。
「初めまして
ギフト=リリーベルと申します」
丁寧にお辞儀をすると大人たちがすっと立ち上がる衣擦れの音が聞こえた。
顔を上げるとなんとも壮観な景色だった。
魔力の強さがそうさせているのか、実際の体格よりも大きく見えた。
「初めましてギフトお嬢様
私は王立メガロスディゴス魔法学院で副学院長を務めておりますマリア=深森=ダーソスと申します
私の隣におりますのが我が校で学院長を務めておりますリン=スコターディ
その隣が1年生の学年主任を務めておりますゾーディス=フォティア
最後に校医のサイモス=イーゴスですわ
この度は登校への入学試験へのお申し込み、誠に嬉しく思っております」
「にゅ、入学試験?」
「ウッフフ!
サプラーイズ!
ギフトは半年後には晴れて魔法学院の学生になるのよ」
「わ、わぁい」
これか!まだ売らない理由って!
そりゃそうだわ!魔法使いの世界?での常識?みたいなのいつどこでどうやって学ぶんだよって思ってたわ!
あー、学校は正直ちょっと嬉しい。
無属性の友達が欲しくてたまらない。
わたしを守りつつ一緒に苦難を乗り越えてくれる仲間が一人でも多く必要だ。
半年後と言わずさっさと入学させてくれ。
「喜んでいただけてこちらも嬉しいですな!
リリーベル先生から聞いてるよ
君はもう…、おっと、これはまだ秘密でしたな」
「うふふふふふ
学院長ったら、まだ内緒ですよ!」
「ははは、すまんすまん
とにかく、ギフトくんには期待しているよ
是非とも主席入学を果たし、入学式は壇上で会おう」
「ふ、ふふ
ぎ、ギフトさんは、ま、魔力量が、お、おおお、多いですね
僕なんか、い、いなくても、きき、きっと、怪我なんて、治せちゃう、で、でしょうね」
「あらあら、イーゴス先生ったら、またそんなご謙遜を」
「むしろ僕の方が教えることあるのかどうか今から不安ですよ…」
「フォティア先生もそんなに怯えないでくださいな
ギフトは出来はいいですがまだまだ子供です
魔法使いや魔女の世界での礼儀や集団行動の常識など学ぶことはいくらでもありますわ」
「リリーベル先生のおっしゃる通りですわ
私たちが学生に教えるのは何も勉強だけではないのです
ギフトお嬢様、わからないことや不安なことはすぐに私供へご相談くださいね」
「は、はい!
お心遣い、ありがとうございます」
「まあ、笑顔がまるで桜の舞い散る海辺のように可憐ですわね」
「あ、え、えっと、あの」
「いいのよ、ギフト
素直に受け取って喜びなさい
ダーソス副学院長は詩うように祝福をくださるの
今あなたに光属性の守りのまじないをかけてくださったのよ
一週間くらいあなたのことを呪いから防いでくれるわ」
「ダーソス先生、ありがとうございます」
「うふふ、どういたしまして」
全くわからなかった。
祝福だとしても、だ。
魔法をかけられたのだ。
突然、なんのモーションも無く。
これが魔女というものなのか。
流石、としか言いようのない手際だ。
これならきっとわたしも安全に…、ってこともないのだろうか。
あぁ、楽しみだった気分が少し怖くなって来た。
なんの前触れもなく魔法をかけてくるような奴がゴロゴロいる巣窟のような場所へ行くと思うと…。
あぁ、胃薬を持ち歩こう。
「それで、入学試験なのですが、いつもわたしが作っていましたが今年はギフトも試験を受けるのでどなたか他の先生にお願いできますでしょうか?」
「わかりました
リリーベル先生に限って不正などは全く疑う必要はないですが、一応、他の保護者の皆様からの目もありますから今年は学年主任のフォティア先生にお願いしますわね」
「かしこまりました
ギフトさん、君にがっかりされないように頑張って作るからね」
「あ、そ、そんなわたしなんて…」
「あらあら、あからさまな謙遜は美徳ではなく、嫌味と取られ兼ねませんのよ
ギフトお嬢様、あなたは貴族であり、最高位の魔女への道が開かれています
時にはその権力や実力を行使することも覚えなくてはなりませんね」
「すみません…」
やだよ!もう貴族とか嫌だよ!
庶民なの!わたしは庶民!
しかしこの世界では貴族!
あぁ、メイルランスさんに会いたい。
まだ好きとかではないけど、わたしが今唯一知っている庶民派の価値観を持ってる友達。
「では、リリーベル先生
また明日学院で
ごきげんよう」
「ごきげんよう」
4人の客人たちはすぅーっと消えるようにいなくなった。
どうやら魔法で作り出した幻影を学院から飛ばしていたようだ。
「ママ、わたし疲れました
おやつをよこせ」
「はいはい、すぐに用意するから
もー、あんたって本当に庶民なのね
前の世界でも別に貧しくなかったでしょう?」
「貧しくはなかったですが、庶民の範囲内で慎ましく暮らしていたんです
アルバイトもしてましたし」
「ふーん」
興味ないなら聞くなよ!
ムカつくわ、こうなったら金持ちみんなムカつくわ。
貴族の友達なんか一人だって作るもんか。
庶民で何かしらのチーム組んでやる。
「ほら、スコーンあっためたわよ」
「いただきます!」
そういえば本当にアオザイ着てたなファージ、と今更ながらに気づいたがもはやそんなことはギフトにとってはどうでもいいことだった。
目の前にあるスコーンにパイナップルジャムを乗せては食べ、乗せては食べ、をいかに効率よくこなせるかで頭はいっぱいだったからだ。
☆★☆★☆
血まみれの下半身。
左足がぐちゃぐちゃに折れ曲り、流れ落ちる血は宙を舞う。
「なぜ効かない!
これで合っているはずなのに!
なぜわたしに返ってきたの?!
あの女は光の魔法が使えないはず
どうして、どうしてよ!」
少女は使い物にならなくなった左足を捥ぐと片足で立ったまま自分に止血の魔法をかけた。
「このままではまずいわ
近づけないし、こんなみっともない格好では会えないわ
足、新しい足が必要ね…」
少女は笑う。
自分の足だったものを拾い、その血をすすりながら。
ファージはその一瞬を見逃さなかった。
確かに攻撃を受けた。
ギフトに与えたバングルについている宝石の一つが瞬いたのだ。
しかし、運よくダーソスがかけてくれた祝福が防いだようだ。
「誰か来たわね、こちらの世界に」
ファージはすぐにカノンを呼んだ。
「奥様、カノンでございます」
「カノン、身代わり人形を用意してちょうだい
できれば一週間以内に10体、いける?」
「お安いご用でございます」
「頼んだわ」
「御意に」
カノンは一礼するとすぐに部屋を後にした。
ギフトにはまだ知らせるわけにはいかない。
半年間守りきればあとは学校に通うことになる。
「ギフトは嫌がるだろうけど、貴族用の通学ゲートの使用申請を出すしかなさそうね
きっと箒か大剣で通いたがるだろうけど、まだそれはさせられないわ
それにしても、こんなにも早くバレるなんて…」
目の前で呑気にスコーンを食べながら妖精たちとキャッキャしているギフトを見つめながらファージは胸が締め付けられるようだった。
「わたしが、必ず守ってみせるわ…」
☆★☆★☆
ギフトはお腹いっぱいだった。
魔力は完全に回復しきっており、夕方から約束しているキールとの戦闘訓練の前に何をして暇を潰そうかと考えを巡らせていた。
「あ、そういえば…
ママー?ん?ファージさーん?」
「え、あ、ごめんなさい
ちょっとキールとの熱い夜を思い出していたらボーッとしちゃって」
「うわ」
「何よ、不細工な顔しちゃって」
「ま、まぁ、それはいいとして
入学試験って何するんですか?」
「あぁ、あれね、あれ
秘密に決まってんでしょ」
「え、不正になっちゃうからですか?」
「違うわよ
何重にも用意したサプライズのために決まってんでしょ
あんたなら不正してもしなくても首席で入れるからあんまり気にしないことね」
「えー…」
ここに来てからずっと思っていたが、ファージは特にわたしのことを買い被りすぎではないだろうか。
魔法だって覚えたはいいが出力の調整がまだうまくいかなくて多くの魔力を消費してしまう。
きっと生まれながらの魔法使いや魔女はその辺の調整なんて幼い頃から体に染み付いているんだろうし。
入学できても、新学期でいきなり落ちこぼれたりしたら流石に申し訳ない。
あぁ、わたしはうまくやっていけるんだろうか、入学して初めての学友となる子たちは本来ならば10こも歳が離れている…。
身体は似通ってたとしても、精神年齢的なものは隠しようがない…。
学校にいる間ずっと子供としての外面を貼り付けていないのかと思うとちょっと疲れそうだ。
「何をさっきからうんうん唸ってるのよ
変な子ねぇ」
「いやぁ…、というか、ママは先生なんですか?
前にメイルランスさんもそんなこと言ってたような…」
「そうよ〜、わたしは高学年の複合魔法の先生をやってるわ」
「ほえ〜」
「だからギフトたち低学年は違う先生が複合魔法を教えてくれるわ」
「はぁ、先生ってそんなに細分化されてるんですか?」
「まぁ、そうねぇ」
顔と名前を覚えられるだろうか、とギフトは心配になった。
「大丈夫よ、うちの学校イケメンの先生多いし
毎日眼福よ〜、もう困っちゃう!
可愛い系からロマンスグレーの紳士までなんでも揃ってるんだから!」
「いや、服屋さんみたいな言い方されても」
「あっはは〜ん」
この色ボケ野郎め。
キールが帰って来たらそれとなく聞いてみよう。
王立メガロスディゴス魔法学院とは一体どんなところなのか。
「ファーージーー!」
「あーーなたーーー!」
またやってるよ。
毎日帰ってくるたびに今生の別れみたいに叫び合って何が楽しいのだろうか。
「パパおかえりなさい」
「う、おお、おお…
ただいま、ギフトの元へ帰って来たよ
パパだよ、ギフト、パパだよぉ」
「は、はい」
このいちいち感動するのもそろそろよしてほしい。
「パパ、今日の戦闘訓練は武器を使いますか?」
「そうだなぁ、そろそろあの大剣を使う練習しなきゃな!」
「わぁ、嬉しいです」
「じゃぁ、早速着替えてくるから20分後に中庭に集合しよう!」
「はい!」
やった!
やっとあの大剣の訓練だ!
今までは暗器とかダガーとか防具だけつけた武器なしの護身術ばっかりだった。
銀のナイフとか、あるときはフォークでの戦闘訓練もあった。
完全にわたしのこの子供の体でも狙える急所を的確に攻めるための武術が中心だった。
今のわたしでは大人や体格のいい男子とはまともに戦うことはできないから、パパ曰く「急所を突いて相手に一瞬でも隙ができたらすぐさまバングルの中に逃げるか霧魔法で目眩しして逃げなさい」とのこと。
無理して立ち向かってわたしが傷つくことをよしとしない優しくてなんとも甘い考え方だ。
でも、まぁ、その通りだと思うからわたしは別に反発しようとは思わない。
頂ける愛情はちゃんと受け取っておこうと思う。
わたしもさっさと部屋で着替えるか。
「ううん、用意されている道着が剣道用のものなのは何故だろう
ご丁寧に白袴だし
本当にファージは変な知識持ってるんだなぁ
地元の小学校の剣友会の試合が懐かしい
防具入れの中ってめっちゃ臭いんだよね
今回は防具は小手しかつけないみたいだけど」
もう名前すら思い出せないが、兄が剣道をやっていた時の着替え方を思い出しながら準備をした。
ギフトは確実に記憶の書き換えが進んでいることを感じた。
たまに家族の小指の骨を眺めてみるが、誰の顔も思い出せない。
しかし、なぜか家族構成やどんな遊びをしていたかなど、身体が覚えている類のことは未だにふわっと思い浮かぶことがある。
ひとは頭以外にも身体に記憶器官を持っているのだろうか。
「さ、いくか」
髪をポニーテールに結い直すと、浮遊魔法で大剣を身体の左側に添うようにして浮かべ、キールが待つ中庭へと向かった。
「わお!それがファージが用意したっていうニホンのケンドウという武術の道着だね?
ギフトは何を着ても似合うから困ってしまうな!」
キールはTシャツに鎖帷子、そして花柄の短パンに金属の脛当てというかなりラフな格好で待っていた。
「さぁ、ギフト
まずはいつものように左手側に防御魔法の魔法陣を出してごらん」
「はい」
ピンっという音とともに直径50㎝ほどの魔法陣が現れた。
「いいぞいいぞ!
じゃぁ、今日はその魔法陣を大剣に沿わせるように広げて、鞘に貼り付けてごらん」
「はい」
大剣を左手前に移動させると、その鞘の大きさと同じくらいの直径150㎝くらいの円になるように魔法陣を広げていく。
出来上がった魔法陣を鞘に魔力で固定する。
「出来ました」
「さすが我が娘!
これでだいたいの攻撃は魔法陣の強さと鞘の力で防げるだろう
よし、いよいよ剣を鞘から抜いて自分の右側に浮かせてごらん」
「はい」
鞘から剣を抜くと、持ち手を上にして右側に配置した。
「うんうん!スムーズだな!
じゃぁ、今から攻撃魔法と暗器でランダムに攻撃するから防ぎつつ反撃してみよう
最初はゆっくりやるから、大剣の操り方を身体で感じてみてね」
「はい!よろしくお願いします!」
キールは火炎玉と鋭い小刀を数個ずつギフトへ放ち始めた。
「んん、なかなか難しいかも…」
火炎玉は身体の近くで防ぐとダメージは受けないがやはり熱い。
火炎玉が放つ熱のせいで汗がやばい。
外傷はないが、体力は確実に削られる。
かといって魔法陣を前に出しすぎると小刀が懐へ飛んでくる。
と、いうことはだ。
剣も防御に使いつつ間合いを詰めるしかないということだ。
うまく火炎玉を水属性に変えた魔法陣で打ち消すか、剣に反発魔法をかけて打ち返せば間合いを詰めながら反撃ができる。
小刀は今のところはなんの魔法もかけられれていないようだからそのまま剣で打ち返せばいいが、今後魔法をまとった状態で投げられることも考慮しないと。
身体に冷却魔法をかけてしまうと筋肉かこわばって動き辛いし、なによりわたしはお腹が弱いからお腹壊してしまう。
水属性の魔法陣も火炎玉との衝突で無闇に水煙をあげないように気をつけなければ。
あぁ、剣ってこんなに難しいのか。
「いいぞギフト!上出来だ!
じゃぁそろそろスピードと量をあげていくから集中しろよ!」
「はい!」
次々と繰り出される攻撃を15分間なんとか防ぎきり、10分間の休憩タイムの頃にはもうヘロヘロだった。
「よく頑張ったなぁ、えらいぞー!」
「ふあぁ…、もう身体も頭もフル回転させてるのに防ぐのがやっとで反撃なんて出来ません…」
「あっははっはっは!初っ端から反撃されたらパパのプライドはズタズタになってしまうよ
それにこの訓練は…、おっとっと、なんでもないぞ!」
「なんですか?」
「あっはっはっはっはー!」
怪しい。
絶対に何か隠してる。
ファージはもうあいつが何を隠していようが別にわたしの害になることではなかったからどうでもいいが、キールは一体何を隠しているんだ?
ニヤニヤしているからきっと悪いことではないのだろうが。
近頃二人ともなんかソワソワしてるし、ううん、むかつく。
「続きやるぞー!」
「はーい!」
その後、15分戦って10分休むのを4回ほど繰り返し、今日の訓練は終わった。
なんとかギフトも数回反撃することができたが、何一つキールにかすりもしなかった。
「はぁ、悔しいですね」
「いやいや、反撃されてめちゃくちゃびっくりしたぞ!
パパはもう感無量です!」
「えええ…、でもかすりもしてないですし」
「いやいや、パパの魔力量を計ってみればわかるよ
もう半分くらいしか残ってないからな!」
「え、本当に?」
「ああ、そうだよ〜
もうギフトからの反撃を防いだり、ナイフに瞬発の魔法をかけるので大変だったよ」
「え?瞬発の魔法かかってたんですか?」
「かけてたさー
ギフトがあんまりにもうまく防いでるから小刀は本気で投げてたんだよ
火炎玉は威力を抑えてたけど、それでもすごいことなんだよ
ギフトはやっぱり優秀だなぁ」
「えええ」
夢中でまったく気付かなかった。
というか、わたしわりとやばいんじゃないだろうか。
魔法を使われてることに気づかないなんて致命的なのでは?
「あの、パパ…」
「ギフト、ファージとの約束でまだ詳しくは言えないんだが…
その、なんていうかな…
大人、とかベテラン?の魔法使いや魔女が使う魔法に10歳で気付けたらそれはもうこの世界で神を名乗れるレベルだよ
攻撃する側が手練れであればあるほど魔法をかけるモーションが小さいし、単独詠唱ですら省略出来ることもある
魔法を気付かせない工夫はいろんな手段がある
後々ちゃんと教えるし、ギフト自身がその方法を発見することだってあるだろう
だからまだ焦らなくていいんだよ
ギフトは幼いんだから、ね?」
「あ、そうか、なるほど…
パパ、ありがとうございます」
「うんうん、素直で可愛くて賢くてこんなに素敵な娘が俺の帰りを待ってると思うと毎日の仕事が楽しいよ
さぁ、お風呂で疲れを流しておいで
そしたらご飯を食べよう」
「はい!」
☆★☆★☆
「歌いましょう、この声があの子に届くまで…
『さんさん太陽、イチゴを照らす
兄さん駆けだす、芝生のお庭』
あの子とわたしを繋ぐ歌
あの子とわたしを隔てた歌
あの子とわたしを別れさせた歌」
少女は健康な右足に急かされるように白いリボンで繋げた白い左足を引き摺り歩く。
まるで棺に供える白い薔薇のようにそれだけが月明かりに浮かび上がる。
少女の右手は彼岸花を握りつぶした後のように血しぶきが乾き始めの闇を帯びており、背筋が凍るほどの美しさに、見た者は目眩を覚えるだろう。
月光に向けられた横顔は張ったばかりのハープの弦のように高揚し、微笑みで揺れている。
左手には大きな人形の髪を掴んだまま。
左足の無い、人形。
人形は小さな小さな声で木霊する。
「た、すけ、て…」
少女は満足そうに微笑むと、ふたたび歌い始める。
「『さんさん太陽、イチゴを照らす
兄さん駆けだす、芝生のお庭』
わたしも連れて行ってくれればよかったのに
わたしのことも待っていてくれればよかったのに
わたしのことも覚えていてくれればよかったのに
わたしがあの子を知らなければよかったのに…」
いつしか人形は黙り、その身体からは力が抜けたようだった。
もう何もない。
ここには何も無い。
少女は突然足を止めると、人形を川に流した。
まるで
発条仕掛けのブリキの船を流すように、そうっと流れに乗せる。
「バイバイ、ありがとう
あなたのこと何も知らないけど、多分大好きだったと思うわ」
青白く光るのは月のせいなのか。
少女はまた歩きだす。
「次は女の子がいいわ…」
☆★☆★☆
翌日、街は騒然となった。
早朝、新聞配達をしていた青年が橋に何かがひっかかているのを発見し、箒で近くまで降りてみると、それは片足のない幼い少年の遺体だった。
新聞配達の青年はすぐさま王国軍の詰所まで飛び、警備兵を連れてきた。
臨場した魔術法医学者によると少年の足にはかすかに魔法が行使された形跡があり、太ももから引きちぎられており、血液も半分近く持っていかれた形跡があるという。
魔力の形跡をたどると川上から遺棄されたことが判明した。
遺体が流されたと思われる場所からは少年の髪が多数見つかっており、どうやら犯人は髪を掴んで森を歩いて抜け出たらしい。
昨晩は満月だったため、いつもは薄暗い森の中も単独で歩くことは可能だ。
なぜ左足を引きちぎったのかはまだわかっていない。
警備兵はすぐさま各新聞社に情報を共有し、大々的な犯人の捜索を始めた。
しかし、事件から一週間経ってもなんの手がかりも得られなかったという。
まるで犯人はこの世界から消えてしまったかのように痕跡が追えなかったのだ。
一ヶ月後、また同じような遺体が川で発見された。
今度の遺体は幼い少女で左腕と左足、そして両方の眼球がなかった。
血液は完全に抜かれており、もはや誰かが悪戯で作った人形のようであった。
犯人はまた森の中と川上にだけ魔力の痕跡を残し、忽然と消えた。
「またやられてる…
これで3体目だわ」
「奥様…」
「カノン、身代わり人形をできるだけ多く作ってちょうだい
だんだん強くなってる
一回の呪いを一体ずつじゃ防げなくなるかもしれないわ」
「すぐにご用意いたします」
「まかせたわ」
ファージは綺麗に整えられた美しい爪を無意識のうちに噛んでいた。
塗られた青いネイルが欠片となって唇に落ちる。
「時間が足りないわ…
まさか化物になるなんて思わなかったしね
あははっ、わたしのものに手を出そうなんて、いい度胸ね…」
「少し仕返ししちゃおうかしら」とファージは空中から自身の杖を取り出し、手のひらを爪で切り裂き、杖に自分の血液を吸わせてゆく。
締め切られた部屋に禍々しいほどの暗雲が立ち込める。
黒く、黒く練られたそれは次第に細く長い糸のついた小さな針に変わった。
ファージがふぅっと息を吹きかけるとそれは瞬く間に姿を消し、部屋の空気はいつもと変わらない甘いものに戻って行った。
「さぁ、この呪いから逃げてごらんなさい
殺してあげるわ…
ゆっくりと、ゆっくりとね…」
ファージは隠していた。
ギフトには使える属性を水・風・雷・土・毒・金と教えているが、ファージの本当の専門は【闇】であり、呪いそのものだ。
しかし、それを伝えてしまうとあらぬ誤解を与え、意図しない時期にギフトは自分を殺しにくるかもしれない。
ファージはギフトがなにもかも知った時、いや、知ってしまった時、すべてを話そうと決めていた。
「ギフト、あなたのことはわたしが命をかけてでも守るわ
ただ健やかに、この世界でしあわせにおなり…」
ギフトはまだ何も知らない。
誰がどんな罪を犯したのか、その理由も、結果も、何も知らない。
真実は時に毒となって当事者すべての心を病で満たす。
嘘で守れるものがあるのなら、平穏の一時を与えられるような偽物があるのなら、それに縋らせてあげたい。
傷つくのはまだ先でもいい。
最悪の結果が待つ未来がわかっているのだから。