第拾参話 少数民族 朝から屋敷に元気な声がこだまする。
十数人の弾ける声と駆け回るドタドタと言う音が最近のギフトの起床BGMになっている。
「うわぁぁぁあああああああい」
「ギフトさま起きたぁぁあああああ?!」
「朝ごはんだよぉぉおおおお!」
「妖精出して!妖精ちゃん出してぇぇえええ!」
「ギィィィイイイイイフゥゥゥウウウウウウウトォォォオオオオオさぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁあああああああああああ!」
扉がドカーン!と開かれ、可愛いBGMたちが一斉になだれ込んできた。
ファージの趣味で着せられている猫やウサギの耳がついたフード付きのセーターが卑怯なくらい可愛い。
「みんなおはよーう!
みんなのおかげで今日もお目目ぱっちりだよ!」
「あはははは!」
「ぱっちり!ぱっちり!」
キャッキャと騒ぐこの可愛い赤い肌をした天使たちはカノンの仲間の子供達である。
このあいだの事件以降、カノンの呼びかけで集まってくれた一族の大人たちやその家族をファージは全員買い取ったのだ。
もともとフリーの傭兵集団として奴隷街にある奴隷商人が運営する施設で暮らしていたのだが、十数年前に紛争地帯で瀕死だったカノンをファージが買い取り、それ以降、ファージの権力を恐れた奴隷商人によってずっと隠されていたのだった。
奴隷商人にしたらカノンたちの一族は金の卵を生み出す鶏のようなもの。
王国の全人口の0.3%にも満たない少数民族だ。
オーガはもともと皮膚からして普通の人間には貫くことのできないほど頑丈で、1週間以上徹夜で起きていられる体力、暗闇でも索敵できるほどの優れた五感、体内にある
油包という器官によって5日間食べずに最高のパフォーマンスが出来るという特性がある。
オーガはその本体を売るよりも、傭兵として貸し出すほうが儲かるのだ。
カノンはギフトの護衛が決まる前からずっと自分が所属していた奴隷商館を探し続けていたのだ。
自分だけが良い
主人に出会えたことによる罪悪感をずっと背負ってきた。
それがつい最近、やっと報われたのだ。
奴隷商人は法外な値段をふっかけてきたが、ファージとキールは特に文句を言うわけでも、値切ったりすることもなく、言い値で全額を支払った。
その場にいたカノンを含めたオーガの一族たちはみな驚き、支払ってもらった金額はいつか返済するとファージとキールの申し出たが、2人は笑顔でそれを断った。
ファージは買い取ったオーガたちを一人一人抱きしめると、その足で全員を連れて職人街へと行き、全員分の当分の衣服や日用品などの雑貨を買い求めた。
「なぜここまでしてくれるのか」という問いに、ファージはきょとんとした顔でこう答えたそうだ。
「お金は家族のために使うのが普通でしょ?」と。
2週間後には屋敷の敷地内にオーガの各家族用の家が完成する予定だ。
ファージとキールは屋敷に一緒に住んで欲しかったようだが、そうすると子供達の隠れんぼによるステルススキルが発揮されすぎていつも寝る前は大変なことになっているので家族毎に適切なサイズの家を建てることになったのだ。
現在、万が一大人が見つけられずに子供達が色んなところで寝てしまった時用に、屋敷内の各ベンチには枕になるクッションと厚手のブランケットがいっぱい配置されている。
ファージとキール、そしてオーガの大人たちは毎朝
写真機片手に子供を探すのを楽しんでいるようだ。
「ねぇねぇギフトさまぁ」
「なぁにリク?」
「今日はスカートはかないの?」
「今日は馬鹿王子のせいで実戦があるから動きやすい格好で行くんだよ〜」
「このおようふくはなんて言うの?」
「
旗袍だよ〜」
「これはなんて言う色なの?」
「これは
臙脂色って言うんだよ〜」
「何色の仲間ぁ?」
「赤と茶色かな?」
「下にはいてるズボンはなんて言う色?」
「これは灰色だよ〜
ちょっと濃いめだからチャコールグレーかな?」
「ちゃこーるぐれえ、かっこいいー!」
「僕も欲しい!かっこいいー!」
「ギフトさまは三つ編みしないの?」
「じゃぁ、リンと同じ三つ編みにしてもらおうかな」
「おそろいー!」
「ふふふ、お揃いだね」
「じゃぁ、アンも三つ編みにする!」
「アンはちょっと髪が短いから、前髪にお揃いのピンをつけようか」
「つけるー!」
「あ!それマオも!マオも!」
「よーし、みんなでつけちゃおうか!」
「つーけーるー!」
「金!金色がいい!」
「きぃぃぃぃぃぃいいいいいいんんんんんんんんんんんんん!!」
「あはははははは!」
数分後、全員でお揃いの金色のピンをつけてリビングへ現れたため、そのあまりの可愛い光景にファージとキールが涙を流しながら写真を撮り始めた。
オーガの大人たちは一足先に学院へ警備に関する会議に出向いているため今いるのは子供達だけなのだ。
子供達の日課は、幼児たちは楽しく屋敷内で遊びまわりながら手の空いたメイドたちに読み書きを教わっている。
少年少女たちはファージによって雇われた家庭教師から授業を受けながら執事長に連れられて美術館や博物館へ文化活動をしに行っている。
暗殺や戦闘を強いられて来た彼らに「何者にも侵されることのない自分の中の美」を見つけて欲しいと言う屋敷の大人たちからの愛情だった。
ギフトは子供達に「食べすぎー!」と爆笑されながら楽しく朝ごはんを食べ終えると玄関で黒いブーツを履いて学院へと向かった。
ゲートでモグルと10分ほど楽しくおしゃべりした後、学院の玄関へ出ると何やらもう色々始まっているようだった。
「おはようホンロン…、あれは怒りで暴れ狂うルルーディアさんですか?」
「おはようギフト…、そうです
あれは魔王として転生なさったルルーディアさんです」
「一体、何があったの?」
「それが…」
ことの発端は相手からの挑発行為だった。
「あら、下位の貧困王族のルルーディアじゃない
あなたのような人でもエイマクラスに入れるなんて、どうやらこの学院の質は下がってしまったようですわねぇ」
「…は?」
校門で馬車から降りたルルーディアを待ち構えていたのはルルーディアがこの世で一番嫌いな幼馴染だった。
パルト=ブーチェゴルデ。
王位継承権第15位を保有するブーチェゴルデ家の長女であり、王への謁見数は女児の中ではトップクラスだ。
まるで絵の具で塗ったような水色のポニーテールに同じ明るさの水色の瞳、純白の丸襟フリルブラウスのボタンは全て真珠に付け替えられている。
濃い紫色のブレザーと同じ色のスカートには金糸で人魚の刺繍が足されており、「このわたしが他人を同じものを着るわけないでしょ」と言う言葉がにじみ出ているようだった。
真っ白のタイツにに合わせた焦げ茶色のローファーはいったい何回磨いたんだと思うくらいにピカピカしている。
ローファーの甲の部分に縫い付けられたエメラルドがパルトが動くたびにキラキラと反射している。
「あんたはまた派手な格好してるのね?
貧相な顔に生まれた人は大変ね」
「なんですって?!」
「あら、ごめんなさい?
付け
睫毛が取れかかっているから教えてあげようと思って
あなたは努力家なのね」
パルトは急いで取り巻きの女学生から鏡を受け取ると顔を確認し、睫毛のズレを直した。
「ルルーディアのくせに!
あんたなんか、今日の実戦でコテンパンにしてやるんだから!」
「はい、ブーメラン」
そして今に至る、と。
一旦は上級生からの注意で玄関まで引き上げ、互いの教室へと移動したのに、ルルーディアがギフトを迎えに行こうと玄関にきたらそこでまた取り巻きを連れたパルトに出くわしてしまい、罵倒バトルが始まってしまったらしい。
「ホンロン、止めに入らないの?」
「え、だって女の子の喧嘩に男子は介入しちゃいけないって言うのが常識でしょ?」
「ああ、それもそうだね
余計にややこしくなっちゃうよね」
「そうそう、それに俺は転移者の王族だからあの2人の間に入ると火種がね」
「ほんと、高い身分って大変だねぇ」
「…ギフトはもう少し自覚しような」
「は〜い」
「お、ギフトも旗袍じゃん」
「動きやすいから楽なんだよね〜」
「見て見て、今日の俺の旗袍、表は黒なんだけど裏地は赤なんだぜ
姉上がデザインしてくれたんだ」
「いいなぁ!
わたしも裏地の色変えたい!」
ギフトとホンロンは女子の喧嘩に飽きて
呑気に制服のデザインについて話し出したその時、突然2人の前方で大歓声が上がった。
「え、何だろう?」
「ああ!見て!い、イルカだ!」
「うわ、さすがブーチェゴルデ家…」
大歓声の真っ只中にあったのはなんと空中に浮かぶ大きな水泡の中に現れたイルカだった。
イルカは水泡を
纏いながらジャンプしたりラウンジ中を泳ぎ回ったりと、とても可愛い。
「おーっほっほっほっほ!
わたしくらいの実力があれば水棲生物を使い魔に出来るのよ!
悔しかったらあなたも見せて御覧なさいよ!」
高笑いするパルトに怒りが最高点に達したルルーディアは自身の親指の腹を噛み切ると、右手から取り出した魔法陣に擦りつけた。
「いいわ、見せてあげようじゃない…
おいで…、私の
暗黒面…」
魔法陣が床に展開された途端、野次馬の足元に黒く冷たい空気が溢れ始めた。
思わず息が止まりそうなほどの悪意に似た冷気はギフトやホンロンがいる場所まで流れてきた。
素早くギフトの妖精たちが2人に防御壁を張る。
「ねぇホンロン、ルルーの使い魔って…」
「いや、俺も初めて見る…」
ルルーディアの魔法陣はゆっくりと黒い炎に囲われ始めたかと思ったら、中からドロドロと黒いベールに覆われた巨大な雄鹿が出てきた。
いや、ただの雄鹿ではないようだ。
「あ、あなた、それって…」
「そうよ〜?
私には闇属性がないから召喚獣はこの子と契約したの
紹介するわ、神堕ちした元
神鹿
四凶鹿、名前はズロバよ」
白濁した瞳、所々黒ずんだ大きく広がった角、チアノーゼのように青紫に変色した肌に色素の無い毛並み。
ちらりと見えた舌の赤色が鮮やかすぎてまるで何か小動物を食べた後のような不気味さが漂っている。
「あんたのイルカ、怯えてるわよ?」
「け、穢らわしい!
ザボド家はみんな頭がおかしいのよ!
転移者の一族と婚姻関係を結んだり、わざわざ血を薄めるような結婚ばかりできっと王族としての質が下がったのね
さ、さっさと、その、き、気持ちの悪いもの、しし、しまいなさいよ!」
パルトはすでにイルカをしまい、逃げるように後ずさり始めている。
「今日の実戦が楽しみね」
「お、覚えてらっしゃい!」
盛大に小物感を置き土産に取り巻きたちと走り去っていったパルトの背を見ながらルルーディアはズロバを魔法陣に戻してため息をついた。
「ルルー」
「ルルー、おはよー」
「ギフトー!ホンローン!」
先程までの怒りに燃えた黒い炎のような顔は何処へやら。
ルルーディアは満面の笑みでこちらにスキップしながらやって来た。
「2人ともおはよ!」
「ルルーディアは今日も可愛いね」
「お前は本当に見た目と内面に差があるよな」
「そうかしら?」
今日のルルーディアは薄い桃色のリボン付きブラウスに深緑のジャケットと焦げ茶色のキュロット、黒いタイツにキャメルの編み上げブーツがとってもキュートだ。
ふわふわとした飴のような金髪はブラウスと同じ色のリボンでツインテールにしている。
そう、見た目はいつもとってもキュートなのだ。
「さっきの召喚獣、かっこいいね〜」
「でしょー?!
カタログで見てすぐに迎えに行ったの!
神堕ちした神獣の村って結構
辺鄙なところにあるんだけど、私頑張ったの」
「いいなぁ、俺も召喚獣欲しいなぁ」
「え〜?ホンロンはデンデンいるからいいじゃない」
「いやいや、ギフトを見てごらんなさいよルルーディアさん
頑張って姿を消そうとしているんだろうけど、ついいたずらしに出て来ちゃう妖精たちの可愛さ!
さっきなんてすぐギフトを守ろうと自発的に防御壁を張ってくれたんだぞ?
しかも俺の分まで!
はっきり言って最初から本当に羨ましかった
さらにレイユィンまで…
俺も傀儡とは別に幻獣か使い魔欲しいなぁ…」
「じゃぁ私とギフトでホンロンに合いそうなのを考えてあげましょうよ」
「いいねぇ、考えてあげよう」
「いやいや、自分で選ぶから」
「まぁまぁ、気になさらず」
「おい!」
ホームルームが終わり、魔法実戦の前に1時間の作戦会議用の時間が与えられた。
教室では狭すぎるのでクラス全員で校舎の外に出て各チーム練習することになった。
ギフトはホンロンとルルーディアと校舎から離れた位置に移動しながら、ゴードン先生は本当に可哀想だなぁ、と心から同情していた。
今回の実戦、どうやらオストン=エイマクラスの担任、アビューズ=ストークが全権を握っているようなのだ。
なぜなら、ホームルーム中に綺麗にオールバックに整えられた白髪を銀の
櫛で撫で付けながらシャツもスーツも全部真っ黒な格好をしたストークが入って来て、対戦表と禁止魔法を書いた紙を黒板に貼り、一方的にルールを説明して帰ってしまったからだ。
ストーク家は王位継承権を一族みんなが放棄している、通称『ブルークラス』と呼ばれる王族だ。
王族としての特権や地位は手放さないが、王位継承レースには参加しないことを宣言している。
当然、王族には変わりないので通常は平民が気軽に口答えできるようなことはない。
そのため、ゴードンはストークが提示して来たことをそのまま受け入れるしかないのだ。
「本当、身分って厄介だねぇ…」
「そうよね〜」
「おいおい、大貴族の娘と王族の姫が何言ってんだ」
「ホンロンは良い子のまま育ってね」
「そうそう、ホンロンは良い子だ」
「はいはい、はいはいはーい」
3人はまったりと喋っている…、つもりだったが、ほかの生徒から見ればかなり異様な光景だった。
ギフトとホンロンはデンデンとレイユィンに魔法陣で指示を出しながらルルーディアを攻撃させ、その攻撃をルルーディアは全て打ち消すか交わしながらギフトとホンロンに攻撃魔法を放っている。
ホンロンはルルーディアからの攻撃をいくつもの魔法陣でギフトの方へと弾き、ギフトはそれら全てをあらゆる複合魔法で増幅して反撃したり魔力だけ吸い取って自分に補給したり空に向かって消しとばしたりしている。
「あの3人レベル違いすぎない…?」
「すごいよね…」
「っていうか、あの2人がすごいんだよ
リリーベルさんの魔法の速度についていくなんてすごすぎでしょ」
「でもさぁ、あの3人のおかげでゴードン先生に良い結果を見せてあげられそうだね!」
「ストーク先生の意地悪は逆恨みなんでしょ?」
「え?どういうこと?」
「ゴードン先生は学生時代、平民で初めての首席入学首席卒業だったらしいよ
で、その時の万年次席がストーク先生ってわけ」
「うわぁ…」
「聞いた話だと、ゴードン先生が錬成して無属性の魔法をかけた石の壁を破壊しようとしたストーク先生は、跳ね返って来た自分の魔法で髪の毛から色素がなくなっちゃったらしいよ」
「う、うわわぁ…」
「無属性の人が錬金術が得意なんて常識なのにね…」
「ストーク先生は嫉妬で色々忘れちゃってたんだよきっと」
どこの世界でも新入生に噂を吹き込む先輩や兄弟は多い。
ストークの黒歴史は着実に広まっている。
ギフトたちが練習しているところに校舎からまっすぐ箒で飛んでくる人影があった。
気づいた3人は顔を上げ、魔法陣をしまうと、人影の方へと小走りで近づいて言った。
「ママ!」
「ごきげんようリリーベル先生!」
「ごきげんよう!」
「うふふ、3人ともごきげんよう」
美しく磨かれた黒い箒からふわりとおりたファージはとてもかっこよかった。
今日の授業は女学生が多い授業ということで、サービスの意味も込めて細身のスーツを着ているのだ。
ロイヤルブルーのツヤツヤしたシャツ、白に近いグレーの細いネクタイ、チャコールグレーのボタンダウンベストに同じ色のジャケット、同じ色のテーパードになっているセンタークリースが美しいパンツ。
足元はウィングチップでパープルレザーの艶めいた靴がセクシーさに拍車をかけている。
長い髪は一本の三つ編みにしたものを左肩から身体の全面へと流しているのがとても優雅だった。
「リリーベル先生かっこいい…」
「うわぁ…、リリーベル家の皆さんはどうして僕の自信を片っ端から奪っていくんですかね…」
「あらぁ、ホンロンはかっこいいじゃない
1年生の中だったら一番じゃない?
ルルーはいつも抜け目なく可愛いわねぇ
ギフトにも見習って欲しいもんだわ」
「いやぁ、ルルーはレベルが高すぎますよママ…」
「ギフトは外見に無頓着すぎよ〜
それにしても2人ともすごく強くなったわね!
親バカかもしれないけど、うちの娘についていけるなんて相当素晴らしいことだわ」
「えへへへへ」
「ギフトさんとチームを組むためだったらどんな練習でもします!」
「あらまぁ、娘がモテてるのは気分がいいわ〜」
ファージは顔面の筋肉全てが緩んでしまったようにニコニコと嬉しそうに笑っている。
キャイキャイと和やかにおしゃべりしている4人の元へゴードンが小走りで駆け寄ってきた。
「リリーベル先生!」
「ゴードン先生〜、ごきげんよう」
「ごきげんよう!」
「ゴードン先生のクラス、問題児がいなくなっていい雰囲気になりましたわね
親として安心しましたわ」
「あ、いやぁ…」
ゴードンは困ったように笑いながら頭をかく。
その姿を優しく微笑みながら見つめるファージはまるで小鳥を見守る母鳥のようだった。
「ふふふ、もっと自信をお持ちになった方がいいですよ?
あなたは優秀だしイケメンだし可愛いし優しいし美味しそ…、コホン
とにかく、学院内では王族も貴族も平民も関係ありませんわ
意見や要望はもっとバシバシ言っていかないと!」
「あはは…、そうですよね…」
「ひとまず、今日の実戦であなたの株が上がるということを予言しておきますわね」
「え、えええ」
「ふふふ、わたしの予感って結構当たりますのよ」
言いたいことを告げるだけ告げたファージは、じゃぁね〜、といって優雅に手を振りながら再び箒に乗って去って行った。
ゴードンはまた困ったように笑いながらギフトたちと一緒に手をふって見送った。
「ゴードン先生、ママの言う通りですよ」
「そうそう、私、自分が王族に生まれたからよくわかるんです
権力に固執する奴ほど大した事無いって
自分に実力が足りないから家の威光にすがるしか無いんですよ」
「その通り、ルルーはいい事言うなぁ
先生、俺たちがついてますよ」
「う、う…
君たちはかっこいいなぁ…
僕は幸せだよ」
ゴードンは瞳に溜まった滴が流れないようにグッと我慢しながら深呼吸すると、いつもの笑顔で3人に振り向いた。
「よし!みんなと一緒に、僕も頑張らなきゃね!」
「いえ〜い」
「うふふ」
「あははは」
鐘がなる。
ゴードンに引率され、クラスみんなで競技場へと向かう途中で対戦相手であるオストン=エイマクラスと顔をあわせることになった。
「今日はよろしくお願いしますね、ゴードン先生」
「はい!よろしくお願いしますストーク先生!」
「…ふんっ」
ストークはゴードンがホームルームの時よりも元気になっていることが気にくわないのか目元を歪めると我先にと競技場へと入って行った。
競技場はファージもよく使う空間魔法がかけられていた。
外観よりも中はずっと広く巨大で、様々な競技用のフィールドが用意されていた。
岩場、草原、花畑、海、川、雪原、氷山…。
心なしか空もグッと広く高く見える。
ギフトたち3人は明日の昼休みは競技場を探検しようと心に決めたようだ。
ゴードンがエイマクラスから1人の少女を観覧席へと連れて行った。
不思議に思ったギフトは箒に乗って地上5メートルの位置にある観覧席へと飛んで行った。
「先生、プーラちゃんどうしたんですか?
具合悪くなっちゃったならわたし保健室まで一緒に行きます」
「ああ、違うんだよ」
少女の名はプーラ=プルケリトゥード。
スラッとした長身で浅黒い肌に太めの眉と琥珀のような黄色の瞳が凛々しい美人だ。
ワンレングスの濡れているように艶やかな黒髪をおさげに結い、耳たぶには何かの言語なのか難しい模様が刺青されている。
白い丸襟ブラウス、黒のジャンパースカート、茶色いカーディガンというシンプルな制服が余計に大人っぽくて、ギフトはプーラに話しかけるときはいつもドキドキする。
「ギフトちゃん、心配、ありがとう
ワタシ、宗教、信仰、戦い、出来ない」
「あ!そうなんだ…」
「参加、残念、応援するよ」
「うん!ボッコボコにしてくるね!」
「うふふ」
プーラはとある紛争多発国家で生まれ育った少数民族の特権階級で、この王国には2年前に家族全員で政治亡命してきたのだ。
そのため、プーラやその兄弟はまだうまくこの王国の言葉をスラスラ喋ることができない。
プーラの父は優秀な魔法生物学者であり、一番有名な論文は『スライムの生殖行動と原生種から幻獣化までに起こったDNAの変遷』だ。
今までずっと分裂によって数を増やしていたと思われていたスライムが、実は生殖行動を営んでいたという発見は世界中の魔法生物学者を震撼させた。
このような様々な実績が認められ、政治亡命が可能になったのだった。
プルケリトゥード家は祖国の国教である『パーチェム教』を今でも大事に信仰している。
その中の教えの一つに、成人するまで魔法での戦闘を禁ずる、というものがあるのだ。
ギフトはプーラに笑顔で手を振ると箒に乗ってゆっくりと競技場へと降りて行った。
両手を広げて待っていたルルーディアを笑ってかわしながら着地する。
「プーラちゃん大丈夫だった?」
「うん、信仰の関係で参加できないんだって」
「ああ、それはしょうがないわね」
「でも見たかったね
あの2mの乗れるショットガン憧れるよなぁ」
「あれはかっこいい」
「誕生日プレゼントに頼もうかしら」
「…ルルーは似合うよなきっと」
「美少女が銃火器使ってるのは一つの様式美だよ」
「…ギフトがそこまでいうなら私箒なんてやめてこれからはショットガンに乗るわ」
「…ああ、あー…」
「ギフト、お前のせいだぞ」
「えっ」
ビィィィィィィィィィィ!
突然の耳を
擘く不快な音。
「うわっ、何?」
「ストーク先生の
猿魔、ジンキーだ…」
ストークは新たに着込んだ漆黒のローブをはためかせながら足から放出した魔法陣で氷の高台を作り、生徒たちを見下ろすように腕を組んで立っている。
「諸君、御機嫌よう
同じエイマの称号を手にした優秀で輝かしい未来がある学生だけが集まっていることを心から感謝している
これから始めるのは実践ではない、実戦だ
とはいえ、ここは学び舎であり、君たちはまだ一年生
相手を死に至らしめるのはもちろん禁止、後遺症が残るような攻撃も禁止
しかし、校医であるイーゴス先生が治せる程度ならばよしとする」
ストークはそこで一呼吸置くとニヤリと口元を歪めてギフト、ホンロン、ルルーディアに目線を向けてこう言い放った。
「イーゴス先生が一番得意なのは呪いの解除と火傷の治療だ」
3人は顔を見合わせるとサフィルの方を見た。
サフィルは新しく手に入れた闇属性の魔法陣を手のひらに浮かべながらそれを少しずつほどき、文字にして3人へと見せてきた。
「【僕がルールだ】」
サフィルはフッと息を吹きかけ文字を消すとギフトに対してのみ
恭しく気味の悪い笑顔で会釈をした。
その隣にはギフトとルルーディアを睨め付けるように蔑んだ目線を向けているパルトがいる。
「(そういうことか)」
「(闇属性有利なルールってわけね)」
「(それならこっちも容赦はしない
後遺症が残らないように代謝される毒で下痢と嘔吐をプレゼントしよう)」
「(いいねぇ)」
「(でも、クラスメイトが心配)」
「(確かに)」
「(あの馬鹿王子はきっと私たちだけが対象じゃないと思う
なにせ性悪女のパルトも同じチームみたいだし)」
「(見ろよ、あいつらのあの態度)」
「(クラスのボス猿ってことか)」
ギフト、ホンロン、ルルーディアは顔を見合わせるとニヤリとした。
彼ら3人がそれぞれの家へ遊びに行き、学んできたのは何も魔法や錬金術、その他学院で学ぶ予定のものだけではない。
あの事件はたくさんの傷をこの学院に残した。
しかし、3人はその傷を受けたことをただただ悲しんだり、落ち込んだりするのは性に合わなかったのだ。
何も出来なかったことに落ち込むくらいなら、いざという時にすぐ行動できるようになればいい。
助けられなかったことを悲しむくらいなら、救えるほど強くなればいい。
ギフトも初めは自分さえ強くなればいいんだと思って修行してきたが、ホンロンやルルーディアと一緒に学ぶうちにあることに気づいた。
「(1人でもできるけど、友達とじゃないと完成しないものもある)」
ファージやキールのスパルタ教育のおかげで学院の勉強に関してはかなり余裕があるおかげで友達との時間がこんなにも取れることにいまは本当に感謝している。
実際に吐血しながら頑張った甲斐がある。
「よーし、頑張るぞ!」
「おー!」
「おー!」
ギフトたちの試合はサフィルによって最後に組み込まれている。
もちろん相手はサフィルのチームだ。
最初のチームが実戦用のフィールドへと移動していく。
他の生徒たちは観覧席や、ストークやゴードンが張った防御壁の後ろに入り、実戦を見守る。
勝敗は先に2人が戦闘不能になったチームが負けだ。
魔力切れ、負傷、呪いによる行動障害など。
ちなみに、最上級生の6年生は
仮死状態までの攻撃が認められている。
結構物騒な授業なのだ。
実戦開始の
銅鑼が鳴る。
いざ、実戦!