第拾弐話 病巣 事件から10日後、王立メガロスディゴス魔法学院の改修工事も終わり、何事もなかったかのように授業が再開されることとなった。
主犯であるミンシンは精神科病棟に管理入院となり、王族の不正に関する裁判は驚くほどゆっくりと進められている。
王族は国民からの風当たりを跳ね返すように今までよりも強くその権力と財力の誇示を始めた。
悲しくも被害者となってしまった王族の学生の葬儀は三日三晩行われ、ミンシンに従って動いていた可哀想な兵士の葬儀はわざわざ王族が資金提供したことによって豪華な葬儀が行われた。
誇示は生徒の登校風景にも現れており、『護衛』という名目でより一層華やかな絨毯や幻獣による送り迎えが行われている。
「おはよー」
「おはようギフト」
「おはよ〜」
「なんか久しぶりって感じしないね」
「うふふ、私たちはお互いの家で一緒に勉強してたからね」
「あぁ、ホンロンの家の美術館とても楽しかったよね」
「ルルーの家の噴水も最高だった」
「いやいや、一番驚いたのは…」
ホンロンとルルーディアは目を見合わせニヤニヤしながら声を揃えてギフトに向かって笑いながら叫んだ。
「「ギフトん家の裸像トイレ!!」」
「お、お恥ずかしい…」
ギフトは穴があったら入りたいくらい恥ずかしくなった。
家の中を案内しているときに絶対に避けて通ろうとしていたのに、偶然その場に現れたファージによってあの恐ろしい洗面所に連れていかれてしまったのだ。
ギフトはあまりの恥ずかしさに泣き出すというなんとも子供らしい行動をしてしまい、余計に恥ずかしくなったのだ。
いくら前の世界では成人していたとはいえ、身体はまだまだ子供。
つい涙腺が反応してしまったのだった。
「ねぇ、そういえばあの馬鹿王子は?」
「ああ、あいつならオストンクラスに編入したよ」
「…え?なんで?
王子って闇属性無いよね?」
「あー…、ギフトは本当にリリーベル先生に大事に育てられてるのね」
「え?どういうこと?」
ホンロンとルルーディアは再び目を見合わせるとちょっと困ったような顔で話し始めた。
「えっとね、あの事件の後、怪我をした学生が全員無償で欠損部分の再建手術を受けたのは知ってるでしょ?」
「うん」
「それでね、あの手術は本当は世界種が指定した病院で受けるっていうのが無償治療の条件だったんだけど…」
「王族の子供たちは家の金で別の病院で人体錬成を用いた再建手術を受けたんだ」
「ほう」
「ミンシンもあの事件の時多分そうだったんだけど、人体錬成を使った再建手術だと、ドナーと適合さえすればそのドナーが保持していた属性を自分の保有属性に足せるんだよ」
「無属性は足しちゃうと他の属性が消えちゃうけどね」
「で、その中で1番人気なのが闇属性ってわけ」
「2番目が光、そして3番目は今現在この学院でギフトだけが保有してる毒属性なの」
「え、なんでその3つが人気なの?」
「そりゃぁ…、ねぇ?」
「あぁ…、まぁ、暗殺に向いてるからっていうのもあるし、何よりも汎用性が高いからね」
「なるほど…」
「怖いこと言うと…、もし、ギフトが自分の瞳を1個売ったとすると、独身だったら一生遊んで暮らしていけるくらいのお金がもらえるわ
まぁ、私が命に変えてもギフトの身体は守ってあげるけどね」
「お、おおう…」
ギフトは自分の片目を覆うと少し背筋がゾッとした。
「まぁまぁ、そんな話は置いといて
ギフトがブレザー着てるなんて珍しいな」
「最高に可愛いわよ」
「お、おお…
えへへ、今日はカノンさんが全部選んでくれたの
昨日はぁ、一緒にぃ、寝てくれたんだ〜」
「うわぁ、出たよ、カノンさん自慢」
「嫉妬しちゃう!」
ギフトは朝からずっと、と言うよりも昨日の夕方からずっとご機嫌なのだ。
カノンとお風呂に入り、カノンに髪を乾かしてもらい、カノンが選んでくれたパジャマを着て、カノンと一緒に寝たのだから。
そして朝にはいつもは衣装係が選んでくれる制服をカノンがコーディネートしてくれたというオプション付き。
フォレストグリーンの丸襟で胸元にいっぱいフリルがついたブラウスに焦げ茶色のツイードキュロット、真っ黒のタイツにはブラウスと同じ色の編み上げブーツ、そしてブレザーは黒で胸元には金糸で校章が入っている。
髪はハーフアップを黒いベロアのリボンで可愛くまとめている。
ギフトはとても幸せな気持ちでいっぱいなのだ。
「はいはい、良かったね〜」
「私だってギフトのこと可愛くできるもん」
「ルルー、ありがとう
また一緒にお洋服買いに行こうね」
「うん!」
「そういえばギフト、
傀儡の修行、うまくいってる?」
「お!よくぞ聞いてくれました!
なんと、今日、わたしの傀儡、
雷雲も一緒に登校してきましたー!」
「さすがだなぁ…
やっぱり母上の言った通りだったね
きっとギフトと俺の一族は同じ世界から転移してきたんだよ
もしかしたら時代はズレてるかもしれないけど、そうじゃなきゃ傀儡が使える説明ができない」
「いいなぁ、私も傀儡が使えたらギフトのレイユィンとお揃いのお洋服着せて恋人ごっこできるのに…」
「お、あ、んん〜?」
「今はどこにいるの?」
「屋根の上でデンデンに攻撃してると思う」
「そうかぁ…、って、ええ!」
「あはは、うそうそ
ママのとこで教材運ぶ手伝いしてるよ」
ギフトはあの事件の後、ホンロンの母親からの提案でありかの魂を有効活用しようということになり、『
魂結び』の修行をつけてもらったのだ。
ティエ家が所蔵している傀儡人形の中からありかの魂に合ったものを選び、丸2日かけて魂結びを成立させた。
「今日は何を着せてるの?」
「今日は生成色の立ち襟シャツに
橙色の中振袖、黒の袴、髪には梅の
簪だよ」
「可愛いわね〜、あとで教室に呼んでよ」
「いいよ!デンデンと戦わせよう!」
「え〜…、ギフトはどうしてすぐにデンデンと戦わせようとするんだよ…」
呆れたような顔をしたホンロンはルルーディアと一緒になってキャッキャとはしゃぐギフトの横顔にこっそりと頬を赤らめながら優しく目を細めた。
ありかの魂はホンロンの母親によって魔力だけの
塊にしてもらったため喋ったりすることはないが、もともとありかがギフトに対して抱いていた愛情と憎悪のおかげでギフトとの連携はとてもスムーズにいっている。
鐘がなる。
ゴードンが入ってくる。
何かあの事件についての報告があるのかと思いきや、ホームルームは拍子抜けするほど普通だった。
サフィルの編入の話も無ければあの事件には全く触れることなく終わった。
ルルーディアはホームルームが終わった瞬間に素早くギフトとホンロンのところへやってきた。
「ゴードン先生、何も言わなかったね」
「しょうがないよ
ゴードン先生はとても優秀な人だけど平民だからね…
きっといろんな葛藤はあるだろうけど…、王族が絡む事件については何も言わせてもらえないんだと思うよ」
「身分って大変なんだね」
「おいおい、ギフトは本当に自分の家柄について無頓着なんだなぁ」
「そんなところが余計好き」
「ルルーはブレないな
だが、残念
そんな大好きなギフトとは早速違う授業でーす」
「ホンロンは本当に意地悪よね」
「ほら、俺らのライバル、バージニア先輩がギフトを連れ去りにきたぞ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
廊下からメイルランスがふわっとした優しい笑顔でギフトたちに向かって手を降っている。
嬉しそうに手を振り返すギフトの笑顔と外面の良いホンロンの微笑みとは違い、ルルーディアは身体から炎が出そうなほどメイルランスを睨みつけている。
今日の1限目は錬金術だ。
「じゃぁわたし行くね」
「おう、また後でね」
「授業が終わったらすぐ戻ってきてね!」
「はいはい〜」
ホンロンとルルーディアに手を振りながらギフトは小走りでメイルランスが待つ廊下へと駆けていく。
ギフトの後ろ姿を見送った後、ホンロン、ルルーディアはすぐに教科書と参考書を取り出し鬼のような形相で3年生用の内容をチェックした。
「次の飛び級試験で絶対に上がらないと」
「まずは3年生の受けるでしょ?」
「ああ、そのつもり」
「早くギフトと同じ授業を受けられるようにならないと…」
「ものすごく置いてかれる!」
「それに、4年生たちにギフト取られちゃう…
私精神的にも物理的にも耐えられない…」
「おおむね賛成だ」
「ホンロン、頑張ろうね」
「ああ、絶対飛び級しよう」
2人は今こっそりとある人のところへ通っている。
あの事件の時に出会った医療錬金術師の美人なお姉さんのところだ。
2人の年齢ではその街に入ることすら許されないため、いつもはルークが連れていってくれている。
「ギフトが怖がってるほどルークさんって変な人じゃないよな」
「そうね、ちょっと私の手を握るとき指が執拗に動いているくらいかしら」
「え、そうなの?」
「そうよ?でも私は別に嫌じゃないわ
だって彼にとってはそれが挨拶であり、女性に対する一種の礼儀なんでしょうもの」
「お前ってどうしてそんなに達観してるんだ…?」
「王族の女は王族の男よりも早く成長しなきゃやってらんないのよ」
「大変なんだなぁ」
「今日も15時から1時間、
玖寓さんと特訓よ!」
「おう!」
なんともちゃっかりした王族のお子様たちだった。
普通、王族の子供たちは帰宅後、王族としての過ごし方が各家で決まっているため自習時間は2時間取れれば良い方だ。
教科毎や楽器演奏、基本体力向上など、家庭教師を雇う家も多いのだが2人の家は他の王族に比べたら頭が柔らかい考え方を持っているらしい。
柔軟な考え方は『嫁』や『婿』のとり方にも現れている。
基本的に王族は
近親相姦に近い婚姻関係を結ぶことも少なくない。
太古から何世代も行われてきたこの悪しき慣習は王族の子供達に常に先天的異常が伴う危険を認識しながらも【純血】を重んじる彼らにとっては必要悪なのだ。
しかしルルーディアの実家であるザボド家では数世代前の当主が自身の子供達に現れた先天的奇形や精神的疾患に王族としては初めて危機感を覚え、自身の代の婚姻からある程度の『自由恋愛』を解放した。
他の王族の手前、流石に平民を迎え入れることはできなかったが、自由恋愛のおかげで次々と貴族からの嫁入りが続き、健康的で可愛い子供を授かることができたのだ。
一方ティエ家は元から近親婚などは一切禁止していたため、初めは他の王族からの風当たりも強かったがザボド家や他貴族の家の支援もあり、その地位を脅かされることは一度も無かった。
ちなみに、ティエ家には平民から来た嫁や婿も多数存在している。
☆★☆★☆
カタン、カタン、カタン…
生成り色の立ち襟シャツ、制服用に着丈が調整されたコバルトブルーの
長着、チャコールグレーの馬乗型の袴、堅牢な軍用の黒いブーツを全て美しく着こなした見事な書生ルック。
後頭部の左側、低い位置で身体の全面に垂れるように一本に結ばれた銀髪は美を武器とする職業の人ですら手に入れるのが難しそうなほどの美しさだった。
少年というには
精悍としており、青年というにはまだあどけなさの残る整った顔立ち。
少年は両手に抱えた数冊の書籍を大事に抱きしめながら歩を進める。
無機質なランタンの揺れるオレンジ色の光の中、あまり明るいとはいえない階段を地下へ地下へと進んで行く。
3階分ほど下っただろうか。
仄かに青色に光る四方をコンクリートで覆われた細い廊下が見えて来た。
別段寒いわけでもないのに、何か別の寒気が身体を侵食する。
廊下を進む。
10mほど進んだ先には分厚い錆びた鉄の扉がある。
引き戸になっているその扉を特別な呪文でゆっくりと開けて中に身体を滑り込ませると、そこには廊下と同じく青く光る床が現れた。
床は廊下とは違い、
磨り硝子でできているため、先ほどよりも幾分明るい。
申し訳程度に取り付けられた味気ないランタンからは紫色の炎が煌き、部屋の冷たさを一層濃く描き出している。
5m四方の正方形の部屋の真ん中には1mほどの高さに蓮の花のような形をしたクリスタルが浮いており、花の真ん中にはいくつかの小さな臓器がまるで宝物のように安置されている。
「胃は失敗だったね」
少年は残りの臓器を愛おしそうに指で撫でる。
「兄さん、そろそろここもバレそうだからまた次の隠れ家を探さなきゃね」
誰も応えない。
少年は臓器に向かって話しかけているようだ。
「せっかくくっついて生まれて来たのにね
なんでこうなってしまったんだろう
大丈夫だよ、兄さんはずっとずっと僕の中にいる
また次の人形を作らなきゃね」
臓器は応えない。
「完全な兄さんを作るよ
兄さんほど完璧で素晴らしいダークテトラッドはいないよ…
あぁ、早く会いたい」
臓器は応えない。
しかし、少年は頬を赤らめ、自身の右胸へと左手を滑らせる。
「ふふふ、興奮しているの?
兄さんの心臓がこんなにも鼓動を激しく打ち鳴らしているなんて…
近いんだね
近くにいるんだね
兄さん…」
少年は身体に現れる全ての反応を楽しんだ。
少年以外、誰もいないはずのこの部屋で。
☆★☆★☆
帰りのホームルーム、ゴードン先生からあったのは全く嬉しくないお知らせだった。
「みんなー!
明日は急遽、オストン=エイマクラスとの合同授業が決まったよー!
しかも、魔法実戦だ!君たちの恵まれた実力を存分に発揮しようね!
明日の朝までに3人一組を作っておいてね!
優勝グループには学食半年間無料券が授与されるんだよー
嬉しいね!応援してるよ!」
ギフト、ホンロン、ルルーディアは素早く目配せし合うとすぐにげんなりと互いにため息をついた。
「(これ、絶対あいつが言い出したんだよ…)」
「(馬鹿王子め…)」
「(1年生の中で一番王位継承権が優位だからってなんでも叶うと思ってんだよ)」
「(実際、叶ってるのが余計に腹立たしいね)」
「(ギフト、明日ギッタギタのメッタメタにしてやろうぜ)」
「(もちろん、容赦しないよ
でもなぁ…)」
「(ん?どうした?
ギフトの実力なら余裕でしょ)」
「(わたし、闇も光も属性持ってない…)」
「(妖精いるじゃん、それにルルーは光持ってるし
大丈夫だよ)」
「(そうか…、そうだよね!
今日パパに特訓つけてもらう)」
「(そうこなくっちゃ!
俺もルルーも全力で頑張るよ)」
ギフトとホンロンはルルーディアに目配せする。
するとルルーディアは渾身のウィンクで可愛い一撃を放って来た。
しかし、目が笑っていない。
馬鹿王子に相当ご立腹と見えた。
ホームルームが終わり、帰り支度をしているとメイルランスが教室にやって来た。
「ギフトちゃん、迎えに来たよ」
「メイリーさん!」
ワントーン上がる可愛いギフトの声にホンロンとルルーディアの眉がピクッと動く。
「ごきげんよう、バージニア先輩」
「ごきげんよう」
「わぁ、ごきげんようホンロンくん、ルルーディアちゃん
2人ともいつも華やかだなぁ」
「いえいえ、バージニア先輩の優れた脳みそに比べたら僕らなどまだまだです」
「先輩は今日は書生制服なんですね
とてもよくお似合いですわ」
「て、照れちゃうなぁ」
「(相変わらず可愛い顔してんなこの先輩)」
「(ホンロン、先輩のこの無害な笑顔には絶対裏があるはずよ)」
「(ルルー、それはお前のただの希望だろうが
残念ながら先輩は本当に優秀で良い人だ
今の俺たちでは太刀打ち出来ないぞ)」
「(くぅうぅぅぅぅぅ、悔しいぃぃぃいいい)」
「ホンロン?ルルー?なんで笑顔なのにそんなに眉間にシワがよってるの?
頭痛いの?大丈夫?保健室よっていく?」
「ん?ああ、なんでもないよギフト」
「そうよ、全くこれといって全然なんでもないのよ」
「そうなの?じゃぁ、わたしはメイリーさんと本屋さんにいく約束してるから先に帰るね」
「はーい、じゃぁまた明日ね」
「また明日ねギフト」
「また明日〜」
ギフトとメイルランスはホンロンとルルーディアに笑顔で手を振ると2人で仲睦まじく帰っていった。
教室に残されたホンロンとルルーディアは顔を見合わせると決意を新たに教室を出て5年生の教室へと向かった。
「あんた達また来たの〜?」
「姉上!深刻な事態なのですよ!」
「はぁ〜?」
「深刻なの!
翠蘭ちゃん!」
「いやいや、良いじゃん別に
ギフトちゃんが誰と仲良くしようが誰と付き合おうが自由でしょうが…」
「そういう事ではないのです!」
「違うの!」
「はぁ…」
ホンロンの姉であり、5年生エイマクラスの首席である
翠蘭=ティエは入学してから3日に一度の頻度で自分のところへ相談しにくる弟と弟の幼馴染にとても呆れていた。
ツゥイランは誰にでもオープンな性格で、とても社交的なため、先輩後輩問わず人気がある。
同学年の学生の中でも大人っぽい容姿をしており、今までに何人もの男子や女子からの交際の申し入れを断っている。
今日の身体に沿うように作られた濃い紫色の
旗袍があまりにセクシーだ。
ホンロンのように長いパンツではなく白い艶やかな素材の長いスパッツを合わせているところがまた女性が生まれ持った曲線美を強調していてなんとも華がある。
そして一番大事で伝えておきたいのはツゥイランが巨乳という事だ。
長くサラサラと流れるワンレングスの黒い髪を無造作に纏め上げたために現れる
頸には今まで何人もの人々の脳と心を混乱させて来た実績がある。
魔法薬学専攻なために身体から漂う薬草の香りも大人っぽくて色気がある。
組まれた足のせいで旗袍のスリットが周りの学生をドキドキさせているが、そんなの日常茶飯事だ。
「ねぇ、やっぱり女の子は年上の人の方がいいのかなぁ…」
「同い年に生まれてしまった僕たちでは勝ち目はないのでしょうか…」
「あんた達一体幾つよ…
子供が今からそんな事心配しててどうすんのさ〜
も〜、最近の1年生ってそんなにマセてんの?
ギフトちゃんはそういう感じに見えないけど、本当にあのバージニアくんと付き合ってるの?
何か証拠でもあるの?
まぁ、あの入学式のやつは最高だったけどね〜」
「あ、姉上〜、その伝説は話さないでください…
凹みます…」
「ギフトちゃん、バージニア先輩の前だとなんていうかすごくすごくすごくすごく可愛いの…
いつもとても可愛くて舐め回したいくらいだけど、なんていうか、先輩の前だと可憐で華奢なお花みたいな素敵な笑顔になるの…」
「はぁ…、まぁバージニアくんは4年生にしてはちょっと童顔だけど可愛いし頭もいいし魔法も申し分ないし大商人の跡取りだし控えめにいっても最高だよね」
「姉上ぇぇぇ」
「ツゥイランちゃんのバカぁぁあああ」
2人の反応があまりに面白かったのか、ツゥイランは机に突っ伏すように笑い転げ始めた。
ホンロンとルルーディアはとても不満そうだ。
「あははははは!
あ〜年下いじめるのチョー楽しいわ〜
でもさぁ、あんた達ってライバルなのよね?
なんで一緒に相談しにくんのよ
ホンロンはお兄様のところに行けばいいでしょうが」
「6年生の教室は流石に怖くて行けません」
「右に同じ」
「あっそう」
その後、30分ほど居座った2人は実習に向かうツゥイランに追い払われるように玄関へと向かった。
「はぁ…、なんの収穫もなかったな」
「なかったわね…」
「玖寓さんはレベル高すぎて相談できないしなぁ…」
「そうなんだよね
ルークさんはちょっと性癖が飛びすぎてるから相談したくないし
なんなら余計な知識を吹き込んで来そうだから嫌」
「はぁ…」
「はぁ…」
2人はため息をつきながら校門へと向かった。
今日もいつものようにルークが迎えに来てくれる予定だ。
まだ数分余裕がある。
2人はまた顔を見合わせると気合を入れて今日教えてもらう予定の部分を再度チェックして心を落ち着けることにした。
幼い恋心は今のところ2人にとってはいい効果を与えているらしい。
一方でその頃のギフトとメイルランスは本屋でとても楽しく充実した時間を過ごしていた。
「このマジックビブリオ、傀儡にも使えるらしいよ」
「わあ!小さくて可愛いですね!」
「きっとレイユィンならすぐにマスターしちゃうんじゃないかな」
「これなら明日の実戦も有利になるかも…」
「え?じ、実戦?!
今年の1年生ってもうそんな授業があるの?!」
「それが…」
ギフトは馬鹿王子…サフィルとの因縁を大変めんどくさそうに嫌そうに心から呆れた気持ちを表しながら的確にメイルランスへと伝えた。
「ああ…、あの爆弾になってた子かぁ」
「そうなんです
王族の権力とあの事件での生還者で被害者という責めるに責められない立場を使ってるんですよ」
「それはどうすることもできないパワーだね…」
「だから明日滅多打ちにしてやろうと思ってるんです」
「あはは、相変わらずギフトちゃんはかっこいいなぁ」
「いえいえ!ただ負けず嫌いなだけです
王族ってだけで大きな顔するような人には絶対負けたくないですもん」
「ふふふ、そうだね
じゃぁ今日は明日の実戦に役立つような本を探そうか」
「ふぁ、いつも優しいですね
嬉しいです!もちろん、メイリーさんの欲しい本もいっぱい見て回りましょうね!」
「うん!えへへ」
「ふふふ」
「あ、でも1つ約束して欲しいことがあります」
「な、なんでしょう」
突然真剣な瞳で見つめてくるメイルランスにギフトは色んなドキドキを感じ、耳が熱くなった。
「明日は妖精ブーストは使っちゃダメだよ」
「あ、あぁ…、え〜…」
「え〜じゃないよ!
ギフトちゃんはもっと身体を大事にするべきだよ!」
「は〜い」
「よろしい
では今日は本を選び終わったらカフェスペースでケーキをプレゼントします」
「わーい!メイリーさん大好き!」
「ふぁっ!だ、だ、ふぁ!」
「ん?どうしました?
早く本選びましょう!」
「う、うん」
普段、カノンをはじめとする屋敷の人々やルルーディア、ホンロンから毎日のように『大好き』や『可愛い』と言われすぎて麻痺しているギフトは自分でも普通に言ってしまうようになっていた。
あの2人は自分たちで墓穴を掘っていることに今はまるで気づいていない。
ギフトの積極的な言動と自分に向けられる色んな表情から、メイルランスの恋心は日に日に大きく豊かになっていた。
メイルランスは次の飛び級試験ではついに2学年上の6年生の授業をいくつか受けようと思っている。
ギフトと同じ授業は減ってしまうが、いくら大商人の息子とはいえ恋の相手は大貴族の娘。
その身分差は簡単に埋められるものではない。
ファージやキールは身分など気にする人ではないのはわかっているが、それでも、もっと頑張りたい、頑張ろうとメイルランスは心に誓っている。
高嶺の花にはそれ相応の土や肥料が必要だし、そうしてあげたいと思っている。
メイルランスの恋心はどこまでもまっすぐで、純粋で、冬に数日しかない小春日和のように爽やかで優しかった。
側から見ても、今のところ、ホンロンやルルーディアには勝ち目は無い。
今のところは。
☆★☆★☆
王立軍警察によって発見された地下室はもぬけの殻だった。
一片の魔力の痕跡すら残っておらず、このことは一切の報道が見送られた。
あの事件以降、大幅に増員されたにもかかわらず、『真犯人』の特定はとても難航しているのだ。
ミンシンへの聴取によると、ミンシンの兄は2人の人物と定期的に面会していたという。
1人は事件の戦場で多数の目撃情報があった少女。
すでにリリーベル家によって処理されているため、少女はミンシンと同じく単なる手駒に過ぎないと結論が出ている。
問題はもう1人の方だった。
おかしいのだ。
病院の関係者や患者、誰に聞いても同じような答えしか返ってこないのだ。
「面談しているのは見たけど、よく見えなかった」
「会ってるのは見たけど、よく見えなかったんだよね」
「喋ってはいたんだろうけど、よく見えなかった」
「そばを通ったこともあるけど、よく見えなかった」
「後ろを通るときにぶつかっちゃったんだけど、よく見えなかった」
「午後の診察を伝えに言った時に見かけましたが、よく見えませんでした」
みんな揃って「よく見えなかった」と言っているのだ。
そばを通ったり、正面に立ったり、ぶつかったりしているのに、誰1人としてその姿をまともに認識できている人がいないなんてあまりに奇妙だった。
唯一参考になったのは無属性の退役軍人の患者の証言だけだった。
「よく見えなかったけど、着ていたのは多分メガロスディゴスの制服かなんかだったと思います
あそこは制服の種類が多いから難しいけど、まぁ僕の母校ですし、早々見間違えると言うこともないと思われますので、多分そうだと思います」
またしてもあの事件と同じ学校名。
改修工事の時にモグル一族や優秀な無属性の専門家のもとに歴代最高を誇る防犯性を実現し、警備兵も今までの10倍に増やしたのに、すでに不安因子が紛れ込んでいる可能性があるのだ。
当然、世間に公表する事は出来なかった。
これ以上、王族の権威を墜とすような事は出来ないからだ。
一部の王族は貴族へ支援を要求した。
各家が所有している私兵を全て提供せよと言うのだ。
当然、そんな横柄な要求に応じる貴族などいるはずもなく、現在、王国はかつて無いほど一部の王族と貴族の関係が冷たく凍りつき、いつ紛争が起きてもおかしく無いほどに緊張感が漂っていた。
王国は今、内側に大小異なる爆弾をいくつも抱えている。
それらが一斉に爆発するのか、それとも個別に火花をあげるのかは誰にもわからない。
だからこそ結束する時であるはずなのに、火種は日に日に増えてゆく。
かつてない混乱の時代が始まろうとしていた。