第弐拾陸話 勇気の魔法 学生主体のダンスパーティーの会場は学院の美術館内にある特別展示ホールで行われる。
ここは主に常設展とは違い、季節や各宗教の祝祭日、偉大な芸術家の命日などの様々な記念展示や単発の企画展示を行う際に使われる大きくて天井の高い部屋である。
艶やかな焦げ茶色の床には展示内容に合わせて絨毯が選ばれるため、普段は固い板間だ。
今日は床はそのままに、ぐるっと張り巡らされた内回廊にたくさんの枝垂れ状に組まれた色とりどりのブーケが飾られており、天井で輝く乳白色のクリスタルと白金で作られたシャンデリアに繋がりながら頭上を彩っている。
ホールの中心にはファージと玖寓の煌びやかな魔法によって作られた巨大な薬玉から降ってきた花びらに埋もれた幸せな2人がいた。
「おめでとー!」
「おめでとうございます!」
「俺は思ってたけどね!
蒼蓮が一番結婚が早いってな!」
「あぁ…、あの護衛の綺麗なお姉さんが嫁に行ってしまう…」
「あの人いっつも目があうとニコってしながら会釈してくれるんだよなぁ…。カノンさんって言うのか…、名前を知れただけでもよかったと思おう…」
「ティエ家とリリーベル家のつながりがさらに強固になるな」
「いいなぁ。わたしもはやく結婚したい!」
周りで見ていた学生たちは感嘆のため息と盛大な拍手を送りながら口々に感想を言いあっている。
ギフト、ファージ、
赤龍、ユウ、ルルーディア、サフィル、パルト、トニタルアやティエ家とリリーベル家の使用人たちが用意したサプライズ演出によって最高の婚約発表となったツァンリィェンとカノン。
2人は大勢の学生たちやその兄弟姉妹たちに祝福され、頬を桜色に染めながら手を取り合ってその仲睦まじさを皆に示した。
ギフトは2人の様子をニコニコと見守りながら次々と両手に展開した魔法陣からキラキラと七色に輝くシャボン玉を出し続けた。
本当は盛大に妖精族のドラゴンか何かを呼び出そうと思ったが、妖精たちに「妖精族のドラゴンは魔法使いの魔力を食べ過ぎてしまうから子供の魔法使いが多い場所では危険」と身振り手振りで教えてもらい、諦めることにした。
「カノンさんがドラゴンの背に乗っていたらさぞ美しかっただろうなぁ…」
残念そうに口を尖らせているギフトの横顔を愛おしそうにとろけそうな笑顔で見つめているルルーディアはクスクスと笑いながらギフトに言う。
「ギフト、それはとても素敵な光景だと思うけど、きっと私たちみんな魔力を吸い尽くされて寝込んでしまうわよ」
「うう、残念…」
ツァンリィェンとカノンが他の学生たちと一緒にフロアで踊ったり会話しているのをほんのりヤキモチを妬きながら見ているギフトのことを緊張した面持ちで見つめている男子学生が1人。
「(も、もう誘ったほうがいいと思う?)」
「(ホンロン、ダンスに誘うくらいでそんなに緊張していたらこの先どうするんだ)」
ホンロンは自身の無さからか、つい小声になってしまう。
サフィルは少し天然なところがあるのでそれを特に疑問に思わずホンロンに合わせて小声でしゃべっている。
サフィルは右肩から左脇腹にかけて大小の赤い薔薇の刺繍が入っている濃紺のジャケットに少し桃色がかった首元にたっぷりとフリルのあるドレスシャツ、ジャケットと同じ生地のパンツはセンタープレスが凛々しく、足元の焦げ茶色の革靴が全体をシックにまとめ上げている。
「(ええ〜…、そりゃ、サフィルは慣れてるだろうけど、俺はギフトに対する…その…なんて言うか…す、す、好きって気持ちを自覚してからは色々うまくできなくなったって言うか…)」
「(はぁ…。入学してすぐのあの強くてカッコイイ勇敢なホンロンはどこに行ってしまったのか。僕に正面から突っかかってきたのは過去のことなのかな?)」
「(…なんだよもう。ルルーもサフィルもこういうことに関して俺に厳しくない?)」
サフィルは柔らかく微笑みながら少しため息をつくと、ホンロンに向かって真剣な目を向けた。
「(それだけギフトのこともホンロンのことも大事に思ってるんだよ僕らは。王族の仄暗い風習に縛られずに生きられる2人が偶然出会った。もしかしたらその2人が王族の悪しき慣習をぶち壊す鍵になってくれるかも知れない。お前たち2人には僕たちが叶えたい思いを実行できる力がある。それに2人ともとても優秀で優しくて…、何より僕らを家柄抜きで大切に思ってくれている。だからこそ、見ているとやきもきするんだ。別に今すぐ結婚するわけでもないのに遠慮しているホンロンを見るとね!)」
「(さ、サフィル…。この王国が繁栄するために最も必要な王がだれかわかった気がするよ)」
「(あはは。僕はルルーディアがいいと思うけど、まぁ、君が応援してくれるなら王になってもいいかな)」
「(するする、応援する。ルルーは割と過激派だから死刑執行が増えそうだしなぁ)」
「(なるほど。確かに)」
ホンロンとサフィルはついプフッと吹き出してしまう。
ギフトもなかなか過激派だが、ルルーディアは王族特有の威圧感の増減を調整する能力が高い。
今までそれで何人の学生がコテンパンにされてきたか…、その光景を何度も見てきた2人からするとルルーディアが巷で「天使ちゃん」と呼ばれているのもおかしくてたまらないのだ。
ただ、サフィルは現実的に考えてもし自分が王になるとしても、その
傍にはおそらくルルーディアがいるのだと思っている。
恋愛、結婚、そんなものではなく、彼女の実力は万の兵を持つよりも貴重だ。
「ちょっと、2人とも何してるの?もっとハキハキ会話しなさいよね。ホンロンは早くギフトのところに行きなさいよ!」
濃紫と薄紫の薄布を重ねたパフスリーブのフィッシュテールのドレスにはギフトとお揃いのミントグリーンの大きなリボンが腰のところでふわりと揺れている。
夜空に咲く花火のように煌めく金髪がなんとも映える可愛さの限界を突破したルルーディアがその姿に沿わない悪魔のような冷たい瞳をたたえながらサフィルとホンロンを眺めている。
「うわ、ルルー怖っ…。行きます行きます、すぐに!」
そう言うとホンロンは脱兎のごとくその場を後にした。
目指すはその心を春風で満たし、いつも甘い紅茶のように爽やかな笑顔を向けてくれる大好きな女の子のところ。
頬と耳を赤くしながら走っていく友人の後ろ姿を眺めながらサフィルはポソっとつぶやいた。
「ホンロンは尻に敷かれて生きていくタイプだな…」
「サフィルってば…、何を今更」
「あはは。ルルーは王立軍の大将かな?」
「まぁ、最近そういう道もいいかなって思ってはいるけど…、私の治癒魔法を最大限生かすならやっぱり医療関係かしらね〜」
「それならギフトと一緒に研究すればいいんじゃないかな。ギフトが作り出す毒やらウィルスやらの治療方法がわかるのはルルーだけ、って感じで」
「…サフィル、借りができたわね!」
ルルーディアは瞳をキラキラキュンキュンと輝かせながらものすごい勢いで頭の中で計算しているようだった。
今にも口からよだれが出そうなほど高揚しながら妄想の世界へと意識を手放している。
「…今のは言わないほうがいい提案だったかもな…」
サフィルは少しだけギフトに申し訳ない気持ちになった。
ダンスから一時離脱したカノンと楽しそうに喋っている目当ての女の子は髪に揺れる鈴蘭の簪に負けないほど清らかで美しかった。
ホンロンは深呼吸をする。
大げさに言えば、一眼その姿を瞳に映すたびに好きになっていく。
ほぼ毎日学院と家の往復なのに、彼女の髪型が違うだけで、彼女の制服が違うだけで、それは特別な日々の一つになる。
近づきたくて、隣に並んでいたくて、目標はどんどん高くなり、それが自分の首を絞めているのも自覚はしているけど、何か新しいことができるようになるたびに一緒になって喜んでくれる彼女の存在が嬉しくて、頑張ることをやめられない。
心臓がうるさい。
でも、この鼓動の速さが愛しい人への想いの証になるなら、それはいいことなんだと思う。
「ぎ、ギフト!」
彼女の名を口にする。
何度も呼んで来たはずなのに、つい力が入ってしまった。
「あ、ホンロン!どうしたの?」
振り返った彼女の潤んだ瞳はどんな宝石よりも輝いて、大事な人への愛おしい気持ちと、心からの祝福で余計に柔らかくその光を放っているように見えた。
跪く。
左手を後ろに回し、右手を差し出す。
「ティエ一族の第二王子、
赤龍と申します。リリーベル家次期当主のギフトお嬢様、私と一曲踊っていただけますでしょうか?」
その光景は偶然なのか、奇跡なのか。
効果係の学生の手違いで照明が2人に注がれた。
エメラルドの原石をそのまま少女にしたような大貴族の姫君の前に跪くのは、磨き上げた黒曜石のような静謐な美しさを持つ勇敢な王子様。
ファージのみならず、玖寓、カノン、王子の母親のユウまでもがまるで少女のように頬を桃色に染め、その可愛らしい姫と王子を見守った。
幼き姫は一歩前へと進み、王子が差し出す右手に自身の左手をそっと乗せて言う。
「ティエ一族第二王子のホンロン様、そのお誘い、喜んでお受けいたしますわ」
少し驚いたように見上げる王子は赤く花開いた牡丹のような頬の姫をその瞳に捉えると、姫の左手にキスをして立ち上がり、自身の左手を優しく姫の腰元へと回し、砂糖菓子でできた
回転木馬のように優しくエスコートしながら踊り出した。
姫はパンツドレスの金魚のような豊かなテールをふわりとなびかせ、王子は一本の三つ編みに結ばれた黒檀色の絹のような美しい髪をキラキラと揺らした。
「(なかなかやるじゃない、ホンロン)」
ルルーディアはまさか自分までキュンとしてしまったのが少し悔しかったが、ギフトの照れた笑顔が可愛くて甘くてどんな花束よりも春めいていて素敵だったからホンロンを許すことにした。
ギフトとホンロンに触発されたように想い人がいる学生たちは勇気を出して誘い、そうでない学生たちも楽しそうに手を取り合ってダンスを楽しみ出した。
少しアップテンポだけど、優雅で柔らかな曲が会場を優しく包み込む。
皆、その楽しい雰囲気に夢中だった。
「さ、次は私の番〜…、え?」
楽しそうにざわつく会場。
しかし、その中でたったひとつ異様なものがルルーディアの目を捉えた。
突如として現れた不穏な者からギフトを守るように立ちはだかるホンロン。
その目の前にいるのは低い位置で結んだ銀髪が墓場に降り注ぐ星々の輝きのように仄かに揺れるエリン家のティモルだった。
「ど、どういうこと?!」
ルルーディアは考える間も無く2人の元へと走り出していた。
「ごきげんよう、リリーベルさん。次は僕と踊ってくれませんか?」
嫌に爽やかな笑みが霊安室のように指先から血の気を奪っていく。
「申し訳ありませんが、ギフト様にはもう一曲お付き合いいただくことになっています」
「君には聞いていないよ、ティエ家の第二王子」
「(ホンロン…)」
ギフトの左手を握るホンロンは少し震えていた。
無理もない。
ギフトにも冷や汗が流れる。
見た目はティモルなのに、目の前にいるのはティモルではない。
「お引き取りいただけますか、ディアボリ様」
「…優秀な子は好きだなぁ」
ディアボリがギフトとホンロンに向かって手を伸ばす。
「(くっ…、やばいかも…)」
キューン、キューンッ!
その瞬間、ギフトとホンロンの周りを舞うように泳ぐ柔らかな影が横切った。
「(このイルカは…!)」
ギフトがそう思ったと同時に、ホンロンの肩を優しく叩きながらさりげなく2人の前に出てくる向日葵に注ぐ
狐の嫁入りのような美しい少女が現れた。
大きなお団子に結われた水色の髪から垂れる純白のリボンは女神の指先のように優しく揺れる。
「ディアボリ様、もしよろしければわたしと踊っていただけませんか?」
「ぱ、パルト!」
「ダメ…」
パルトはギフトに向かってウィンクするとディアボリの右手をとった。
「王族は、王族と踊るものですわよ。それに、ディアボリ様のその深い緑色の見事なお着物、そして銀色の角帯に真っ赤な薔薇の刺繍…、わたしのカナリアイエローのプリンセスドレスにぴったりですわ」
ディアボリは一瞬目を細めると、口元をニヤリと歪め、品定めするようにパルトを眺め回した後、甘く苦い声で言った。
「そうだね…、僕たちは踊る運命のようだ。ではパルト姫、改めてお手をこちらに…」
「ええ、お受けしますわ」
パルトの微笑みは完璧だった。
高貴なその背には恐れなど何もなく、ただその王族としての役目を果たすために伸びているようにまっすぐとしている。
「ああ、パルト…、流石だわ」
「ルルー!ねぇ、どうしよう!パルトが!」
「ギフト、慌てないで。大丈夫よ。」
「で、でも…」
「ホンロン!シャンとしなさいよ〜。パルトの召喚獣は『ピクシードルフィン』よ?その特性を忘れたの?」
ギフトとホンロンは慌てている自分自身を鎮めるようにゆっくりと考えハッとした。
「『精神融解』だ!」
「そう!ギフトとか転移者には通じない特性だけど、私たちみたいなこの王国の魔法使いは精神が丈夫じゃないとリケルが不安定になるから魔法を使う事は出来ないでしょ?ピクシードルフィンには相手の精神を極端に落ち着ける能力があるわ。だからパルトが意図して近距離でイルカを召喚し続けている限り、ディアボリは魔法なんて使える状態じゃないってことよ。私ですら睡眠薬を飲まされたみたいに思考が停止しそうになるんだもの。『光』や『気』属性を持たないディアボリやティモルでは防げないでしょうね」
「すごい、さすがパルト…。でも…」
「ええ、今のパルトじゃ一曲分が限界だと思う。あのディアボリ相手に全力で魔法を使っているなら、多分余分に魔力が放出されてるでしょうから」
「近くにいよう」
「わたしはルルーと一緒にあの2人のそばに張り付く!」
「じゃぁ俺はトニーとサフィルと合流したらデンデンと手分けしてエリン家の他の人たちが何かしようとしてないか探る。トニーにはイーゴス先生に保健室の準備してもらうように伝えてもらう!」
「ありがとう!わたしのレイユィンも連れてって!」
3人は顔を見合わせると頷き、それぞれ行動に出た。
「では、美しい紫陽花のようなザボド家の姫君。わたしと一曲踊っていただけますか?」
「きゃぁぁ…、ぎ、ギフト…、は、はい!」
ギフトはルルーディアの手を取ると今度は自分がリードした。
ルルーディアは当然自分がリードするものだと思っていたからびっくりしたのと同時にとてもドキドキした。
ルルーディアの中でギフトが可愛い女の子なのと同じように、ギフトの中ではルルーディアはとても可愛くて守るべき女の子なのだ。
「(ギフト…、か、カッコイイ…)」
もしかしたらギフトはキュートではなくて、どちらかというとハンサムな女の子なのかもしれない、と、ルルーディアはときめく胸でそう感じた。
「ルルー、もしもの時はわたしの後ろに。援護、任せたよ」
「う、うん!」
ルルーディアの胸は今にも弾けてしまいそうだった。
どちらかというと勇ましく育ってきた自分が、自分よりも可愛いと思っている女の子にリードされている。
足元が震える。
ルルーディアは本気で恋に落ちる感覚がした。
「あ…、ああ!」
「パルト!笑顔だけど…、か、顔が真っ青になってる!」
ギフトとルルーディアは今にも倒れてしまいそうなパルトと、それを知りながらなおも踊り続けるディアボリを見つけ、急いで人混みを縫うように踊りながら駆け寄った。
「こうなったら…、仕方ないよね」
「うん、やろう」
ギフトはルルーディアの腰に回した左手から『毒』の魔法陣を展開すると、その魔法陣に重ねるようにルルーディアの身体から『光』の魔法陣を取り出し、組み替えた。
「麻酔の魔法陣できたよ」
「任せて」
そう言うとルルーディアは自身の髪を一本引き抜き、それを針のようにピンと張ると、ギフトが作った麻酔の魔法陣をまとわせてからダンスの回転の遠心力に乗せてパルトへ向かって投げた。
ふわっ…
カクン、とパルトはディアボリの腕の中で倒れた。
ディアボリはパルトの魔法で少し朦朧としていたために何が起きたかわからず、パルトの身体を抱きとめながら自分自身も床へとへたり込んだ。
「パルト!」
「あらあら!これは大変!パルトは私たちが保健室へ運びますわね」
ギフトとルルーディアは大げさに言うと、ギフトの妖精たちにパルトを抱えてもらって保健室へと急いで早足で歩いて行った。
「…ふふふ、女の子の魔法にかかるのは本望だけど…、ちょっと意地悪しすぎちゃったかな。あの子達、やっぱり危険だ。早めになんとかしなきゃなぁ…、ふふふ」
ディアボリはキャンドルの身体ではトニタルアへの愛情でギフトたちにうまく手出しできななそうだから今回はティモルの身体を使ったのだった。
ティモルは愛する兄の意識を自分に取り込むことが心底嬉しかったようで、いまは精神の奥の方で悶えながら眠っている。
「(キャンドルの心を殺すにはどうするのが一番いいのかな…。トニタルアって子、殺すしかないか)」
ディアボリは周りにいた学生に立たせてもらいながら愛想笑いを振りまいてその場を後にした。
早くキャンドルの身体に戻らないとキャンドルが持っている魔力がその身体から放出し始めてしまう。
精神のない身体ではリケルを保てないからだ。
「またね、ギフトちゃん…」
すっかり陽の落ちた闇の中、ディアボリは音もなくその中へと消えていった。
保健室にはすでにホンロン、サフィル、トニタルアが集まっていた。
「パルト大丈夫なの?」
「ええ、眠っているだけよ。ギフトが魔法陣に伝言も書き込んでくれたから夢の中でパルトも状況を把握してるはず」
「それにしても、こんなところで接触してくるとはね」
「兄さんが紙に魔法陣描いてくれたからこれにみんなで手をかざしてパルトに魔力を補給すれば大丈夫だって。兄さん、今王族の会食で軟禁状態なんだ…」
「それママも行くって言ってたなぁ。」
トニタルアがパルトの上に紙を乗せ、その上で5人は手をかざし、魔力を注ぎ始めた。
黒いインクで書かれた魔法陣が薄い水色の光を放ちながらくるくると回転する。
「大貴族を取り込みたいんでしょうね。ほんと、王族なんてなくなっちゃえばいいのに…」
「わたしたちの世代で変えよう。サフィルかルルーが王になってくれればいいんだし。ママはロブスカリーテ家とシャルドン家がどういうつもりなのか探ってくるって言ってた」
「リリーベル先生が行ってるなら安心だぁ。兄さん優しすぎる上にお酒めちゃくちゃ弱いから心配」
眉根を寄せて「うーん」と唸るトニタルアにみんな少しだけ心が和らいだ。
深く黒に近い濃い紫色デールに純白のウムドゥ、焦げ茶色の
ブス、短めの黒い
ゴダルでいつもよりもかなり大人っぽいトニタルアの子供らしい困り顔はとても可愛かった。
「母上も招待されてたんだけど、今回は父上が参加してるよ。父上の方が世渡りがうまいから王族の関係性を見るのが上手なんだ」
「ティエ家の力の強さに危機感があるんだろうね。それにしてもホンロンのお母上はとても美しいね。幼い頃に何度かお見かけしたけど、全く変わらない」
「そう?結構化粧してるよ。こんなこと言うと怒られるけど。サフィルの父上は相変わらずと言うか…」
「あはは、父は『王族らしい格好』が大好きだからね」
「わたしサフィルのお父さん初めて見たよ。あの後大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だよ。あの人は舞台上ではああ言っていたけれど、僕には興味がないんだ。」
サフィルが困ったように笑うのを見て、ギフトは少し寂しくなった。
自分の子供に興味がない親なんて酷すぎる。
「それにしてもディアボリは必死だな」
「確かにねぇ。他にエリン家の人はいなかったから単独行動だと思う」
「まぁ、いないって言っても身体はティモルのだったから相変わらずあの双子は2人で悪さしてるってことだろ」
「キャンドル兄さんの身体はどうなってるんだろう…」
「多分だけど、今頃ディアボリはキャンドルさんの身体に戻ってると思う。じゃないと身体から魔力が流れ出しちゃって勿体無いし、何より…」
ギフトが眉根を寄せて考え込むように言葉を切った。
「ギフト、どうしたの?」
「多分、多分なんだけど…、ディアボリってティモルのことそんなに好きじゃないと思う。好意を餌にしてティモルを扱い易いように飼ってるって感じがするんだよね」
「うえぇ、気持ち悪い」
「なんでそう思ったの?」
「だってみんなの兄弟姉妹に対する態度を見てたらわかるよ。みんなは愛情とか血とか大切に思う気持ちで繋がってるって感じの態度だけど、ディアボリの態度って…えっと、その…、性的な気持ちよさでティモルの気持ちを繋げてるような感じがするんだよね。ごめんね、なんか子供には刺激が強い話しちゃって…」
「いや、でもそうかもしれない。幼い頃から弟を操るために『性的繋がり』を『愛』だと思うように洗脳してきたんじゃないかな。ギフトにはショックなことかもしれないけど、王族にはそういうことをする悪しき習慣が昔からあるんだよ。被害者と加害者が時間の経過とともに依存しあうようになるんだ。時には加害者が他の子供に手を出したのをよく思わない被害者がその他の子供を殺してしまうことだってあるんだよ」
「そんな…、ひどい」
「兄弟姉妹っていうのは一番身近なライバルであり、王位継承権を争う敵でもある。だからこそ、あらゆる手段で懐柔しておかなければ生き抜けないんだ。幸い、僕たちの中にそういう被害にあってる者がいないのは救いだね」
「そうだねぇ。ボクたち世代はまだマシなのかも。お祖父様とかその上の世代だとそういうことも今より多かったかもしれないね…。カッコよくて優しくて賢くて素晴らしい兄さんでよかったぁ」
「イーゴス先生はもう少し威張ってもいいと思うわ」
「確かに。今一番心配なのは兄さんが結婚できるかどうかってことかなぁ…。みんな親戚とかにいい人いない?」
「え〜…」
ポンッ!
突然パルトの上に置いていた紙が弾け、キラキラとした煙になった。
「うう、ううん…」
「あ、魔力の回復が完了したのね」
「パルト、大丈夫?」
腕を脚をうんと伸ばすように伸びをしたパルトはうつらうつらしながらもゆっくりと意識を取り戻していった。
「あ…、あら、みんな…。ああ、そうか、魔力を分けてくださったんですわね。ありがとうですわ〜」
「いえいえ。気分はどう?」
「なんというか…、フラつくけどなかなかいい気分ですわ。ギフトとルルーの魔法のおかげでお顔の麗しい殿方や可愛い動物にチヤホヤされる素晴らしい夢を見ることができましたのよ」
「おおお…、なるほど」
みんなはお顔の麗しい殿方が夢に出てくるところがパルトらしい、と思いながら苦笑した。
「一つ残念なのは夢の中でいっぱいケーキをいただいたのに今ものすごくお腹が空いているってことかしらね」
「あんたのんきね〜」
「じゃぁ会場に戻って何か食べようか」
「そうしましょう」
会場に残してきたデンデンとレイユィンから「会場ハ安全ダヨ」と楽しそうに踊っている映像が送られてきたため、みんなで戻ることにした。
どうやらデンデンはホンロンの真似をしてレイユィンをダンスに誘い、成功したようだ。
しかし、踊っているというよりも、レイユィンに振り回されていると言った方が正しいかもしれない。
「そういえば明日から
悪霊討伐だね!みんな準備終わってる?」
「もちろん!転移前からティエ家にずっと仕えてくれてるリウ家とヤン家は前にいた世界では道教っていう宗教の導師っていう職業だったらしくて、この王国でも200年くらいナイトライダーの監督をしてるんだ!だから準備はバッチリだよ」
「え、そうなの?すごい!」
静狼市国にはティエ一族の他に同じ地域に住んでいたと思われる他の一族がいくつか存在している。
ただ、傀儡を使えるのはティエ一族だけで、他の一族にはまたそれぞれ固有の技を持っていたりする。
ギフトが傀儡を使えたのはおそらく前の世界での出生時に【
八百万の神々】が関わっていたことが原因かもしれないが…、今は誰もそれに気づいていない。
「ギフトは道教とか導師って言葉聞いたことある?」
「前の世界で『世界史』っていう授業というか学問というかそういうのがあるんだけど、それで習ったことはあるよ。でもわたし高校生の時選択授業で選ばなかったからかなり中途半端な知識しかないの」
ギフトの言葉を聞いて5人はポカンとしてしまった。
「…コウコウセイってなんですの?」
「…あ〜、えっと〜…学生!そう!学生って意味だよ!」
「ああ、なるほど」
「そういえば…、前の世界でわたしがいた国でも導師と近い職業が昔あったんだよねぇ…」
「そうなの?なんていう職業?」
「えっと〜…、陰陽師だ!そうそう、陰陽師っていう職業。神道とか道教が混ざってできた陰陽道っていう宗教みたいなものから生まれた職業だったような…」
「それは今はないの?」
「あ〜…、無いわけではないんだけど、なんというか…。映画とか物語に出てくるような技を実際に使える人はいない、という感じかな…。元は観天望気とか占いとか祈祷とか天文学みたいなものを主にしていたらしいんだけど、一人かなり有名な人がいて、その人がどうも九尾の狐から生まれたすごいひとで…、まぁ、簡単に言うとわたしもよくわからない。あと、他の国にはキリスト教っていう宗教に
祓魔師っていう職業もあったり、ブードゥー教っていう宗教は精霊を使って色々したり、ユダヤ教ではゴーレムっていう泥人形が…。もっとちゃんと勉強すればよかったなぁ。」
色々と思い出しながら話していたらつい夢中になってしまい、アレコレ考えていたらどうも先ほどから友人たちの声がしない、と思いギフトが5人へと目を向けると、さっきよりもさらにポカンとした顔の子供達がいた。
「…ギフトがいた世界にも魔法がちゃんとあったってこと?!」
「いやいや、無いよ!全部伝説とか伝承で、実際に目にした人はいないし、なんなら大昔は魔女狩りって言って魔女っぽい人は問答無用で殺されてたりしたんだよ!だから魔法に対してそこまで寛容な世界じゃなかったのは確かだから、もし魔法使いがいたとしても迫害されないようにひっそりこっそり暮らしていたんじゃ無いかな?その点でいうとわたしが住んでた国は怨霊を神にしたり自分のご先祖さまを仏にしたりかなり寛容だったのかもね!…あ!また夢中になっちゃった…。まぁ、もちろん、霊能力とかを持ってる、と言われている人を崇めるようなことはあったかもしれないけど…、そういうのは割と難しくて、国によっては警戒対象になったりとか…、あああああ、ちょっと混乱してきちゃった…」
「なんか聴けば聴くほど変な世界よね」
「じゃぁさぁ、もし、もし、ギフトが今、元いた世界に戻っちゃったとして、魔法を使っちゃったら迫害されちゃうの〜?」
迫害…、ギフトは自分で言った言葉ながら少し恐ろしくなった。
「…ど、どうなるんだろう…。多分どこかの研究施設に連れていかれていろんな機関の研究対象にされながら一生モルモットとして暮らして行くはめになるかも…。わ、わたしこの世界にずっといたい!」
自分で言いながらどんどん恐怖で真っ青になって行くギフトを見ながらみんなも怯え出してしまった。
「怖い!ギフトがいた世界怖すぎる!絶対に行きたく無い!ギフトがもし向こうの世界に戻されそうになったら全力で助けるからね!そんな恐ろしくておぞましい世界になんか連れていかせないから安心してね!ああああ、怖すぎるよ!」
普段あまり怯えたり震えたりしないサフィルまでも両手で自分自身を抱きしめるようにして引いた顔をしている。
「こ、怖がらせちゃってごめんね?」
「いや、ナイトライダーへの覚悟が決まったよ、ほんと、頑張る」
「今ので理由がわかったよね」
「理由?」
「そう。ナイトライダーで退治する悪霊って、自分たちが悪霊のくせに魔法使いのことを『悪魔だ!』『魔女だ!』って喚くの。もしかしたらギフトが元いた世界から流れてきてるのかもね…」
「え…、それが本当だったらなんか余計怖い…」
6人の子供たちは互いに顔を見合わせながら「ま、まさかね」と苦笑し合った。
夜でも気温があまり下がらず、蒸し暑い季節なのに、子供達の背筋にヒヤリと流れた汗は、いつまでも冷たいままだった。