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    第捌話 触れてはいけない花「んあ〜、寝た気がしない…」

     前日の冷たい雨が空気を洗い流したように晴れ渡る清々しい朝だった。
    ギフトはいつの間にかベッドに移動させてもらっていたようだ。
    手には原稿が握られたまま机で寝てしまったらしい。

    「はぁ…、主席入学の挨拶なんて、どうしろって言うのさ…」

     そう、今日は待ちに待った入学式なのだ。
    待ちに待っていたのは主にファージとキール、御屋敷で働いているギフト大好き隊…。

    「なんで当人のわたしよりも周りが盛り上がってるんだろう
    プレッシャーだぁ…
    なんで全員で見に来るのか…」

     王立メガロスディゴス魔法学院は入学式や卒業式、運動会や学院祭などその他様々な学内行事への参加を一般にも開放しているため、誰でも観覧が可能だ。
    そのため、いつも入学式の時期はそれに合わせて街中がお祭り騒ぎとなる。
     貴族、王族、資産家の家などは家族のみならず従者も総出で参加することは通例であり、その家の強さを示す意味でも重要な行事と言える。

    「ギフトさま、おはようございます
    昨日は遅くまでずっと原稿を読んでいらっしゃったんですね
    お身体の調子はいかがですか?」

    「カノンさん…、わたしが壇上で挨拶を失敗しても好きでいてくれますか?」

    「まあ!そんな些細なことでギフトさまを嫌いになると思われているなんて心外ですわ
    わたしは何があってもずっとギフトさまが大好きですよ
    それにもっと自信をお持ちください
    ギフトさまならなんでもうまくいきます
    カノンも祈っておりますよ」

    「しゅ、しゅきぃ…」

     美女は今日も心まで美女だった。
    カノンに促されるままバスルームで軽くシャワーを浴び、眠気を吹っ飛ばすと今日のためにファージが用意してくれたオレンジの花の香油を塗り込む。
     オレンジの花には不浄なものを寄せ付けない効果があるらしい。
    甘く爽やかな香りに身を包み下着を身につけてバスルームを出ると大きな紺色の箱が用意されていた。

    「こ、これはもしかして!」

    「ふふふ、奥様とメイドみんなで選んだのです!」

    「おおおお…、今日まで秘密にされていた制服…んん?
    なんか…、思ってたのと…、違う…」

    「さぁ、ギフトさま
    明日からご自分で着られるように着付けを覚えましょう!」

    「は、は〜い」

     箱の中に入っていたのはギフトが想像していたブレザーやプリーツスカートではなかった。
    なんと、袴だった。
     生成色の立ち襟シャツ、左胸のところにリリーベル家の家紋と背中に大きく魔法学院の校章である双頭の鷲が入った山吹色の中振袖、臙脂に近い色味の落ち着いた茶色の袴、そして艶々とした黒い編み上げブーツ。

    「さ、流石に制服用だから中振袖の着丈は短く整えられているとはいえ…、この袖勉強しづらくない?!」
    「ふふふふふ、ギフトさま大丈夫ですよ
    これは式典用の制服です
    通学には小振袖を用意しております
    それに、ギフトさまにご用意した制服はこれだけでは無いんですよ」

     カノンが手を2回パンパンっと叩くと、廊下から浮遊魔法で50個もの紺色の箱が運ばれてきた。

    「あー…」

    「制服の形は4種類に絞ることができたのですが、お色味を絞りきることができず、いっぱいご用意してしまいました」

    「ふぁー…」

     ギフトはこれからもずっと用意してもらった服を素直に着る事に決めた。



     カノンに教えてもらいながら制服に着替え、黒いブーツだけ玄関に持って行ってもらい、いつもの猫足スリッパを履いてリビングに向かうと何やら扉の中が盛り上がっている。
    少し嫌な予感をゾクゾクと感じながら扉を開けると同時に目の前いっぱいに果物でできた豪華なタワーが現れた。

    「ギフトさま!」

    「ご入学!」

    「まことに!」

    「おめでとうございまーす!」

     空中に浮かんでいるたくさんの鈴が一斉になりだし、音がキラキラとした星のかけらとなってギフトに降り注いだ。
    16畳ほどのリビングにみっちりとメイドや執事のみならず庭師や裁縫室の刺繍職人などたくさんの使用人が集まっていた。

    「あ、ありがとうございます!
    立派な魔女になるために一生懸命勉強してきます!」

     そう言ってギフトがお辞儀をするとまるでお祭り騒ぎのようにたくさんの拍手が響き渡った。
    そして、その拍手の中心ではファージが大きな写真機でキャッキャしながらギフトの写真を撮っている。
    キールはどこにいるのかとギフトが周りを見回して見たらとんでもないところでとんでもない顔をしていた。

    「ぱ、パパ?!」

    「ううう、可愛いよう、なんて可愛いんだあぁあ」

     キールは身体を小さくかがめてものすごく低い位置からギフトの全身写真を泣きながら撮影していた。

    「はぁああ、こんなに可愛いなんて…
    しかも主席で入学なんて…
    毎秒お見合いの申し込みが来てしまう…
    パパは複雑な気持ちでいっぱいだよギフトぉぉおお」

    「あ、あぁ、大丈夫ですよ
    そんな事にはおそらくきっと絶対にならないと思いますし、なんならわたしは絶対に断りますから安心してわたしを学校へ通わせてください」

    「うおぉぉおお
    才色兼備な上に考え方もしっかりしているなんていつか国宝に指定されてしまうのでは…」

    「パパ、一旦落ち着きましょう」

     だめだ!この夫夫ふうふ

    「さぁ旦那様も奥様もお席についてくださいませ
    ギフトさま、今日の朝ごはんはいつもよりもちょっと多めに作ってありますからいっぱい召し上がってくださいね」

    「わぁい!ありがとうございます!」

     この屋敷で一番職歴の長い料理長の声かけのおかげでようやくギフトは朝食を食べ始めることができた。
    中振袖を汚さないようにと、ニヤニヤしっぱなしのファージが平たいクリップで袖を留めて首元にナプキンをつけてくれた。

    「もー、あんたちょー可愛いじゃない!
    やっぱ若い子は明るい色味の方が似合うわね!
    肌の艶が服に負けないもの!
    ヤダァ、もうちょー似合ってるー!
    あ、わたしはこの後着替えるんだけど、残念ながら魔法使いの正装をしなきゃなんないのよ
    せっかく藤の花が描いてある綺麗な訪問着を着ようと思ってたのに…
    保護者としてじゃなくて教員として参加しなきゃダメって言われちゃったのよ〜
    だからリリーベル家の席にはキールと屋敷のみんなが座ってるわ
    緊張したらそっちを見なさいね
    みんなギフトの味方よ」

    「あ、はい、おおお…」

    「あーん、早く全部の制服の写真が撮りたーい!」

    「あぁ…、俺はなんでこんな素晴らしい日々の始まりの中明日から出張なんだ…」

    「大丈夫よ!
    たった一週間だけよ
    それに、毎日ギフトの写真を送るわ」

    「うん…、ファージのも送ってくれよな」

    「やぁぁあああああん!
    もちろんよぉぉおおお!」

    「ファーージーー!」

    「キーールーー!」

     朝っぱらから本当にうるさいなこの人たち。
    静かにご飯食べなさいよ。
    おい、キス始めんな!

    「あんっ、うふふんっ、キールったら!」

    「ファージの唇は今日も甘くて柔らかいな」

    「もうっ、いけない人ねっ!そんなところも大好き!
    あ、そうそう、ギフトには本当に申し訳ないんだけど…
    ルークがどうしても見に来たいっていうから招待しちゃった」

    「はぁ…、はあ?!」

    「大丈夫、俺の隣に座らせるから」

    「へ、変態同伴…」

     ギフトの気持ちはどんどんと重くなっていくのであった。



     ファージは入学式の準備があるとかで食事が終わったらすぐに支度をして学校に行ってしまった。
    ギフトはファージから渡された『貴族専用通学門きぞくせんようつうがくゲート通行証』を使って大層な燕尾服に身を包んだキールと手を繋いで学校へと出発した。
    屋敷の人達は後から絨毯で飛んでくるらしい。
    この日のためにファージは使用人全員の礼装を新しいものに買い替えたという。

    「通行証って小指用指輪ピンキーリングなんですね」

    「すごいよなぁ
    俺が学生の時は結構な大きさの鍵だったのに
    今じゃこんなに小さな指輪で認証ができるんだから、技術の進歩ってすごいね」

    「へぇ、鍵だったんですね」

    「そうそう、その鍵を自宅のどこの鍵穴でもいいんだけど押し当てると鍵穴の奥の方で数回カチャカチャって歯車が動くような音がして、守衛さんがいる登校用の扉がある待合室に行けるようになるんだ
    俺はいっつも早めに入って守衛のおっちゃんとおしゃべりしてたなぁ
    学校にあるいくつかの秘密の扉とか階段、特別な呪文でしか辿り着けない地下研究施設なんかの噂話をいっぱい教えてもらってたんだ」

    「か、かっこいい!」

    「だろ〜?
    だからギフトも年齢とか地位とか職業とか関係なく友達いっぱい作って学院生活を楽しもうな」

    「はい!わぁ、とってもワクワクして来ました
    なんだか挨拶もうまくいく気がします」

    「そうそう、その意気だ!
    お、そろそろ守衛さんがいる待合室に着くぞ
    このレンガで囲われた廊下は俺の時と変わってなくてなんだかホッとする」

    「歴史と思い出がいっぱい詰まってるんですね」

     ギフトはキールが話してくれた思い出話のおかげでだいぶ心が楽になるのを感じた。
    廊下に等間隔についている様々な花の形のランプも可愛らしい。

     待合室のドアは突き当りを曲がってすぐのところに突然現れた。
    屋敷の豪華絢爛な扉に比べたら幾分こじんまりとした佇まいだったが、とても趣がある焦げ茶色の木の扉だった。
    上の方がアーチ状になっているのがまた可愛い。

    「さぁ、この扉にもさっき家の扉にしたみたいに指輪をしている方の手でドアノブを回してごらん」

    「はい!」

     右手でドアノブをガチャっと回すとあっさりと扉を開けることができた。

    「え、あ、わぁああ!素敵!」

    「だろぉお!
    よかったー、変わってない!」

     なんと待合室は真鍮色の目の荒い鳥かごのように囲われており、大きな球状のガラスで覆われていた。
    天井付近では様々な大きさの天体が実際の自転公転を3倍にした速さに合わせて移動を続けており、守衛が立っているカウンターの後ろでは大きな歯車や小さな歯車が絶妙な噛み合い方で絶えず回転している。
     歯車の下に並ぶ真鍮色と木の温もりが合わさった機器にはたくさんのスイッチやレバーがついており、どうやらここで扉の操作をしているらしい。
    防犯のためにどのスイッチがどの指輪と連動しているかは一部の教員と守衛しか知らない。

     ぐるぐると目と頭を回しながらキョロキョロしていると、とても優しい雰囲気の男性がカウンターに現れた。
    紺色の厚手の襟付きジャケットの左胸に金糸で校章が刺繍してあり、袖口には階級か何かを示す銀色の線が4本入っている。
    パンツまではカウンターの高さでよく見えないが、おそらく同じ色のスラックスだと思われる。

    「おはようございます、リリーベル様」

    「おはようございます!」

    「おはようございます、守衛さん
    あの、お名前、モグルさんとおっしゃるんですか?
    もしかして…」

    「はい、わたくしは前任のモグルの息子でございます
    キール様のお噂は父からよく聞いておりました」

    「ああ!やっぱり!胸のバッジを見てもしやって思って…
    お父上はお元気ですか?」

    「はい、とても元気にしていますよ
    今日は観覧席から入学式を見るんだと張り切っておりました」

    「わぁあ!会いに行かなきゃ!」

    「父も喜びます
    では、ギフト様、こちらのカウンターにあります認証球にんしょうきゅうに指輪をしている方の手を乗せてください
    そうしますと反対側の扉が開きますので、そこから学校の玄関へと出ることができます」

    「はい!わぁ、何もかもかっこいい…」

     ギフトは恐る恐る手をかざすとふわっと認証球が光り、来た時と反対側にある扉がギギギという音を立てて開き始めた。

    「うおおおお、かっこよすぎてドキドキする…」

    「ありがとうございます
    このシステムはわたくしどもモグルの一族が開発し、日々改良を重ねております
    皆様に安全に登校していただけるよう、これからも頑張ります」

    「ぎ、技術者の一族…、かっこいぃぃ…」

    「あはははは
    あ、すみません、ギフト様があまりにお可愛いことをおっしゃるのでつい…
    ギフト様は不思議な方ですね
    多くの貴族のお子様はこういった技術にはあまり関心を示しません
    父から聞いていたキール様の小さい頃にそっくりでいらっしゃいますね」

    「照れちゃう!パパ照れちゃう!」

    「へぇ…、ふふふ」

     善良なキールに似ていると言われるのはあまり悪い気はしなかったから素直に笑っておいた。
    しかし、貴族のお子様たちはこういう技術は見慣れているのだろうか…。
    やっぱり庶民出身の私とは感覚が違うのかもしれない。

    「あの、他の子はここにはこないんですか?」

    「はい、ここはリリーベル様専用のゲートとなっております
    わたくしはモグル家に伝わるちょっと特別な魔法を使っているのでそれぞれのゲートに同時に存在し、同時に会話をしているんですよ」

    「ファーーーーーーーー!」

    「すごいんだよ、モグル一族って!
    俺なんかつい話し込んじゃってよく一限目をすっぽかしてたなぁ…」

    「わたしもそうなりそうです…」

    「ははは
    それは光栄です
    でも、授業は大事ですよ
    わたしは放課後でもここにおりますので授業を終えてからでもなんでも質問にお答えしますからね」

    「ふぉおおう…、学校最高…」

    「ではそろそろ玄関の方へ
    どうやらファージ様がお待ちのようです」

    「あ、そうだった
    玄関で待ち合わせしてたんだった」

    「パパ…」

    「あはははは!
    ではモグルさん、これから娘をよろしくお願いします」

    「はい、喜んで」

     近くで見るとかなり爽やかで美青年なモグルに挨拶をすると、開かれた扉から学院の玄関へと出てみた。

    「おお…、やっぱり豪華だなぁ…」

    「すぐに見慣れるさ
    おお!ファーージーー!」

    「キーールーー!」

    「…え?あれ、ま、ママなの?!」

     玄関ホールに設置されている待合スペースのソファからこちらへと走って来たファージはいつもとは全く違っていた。
    危うくドキドキしてしまうところだった。
     目の前に現れたのは、どこからどうみても綺麗なお兄さんだったからだ。
    細身に仕立てられたチャコールグレーのパンツに同じ色のベスト、リリーベル家の家紋が入ったロイヤルブルーのネクタイがあまりに美しくそのスタイルを引き締めていた。
     どうやらジャケットとローブはソファにおいて来たらしい。
    余計にスタイルの良さが際立っている。
    それに、この日のために染めたグレイッシュブルーの背中まである長い髪をきっちりと低い位置で結び、流している長い前髪がやけに涼やかだ。

    「うわ、なんかめっちゃ腹たつ…」

    「ちょっとぉ、何よあんた
    わたしのこの格好ものすごく女子学生に人気あるのよ?
    こぉおんなに近くで拝めることをもっと喜びなさいよね!」

    「はあああああ、な、殴りたい…」

    「ファージはどんな格好をしてもそのうちに秘める美しさが出て来てしまうんだね
    俺はどうやら天使と結婚してしまったようだ」

    「やん!もうキールだってその厚い胸板と色っぽい広い背中を隠し切れてないんだからぁん」

    「ねぇ、流石に校舎内でいちゃつくのはやめていただけませんか
    わたしがいじめられてもいいんですか?ねぇ、いいんですか?」

    「何よもう、あんたって本当に枯れてるわねぇ」

     久しぶりに烈火のごとく湧いて来た殺意の勢いのまま今すぐここで殺してやろうかと思ったがこれから始まる学院生活が捨てがたいので心を無にすることで乗り切った。

    「[間も無く、メガロスディゴス魔法学院劇場にて入学式が行われます
    受付がお済みではない保護者の皆様は劇場入り口を入りましてすぐの場所にあるホワイエにて御記帳と身分証明書の確認をお願いいたします]」

    「お、そろそろ向かうか」

    「そうね、そうしましょう
    わたしは先生方と行かなきゃいけないからギフトはキールと一緒に行って、新入生用の受付から入るのよ
    手伝いの学生が席まで連れて行ってくれるからおとなしくしてなさいね」

    「わたしはいつでも大人しいですけれども」

    「まあ!可愛い格好してるのに可愛くない返事!
    たまにはわたしにもデレなさいよね!
    じゃあね!」

    「はーい」

    「さ、行くか!」

    「はい!」

     家を出た時と同じように再びキールと手を繋ぐと、劇場の方へと向かった。
    劇場とは外廊下で繋がっており、5分ほどでついた。

    「ふぁぁ…」

     もはやツッコミすらも建物に吸収されてしまうのではないかというほどとんでもなく大きなツンツンとした建築物が現れた。
     巨大な白い長方形の石をいくつも積み重ねて作られたとても堅牢な作りの今にも大天使が現れそうな白亜の城だった。
    尖塔がいくつもくっついており、その全てに金色の蔦が絡まっている。
    大きく開かれた分厚い城門には矢傷と思われるいくつもの跡があった。
     しかし、中に入ってみてさらに驚くことになった。
    外の堅牢な作りからは想像も出来ない世界が広がっていたのだ。

    「な、何このクリスタルのシャンデリアの数!」

    「すごいよなぁ、俺も入学式で初めてここに入った時は思わず外に出て同じ建物なのか確認しちゃったもん」

    「天井が、ふ、吹き抜け?!
    で、でもそんな全部覆われてるのに…」

    「あぁ、あれは魔法で投影されてるんだよ
    ここは学院行事以外でもいろんな団体に劇場として貸し出してるから上映する演目にあった空模様が映し出せるようになってるんだ」

    「ひゃおう」

     中は真っ赤な絨毯がびっしりと敷き詰められ、手すりや階段、そこかしこに展示されている彫刻までもが全て透明な輝きを放つ強化クリスタルで出来ていた。

    「この劇場は学生の間ではクリスタルって呼ばれてるんだぞ
    そのまんまだけどな
    さぁ、受付をしておいで
    入学式が終わったらまた迎えに行くから玄関のソファで待ち合わせしよう」

    「は、はいぃ」

     ギフトは新入生用の列におとなしく並ぶとまた緊張がぶり返して来てしまった。
    受付のお姉さんに求められるままアレキサンドライトから杖を取り出し本人確認をすませ、案内係の学生に連れられて席についた。

     この時、ギフトは気づいていなかったが、受付をしていた学生たちはちょっとした騒ぎになっていた。

    「おい、来たぞ!リリーベル先生の娘さん!」

    「ウワァ!マジで首席だよ!」

    「すっげぇ…」

    「あの杖見た?!
    まさかの金属だぜ!
    使える属性数ハンパないんだけど!」

    「うわぁ、俺もう先輩名乗る自信ねぇよ…」

    「しかも結構可愛かったよな」

    「こらこら、5つも下の子に手出そうとか男子キモいんだけど」

    「おいおい、可愛いに年齢関係ないだろう」

    「あたしだって付き合いたいわ!」

    「いやお前彼女いんじゃん!」

    「そういうお前は彼氏いるじゃん…」

    「いやぁ、彼氏はいるけど彼女はいないし」

    「クソだな」

    「このクズが!」

    「え、ちょ、えっ」

     ギフトは知らぬ間に先輩たちの自信を粉砕していたが当人は壇上でする挨拶を頭の中で反芻するのに忙しかった。

     劇場内はさらに豪華な作りで斜めに配置された座席に壁一面のボックス席。
    ボックス席に施された植物の装飾は繊細で美しく、劇場内に敷き詰められた深い紫色の絨毯には上品な光沢がある。
    一体何人収容できるんだというくらい広かったが、いまのギフトには何も響いてこなかった。
    その鬼気迫る姿に運よくなのか悪くなのか誰も話しかけてくる新入生はいなかった。



    「おーい、ルーク、ここだ!」

    「おう、キール今日めっちゃかっこいいじゃん」

    「お前もな!」

     ルークは普段の姿からは想像できないくらいちゃんとした格好で現れた。
    深い青のスーツに光沢のあるグレーのネクタイ、焦げ茶色の革靴がとてもにあっている。

    「ギフトちゃんはどこ?」

    「あぁ、一階の新入生の席の一番前に座ってるよ」

    「あぁ、首席だから挨拶するんだっけ?」

    「そうそう」

    「うーんと、あぁ、あれかぁ
    ものすごく俯いてるね」

    「どうやら緊張が再発しちゃったらしい」

    「かぁわいいね
    後ろから抱きしめて耳舐めたり色々意地悪したいくらいだよ」

    「殺すぞ」

    「あはは!わりかし本気だから殺されても仕方ないわぁ」

    「お前は本当に昔から変わんないなぁ」

    「まぁね
    それにしてもさすがだね、リリーベル家
    ボックス席を10も貸し切るとは、恐れ入ったよ」

    「予約は大変だったけど、屋敷のみんなが喜んでくれたから安いもんだよ」

    「ヒューヒュー」

     キールとルークは久しぶりの会話を楽しんでいると、場内アナウンスが入った。

    「[間も無く入学式を開始いたします
    途中でご気分が悪くなったり、急な用事で退室されるお客様は1階2階ともに後方の扉よりご退出ください
    壁沿いのボックス席をご利用のお客様は入って来た時と同じ扉よりご退出いただけます
    それでは非常用以外の照明を落とさせていただきます]」



     入学式は副学院長マリア=深森みもり=ダーソスの開会宣言によって始まった。
    劇場内に柔らかな明かりが灯りはじめる。
    司会は生徒会の学生が行なっている。
     学院長のリン=スコターディからの挨拶があった後、来賓からの祝辞があり、校医のサイモス=イーゴスからは毎年行われる様々な検診についての説明があった。
     生徒会長は新入生と在校生に向けて学院での生活や生徒会について話した後大量の白い鳩を召喚して祝いの言葉を締めくくり、運動部の部活連総代は実際に箒で数人の生徒と群舞を見せ、文化部の部活連総代は毛糸を操って大きな編みぐるみを作って見せた。
    そして、いよいよギフトの番になった。

    「本年度首席入学者、新入生総代、ギフト=リリーベル」

    「はい!」

     ギフトは可能な限り元気よく子供らしくを意識して返事をした。
    会場はその名を聞いてざわつき始めたが緊張が峠を迎えたギフトには全く聞こえてこなかった。
    ただひたすら心の中で挨拶を復唱するだけだった。
    ギフトはただひたすら前を向き、深呼吸をする。
    そして腹をくくり、壇上に立ち、扇状に広がる客席へ向けて話し出した。

    「一雨ごとに涼やかな秋を感じるこの良き日に、私たちは王立メガロスディゴス魔法学院の入学式を迎えることができました。
     本日は、このような立派な入学式を行っていただき、ありがとうございました。
王立メガロスディゴス魔法学院の1000年を超える歴史の中の1つになることができる喜びでいっぱいです。
     入学試験は大変でしたが、両親のや周囲の方々からの指導、自分自身の努力で、王立メガロスディゴス魔法学院に入学することができました。
    この喜びを忘れることはできません。
     新しく始まる王立メガロスディゴス魔法学院での生活は私にとって初めての学校ということもあり、今は希望と期待で胸がいっぱいです。
     勉強だけでなく学院行事や部活動にも一生懸命とりくんでいる先輩方がおられる王立メガロスディゴス魔法学院の良いところをたくさん取り入れて、悔いのない学院生活を送り、しっかりした行動が取れるよう自分自身を向上させ、新しく出会う友人たちと切磋琢磨してゆきたいと思います。
     校長先生をはじめ、諸先生方、上級生の皆様、立派な王立メガロスディゴス魔法学院の生徒になれるようこれからも努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 
新入生代表 ギフト=リリーベル」

     拡声魔法を解き、一歩下がって礼をする。
    その瞬間、割れんばかりの盛大な拍手が劇場を満たし、ギフトは首席としての務めを立派に果たしたことを実感することができた。

     安堵し、壇上から降りようと舞台のヘリに向かっていたら客席の方から100人ほどの学生たちが大きな花束を持って駆け寄ってきた。
    ギフトは一瞬チラッと教員席にいるファージの方を見る。

    「(何これどうしたらいいの?!)」

    「(好きにしていいのよ〜)」

    「(あ、なるほど…)」

     どうやら花束を持っているのはこの国有数の貴族の坊々ぼんぼんやお嬢様。
    ギフトは笑顔で手を伸ばすと花束を受け取る代わりに生まれて初めて覚えた複合魔法、ガラスの魔法で大量の蝶を作り出し、全ての花束から一本ずつ蝶に花を引き抜かせると、それを観覧席へと届けた。
    その美しさは後々伝説の新入生として語られることになる。
     きらめく薄いはねに劇場の明かりが反射したその姿はまるで宝石が飛び交っているようだった。

     花を受け取った保護者や客人たちは感嘆かんたん溜息ためいきをもらした。
    しかし、その中でたった一人ギフトの魔法から花束を守りきり、真っ赤な顔で壇上に上がって跪く学生がいた。

    「ぎ、ギフトちゃん、にゅ、入学、おめでとう」

    「メイルランスさん!わぁ、可愛いチューリップの花束、ありがとうございます!」

     この青春の輝きとも言える出来事に、会場の熱は一気に最高点に達した。
    メイルランスはピンク色の可愛いチューリップの花束をギフトに差し出し、ギフトが受け取ったのを確認すると立ち上がり、今度は右手を後ろに回して左手を差し出した。
     ギフトはちょっと驚きながらも、その手を取り、エスコートに従った。
    4年生の席の方からメイルランスに祝福の声がたくさん聞こえてくる。

    「メイリーよく頑張ったな!」

    「一ヶ月間の練習が実ったねー!」

    「メイルランス!今年で一番かっこいいぞ!」

     メイルランスはこれ以上ないくらい顔を真っ赤にしている。
    もうすぐ湯気でも出てきそうだ。
    ギフトも初めてのことにドキドキが止まらず、頬の熱が一向に引かなかった。
    そんな初々しい二人が階段を降り切ったとき、目の前に一人の少女が現れた。

    「ギフトさん、わたしのも受け取って欲しいの」

     浮かれていたメイルランスもびっくりしたように「え?」という顔をしている。

    「わたし、ちょっと用があって外に出てて、花束の時に間に合わなかったの
    だから、わたしのにもさっきの魔法をかけて欲しいの」

    「えっと、あの、あなたは…」

     不思議な女の子だった。
    真紅のセーラーカラーがついた黒いベルベットのワンピース。
    左胸には校章が入っているからこれもきっと数ある制服のデザインの中の1つなのだろう。
    その制服から覗く手足が雪のように白く、悪くいえば、死体安置所で冷凍されている遺体ようにまるで生気が感じられなかった。
     女の子の瞳は左右で色味がまるで違う。
    数本だけ黒い髪が混ざった煤けた古い骨のような灰色の髪。

    「(この子の花は、触れてはいけない)」

     ギフトはどうしてかわからないが強くそう思った。
    メイルランスの手を握る手に力が入る。

    「それは俺が受け取ろう」

     突如後ろから大人の男性の声がした。

    「る、ルークさん!」

    「ほら、メイルランスがくれた花束も俺が持っててあげるから一緒に席に戻りな
    入学式の間中持ってるわけにはいかないだろ?
    ほら、君も席にお戻り
    メイリー、ギフトを頼んだよ」

     メイルランスは素直に頷くとギフトの手をとって席までエスコートを続けた。

    「ふふふ…
    ギフトちゃんには騎士ナイトがたくさんいるのね…」

    「君だね?ギフトちゃんを殺そうとしてたのは…
    さぁ、本当に席に戻ったほうがいいよ
    じゃないと、ここで殺すよ」

    「あら、怖い怖い」

     少女は嬉しそうに笑いながらその場を後にした。
    ルークにははっきりと見えていたのだ。
    それは無属性だけが持つ特殊な能力。
     少女は笑顔の下にある種の恍惚としたバケモノの顔を隠していた。
    ギフトへの殺意に欲情した、おぞましい本性を。



     入学式はこれといったトラブルもなく、滞りなく全てのプログラムを終了した。
    ギフトは緊張からの解放と、メイルランスの素敵すぎるサプライズに、少女のことなどすっかり忘れていた。
     会場を出てすぐの扉のところで待っていてくれたルークとともに玄関へ向かう。
    珍しくルークはギフトにベタベタしようとしなかった。
    メイルランスからもらった花束をルークから受け取り、はぐれないようにという理由で手だけ繋いで人の波の中を一緒に歩いた。

    「お疲れ様〜
    ギフト物凄く良かったわよ
    わたしまで褒められちゃった」

    「ファージ、なんでキールにバスタオル渡しておかなかったの?
    俺のハンカチまでこいつの涙でグッシャグシャなんだけど」

    「す、すまん」

    「そんなとこも可愛いくて大好きよキール!」

    「おいこらバカ夫夫ふうふ、無視すんな」

     玄関では目を真っ赤に腫らしたキールとファージが何やら話し込んで待っていたが、ギフトたちがつくとすぐに笑顔になって迎えてくれた。
    どうやら屋敷のみんなは先に帰ったらしい。
    後から聞いた話では、キールのように目を真っ赤に晴らした団体が大きな絨毯に乗って帰っていくのが目撃されていた。

    「じゃぁ、次は今月の半ばだね
    ギフトちゃんの肌に俺の指を滑らせるのを楽しみにしてるよ」

    「言い方!」

    「ママぁ…」

    「大丈夫よ、わたしは何があっても必ずついていくから!」

    「じゃあね〜」

    「おう!またなルーク!」

    「ちゃんとご飯食べなさいよ〜」

     ルークが大剣に乗って飛んでいくのを見送ると、ギフトとキールは先に貴族用ゲートから屋敷へと帰宅した。
    ファージは入学式の片付けを手伝わなくてはならないらしい。

    「明日からいよいよ学院生活が始まるな!」

    「うん!とても楽しみです!」

    「良かった良かった」

     ギフトの胸は新しい環境に向けての希望と期待でいっぱいだった。
    メイルランスのことも、今日の彼の顔や態度を見て、ちゃんと好きになれそうだった。
    浮かれた心は、今日の空のようにとても晴れやかだった。
    あの少女のことを忘れてしまうほどに。


    ☆★☆★☆


     リンリン、とファージの部屋の電話がなる。

    「もしもし」

    「俺、ルーク」

    「あぁ…、今日は本当にありがとう
    あなたは本当に優秀だわ」

    「いやぁ、あれは無属性の俺じゃないと対処できなかったやつだから」

    「それでも、感謝してもしきれないわ
    それで、結果はどうだった?」

     ルークは珍しく緊張したように一呼吸おいてから話し始めた。

    「やばいやつだった
    もしあの時ギフトちゃんが異変に気付けないまま魔法を使っていたら、即死だったと思うよ」

    「そんなに…」

    「ああ、物凄く強力な呪いがかけてあった
    墓場で育てた白い薔薇にそれぞれ違う子供の生き血を吸わせて作った特製の呪具(じゅぐ)だったよ」

    「本当にバケモノだわ…」

    「ファージが放った呪いがやつの髪に絡まってたけど、もう効果が薄れてた
    しかも本物の制服を着ていたところからみるにどうやらこの世界への干渉は完了してるっぽい
    早めになんとかした方がいいとは思うが…
    ファージはまだギフトにあの事を話すつもりはないんだろ?」

    「ええ…、まだ話せない
    まだ、ただただ幸せでいさせてあげたいの
    今日メイルランスが素敵なことをしてくれたでしょう?
    ああいう、日常の中で起こるハッとするような喜びで満たしてあげたいの
    だからお願い、もう少しだけわたしのわがままに付き合ってくれない?」

     ルークは小さくため息をつくと、フッと力が抜けたように笑った。

    「いいよ、もちろん
    俺に任せとけって」

    「ありがとう」

    「うん、じゃぁまたな」

    「ええ、またね」

     ファージは静かに受話器を置くと窓から見える満月の輝きにその身をひたす。
    その心のうちにあるギフトへの愛おしい気持ちで張り裂けそうな胸を落ち着けるために。
    一舞万葉 Link Message Mute
    2018/06/20 23:31:12

    第捌話 触れてはいけない花

    #創作 #オリジナル #女の子 #小説 #ダークファンタジー #残酷表現有り #魔法 #魔女 #復讐 #和漢洋折衷 #魔法学校 #第1章 #silent_malice.

    第1章 silent malice.

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