君と僕の“いつも”「司書さん、午後の予定だけど」
声をかけ開いた司書室の扉の向こうは、人のいた気配は残っているけれど、まだ少し冷たい風に揺れるカーテンだけが動いていた。
本と書類が乱雑に片付けられた執務用の机の上。
応接用のソファセットには、司書が仕事中に使っている膝掛けが、これまた乱雑に放置されていた。
「あれ?」
午前中の潜書も済み、他の者たちは今頃食堂で昼食の最中だろうか。
まさか、司書も先に食堂に行ってしまったのだろか?午前中の仕事の取りまとめをしていた彼を放って……
さて、どうしたものかと視線を巡らせると、司書の執務机の上には風に飛ばぬよう文鎮に挟まれたメモ書きが残されているのに気づいた。
「忙しないなぁ」
そこに残された走り書きに思わす溢れる苦笑。
『地下の書庫まで本を探しに行ってきます』
よほど必要なものだったのだろうか、とりあえずといった風に閉じて書類の上に重ねられたいくつかの本には複数の細い紙が挟まれていた。
「午後からでもよかったんじゃないのかい?」
ここにいない人へ向けて告げても、それは伝わらない。
「本当に君は、いつも……」
いつも……そう口にして、“いつも”と言えるくらいの年月を共に過ごしてきたことに気づく。
食堂の窓が開いているのか、中庭を抜けて賑やかな声が届いた。
「放って僕だけ先に食べたら怒るんだろうね」
くすりと笑み、司書がいつも座っている椅子へと腰を下ろす。
窓も扉も開けたままだったから、戻ってくるのにそれほど時間はかからないだろう。
机に頬杖をつき、司書室の中をぐるりと見回す。
時折突拍子もない内装になっていることはあるけれど、ここしばらくは至極全うな――仕事に専念できる室内だ。
「ん?」
それに気づいたのは偶然だった。
執務机の隅。
いくつかの本と本に挟まれた場所。
そこに、小さな箱が置かれていた。
可愛らしいリボンが結わえられ、箱の下には小さなメモ書きが1枚、挟み込まれている。
「これ、は……」
『秋声さんへ もしこれを見つけたら黙って貰ってください。他の人にはくれぐれも内密に……』
司書の筆跡で書かれた文字。
弾かれたように、カレンダーへと視線を向ける。
今日の日付を確認して、彼は机に突っ伏した。
「なんなんだよ、君は……」
なんという仕込みをしてくれているんだ。と熱くなる頬に手を当てた。
司書を待つ時に彼がどうしているのか。
そして、その時どこを見ているのか。
彼女はそれを知っていたというのだろか。
「まったく、君にはかなわないね」
両の手で大切そうに持ち上げる。
きっと今の自分の顔は、誰にも見せられないほど緩みきっているだろう。
この司書室を誰かが訪れる前に、いつもの顔に戻さないと、と思うけれど………………
メモの箱が乗っていた部分に記されていた小さな文字の一言のせいで、おそらくそれは叶わない。
『 』
「………………そうだね。僕もだよ」
答えるように呟いた言葉は、カーテンを揺らしていった風にかき消された。