Birthday Rabbits
司書室に入ると、助手机の上に兎がいた。
灰色の……ぬいぐるみの兎だ。
どこかで見たことのあるような、兎だ。
見たことはあるが………………
兎のぬいぐるみは、頭だけ出してスッポリと袋に詰められ、ちょうど首のあたりで濃い水色のリボンが可愛らしく蝶結びにされていた。
「え……っ、と」
司書室に入って目にしたそれに、徳田秋声は困惑して動きを止めた。
「え?なんで、君、そこにいるの?」
思わずぬいぐるみに声をかけ机へと近づく。
あのぬいぐるみは自室にいて、自分の机の上に鎮座していたはずだ。起きて部屋を出る時にはいたのだから、間違いない。
それに、あの兎は……
おそるおそる手を伸ばし、兎を抱き上げる。
「あれ?」
そこで秋声は気づいた。
何かが違う。
両手で抱き上げた時の重みや触れた耳の辺りの手触りが、少し違うような気がした。
よくよく見てみれば、目鼻立ちも違っているように見える。
「…………君は誰?」
そっと机に置き直し、首のあたりで結わえられた蝶結びの端を摘まんで引っ張れば、首から下を隠していた包みはリボンと共にほどけた。
「!」
兎はチョコンと座って秋声を見上げる。
どこかで見たような衣を纏って……
首から一枚の札を提げていた。
【はっぴーばーすでぃ】
その紙面に踊る見慣れた字。
「司書さん!?」
秋声は思わず声を上げた。
「驚いた?」
司書室の奥のドアが開いて、狐の童話作家のような言葉と共に、要杜沙弥がひょっこりと顔を出す。
悪戯成功!とばかりにニコニコしているのを見て、秋声は溜め息を吐いた。
「で、これは?」
「徳田さん、お誕生日おめでとうございます!」
秋声の問いには答えず、沙弥はちょこちょこと目の前にやってきてぬいぐるみを抱き上げた。
はい!と秋声にぬいぐるみを差し出し、兎と一緒に首を傾げるようにして顔を覗き込む。
「え、ああ、うん。ありがとう」
灰色の兎のぬいぐるみ。
首からお祝いの言葉の札を提げて……
自分と同じ装いのそれを、秋声は困惑と照れが混じった顔で受け取った。
「あのさ、これ……」
「作りました!」
絵に描いたようなドヤ顔をする沙弥。
「兎も?」
「似るように頑張りました!」
「服、も?」
「もちろん!」
徳田さんの兎さんに似てるでしょ?と笑う沙弥。
自室で留守番をする兎のことを思い出して、秋声は思わずぬいぐるみで顔を隠す。
どうして。
「なんで……」
どうして、この娘は、同じようなことをしてくれるのだ。
「徳田さん?」
自室の机の上で、兎のぬいぐるみは目の前にいる女性と同じ装いで座っている。
「あ!徳田さんの兎さんも連れてきてください!」
「は?」
「ここに並べときましょうよ!」
「嫌だよ」
沙弥と同じ服を着た兎を連れてくるだなんて、さすがにそれはしたくない。知られたくない。
「むぅ……わかりました」
と、室内の棚の奥から鍵束を出してきた沙弥に秋声は慌てる。
「これより、特務司書権限で先生方のお部屋の確認に向かいます!」
「待って待って!」
司書室を飛び出して行こうとした沙弥を急いで羽交い締めにし、応接のソファへ座らせる。
「分かった。分かったから、ここで大人しく待ってて」
そうして。
その日一日……
司書室の応接のソファには、2匹の……秋声と沙弥と同じ装いの兎のぬいぐるみが、仲良く寄り添って座っているのが目撃された。