『1』の誘惑「おや、それは……」
後ろから声がして肩越しに振り返れば、乱歩先生が私の手元に視線を向けていた。
「見ての通り、ポッキーです」
「えぇ、見ての通り。ですね」
クスリと笑いながら、乱歩先生は私の隣へと腰を下ろした。
「図書館の子供向けイベントで配ってるらしいんですけど、さっき南吉先生たちと覗きに行ったら私も貰っちゃいまして」
子供扱いされちゃいましたかね。と苦笑を浮かべれば、乱歩先生が可笑しそうに笑ったあと首を傾げた。
「しかしなぜ?」
「えぇっと、それは……今日がポッキーの日だからです」
ほぅ、と興味深そうに私が持っている箱に視線を向ける乱歩先生。
「ポッキーの日、とは?」
箱をテーブルに置き、私はポッキーを先生の目の前に立てて見せた。
「11月11日。ポッキーの形と1の数字の形が似てるから、1の並ぶ今日はポッキーの日。なんだそうですよ」
「ナルホド。しかし、同じ形状のお菓子ならば同じように1が並びますよね」
そうですね、と私はポッキーを口に入れた。
「全部纏めてポッキーの日です」
両手を広げて笑って見せると、乱歩先生が軽く目を見張ったあとクスクスと笑いだす。
「大雑把ですねぇ」
「いいんじゃないですか?大雑把で」
悪戯っぽく笑い、私はポッキーをもう一本箱から取る。
「ところで……」
それを口に咥えたところで、不意に乱歩先生の声音が変わったことに気付いた私は隣を振り返った。
え?
急に近付いてきた顔に、そのまま固まってしまう。
乱歩先生の青い瞳に私の驚いた顔が映っていた。
「………んッ」
いつの間にか肩が掴まれていて、身動ぎひとつできない。
唇に触れたのは。
口の中へ入ってきたのは。
このお菓子とは違う感触は。
これ、は……
「ごちそうさまでした」
愉しそうに目を細めた乱歩先生の声に我に返った私は、今起きたことに気付いて目を見張った。
「な、な、な、な……」
一気に顔が熱くなる。
今の、は……
「こういう遊びをする日、なのでしょう?」
そう言って、テーブルの上の箱から乱歩先生の指がポッキーを引き出す。
そうして、それは私の目の前へと差し出された。
「し、知ってたんですか!?」
絞り出すように告げた私に、乱歩先生の細められた目が妖しげに光った。
「ワタクシ、一度も“知らない”とは申し上げておりませんよ」
甘いお菓子の先端が私の唇に触れる。
そんな、悪戯っぽい……けれど目だけは笑っていない顔で誘われてしまえば、逆らうことなんでできないではないか……
促されるまま。
私は口を開いた。