甘くて苦くて 舌の上で甘酸っぱいストロベリーの味に混じって少し苦い味がした。
んっ、と息苦しさに小さく漏らした声。
押し退けようとした手は、そのまま布地を掴んだだけだった。
ことの始まりはほんの少し前。
ふと思い立って私は深夜の厨房に立っていた。
泡立てたホイップクリームと、手頃な大きさに切ったフルーツやカステラ。そして、冷凍庫から出したばかりの大容量バニラとストロベリーのアイスのパッケージ。
さて!と、パフェグラスへと1つずつ盛り付けてゆく。
仕事中、ものすごくパフェが食べたくなったのだ。かといって、こんな時間に開いてるカフェもないし、明日まで我慢するのも嫌で……ありあわせのもので作ってしまおうと思ったのである。
「おや、こんな時間に何をしているんだい?」
「ひゃっ!?」
突然背後からかけられた声に、私は悲鳴を上げて振り返った。
「は、は、白秋せんせっ」
「今のはすごい悲鳴だったね」
驚かせて悪かったよ。と悪かっただなんて思ってもいない顔で言って、白秋先生が私の手元へと視線をやった。
「カステラ……いや、これは……」
とんでもないところを見られてしまったと恥ずかしくて黙って俯いてしまう私。
「なるほど。これは美味しそうじゃあないか」
うきうきしたような声音に顔を上げれば、白秋先生が何かを期待するような目で私を見ていた。
「…………あ」
これはつまり、「僕の分もあるんだろうね?」という催促……?
「せ、先生もお召し上がりになります?」
「いいのかい?じゃあ、御相伴にあずかろうか」
ご機嫌そうに笑みを浮かべ、白秋先生は近くの椅子へと腰を下ろした。
私はもう1つパフェグラスを出してきて、同じように盛り付ける。
フルーツ、バニラアイス、ストロベリーアイス、小さく切ったカステラ、バニラアイス。
その上にフルーツとストロベリーアイスをトッピングして、カステラを載せてホイップクリームを絞り出す。
お店のもののようにはいかないけれど、一応パフェの体裁をした物が出来上がった。
「お待たせしました」
そう白秋先生に声をかけ、2人で食堂のテーブルに移動する。
窓辺の席にランプだけ灯して、私たちは向かい合って座った。
「器用なものだね」
フルーツとカステラに嬉しそうに目を細めた白秋先生は、先割れスプーンでさっそくホイップクリームをすくい、ペロリとなめた。
「こんな時間に食べるには、なんとも背徳的なものじゃないか」
悪戯っぽく笑い私を見る白秋先生。
「大人の秘密の贅沢です」
クスリと笑って見せれば、「大人の……ね」と呟いて、白秋先生はストロベリーアイスをすくって口に入れた。
私も食べよう。と先割れスプーンを手に取ったところで、カタン、という音が耳に届いた。
何だろうと視線を巡らすと、目の前に白いものが揺れる。そして、突然顎先が掴まれた。
「え?」
視界を淡い紫の絹糸が過った気がした直後、唇に何かが触れた。
甘酸っぱいストロベリーの味が口内に広がる。
あれ?まだ一口もパフェを食べていないはずだけどな?と思ったあとに、私は我に返った。
舌の上でストロベリーアイスが溶けて広がり、それに混じって仄かな苦味が感じ取れた。
「んっ」
突然の容赦のない口付けに私は白秋先生を押し退けようとしたけれど、結局服を掴むに終わってしまった。
「君が、大人の秘密だなどと僕を煽るからなのだよ」
ペロリと最後に私の唇も舐めてから、白秋先生は言った。
「先生……」
何事もなかったかのように椅子に戻って、白秋先生はカステラを食べ始める。
「さっきまで煙草吸ってたんですね」
「おや、どうして分かったんだい?」
口許に笑みを浮かべ、フルーツを口に入れる白秋先生。
「だって、味が……」
「味、ね」
ことん、とテーブルに置かれたスプーン。
頬杖をつき、白秋先生が私を見つめた。
「どうして、煙草を吸わない君が味を知っているんだい?」
「先生のせいです!」
分かってるくせに!と頬を膨らませて、私は自分のパフェにスプーンを突っ込む。
ホイップクリームとストロベリーアイスをいっぺんに口に入れれば、ふわりと口内に広がる甘酸っぱい味。
クスクスと笑いながら、白秋先生もスプーンを持ち直してパフェを食べ始める。
「続きは食べ終えた後でいいね?」
ポツリ。
聞き逃しそうなほどに低い小さな囁きが耳に届いて、私はそのまま固まってしまったのだった。