KISS me ...
「マスター……あの、キスをしても、いいですか?」
銃の手入れをするために訪れた部屋で、突然そんな言葉を投げ掛けられた。
あまりに突然すぎて、驚きと困惑に目を瞬きながら、私は、仕上げにと銃身を磨いていた手を止め顔を上げる。
テーブルの向かい。
つい先ほどまで彼自身である銃を扱っていた手元を見ていた瞳が、私をじっと正面から見つめていた。
これはあれか?
ペンシルヴァニアが挨拶でも何でもかんでもハグすれば伝わるとか言ってるやつと同じみたいな、挨拶代わりの頬にやるやつ?それとも、騎士がやる手の甲にするやつ?
……いや、そんな理由なら、わざわざ許可を求めては来ないだろう?
「だめ……ですか?」
私が黙り込んでしまったからか、不安そうに瞳を揺らしたスプリングフィールドが首を傾げた。
「えっ、と……確認なんだけど、それってどういう意味?」
我ながら間抜けな質問だと思った。
でも、それ以外どう聞けばいいのか分からない。
「それは……その……」
「え?」
白い頬を赤く染めて視線を泳がせたスプリングフィールドが言い淀む。
なんなんだ、その反応は。
戸惑うように揺れた瞳は、不意に私の目をしっかりと覗き込んできた。
何かの予感に、ドクリと心臓が鳴る。
戸惑う私へと伸ばされる手。
その指先が、いまだ銃を手にしたままだった私の指に触れる。
指は、壊れ物に触れるかのように私の手を撫で、両の手で包み込んだ。
「ッ!」
ぞくり、と背を這う得体の知れない感覚に、思わず体を強張らせる。
「あ、あの……スプリングフィールド?」
「マスターのことが、好き……だから、キスがしたいんです」
唇が笑みの形に弧を描いて、甘えるような声が……そう告げた。
私を見つめる細められた目は、いつものどこか頼りなさげな儚い雰囲気など欠片もなかった。
「え…………………?えぇ!?」
顔、近くない!?
あ、いや、いつも勢いで抱き締めたりしてるから、それよりは近くないかもしれないけど。
っていうか、どうして?いつの間に、こんなに近くに!?
「だめ、ですか?」
私の手を握ったまま、いつの間にかすぐ傍へ来ていたスプリングフィールドが、甘えるような声で問う。
どきどきと鼓動が激しくなる。
「それって、その……唇と唇を重ねる、キスのこと?」
混乱のあまり口走れば、目を瞬かせたスプリングフィールドは、甘い声で……ほとんど息だけの声で「はい」と答えた。
「ぁ…………」
キスどころか恋愛もしたことのない私には、どう答えればいいかのかすらも分からなくて。
でも、目の前で蕩けるような微笑みを浮かべて私を見つめる朱い瞳から目を逸らすこともできない。
鼓動だけはどんどんはやくなり、痺れるような感覚が頭のてっぺんから指先まで広がって…………
間近で囁くように名前を呼ばれて、思考が停止する。
「……大好きです」
好き?
こんな熱を孕んだ瞳で真剣に見つめてきてそんなこと言われると……
「……勘違い、しちゃうよ?」
「勘違いでも冗談でも嘘でも、ないですよ」
え、それは、つまり……?!
目を瞪った私の耳も頬も、急速に熱を持ち始める。
「わ、私……」
そうだ。
そうだったんだ。
経験値の低すぎる私にとって、それは初めての自覚だった。
もう既に士官学校にも慣れているはずなのに、いつまでも目で追って気にしていたのは、心配だったからだけじゃない。
何かと一緒にいたいと思っていたのは、手を貸してあげなきゃなんて言い訳のせいじゃない。
頼まれたからと言って、頻繁に彼の本体である銃の手入れのために部屋を訪れるのも、義務感からとかじゃない。
………………いつから?私は……?
「真っ赤、ですね」
くすりと笑う声にすら心臓が痛いほどに高鳴る。
突然気づいてしまった自分の感情に、どうしたらいいか分からなくなった私は…………
「え、マスター?」
戸惑うような声がした。
私がいきなり抱きついたからだ。
抱き締めたのではない。
その背中に手を回して、私はスプリングフィールドに抱きついた。
そんな私を、スプリングフィールドが抱き寄せる。
不意に、今までは一度も気にしたことのなかったにおいが鼻腔を擽り、ドクン、と心臓が跳ねる。
「あなたのことが、好きです」
耳元で囁くように改めて告げられた声。
「スプリングフィールド。あのね……」
「はい」
「私も、あなたが好きだよ」
この胸が痛くて甘くて熱くなる感情が、この指先まで痺れるような感覚が、恋だというの?
触れて欲しくて、近くにいたくて、だけど近すぎてどうしたらいいのか分からない。
「……っ!嬉しいです」
「あっ」
強く強く、両腕が私をしっかりと抱き締める。
そうして……
少し体を離して正面から私を見つめたたスプリングフィールドが、私の名を呼び両の掌で頬を包み込む。
「キス、してもいいですか?」
改めて、彼はそう問いかける。
瞳の奥に熟した果実のような甘い熱を孕ませながら……
頷いた私は、近づいてくる気配に目を閉じるのだった。