キスの日「徳田さん、徳田さん!」
作業台の上に山積みの本を、司書室の壁際にある本棚へと片付けていた秋声は、沙弥が自分を呼んでいるのに気付いて本を抱えたままで振り返った。
「司書さん、何?今、手が離せないんだけ……!?」
「えへへ、奪っちゃった」
今、何が起きた?と秋声は、振り返りかけた姿勢のままで固まった。
呼ばれたから、振り返った。
そうしたら、顔のぼやけるほどの至近距離に沙弥の顔があった。
それを認識したと同時に、唇に柔らかなものが触れて離れた。
「はあ!?」
本を取り落としそうになり慌てて抱え直す。
混乱する頭の中を整理し直して、秋声は、やっと状況を把握した。
そう。
手の離せない秋声に、沙弥が一方的にキスしてきたのだ。
「なんのつもり?」
沙弥が理解の範疇を超える行動をするのは今に始まったことではない。
大きなため息をついて秋声が問えば、
「え?今日が“キスの日”だからです」
と、なぜかドヤ顔でカレンダーを見せてくる沙弥。
「それで、僕にキスしたの?」
「たまには私も勝ちたいので!」
どういう意味だ?と首をかしげる。
そして、恋人となって以来どうしても知識や経験の差で受け身にならざるを得ないことを『負け』と認識したのか……ということに思い当たった。
「勝ち負けの問題じゃないだろ」
呆れた秋声が言い返せば、拗ねたようにそっぽを向く沙弥。
まったく……と、秋声は本棚の空いているところへ抱えていた本を載せた。
「それに……」
沙弥の方へと手を伸ばし、無防備すぎる体を引き寄せた。
「へ?」
「勝ちたいって言うなら、これくらいしてくれないと」
そう告げて、突然抱き寄せられて声を上げかけた沙弥の唇を塞いだ。
夜に、彼女の寝室で交わすような深いくちづけをたっぷり与え、力の抜けた体を解放すれば、沙弥はぺたりと床にへたりこんでしまった。
「はんそくです」
「仕事終わったら続きをするからね」
息も絶え絶えの沙弥に、秋声は意地の悪い笑みを浮かべてそう告げた。