はじめてのお留守番ここはイグニハイド寮の寮長部屋。
最近この部屋の主はとある生物にゾッコンなのだ。
今日も部屋の主は、他人には絶対みせないであろうでれ顔と甘い呼びかけをする。
「あーずたん」
そう呼ばれた生物は元気よく返事をした。
「ぴぃ!」
あずたんと呼ばれた生物。それは蛸の人魚で、おそらく稚魚と推定される。サイズは部屋の持ち主の両手ですっぽりとおさめられてしまう。本来の蛸の習性なのか狭いところが好きらしく、両手で蓋をするように包んでやると上機嫌な鳴き声で楽しそうにする姿が見れる。
部屋の主は「はあ〜〜〜〜尊すぎる、このぷにぷに感もたまらないですわあ…」と幸せを噛みしめている。
「……はっ!あまりの愛らしさに忘れそうになってしまったでござる…、あずたん、今日はね…拙者、どーーーーーしても生身で出席せねばいけない案件が入ってしまいましてな…」
「ぴぃ…?」
「いつもみたいにひっそりと一緒に連れて行くこともできないんですわ…」
「……ぴぃ」
「拙者もめちゃくちゃ寂しい…でも君を連れ行くとちょーーーっとまずいんだよね…だからね、拙者の代わり……これを用意したんだよ」
部屋の主は、あずたんを包んでいた両手を開き、片方の手からとあるものを召喚してみせた。
「ぴぃ?……!ぴぃーー!」
あずたん大興奮のそれは、大好きな飼い主と似た面影を感じるぬいぐるみだった。
飼い主の特徴的な炎のような青い髪型、少し気だるそうな目元、そしてよく着ているダボっとしたお気に入りパーカーを身につけている。
余程気に入ったのか、その小さいぷにぷにした両腕でぬいぐるみに、思いっきり抱きついた。
「ひょおあ…そんなに気に入ってくれたの?…オルトに言われて、自分モチーフとか誰得だよ…って作ってみたんだけど…まあ、拙者の魔力こめてつくったから落ち着くのかな…?…え、やはり天使か?うううっ」
「ぴぃ〜〜♪」
両手だけでなく、自慢のぷにぷにのタコ足でぬいぐるみに抱きつくあずたん。その姿を見て一安心した飼い主はこう告げた。
「きょうはコイツと一緒にお留守番できるかな?」
「ぴ!!」
元気の良い鳴き声と蛸足挙手(?)を無事にもらったことで、今日の夕方には帰ってくるからねと告げ、部屋のセキュリティをガチガチにかけた上で部屋の持ち主はようやく外出して行った。
あずたん、はじめてのお留守番が始まった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
部屋の持ち主もいない事なので、あずたんの言葉が皆様にもわかるように翻訳してお送りしよう。
部屋に取り残されたあずたんは、目の前のイデアのぬいぐるみ(以下、イデぬい)の髪の毛に興味深々だ。
本人のそれと同じような青い炎を模ったそれを不思議そうに眺めている。
「イデアさんみたいにメラメラしていないんですね」
そういうと蛸足で器用に後ろ髪部分を弄り始めた。
「メラメラはしてないけど、ふわふわしてるんですね、気持ちいいです!」
その触り心地が気に入ったようで、イデぬいの後ろ側に回り込んだあずたんは、頬をすりよせてイデぬいをギュ~~~っと抱きしめた。
「……ぎゃ!」
「えっ!?」
(今、この部屋には誰もいないはずなのに、誰かの声が聞こえた!?)
部屋の主がセキュリティをガチガチにかけたこの部屋に、誰かがいる!とあずたんは警戒心を強めた。
「いであさんはぼくが守ります!」さらに蛸足に力を入れて、両腕で後ろからイデぬいを抱きしめる。
「ゔっ!まって!!タイムタイム!!やわらかボディの拙者でもこれはくるしいでござる~~!!」
「!?い、いまの声は?え?あなたですか!?」
驚きの表情を浮かべたまま目の前のイデぬいを見つめるあずたん。
「そうだよ!!お願い!あしの力をぬいて…!」
「あ!ご、ごめんなさい…!」
すぐに力を抜いて距離をとると、目の前のお座り姿勢でいたイデぬいが、フルフルと震えているではないか。
「拙者のふわふわ綿ボディをもってしても変形するかと思った…ふう…あっ、ちょっとまってね」
「……は、はい」
まさかイデぬいが話すなんて思っていなかったあずたんは、呆然としている。
「うっ~~~~~…どっこい……せい!!」
「!!」
さらに驚くことに、おっさんくさい掛け声とともに、お座り姿勢だったはずのイデぬいが、なんと直立したではないか!
「このボディあたまでっかちだからバランスむずかしいなあ…」
そういいながら、イデぬいが後ろにいるあずたんの方を振り向く。
「あなたうごけるんですか!?」
「ふひひ、実はぼくが動けるのはつくった本人もしらないよ。ぼくもじぶんの意識があるなって気がついたの、きみにギュ~~って抱きしめられたときだから」
「そうですか…きつく抱きしめてごめんなさい…」
「き、気にしないでくだされ、拙者の中身、フワフワの綿しかないから…!」
「ふふふっ、たしかにあなたの抱き心地はとても気持ちがよかったです。でもなんで急に動けるようになったのですか?」
「たぶん、拙者をつくった時に、わずかに本体の魔力が込められていたんだろうけど、きみがぼくのことを思いっきりだきしめたことで、魔力が反響したのかな…なんとなくそんな感じがする…」
「なるほど…これは愛が生んだミラクルというわけですね!」
「えっ!?あ、愛!?」
嬉し気にそう言うあずたんに思わずイデぬいの髪の毛が逆立った。
「そうです!ぼくはいであさんがだいすきですので!」
「ひょ、ひょえええ!!あずーる氏だいたんすぎるでござるううう」
あまりのストレートな好意の言葉に照れたイデぬいの髪が、
ふわふわの布地でできていたはずなのに、まるで本体と同じように毛先だけメラメラしているではないか。
「え!?い、いであさん燃えてます!燃えちゃってますよ!?」
「あずーる氏からの萌え供給がすごくて……情緒のキャパ超えっちゃった…」
「ええ!?そ、そのだいじょうぶですか!?全身燃えちゃったら、いであさん真っ黒になっちゃう!」
「あーー!おちついて!!全身にはうつらないから!!水魔法の構えを解いて!?」
小さくてもあずたんはあのオクタヴィネル寮長アズール・アーシェングロットの分身のような存在。
特に水魔法は本人と同様にかなりの魔力攻撃を得意とする。そんな水魔法を発動した暁には、イグニハイド寮の機器類は悲鳴を上げてショートしてしまうだろう。
「ひい……寿命が縮むかと思った…」
「いであさんの髪の毛は本当に大丈夫なんですか?」
「うん、本体と同じように燃え移ったりはしないよ、それにほら、毛先だけですし」
不思議そうな表情を浮かべながら、タコ足でイデぬいの髪に触れるあずたんに、
そ、そんな近くてまじまじと見られるの恥ずかしい…ともじもじするイデぬい。
「やっぱりとてもふわふわですね、最高です!いであさんがお話しできるなら、この留守番も有意義な時間になります!ぼくたちもゲームをしませんか?」
「…いいですぞ!でも拙者のこのボディー…五本指じゃないから細かい作業は不向きかも…」
「それじゃあこのやわらかビッグサイコロ(イデアさんお手製)使って、ゲームしましょう!」
「あ、これなら両手でつかめるかも」
「ふふっ!そうでしょう!ハンデにならないようにぼくもタコ足ではなく、両手で投げますので」
「もしかしてタコ足だと…!」
「かなりの高確率で希望のマス目が出せます!ぼくにぬかりはありません!」
「ドヤァいただきましたー!」
その後、ふたりは部屋の主が恋人である後輩を連れて帰ってくるまでの間、
ポケット版マジカルライフゲームを夢中で遊びつくした。
イデぬいが動いている様子を見て固まった部屋の主と、
「え!?あなたまた新しい技術を生み出したんですか!?なんで話してくれないんですか!」と興奮気味な恋人の後輩が、イデぬいとあずたんのドタバタ劇に巻き込まれるのはまた別のお話!