⑥着飾りましょ【ポムフィオーレ寮 特別室】
あれからスイッチが入ってしまったヴィルさんは、僕にさまざまなドレスを見繕った。
ドレスの形状からAライン、エンパイアライン、ベルライン、プリンセスライン、マーメイドライン…首周りの形もワンショル、オフショル、ラウンドネック、ストレートビスチェ、ハートカットビスチェetc…流石に慣れない体でそろそろ限界を迎えそうだ…と思った時、特別室(ドレスルーム)の入り口近くの扉が開く音がした。
「取り込み中すまないね!毒の君、努力の君!」
扉から見えたのは、ポムフィオーレの副寮長のルークさんだ。
「ちょっと、ルーク…今日のこの時間は取り込み中だって伝えたでしょう?それにノックもなしに入ってこないでちょうだい。この部屋には、今、レディーがいるんだから」
「おっと失礼。!…これはこれは努力の君!その姿!実に華麗だ!!」
ヴィルさんにジト目を向けられながら、笑顔で僕たちの方に足を進めてくるルークさん。
おや、よくみたらその後ろにいるのは…
「こんにちは!ヴィル・シェーンハイトさん!アズール・アーシェングロットさん!」
「あら、オルトじゃない」
「オルトさん?一体どうされたんですか?」
「わあ!アズール・アーシェングロットさん!本当に女の子になってる~!そのドレスとても似合ってるよ!きれいだね!」
「恋人の身内のお墨付きを貰えたわね」
「ごほん…オルトさん、ありがとうございます。ヴィルさんに依頼したかいがありましたね。それにしてもどうされたのですか?イデアさんには今日の部活の事は連絡は入れておいたのですが…」
「兄さんからね、アズール・アーシェングロットさん宛にお届け物を頼まれたんだ!」
「イデアさんから?いったい何でしょう?」
「はい、これだよ!」
オルトさんから差し出されたのは手のひらサイズの小さな箱。
手のひらに乗っている箱を両手で受け取った。これはアクセサリーボックスか…?
「これは今ここで確認しても?」
「大丈夫だよ!」
「それでは……」小さな箱のふたを開いた。
「あら、これはイヤリングね。」
僕の手元の箱を覗き込んだヴィルさんが言うように、ボックスの中にはゴールドの耳飾りパーツに三角シルエットの青い飾りが施されたイヤリングが入っていた。そして小さい手書きのメモも一緒に入っていた。
『アズールへ いろいろ準備してくれてるみたいで、ありがとう。当日、これを身に着けてきてほしいです。直接渡しに行けなくてごめん…。』
「…まったく、プレゼントなら直接渡してほしいですね」
「アンタ、そういいながら顔がにやけてるわよ」
「そんな事ないです」
「ふふっ、喜んでもらえたみたいでよかったよ!あ、僕は兄さんの準備を手伝いに戻るね!お邪魔しました~!ルーク・ハントさん案内してくれてありがとう!」
そういってオルトさんは早々と部屋を出て行った。…イデアさんもいろいろ準備しているのか…。
「力になれたようでなによりだ。私も美しいものを見ることができて、得した気分だよ。ヴィルが見立てたそのフィッシュテールのドレス、努力の君の種族である人魚を連想ができて、とても心が躍るね」
「僕は人魚でも蛸の人魚なので、本来の姿でも尾びれは無いんですけどね」
「なに、文句でもあるの?この形は正面の丈が短いから、陸二年目のドレスに不慣れな人魚でも歩きやすいわ。アシンメトリーでバックスタイルは丈が長くなっててて、後ろからはエレガントなデザインなのよ。可愛らしさと大人っぽいエレガントさのバランスが絶妙。パーティードレスの中でも流行を感じられるデザインよ」
「デコルテ部分のデザインはハートカットビスチェになっているんだね、女性らしいラインが出て、可愛らしいエレガントさを感じるよ!ボーテ!100点!」
「わ、わかりましたから…!ご協力感謝してます。」
(ポムフィオーレの方々のこういうテンションにはやはり慣れないですね…)
「さて、アクセサリー選びは不要になったわけね」
「美しいアズライトカラーだ…深みのある青色が素晴らしい!金具が髪飾りと同じ色だから統一感も出ているね!」
「ドレスの飾りリボンも青から紫のグラデーションが入ったものだし、バランスはいいわね」
「…そうですね、僕もこの青色は好きです」
「あらやだ、惚れ気話は後にしてちょうだい」
「ち、違います…!!」
「今の努力の君の表情…自室の君が見たら、きっとたまらないだろうね」
「ちょっと!ルークさんまで…!?」
「アズール、言っておくけどアタシのサポートはまだ続くわよ?」
「えっ、もうドレスは決めていただいたのでこれ以上は」
「アンタ、肝心な事忘れてるわよ」
「何のことですか?」
「パーティーならね、参加したらただ棒立ちしてお話しするだけじゃないわよ」
「……あ」
僕としたことが…薬づくりとドレスコードの事で完全に抜けていた…。
「パーティーにはダンスが付き物だね!」
僕が内心思っていたことを、ルークさんが高らかに言った。
「ダンスは踊れるのかしら?もちろん女性側の振り付けよ」
「………今さっき、この体になったばかりなのはご存知でしょう…」
「まあ、アンタの詰めの甘い所が見れて面白いからいいわ」
「ヴィル、そんないじわるをしてはいけないよ」
「何言ってるの、アタシ自らダンスパートナーとして練習に付き合ってあげるっていうのに?」
「!?ヴィルさんにそこまでして頂くには…!」
「勘違いしないでちょうだい。見た目だけ着飾っても身振り手振り、ダンスの振り付けまで完璧に仕上げる前提でアタシはアンタの依頼を引き受けたの。オルトから聞いたけど、アタシとアンタの恋人、身長が同じなんですってよ。女性の体になった身長差も含めて、練習ができるわ
さあ、当日までにみっちり仕上げるわよ」
ヴィルさんの特訓スイッチを僕はまた押してしまったようだ。