⑤見繕いましょアズール氏から準備の進捗メッセをもらってから、僕は自分の準備も進めなければと重い腰を上げた。
僕みたいな万年パーカーオタクは、一人では社会的に死にそうなファッションを錬成してしまう。スリープ状態のオルトを起動させる準備をした。
『スリープモード解除、システム起動します。』
「……オルト、おはよう」
「兄さん、おはよう!なにか僕に手伝ってほしいことがあるの?」
「そうなんだ、ま、前に家からパーティーの知らせが来てただろう?」
「兄さんいつもスルーしちゃうけど…今回はアズール・アーシェングロットさんが一緒に行ってくれるんだよね!」
オルトが満面の笑みを浮かべる。
「うっ、そ、そうなんだ…アズール氏に同行を依頼した手前、僕も準備をしなきゃいけないんだけど…」
「任せてよ!ファッション、流行に関するサーチエンジンから兄さんにぴったりの衣装を探そう!」
「…拙者の弟、有能すぎでは?」
「人間のファッションって面白いよね、アスレチック・ギアを兄さんが付けてくれた時があったでしょ?あの時に図書館でいろいろファッション雑誌見たんだけど興味深くてね、僕いろいろインプットしたんだ!」
ああ……リーチ兄弟に散々脅されたあの時か……あ、やばい思いだしたら身震いが…
「それから図書館でたまにファッション情報誌とか見てるんだけどね、この間、ヴィル・シェーンハイトさんに声をかけられたんだ。ファッションに興味があるってお話ししたら、パーソナルカラーとかいろいろ教えてくれたんだ!」
「パ、パーソナルカラー…!?僕の弟が美意識バリ高トップモデルに、ファッション知識まで仕込まれているでござる…!?」
「その時に兄さんの似合う色とかも教えてもらったんだ!その情報を参考に見繕うね!」
「はひっ…よ、よろしくお願いします」
そんな流れで、満面の笑みを浮かべるオルトから次々と紡がれるファッション用語に圧倒されつつ準備を進めるのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【一方、その頃のポムフィオーレ寮の特別室】
「はあ……っ!あっ!」
「壁に手をついて…力はもっと抜きなさい…」
「あっ、っ…!ま、待ってくださっ…っ!?」
「そんなに力まないで…」
「はっ…あ…ああっ!」
「ふふっ…アンタ、そんな声出せるのね?」
い、息が苦しい……背後から聞こえるヴィルさんの楽しそうな声…ああもう!!
「な、中身が出ます!!!!これ以上は!!無理です!!!?」
「何言ってるの!!最後の一締めいくわよ!!!!」
「ヴッ…!!!!」
変身アイテムで体が女性になった僕でもわかる。
今、女性としておそらく出してはいけないレベルの声が出た。
「陸の人間のファッションは理解が出来ない!!!!!!」
コルセット!?補正器具じゃなくて拷問器具じゃないですか!?
「ふう、これぐらいかしらね」
そういうとヴィルさんは満足げな顔でコルセットの紐を締め上げた。
「ほら、見てみなさい!素晴らしい曲線美だわ…!」
僕は体の息苦しさを感じつつも全身鏡の前に立った。
「こ、これはすごい…」
ウエストラインが締め上げられ、付けていなかった時に比べ、さらに体の凹凸に差が出ている。
人の体も本気を出せば変形するのか…不思議ですね…。
「まあ、慣れなうちは息苦しいでしょうけど本番までに何回かやれば、体も慣れてくるわよ」
これをまたやるのか…思っていたよりもイデアさんからのこの【お願い】、難易度が高かったかもしれない…。
そんな事を思っていると、鏡越しからヴィルさんと目があった。
「さて、準備もできたことだし、当日の衣装を見繕うわよ。ドレスコードは特にないっていう事でいいのよね」
「え、ええ…イデアさんに確認を取りましたが特には…ただ、嘆きの島の式典という事ですし、なるべく落ち着いた色合いがいいのではないでしょうか」
「嘆きの島ね…まあアタシも現地には直接行ったことはないのだけれど、要するにその式典って、イデアの実家のパーティーって事でしょう?」
「そうですね、【パートナー】同伴が条件になりますが…」
「で、恋人のアンタに縋り付いてきたんでしょう?」
「……あの、前から気になっていたのですが寮長の皆さんは何故そのことを知っているのですか……」
恋人という関係だろうと言われると、なんだか内心、むず痒さを感じる。いや、事実ではあるのだが。
面を食らったような表情を浮かべた後、鏡越しのヴィルさんの表情がげんなりした表情になった。
「………は?寮長会議でのアンタたちの雰囲気…なに、無自覚ってこと?第三者から見たら丸わかりってぐらい、会議終わった直後、二人で話してる時のアンタの表情崩れてるわよ。あれで分からないとでも思ってるの?」
その言葉に僕は思わず口が空いてしまった。
「えっ………」
そんな指摘をされるとは思わなかった。うっ、なんだ?顔が熱い…
「はあ…その顔、アイツが見たら卒倒しそうね。」
「……………ゴホン。すみません話題がずれてしまいました。ドレスコードの事ですよね?会場が嘆きの島という事もありますし、落ち着いた色合いで、かつ引き締め効果があるとされている黒色を基調としたものはいかがでしょうか」
「ふふっ、照れ隠し?まあいいわ。黒ね…確かにアンタの白い肌も映えそうではあるけれど」
「そうでしょう、というわけでドレスの形など相談したいのですが」
「その発想ありきたりすぎるわ」
「……は?」思わず三秒ほど反応が遅れてしまった。
「会場が嘆きの島だろうが、パーティーなんでしょう?パーティーは華やかさが必要よ」
「で、ですが」
「ドレスコードの指定は無い。そう言ったわよね」
「え、ええ…」
後ろから肩にヴィルさんの手が置かれ、耳元で囁かれる。
「それならこのアタシに任せなさい。シックなデザインでかつ華麗さも感じさせるドレスを見繕ってあげるわ。そうね、嘆きの島の中で咲く”一輪の華”になるのよ」
どうやら僕は、美に対して努力を惜しまないヴィルさんのスイッチを押してしまったようだ。