⑬ご挨拶しましょ(その3)それにしても随分と広い屋敷だ…。僕たちはイデアさんのお母さまから数歩離れた距離で、手を繋ぎながら歩みを進める。あまり屋敷内を隅々まで見てしまっては落ち着きのない娘に見えてしまう。視線だけで廊下に飾られている肖像画や豪華な花やそれを彩る花瓶など、見るだけでもかなりの高額品なのがわかる。
やはりシュラウド家は、かなりの名門なのだと実感しつつ、隣で歩みを進めるイデアさんにふと視線を移動させる。
普段は猫背気味だからそれほど感じたことはなかったが、183㎝は高身長の部類に十分入るだろうし、いつもと違い髪型は高い位置から結ばれたポニーテール、前髪は片側だけを流すようなスタイルにまとめられており、普段隠れている顔立ちもはっきりと見えるようなスタイルだ。改めて見ると顔立ちが本当にいい。
「はあ~……マジで速攻部屋に帰りたい……」
……これで本人は自覚がないものときているのだから恐ろしいものだ。性格のことは多少難があると言われやすいが、素晴らしい技術、思考力を持つ異端の天才とその界際ではかなりの有名人だし、この引きこもり体質でなかったら、異性からもかなり言い寄られているに違いない。
そう思い始めるとなんだか胸のモヤモヤが拡がってきそうになる。この人、引きこもり体質ではあるが学内の交流が狭いわけでは決してない。
僕がお誘いしてもいい返事をずっと返してくれない、某スカラビアの副寮長ともいつの間にか意外な交流を持っていたし、はたまたハーツラビュル寮の1年とは学校行事で対立しつつ見事に行事を成功させてから向こうから話しかけられていたりするし、ポムフィオーレ寮の1年とも彼の地元イベントに参加してからたまにその時の思い出話に花をさかせていたり…。
僕とはまだ旅行にも行ってないのに…!(今回は宿泊をかねてないので旅行としてはカウント対象外だ)
この人の実力が他者に理解されるのはいい事なのだと分かっているのに、こうも嫉妬心が出てしまうのは、自分が恋に一途な人魚だからだろうか。先程、イデアさんも同じような感情を持ってくれている事は分かったが、僕の場合はもっとドロドロとした独占欲などもあるのだろう。……そんな醜い感情はまだ彼に知られたくない。
同性ながら、彼と恋人関係になれたのも奇跡的な事だと考える僕は、名門シュラウド家の異端の天才と言われる彼に釣り合えるような地位も築き上げてられていない。
彼の家族に同性でありながら、認めてもらえるような実績をつくりあげるには、まだ時間がかかる。【パートナー】として堂々と付き添えるには性転換するしかないと即実行してしまうぐらいには、今のありのままの自分でここに来る自信が、正直なかったのだ。
まあ準備期間も一週間しか無かった為、いつもの自分らしく入念な計画と下準備をしてたつもりが所々、抜けてしまっている所もあった…正直、あれは恥ずかしかった。
「…アズール氏、そろそろ会場に着くよ」
「!…ええ。いよいよですね」
「会場に入っていろいろ話しかけられるだろうけど、絶対に僕からは離れないでね…約束して」
「…わかりました」
いつになく真剣な声色でお願いしてくる彼の顔を見ながら、僕はうなずいた。
「さあ、この扉の先が会場よ」
僕たちの前を歩いていた夫人が、その目線を僕に向ける。
「楽しんでいって頂戴ね」
夫人によって開かれた扉の先には、この屋敷の踊り場であろう広々とした会場に、着飾った招待客たちが各々このパーティーを楽しんでいる光景が広がっていた。
先程、イデアさんと叩き込んだ招待客の名前と顔を頭の中で照らし合わせながら、僕はイデアさんのエスコートに従って会場に足を踏み入れた。
「奥様、それにイデア坊ちゃまもごきげんよう」
「ふふふ、ごきげんよう。今夜は来てくれて嬉しいわ」
「…お久しぶりです、マダム」
早速僕たちに声をかけてきたのは、シュラウド夫人の昔からのお気に入りの仕立て屋マダム・ウェヌスだ。
「坊ちゃま…しばらく見ないうちにまた大きくなられましたのね!また今度、新しいお召し物を仕立てにお伺いいたしますわ!」
「え…、い、いやこのあいだ里帰りした時に頂いたばかりですが…」
イデアさんたちと会話に花を咲かせる目線を向けていたマダムが、突如僕の姿を見るに目を見開いた。
「まあ大変失礼致しました。私、シュラウド家に代々仕えております、仕立て屋のウェヌスと申します。」
「はじめましてマダム。今回イデアさまのパートナーとして招待に預かりました。アズールと申します」といいながら、ドレスの裾を持ち上げつつ挨拶をする。
「まあ…!なんて可憐な…!」
先程、僕を初めて見たシュラウド夫人と同じ、異様にキラキラとした目線を向けられる。
「坊ちゃまも隅に置けませんわね…!」
「本当よ!!さあ、二人ともせっかく来たのだから楽しんでらっしゃい。私はマダムと少し話があるからここで離れるわ」
「わかりました」
「…母さん、父さんはどこにいるの」
「いつものごとく、あいさつ回りを終えた途端どこかに消えたわよ。まったく困ったものね…見つけたら私から伝えておくから、挨拶は気にしなくていいわ」
「…わかった。アズール喉乾いてない?向こうに食事も用意されてるから…行こう」
「シュラウド夫人、マダム・ウェヌス、失礼いたします」
シュラウド夫人とマダムの会話内容が気になるが、長居するのも失礼なので、二人に挨拶をし、イデアさんと二人で会場のテーブルコーナーに向かった。
一方その頃、
「奥様!!ついにあのイデア坊ちゃまにもいい人ができたのですね!!」
「本当よ!!今度あなたにはこの二人のお揃い衣装(結婚衣装)依頼することになるかも?」
「まあまあ!!そんな素晴らしい仕事私の生涯に残る大作になるよう努めます!ふふふふふ、インスピレーションが掻き立てられますわ!!」
「「ふふふふふふ」」
といった夫人とマダムがそんな気の早い話題で盛り上がっているとは、僕もイデアさんも思っていなかった。