⑫ご挨拶しましょ(その2)僕たち二人は、会場となるイデアさんのご実家の前まで到着した。
遠くから見ても存在感を感じた屋敷は近くで見るとより物々しい雰囲気を感じる西洋式の建物だ。門をくぐった先に大きな正面玄関の扉が見えた。
「随分と立派な建物ですね、これだけでとても価値が高そうです」
「え?そうかな…まあ、随分と前のご先祖様の時代から建ってるらしいけど…中に入ると結構ボロい所とかあるよ…フヒッw」
「それでも充分に歴史的価値がありますね…興味深いです!」
「あ~~商売になりすぎる!っていう時のお顔が出ちゃってますぞアズール氏~」
「さて、入り口はあちらですね、そろそろ時間も近くなりましたし、早く行きましょう」
「あ、そっちの正面玄関じゃ無くてむこうに裏口があるから…そっちから行こう…正面からなんて行ったら地元のじいちゃんばあちゃんに絡まれるし…うううっ」
「地元の方々との交流も大事です…と言いたいところですが、人混みが苦手なあなたがここまで頑張っていますしね…ふふっ、わかりました」
僕はイデアさんの腕に自分の腕を絡ませた。
「ヒッ!…そ、それじゃあこっちに住人用の裏口あるから…行こうか」
イデアさんに連れられて裏口に到着する。正面玄関からまた離れたところにある裏口はいかにも屋敷の住人用といった仕様の扉だ。彼がドアノブに手をかざしてなにやら小声で呪文を唱えるとガチャっと鍵が開く音がした。
「これは普通の扉ではないですね」
「ここの住人の魔力に反応するようになってるんだ。使用人たちも微力ながら魔力持ってるからね。足元、気を付けて」
そう言われながら、イデアさんの後に続いて屋敷へ一歩足を踏み入れた。
裏口はどうやら屋敷の勝手口だったようで、調理器具などが並んでいる空間に出た。
「これはまた広いですね…それにしても使用人の方々の姿が見えないですね?」
「じいやを含めて、うちの使用人って少数部隊なんすわ。料理とかは既に運び込んでる時間だし、会場にみんな回ってると思う」
「それを見越して裏口からですか」
「まあ、これから会場に向かうのは変わらないけど……はあ~~~気が重い…」
「まあ、自分の家に帰ってきたっていうのに随分な物言いね」
「「!?」」
誰もいないはずの空間に、突然、凛とした女性の声が響き渡った。
台所と屋敷の通路を繋げる出入り口の扉に一人の女性が佇んでいた。
「なにもこんな裏口から入ってこなくてもいいのに…相変わらずね、イデア?」
この口調からしてこのご婦人は……
「か、母さん…なんでここにいるの…」
イデアさんのお母さまだ。
高い位置からまとめられている髪は目の前の彼と同じ青い炎が揺らめいている。シュラウド家の血筋だという証拠だ。イデアさんと同じイエローアンバーの瞳、隈がないだけで目の形も似ている。スレンダーラインのアイアンブルー色のドレスは、夫人の長身で細身なスタイルを際立たせている。身長も女性の平均より高め…おそらく今の僕よりも高い。
「久しぶりにアンタの魔力を感じたと思ったら、こんな裏口から入って来て…呆れてお迎えに来てあげたのよ?全く今日の主役が正面から来ないでどうする……の…」
挨拶をしなければと思い、目の前に立っているイデアさんの後ろから顔を出した瞬間、ばっちりシュラウド夫人と目線が合った。クールな表情を浮かべていた夫人は僕と目線が合った瞬間、目と口を開いてかたまってしまった。
「…か、母さん?」
「イデア・シュラウド!!」
「は、はひい!?」
「そちらのお嬢さんは…もしかして…」
僕はドレスの裾を持ち上げ一礼しながら夫人に挨拶を述べる。
「申し遅れました。はじめましてシュラウド夫人…私、本日イデアさんのパートナーとして参加させていただきます。アズール・アーシェングロットと申します」
最後に笑顔も忘れずに添えながら自己紹介をした。
「まあ……あらあら~~~~!」
先程のクールな表情から一転、夫人は満面の笑みを浮かべて僕たちに近づいてきたと思いきや、イデアさんをはねのけて、僕の目の前にまで速足で歩み寄ってきた。
「わっ、ちょっと母さん!?」
「あなたが…あのアズールさんなの!?」
「えっ…えっと、」
「まあ~~!なんて可愛らしいお嬢さんだこと!オルトからあのイデアに素敵な人が出来たって聞いたときは、半信半疑で…てっきりいつもの2次元とかアイドルの話なんじゃないかと思っていたのだけど……うちの愚息にもついに春が来たのね~~!まあ~!アズちゃんとお呼びしてもいいかしら!?」
「か、構いません」
シュラウド夫人は僕の両手を掬い上げて、黒色のレース手袋で覆われた両手で包み込んだ。
「私の事は『お・か・あ・さ・ま(お義母さま)』と呼んでちょうだい!それにしても素敵なドレスね~シルバーヘアーとよく似合っているわ♪それになんてきれいなスカイブルーの瞳なんでしょう!お肌もつやつやのプルプル!うちの息子には本当に勿体ないぐらい!」
……親子だ!このテンションが高くなると早口になるところ、イデアさんそっくりだ!
「ちょ、ちょっと…!初対面の距離感じゃないですぞ!?」
「うちは男所帯で…こんな可愛らしい子が来てくれるなんて、今までなかったものだから、ついはしゃいじゃったわ♪」
夫人は手を包む力を少し強めながら、僕の瞳から胸元に目線を下した。…なんだろう、正体を見透かされてしまっただろうかと、冷や汗が出そうだ。
「……遥々遠い所から、嘆きの島のシュラウド家へようこそ♪今夜は楽しんでいってね」
先程の満開の笑みとはまた違った、何かを見つめるような微笑みを向けられた僕は、目線を外せなくなってしまう。
「~~~~!いい加減、離れてよ…!ア、アズールがドン引きしてるだろう!?」
イデアさんの珍しい怒声が聞こえたかと思うと、僕の体はいつの間にかイデアさんの腕に包み込まれていた。
「…あらまあ、一丁前な言い方ね。未来のお嫁さんと交流深めたかっただけなのに…懐の狭い男は嫌われちゃうわよ♪」
「距離感バグってる人に言われたくないのだが?」
イデアさんの髪がいつもより少し強火で、パチパチと火花が飛んでいる。このままだと、なんだかとんでもない喧嘩が勃発しそうなのでは…?それはまずい。イデアさんの腕の中に包まれている体勢から、腕を伸ばして。彼の頬に手を添える。
「イデアさん!大丈夫ですから、落ち着いてください、ね?」
夫人に鋭い目線を向けていたイデアさんが、僕と目線を合わせる。
「……君がそう言うのなら…」
パチパチと火花を散らしていた炎は、いつもの調子に戻った。
「………ふふっ、お熱いわね。さあ、二人とも。いつまでもこんなところにいないで、会場に向かいましょう」
夫人はイデアさんと同じ青い炎の髪をなびかせ後ろを向き、会場へと歩みを進め始めた。
式典開始まで十分を切っている。
「…全く、本当に油断も隙もない母親だよ…」
僕を腕の中に抱えたまま、イデアさんが少し拗ねた顔でぼやいた。
「イデアさん、そんな拗ねた顔しないで?せっかくの男前が勿体ないですよ?」
「陰キャがこんなキメたところで誰得って感じですわ…はあ帰りたい…」
「ここがあなたのご実家ですが?ふふふっ、僕はこんなかっこいい恋人を他の人にも見せつけたいです」
「……ひょっ!」
イデアさんの髪は毛先が淡く赤色になって、またパチパチと音が聞こえる。先程とは違う、これは彼が照れているときの感情によるものだ。
…本当にかわいい人だな。
「僕たちも行きましょう」
「……は、はひィ…」
夫人の後を追うように、僕たちも会場へ向かうのだった。