一人でなく二人で 珍しく疲れた様子のバルバトスはキッチンに入るなり戸棚をごそごそと漁り、奥深くにしまってあるカップラを取り出した。地獄醤油味。疲れ切った体には濃い味が恋しい。ヤカンに水をたっぷりと入れ、火にかけると手近な椅子に腰かけて、ようやく一息ついた。
今日はいつになく忙しかった、とバルバトスは慌ただしい一日を思い出す。差し込みの案件、急な来客、立て続けのトラブル発生。とても食事どころではなく、調理中に余った食材や料理の切れ端を口に放り込むくらいしか出来なかったが、ディアボロには何とか通常通り食事を供し、寝室へ入るところまでを見届けた。今頃はきっと夢の中だろう。
ヤカンの底を温め続ける火をぼうっと眺めながらこの後の仕事と明日の準備について整理しなくてはという思考はいつの間にか客室に待たせている彼女のことに移り変わっていた。
ここに来る前に「遅くなりそうなので先にお休みになっていてください」と声をかけてきたが、いつも通り眠い目をこすりながら起きているのだろう。申し訳ないという気持ちはあるが、こればかりは変わらない、変えられない。
ようやく沸いたお湯をカップラに注ぐと食欲をそそる香りが立ち込める。しばしの後、カップラが出来上がっても考えは何も進んでいなかった。
箸を手に取り、いただきますと食べ始めようとしたところで
「あー、いけないんだー」
よく知った声がした。なぜ? と思ったが感じ取れる魔力は確かに彼女のもので、キッチンの入り口に立つ彼女はいたずらっ子を見つけた、ではなくいたずらっ子そのものの表情で続けた。
「こんな深夜にカップラなんていけないんだー、魔王城のこわ~い執事様に言っちゃおうかな」
「おや、それは困ります。なんとか秘密にしていただけませんか」
「どうしよっかなー」
その返事に困った顔をしてみせるバルバトス。その顔ずるい、とぽつりと呟くのが聞こえた。
「それ、一緒に食べたいな」
「承知いたしました。ですが、夜も遅いので少しだけですよ」
そう答えると彼女は嬉々として椅子を引き寄せ、バルバトスの隣に座った。
二人並んで代わる代わる食べたカップラは何百年も前にバルバトス一人で食べた時よりもずっとずっと温かくて満たされる味がした。こんな夜を過ごせるのならば忙しい一日もそう悪くはない。