我慢の果て 寝室のドアが閉まるなり後ろから抱きすくめられた。切羽詰まった息が私の首筋を撫でる。
あまりにもいつもと変わらないものだからすっかり忘れていた。やっぱり我慢していたらしい。
腕の中でそのままくるりと振り向かされ、最後の確認とばかりに瞳を覗き込まれたところで、私は自分の言葉を思い出して静かに頷いた。
***
「バルバトスが吸血鬼になっちゃったって本当!?」
執行部の執務室に思わず飛び込もうとした私をルシファーの腕が阻んだ。
「待て。何があるかわからない。迂闊に近づくな」
「失礼な。私にその程度の自制心もないとおっしゃるのですか」
「万が一を考えてのことだ」
「随分と信用がないのですね。でしたらそちらでしばらく私の様子を観察してから判断なさってください」
言われた通りに執務室の入り口でしばらくバルバトスを眺めていたけれど、特に違う様子は見受けられない。
いつも通りにディアボロのサポートをし、その合間にルシファーとの打ち合わせや自身の作業をそつなくこなしている。
「何も変わってない気がするんだけど……」
「ご覧になりますか?」
信じきれないといった私に近づき、少しだけ口を開いて見せる。
そこにはたしかに鋭い牙があって、それでようやく本当だとわかった。
「それならバルバトスに我慢させちゃうのも悪いし、今日は私もう帰った方がいい?」
すぐに同意が返ってくると思っていたのに何だか妙な空気が漂い始めた。
バルバトスが言いにくそうに口を開く。
「それが、本日は非常に立て込んでおりまして」
「マモンたちは?」
よりによってこんな時に、とルシファーが苦々しい顔をする。
どうやら、マモンはモデルの仕事、レヴィは配信のリアタイ、猫カフェ、アスモ会、部活とそれぞれ予定があるようで、ベルフェはたぶんもう嘆きの館で夢の中なのだろう。
「もしあなたさえよろしければ、お手伝いしていただけませんか? もちろん危害を加えるようなことはないとお約束いたします」
「いいですよ」
本人も言っていることだし本当に危険はないのだろうと二つ返事で引き受けた。
それでも、変に刺激しないようにとなるべく離れていたけれど、やっぱり確認やら何やらで近付く必要は出てくる。
「大丈夫? 離れてた方がいいよね?」
「いえ、傍にいてくださった方が落ち着きます」
「そうなの? バルバトスがいいならいいけど……」
気持ちだけでも楽になってくれればと、口調こそ冗談めいているけれど本気で言った。
「どうしても我慢できないときは私の血、吸っていいよ」
***
首筋に牙がゆっくりと刺さる感触。痛みはない。それどころか快楽で思わず声が漏れた。抑えきれない声に当てられたのか腕の力が増し、私もそれに応える。
血と引き換えの快楽を貪っているうちにいつの間にか場所はベッドの上になっていて、気付けばバルバトスの顔が目の前にあった。血に濡れている唇はなぜだかとても甘い。
ベッドにこぼれた血も、汚れた服も、首筋の跡も、どうするかは後で考えればいい。